「まぁ、楽にしてくれ。今誰かに、お茶でも持って来させるでのう」
「ん、お構いなく」
ロゼに連れて来られたのは、2F建てでログハウス風のアトリエだった。室内には全身を包み込む様な温かさが満ち溢れ、揺ったりとした空気が漂っている。この場所では時間の流れがゆっくりなのだろう。……何だか眠くなって来た気がする。
「で?依頼内容は?」
「まぁ、そう慌てるでない。孫娘の級友がわざわざ訪ねてくれたんじゃ、何の持て成しもせんでは妾の顔が立たんじゃろ?」
「……それを言ったらもう1人の孫娘は、色々と面倒事に巻き込んでくれたんだけど?」
「ヴィータか……、あの娘は昔からヤンチャが過ぎるからのう……。いっその事嫁にでも行って、子供でも作れば少しは丸くなると思うんじゃが……」
「……」
結社の第二柱、深淵の魔女が嫁入りか……。丸くなるのか、それとも更に尖るのか……。いずれにしても、旦那さんの慢性的な胃潰瘍は確実だろう……。
「それはそうと、エマは居ないの?」
「あやつには修行も兼ねて、帝国各地の地脈の乱れを調べて貰っていてのう。今頃はルーレかノルド辺りの筈じゃ」
ルーレかノルド……。遠すぎだろ、絶対に会えねぇじゃん。久し振りに委員長のボインを枕にして昼寝したかったな……。
「まぁ、おぬしらⅦ組とやらには、どうやっても断ち切れない強き絆があるようじゃからな。心配せんでも遠からず会う事になろう」
「ん、そだね」
「今は焦らずに、しばらく待つが良い」
「ん……さんくす、ロゼ」
断ち切れない絆、か……。ま、確かに有るだろね……。
少しだけ口元が弛んだ。
「むぅ……、お茶でも出そうと思ったのじゃが、誰も来んのう……」
「ん、気にしないで。それよりも、そろそろ本題に入って欲しいんだけど?」
「そうか?気が利かなくてすまんのう」
……っていうか、そこまで言うなら、何故自分でティーポットを用意しないんだ?……このロリっ子ババア、身の回りの事は自分じゃ何もしない性格だな。
思わず苦笑いを浮かべる。
「実は所用で久方ぶりにヘイムダルへ行かなくてはならんのじゃが、久し振り過ぎて何が何処に在るのかサッパリ解らん。詳しい者に案内役を頼もうと思ったのじゃが」
「……久し振りって、どの位?」
「そうじゃのう……、獅子戦役の頃じゃから、250年以上前か?」
「……」
2世紀半以上前……、感想が思い付かない。
「ワタシ達じゃなくて、観光協会にでも頼んだら?」
「それも考えたんじゃが、ああいうところに頼むと特定の場所しか案内して貰えぬらしくてのう」
「……ちなみに、ドコに行こうとしてるの?」
「デパートと競馬場じゃ」
「……」
フィーがあからさまに顔をしかめる。
「ん?どうかしたか?」
「いや……、地図は書くから、1人で勝手に行ってくれないかな、って」
「ま、待て!おぬしの言いたい事は分かる!だが妾の言い分も聞け!聞けばきっと納得するはずじゃ!」
「言い分?……なに?」
「デパートへは新発売の『導力ゲーム』とやらが気になったから行くだけじゃ!最新の『ぐらふぃっく』とやらが、感動モノらしいからのう!競馬場へは走ってる馬を観戦し、あわよくば一儲けするために行くだけじゃ!決してギャンブルを楽しむためだけに行くのではないからな!そこは勘違いしてはならんぞ!」
「……」
欲望という名の言い分しか無ぇじゃねぇか……、どうしようもねぇババアだな……。
「頼む!老い先短い老人の願いを叶えてはくれぬか!?」
いや……、齢800歳のババアに老い先がどうこう言われてもなぁ……。
「これもおぬしの仕事の一環じゃろう?一般人の手助けをするのが遊撃士の本分だと聞き及んでおるぞ!」
んー……、魔女を一般人とするのはどうなのかなぁ?
「仕事が終わった後で、何でも好きなモノを奢ってやるぞい!」
「ん、そんじゃ、すぐに行こっか」
間髪入れずに即答する。
「……おぬし、分かりやすい性格じゃのう……。……エマに聞いていた通りじゃな」
……エマは一体何を吹き込んだんだ?
「では、参るとするか。カレル離宮の近くに隠れた転移装置があるでのう、あそこまで行けば帝都などすぐそこじゃ。……そういえば、妾はおぬしを何と呼べば良いのじゃ?」
「ん、普通にフィーで良いんじゃない?」
「むぅ……、800も歳の離れた娘っ子を親しげに呼ぶのは、いささか抵抗があるのじゃが……」
「いやいや、アンタにかかれば100歳のババアでも娘っ子でしょ?」
「むう?言われてみればそうじゃな。では、気にせず行くとするか、参るぞいフィー!」
「らじゃ、ロゼ」
2人は連れ立ってアトリエを後にする。
緋の魔女と西風の妖精は、並び揃って帝都へと向かう。