妖精の軌跡second   作:LINDBERG

30 / 40
第30話 乙女心は繊細なので取り扱いには厳重注意

……サ、ヨ、ウ、ナ、ラ……

 

パテル・マテルはそう言い残し、夕暮れのクロスベルの空に散っていった……。

 

レンとパテル・マテルはいつも一緒だった。煉獄の魔物すらゲロを吐くような教団からレーヴェとヨシュアに助け出され、ゴルディアス級の適正試験をパスし、蛇の執行者になったあの日から、どんな時でもレンを守ってくれていた。危うくエステル達に破壊されそうになった事もあったけど、いつもでもレンの側に居続けてくれた。……そうする様にプログラムされていたから?勿論そうなのだろう。でも寒い夜には暖かな風で身体を包んでくれて、雨の日にはレンが濡れない様に覆い被さってくれて……まるで本当のパパとママの様にレンを守り続けてくれた。

 

パテル・マテルが居なくなった後、枯れる程泣き尽くしたレンはエステルとヨシュアに連れられ、再びリベールで暮らし始めた。しかし心に深い傷を負ったレンは殆ど引きこもり状態で、導力ネットでしか他人とコミュニケーションを取る事が出来なくなっていた。

勿論ブライト家に不満があった訳じゃない。都会から離れた長閑なロッジハウス、自然溢れる庭と釣りが出来る池……傷付いた心を癒すには最高の場所だった。とはいえ、これまでずっと一緒だった親代わりを失くし、急に始まった新しい環境での生活。すんなりと受け入れられる筈もなかった。

レンが部屋に籠りきりなのを心配に思ったのか、エステルは色々と世話を焼いてくれた。唯一の得意料理であるオムライスを特盛で作ってくれたり、渓流釣りやスニーカーを見に行こうと誘ってくれたり、何を思ったのかミストヴァルトの森で捕まえたという巨大なカブトムシを見せに来たりもしてくれた(その様子をヨシュアは、後ろから微笑ましく見ていた)

レン自身もこれ以上心配させるのは悪いと思い、少しずつでもなんとかしようと努力はしてみるものの、どうしても心と身体がいうことを聞かない。本来の自分を取り戻すには、もう少し時間が必要だった。

 

そのまま月日が流れたある日、思いもかけない現実を知ってしまう事になる。

 

ある晩、シャワーを浴びてから何とはなしに体重計に乗ってみたのだが……。

「!?!?!?」

表示された数字を見て愕然とした。

 

な、な、な、な、なにコレ!???いくらなんでもコレはヤバ過ぎでしょ!!!?

 

壊れているのではないかと疑い、バスタオル1枚巻いただけの姿で体重計を分解し、パーツを1つ1つ全部チェックしてから再度組み立て、もう一度乗ってみる。

……どうやら壊れてはいないようだ。

そうか、計り方が悪かったのだ、コレだから家庭用の安物はダメね。と思い、今度は爪先からゆ~~~っくりと時間をかけて慎重に乗ってみる。

……当たり前だが何の変化も無かった。

もしかして付くべき所に肉が付いただけで、気にする様な事ではないのでは?と一縷の望みを託し、バスタオルの上から胸を鷲掴んでみる。

……半年前と殆ど変わっていなかった……ちょっとだけ涙が溢れた。

 

ど、どうしましょ??どう考えても運動不足が原因だわ。早起きしてランニングでもしようかしら?……いえ、今まで引きこもっていた娘が、急に朝っぱらから走り出したら、周りが余計に心配するわ。かといって筋トレなんか絶対にやりたくないし……そうだ、マクバーンを誘ってお茶会でもしようかしら?近くにアイツを置いておけば、サウナ効果が期待出来そうだし……それともいっその事ティータの手を借りてダイエット器具の開発でもして、実証データを付けて何処かの企業に売り込もうかしら?

……

……

……

 

奇人変人魔人が集う秘密結社、身喰らう蛇。その中に於いても天才的な頭脳を誇るレンがあれこれと考え、最終的に出した結論は……。

 

……取り敢えず寝ましょう……朝になれば何か変わっているかもしれないし……。

 

その日は頭を空にして、ベッドに潜り込む事に決めた。

 

……

……

……

……翌朝。

 

着替えずに寝たため、タオルにくるまったまま目を覚ます。目を擦りながら姿見の前に立ち、自分の身体状況をつぶさに確認する。

……二の腕辺りが、なんとなくぷよぷよしているような気がした。

 

な、なんとかしなきゃ……。

 

それとなく遠回しにエステルに相談してみると、ギルドの仕事を手伝ってみてはどうだ?と勧められた。それもどうせならエステル達と一緒ではなく、他の人とももっと繋がった方が良いとも言われた。

 

成る程……うん、良いかもしれない。

 

着替えたレンは久しぶりに1人で外出し、取り敢えずロレント支部に行ってみた。すると、丁度良くティータのカレシさんが来ていて、その後ろでは町の不良といった装いの3人組が、魂の抜けた骸の様に折り重なって転がっていた。

「よぉ、レン。珍しいな、どうした?」

トレードマークの重剣を背中に携え、アガット・クロスナーはレンを事務所に迎え入れた。

「ええ……ちょっと暇だったから、ギルドのお手伝いでもしようかと思ってね」

ダイエットの事は、勿論乙女の秘密だ。

「そいつは助かるぜ、人手不足で参ってたところだ。それに丁度良いのがあるぞ。場所はルーアンなんだが、どうする?」

「ルーアンか……別に良いわよ」

二つ返事でOKした。

「よし、じゃあ飛空艇のチケットは手配しておくから、直接向かってくれ」

「了解したわ、内容はあっちの支部で聞けば良いのかしら?」

「ああ。……そうだ、今帝国から新人の遊撃士が来ててな、もしかしたらそいつと組む事になるかも知れねぇから、そのつもりでいてくれ」

「新人さん?……大丈夫なの?」

「ああ。かなり無茶苦茶で危なっかしいヤツだが、腕は間違いなく折り紙付きだ。シルフィードって聞いた事ないか?」

「シルフィード?……西風の旅団の?」

大陸内における注意人物の名前は、一通り頭に入れてある。

「そう、それだ。お前と歳も近いし、戦闘スタイルもヨシュアに似てるから、相性は悪くないと思うぜ」

「ふーん……ちょっと興味あるわね……」

「内容がヤバそうなら後から俺も行くからよ」

「あら?別に無理しなくていいわよ。それよりティータとデートでもして来たら?お泊まりで♪」

ニヤニヤと目を細めてやる。

「そんな事したら、エリカにこの世の全ての拷問を受けてから殺されるだろうが……余計な事喋ってないで、早く行ってこい。空港にはすぐに予約入れといてやるから」

「ふふふ、了解よ♪それじゃあね、お兄さん」

レンはスカートの両端を持ち上げながらちょこんと頭を下げ、ルーアンの支部を後にした。

知り合いと話してるうちに、少しだけいつもの自分を取り戻して来た気がする。

 

そうね、やっぱり閉じ籠っているのは良くないわ。人間辛い時こそ行動あるのみ!お茶会あるのみ!殲滅あるのみ!レッツ・ネメシスパーティーね♪

 

レンは来た時よりも軽い足取りで空港に向かった。

 

 

 

ギルドで予約してくれた飛空艇に乗り込み、窓際の席に腰を下ろす。夕暮れの空を見つめていると、どうしてもパテル・マテルを思い出してしまう……何となく心配そうな顔をしている様な気がした。

 

大丈夫よパテル・マテル。レンは1人でも強いんだから。それにエステル達も居てくれるし、ティータも赤毛のお兄さんも居てくれるし、銀閃のお姉さんは……お嫁に行っちゃうかもしれないけど……それでも、楽しくやってるわ。……だから、そんな顔しないで。

 

変わらないといけない……良くも悪くも変えたくないと思っていても、変わらなければきっと前には進めない。そして変わった自分は、今の自分よりもきっと素敵な自分の筈だ。

少しだけ心が軽くなった気がしたレンは、少しだけ寂しそうにしながらも笑顔を浮かべ、夕暮れの空を見つめた。

……もっと強くならなくちゃ、と思った。

 

 

 

……

……

……

そう思っていたのだが……。

 

な、な、何でこんな事に!??

 

暗い洞穴の闇の中で、レンとフィーはノスフェラトゥを相手に戦闘を繰り広げていた。そしてレンは、フィーの忠告を無視して飛び出した挙げ句、アストラルボディの魔物に捕縛され、半透明な身体の中に閉じ込められていた。

 

や、ヤバいわ、全然動けないし出られない……しかもどんどん体力を吸われるてるのに、回復も出来ない……このままじゃレン、最終的に骨と皮だけになっちゃうんじゃないの?……あれ?でもひょっとしたらこれで痩せられるのかしら???

 

どうやら思考力も奪われているようだ……。

 

くっ……こんな事なら妖精さんの言う通り、後方からアーツだけに専念してれば良かったわ。調子に乗ってレ・ラ・ナンデスなんてしなきゃ良かったわ。こんなスケスケの骸骨なんか余裕だと思ったのに……。こうなると外から助けてくれるのを期待する事しか出来ない……パテル・マテルが居てくれたら、1撃で殲滅出来るのに。

 

考えまい考えまいとしても、どうしてもそこに思考が行き着いてしまう……。

透けた悪霊の身体越しに、闇の中でフィーがとんでもないスピードで動き回っているのが見えた。確かにアガットが言うようにヨシュア並みの身体能力のようだ。

成る程、彼女に前衛で頑張ってもらい、レンが後方から支援して、隙が出来たら大鎌で止めを刺す……安定して勝てそうな気がした。

 

完全に調子に乗ったレンのミスね……お願い妖精さん、何とか頑張って……。

 

祈る様な思いでフィーを見つめていると、動き回りながら双銃剣のカートリッジを交換し、レンが視認出来ない程にスピードを上げていた。

 

……。

 

トップスピードに乗ったまま双銃剣の片割れをこちらに向かって投げ付け、更に残ったもう一丁の銃口が火を吹く。投げられた刃が回転しながら霊体を切り刻み、銃弾と斬撃が同時にアストラル体に叩き込まれる。悶え苦しむノスフェラトゥの悲鳴が、中にいるレンの耳に届いた。

 

……。

 

「パシッと」

クルクルと回転しながら戻って来た双銃剣をキャッチし。

「行くよ、ダメ押し!」

トリガーを引き絞り、容赦なく更に銃弾の雨をブチ込む。生に取りつかれた魔物の悲しげな断末魔が、レンの耳に届いた。

 

……。

 

「ふぅ、チョロいね」

銃口から立ち上る硝煙を吹き消すと、この世ならざる者は煙の様に霧散し、闇の中へと消え去った。

 

……妖精さん、滅茶苦茶だけど、強いのね。

 

くるくると回しながら双銃剣をホルスターに収めるフィーを見つめ、助け出されたレンは呆れ顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

膝を付いたレンに寄り添い、フィーはティアラルを発動しようとARCUSを取り出す。

「……平気よ妖精さん、自分で出来るわ」

だがレンはそれを断り、自分で回復を始めた。

「……ごめんなさい妖精さん。レン、完全に空回りしちゃってるわね。いつもはこんな事無いのに……」

「ん?全然大丈夫だから、気にしなくて良いよ」

「妖精さんがこの地下空間を見つけた時もそう。今まではパテル・マテルのサポートがあったから、そういうのあんまり気にした事無くて……」

「ん、まぁ、慣れとかもあるし、そんな気にしなくて良いって」

「さっきも妖精さんの言うことを聞いてれば、問題なく倒せた筈なのに。レンのせいで……」

「ん、ワタシは前にレグラムのお城で、同じ様なのとヤりあった事あるから予備知識があっただけ。そん時はあんたと一緒であっさり取っ捕まって皆に迷惑掛けちゃったし……そんなに気にする事ないって」

「……妖精さんは捕まった時、中でどうしてたの?」

「ん?……出来る事ないし……確か……寝てた」

「お、大物ね……」

「ん、頼りになる仲間達が居たしね」

「……仲間」

「それにさっきのは、付き合ってくれてる一般人のあんたを危険に晒したワタシのミス。だから謝らなきゃならないのはこっちの方、ゴメンね」

「……謝らないでよ、足を引っ張ったのはレンじゃない。……所詮レンはパテル・マテルが居なくちゃ、大した事は出来ないのよ……」

レンはすっかり自信を失くしていた。

「?、いや、ワタシ的にはメチャクチャ助かってるけど?」

「どこがよ!?」

「だってあんたは、街中を火の海にしたり、国境の壁を破壊したり、核エネルギー搭載の兵器を暴走させたり、酔っ払ってグランドクロスしたりとかしないでしょ?」

「い、一体誰と比べてるのよ!?……最後のやつは誰か分かっちゃったけど……」

「もしあんたが捕まってなかったら、ワタシが捕まってたかも知れない訳だし、そこはお互い様でしょ?」

「……ポジティブなのね」

「ん、いや……多分色々とマヒしてるだけかな?」

「妖精さん、意外と苦労してるのね」

「ん、まぁ、ね……」

苦笑いを浮かべていた。

「そういえばさ、ずっと気になってた事があるんだけど」

「?、なぁに?」

「パテル・マテルって、誰?」

「……妖精さん、分かってなかったのね」

暗がりの中でレンが再び呆れ顔を浮かべていると、更に魔物の集団が姿を現した。

「良いわ、サポートしながらパテル・マテルの事教えてあげる」

ARCUSを片手に構えたまま、大鎌を肩に担いでレンは立ち上がった。

「ん、そんじゃ引き続きよろしく♪」

魔物達に向かってフィーが駆け出し、レンはARCUSを駆動させた。気のせいかさっきよりも心が軽くなった気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。