東方不死剣   作:vangence

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CARD 肆

 「ぷっはぁ~……」

 

 

 真夜中の月明かりに照らされている永遠亭。

 その軒下に一人、少女が酒を煽りながら月を眺めている。

 少女の名前は因幡てゐ。

 永遠亭の情報担当兼、問題児である。

 続けてもう一杯、酒を煽る。

 程よく回ってきた酒が体を芯から温め、程よい夜風特有の冷気が体の熱を冷ましていく。

 

 

 「あら、てゐ。 またこんな遅くに一人で宴会かしら?」

 

 

 後ろから声をかけられ振り返る。

 そこにいたのは赤と青に塗り分けられた看護服に身を包んだ女性、八意永琳だった。

 

 

 「あぁそうだね、お師匠様もどうですか?」

 

 「悪いけど明日も朝から忙しいの。 最近薬の需要が多くて大変なの」

 

 「へぇ、商売の方も順風満帆ってことかい? 景気のいいじゃないか」

 

 

 てゐの言葉に永琳は顔をしかめ、てゐに対してじっとりとした目線を向けた。

 師匠の地雷を踏んでしまったのかと、てゐは一瞬肝を冷やす。

 しかしてゐの心配は杞憂に終わったようで、永琳はてゐの隣に腰を下ろし言葉を続けた。

 

 

 「私は個人の利益のために医療をしているわけじゃないわ。 日頃の行いからは想像もできないことなのかもしれないけれどね」

 

 「あ、あははは。 そんなことありませんってぇ」

 

 

 てゐ自身、頬が引き攣るのを自覚しながらも笑いながら答える。

 

 

 「……ねぇ、てゐ」

 

 「なんだい、お師匠様?」

 

 

 永琳はじっと月を眺めながめていた。

 その表情は外見上、うっすらと微笑みを浮かべてはいたが、憂いを帯びているような雰囲気を漂わせていた。

 

 

 「……ごめんなさい、やっぱり何でもないわ」

 

 「なんなんだい。 はっきりしないねぇ」

 

 

 永琳は悠然と腰を上げ、屋敷の奥へと足を向けた。

 悶々とした疑問を抱えながら、てゐはその後ろ姿を何も言わず見送る。

 「あなたも飲んでばかりでいないで働きなさい」という言葉を左から右に流し、てゐは再び月見酒に興じた。

 永琳はいったい何が言いたかったのだろうか。

 そんな今更な疑問が頭に残っていたが、月をつまに酒を飲んでしまえば、そんなことはどうでもよくなってしまった。

 

 

 「あと、この変な雰囲気が無くなってくれりゃ、文句なしなんだけどねぇ」

 

 

 夜は何事もなく過ぎていく、ただひっそりと、その暗闇に多くのものを覆い隠しながら。

 

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 

 迷いの竹林を抜けたその先に、ひっそりと佇む幻想郷の一の医院永遠亭。

 医院である永遠亭には古今東西、ありとあらゆる医学書、薬学書などが蔵書されている書庫がある。

 蔵書量においては『紅魔館』の大図書館には遠く及ばないのではあるのではあるが。

 人里にある『子鈴庵』という貸本屋程の規模はあるだろう。

 天井まで届きそうな程の丈がある本棚が幾つも連なっており、全ての棚が書物で埋まっている。

 定期的に手入れが丁寧に行われているのだろう、書庫特有の乾燥した空気ではあるものの、埃っぽくはなく保存されている書物も古いものではあるが、一般的な人の眼から見てもそれ程痛んではいない。

 至る所に管理者の几帳面さがうかがえる。

 そんな書庫の一角、作業をしている者が2人いた。

 

 

 「これと……これ、あとは……これも」

 

 

 一つは永遠亭の薬師こと、八意永琳。

 

 

 「…………」

 

 

 もう一つは永遠亭の新顔、または居候、JOKER。

 永遠亭に世話になることとなった彼は彼女たちの仕事を手伝うこととなった。

 本日の仕事は永琳の仕事の手伝いだった。

 すでに彼の武骨な両手に零れんばかりの医学書が山と積まれている。

 

 

 「これで最後かしら。 それじゃ行くわよ」

 

 「分かった」

 

 

 永琳は最後の一冊を山の天辺に置きさっさと書庫を出き、JOKERもそれに続き、永琳の薬の調合室へと入っていたった。

 部屋の中には沢山のビーカーやフラスコ、書物やよくわからない液体などがきちんと整頓されている。

 いかにも研究室と言った言葉の似あう部屋である。

 少し薬品のにおいが染みついており、JOKERは昔このような匂いを嗅いだことがあると、なんとなくだが思い出した。

 

 

 「それじゃあJOKER、そこの椅子に座ってくれる?」

 

 

 永琳の言葉に促されるままに、JOKERは畳の上に腰掛けた。

 すると永琳は手際よく机の周りから器材を一式取り出してきた。

 

 

 「ちょっと貴方の血液を頂くわ」

 

 

 そう言いながら永琳は手元で着々と血液採取用の注射を準備する。

 

 

 「血液……俺の血など調べたところで面白いものなんてないぞ」

 

 「つべこべ言わずに、さっさと腕を出しなさい」

 

 

 鋭い永琳の声にJOKERは言葉を続けることはなかった。

 そしていざ採血となったのだが、予想外の事態が発生した。

 

 

 「……なかなか頑丈なのね」

 

 「……すまない」

 

 

 JOKERの腕、それだけではない。

 頭部、胸部、腹部、脚部、全ての部位には見るからに強靭そうな甲殻が備え付けられている。

 クワガタムシやカブトムシを彷彿とさせるその外骨格をよけ、甲殻のない関節部分に永琳は針を通したのだ。

 いや、通そうとしたのだ。

 想像以上にJOKERの肉体は強靭だった。

 その肉体は針の侵入を許すことなく、針の先端を折ってしまったのだ。

 

 

 「ふつう関節部分って柔らかい物って、相場が決まっているのだけれど」

 

 「……頑丈なのは生まれつきだ」

 

 

 そういうとJOKERは少し俯いた。

 甲殻に包まれた顔から表情は見て取ることはできないため、永琳はJOKERの感情を見て取ることはできなかった。

 

 

 「重ねて言うが、俺の事なんて調べたところで面白いことなんてないぞ」

 

 「……特に調べるというわけでもないわ。 単純に見たことがない種族だから興味が湧いてるってだけ」

 

 

 そう言う永琳の目つきは、研究者が実験動物を見るそれと同じ目だった。

 するとJOKERはおもむろに右手を掲げた。

 そして次の瞬間、鋭い爪を左手に振り下ろした。

 永琳が止める間もなく、凶刃がJOKERの左手の甲殻に守られていない部分、接合部分である関節の肉を切り裂いた。

 驚愕した永琳は目の前で起こったことが理解できなかった。

 茫然としてしまったのもつかの間、JOKERの傷口から流れ出る血液を目にした瞬間、目の前の事をようやく理解した。

 

 

 「何をしているの!」

 

 

 永琳はJOKERに怒声を浴びせ、すぐさま慣れた様子で部屋のあちこちから治療道具を探し始めた。

 慌ただしい永琳に比べて、JOKERは動じることなくただ自分の体から流れ出る液体を見つめていた。

 慣れた手つきで永琳は用意した道具を使い、JOKERに応急手当てを始めた。

 

 

 「貴方みたいな馬鹿なことをする人、そうそういないわよ!」

 

 「……」

 

 

 永琳の罵倒を反論することなくただ受け入れるJOKER。

 そんな彼の態度に永琳は一層の苛立ちを覚えた。

 しかも彼が自分につけた傷は想像以上に深い物だった。

 ただの人間では一生経験を積んだとしても体得できないであろう手つきで、永琳は彼の傷を治療し続けた。

 それ程の時間を要することなく、JOKERの傷はその体液を垂れ流すことはなくなっていた。

 

 

 「なぜあんなことをしたの!?」

 

 

 凄まじい剣幕で永琳はJOKERを攻め立てる。

 対してJOKERは臆することなく返答した。

 

 

 「なんとなく、だ。 無茶をしてすまない」

 

 「なんとなく!? なんとなくって……」

 

 

 永琳には理解できなかった。

 自分を傷つけるということは、珍しいことではあるがありえないことではない。

 月にはいなかったが、精神を病んでしまった者などには自傷行為に走る者も少なくない。

 しかしそれは、何かしらの理由があってしかるものだ。

 一般的な倫理観や道徳感を持つ者にとって、大した理由もなく自傷行為に走るなど想像もつかなかったのだ。

 ましてや永琳は医者を称する者。

 そのような奇異な発想に至ることなど、その悠久の時を生きてきた中で頭の片隅にも置いたことはなかったのだ。

 

 

 「目当ての物は手に入っただろう? もう用事は済んだだろう」

 

 「ええ確かに。 だけどJOKER、約束しなさい」

 

 

 部屋を立ち去ろうとしたJOKERに真っ直ぐ向き合い、永琳は呼びかける。

 

 

 「もう二度とあんな真似はしないで頂戴。 ……大した訳もなく仕事が増えるのは癪だわ」

 

 「……覚えておく」

 

 

 JOKERはそう言い残して、部屋を後にした。

 一人残された永琳に残ったのは、言葉に表すことのできない不快感だけであった。

 

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 時を同じくして、場所は同じく幻想郷。

 不可思議な幻想郷の中でも特に異彩を放っている場所がある。

 巨大な全貌を霧によって覆い隠されている『霧の湖』。

 その霧の中に自然におおわれている幻想郷に似つかわしくない異物があった。

 禍々しいまでに赤一色で染め上げられた洋風の館、『紅魔館』である。

 

 

 「……zzz」

 

 

 紅魔館の門前を守る使命を主人より仰せつかっている妖怪『紅 美鈴(ほん・めーりん)』はいつものごとく仮眠をとっていた。

 周囲を霧に覆われているため、太陽の光が多少遮られてしまっているが、今は美しい桜の時期も過ぎ始めて暖かい時期だ。

 昼寝、もとい仮眠をとるには丁度いいのだ。

 

 

 「……フゴッ! ……zzz」

 

 

 もしこれが浅い眠りであったならば、彼女特有のとある能力で察することもできただろう。

 しかし深い仮眠に落ちている美鈴は気が付かなかった。

 静かに、そして確実に近づいている異形の存在に。

 

 

 「…………zzz」

 

 

 一歩一歩、確実にそれは近づいていた。

 低い唸り声をあげる。

 

 

 

 

 そしてそれは、眠っている美鈴へと襲い掛かった!

 

 

 

 

 それは美鈴に組み付くとその巨体をもってして、地面へと倒れ込む!

 

 

 「ふげぇ! ちょ! なんなんですか!?」

 

 

 驚いた美鈴は寝ぼけ眼で組み付いてきたものの姿を捉えた。

 

 

 「って、なんだ……もぅ、驚かさないで下さいよ『パグゥ』」

 

 「……ムォン……パグゥ」

 

 

 それは、巨大な四足歩行の生き物だった。

 全体像はまるで巨大なアリクイのようで、しかしその姿はまるまるとして愛らしい姿をしていた。

 美鈴は実物を見たことがないのだが、パチュリー様曰くバクという動物に酷似しているらしい。

 パグゥと呼ばれた生き物は美鈴へと組み付きながら頭を擦り付ける。

 

 

 「……ムゥンン」

 

 「ちょと~くすぐったいですって」

 

 

 そういいながら美鈴はパグゥの頭を優しく撫でる。

 するとパグゥは嬉しそうに「パグゥン」と鳴き、満足したのか美鈴から巨体を除けた。

 美鈴は立ち上がり、自前のチャイナドレスに付いた土埃を払い落とす。

 

 

 「まったく……甘えん坊ですねぇ」

 

 「……ムォン」

 

 

 パグゥの背中を擦ってやると、再び嬉しそうに鳴いた。

 するとパグゥはのっしのっしと歩きだし、塀の近くにある芝の上で横になってしまった。

 美鈴はそんなパグゥの様子に苦笑しつつ横になって無防備となったパグゥのお腹に頭を乗せて自分も横になる。

 

 

 「お前のお腹は温かいなぁ……」

 

 「…………」

 

 「……平和ですねぇ」

 

 

 これで温かい日の光があったらどれほどよいだろうと、美鈴は思った。

 

 

 (パチュリー様にお願いして、今度霧を退かしてもらいましょう)

 

 

 パグゥのお腹に耳をあてると、体温とともに微かな心音が聞こえてきた。

 一定のリズムで鼓動を刻むそれは、美鈴にもう顔も思い出せない母の腕のなかに抱かれた過去を思い出させた。

 

 

 「……また寝てる」

 

 

 美鈴が眠りに落ちてから間もなく。

 館の中から姿を現した女性が一人。

 その姿は青と白を基調としたメイド服を身にまとう女性だった。

 誠実そうな目つきと瀟洒な雰囲気が、より一層、彼女のこの館における役割を現していた。

 

 

 「どうして紅魔館にはこう穀潰しが多いのかしら……」

 

 

 はぁとため息をつき、メイド服の女性は門番と一匹から目線を外す。

 彼女がここに来た目的は仕事を放棄している門番を叩き起こすことではない。

 まあ叩き起こそうと思わなくもないのであろうが。

 

 

 「……()はどこを散策中なのかしら」

 

 

 目的の人物はどうやらどこかへと行ってしまったらしい。

 再び盛大にため息をついて瀟洒な紅魔館メイド長『十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)』は寝ている門番を蹴り飛ばし、館の中へと姿を消すのだった。




ハリウッド版ゴジラ第一作目たのしみですね。
え? 一作目はもうやったろって? ……さぁ知りませんね。
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