JOKERと一悶着あった後、どうにもできない不快感を抱えていた。
べっとりと心にへばり付いているようなもどかしい感覚だった。
自分と異なる価値観に出会ったとき、人はその価値観に対して基本的には不快感を覚える。
これはある意味当たり前のことだろう。
私も永い間に多くの意見と対峙してきた。
しかし、今回ほどに私を苛立たせるような相手は初めてだった。
いったい彼に何があったというのか、どのような経緯があれば、あれほどに歪んだ思考を得るに至ることができるのだろう。
彼を調べていけば、その答えにたどり着くことができるのだろうか。
少なくとも、彼の秘密の一端でもつかみたい。
とりあえず採血したJOKERの体液を専用の試験管に入れ、遠心分離器にかける。
残りの血液は顕微鏡で観察するために、プレパラートに用意した。
JOKERの血液は一見した所、粘性のある緑色の血液だった。
海洋生物の
だとすると胃酸と同等のph1の酸性を有しているかもしれない。
慎重に慎重を期して対象物を顕微鏡にセットした。
観察のために対物レンズを近づけ、私は接眼レンズに目を通した。
この時私は、それ程の期待もなくレンズを覗き込んだ。
JOKERには不可解な点が、いや、興味をひかれる点はあった。
しかし、当の私自身も心の奥底で否定してしまっていたのだ。
あり得ないと思っていたものが、現実の、しかも手が届く範囲に転がり込んできたのかもしれないということを。
「……何かしら、これは」
一瞬眩暈を覚え、目頭を押さえた。
何度か深呼吸をして、再び接眼レンズに目を通した。
「いったいなんなの……こんなの、ありえるはずが……」
それは、異常な形をしていた。
私の使っている顕微鏡は月にいたころから愛用いているもので、倍率を上げれば個体によっては染色体を観察することも可能だ。
そして現在の倍率は染色体を観察するつもりの倍率にしていた。
ゆえにその異常性は、一目見ただけではっきりと視認することができた。
目の前にあった染色体は、1対ではなかったのだ。
一般的な生物であれば、染色体は通常1対あるはずなのだ。
それは生物として当たり前のことだ。
生物が子孫を残すために必要な構成、それはただ一時のパラダイムだったのだ。
それが不意に、目の前で瓦解してしまった。
ふとJOKERが初めて永遠亭を訪れた時のことを思い出す。
穢れの一切ない、自分たちと同じ生き物とは思えない存在。
月にいた時から、自分には決して作り上げられなかったもの。
やはり彼はそれに限りなく近い、またはそれに類する肉体を有している可能性がある。
「……ちょっと、まずいわね」
目の前に存在する、あり得ないと思い込んでいたもの。
それは私の中で眠っていた、欲望を刺激するには十分すぎるものだった。
背筋にゾクゾクとした寒気とともに、私の胸の内には少し前に持っていたものとは別の不快感が鎌首をもたげ始めていた。
「……知りたい、知りたい」
こんな気持ちを再び抱くことになるなんて、もうないと思っていた。
しかし、そんなことはなかった。
私の異常なまでの知識欲を、探究心を、満たしてくれる存在が現れてくれた。
もはや私にとって性欲以上の存在であるそれらが、胸の内で張り裂けんばかりに蠢きだしそうだ。
ああ、今この
「JOKERをどうにかしてしまいそう……」
「……な~に一人でトリップしてんのよ」
「……姫様。 部屋に入るときは一声ぐらいかけていただけませんか?」
久しい衝動への甘い誘惑を邪魔したのは、ほかでもない私の主人、輝夜だった。
つい感情を乗せて返事をしてしまったのだが、輝夜は気にすることなく勝手に話を進め始めた。
「あらそう? 一人で気持ち良くなってるところを邪魔しちゃ悪いと思ったんだけど」
「お気遣い痛み入りますわ、それ程に気が利くのであれば部屋に入っていたただなくてもよかったのでは?」
「面白そうなことになってるのに、私が茶々を入れないわけないじゃない」
「……はぁ」
一気に消沈してしまった高揚感の代償として、激しい虚脱感が私を襲った。
「永琳、今貴女に冷静でいてもらわなくちゃ困るんだから。 ちゃんとしてよね」
「姫様にちゃんとしてと言われる日が来るなんて……私も歳をとったものね」
「自分で自分の地雷踏み抜いてどうすんのよ」
輝夜は小馬鹿にしたような視線を浴びせてきたが、不思議と嫌な気分はしなかった。
というより、感謝しても良いくらいであった。
もし彼女が止めていなかったら、私はJOKERに何をしたか分かったものではなかったからだ。
「やっぱり、彼は当たりかしら?」
「十中八九、彼には何かありますわ。 久々に腕の振るい甲斐のある研究対象です」
「テンション上げるのは構わないけど、あまりやりすぎないようにね」
「分かっています」
念押しした輝夜は、用はないと言わんばかりに部屋を出ようとした。
だが、部屋を出る前に、輝夜は一言残して部屋を出るのだった。
「彼は、私の大切な友人なんだから」
♠×××
「うーん……おかしいなぁ」
人里の近くには里の人達が生活に必要な農作物の栽培などを行うための畑が広がっている。
そしてその畑の中で農作物の様子を見ながら数人の村人が会話をしていた。
その誰もが顔に深刻そうな表情を浮かべていた。
「ほらこれ、見てみろよ」
「こりゃヒデェな……ほとんど食い荒らされてる」
一人が蔦から生える葉の一枚を手に取ってみると、葉のほとんどが昆虫に食い荒らされたかのような痕跡を残して貪られてしまっていた。
しかも畑の様子を見る限り一枚や二枚などではない、場所によっては農作物を含め酷く荒らされてしまっていた。
夏の到来を待ちかねていた夏野菜達は、その実を成熟させることなく青いまま食われてしまったのだ。
「……いったい何がこんなことを」
一人がぽつりと呟く。
幻想郷では基本的に動植物における農作物への被害というものは少ない。
これは幻想郷の自然が完璧に保たれているからなどではなく、単に農作物に被害を与えるような生き物が大抵多くの妖怪に捕食されたり、突然の異変によって生殖が困難になるためであった。
「おーい! こっちきてみろよ!」
周囲を見渡していた男が呼び集めると、その男の手には一匹の虫が乗せられていた。
その虫はすでに死んでいるらしく、ピクリとも動くことなく横になっていた。
「こりゃ……
「しかもほら、あっち見てみろよ」
言われるまま指を差した方を見ると、そこには悍ましい光景が広がっていた。
「なんだこれ……気味が悪いぜ」
畑から少し離れた場所に黒い絨毯の様なものがあった。
周囲を芝一面であるため、余計にそこが目立ってしまっていた。
そこは火で燃やされ焦げてしまったのではない。
大量の蝗が死んでおり、その黒みがかった姿のせいで遠目からは黒い絨毯のように見えたのだ。
「そういえば、慧音先生が蝗が一部で大量発生してるとかなんとか言っていたな」
「蝗害だとでもいうのか? そんなの幻想郷で起こったことなんて今まで無かっただろ?」
「そりゃそうだが……いずれにせよ。 対策をとる必要があるな」
「大量に殺虫剤でも撒いて殺すとかすんのか? 馬鹿言え、野菜が不味く……」
男たちは対策を話し合いながらその場を後にした。
彼らは気が付いていなかったのだ
いや、気が付くはずがなかった
その場からはるか遠くの林の中で
《……ギギッ…………ギギガガガッ》
自分たちの話を憎悪の念を持って聞いている者がいることなど、想像するはずもないのだから
血液の話はとある特撮ネタをぱk(ry 参考にさせていただきました。
みんなは何のネタだかわかるかな?
あと、レギオンっていいですよね。