東方不死剣   作:vangence

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CARD 陸

 永琳の採血に付き合ったあと、JOKERは一人、腕にできた傷を眺めながら物思いに耽っていた。

 あれほど人に激昂されたのは、いつ以来だったか。

 本当に、いつ以来だろう。

 腕に巻きつけられた包帯はとても綺麗にまかれており、その下の皮膚や肉体はきちんと縫合されてある。

 しかし、包帯には少しばかり特有の緑色をした血液がこびり付いていた。

 不意に視界に入ったそれに、JOKERは自然と目を離すことができなかった。

 遠く昔の懐かしい記憶が、ぼんやりと頭の中に浮かび上がってきた。

 誰だったか、こんな風に手当てを何回もしてもらった気がする。

 どんな人だったかは、思い出すことはできなかったが。

 なんとか思い出そうとするが、どうにも頭に引っかかるものもなく、ただ傷を見つめるだけになってしまった。

 

 少しすると、パタパタという足音と共に、ひょこっと鈴仙が姿を現した。

 これから置き薬の営業に行くのか、薬箱を取りに来たようだ。

 すると、こちらに気付いたのか、不思議そうな顔で声をかけてきた。

 

 「JOKER、いったいどうしたんですか?」

 

 「……鈴仙か」

 

 「今日はお師匠様の手伝いの日じゃ……ってどうしたんですか、それ?」

 

 鈴仙は怪訝そうな目つきでJOKERの腕に巻きつけられた包帯に目を見た。

 本当にあったことを話すと、永琳と同じように面倒とになると思い、JOKERはとっさに真実とは別のことを話すことにした。

 

 「少しヘマをしてな、それ程酷いものでもない。 永琳からは、今日はもういいと追い出されてしまったがな」

 

 「それほどでもって、結構血でてるじゃないですか」

 

 「大丈夫だ。 永琳の治療のお陰で痛みはもうない。 それに、俺は傷の治りが速いからな」

 

 「……一応今日は屋敷で休んでいたらどうです?」

 

 「いや、今日はお前について行こう。 永琳の手伝いは終わったからな」

 

 立ち上がって、鈴仙について行こうとすると、鈴仙は少し慌てた様子でJOKERの肩を掴み座らせようとした。

 そして、強めの語気でJOKERに苦言を放った。

 

 「怪我をしているんですから、今日は休んだほうがいいですよ。 置き薬も別に私一人でも問題ありませんから」

 

 「心配する必要はない」

 

 そういうと、JOKERは綺麗に巻かれた包帯を丁寧に解き、傷口を鈴仙に見せた。

 鈴仙は差し出された腕を恐る恐る確認すると、永琳にされたと思われる縫合の跡はあるのに、そこには傷がまるでないことが分かった。

 その奇怪な光景に絶句している鈴仙を余所に、JOKERは置かれたままの薬箱を軽々と背負い込むのだった。

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 永遠亭を出てから、それ程の時間をおかずに人里に到着することができた。

 すると、JOKERと鈴仙は人里についてすぐに、謎に違和感に気が付いた。

 

 「鈴仙、何かおかしくないか?」

 

 「ええ……何と言いますか、活気がないと言いますか」

 

 JOKERはあまり人里に来てから日が浅いため、はっきりとは分からなかったが、営業回りのために人里によく足を運ぶ鈴仙は、その異変に気が付くことができた。

 人里全体に賑わいが足りていないのだ。

 いつもであれば、この時間帯はもっと人通りが多い通りも、今日は何故か以上に閑散としていた。

 

 「あとでハクタクの先生にでも聞いてみましょう」

 

 「ああ、そうだな……」

 

 「……どうしたんですか、なんだか様子が変ですよ?」

 

 突然JOKERが何かを探すように周りを見回し始めたのだ。

 それはまるで、何かに警戒をしているかのように鈴仙の目には映った。

 しかし、JOKERは「何でもない、気のせいだ」と言って、それ以降はだんまりを決め込んでしまったのだった。

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 「蝗の駆除……ですか」

 

 「ああ、前に大量発生してるといっただろう? それがついに里の食糧に被害を与えだしてな、村の若い奴らが駆除に向かったんだ」

 

 「それであんなに人通りが少なかったんですね」

 

 「結構な数らしくてな、相当の大人数でいかなければいけなくなったらしい。 私が直接見た覚えはないが」

 

 一通り置き薬の営業を終え、最後に慧音の寺子屋を訪ねた鈴仙は、人里の異変の原因を慧音に尋ねていた。

 どうやら、虫の被害のために駆除に向かったとの話らしい。

 しかし、鈴仙はどうにも理解できないことがあり、慧音に尋ねた。

 

 

 「私はよく知らないのですが、虫の農作物への被害はそれ程深刻なんですか? 実感がわかないんですが……」

 

 「いやいや、それは心外だな。 虫の、特に蝗というものは恐ろしいものだ。 その起源は……」

 

 「その起源は聖書、中国の古い歴史書に名が乗っていることから始まります」

 

 突然、慧音の話を遮る者が現れた。

 鈴の様な可愛らしい声と、子供らしい小さな躰を清楚な着物で包んだ少女は、慧音の話を遮ったまま蝗の解説を続けた。

 

 「蝗が大量発生した時は、そのあまりの数の多さゆえ通過地点の食物を食い荒らしてしまうのです。 聖書では『奈落の王 アバドン』と言う名を与えられ神格化しているほどです」

 

 「あ、あの~すみませんが、どちら様ですか?」

 

 「鈴仙は会うのは初めてだったか。 この娘は『稗田(ひだ) 阿求(あきゅう)』と言ってな、彼女はとある書物の編纂をしていてな。 私はそれを手伝っているんだ」

 

 「はじめまして。 稗田阿求といいます。 慧音先生にはいつも迷惑をかけてしまって、感謝してもしつくせませんよ」

 

 「そんなことはないさ。 私もこういうことに携わることができて嬉しいよ」

 

 二人で話を始めてしまったことに、若干の息苦しさを感じつつ、鈴仙は一つ咳払いをしてから、阿求に尋ねた。

 

 「ゴホン……ええと、稗田さん、でよかったですか? お尋ねしたいんですが、蝗についてお詳しいんですか?」

 

 「詳しいといいますか……私は、一度見たことは覚えてしまうんですよ。 だから単純に知識が豊富というだけです」

 

 「は、はぁ……で、蝗ってそんなに凄いんですか?」

 

 「はい、蝗が大量発生した場合、その体はよく見る緑色の体から、黒みがかった体に代わるんです。 この姿を群生態というのですが、そうなると新天地を探して集団での大移動を開始するんです。 その被害は凄まじく、中国では歴史の重要なファクターになったりしていますね。 『奈落の王 アバドン』もその被害の凄まじさから、五か月間の苦しみを与えるとも言われています」

 

 「そうなんですか……結構怖いんですね」

 

 「多勢に無勢とはそのことですね。 弱き者も集まれば脅威となる。 それは歴史のおいても証明されています」

 

 「なんにせよ、早急に手を打つ必要があるということだ。 手は掛かるだろうが」

 

 慧音がそう締めくくると、鈴仙は阿求がじぃっとどこかを見ていることに気が付いた。

 目線の先を確認すると、そこには屋敷の外で待っているJOKERの後ろ姿が見えた。

 

 「彼がどうかしたんですか?」

 

 そう鈴仙が尋ねると、阿求は慌てた様子で返答した。

 

 「いえ、見たこともない妖怪だと思いまして。 新しい現代の妖怪なのでしょうか?」

 

 「さぁ私も詳しいことは……彼自身、自分のことがよくわかっていないようですし」

 

 そう返すと、阿求は残念そうに顔をしかめたが、すぐに笑顔になった。

 

 「彼に、ここは素晴らしい住みやすい土地だと伝えてください。 私は今日の分の資料をまとめたいので」

 

 「おおそうか、なら私も手伝うことにしよう。 永遠亭の、すまないが今日はこれまでだ」

 

 「はい、質問に答えて頂いてありがとうございました。 これからも、どうかご贔屓に」

 

 慧音と阿求に別れを告げて、鈴仙は寺子屋を出た。

 帰りの道中、JOKERに阿求からの言伝を伝えたが、彼はただ黙ってばかりで落ち着きなくあたりを見回していた。

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 「そこのお二人さん。 少しいいかい?」

 

 鈴仙とJOKERは、人里を出るまであと少しというところで、声をかけられた。

 突然の呼びかけに動揺してしまった鈴仙であったが、最近身についてきた接客業での技術を用いて、笑顔で対応した。

 

 「あの~今声を掛けたのって、私たちにですか?」

 

 「そうそう、ちょっとこっちに来てくれませんか?」

 

 手招きをして2人を誘う男に、鈴仙は若干の疑問を感じたが、その様子を見て男は隣の提灯を指差した。

 そこには達筆な文字で『占い屋』と書かれていた。

 ようやく合点がいった鈴仙とJOKERは男に言われるまま男に歩み寄った。

 男の風貌は、バンダナで頭を覆い、異国のものと思われる民族衣装を身に纏っていた。

 鈴仙はその男の衣装を、昔何かの資料で読んだ記憶があった。

 確か、中東かアジア圏、チベットあたりの民族衣装だった。

 

 「君たち、実に面白いね。 面白い運命だ」

 

 「突然凄いこと言い出しますね。 せっかくなんで、占って頂けますか? そのために呼んだのでしょう?」

 

 「ああ、もちろん。 無料で構わないよ。 サービスってやつさ」

 

 占い師は人懐っこい笑みを浮かべて言うと、人差し指を立て、ゆっくりと目を閉じた。

 占いのことには乏しい鈴仙は、彼が何をしているのか分からず尋ねた。

 

 「何をしてるんですか? 見たことない占い方ですけど」

 

 「……風を読んでいるんだよ。 風はいろいろなことを知っている。 そう、たとえば」

 

 そう言うと、占い師は数瞬だけ黙り込んだ。

 そして間もなくして目を開くと、また顔に笑みを浮かべて答えた。

 

 「ウサギの君は……もうちょっと素直になったらどうだい? 自分から相手にはっきりとものを言うというのは大切だよ。 こと、友人関係に置いてはね」

 

 「す、凄いですね。 最近の私の悩み、分かるんですか?」

 

 「言ったろう? 風は何でも知っているって」

 

 そして、占い師はJOKERの方を向いて再び目を閉じた。

 その間、JOKERはただジッと占い師を見つめたままで、先ほどまでの挙動不審さは無くなっていた。

 鈴仙は、珍しい占いの方法だなぁと思いながら占いの様子をジッと見ていた。

 男は目を開き、JOKERを見て口を開いた。

 その表情は先ほどまでの陽気なものとは異なり、深刻そうなものとなった。

 

 「君には大きな試練が待っている。 それは知るためであり、与えられた最後の機会。 最後まで君の信じる道を進むといい」

 

 「……そうか、参考にしておこう。 ところで、お前は俺の素性を占ってはくれないのか?」

 

 そのJOKERの言葉に鈴仙はハッとした。

 先ほどのJOKERの占いの内容はよくわからなかったが、先程自分が言われたことは間違いなくJOKERとの関係のこと。

 それが分かるのであれば、JOKERの事も少しは分かるかもしれない。

 しかし、そのような期待は占い師の一言に退けられた。

 

 「知っていたとしても、私に教える気はない。 それは君自身が探すべき事柄だよ」

 

 「分かった。 すまなかったな」

 

 「そんなことはないよ。 じゃあ、また会えることを祈っているよ」

 

 そういうと男は店を畳んでサッサと何処かへ行ってしまった。

 JOKERも用はないと言わんばかりに一人で帰路に付き、鈴仙もそれに続くのだった。

 

 

 

    ♠×××

 

 

 

 「おーい! どれぐらい終わったんだー!」

 

 「こっちはまだまだ居やがる! 結構かかりそうだ!」

 

 人里の若者たちは、大量の虫を駆除するために、人里から少し離れたところに蝗が群生しているのを発見し、木酢液の散布を行うことにしたのだ。

 木酢液は精製が容易で農作物に被害を与えずに、虫を遠ざける作用がある。

 それを利用して、蝗を追い払おうと試みたのだ。

 あくまで一時的な対処ではあるが、少しでも人里への被害を抑えるための策であった。

 予想通りというべきか、大量の害虫相手に木酢液のみということに、不安を感じずにはいられなかった。

 

 「それでも結構な数は逃げ出してる! 何もしないよりはましだ! 手持ちの木酢液が切れるまでは頑張ろう!」

 

 「……ったく。 なんでこんなことに時間を費やさなきゃいけないんだか」

 

 一人の村人が愚痴を溢すと、近くにいた村人が聞いていたのか、その言葉に苦言を放った。

 

 「しょうがないだろ。 これも生活が懸かってることなんだ。 我慢しよう」

 

 「わかってるよ。 クソッこんな虫なんかのためになんで俺らが苦労しなきゃならねぇんだよ!」

 

 苛立ち始めた男は、近くで蠢いていた蝗を思いのままに踏みつぶそうとした。

 それを見ていたもう一人の男は、直前でそれをやめさせると、男に苛ついた視線を浴びせた。

 

 「おい、何もそこまでする必要もないだろう。 こいつ等だって別に意図してやってるわけじゃないだろ」

 

 「うるせぇ! むしゃくしゃすんだよ! だいたいなぁ……」

 

 

 

 ≪ギギギギッッッ……ガガガググゥゥ……≫

 

 「…………!」

 

 それは、突然の事だった。

 一瞬、その場にいた全員が、空気が凍ったような錯覚を覚えた。

 耳に突然届いたのは、耳障りな雑音。

 固いものを無理やり擦り付けるような、息苦しい音。

 しかし、一番の問題は音の大きさや、不快感などではない。

 最も原始的で、生物的恐怖を感じる理由が、彼らにはあったのだ。

 

 

 

 その不快な音は、彼らの真後ろから聞こえてきたのだ。

 

 彼らは、とっさに振り返ることができなかった。

 したくてもできなかったのだ。

 振り返った瞬間、自分は恐ろしい物を目撃してしまう。

 そう、本能的に感じ取ったのだ。

 彼らが体を強張らせ、恐怖に震えている間も、その音は聞こえてきた。

 いやむしろ次第に大きくなっている気さえした。

 わけのわからない恐怖に包まれながら身動きが取れない彼らは、ふと、あることに気が付いた、

 

 「蝗が……集まって来ている?」

 

 一人がそういうと、改めて全員の意識が足元の、加えて周囲の蝗達に向けられた。

 確かに、動いている。

 まるで何かに誘われているかのように、従っているように。

 大量の蝗がある一点に向かって、進んでいるのだ。

 足元を大量の蝗が飛び抜け、頭上を蝗が飛び退っていく。

 先程から妙な音を響かせている、彼らの真後ろに。

 

 「……あ、あ」

 

 体の震えが止まらない。

 全身から汗が滝のように流れ、体を急激に冷やしていく。

 口の中はカラカラに乾き、呼吸は乱れに乱れていた。

 しかし、体は恐怖の根源を確かめるためだろうか。

 彼らの恐怖心などまったく意に介することなく、後ろのなにか(・・・)を確かめようとしていた。

 知りたくないはずなのに、逃げ出したいはずなのに、彼らの体はゆっくりと、後ろを向き始めた。

 

 彼らは振り向く間、あることを感じていた。 

 

 それは、恐怖などというような陳腐な感情などではなかった。

 

 後ろにいた物を、目で、脳で、空気で、肌であらゆる感覚で認知した時、それは確固たるものとなった。

 

 目に飛び込んできたものは、大量の蝗の塊。

 

 それは、幾万もの蝗が集まってできた塊であった。

 

 そして、次第に、黒い蝗の塊は形を帯びていった。

 

 それはそう、人の形を(かたど)っていた。

 

 次の瞬間、それは叫んだ。

 

 

 

 ≪グギィィィイイイィイイイィイイ!!!≫

 

 叫びと共に、固まっていた蝗たちは飛び立った。

 

 そして、その中にいたものが、姿を現した。

 

 ≪ギガガガッッ……ギュギガアァアァア!!!≫

 

 全身を堅牢な甲殻で包み込んだ、蝗の化け物。

 

 それを見たときに、改めて彼らは自分達がどのような感情をその化け物に感じていたのか、改めて理解した。

 

 それは恐怖などといったものではなく……

 

 ―――― 畏怖(・・)というものだった ――――

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