妖精の軌跡second   作:LINDBERG

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第32話 レン

……本当に……最低ね。

 

隠し扉の奥には20アージュ四方の大きな空間が広がっていた。そこには数台の導力PCと大量の薬品と紫のプレロマ草……そして……。

「……ん」

培養液に満たされた6機の大型インキュベータ、その中で浮き沈みする人間らしき生き物の姿があった。

「らしき」というのは、手前の4機はヒトの形すら成していない只の肉塊で、1番奥にある空の容器の手前にある中身だけが、辛うじて人間だと分かるモノだったからだ。ソレは11~12歳位の子供の体格で、体型から察すると女の子の様だった。身体の所々で肉片が剥げていて、血管や筋肉が剥き出しになっている箇所もあるが、規則的に気泡が浮かんでいるところを見ると生きてはいるらしい。顔は目鼻口の区別がギリギリ出来る程度で、人相は全く判別出来ない。だが髪の毛だけは流れる様にしなやかで……そして……綺麗な、スミレ色をしていた。

「ねぇ、コレってさ……」

「ええ……そういう事なんでしょうね……」

培養液に満たされたガラスケースの中でピクリとも動かない生き物を、レンは凍えそうな程に冷たい瞳で見つめた。

「全部、分かったわ……。っ……やってくれるわね、教授……」

「教授?」

「結社の元使徒第三柱で、白面と呼ばれていた男よ。……どうしようもない程のクズで外道で……既に殲滅されて、もうこの世には居ないけどね」

「白面、ね……。ん……そんで、どういう事?」

「……まず、今居るこの場所だけど、多分ここは元々教団のコロニーだった所よ……それも、ホムンクルスの研究をしていた施設」

「ホムンクルス?」

「ええ、ギルドの資料にも載っていたかも知れないけれど、教団の最終的な目的は零の御子の覚醒。500年眠り続ける女の子を、現世に顕現させる事だったのよ」

「んじゃ、その為の研究と実験をここでしてたって事?」

「ええ……そもそもの人造技術は、500年前の錬金術師がグノーム達から掠め取ったものらしいけどね」

「ん……って事は……。その研究施設を結社が襲撃して奪い取って、上に人形兵器の工場を造って更に地下では人造の研究も続けてた、って事?」

「ちょっと違うわね、襲撃したのは当時結社の第三柱だった教授で間違い無いと思うわ。そして教授は福音計画の下準備の為に、地上に兵器工場を建造して、尚且つ自分の趣味の為だけに、この地下施設は残しておいた、ってところかしら」

「……え?結社の計画じゃなくて、自分の趣味の為?」

「ええ……さっきも言ったけど、結社の計画に人造の研究は必要なかった筈よ。わざわざ残している理由があるとすれば、イカれたクズ教授が自分の好奇心を満たす為に使用していた……それ以外には考えられないわ」

「ん……でも、現状からみると、そのクズがやってたのは、ホムンクルスの研究ってワケじゃなさそうだけど?」

「ええ、そうね……教授がやっていたのは人造じゃなくて、複製……人間のクローンを作る実験。……それも」

レンは真正面から培養液の中に浸かる、スミレ髪の生き物を見つめ。

「あのクズは、断りもなくレンのクローンを作る実験をしていやがったのよ。それも頭から爪先までどっぷりとグノーシスに侵されたヤツをね」

吐き捨てる様に呟いた。

「……」

「ここに集められた紫のプレロマ草は、グノーシスを作る為だけのモノではないわ。恐らく作ったクスリは、研究資金の為に教授が裏で売却していた筈よ。主目的はレンのクローンを作る過程で、肉体と精神を遺伝子レベルで強化する事……そして、主への従属と絶対の服従の為」

「ん……そうすると今回の件は、バラ撒かれた紫のグノーシスの一部がどっかで見つかって、その件に関与した人達を調べてたら、既にこの世には居ない白面の名前が出て来た。生前の動向と出所を割り出すために、内密でギルドに依頼を出した。内容が不鮮明だったのは、白面が何処まで絡んでたかが不明だったから。依頼主は多分、七耀教会。……そんなトコ?」

「ええ、それが裏の真相でしょうね」

「ん……。……?……あれ?でも、何でアンタのクローンなんだろ?研究の為なら別に自分のでも良いと思うんだけど?」

「それは……」

レンは一瞬言い淀んだが。

「……レンには……グノーシスの耐性があるからよ」

消え入りそうな声で、フィーに告げた。

「……モルモットを使った実験ではそれなりに成功していたみたいだけど、人間の精神構造はネズミとは比較にならない程複雑よ。ある程度の抗体を持つ被験体でなければ、こんなイカれた実験は上手くいきっこないわ。……でも幼少期に教団の実験対象として生かされていたレンの身体には、少なからず耐性があるのは間違いない。……それに」

抑揚も付けずにレンは淡々とした口調で語り続ける。

「教授の最終的な目的も分かるわ……彼は結社に引き取られてからずっとレンに興味を持っていた。教団で慰みものにされて、来る日も来る日も投薬と実験を繰り返されて……死んだ方がずっとマシな地獄が毎日毎日続いて、心も身体も汚れきって……それでも壊れずに生き残ったレンの精神構造にね。……そんなレンに対して、自分の研究成果である異能を試してみたかったみたい」

「異能?」

「教授は他人の記憶を操作出来るのよ。生まれもった天性のタレントではなく、独自の研究成果によるものらしいけどね。でもそれは相手が誰でも出来る事ではなくて、心に隙間がある人に対してだけ。グノーシスに侵食された自分のクローンをレンに見せつけて、オリジナルであるレンのトラウマを最大限に引き出し、動揺を誘ったところで異能を使って自分の支配下に置く……そして、その後は……っ。……多分そんなところが目的でしょうね」

「……そんな事の為にこんな大掛かりな研究を?」

「言ったでしょ、根っからのクズだって。人間を玩具にするのが生き甲斐なのよ……」

「な、なかなかの最低っぷりだね……」

流石のフィーも呆れた様に肩を竦めた。

「……ふふ……出来れば妖精さんには、レンの過去を言いたくなかったわ」

自嘲するように薄い笑みを浮かべながら、レンは自分の腕を爪が食い込む程に強く掴んでいた。白い肌から赤い血が滲み出し、一筋の線となっている。まるで涙を流さない代わりに、自らの血を絞り出しているようだった。

……フィーにはそんなレンが、自分の中身を空っぽにして、別の何かに変わろうとしているように見えた。

「……もしかしたら、貴女とは友達になれるかもしれないと思ってたけど、こんな汚らわしい話を聞いたら、そんなの無理よね……」

乾き切った無感情な瞳がフィーに向けられる。……そんなレンを。

「?……なんで?」

フィーは不思議そうに見つめ返した。

「え?」

「アンタが過去に色々あったのは分かったけど、昔の事は昔の事でしかないでしょ?それを知ったからって、ワタシは何かを変えたりはしないよ」

「……妖精さん」

「それとも同情して欲しいの?」

「!?、同情なんか、欠片もして欲しくないわ!」

「ん、そんじゃ、この話はこれで終わりかな」

「……」

「アンタが気にしてる程、ワタシはアンタの過去になんか興味無いよ」

フィーはあっけらかんと言い切った。

「……妖精さん、言ってくれてる内容は凄く嬉しいんだけど、もうちょっと言い方に気を使って頂けないかしら?」

「ん……不器用だから」

「本当に不器用な人だったら、そのセリフは出て来ないものよ……でも」

レンはちょっとだけ言いにくそうにしながらも。

「……ありがとう」

小声で呟いた。

「ん……あ、でも別に、まだ友達になったってワケじゃないからね」

「なぁっ!?この流れで急にそんな爆弾落とさないでよ!っていうか、ついさっきまで、お互いに背中を守り合ってここまで来たじゃないのよ!?」

「ん、それはそれ、これはこれ。悪いんだけど、結社に関わる人間で、これまでロクな奴に会った事ないからさ……ちょっと警戒しちゃうんだよね」

「一体誰と比べてるのよ!?結社にだってまともな人は……す、少しだけど居たわよ……ほんの、少しだけど」

「ん~……だって基本的に他人の迷惑は全然考えないで、自分の我が儘を無理矢理押し通すでしょ?しかも全員」

「全員じゃ……いえ、それは確かに全員そうね……」

レンはあっさりとフィーの言い分を認めた。

「そんなメンドくさそうなのと友達はちょっとね……ヤバそうだし……。あ、もし良かったら、そういうの担当の朴念仁が別で居るから、紹介しよっか?」

「……いえ、何となくその人もメンドくさそうだから、遠慮するわ」

「ん、だから今日のところは、取り敢えず只の相棒でヨロシク」

「只の相棒ね……まぁ、そんなところかしら?」

「そもそも、友達なんてわざわざ成ろうとして成るものでもないし、いつの間にか成るものだからね」

「友達は、いつの間にか、か……うん」

妙に納得したようにレンは頷いた。

「ええ、確かにそうかも知れないわね……」

 

「ん、……ところでさ、1つ気になってるんだけど」

「?……なぁに?」

フィーの人指し指がレンの背後を指し示した。

「アレって、目開けてたっけ?」

「え?」

振り返って指先を辿ると……培養液に浸ったレンのクローンが、じっとこちらを見つめていた。レンと同じ猫の様なアーモンド型の瞳。だが同じなのは形だけで、その眼は泥の様に淀み、一筋の光すら宿してはいない。

「うっ!?」

突然レンが頭を押さえて苦しみ出した。

「ううっ……あ、頭が……こ、これは、共鳴?レンが近付いたせいで目を覚ました?……あの子の感情が、レンの頭に直接……。ぐっ……い、息が……」

みるみる顔色が青ざめていくレン。フィーが素早く駆け寄り、背中をさすって落ち着かせる。

「肺に溜まってる空気を全部出すつもりでゆっくり吐いて。……そう、ゆっくり……ゆっくり……。ん……落ち着いた?」

「……え、ええ、大丈夫よ。……レンの中に彼女の意志が流れ込んで来たわ。……自分と全く同じDNAで出来ているのに、外の世界で自由に生きてるレンが気に入らないみたいね。呪い殺さんばかりの悪意を、直接頭に叩きつけられたわ」

「ん……まぁ、こんなカビ臭い所でずーっと薬品漬けにされてたら、そうなるだろうね」

「冷静に言ってる場合じゃないわよ妖精さん、相手はレン達に対して明確な殺意を持ってるわ!」

突然インキュベータのガラスが粉々に破壊され、中に詰められた大量の培養液と共に、クローンが外の世界に排出された。間近で見ると全身が酷く損傷しており、生きているのが不思議な程の有り様だ。肌が空気に触れただけで痛みを感じるのだろう、顔を歪めているのが分かる。だがソレを遥かに凌駕するドス黒い殺意が、全身から漏れ出す様に滲み出ていた。

「くっ!ヤるしかないわ。行くわよ妖精さん、用心して。多分グノーシスの影響で、超能力の類いを使って来るわ!」

レンが大鎌を取り出して構える。

「……ん、しょうがないか」

あまり気乗りはしないがフィーも双銃剣をクルクル回しながら構えた。

「シュゥー……」

鎌首をもたげる蛇の様な呼吸音を吐き出しながら、クローンが動きを見せた。黒いオーラの様な波動が全身から放出され、部屋全体へと広がっていく。

「?……なにコレ?」

不思議そうにフィーが呟く。何となく違和感は感じるが、特に危険な感覚がない。自分が何をされているのかが解らなかった。

「これはクロノキネシス?……時空間への干渉」

「どういう事?」

「この部屋の中だけ、時間の流れを切り離されたわ。空間内だけが外の何倍もの早さで時が進んでるわよ。言ってみれば、一部屋丸ごとクロノドライブ状態ね」

「……え?部屋の中全部だったら、ワタシ達も同じ条件になるから意味ないんじゃないの?」

「肉体的にはね……でも精神的にはどうかしら?」

「シュー……」

更にクローンが動きを見せると、ソフトボール位の大きさの火球を十数発空中に生み出し、2人目掛けて信じられない程のスピードで飛ばして来た。

 

パイロキネシス!?速っ!?

 

反応するのが精一杯で避け切れないかと思ったが、2人とも肉体的な速度が上がっているため、余裕を持って身を翻し一発も貰う事なく凌ぎきった。

「ほら、ちょっとビビっちゃったけど、やっぱり余裕じゃない?」

フィーは双銃剣を構え直した。

「最初は良いでしょうね……。でも妖精さん、これをずっと続けられる?こんな超ハイスピードの攻防は、レンのキャリアの中には無いわ。こんなの1分も続けたら、フィジカルよりも先にメンタルが参っちゃうわよ?」

「ん……ま、何とかなるでしょ」

「……え?」

両足に力を込めながら、集中力を最大限まで高める。

「そんじゃ、さっきと同じ役割でお願い。ワタシが前衛で掻き回すからサポートよろしく」

「ちょっ!?妖精さん待っ……」

引き留めようとするレンの言葉を無視して、フィーは地面を強く蹴ると、オトリになるべく超高速で部屋の中を駆け回る。

「シュフゥー」

動きに釣られたクローンは、パイロキネシスの炎をフィーに集中させ、文字通り烈火の如き猛攻を仕掛ける。近距離から砲弾の雨に晒される様なモノだ、被弾せずに凌げるものではない。

その様子を見たレンの顔には、呆れるのを通り越して怒りが浮かんでいた。

 

まったく!あの妖精さんは何でレンの話を全然聞かないのかしら!?肉体速度は上がっても、反応速度はいつもと変わらないって言ってるのに!!向こうはグノーシスで精神まで強化されてるのよ!?普通の人間じゃこんな速度領域に対応出来るのはほんの数秒間だけよ、鉄機隊の神速さんでもない限り順応するなんて不可能だわ!!

 

炎の砲弾がフィーを捉えた……かに見えたが。

 

……え?

 

双銃剣を振り回して迫り来る火球を真っ二つに叩き切っている。人間が知覚出来る速度領域を遥かに越える芸当。だが、この数日500セルジュ近い速度で導力バイクを乗り回し続けたフィーにとって、この程度の速さは既に許容範囲だ。

レンには炎を切り裂くそんなフィーの姿が、烈風を身に纏い紅蓮の花の真ん中で愉しそうに躍り続ける……妖精の様に見えた……。

 

妖精さん……結社の人がどうこう言ってたけど、レンには貴女が一番ヤバい人に見えてきたわ。

 

レンは心底呆れた表情を浮かべていた。

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