妖精の軌跡second   作:LINDBERG

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第24話 一人前になるのは何処の世界でも結構大変

「死ぬっス!マジで死ぬっスぅ!!」

「ん、大丈夫。ホントに死にそうな時には、死を意識しないようにする筈だから、まだまだ余裕だよ」

洞窟最奥の広い空間に、全力で走り回るJrの叫び声と、フィーの容赦ない叱咤激励がこだまする。

「いやいや!!いくらなんでもこれは非人道的過ぎるっス!!」

Jrの首には2アージュ程の長いマフラーが巻かれていて、布の端には真っ赤な炎が灯っていた。走り続けていないと、あっという間に火が首元まで辿り着き、聖獣の丸焼きが出来上がるという寸法だ。

「ん、ダイエットするにはコレが一番。……って、言ってたよ」

「誰がっスか!??」

「大丈夫、もしもの時は責任持ってワタシが美味しく頂くから」

「何の責任にもなって無いっスよ!っていうか、まだボクの事食べる気なんスか!?」

「表面だけしっかり焼けば、後は余熱でいけるよね?」

「そんな恐い質問されても困るっス!!!」

フィーの好みはミディアムレアだった。

「っていうか、飛ぶ練習なのに何で走らせるんスか!?」

「沢山助走した方が、遠くに飛べるでしょ?」

「説得力がありそうに言ってるけど、根本が間違ってる気がするっス!!」

「ん、まずは余分な肉を落とさないと飛べないでしょ。ワタシが食べてあげても良いんだけど?」

「その発想はひとまず他所に置いて欲しいっス!!」

言うとおりにしなければ食卓に並べられる恐怖に駈られ、涙を浮かべながらJrは懸命に走り続けた。

 

……

……

……

 

「うーん、あんまり効果ないね」

未来永劫に続くかと思われた命懸けのランニングからようやく解放されたJrに、フィーの無情な一言が突き刺さる。

「当たり前っス!ちょっと走ってすぐ痩せられるなら、この世にダイエットっていう言葉は存在しないっス!!」

「ワタシの同級生には、ちょっと食べないだけですぐに体型が変化する女の子が居たよ?」

「それは、もはや人間では無いっス!」

「ん……そんじゃ、もっと気合いの入った練習にいってみよっか?」

Jrの意見は、あっさりとスルーされた。

「……あのぅ、……言いづらいんスけど、……ボクの事はもう放っておいて欲しいっス」

「ん、遠慮しなくても良いよ。んじゃ、こっち来て」

「……どっちかっていうと、アナタに遠慮して貰いたいっス……」

Jrは半泣きのままフィーの後に従った。

 

 

 

 

 

 

霧降峡谷は一年を通して真っ白な霧に覆われているが、ごく稀に視界が晴れると、雨露に濡れた美しい山肌が姿を現し、桃源郷を思わせる風光明媚な景色を堪能する事が出来た。山間の奥に茜色の夕陽が沈む光景など、思わず息を飲まずにはいられない程の美景である。

「キレイだね……」

「ホントっスね……」

フィーとJrは洞窟奥の風穴から、肩を並べてその光景を見つめていた。

「キレイなのは良いんスけど、ここで何をするんスか?」

「ん?」

眼下には高度1,000アージュ以上の切り立った崖が広がり、遮られる事なく絶景パノラマを堪能出来る特等席だった。

「勿論、飛ぶんだよ」

「へっ???」

Jrは恐る恐る身を乗り出し崖下の様子を伺う。下層には霧が残っているらしく、大地を目視する事は出来なかった。不意に強風が吹き抜け、風音が鼓膜を震わせる。

「飛ぶって……ここからFlyingするって意味っスか?」

「そだよ」

「イヤイヤイヤ無理っス!ボクは飛べた時でも100アージュより高く上がった事無いんスよ!?いきなり1,000アージュOVERとか、シャレになって無いっス!!」

「ん、大丈夫。何事も経験だよ」

「物事には順序があると思うっス!!」

「習うより慣れろって言うでしょ?ワタシも付き合うから四の五の言わずに行くよ」

「へっ??」

フィーはJrの首に巻かれたままになっている、焼け焦げて50リジュ位の長さとなったマフラーを引っ掴むと……。

「ぎぃゃあああああ!!!!」

躊躇い無く断崖絶壁から飛び降りた。

断末魔にも似た咆哮が、峡谷の山々にこだまする。

「ほら、もっと羽を大きく広げて」

「ぎぃゃああああああ!!!!!」

「風を全身で感じなくちゃ」

「ぎぃゃあああああああ!!!!!!」

「……ワタシの話聞いてる?」

「ぎぃにゃあああああああ!!!!!!!」

トンでもないスピードで落下しながら、何となくそれっぽいレクチャーを続けるが、当のJrには全く届いていなかった。

 

ん、しょうがないなぁ。

 

右手でJrの首根っこを掴むと、反対の手で腰のポーチから伸縮性の強いワイヤーフックを取り出し、崖の出っ張りに引っ掻けて落下速度を緩和させる。1人と1聖獣分の重量を受けたワイヤーは、伸縮の限界ギリギリまで伸び切ると、最大限の反発力が働いて今度は真上に打ち上げられた。

「うぎぃゃあああああああ!!!???」

再び聖獣の絶叫が峡谷にこだまする。

 

ん、流石に上までは戻れないかな?

 

フィーはワイヤーフックから手を離すと再びポーチに手を伸ばし、爆薬を取り出して手早く起爆剤をセットする。重力に逆らいながら真上に飛び続けた2人だが、次第に勢いが無くなり、空中で完全に動きを止めて停止した。

「ん」

フィーはその瞬間を逃さずに、早業で爆薬を岩壁に張り付ける。再び重力に従って落下が始まり、少し距離が開いた所で。

「イグニッション」

峡谷に爆音が響き渡り、崖壁に内部まで通じる大穴が空いた。

「ん、そんじゃJr、よろしく」

フィーは落下しながらJrの背中に素早く飛び乗った。

「へ?えっ???」

「頑張ってあそこまで飛んで」

「えええっ!!?マジっスかぁ!!???」

「ん、マジ。ほら、早くしないと堕ちちゃうよ?羽広げて」

「ぐっ!?ぐううぅぅ!!」

懸命に羽をバタつかせるJr、背中に乗った少女からは体重以上の得も知れぬ重圧が降り掛かり続ける。

「ぐぅおおぉぉう!!」

聖獣らしからぬ雄叫びをあげながらも何とか浮力を得たJrは、必死に飛び続けて何とかフィーが空けた大穴まで辿り着いた。

「や、やったっス……やったっスよ!どうっスか!!」

ぐったりしながらも何処か誇らしげな表情を浮かべたJrが、背中に乗ったフィーへと顔を向ける。

「ん、おつかれ。んじゃ、続けてもう1回行ってみよっか?」

「へっ?も、もう1回???」

「何回か繰り返して身体にしっかり覚えさせないと、意味が無いでしょ?」

「★*☆※★……」

Jrは白目を剥くと、バッタリと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「良かったじゃん、飛べるようになって」

夕闇に染まった大空を滑空するJrへと、背中に乗ったフィーが声を掛ける。

「いや……まぁ、それは感謝してるっスけど、やり方がスパルタ過ぎるっていうか。なにもあんな高い所から、5回も落とさなくても良いんじゃないっスか?っていうか……」

「ん、そこは結果オーライで良いでしょ?」

「あんまり良くは無いと思うっス!」

「だって、飛ばない聖獣は、ただの聖獣だよ?」

「飛べなかったとしても、一応は聖獣っス!!」

「ん……でも、良く頑張ったね」

フィーは優しくJrの首筋を撫でた。

「……そ、そう言われるとテレるっス……」

夕闇の中でも分かる程に、Jrの顔は真っ赤に染まっていた。

 

……ん?

 

不意にARCUSの着信音が鳴り響く。

「……ん」

「ん、じゃねーよ!何処まで食料調達に行ったんだ、お前は!?」

「ああ、なんだアガットか」

通信相手は赤毛のロリコンだった。

「今何処に居やがる!」

「ん?えーっと……ここってどの辺?」

ARCUSから顔を離しJrに聞く。

「そろそろロレントの町の上空辺りっス」

「ロレントだってさ」

「ロレント!?マジで何処まで食い物探しに行ってんだよ、オイ!?」

「色々あってね、詳しくは乙女の秘密」

「色々って、何がどうなったらこの短時間でロレントまで行くんだよ!?歩きで半日は掛かる筈だぞ!??……まぁ良い、むしろ好都合だ」

「好都合?何が?」

「今緊急の要請が入ってな、ロレントの市長邸に3人組の強盗が入ったらしい」

「強盗?」

「ああ、金庫に入ってた町の収益金を奪って、ミストヴァルト方面に逃走中らしい。一応シェラザードにも連絡したんだが……、……っ」

急に歯切れが悪くなった。

「だが……何?」

「……滅茶苦茶泥酔状態で、会話すらまともに出来なかった……」

「ん、あっそ」

 

……案の定やってるね、シェラ。

 

「気のせいか背後から『しぇ、シェラ君……こ、これ以上されたら私はもう……ああ……ああ……』とかオッサンの声が聞こえたんだが……」

「ん、あっそ」

 

……案の定やられてるね、ユーリ。

 

「悪いんだが研修は切り上げで良いから、代わりに対処してきてくれねーか?」

「ん、いいよ」

「報酬はロレント支部で貰ってくれ」

「らじゃ、そんじゃ行ってくる」

「頼んだぜ」

通信が切れた。

 

やれやれ面倒だな、お腹空いてるのに……。まぁ、終わってからロレントって所でゴハンにすればいいか。

 

「Jr、悪いんだけど、ミストヴァルトってトコまで飛んでくんない?」

「良いっスよ、ここからなら3分で着くっス」

「ん、そんじゃチャチャっと片付けるからヨロシク」

フィーは双銃剣に手を伸ばすとカートリッジに弾丸を補充し、銃身をスライドさせて薬室に送り込む。薄暗くなった夜空に、乾いた金属音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「大量じゃねーか!」

霧と闇に包まれたミストヴァルトの森に、名も無き強盗団の歓声が響き渡る。

「ああ、小さな町だから期待しちゃいなかったが、これ程とはな!」

名も無き強盗団の1人が嬉しそうに続く。

「……これで、病気の御頭に薬を買って帰れるな」

名も無き強盗団のチームリーダー的な男がしみじみと呟く。

彼等の頭目は重い病を患っており、その為に今回の仕事に手を出していた。再び4人が揃ったら大きな街に行って、一生懸命に稼ごう(一生懸命に強盗しよう!)というわけだ。反社会的な仕事に手を染めてはいるが、彼等は強い絆で結ばれた仲間達だった。男達は焚き火を囲みながら本日の戦果に喜び、希望に満ちた未来にそれぞれ想いを馳せていた。

 

「……あのぅ、お兄さん達……」

そんな彼等の背後から、闇に紛れてそっと近付いたJrが、恐々と声を掛ける。

「な、何だテメェは!??」

名も無き強盗団の1人がとっさに立ち上がり、ライフル式の導力銃に手を伸ばした。

「お兄さん達、強盗団の人達っスか?」

「だったら何だってんだ!?と言うかテメェは何者だ!??」

「ボクはこの辺に住んでる聖獣なんですけど……お兄さん達ヤバいっスよ、生命線消えかかってますよ」

「ああ!?どういう意味だ!!」

ライフルを肩口に構えJrを威嚇する。

「こ、恐いからそんなの向けないで欲しいっス!……って、あれ?言う程恐くは感じ無いっス。……もっと恐い目に合ったからマヒしちゃったんスかね?……えっと、そのまんまの意味っスよ。今すぐ投降して、盗んだお金は返した方が良いと思うっス」

「何で折角盗んだのに返さなくちゃならねーんだ!?」

「そ、それは……」

「それは!?」

「……ボク達のすぐ側に、お兄さん達の100倍位ヤバい人が居るからっス」

不意に、一陣の風が吹いた。

『!??』

風は白銀の閃光を煌めかせながら男達の間を吹き抜けると、メンドくさそうにその動きを止め、気怠げな表情を浮かべながら両手に持った双銃剣をクルクルと回してホルスターに収めた。

後に残った強盗団達は、己の行いを悔いる時間も無く、1人残らず地面へと突っ伏していた。

 

「……ん、チョロいね」

男達に一瞥をくれながら、フィーがJrへと顔を向ける。あまりの手際の良さに呆気に取られたJrは、ポカンと口を開けながらその様子を見つめていた。

「Jr、悪いんだけどさ、この3人を背中に乗せて、ロレントまで飛んでくれない?」

「へ?ええっ??3人も担いで飛ぶんスか!?」

「アンタなら何とか出来るでしょ?頼りにしてるよ」

「うぅ……、そう言われると悪い気はしないっスけど……ホント聖獣使いが荒いっス……」

Jrは諦めたように視線を落とすと、地面に転がった男達を1人1人背負い始めた。

 

 

 

 

 

 

「ほ、ホントに良いんスか?奢って貰っちゃって」

「ん、手伝って貰ったんだから当然。遠慮しないで食べて良いよ」

ロレントに移動した2人は、遊撃士支部に強盗

達の身柄を預けて報酬を貰うと、居酒屋アーベントのテラス席に陣取っていた。Jrと一緒に店の中に入ると店主は渋い顔を見せていたが、遊撃士手帳を見せたら何故か態度が一変し、何と全品格安の超VIP待遇にしてくれると言い出した。……帝国での遊撃士の待遇とは雲泥の差だ。

 

……マジでリベールに移籍しよっかな?

 

フィーは真剣に考え始めていた。

 

「いやー!美味しいっスね、ここの料理!」

運ばれて来る大皿を片っ端から平らげるJr、空になった皿は洗う必要が無い程ピカピカになっている。その様子を見たフィーは『コイツ、明日の朝にはまた飛べなくなってんじゃねーか?』と思ったが口には出さなかった。

「永遠に食べられそうっスよ!」

なおも忙しなく料理を口に運び続けている。

「ビールも頼んで良いっスか?」

「……ん、好きにして」

 

……やれやれ、これで今日の稼ぎはパーだな。

 

既に一通りの料理を堪能したフィーは、砂糖をたっぷりと追加したカプチーノに口を付けた。

「お姉さんはもう食べないんスか?」

運ばれて来たピッチャーをゴクゴクと飲みながらJrが聞く。

「ん?……なんかお腹いっぱいになったからいいや」

「少食なんスね、こんなに美味しいのに」

言いながら空になった皿を舐め回している。ウエイトレスのお姉さんが追加で注文した、揚げ物の大皿と塩焼きそばのメガ盛をテーブルに置いて去って行った。

 

こんだけ食って揚げ物と麺かよ……なんか見てるだけで胸焼けがしてきた。

 

苦笑いを浮かべるフィー、もう聖獣と食事に行くのはこれっきりにしようと決めた。

 

「あれ?そういえば今更っスけど、お姉さんは何て名前なんスか?」

「ん?言ってなかったっけ?ワタシの名前はフィー・クラウゼル」

「へ?……クラウゼルって言うんスか?」

「?、別に変わった名前じゃないと思うけど?」

「いや、その……クラウゼルっていう名前、風の噂であんまり良くない話を聞いたもんスから……」

「良くない話?」

「で、でも人違いっスね!フィーさんやる事はメチャクチャですけど優しい人ですもんね、ゴハン奢ってくれてますし!」

言いながらJrはビールのおかわりを注文した。

 

ちょっとは遠慮しろよな……ん~良くない話ねぇ……。

 

フィーは目を細めながら甘ったるいカプチーノに口を付けた。

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