霧降峡谷洞窟内部
双銃剣の銃撃音が岩壁に反響し、暗がりの中でマズルフラッシュの火花が飛び散る。研修監を名乗る赤毛の男は、鋼鉄の塊の様な馬鹿デカい大剣で銃弾を防ぐと、迷い無く一直線に飛び掛かって来た。
ちぃ!?
フィーは舌を打ちながらも素早いバックステップで1度距離を取り、そのまま近くの岩壁を蹴り上がって、上方から更に銃撃を浴びせ続ける。だが男はそれをものともせず、更にフィーとの距離を詰めようと突き進んで来る。このまま近距離戦に持ち込まれたら自分に勝ち目は無い。
ニャロー強引過ぎるぞ!何なんだコイツは!?
何とか一定の距離を保ったまま、牽制の為にガントリガーを引き続ける。
ラウラみたいな大剣使ってるから、アルゼイド流っぽいのを想像してたけど全然違うじゃねーか!?そもそもコイツのは剣術なんていうシロモンじゃ無ぇ、直感で力任せにブン回して来るだけだ。攻撃が読みづらくてしょうがない。……はぁ、メンドくさいな。
溜め息を吐きながらも洞窟内を飛び回り、相手に隙が出来るのをひたすらに待ち続ける。一撃さえ入れられれば、後はこっちのペースに持ち込める筈だ。……その筈なのだが。
……ダメだ……コイツ全然集中力が落ち無いや、かなりの場数潜ってやがるな。
やれやれと苦笑いを浮かべる。
ワタシのスピードには付いて来れないみたいだけど、スタミナ勝負じゃ確実に負ける。……ここら辺で勝負掛けるか?
距離を取った場所で一度動きを止め、大きく息を吸い込む。瞳が鋭い輝きを放ち、獲物を襲う獣の様に小さく身を屈めた。
ふぅ……んじゃ、いってみよっか!
1つ息を吐くと双銃剣をクロスして構え、全身のバネを使い全速力で飛び掛かる。相手に防御する間も与えずに、一瞬で真一文字に切り裂くつもりだ……これが模擬戦だという事は、もはや完全に忘却の彼方だった。
「よし、そこ迄だ!」
その様子を見たアガット・クロスナーは、重剣を下げて構えを解き、自身に向かって突っ込んで来るフィーに向かって終了を告げた。フィーは双銃剣が正に突き刺さる寸前に動きを止めて、その言葉に従う。喉元のすぐソコまで刃が迫っていたが、アガットは顔色1つ変えずにフィーを見つめていた。
「もう少し続けても良かったんだが、このままだと俺もマジになっちまいそうだからな」
アガットは苦笑いを浮かべていた。
「し、信じられねぇ……まさかアガットさんと互角にヤり合うなんて……」
フィーと一緒に研修に参加していた、街の不良といった装いの3人組の1人が呟く。フィーよりも先にアガットの戦闘訓練を受けていたが、3人まとめてあっという間にKOされ、今は仲良く固まって壁際に座っている。
……互いに簡単な自己紹介は済ませていたが、名前はすっかりと忘れた。
「スゲーぜフィーちゃん!俺達じゃ3人がかりで手も足も出なかったのにさ♪」
3人組の1人が楽しそうに言う。……名前は忘れた。
「……ふん」
3人組の1人がつまらなそうに鼻を鳴らす。名前は……メンドいからもうどうでもいいや。
「……まぁ、アイツらとじゃ比較になら無ぇだろうが、流石は元西風の妖精ってところか?フィー・クラウゼル」
「ん、さんくす。……でも、その呼び方は止めて欲しい」
「おっと、過去をイジられるのは嫌いか?悪かったな」
「ん、別にそういうワケじゃないけど、そっちは今のワタシとは違うから……」
「分かった、これからは名前だけで呼ぶ様にする。……にしても、これでティータの1個上ってんだから嫌んなるぜ。最近の若い娘はどうなってやがるんだ?」
腕を組みながらアガットが唸る。
「ティータ?」
「アガットさんの彼女っス♪」
名も無き3人組の1人がアガットの代わりに応えた。
「彼女じゃ無ぇ!妹みてーなもんだ!」
「またまたぁ、そんな事言っちゃって。いつもラブラブじゃないっスか♪」
「テメェ、まだヤられ足りないみたいだな!?」
アガットが凄むと、名も無き3人組は無条件に口を閉ざした。
「ワタシの1個下の彼女?……アガット、ロリコンなの?」
「だ、誰がロリコンだ!?違うって言ってるだろが!……まぁ、色々あったのは確かだがな」
「でも、ティータはアガットの事が好きなんでしょ?」
「お、オイ!質問がストレート過ぎるぞ!?」
「好きな相手に妹分としか思って貰えないのは、結構ツラいんだよ?放っとくと、そのうち殺意とか湧いちゃうかもよ?」
「え?さ、殺意??……そ、そうなのか???」
「もっと乙女心を勉強しないと、朴念仁って呼ばれちゃうよ?」
「うぐっ……」
思わずアガットは言葉に詰まった。
「アガットは、例えばティータが誰かとデートするって事になったら、どう思う?」
「あ、あいつが? で、デート???……は、あはは……あの機械オタクが、そんな事になるワケ無ぇ……」
「例えばの話って言ったでしょ。心配で後を付けたりしない?」
「お、俺がそんな真似するワケ……」
「ホントに?」
「うっ……」
再び言葉に詰まる。
「もっと自分に素直になったら?そんな事じゃいつまで経っても1人身だよ?」
「うるせぇな、分かってるよ。俺だって色々考えてはいるんだ……」
アガットは分かりやすく肩を落としながら、フィーに対して向き直った。
「はぁ……、ったく最近の若い娘は遠慮無さ過ぎだろ。人様プライベートにズケズケ入って来やがって……」
「いや、別にそんなつもりはないんだけどね」
全く悪びれずに応える。
「フィー、お前さんの戦闘訓練はもう十分だ。晩飯の食材調達を頼むぜ」
「食材?」
「ああ、この洞窟にはリザード系の魔獣が住み着いてるから、獲物には困ら無ぇ筈だ。俺はコイツらをもうちょっと鍛えてやらなきゃならねーからよ」
親指で名も無き3人組を指差すと、3人組は分かりやすく顔を引きつらせていた。
「ん、らじゃ。そんじゃ行ってくるね」
フィーはアガット達に背を向けると、洞窟の奥へと向かって歩き出す。
食材か……メンドいな。……っていうか詳しいスケジュール聞いて無いけど、ここで一晩過ごすつもりか?はぁ……ワタシ枕が無いと、熟睡するのに10秒もかかっちゃうのになぁ……。
誰にも気付かれない様に、小さく溜め息を吐き出した。
・
……ん、結構いっぱい居るね。
アガットの言葉通り、洞窟奥には相当数のリザードが住み着いていた。……が。
数は居るけど、肉付きがイマイチだな。
フィーは食べても美味しく無さそうなヤツはスルーし、大物を求めて更に奥へと足を進める。
折角だから丸々と太ったヤツを、直火でジュッとやって思いっきりかぶり付きたいなぁ。
無意識に舌舐めずりしながら獲物を物色する。考えてみれば今日は早朝から皇帝に付き合わされ、その後すぐ研修に参加したので1日何も食べていなかった。
お腹空いたなぁ、食いでのありそうなヤツいないかな?
プレデターさながらの鋭い視線で洞窟内を見回す。死の気配を感じ取ったリザード達は、壁際に固まってブルブルと震えながら、ただ時間が過ぎるのを天に向かって祈っていた。
ん~、なかなか居ないなぁ、大物……。……おっ?
洞窟の角を曲がったところで、周辺のリザード達とは明らかに形態の違う、子供ドラゴン的な姿をした魔獣(?)を発見した。大きな羽をバタつかせながら何かをしている様だ。見るからに丸々としていて、脂が乗っていそうな気がする。
ん、アイツに決めた。
フィーは自身の気配を絶ち切ると、双銃剣を取り出して身を屈め、深く息を吸い込んだ。
大丈夫、一瞬で終わらすから全然痛く無いよ……多分。
暗がりの中で双刃を煌めかせ、フィーが正に飛び掛かろうとした瞬間、ターゲットの子供ドラゴンがこちらを振り向いた。つぶらな瞳が不思議そうにフィーを見つめている。
っ!、気付かれた?……なかなか良い勘してるね。
ほんの一瞬だけ「かわいそうかな?」と思わなくも無かったが、フィーはあっさりと食欲を優先させ、喉笛をバッサリいってやろうと全速で飛び掛かった。
「ちょ!?ちょっと待つっス!!?」
!?、しゃ、しゃべった???
予想外の出来事に、思わずフィーは急停止して動きを止めた。
「な、なんなんスかアナタ!?何でそんな物騒なの持って、いきなり飛び掛かって来るんスか!?」
「ん、食べようと思って」
正直に応える。
「思ってたとしても、そういうのは言葉に出さないで欲しいっス!」
「ん……で、アンタは何なの?」
「ボクっスか?ボクはここに住んでるレグナートの子供っス」
「レグナート?」
「いわゆる聖獣と呼ばれてる存在っス、正確には子供というか『ケンゾク』ってヤツっスけどね」
ああ、ユーリが言ってたヤツか……子供なんか産まれるんだ。
「ボクの事はJrって呼んでくれて良いっスよ」
子供ドラゴンは、親しみやすげに話を続ける。
「ん、そんじゃJr。悪いんだけど美味しくいただくね」
それに対して、フィーは双銃剣をキラリと光らせた。
「な!?ちょっ!?ボクの話聞いてたっスか???」
「ん、ちゃんと聞いてたよ。聖獣でしょ?」
「そうっス!聖獣っス!この世界で至高と呼ばれてる存在なんスよ!?」
「んー、でもワタシは、お腹空いてるから……」
「欲望を優先させないで欲しいっス!!」
「んじゃ、尻尾だけちょっと頂戴。ほっとけばまた生えてくるんでしょ?」
「トカゲと一緒にしないで欲しいっス!1回切ったらもう生えて来ないっスよ!」
「なんだ……聖獣っていっても、大した事ないじゃん」
「尻尾の生え代わりだけで、存在価値を決めないで欲しいっス!!」
「でも聖獣の肉って、食べたら良い事あるんじゃないの?……胸が大きくなったり」
「そんなサプリメント効果無いっスよ!っていうか食べたりしたら、呪いが掛かるかもしれないっスよ!?」
「……んじゃ、やっぱり大した事ないね」
「アナタ!絶対に存在価値の定義がおかしいっス!!」
その後もJrは食べられ無いように熱弁をふるい続ける……かなり必死な様子だ。
ん、流石に食べるのはかわいそうかな?……脂のってそうなんだけどなぁ。
その様子を見たフィーは、渋々ながらも双銃剣をホルスターに収めた。
「ふぅ……思い止まってくれてありがとうっス。……っていうか、ボクは300年位生きてますけど、食べられそうになったのは初めてっス……」
「ん、何事も経験だよ」
「世の中には、しなくてもいい経験があると思うんスけど……」
「で?Jrはこんな所で何してるの?」
「ボクは今、飛ぶ練習をしてるところっス」
「飛ぶ?」
「そうっス。聖獣の世界では『飛べるようになってようやく一人前』みたいな暗黙の掟があるっス。ボクも早く飛べるようにならなくちゃいけないっス」
「Jrは飛べないの?」
「いや、実は去年までは飛べてたんスけど、食べ過ぎで身体が重くなって飛べなくなっちゃったっス」
「……バカなの?」
「真顔でそういう事を言わないで欲しいっス!!」
「でもこんな洞窟の中じゃ大した練習出来ないでしょ?外でやったら?」
「いや……太って飛べなくなって練習してるとか、誰かに知られたら恥ずかしいっス。他の聖獣に知られたら笑い者にされるかも知れないっス……」
「……」
聖獣の世界も、結構大変なんだね……。
「ん……そんじゃワタシが練習手伝ってあげるよ」
「え?」
「飛べるようになりたいんでしょ?」
「いや、まぁ、そうっスけど……。なんか、イヤな予感しかしないんスけど……」
「ん、大丈夫、任せて。ちゃんと飛ばしてあげるから」
「そ、それじゃあ、よろしくお願いするっス」
「ん……んじゃ、付いてきて」
Jrとフィーは連れ立って洞窟の奥へと足を進めた。