導力灯の明かりが立ち並ぶカルデア隧道に、疾走する白いオーバルギアの駆動音が鳴り響く。少し遅れてティオの操作するエイドロンギアが、離されまいと必死に追走していた。
ふぅ……アリサさんも厄介なマシンを造ってくれたものです。
操作レバーを握りながら1つ息を吐き、ティオは苦笑いを浮かべた。
自律思考タイプは安定性に掛けるからと、アレほど忠告したのに……。まぁ、エンジニアとして新しいモノに挑戦したくなる気持ちは理解出来ますが、もう少し慎重に事を運んで欲しかったですね。
前を走るオーバルギアに視線を向けると、暗がりの中をかなりのスピードで疾駆している。人間の操作ではこうはいかないだろう。この辺はマシンならではといったところか。
それにしても困りました。あのスピードで走る機体に飛び乗ってパネル操作するなど、本当に可能なのでしょうか?しかもアレだけの兵器を装備しているとなると、近付いただけで迎撃されるのは火を見るより明らかでしょう。エイドロンギアをフル稼働して無理矢理止めるという手もありますが、基本性能は残念ながら向こうの方が上の様ですし、そうなったら私の機体が壊れてしまいそうです……それは避けたいので、最後の手段という事にしましょう。
強く心に決めた。
とにかく足止めをしなくてはなりませんが、こんな閉鎖空間でミサイルを使うワケにもいきませんし、スライサー程度では効果が薄そうですね……まったく、本当に面倒なモノを造ってくれたものです。
再び苦笑いを浮かべていると、ARCUSに着信が入った。
「……はい、こちらティオ」
「ティオ主任?アリサです。今どの辺ですか?」
「まだカルデア隧道内ですが、もうすぐエア=レッテンの関所です」
「了解です。フィーと2人で先回りするので、そのまま追い詰めて下さい!って、きゃああぁ!!?フィーもうちょっとゆっくり……」
そのまま通信が切れた。
先回り?……この短時間でエア=レッテンまで移動出来る手段が飛行艇以外に存在するのでしょうか?最後に何やら凄い叫び声を上げてましたが。
首を傾げていると、暗がりのずっと先に日の光が見えて来た。このペースなら数分の内に関所まで到達するだろう。
うーん……全く分かりませんが、ここはアリサさんに任せるとしましょう。
ティオはそう納得して、エイドロンギアの操作レバーを握り直した。
・
エア=レッテン関所
湖から入り込む大量の水が滝となって流れ落ち、迫力の大パノラマを見せるその光景は多くの観光客から支持され、リベールの名所の1つとなっている。今はおかっぱ頭で貴族風の衣装に身を包んだ中年男性と、その執事である白髪の老紳士2人だけが絶景を堪能していた。
「むぅ……いつ来てもここの眺めは素晴らしいのぅ、フィリップよ」
「まったくでございますなぁ、公爵閣下」
デュナン公爵と執事のフィリップは、揃って目を細めながら眼前の光景を見つめていた。
「アウスレーゼ家の先代が造ったとされておるが、この壮大な景観を人の手で生み出したとは信じられんのぅ、フィリップよ」
「まったくでございますなぁ、公爵閣下」
「やはり日常の雑務を離れ、心身をリフレッシュするのは大切じゃのぅ、フィリップよ」
「まったくでございますなぁ、公爵閣下」
両手を後ろで組んだ慇懃な姿勢を崩さぬまま、フィリップは自身が仕える主の横顔を見つめた。
本当に閣下も成長されたものだ。最近では国民からの評判も良く、以前の様に愚君呼ばわりする者も減ってきていると聞く。禁酒が1日しか持たなかったり、ランチの時間が3分遅れると駄々をこねだしたり、若くて健康的な娘を見ると思わず『ぐふふっ♪』となってしまったりと、まだまだ未熟な面もありますが、爺は大変嬉しく思っておりますぞ。
時間は掛かりはしたが、主の成長を心の底から喜んでいた。
これも全て、エステル様達の影響でごさいましょう。あの方達が自身の命すら省みず、強大な敵に挑む姿を見せて頂いた事は、閣下にとっても自身を見直す良いきっかけとなったに相違ございません。全くもって遊撃士の方達には足を向けて寝られませんなぁ……おや?
不意に隧道方面から異様な導力音と気配を感じ取る。
な、何事??くっ!?
現役当時は鬼の大隊長の異名を取ったフィリップ。素早く警戒態勢を取ると、主の盾となるべく公爵の前に立ち塞がった。……が。
『ギギキギギッ!!』
突如姿を表した謎の人形兵器から極太の光学兵器と複数のピットミサイルが射出され、老執事の身体に容赦なく降り注いだ。
「ふぃ、フィリッープ!?!?」
デュナン侯爵は叫び声を上げながら、倒れた臣下の傍らにすがり寄った。
「か、閣下……お逃げ下され、ここは危険ですぞ」
「何を言う、一番の家臣を置いておめおめと逃げ出せるものか!」
デュナンは両手を広げてフィリップの前に立ちはだかった。
「か、閣下……」
な、何と雄々しい……爺はこの場で果てても何の悔いもありませんぞ……。
「ここを通りたければ、我が屍を越えて行くが良い!!」
声高に威勢を放ち、眼前のオーバルギアと真正面から向かい合う……が。
『ギギキギギッ……』
「ひ、ひぃゃあー!???」
威勢が良かったのはそこまでで、銃口を向けられた途端に頭を抱えてその場に蹲ってしまった……無理も無いが。
「ひ、ひぇ~~だ、誰ぞ助けてたもれ~~~……」
エア=レッテンの詰所に在中する兵士達にか細い声で助けを乞うが、距離が離れているためどうにもならない。
「閣下!お逃げ下さ……」
フィリップが声を張り上げようとした瞬間、不意に稲妻の如きスピードで空から舞い降りた真紅の影が人形兵器に突撃した。
『ギギッ!??』
突然の出来事に人形兵器は為す術なく吹き飛ばされ、関所の城塞から転がり落ちていった。
「ん、ツァイスから5分位か、思ったより時間掛かったね」
オーバルギアを吹き飛ばした真紅の導力バイクに跨がったまま、フィーはARCUSで時間を確認した。
「……と、飛ばし過ぎよ、フィー……それに、隧道内じゃ無くて崖みたいな所を走ってくるなんて……あんなに怖い思いしたのは内戦以来よ」
後部シートに座ったアリサが、青ざめた表情で震えた声を出す。心なしか大きなバストもプルプルと震えているようだった。
「ん、ゴメン。隧道までどうやって行くか分かんなかったから、崖っぷちを突っ切った方が早いかな?って」
カルデア隧道へは中央工房のエレベーターでしか行けない。勿論、バイクでの乗り込みは厳禁だ。そのため、舗装もされていない細い崖道をかっ飛ばして関所へと辿り着いていた。
「ん、っていうか、やっぱりセーフティ取った方が調子良いね。ギアチェンも楽だし、加速も上がってるし。さんくす、アリサ」
「……なんで飛行艇の安全装置を付けてるのか分かったわ。このバイク、エンジン出力が異常よ……製作者の人格を疑うわ……」
「……」
いや、あんなヤベー兵器造ってるオメーも相当だけどな……。
ジトリとした視線を向ける。
「よ、良くぞ助けてくれた!」
半泣きの公爵が後部シートに座るアリサにすがり付いた。
「え?えっ??」
突然の事にアリサが戸惑いを見せる。
「褒美を取らすぞ!何でも欲しい物を申してみよ!!」
立て続けに感謝の言葉を並べる公爵。しかし、公爵の視線はアリサの顔ではなく大きなバストに注がれている……というか、バストに向かって熱心にお礼を繰り返していた。
「あ、あのぅ……」
アリサが困った様に呟く。
「先程の一撃、見事であったぞ!思わず惚れ惚れする程じゃ!」
公爵は目の前のバストに向かって賛辞を続ける……瞳が爛々と輝いていた。
「出来れば、その破壊力を余にも伝授してくれんかのぅ!?」
公爵の右手が妖しく蠢く。
「きゃああぁ!!!??」
アリサの右手が躊躇なく公爵を打ち付ける、思わず惚れ惚れする一撃だった。
「うごぉ!??」
吹き飛ばされた公爵がフィリップの隣で大の字になって転がる……何故か幸せそうな表情だった。
「な、何なのよあの変態は!?」
アリサが胸元を手で覆いながら呟く。しかし手の平で隠しきれないバストが、プルプルと自己主張し続けている。
……いや、そりゃ見るだろ。これこそ不可抗力ってやつだ。……っていうか、このおっさんどっかで見た様な気がするけど……ま、いっか。
やれやれと溜め息を吐きながら城塞の下を見ると、転がり落ちたオーバルギアが再び動き出す姿が目に止まった。
「アリサ、追跡を続けるよ」
スロットルを開きながらクラッチを繋ぐ。
「了解よフィー。……でも、もう少し安全運転でお願い……」
「ん、努力する」
後輪をホイルスピンさせると、真紅のマシンは一瞬で加速し、その場を後にした。
「……」
フィリップは隣で幸せそうに寝転がる公爵を無言で見つめていた。
閣下……結末はどうであれ、爺は嬉しく思っていますぞ。……ですが、女性に対してはもう少し節度を持った方が良いですな……。
無言のまま空を見上げる、抜ける様な青空が広がっていた。
・
姿勢を低く保ったままグリップを力強く握りしめ、前方を走るオーバルギアをロックオンし続ける。後ろに座るアリサがうるさいので、なるべくスピードは出さない様にしているが、それでも速度メーターは振り切れる寸前だ。
ん、もうちょいで追い付けそうだね。取り敢えず威嚇して様子を見るか?
フィーは左手で双銃剣を1丁引き抜くと、銃身を口でスライドさせて、薬室に弾丸を送り込んだ。
「あ、フィー!出来れば銃撃はしないで!」
その様子を見たアリサが叫ぶ。
「?、なんで?」
「オーバルギアのエンジンなんだけど、導力機関だけじゃなくて、ちょっと特殊な装置を使ってるの」
「特殊な装置?」
「ええ。水、時、空のセピスを特定条件のクォーツで一定数を相互反応させると、微量のトリチウムが生成出来る事が分かってね。その三重水素を元にして……」
「いや、そんな専門的な話を聞かされても良く分からな……ん?……今、三重水素って言った??」
い、いやいや……いやいやいやいや!いやいやいやいやいやいや!!……そ、それって確か……。
「ん~……簡単に言うと、核融合ってヤツね!」
何故かドヤ顔を浮かべながらアリサが言い放つ。バストも「ドヤ♪ドヤ♪」と言わんばかりにプルン♪プルン♪としていた。
「……か、核?」
「そ、核♪」
「……」
フィーは無言のまま双銃剣の撃鉄を戻して、ホルスターに収めた。
「オーバルギアのエンジンは導力機関と核融合エネルギーで構築されてるの、コンパクトにまとめるのは大変だったんだからね♪基本的には安定融合してるから問題はないんだけど、万が一があるから銃撃と爆撃は無しでお願いネ♪」
アリサが可愛いらしく締め括った。
「……ん」
……
……
……
……か、か、か、核融合???……バカなモン造ってんじゃねーぞ、このマッドボイン!!道理で歯が立たないワケだ!!っていうかそういう事は、さっきのテストやる前に言えよ!!
「……ね、ねぇ……万が一、融合崩壊したらどうなるの?」
恐る恐る聞く。
「ん?そうねぇ……その時は、この辺一帯が向こう10年間位草木1本生えなくなるだけよ♪」
「……」
お、オメーは他所様の国に何ちゅーモンを持ち込んでやがんだ!?……や、ヤベー、マジでヤベーよラインフォルト。……そういやアリサのお爺さんが兵器開発を始めて、お母さんが列車砲とか新型戦車とか造ったんだっけ?お父さんがどんな人かは知らねーけど……家族の血筋なのか?
背筋に冷たい汗が流れた。
……ま、まぁ良いや(全然良くはないけど……)い、今更核融合くらいどうって事もないや(かなりあるけど……)そ、そういや製造コンセプトは緋のテスタロッサに対抗出来る様にとか言ってたっけ?……そ、そりゃ核ぐらいは使うよね(人として間違ってるけど……)
無理矢理自分を納得させる。
そ、そんじゃ、気を取り直して……。
スロットルを深く握りしめ、バイクの速度を上げた。
とにかく頭を抑えて無理矢理停止させるしかないか……もうスクラップにしてやるとかは考えないようにし……ん?
強く強く心に誓っていると、前を走るオーバルギアからピットミサイルが霰の様に発射された。
ちぃ!?
舌を打ちながらも後輪を流し、車体を左右に振って避け続ける。あっという間に街道が爆煙に包まれ視界が遮られるが、アクセルを緩めたりはしない。
にゃろー、遠慮無さ過ぎだろ!?迎撃センサーでも付けてんのか??……って、そういえば。
「……アリサ、念のために聞いとくけど……核ミサイルとかは装備して無いんだよね?」
「ええ、まだしてないわ。安心して。」
「ん、らじゃ……っ?」
ま、まだって言ったか??……ん、聞かなかった事にしよう。
そう自分に言い聞かせていると、今度はオーバルギアの後方から重機関銃の銃口が飛び出した。
げっ!?チェーンガン!??
慌ててマシンを射線上からズラそうと試みるが、退避経路を遮る様に左右からピットミサイルが迫っていた。
や、ヤベー!?っていうか、マジで装備詰め込み過ぎだろ!?
銃口が火を吹き、大口径の銃弾が連射される。
ぐっ!?
咄嗟にアクセルを限界まで開き、前輪を持ち上げてバイクの腹で受け止める。着弾の衝撃が突き抜けて、車体全体が小刻みに震えた。
「フィー、フォローするわ!ARCUS駆動、フロストエッジ!!」
後部座席のアリサから風雪が吹き出し、銃弾を空中で凍結させて凌ぐ。
「さんくす、アリサ」
「このまま接近して!でも安全運転でお願いね!」
「ん、らじゃ」
苦笑いを浮かべながらスロットルを戻し、一度車体を安定させる。
行くよ!
導力エンジンが唸りを上げてマシンが加速する、飛んで来る銃弾とミサイルは全部アリサに任せる、オーバルギアとの距離は数アージュにまで迫っていた。
良し、このまま行けば……え?
突然、オーバルギアの下部から炎が噴出し、機体が空中に浮き上がった。
あ、そういや飛行機能が付いてるんだっけ……アリサ、余計な事を……。
背中に当たる大きなバストが、何故かプルんと自慢気に動いた気がした。
や、ヤベー、空なんか飛ばれたら追い付けるワケねーじゃん。……どうすっかなぁ。
思案しながら視線を移すと、ルーアンの港町がすぐそこまで迫っている。町の中央にある大きな稼働橋が、ゆっくりとバンザイを始めていた。
「任せてフィー!打ち落としてやるわ!」
アリサはARCUSを閉じると、替わりに胸の谷間からスルスルと金色に輝く愛用の弓矢を取り出していた。
「……」
……ん、ここは多分ツっ込んだら負けだね……っていうか弓なんかで落とせるのかな?ランボーじゃあるまいし。……ん?
そんな事を考えていると、頭の上にズシリと重みのある柔らかくてポヨンとしたモノが2つ乗っかった。
「悪いけど、ちょっと置かせてね!」
アリサがフィーの頭を台座にしながら、キリキリと弓を引き絞っている。
ん……ツっ込んだら負け、ツっ込んだら負け……。
フィーは自分に強く言い聞かせ続けた。
「行くわよ、覚悟しなさい!ジャッジメントアロー!!」
弓に組み込まれた金耀珠の力で強化された5本の矢が、オーバルギアの飛行ブースター目掛けて襲いかかる。寸分違わぬ正確さで、全ての矢がブースターの噴出口に突き刺さった。
ヒュー、やるじゃん!流石アリサ、凄いのはおっぱいだけじゃないんだね。
素直に感心する、頭の上で2つのモノが得意気にプルんプルんとしていた。
「良し!これで飛行機能は潰したはず……えっ?」
弓を谷間の奥にしまいながら、アリサの目が大きく見開かれる。浮力を失ったオーバルギアは、フラフラとしながらもルーアンの町中へ向けて飛び続けていた。
「や、ヤバいわよフィー!あのまま墜落したら町が消し飛びかねないわ!?何とか追い付いて!」
「……」
いやいや、無茶言うなよ。飛んでるヤツにどうやって追い付けっていうんだ?
やれやれとしながらも打開策を求めて周囲を見回すと、丁度稼働橋が上昇を終え、空に向かって両端を突き上げているのが目に止まった。
……アレしかないかな。
スロットルを回して素早くギアを入れ替える。真紅の導力バイクは唸りを上げながら加速し、殆ど垂直の壁に近い稼働橋に向かって疾走を始めた。
「……ね、ねぇ、フィー。まさかとは思うけど……行くの?」
アリサの不安気な声が耳に届いた。
「ん、そのまさか。行くよ、しっかり掴まってて」
ウィリーさせて前輪を稼働橋に接地させると、硬質ゴム製のタイヤが地面に噛みつき、ロケットの様にマシンが上昇を始める。
「きぃゃああぁぁ!!?安全運転でって言ったのにぃ!??」
「ん、真の安全とは、自分自身で掴み取るモンだよ」
何となく名言っぽいセリフを吐きながら、導力エンジンをフル稼働させる。重力に逆らって上昇し続けるマシン、流石にメーターオーバー程のスピードは出せないが、それでも100セルジュを下回る事はなかった。
いやー、ヤッパとんでもねーな、このバイク。制作に1,000万ミラ位は掛かってんじゃねーのか?……ホントにタダで貰っちゃって良かったのかな?さんくす、ユーリ。
今更ながら自国の皇帝に簡単な感謝を捧げ、上空を浮遊し続けるオーバルギアを視認する。
ん、距離は問題無さそうだけど、角度が浅いかな?……ま、何とかなるでしょ。
グリップを握る手に力を込めながら、空いた手でバイクのハンドルに手早くワイヤーフックを巻き付けた。
ん、これでOKっと。んじゃ、行ってみよっか。
重力に抗って上り続けた導力バイクは、勢いよく空へと飛び上がった。
「いやあぁぁぁ!!!!」
アリサの絶叫が、夕暮れのルーアンの港に響き渡った。