妖精の軌跡second   作:LINDBERG

37 / 40
第37話 なんのかんので見た目は大事

宿酒場 ハーミット1F バーカウンター

 

「ん、そんじゃガイウスは今、七耀教会に居るんだ?」

「ああ、まだまだ見習い、といったところだがな」

「フィーちゃん、もう少しで終わりますから、あんまり頭を動かさないで下さい」

 

買い物を終えてハーミットに戻った一行は、カウンター席に陣取ってそれぞれ準備しながらも、互いの近況報告に話を咲かせていた。サラ、トヴァル、ケビンの3人はテーブル席で作戦の打ち合わせを続け、アッシュは壁に寄り掛って1人でドリンクを飲んでいる。

 

「ノルドには帰らないの?」

「聖杯騎士団としてしっかり認められるまで帰るつもりはない、幸いノルド方面は内戦が締結してから静かだしな……それに」

胸の真ん中を手で押さえ。

「恩人から受け継いだ力を、しっかり俺のモノにしなくてはな……」

自分に言い聞かせるように呟く、言外に強い意思を感じた。

「ん、良くは分かんないけど……ガイウスならきっと大丈夫だよ」

「ありがとう、フィー」

学生の頃と変わらない屈託の無い笑みを浮かべている、風の兄ちゃんは相も変わらず不器用で真っ直ぐらしい。

 

「エマは最近どうしてるの?」

背後からフィーの癖っ毛にブラシを入れてくれているエマに、カウンターに置いた小さな鏡越しに訊く。

「今は巡回魔女の傍らで、姉さんの行方を追っています。……今のところ、全く足取りは掴めてませんけどね」

手を止めずに見つめ返してくれた。

「ん、聞いた話だと結社の方にも全然戻ってないみたいだしね。ギルドに何か情報が入ったら、すぐに知らせるから安心して」

「ありがとうございます、フィーちゃん」

「ん。……あれ?そういえばセリーヌは?一緒じゃないみたいだけど?」

「セリーヌは今魔女の里で、お婆ちゃんから秘術の手解きを受けてます」

「秘術?」

「ええ、私も詳しくは聞かされてないんですけど、眷属の修行の一貫とか言ってました。セリーヌもフィーちゃんに会いたがってましたよ、また一緒にミルクを飲みながら日向ぼっこしたいって」

「今度魔女の里に行った時は、会えれば良いんだけどね」

「そういえば、私が居ない間に何回か里に来てくれてるそうですね。お婆ちゃんも孫娘が増えたみたいだって、喜んでましたよ」

「いや、そう言われると微妙に迷惑……ロゼはいつ行っても我が儘言いまくりだし」

「……ごめんなさい、それは私の監督不足です」

心底申し訳無さそうにエマは肩を竦めた。

「ん、ところでさ、前々から気になってたんだけど……」

「?、何ですか?」

「巡回魔女って、具体的に何してるの?」

「基本的には人間の世界に溶け込みながら、地精の動きを監視するというのが目的ですね。後は地脈の乱れを関知したら術で押さえ込んだり、超常現象が起きたら里に報告したりとかですかね」

「ん……。ん……それって、さぁ……」

フィーは一頻り頭を捻ってから。

「要するに……無職って事?」

言ってはいけない一言を発した。

「……いえ、魔女です」

エマがキッパリと否定する。

「いや……魔女です、って言われても……」

「良いですか、フィーちゃん……」

エマは一端手を止めてフィーの肩を掴むと。

「どんなに親しい仲間でも、礼儀や思い遣りを欠かしてはいけませんよ」

優しげに口元を微笑ませた。だがそれとは裏腹に鏡に映る眼鏡の奥の瞳は、全身が凍てつく程に鋭い……正に魔女の瞳だ。

「……ら、らじゃ」

フィーはアッサリと『evil eye』に屈服した。

「それじゃあ引き続き髪をセットしてメイクもしますから、動かないでくださいね」

笑顔を浮かべ再びブラシを動かし始める。

なんとなくエマには今後一生頭が上がらない様な気がするが……多分気のせいだろう。

 

……

……

……

……数分後

 

「……良し、これでOKですね」

メイクブラシの動きを止め、エマが呟く。

「とっても綺麗ですよ、フィーちゃん」

「……っ」

鏡に映る自分の姿を見つめ、フィーは息を飲み込んだ。

 

だ……だ、だ、だ、誰だコイツ!?!?!?

 

映っているのは見慣れた自分の顔ではなく、完全に別人だった。

肩まで伸びた銀髪はアップに纏められ、メイクを駆使して顔の幼さはすっかりと消し去られている。目元が少し垂れ気味になっているので、大人っぽさの中にも適度な親しみやすさも感じた。

もしかすると見た目の印象が変わる魔法でも使っているのかもしれないが……それにしても信じられない変わりようだ。

 

「これなら知り合いに会っても、気付かれないかもしれませんね」

「……ん」

 

いやいや、流石に知り合いには分か……いや、リィン辺りは分かんねーんだろうな、きっと……。

 

自分では苦笑いを浮かべたつもりだったが、鏡の中の綺麗な女の子は控えめで慎ましい微笑みを浮かべていた。

 

「あら、上手く化けたじゃない」

そこへ、サラがジョッキ片手に近寄って来た。

「誰かにちゃんとお化粧して貰うなんて、初めてなんじゃないの?」

「ん、言われてみればそうかも。……っていうか、なんで作戦前に飲んでるの?」

「だって、潜入組だったらシャンパンとかワインとか飲み放題だったのよ?代わりにビールの1杯も飲みたくなるのが人情でしょうが」

ゴクゴクと美味しそうにジョッキを傾ける。

「……」

 

ま、いっか……サラだし。

 

いつもの事だと割り切るフィー。

 

「フィーちゃん、良い機会ですから言葉使いも少し直しましょうか?」

「そんなのフィーには無理よ、今のままで良いじゃない『世間知らずの金持ち娘』で何とか通せそうだし」

「……いや、言葉使い位すぐに直せるから」

 

ワタシの事なんだと思ってやがんだ?

 

こめかみに青筋が浮かぶ。

 

「へぇ……ただのガキだと思ってたが、見れる様になったじゃねぇか」

今度はスーツに着替えたアッシュが、瓶コーラを片手に近寄って来た。

「まぁ、いくらなんでも、もう少し胸の辺りにボリュームが欲しいとこだが……悪くねぇな」

エマの魔乳とサラの鬼乳とフィーの板乳を見比べながら、ニヤニヤと軽口を叩くアッシュ。それを、鏡越しにフィーの鋭い視線が捕らえた。

「今……何て言った?」

小さな鏡には、大鎌を上段に振りかぶる死神の姿が映っていた。

「……い、いや、何も言ってないです」

ゴクリと生唾を飲み込む。

「ん、なら良い」

フィーが視線を外すと同時に、濃密な死の気配は去って行った。

 

「おーい、もう一回段取りの確認するから、こっちに集まってくれ」

トヴァルの呼び掛けで、全員がテーブル席に移動する。

 

「現在19時、約2時間後にオークション開始の予定だ。潜入組は早めに潜り込んで、内部状況を確認してくれ。バックアップ組は時間まで町の様子を探って、その後は出入口の監視だ。状況が分かるようにARCUSの通信は常に全員ONにしといてくれ」

「おい、俺はその戦術オーブメント持って無ぇぞ」

アッシュが口を挟む。

「ああ、そうだったな……予備も無いし、どうするか……」

「ん、そんじゃアッシュ、潜入後はワタシの5アージュ以内から離れない様にして。フォローするから」

言い出しっぺの責任感から、フィーが提案する。

「ちっ……まさか俺がこんなガキの世話になるとはな」

「それから言っとくけど、ワタシはアンタとタメだからね」

「っ!……マジか?……てっきり2~3個下だと思ってたぜ」

「その金髪カチ割って、真っ赤に染め直してあげよっか?」

フィーの瞳が危険な光を放ち、背後に先程見た死神が浮かび上がる……相変わらず大鎌を振り下ろそうとしていた。

「……す、すみません」

己の動物的な直感が告げている。目の前に居るのは子供だからとか女だからとかではなく、生物として逆らってはダメな相手だと。

 

「じゃあ、アッシュのサポートはフィーに任せるぞ。潜入場所は『ノイエ=ブラン』の裏手にある雑居ビルだ、入り口で黒服が受付してるから、そこでコイツを見せてくれ」

蝋で封印された招待状をフィーに手渡す。

「ん、らじゃ」

「そんじゃ、宜しく頼むぜ」

全員が無言で頷き合い、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……ここだね」

目的の場所はメイン通りから外れた全く目立たない場所にあった。路地裏特有の饐えた匂いが鼻をつき、ショー劇場や高級クラブが建ち並ぶ表通りとは全く別の印象を感じるが、入り口に立つあからさまにカタギではない黒服2人の存在のせいで、何人も寄せ付けない怪しげな雰囲気を醸し出している。

「んじゃ、行ってみよっか」

フィーを先頭に、3人は足を進めた。

 

「……招待状をお持ちですか?」

黒服の1人が素早く前に出て、行く手を遮る。腰の膨らみから察するに、2人共短機関銃をぶら下げているらしい。

「ん、これ」

フィーが懐から封書を出して渡し、黒服が封を切って中身を確認する。

「……結構です、お手数をお掛けしました」

厳つい見かけによらず慇懃な対応で黒服は招待状をフィーに返却した。

「ん、じゃ、もう良いんだよね?」

受け取ったフィーはさっさと先に進もうとする、だが黒服は道を譲ろうとはせず……。

「……いえ、念のため所持金の確認をさせて頂きます」

「え?」

……急にとんでもない事を言い出した。

「前回のオークションで、警察の捜査官が潜入していまして。今回からはその様な事が無いよう、事前にお手持ちのミラを拝見させて頂いております。これが一番間違いの無い方法ですので」

「……いや、そんなの聞いて無いけど」

「情報漏れを防ぐため、抜き打ちでの検査とさせて頂いております。ご協力頂けないようであれば、お引き取り下さい」

「……」

 

な、な、なんじゃそりゃ!?ミラなんか全然持ってねーぞ!っていうか前回も潜入されてんのかよ!?どんな闇オークションだ!

 

チラリと後ろの様子を見ると、エマとアッシュが顔をひきつらせていた。

 

「……ん、今は小切手しか持ってないから、手持ちのミラは無いんだけど?」

取り敢えず足掻いてみる。

「当オークションは現金のみでの支払いとなっております」

黒服の訝しげな視線がフィーを見つめ、もう1人は腰に手を伸ばしている。

「そうなんだ、知らなかった……んじゃ、ミラは車で待機してる人間に持たせてるから、ちょっと取って来ても良い?」

「……畏まりました、入場時間までにはお戻り下さい」

「ん、わかった」

フィー達は足早にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……ん、どうしよっか?」

「どうしましょうか?」

「冷静に言ってんじゃねーよ!マジでどうすんだ!?」

人気の無い路地裏に移動して揉める3人。

「オークションスタート迄1時間を切ってます、その間に何とかしないと」

「ん、そんじゃアッシュ、取り敢えず有り金全部出してくれる?」

「おい!カツアゲするつもりかよ!?つーか俺の手持ちミラなんかせいぜいが2~3万だぞ!オークションに入る見せ金っていったら、最低でも2~300万は必要だろが!」

「……だよねぇ」

「サラ教官達に連絡してみましょうか?」

「いや、サラ達の懐事情は把握してるけど、そんなミラ逆さに振っても出て来るわけない。教会所属の2人も当てになんないだろうし……」

「それじゃあどうすんだ?時間は無ぇが、カジノで稼いで来るか?」

「アッシュさん、この場に居るのは全員が未成年ですから、店内には入れてもプレイは出来ませんよ」

「そこは心配要らねぇよ、俺が馴染みにしてる裏カジノならOKだ」

「ん……ちなみに何ていう店?」

「質屋の裏にある『ジャンヌ』って店だ」

「あー、残念……ワタシその店、出禁」

「な?何やったんだテメーは!?」

「2年くらい前に西風のみんなで遊びに行って、一晩でトータル1億5千万位稼いだんだけど、プレイ中にワタシがアドバイスしてたのがバレて、連帯責任で全員OUTになった」

基本的にカジノで口出しするのは御法度だ。

「……要するに……団員全員で行って、荒らしたんだな」

口角がピクついている。

「ん、そんじゃエマ、協力してくれる?」

「?、良いですけど、何をするつもりですか?」

「ん、エマにしか出来ない事」

フィーの視線はエマの大きな胸部を捉えていた。

「……フィーちゃん、まさかとは思いますけど」

「ん、大丈夫。エマなら2~30本も挟めば100万位すぐだって」

「大丈夫の意味が分かりません!!というかナニを2~30本も挟ませる気ですか!?」

「一辺に4本同時はイケるでしょ?」

「い、イケるワケないでしょうが!?……ナニが4本かは良く分かりませんけど……」

「ん……そんじゃ奥の手だけど……」

顔を近づけ、ゴニョゴニョとエマに耳打ちする。

「……っていうのは出来る?」

「2~30本も挟むくらいならまだそっちの方がマシです……ナニが2~30本かは良く分かりませんけど……」

「ん、そんじゃアッシュ、さっきの雑貨屋に行って、コレでトランクケース買って来てくれる?」

財布から5千ミラを出してアッシュに突き付けた。

「トランク?何する気だ?」

「ん、それは後のお楽しみ、中身はワタシ達が用意するからダッシュで行って来て」

「……了解」

訝しげな顔を受けべながらも、アッシュはフィーに従ってその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

「……ん、持ってきたよ」

銀髪の綺麗な少女が、真新しいカーボン素材のトランクを受付の黒服に向けて掲げて見せる。

「お待ちしておりました」

黒服は恭しく腰を折って見せるが、警戒しているらしく鋭い視線を向けていた。

「では、念のため中身を拝見しても宜しいでしょうか?」

「良いよ……。……あれ?」

ケースを開けようとするが、留め金が引っ掛かっているらしくモタついてしまう。

「?、おかしいな?……ちょっと待ってね、もう少しで開くから」

あたふたしながら弄り回していると。

「……私が代わりましょう」

後ろから手が伸びてきて、三つ編みの女性にトランクを引ったくられた。

「……まったく、カバン1つ開けられないなんて、情けないですよ」

やや不機嫌な様子で留め金に指を掛ける。

「ん、ゴメン、よろしく」

銀髪の少女は特に逆らう事なく従った。

「……参考迄に伺いますが、お嬢様方はどのようなご関係ですか?」

「ん?腹違いで種違いの姉妹、それと使用人」

後ろで顔を強張めている金髪の少年を指差す。

「えーっ……それは……完全に赤の他人では?」

「ん、ちょっと複雑な家庭環境でね……詳しく説明しないとダメ?」

「……いえ、それには及びません。失礼しました」

黒服は礼儀正しく頭を下げた。

 

 

 

そんな一連のやり取りを、アッシュは気が気じゃない様子で見つめていた。

 

……こ、コイツら、何でこんなに堂々としてられんだ?トランクの中身を晒したら、その瞬間にマシンガンで穴だらけにされてもおかしくねーんだぞ?

 

状況によっては1人でも離脱出来るように、不自然にならないギリギリの位置で距離を取る。

 

内戦時にバレスタインに世話して貰ったのは確かだが、命懸けで返す様な恩義じゃあねぇ筈だ。そもそも今回だってラクウェルのガイド役って話だったのに、なんで伏魔殿みてぇな所に潜入しなくちゃならねーんだ?……デカパイ眼鏡とヒンヌー娘には悪いが、こんな所でくたばるワケにはいかねぇ……俺には生き延びてやらなくちゃならねぇ事があるんだ。

 

いつでも逃げられる体勢を取りながら、エマの挙動を注視し続ける。

 

流石に『アレ』をそのまま見せるって事はねぇだろうが……どうやってこの場を切り抜けるのか、お手並み拝見させて貰うとするぜ。

 

 

 

「……ふぅ、ようやく開きました」

三つ編みの少女は眼鏡を外して額の汗を拭う。

「……では、しっかりと確認して下さい」

黒服2人の眼を真っ直ぐに見つめながら、トランクケースを開く。

……

……

……

中には、先程町外れで拾った落ち葉がギッシリと詰まっていた。

 

 

 

ま、マジか???躊躇なく開けやがった!?

 

今度は黒服の挙動を注視する。短機関銃が火を吹く前に全力で路地裏から飛び出すつもりでいた。

……だが。

 

「……結構です、お通り下さい」

トランクいっぱいの枯れ葉を目にした黒服は、すんなりと道を開けている。

 

!?!?!?……ど、ど、どうなってんだ、こりゃ???

 

目の前の光景に頭が真っ白になっていると。

「ん……あ、そうだ」

銀髪のヒンヌー娘がトランクの枯れ葉を無造作に掴み。

「はい、チップ」

2人の黒服それぞれに山盛り手渡していた。

「こ、こ、こんなに宜しいのですか???」

「ん、気持ちだから……早くしまって」

「……ありがとうございます」

黒服達はガサガサの枯れ葉を内ポケットにしまいながら、最敬礼で一行を見送った。

……あまりの光景に開いた口が塞がらない。

 

「んじゃ、行こっか」

「ええ、行きましょう」

「……」

アッシュは狐につままれた様な心持ちで、見た目だけはそれなりのドレスを纏った2人の背中を追った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。