本年も宜しくお願いします。
「……まさかこの歳になって、あんなに怒られる事になるとは、夢にも思わなかったわい……」
憲兵隊の事務所でクレアからタップリと絞られたフィーとロゼは、帝都の街を後にして、すっかりと日の落ちた西オスティア街道を、カレル離宮方面へ向かって歩いていた。
「……何度も言うが、妾は800歳じゃぞ!?もう少し敬老の精神を持ってくれても良いのではないか!?」
「悪い事したら怒られるのは、子供でも大人でも一緒。都合の悪い時だけ年寄りぶらないで」
「……おぬしは、時々真っ当な事を言いよるのう」
「ん、それほどでも」
「いや、別に褒めてはおらんのだが……」
「それより、里から無断で持ち出したミラは、どうやって補填する気?」
「むぅ~~~っ……、……全く案が浮かんでおらぬわい……」
……はぁ、……ったく、しょうがねぇな。
財布から20万ミラを取り出し、ロゼに手渡す。
「ほら、これで仲間に迷惑掛けなくて済むでしょ?」
「……いや、それは一度おぬしに渡したモノじゃ。返して貰うなどという、カッコ悪い真似は出来ぬ!」
「ん、ロゼはそれで良いかも知れないけど、里の皆が困るんじゃないの?」
「そ、それは……」
「良いから受け取って、どうせ『予想外』で舞い込んだミラだし」
「?……。そ、そうか?……では、おぬしの心意気に甘えるとするぞい」
ロゼは少しだけ畏まった様子でミラの束を受け取り、笑みを浮かべた。
「ふふ、エマに聞いていた通りの娘じゃな、フィー・クラウゼルよ」
「?。エマはワタシの事何て言ってたの?」
「むぅ……、それを妾の口から言う訳にはいかぬな。後で直接聞いてみるがよかろう」
「……ん、そんじゃ、そうする」
何を言ったんだ?ボイイン長。
「まぁ、色々とあったが、楽しい時間を過ごさせて貰ったぞい。世話になったな、フィーよ」
「ん、ま、仕事だからね」
「ふふ、里に帰ったら礼も兼ねて、しっかりと持て成してやるから、楽しみにしておるが良い!」
「……お構い無く」
「心残りがあるとすれば、デパートに行けなかった事じゃな……。最新の導力ゲームとやらで遊びたかったのじゃが……」
このババア、遊ぶ事しか考えてねぇのか?……ったく、しょうがねぇな。
「ん……。そんじゃ、ワタシが今度ヘイムダルに行ったら、買って来て届けてあげるよ」
「な、何!?ほ、本当か??」
「まぁ、中途半端に終わらすと、気持ち悪いからね」
「さ、流石は妾が見込んだ娘じゃ!恩に着るぞい!」
「……」
……いつ何処で見込んだんだよ?……まさか、競馬場でじゃねぇだろうな?
「ゲームソフトはギャルゲーを頼むぞ!帝都近郊の全寮制の学院に入学した黒髪の朴念仁が、女生徒を片っ端から口説きまくるというゲームがあるらしくてな!」
「……」
……どっかで聞いたストーリーだ。もしも、発売元がラインフォルト社だったら、企画制作は金髪のお嬢様で間違いないだろう……。
っていうか……、ひょっとして、ワタシも出てるんじゃねぇだろうな???
「はぁ……、らじゃ」
ま、いっか。……ちょっと興味あるし。
「では、エリンの里に帰るとするぞい。フィーよ、もう日も暮れておるし、今日は泊まっていくが良かろう」
「ん、さんくす。そんじゃお言葉に甘えて……」
「水臭いのう、妾との仲で礼など不要じゃ」
……どんな仲だよ。
「では、参るぞい!」
導力灯が照らし出す夕闇の街道を、2人は並んで歩き出した。
・
湯けむりの向こうには青み掛かった夜空と、薄明に包まれた深い森が広がっている。虫の囀りとフクロウの鳴き声が耳に心地好く、全身を包む温もりが、今日1日の疲れを溶かしてくれる様な錯覚を覚えた。
「どうじゃ?コレぞ我が里の名物、魔女の湯じゃ!」
ドップリと肩まで湯に浸かるフィーに向かって、酒瓶を片手にロゼが自慢気に語る。
「妾がこの地に里を築こうと思った理由はのぅ、霊脈が集中する場所であるというのもそうなんじゃが、何よりもこの温泉に魅せられてな。そもそも妾がこの地を見つけたのは……」
ゴクゴクと『どぶろく』らしきモノを美味しそうに飲みながら、なおもロゼは昔話を語り続ける。
……何で、酒飲みの年寄りは、こう話が長いんだ?風呂くらいゆっくり浸からせろよ。
「むっ?聞いておるのか、フィーよ?」
「ん……、聞いてる聞いてる。ヤッパリ風呂上がりは普通のミルクよりコーヒー牛乳だよね」
「そんな話はしておらんぞい!?それに、妾はフルーツ牛乳派じゃ!!」
「んー、フルーツ牛乳は甘過ぎて、すぐ喉乾くからな……」
「牛乳の話はもう良いわい!」
ゴクゴクと更に酒瓶を呷る。
ホント、元気なババアだ……。んーっ。
ぐぃーっと、伸びをして天を仰ぐ。
上空にも魔法の結界が張られているのか、薄翠色の流動物質がオーロラの様に靡いている。その向こうには満天の星空が光輝き、自分の肉体がまるで宇宙と一体になったかの様な錯覚を覚えた。
ユミルの雪景色温泉も良かったけど、ココの星空温泉も悪くないな……。遊撃士してるとアチコチに行く事が多いし、ついでに各地の温泉巡りでもしよかな?
「……ふぅ、まったくおぬしは。人の話も聞かんで、すっかり満喫しよってからに……」
やや呆れなからも、ロゼは口元に笑みを浮かべる。
「ん、良いトコだね、ホント。ちょっとだけ、エマが羨ましいよ」
「そ、そうか?」
「ワタシは実家とか故郷とかが無いから、余計にそう思うのかも知れないけど……」
「……っ」
言いながら暗い夜空を眺める。目を細めて、ずっと遠くにある星を見つめる。空の彼方より遠くの星。手を伸ばせば届きそうなのに、決して触れる事は出来ない……。
「……」
「ん?」
「おぬしなら、いつでも歓迎するぞい。妾のアトリエも部屋が余っておるし、温泉は24時間いつでも入りたい放題じゃ。じゃから……」
少しだけ照れくさそうにしながらも。
「……じゃから、Ⅶ組の仲間とやらでも連れて、またいつでも遊びに来るが良かろう」
ロゼは精一杯の優しい口調で語り掛けた。
「ん……、さんくす、ロゼ」
「ふふ、遠慮などせずに自分の家じゃと思って来るんじゃぞ?噂のリィン・シュバルツァーとやらにも会ってみたいしのう」
「……」
エマはマジで何を話したんだ?
「んーっ」
もう一度身体を伸ばして、空を仰ぎ見る。
でも、皆で来たら楽しいだろうな。釣り場もあるし、魔女の里ならではの料理もあるみたいだし……。Ⅶ組の皆だけじゃなくて、トヴァルとか、出来ればマスター達とも一緒に……、ん?
不意に近くの草むらから、生き物の気配を感じ取った。
何だ?野生動物か魔獣でも迷い込んだか?
視線を向けると、暗がりの中から人影らしきものが、ヌッと姿を現す。
……その姿形には、あからさまに見覚えがあった。
「ふぃ、フィー……」
「あ、サラ。……お疲れ」
「お疲れじゃないわよ!!アタシを森に置いてけぼりにして、何気持ち良さそうにひとっ風呂浴びてんのよ、アンタは!!?」
暗がりから出現するなり、喚きまくるサラ。服がアチコチとほつれ、緋色の髪の毛はボサボサだ。……どうやら相当歩き回ったらしい。
「な、なんじゃ、この威勢の良いおなごは?」
「ん、遊撃士の同僚で、学院時代の担任だった、サラ・バレスタイン」
「ほう、そうか!おぬしがエマの!」
「?、……誰?この娘?」
「……また最初から説明するのか?やれやれじゃのう……」
「取り敢えずサラも入ったら?……妖精の湯に」
「な?ちょっと待てフィーよ!自分の家の様にして良いとは言ったが、何故おぬしの異名を勝手に命名しとるんじゃ!?」
「?、だって魔女の湯なんて、何となく身体に悪そうじゃん?入ったら魂が抜かれちゃいそうで」
「抜くか!そんなモン!!」
「魔女より妖精の方が絶対良いって、癒されそうだし」
「む、むぅ……。妙に説得力があるのう……」
「ちょっと!何でアタシを放って小ちゃい娘と言い合いしてんのよ!?」
「だ、誰が小ちゃい娘じゃ!?」
今度はロゼが憤る。
やれやれ、サラが来ると一気に騒がしいな……。
目を瞑って大きく息を吸い込む。
でも、ホント良いトコだな……。絶対皆を連れて来よ。
虫の囀りとフクロウの鳴き声に混じり、サラとロゼの言い争う声が聞こえる。
フィーは顔を半分まで湯に沈めると、水中でブクブクと息を吐き出した。