「ん、チョロいチョロい♪」
「くすっ、ホントね♪」
闇の中に2人の少女の可愛らしい笑い声と、金属が擦れる甲高い音が響き渡る。魔物の集団を危なげ無く蹴散らしたフィーとレンは、双銃剣と大鎌に付着した血糊を拭いながら笑顔を浮かべていた。
「ふふ、久しぶりに楽しいお茶会が出来て、レンは大満足よ♪」
「ん、少し飲み足んないけどね。……あ、口元にちょっと付いてるよ」
「え、ウソ?」
「拭いてあげる」
「ふふ、ありがとう、妖精さん♪」
会話の内容はほのぼのとした乙女らしい感じだが、2人の周囲は異形の怪物たちの血肉と残骸が無惨に散らばり、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている……煉獄の底よりも酷い有り様だ。
なんとか殲滅を逃れた魔物達は、壁際で一団となり頭を抱えながらブルブルと震えていた。
「……ん、この先が終点っぽいけど」
レンの頬っぺたに付着した返り血を、ゴシゴシと拭き取りながらフィーが周囲を確認する。
「ねぇ、なんか奥の方……ボヤッと光ってない?」
「え?」
レンも視線を向けると、確かに何らかの明かりが見て取れた。そして、目に見える程濃密な霊気が立ち込めている。……あからさまに危険な雰囲気だ。
「はぁ……まぁ、ここまで来たら、最後まで行こっか……メンドいけど」
やれやれと息を吐き出すフィー。
「……妖精さん、溜め息吐くと幸せが逃げるわよ。それと、心の声が駄々漏れよ」
「ん、次から気を付けるよ……なるべく」
「……言ってる側から漏れてるんだけど?」
今日何度目になるか分からない呆れ顔を浮かべ、2人は洞穴の奥へと向かう。
後に残された魔物達はその後ろ姿を見送り、一様に安堵の溜め息を吐き出した。地面に横たわった仲間達の無惨な亡骸を哀しげに見つめる。だが仇を取るために後ろから襲い掛かろう等とは露にも思わず、もう2度と会わない事だけを心から祈り続けた。
・
?……なんでこんな穴の中で?
不思議そうに首を傾げるフィーの横で。
「これは……」
レンは顎に手を当て、真剣に考え込んでいた。
「……妖精さん、これはかなりマズい事態よ」
先程迄と打って変わり、神妙な様子でレンが呟く。
「?……どういう事?」
「妖精さんは、去年のクロスベルの事件の内容は知ってるかしら?」
「ん……まぁ、大まかには……」
「じゃあ、教団については?」
「えーっと……D∴G教団だっけ?ギルドの資料で一通りは見てる筈だけど……」
「じゃあその資料の中に、プレロマ草ってあったでしょ?」
「プレロマ草?……ん、見た気がする」
「それがコレよ」
レンは足元で淡い光を放つ植物を指差した。
「……それって、結構ヤバいね」
「ええ、間違いなくヤバいわ。しかもレンは前にプレロマ草の現物を、この眼で実際に見てるんだけど……」
レンは屈んで草を1本抜き取り。
「こんな色は見た事が無いわ……」
手に持った紫色のプレロマ草をジッと見つめた。
「えっと……ワタシが見た資料だと……プレロマ草はグノーシスっていうクスリの原料、って書いてあった気がしたんだけど?」
「ええ、その認識で合ってるわ。教団の目的の1つはそのクスリを完成させる事よ」
「確か……青と赤があって、青は市場に出回ってるヤバいクスリを改良した程度だけど、赤は悪魔化とかしてエラい事になった、とか書いてあった気がしたけど?」
「……随分ざっくりとした記憶ね……まぁ、だいたいは合ってるけど」
「ん、こんな光の射さない場所に咲いてる時点で、怪しいとは思ってたけど……」
「自然の草花じゃなくて霊草だからね」
「霊草ね……ん、ロゼに連絡して詳しく聞いてみよっかな?」
「ロゼ?」
「知り合いにギャンブルとゲームとお酒と温泉が好きな800歳の魔女がいてね、そのババアならもしかすると色々知ってるかもって」
「……凄い駄目なお婆さんね……レンにも魔女の知り合いが居るけど、そんな自堕落な感じじゃなくて、素敵なお姉さんだったわよ」
「ん、結社の深淵でしょ?ちなみにワタシはその妹とクラスメイトだったよ。そんでもってロゼはそのお祖母ちゃん」
「……世の中って、狭いのね」
「ん、まぁ、それは置いといて。去年クロスベルで咲いてたのは、青色と赤色だったんだよね?」
「ええ」
「ん……普通の植物だと、掛け合わせで中間色が出来たりするけど」
「……成る程、青と赤を掛け合わせると、紫か。……でも、そうすると」
「ん、もし、それを原料にしてグノーシスを作ってたとすると……」
「効能が気になるわね……」
レンは再び顎に手をやって思案する。
「念のために確認しておくけど、結社に居た時も含めて、この場所の事は知らなかったんだよね?」
「ええ、それに関して嘘は言ってないわ」
「ん、らじゃ……。……ん」
フィーはそれだけ確認すると、1つ息を吐き出し。
「……ん。そんじゃ、ワタシ達が出来るのはここまでだね」
「え?」
唐突に調査の終了をレンに告げた。
「流石にこれ以上は、一般人であるアンタを巻き込むワケにはいかないし、この辺が引き際でしょ」
「……」
「ありがと、おかげで助かった。さ、帰ろ」
フィーは踵を返して来た道を戻ろうとするが、レンは動こうとしなかった。
「?……どうかした?」
「……よ」
「ん?」
「駄目よ!そんなの!」
「っ!?」
レンの鋭い瞳がフィーを捉えた。
「プレロマ草が咲いてるって事は、教団が関与してる可能性があるって事よ!?レンは絶対に最後まで調べるわ!」
「ん~……そうは言われても、ギルドの規定に思いっきり違反しちゃうしさ」
「妖精さんが帰るんなら、レンは1人でも調べる!」
声に断固とした響きがあった。
「ん、それは危な過ぎるから絶対にダメ。どうしてもって言うんなら、気絶するまで殴ってでも連れ帰る」
フィーも断固として言い放ち、指をポキポキと鳴らす。
「ちょ!?急にバイオレンス過ぎるわよ妖精さん!」
顔を引きつらせながらレンは一歩後退った。
「ん……っていうか、なんでそんなに拘るの?前に何かあった?」
「それは……」
レンはフィーから視線を反らし。
「……言いたくないわ」
それだけを口にして押し黙った。
「ん……らじゃ」
「……え?それだけ?聞こうとしないの?」
「言いたくないんでしょ?だったら聞かないよ」
「……ありがとう」
自然と感謝の言葉が出た。
「ん、そんじゃ提案なんだけど、ワタシと契約しない?」
「契約?」
「ん、アンタが個人的にこの場所を調べたいから、調査協力をワタシに依頼するっていう契約。そうすればアンタは協力者じゃなくて依頼人になるから、アンタが行く所にはワタシも無条件で付いて行かなきゃなんなくなるってワケ」
悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「……悪知恵が働くわね、妖精さん」
呆れるのを通り越して感心するレン。
「どうする?」
「OKよ、手伝ってくれるんなら何でもするわ」
「ん、じゃあ契約成立……でも、そうなると……」
フィーは紫の霊草が咲き乱れる洞穴の、1番奥を見つめ肩を竦めた。
「アレを開けなきゃなんないわけか……」
「そういう事ね……」
そこには、明らかに場違いな金属製の分厚い扉が取り付けてあった。
「はぁ……んじゃ、行ってみよっか?」
やれやれといった様子で双銃剣に弾丸を補充しながら、メンドくさそうにフィーが動き出す。
「……妖精さん、依頼人の前で堂々と溜め息吐かないで下さる?それと、もうちょっとヤル気を出して欲しいわ」
「ん……ゴメン、つい」
「……ホント、メンドくさがりなのね」
呆れた顔を浮かべながらも、2人は霊草を踏み越えて最奥を目指した。
・
「準備良い?3つ数えたら開けるよ?」
「ええ、いつでもOKよ」
ARCUSと大鎌を構えたままレンが応える。
「3、2、1……ん!」
扉を開けた瞬間に中へとなだれ込む2人。神経を集中させ、五感をフルに使い、周囲の様子を探る。
……
……
……
特に危険な兆候は感じられなかった。
「ん……大丈夫そうだけど、油断はしないで」
「ええ、分かってるわ」
大鎌を構えたままレンが一歩踏み出し、その背中を護るようにフィーが後から続いた。
「ここは……」
扉の中には15アージュ四方の空間が広がっていて、天井から導力灯の明かりに照らされていた。既に放棄されて時間が経っているらしいが、数台の導力PCと調薬設備、棚いっぱいに収納された数種類の科学薬品とデータ取りの端末機器、重ね置きされた小さなゲージにはモルモットの腐乱死体が無惨に転がっている。そして……既に殆ど力は失われているらしいが、青、赤、紫のプレロマ草が、それぞれ大量に保管容器に詰められていた。
「やっぱり、実験施設……」
レンはギュッと唇を噛み締めた。
「……ん」
感覚を研ぎ澄ませながら部屋の中を確認する。生き物の気配はなく、外の様に上位属性が働いてる感覚もない。安全を確認した2人は頷き合い、互いに手持ちの得物を収めた。
ん……状況からみて、霊草の研究をしてたのは間違いないなさそうだけど……施設を破棄してから1年以上は経ってるかな……ん?
フィーは、机の上に無造作に置かれていたファイルを手に取った。パラパラとファイルを捲っていく。
「ん……モルモットの観察記録が書いてあるみたい」
「ファイルは妖精さんにお任せするわ、レンはPC端末を調べてみるから」
「ん、らじゃ」
2人は手早く作業に取り掛かった。
・
「……駄目ね、ここにある端末は全部死んでるわ。持ち帰ってサルベージすれば何か出て来るかもしれないけど、この場ではどうにもならないわね……そっちはどう?」
「ん、単純に観察記録だけみたい。何らかの投薬実験をしてたのは間違いないけど、それが何なのかまでは書かれてない。……でも」
「でも?」
「そのクスリはかなりヤバイ……ここに書いてある内容だと、投薬したモルモットが、狼型の魔獣を一方的に噛み殺したって書いてある……」
「……ヤバいわね、それ」
「しかも容姿はそのままで、悪魔化とかのメタモルフォーゼは無かったみたい。おまけにその後は暴れる事もなく自分からケージに帰って行った、って書いてある……ギルドで見たグノーシスの資料と照らし合わせて考えると……」
「赤を使った時の超常的な力を発揮しつつ、理性は保ったままで更に外的な変化も無し……おまけに飼い主にはしっかりと従順してる……」
「ん、そゆ事だね」
「……最悪の発明だわ」
「それと投薬されたモルモット達は、そんなに長くは持たなかったみたい……大体1週間位でみんな死んじゃったって書いてる……」
「それって裏を返せば……使用者を使い捨てにするには打ってつけって事よね?……本当に最悪だわ」
「ん、書いてある内容は大体そんなとこだね」
「動物実験はかなり進んでたみたいだけど……人体実験も済ませてたのかしら?」
「さぁ?ここには何も書いてないからなんとも……。でも、これだけ薬品やら機材やらが並んでるのに、肝心のクスリは1個も残ってない……途中で研究を打ち切って放棄したって可能性も有り得そうだけど」
「そうね……あくまで希望的観測だけど」
「ん……っていうか、そもそもこの場所って誰が使ってたんだろ?結社?」
「いえ、盟主の指示で研究していた可能性は薄いわね。グノーシスもプレロマ草も至宝を顕現させる為の、補助的な役割に過ぎなかった筈よ。身喰らう蛇の計画と無関係ではないけれど、根幹部分で繋がらないわ」
「……って事は」
「恐らく、結社の誰かが個人的に使っていた施設って事になるわね……まぁ、誰かは容易に想像出来るけど」
「誰?」
「それは……っ?」
不意にレンの視線が、薬品棚の横の壁で止まった。
「?……どうかした?」
「……」
フィーの問いには応えず、レンは壁に近付き注意深く観察する。
「これって……っ!」
レンが壁の一部を強く押すと、音を立てて薬品棚が動き出し、頑丈そうな扉が出現した。
「こんなところに隠し扉が……」
「ん、良く分かったね。ワタシは全然気付かなかった」
「ふふっ、レンがその気になれば、このくらいどって事ないわ♪」
今日1番のドヤ顔を浮かべるレンに対し。
「ん、スゴいスゴい」
フィーはあっさりした賛辞を送った。
「……妖精さん、出来ればもう少しくらい感情を込めて頂けないかしら」
基本的に褒められて伸びるレンは、口先を尖らせ少しだけ御立腹な様子で扉に手を掛けた。
勘の良いフィーが気付かなかった隠し扉。何故気付かなかったのか?……理由は簡単。その扉は『彼女達が開けるべきではない扉』だからだ。
「開けるわよ妖精さん、準備は良い?」
「ん?……ん、良いよ」
何とも言えない嫌な予感はしつつも、折角レンが見つけたモノだ。止めろとは言えない。
フィーは抜いた双銃剣をクルクルと回し、いつものように構えて身構える。レンも大鎌を片手に持ち、油断せずに扉を開けた。