妖精の軌跡second   作:LINDBERG

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前半部分かなりエグい表現を使っています。
苦手な方は、最初の・以降をお読み下さい。


第40話 少年の詩

猟兵に対して、憎しみ以外の感情は持っていない。

 

13年前のハーメル村、俺は地獄を見た。

何の警告も前触れもなく、突然そいつらは村を襲って来た。

強化アーマーで身を守り、最新式の導力銃を携え、無防備の村人達を撃ち殺す。それは戦闘やマンハントといった類いのものではなく……只の一方的な虐殺だった。

村の男達は自分の生命を盾にして、女子供が逃げる時間を稼ごうとしていたが、成す術もなく皆殺しにされ。女達は辱しめを受けた後、一様に頭を撃ち抜かれて殺され。泣き声を押し殺しながら物陰に隠れた子供達も、見つかり次第全身を穴だらけにされていた。

 

俺は両親に庇われ、奴らの目を掻い潜って草むらに身を隠すと、這いつくばって1人でその場を逃げ出した。

いくら耳を塞いでも聞こえてくる……銃声……悲鳴……嗚咽……嘲笑……そしてまた銃声……。

泣き出したいのを懸命に堪え、とにかく草むらを這い続けた。

……どれ位の時間が経った頃だろう、振り返ると村の方角に黒煙が上がっていた。風に乗って何かが焼け焦げる匂いが鼻を付き、その場で胃の中のモノを全て吐き出した。

それでも歯を食い縛り、一心不乱に地面を這い進み……いつしか意識を失った。

……

……

……

我に返った時、俺は見知らぬショボくれたオッサンに連れられ、何処へ続くとも知れぬ道を歩いていた。

街道の導力灯に照らされた自分の姿を確認すると、血糊が付着して真っ赤に染まっていた。俺を庇った時に付いた親父とお袋の血だと気付き、堪えきれない涙が溢れ出して、声を上げて泣いた。

 

……左目が酷く疼いた。

 

その後、水商売の女に引き取られた俺はアッシュと名付けられ、ラクウェルのスラムのアパートで一緒に暮らす事になった。メシマズの母親だったが、血の繋がらない俺を懸命に愛してくれた。

ある晩、2人であまり旨くはない食卓を囲んでいると、母親が営む店の客だという猟兵崩れの男が押し入って来た。男は酷く酔っていて、酒の相手を付き合えと母親に詰めよった。ベルトに黒光りする導力銃を挟んでいた。

俺は何とか男を追い出そうと立ち向かったが、母親は優しい笑みを浮かべながらそれを制し、男に連れられて部屋を出て行った。次の日の朝、帰って来た母親の顔には、殴られた様な痣が幾つも残っていたが、いつもと変わらない優しい笑顔を浮かべていた……。

その母も、数年前癌に倒れ、呆気なく息を引き取った。スラムの仲間達と一緒に慌ただしく葬儀を執り行ない、1人だけで家に戻ると、狭い筈の部屋が妙に広く感じられて、一筋涙が零れた。

 

……左目が酷く疼いた。

 

昨年の内戦当初、オルディスの庇護から離れたラクウェルを占拠して利権の甘い汁を啜ろうと、いくつかの猟兵団や野盗共が町に押し寄せた。

たまたま滞在していたバレスタインの指示に従い、俺は不良仲間達と共に防衛ラインを敷いて、奴らを撃退した。

導力銃や爆薬を相手に、投石やロープトラップといった原始的な手段しか持ち合わせていなかったが、1人の犠牲を出す事も無く、ラクウェルの町に1歩足りとも足を踏み入れさせなかった。

ボロボロになって逃げて行く奴らの姿を見て、俺たちは腹を抱えて笑ってやった。……同時に、こんなクソみたいな連中の同類に、俺は故郷を奪われたのかという思いが脳裏を過り、言い様のない虚しさが胸の奥に広がった……。

 

……左目が酷く疼いた。

 

 

 

 

 

 

猟兵に対して、憎しみ以外の感情は持っていない。

猟兵だけじゃない。ハーメルを見捨てた帝国軍も、肝心な時に助けに来ない遊撃士も、あの地獄を無かった事にした政府や皇族も……全て……。

そして奴らは、群れを成さなければ何もする事が出来ない、ゴミの様な連中だと思っていた。

そう……思っていた……。

 

……

……

……

……それじゃあ。

たった今俺が目にしている、コイツらは一体何なんだ???

 

ヒラヒラのドレスを靡かせながら、目にも止まらぬスピードで壁や天井を地面と変わらぬ様に駆け抜け、数え切れない程の銃撃と斬撃を繰り出す、俺とタメ歳の遊撃士の女。それを、およそ常人では持ち上げる事すら叶わないであろう馬鹿デカイ戦斧を振り回し、雄叫びを上げながら豪快に迎撃し続ける赤毛の大男。そして、その様子を『やれやれ、ホントに困った人達ですねぇ』といった具合で微笑ましく眺めながらも、上級アーツを連発しまくる魔乳メガネ……。

その様は命のやり取りをしている様にも、単にじゃれ合って遊んでいるだけの様にも、互いの譲れぬプライドをぶつけ合っている様にも見て取れる。

ほんのゼロコンマ何秒の遅れが死に直結し、ほんの僅かな読み違えで四肢が身体から分離する程の激しいぶつかり合い。刹那の時間の中で、生命の炎を燃やし尽くさんとするかの激突……モンスター同士の喰い合い。

 

成る程……どうやら俺は思い違いをしていたらしい。俺が今まで見てきた連中は、只のエセでしかなかったようだ。本物の猟兵や遊撃士や魔乳と呼ばれる連中は、俺の様な一般人には到底理解出来ない『化け物』共の事を指すらしい。

 

目の前で繰り広げられる化け物達の狂宴を眺めながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

ちっ!

 

舌を打ちながらも振り下ろされる戦斧の1撃を掻い潜り、何とか懐に潜り込もうと、フィーはスピードを上げる。

「ふん!!」

だが崩れた態勢にも構わず、豪快に振り回されるもう1本の戦斧に阻まれ、あと1歩間合いを詰め切れずにいた。

「があぁぁぁ!!!」

腹の底が凍り付く様な雄叫びを上げて威圧し、更に強烈な1撃を繰り出す戦鬼。それを寸でのところで何とか避け続ける。

 

ウォークライと呼ばれる猟兵の雄叫びは、身体強化や能力向上などの潜在能力を引き出すチート的な効果を持つが、シグムントのソレはそんな生易しいものではない。圧倒的な恐怖と凄まじさで対峙する相手の戦意を奪い、絶体的な死を予感させて意識すらも根こそぎ刈り取る、正に鬼の咆哮と呼ぶに相応しいものだ。

エマの断続的なサポートアーツのお陰でギリギリ正気を保っていられるが、長丁場になれば間違いなくヤられる。元より、保有するスタミナ量では圧倒的に不利なのだ。短期決戦に活路を見出だすしかない。

 

とは言え……どうしよっかな?

 

スピードにものをいわせて接近し、浅くではあるが何度か攻撃はHITしている。だが、無駄に上質なタキシードの下に隠された、獣の様な肉体には殆んど通じず、かすり傷程度のダメージを負わせるに留まっていた。

 

ダメだ、刃が通んないや。……ったく、何をどんだけ食ったらそんな身体になるんだよ?最新鋭のボディアーマーより頑丈なんじゃねーのか?

 

やれやれと苦笑いを浮かべつつも、一定の距離を保ちながら注意を引き付け、暴風の様な戦斧の乱撃を避け続ける。

 

にゃろー、物理攻撃は全然ダメか……それなら、アーツはどうだ?

 

銃撃を放って牽制しつつ、こちらの意図を悟らせない様に細心の注意を払い、狙ったポジションへと相手を誘い込む。

 

ん……

……

……もうちょい。

……

……良し、この位置!エマお願い!

 

了解です、フィーちゃん!

 

リンクを通して合図を受け取ったエマは、ありったけの魔力を込めてクラウ・ソラリオンを水平に放った。

目の前のフィーに注意を奪われているところへ、真後ろからの強烈な1撃。察知する事すら出来ない筈だ。

 

「……ふん」

だが戦鬼は、フィーを視線に捉えたまま身を屈め、不可避な筈の1撃を、事も無げに避けてみせる。

 

!?、ちぃ、読んでやがったか……くっ!

 

目標を通り越して自分へと迫り来るアーツの波動を、膝を折り曲げてリンボーダンスの様に何とか避ける。顔面スレスレを通り抜けたクラウ・ソラリオンは、そのまま通路を突き進み、奥にある金属製の扉を跡形もなく消し飛ばした。

 

おぉ!?さ、流石はⅦ組のボイイン長、とんでもない破壊力だね……というかアリサといい、アーツの破壊力はオッパイの大きさに比例すんのか?……あ、でもティオとレンはまっ平らだったな……。

くっそー、当たってさえいれば、終わりだったのに……ん?

 

消し飛んだ扉の向こうに、紫紺の台座に乗せられたシンプルながらも麗美な首飾りが見て取れた。

 

アレか……ん……。

 

一瞬だけターゲットの奪取を優先しようかとも思ったが、現状でそれはどうやっても不可能だと思い直し、上体を引き起こして戦鬼の襲撃に備える。

「……ふむ」

だが予想に反してシグムントは、巨大な戦斧でポンポンと肩を叩きながら、ジッとフィーを観察するだけで動こうとしなかった。

 

?、なんだ?

 

「……むぅ……まぁ、悪くは無ぇんだが……」

シグムントは少しだけ言い淀むが。

「……正直言ってガッカリだな、シルフィード」

溜め息を吐くようにポツリと呟いた。

 

……。

 

「スピードもパワーも、以前見た時とは比べ物にならない程成長している。さっきの不意打ちも、なかなかのもんだった。俺以外ならあれで終いだったろうよ……」

「ん……さんくす」

「……でもな、総合的なスペックは上がっていても、今のお前さんは西風の妖精と呼ばれていたあの頃より……遥かに弱い!」

「……っ」

「わざと俺の急所を外して、HITしても致命傷にならない様にしていやがるだろ?殺気もプレッシャーも全く感じられ無ぇ。ただでさえ軽い攻撃なのに、そんなんじゃ、この俺を行動不能に追い込むなんざ出来やしねぇぞ!」

「……」

「俺の気性は分かってんだろ?シルフィード。1度得物を交えたからには、相手が女子供だろうが容赦はしねぇ。お前さんがどういうつもりでここに居るのかは知らねぇが、そんなナマクラな双銃剣じゃ、ここで命を落とす事になるぞ!?」

「……」

「遊撃士やってるウチに平和ボケしちまったのか?猟兵を相手にするんなら、猟兵の流儀を通せ!」

獣の雄叫びにも似た大声が通路にこだまする。

「……ん」

だがフィーは表情1つ変えずに、いつもの様に双銃剣のカートリッジを交換する。

 

ん……見え見えの挑発だね。確かにワタシの攻撃じゃ決め手に欠けるけど、むこうもワタシの動きを捉えきれてない。当然だ、一定の間合いを保って死線さえ越えなければ、致命傷を負う事も与える事も無い。

……でも、それは向こうも十分承知してる筈……ワタシを怒らせて動きが単調になったトコを、サクッと仕留めようって腹か?……違うね、このオヤジは単に楽しく愉快に殺死合いたいだけだ。……ったく、ロクでもねぇサイコ親子だ、ヤッパり遺伝なんだろうなぁ……っていうか、そんな安っぽい誘いに、ワタシが乗るとでも本気で思ってんのか?

ん、さっきのクラウ・ソラリオンは読まれちゃってたけど、冷静さを欠かさないで陽動に専念すれば、必ずエマが決めてくれる筈だ。ワタシがクールに徹する事が出来れば、絶対に勝てる!

ん、クールに、クールに……。

 

予備の弾丸を補給しながら、無感情を装い続ける。

「それとも、この場で猟兵王の後を追いてぇのか?それが望みならそうしてやるぞ!」

シグムントの挑発が続く。

 

ん、クールに、クールに……。

 

補給の終わったカートリッジを、双銃剣に装填する。

「そうだ!お前さんの後に、トラップマスターとベヒモスの2人もあっちに送ってやれば、ルトガーの奴も寂しくねぇだろうなぁ!」

 

ん、クールに、クールに……。

 

銃身をスライドさせて、薬室に銃弾を送り込む。

「ルトガーだけじゃねぇ……」

 

ん、クールに、クールに……。

 

「お前さんの……『姉貴』も喜ぶだろうなぁ」

 

ん、クール……。

 

……

……

……

……一瞬で空気が凍り付いた。

フィーの全身が小刻みに震え、戦闘の真っ最中にも関わらず視線を足元へと向けている。エマとのリンクも完全に断たれていた。

その様子を見て、我が意を得たりと戦鬼は顔を歪める。

 

「……」

「くくくっ、何か言ったらどうだ?シルフィード?」

「……タが」

「あん?なんだって?」

「……アンタが……、……赤い星座の人間が……」

フィーが顔を上げると、いつもの透き通る様な翠玉色の双眸は……赤黒い、怒りの焔に染まっていた。

「ワタシの……家族の話をしないで!!」

双銃剣を握り締め、一直線に戦鬼へ向かって飛び掛かる。首筋に狙いを定め、戦略も何も無く、ただ相手を滅する事しか頭には無かった。

「がはは!そうこなくちゃな、シルフィード!!」

一直線に飛び込んで来るフィーを、シグムントはマタドールの様に軽くいなす。目標を外したフィーはつんのめり、勢いそのままにエマの側まで転げ回った。

「フィーちゃん!?大丈夫ですか!?」

明らかにいつもと違う様子、エマが声を張り上げながら近寄る。

「……」

だがフィーは、そんなエマに目もくれず、再び飛び掛かろうと双銃剣を構えていた。

「フィーちゃん!私の声が聞こえていますか!?」

「……」

「フィー・クラウゼル!私を見て下さい!!」

「……っ」

一瞬だけエマの方へと視線を向けるが、フィーは無言のままシグムントへ向けて駆け出した。

「フィーちゃん!」

咄嗟に伸ばしたエマの手は、ほんの少しだけフィーの手を掠め、虚しく空を掴んだ。

「フィーちゃん……」

霞が消える様に呟いた。

 

 

 

視線だけでフェイントを入れながら、素早く死角へと回り込む。だがそれを予期していたシグムントは、あっさりと迎撃態勢を取って戦斧を構えた。

手を伸ばせば届く至近距離、互いにデッドラインは踏み越えている。

「やっとらしくなって来やがったな、これでようやく始められるぜ!」

「……」

闘争の悦びに歪んだ戦鬼の顔を、怒りに染まった妖精の瞳が睨み付ける。

「いくぜシルフィード!!」

モーション無しから強烈な横凪の1撃、ほんの少しだけ身を引いて避ける。風圧だけで切断された銀髪が、数本宙を舞った。

「……」

戦斧を振り切った後のほんの一瞬の間に合わせて、至近距離からトリガーを引く。狙いは頭部、眉間へ向けて複数の銃弾が発射される。

「甘ぇよ!」

しかしもう1本の戦斧を盾にされ、全ての弾丸を防がれてしまう。

「!?」

だがガードの為に引き上げた戦斧に遮られ、ほんの一瞬だけ目を離した隙に、フィーの姿は眼前から消えていた。

「こっちか!」

それでも勘だけで動きを読み切り、力任せに戦斧を振るう。

「……っ」

が、フィーもシグムントの動きを読み、残像を残しながら速度を上げて、更に死角へ死角へと潜り込む。

「くくくっ……良いねぇ、ようやくヤル気になったってところか?」

愉悦に歯を見せながら妖精を追い回す鬼。戦斧の風切り音と双銃剣の銃声が、絶え間無く狭い通路に響き続ける。

 

 

 

 

 

 

なんて奴らだ……更にギアを上げやがった。

 

物陰に隠れたまま息を潜め、アッシュは唖然とその様子を見つめていた。

 

本当にとんでもねぇ連中だな、俺もそこそこの修羅場は潜ってるつもりだったが、あんな化け物共は今までに見た事が無ぇ……だが。

 

鬼と妖精の輪舞に目を奪われたまま、懐からダーツを取り出し、ティップの先端に自作の毒を塗りたくる。

 

ここで隠れてやり過ごすなんざ性に合わねぇ!不意討ちだろうが何だろうが、必ずコイツをブチ込んでやる!

 

薄紫色の瞳が、ジッと機を窺う。

 

 

 

今日は左目が疼かなかった……。


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