「……どういうつもりだ?マキアス・レーグニッツ!」
オーロックス砦へと向かう導力車の車内に、ユーシスの怒声が響き渡る。
「な、何を怒っているんだ!?ユーシス・アルバレア」
眼鏡の奥で、瞳を泳がせるマキアス。
念の為、作戦の前に全員の所持品と武器状態を確認しようという話になり、フィーが双銃剣、ユーシスが騎士剣、ミリアムがアガートラムをそれぞれ見せ合い、そして最後にマキアスの番になったのだが……。
「これは何の真似だと聞いているのだ!」
「な、何の真似も何も、僕の所持武器だが……」
「ま、ま……、マキアスっ……」
フィーのすぐ横でミリアムが一瞬ブルッと身体を震わせる。……流石に引いているらしい。
季節外れのロングコートから出て来たのは、学生時代から愛用している改造ショットガン1丁、ハンドガン6丁、サブマシンガン2丁、火薬式リボルバー2丁、手榴弾4個、C4爆弾1㎏、手錠2個、ナイフ6丁、予備のショットガン1丁……。更には腕時計に特殊合金製の針金が仕込んであり、ボタン1つで飛び出して相手の喉笛を貫く作りになっていた。
……
……
……
……こ、コイツ、マジか!??
「お、俺が引き受けている領地にこんなモノを持ち込むとは……、副業で銃火器の運び屋でもしているのかお前は!?良くバリアハートの空港ゲートを通過出来たな!!」
「そ、そんな事を言われてもだな……」
「そもそも、お前はこのメンバーの中で、唯一の現役学生だろうが!?何故こんなに武器が必要なのだ!?」
「お、男は一歩外に出たら7人の敵が居ると言うじゃないか!?」
「ま、マキアス……。もしかして……、新しい学校で友達と上手くいってないの?」
悲しそうな顔をうかべたミリアムが恐々と聞く。……こんな彼女を見るのは初めてだ。
「ん、……そういえばここ数年、帝国各地の学校で、銃を乱射する事件が増えてるけど」
「……コイツなら本当にヤりかねんな」
「なぁ!??ええい!そんな事件起こすか!!」
「マキアス、取り敢えず調書作るから、後でレグラムのギルドに来てくれる?」
「な、何の調書だ!?」
「ん、一応今なら未遂って事にしてあげるよ。大丈夫、ワタシを信じて!」
「フィーに大丈夫と言われる覚えは無い!!」
「マキアス……。何があっても……、ボクはマキアスのトモダチだよ……」
俯きながらミリアムが小さく呟く。
「視線を逸らせながら、意味深な事を言うな!!」
「……時間を作って、年に1度は面会に行ってやるからな」
「な、な、何の面会だ!!?」
3人の憐れみと哀しみと恐怖に満ちた視線に晒されながら、その後も彼は懸命に自分の正当性を主張し続けた。
そういえば、マキアスはクロチルダの大ファンだったな……。蒼のディーヴァが行方不明になった反動で、メンタルがヤられちゃったか?
内戦当初、マキアスとエリオットの2人と行動を共にしていたフィー。チルダーコンビにとっては彼女が内戦を引き起こす原因の一翼を担っていた現実は、些末な事実でしかないらしく、空いた時間には延々とクロチルダ話を聞かされ続けた。
逃げ場の無い狭い風車小屋の中で約1ヶ月間……、フィーはノイローゼの一歩手前の状態にまでなっていた(何度寝ている2人の脳幹に、双銃剣をぶっ刺してやろうと思った事か……)
恐らく、あの場でフィーが『身喰らう蛇』の幹部と知り合いだ、などと話したら、2人揃って第2柱宛に履歴書を書いていたに違いない(もっとも、フィーから結社に連絡を取る術は何一つ無いのだが……)
耐えに耐え続けた1ヶ月……、ようやくリィンの姿を目にしたフィーは、思わず崖から飛び降りて抱き付いてしまう程だった。
「もういい!こんなサイコチルダーは放っておけ!」
ユーシスがマキアスの弁明を無理矢理打ち切る。
「だ、誰がサイコチルダーだ!!?」
「そ、そうだね……、そ、そろそろオーロックス砦に到着する頃だしね?」
ミリアムは今だに小さく震えていた。
「ん、そんじゃ、さっきの手筈通りに……」
フィーが目配せすると、ユーシスとミリアムが小さく頷いた。
「僕を仲間外れにするんじゃない!!」
鼻息荒くマキアスが喰って掛かるが、誰も視線を合わせようとはしなかった。
「アルノー、砦から死角になる位置で停めてくれ」
「畏まりました、ユーシス様」
導力車が山影になり砦から見えない位置で停車し、ユーシスを除く3人が下車する。
「それでは頼んだぞ、お前達」
「ん、らじゃ」
「りょうか~い!」
「任せて貰おうか!」
「……」
ユーシスが少しだけ目を細める。
「……マキアス・レーグニッツ、くれぐれも常識を持って行動してくれ」
「なぁ!?」
ミリアム、フィーが居る横でユーシスに常識を説かれるマキアス。
「では、1時間後にこの場所で落ち合おう。アルノー、出してくれ!」
「畏まりました。皆様、お気をつけて……」
運転席から老執事が軽く会釈すると、導力車は砦へ向けて走り去った。
「くっ……、まさか君達の前で、この僕が常識を問われる事になろうとは……」
「ん、常識は大切だよ?」
「フィーにだけは、その台詞を言われたく無い!!」
「そうだよ、フィーだって結構常識外れなんだからね」
「君もだ!ミリアム!!」
「それより早く行くよ、時間もないし」
「うん、オッケー!」
ミリアムがアガートラムを出現させ、右手に飛び乗る。
「マキアスもがーちゃんに乗って。フィーは、自分で行けるよね?」
「ん、余裕」
「宜しく頼む」
マキアスが空いた左手に飛び乗ると、音もなくアガートラムが発進した。
んじゃ、行くとしますか。
砦の監視兵に見つからない様、細心の注意を払い。山合の獣道を素早く駆け抜けて、3人と1体は目的の場所を目指した。
・
「ここがユーシスに教えてもらった場所だけど……」
「ここに入るの??」
「……むぅ」
一向が辿り着いたのは、砦の裏手にあたるダクトの通風口だった。
「一応ここのダクトは、砦全体に空気を送ってるって言ってたね」
「うん、地下が有るとしたら『砦の構造的に確実にココには繋がってる筈だ』とか言ってたよねぇ……」
「……」
3人は渋い顔で見つめ合う。
「……内戦の時にも、あちこちで潜入する度にこういうダクトに入ったけど……」
「……うーん、これはちょっと……」
「狭すぎだろ!!」
目の前ににあるのは、子供1人がやっと通れるかといった狭いダクトの入り口だった。
「うーん、ボクは何とかなりそうだけど、マキアスは絶対無理そうだし、フィーでもちょっとキツいかな?」
「ん、ワタシは多分大丈夫。……でもマキアスは……」
2人の視線がマキアスのコートに突き刺さる。
「な、何を見ているんだ!?」
「……マキアス、コート脱いで上半身裸になったら?それなら何とか行けるかもよ?」
「うんうん、そんなに着膨れしてたら、絶対に無理だって!」
「丸腰で砦内に潜入しろと言うのか!?」
「戦闘が目的じゃないし、万が一の時でもARCUSが有ればサポートは出来るでしよ?」
「た、確かにそうだが……」
「ボク、銃に頼り過ぎるのは良くないと思うな」
「アガートラムに頼りっきりの君には言われたくないぞ!……っ」
言いながらも考え込むマキアス。どうやら片時も銃を手放したく無いらしい。
ヤベーなコイツ、完全に銃がマストになってるじゃねーか……。このままだとマジでⅦ組から凶悪犯罪者が出ちまうかも?……あ、でもクロウが居た時点で今更か??
……っていうか、こんな場所でそんな大声出してたら。
「ん?おい、誰か居るのか!?」
やや離れた場所から声が聞こえた。
まだ姿は視認出来ないが、案の定、見廻りの警備兵が近付いて来るらしい。
あーあ……、ま、……お約束だね。
「ヤバい!誰か来るよ!?」
「ど、どうするんだ!?」
「……ん、誰か1人が囮になって引き付けるのがセオリーかな?」
「だ、誰かって……、誰が……」
フィーとミリアムが無言の視線をマキアスに向ける。
「ぼ、僕かぁ!??」
「だって、マキアスじゃこのダクトには入れないでしょ?」
「いや、僕だけじゃなくて、フィーにも無理なんじゃないのか!??」
「ん……」
フィーは右手で自分の左肩を鷲掴みにすると。
ゴキッ!!
マキアスの目の前で、躊躇いもなく左肩の間接を外してみせた。
「な、な、なっ……」
「ふぅ……、やっぱし、外す時はちょっとだけ痛いな……」
「っ……」
プラプラと左腕を垂らしながらも平然とした様子のフィーを見つめ、言葉を詰まらせるマキアス。
「ん、ワタシはこれで大丈夫。マキアスの場合は、裸になって両肩の間接を外せば入れるかもよ?どうする?」
「え、遠慮しておく……」
「ん、そんじゃ囮役ヨロシク」
「よーし、行こっか、フィー!」
「らじゃ!」
ミリアムが先にダクトに侵入し、フィーが素早くその後に続く。左腕が利かない状態で器用に身体を潜り込ませながら、チラリとマキアスの方へと振り返った。
「面が割れるとユーシスに迷惑が掛かるから、適当に銃で威嚇したら山の方に逃げて。多分、山岳専門のチームが追ってくると思うから、結構キツイだろうけど……。ま、何とかなるって」
「な、ならなかったらどうするんだ!??」
「マキアス爆弾も持ってるよね?自爆した様に見せかければ、誤魔化せると思うよ?」
「くっ!?……い、良いだろう!やってやろうじゃないか!!元副委員長の底力を侮るんじゃないぞ!!」
「ん……、そんじゃお願いね」
それきりフィーは振り返る事なく、ミリアムの後に続いて、薄暗いダクトを這い進んだ。
「うわ!夏だから結構暑いよ、この中!」
「ん、あんまり長く居ると蒸し焼きになっちゃうかも?急ご、ミリアム」
「オッケー♪フィー♪」
2人は薄暗いダクトの中を、ほふく前進で進んで行く。
背後からは立て続けにショットガンの銃声が鳴り響き、更にマキアスのモノと思しき雄叫びが耳に届いた。
……ま、大丈夫でしょ、……多分。
一抹の不安を感じはしたが、フィーは仲間を信じる事に決めた。
・
「ご、ご報告します!ユーシス様!」
「?、どうかしたのか?」
オーロックス砦内部を視察するユーシスの元に、巡回兵が近寄る。
「しゅ、襲撃者です!砦東部にて不審人物の目撃報告がありました!」
「な、何だと!?」
な、何をやっているのだ、アイツらは!?もう露見したのか!?
「未確認ながら、コートを着た男がショットガンを乱射しながら、近隣の山中を逃げ回っているとの情報も寄せられています!」
「……」
マ、マキアス・レーグニッツぅぅ!!!
「ご安心下さい!砦の山岳部隊が総出で山狩りに向かい、程なく対象を捕獲致します!」
「……待て!」
「はっ!?」
「俺も出る!」
「えっ??……い、いえ、ユーシス様が自らお出にならずとも……」
「来い!シュトラール!」
内戦時には煌魔城の最上階に迄馳せ参じた自身の愛馬が、砦内にも関わらず、主の命に応えて何処からともなく駆け付けた。
「俺が管理を任された領地内で、騒ぎを起こす輩など看過出来ん!」
「ゆ、ユーシス様!!」
「行くぞ、シュトラール!ハイヤー!!」
騎士剣を引き抜き、白馬が砦内を飛び跳ねる様に滑走する。
「ゆ、ユーシス様ぁ!お供致します!!」
その雄々しき後ろ姿を、砦の兵士達は付き従う様に追い掛けた。
レーグニッツ……、いざとなったら、俺の手で引導を渡してやるぞ!
貴族の義務とⅦ組の誇りを胸に秘め、彼は愛馬を走らせた。