東方不死剣   作:vangence

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CARD 漆

 時は逢魔が時。

 人里から少し離れた所の神社が一つ、粛々と佇んでいた。

 本殿の軒下で一人の少女が茶を啜っている。袖なしという型破りな巫女服を身にした彼女は、ただぼうとしながら茜色に染まる空を見上げていた。

 事実、彼女はここ博霊(はくれい)神社の巫女であった。

 

 今日一日の神事の勤め、加えて最近始めた修行を終えて一息ついているところであった。

 まったく風を感じることはないのだが、空で雲が滑るように忙しなく流れている。

 それを見て何を思うわけでもなく、湯呑に口を付ける。

 鳥も虫の鳴き声もなく、静かな時間が過ぎ去って行く。

 しかし、それは穏やかとは言えるものではなかった。

 なんとなく歪で、胸にしこりがあるような、そんな気持ちの悪い感覚を彼女は感じていた。

 始めは気のせいだろうと思っていたのだが、やはりどこか気持ちが据わらない。

 じっとしていることがもどかしく思えて、再び茶を口に含む。

 悪い茶葉ではないはずだが、少し渋みが強いような気がした。

 悪い予感というものは案外当たるもの、それは彼女自身の経験則からくるある種の予言のようなものであった。

 最近は面倒事が多すぎる。

 やれ紅い霧だ、春が来ない、満月にならない、最近では挙句の果てに大量に妖怪が暴れ出すなど起こった時には面倒極まりなかった。

 起きたことを思い返すと、なんだか騒がしい事ばかりだったと改めて思い知らされる。

 また似たことが起こるのだろうとなんとなく彼女自身も分かっていた。

 ふと、破天荒な友人の姿が脳裏をよぎる。

 正直な話、今回ばかりは魔理沙に任せてしまいたいと思わずにいられなかった。

 巫女としての役目とはいえ、荒事はとんでもなく疲れる。

 例え私が動かなかったとしても、好奇心旺盛な魔理沙の事である。

 今回の事も嗅ぎ付ければ言葉1つで首を突っ込んでくるのは明白であった。

 いや、もしかすればもう既に関わっているのかもしれない。

 再び空を見上げると、次第に空は橙色から血のような紅色に染まろうとしていた。

 どうしようもない不安を紛らわせようと口に茶を含むと、既にお茶は温くなり始めていた。

 

 

 

 「うわぁあああ!」

 

 何人もの絶叫が黒い野原の雑音を掻き消すように響き渡っていた。

 彼らは黒い地面を弱弱しくも必死に踏み締め逃げ惑う。

 その一歩一歩、草履の裏から感じるのはパキパキという枯れ枝を踏み折るかのような軽い抵抗の後に、ぐにゅりと柔らかいものを踏んでいるかのような不快感。

 しかし彼らはそれに意識を向けることなどできなかった。

 そのような(いとま)は彼らには無かったのだ。

 逃げなければ。

 理解の及ばない生物の本能とも言える直感が彼らの意識を、体を動かしていた。

 あの妖怪……いや、化け物から逃げなければ。

 

 「うわっ! ひっ、うえっ!」

 

 誰かが足をもつれさせたのだろうか。

 重いものが落ちるような音と共に、情けない嗚咽を漏らしているのが後ろから聞こえた。

 

 「っは! っは! だ、だすっけっ!」

 

 恐ろしさのあまりだろうか、まともに助けを求めることもできないのだろう。

 しかし、誰も彼の助けに耳を貸そうとはしない。

 皆命が惜しかったのだ。

 それと同時に気が付いていた。

 どれだけ逃げても、自分達は助からないということを。

 重低音の弦楽器を掻き鳴らすような重低音が彼らの回りに迫ってくる。

 その雑音の中、後方から液体の詰まった固いものを砕くような、吐き気を催すような音が聞こえたような気がした。

 一人、また一人と惨めな短い悲鳴を上げ、いなくなっていくことが解った。

 後ろから一際耳障りな重低音が聞こえてくる。

 まるで、嗤っているような、怒りに満ちているような、恐怖を掻き立てるような唸り声。

 次の瞬間、彼らは悟った。

 これからあと数瞬の後に、ここにいる全員が死ぬだろうと。

 奴は今まで自分たちが逃げ惑う姿を眺めていただけだったのだ。

 それが遂に飽きたのだろうか、今すぐ彼らの命を刈り取ろうと思い立ったのだろう。

 空気が爆ぜるような衝撃音が短く鳴ると、一人の体を鋭い槍の様なものが貫く。

 口からカエルの様な短い悲鳴を上げ、彼は糸の切れた人形の様に手足を力なく垂れ下がらせる。

 化け物は首を、動くことのない手を、足を、まるで解体でもするかのように千切り取っていく。

 つんと鼻につく、生臭い鉄の匂いが辺りを満たし、肉を掻き回す不快極まりない音が、彼らから生存本能を奪っていく。

 虐殺は続いていく。

 黒い地面を、血で彩りながら。

 

 

 

 突然、化け物の体が宙を舞った。

 辛うじて生き残っていた人々は何が起こったかを理解することができなかったが、化け物の体に光球が激突しその体を吹き飛ばしたのだ。

 槍の様に鋭い光球を受けた化け物は四肢を地面に付けて着地し、攻撃をした者へと黒い双眸を向けた。

 

 「少し派手にやり過ぎじゃないのか? 派手なのは嫌いじゃないが、これは見過ごせないな!」

 

 黒と白の衣服を身にまとった少女は、まるで魔女のように箒に跨り空に浮かんでいた。

 彼女は怒気を孕んだ視線を化け物に向けていた。

 蝗害の噂を聞きつけ興味本位で見に来ただけの彼女であったが、想像を超えた惨状を見てしまい止めずにはいられなかったのだ。

 怪物は足の節足をガチガチと鳴らし、威嚇している。

 どうやら彼女を次の獲物に定めたらしい。

 彼女としては、自分が時間を稼いでいるうちに里に人間に退避させることが最優先であった。

 とにかく今は倒す事よりも時間を稼ぐべきだろう。

 少女は精神を集中させ、イメージする。

 次の瞬間、鋭い弾幕が機関銃を掃射するかの如く化け物目掛けて襲い掛かった。

 化け物は素早く横に跳び弾幕を回避し、弾幕は地面に突き刺ささり土煙を上げるだけだった。

 直線での攻撃では見切られると悟った少女は、ばら撒くようにして弾幕を張る。

 化け物に逃げ道ができぬように放ったそれは次第に化け物を追い詰め、仕留める。

 はずであった。

 化け物は避けることをしなかった。

 弾幕が化け物を包み込み、弾幕の輝きと土煙で化け物の姿が見えなくなった。

 このチャンスを逃す手は無い。

 彼女はダメ押しといわんばかりに弾幕の雨を降り注がせる。

 仰々しい見た目とは裏腹に、案外防戦一方という戦況を見せる相手に、彼女は内心拍子抜けしていた。

 しかし次の瞬間、彼女は背後に途轍もない衝撃受けると共に、地面に叩き伏せられていた。

 

 「がはっ!」

 

 地面に叩き付けられた衝撃で、一気に肺の中の空気が絞り出された。

 すぐに体勢を立て直そうとするが、背中を踏みつけられる。

 まるで万力で固定されたかのように動くことができない。

 

 「くっ、このっ!」

 

 状況を打破するために背後に向かって滅茶苦茶に弾幕を放つ。

 

 「グギガァ!」

 

 化け物は怯んだようで、耳障りな唸り声と共に背中の圧迫感が消え少女は素早く落ちていた箒に跨り空へと舞い上がる。

 

 「へへっ、ざまぁみろ!」

 

 口から威勢を張るが、内心焦りを感じ始めていた。

 先ほど自分の攻撃を相手はとんでもない速さで回避していたのだろう。

 つまり彼女の攻撃をいともたやすく回避する手段を相手は持っているのだ。

 しかも彼女が視認できないレベルでだ。

 弾幕では恐らく相手に到達する前に避けられてしまうだろう。

 つまり相手が避けることができないほど早い攻撃を喰らわせる必要があるということだ。

 現状彼女ができるそのような攻撃手段は限られていた。

 化け物へと目を向けると、顔を抑えながら何かを殴りつけるように腕を振り回していた。

 先ほどの不意打ちは顔面に当たったようで、相手は視界が回復していないようである。

 相手に致命傷を与えるなら今しかない。

 素早く周囲を見回し、生き残りが遠くへ逃げたことを確認する。

 それは一般人を巻き込むことなく、本気の攻撃を行えることを示す。

 そう思う頃には彼女の体は既に攻撃準備を整えていた。

 彼女が構える手のひらには、六角形の小さな箱のような物が握られていた。

 短く息を吐いて意識を集中し、想像する。

 大きな力の奔流を一つに束ね、相手に全力で叩きつけるイメージを。

 口から零れるように、少女の口から言の葉が流れる。

 

 恋符「マスタースパーク」

 

 小さな箱が強烈な光を放つとともに巨大な光の塊が放たれる。

 強大なエネルギーによる着弾点の誤差を、その派手さからは想像もつかない程繊細な操作で調整する。

 光は大地を穿ち、怪物へと降り注いだ。

 

 「ガアアア!」

 

 耳障りな悲鳴を短く響かせ、怪物は光の濁流に飲み込まれた。

 しかし、光は容赦なく溢れ続ける。

 程なくして光は吐きつくしたかのようにか細くなっていき、光源を失った草原は夕闇へと閉ざされた。

 

 (―――― どうなった?)

 

 急激な視界の暗転によって少女の視界が制限され、目を鋭くし着弾点を凝視する。

 濃い土煙と既に日の光がなく、隠れた月によってもたらされる暗闇だけが見えた。

 緊迫した状況など知らないと撫でるように優しい風が吹き、豊かな少女の金髪と土煙が揺れる。

 揺らぐ土煙が霧散させられその中に少女は未だ立ち続ける影を見た。

 ふざけるなと言わんばかりに表情を歪ませ、周囲に弾幕を形成しようとする。

 しかし、その瞬間にはもう遅かった。

 もう目の前で化け物がその腕を振り上げていたのだから。

 脳内で考えることを放棄し本能的に跨っていた箒を後退させる。

 その次の瞬間、化け物の腕が振り下ろされ、直撃はせずとも生じた風圧は少女を吹き飛ばしその体は地面に放り出された。

 手前味噌な受け身をしほんの少しだけだが着地の衝撃を和らげ、上空の敵を視認する。

 闇夜の中に人型をしたものが薄ぼんやりと見え、それがこちらに近づいていた。

 素早く周囲を確認し、箒の場所を確認する。

 

 (あいつがここに着くが早いか、箒を取って逃げるが早いか……)

 

 そう考えた瞬間に少女は動き出していた。

 敵を妨害することも惜しみ、ただただ箒目掛けて駆ける。

 化け物の不快な羽音が近づくのを感じ、強く地面を踏みしめ足を蹴りだした。

 

 「うわっ!?」 

 

 だが、彼女が踏みしめた地面はまるで支えを失ったようにズルリと滑り、体勢を崩しながら地面に倒れ込んだ。

 瞬間、チクリと鋭い物が刺さったような加えてグニャリと何かを潰すかのような不快な感覚が彼女を襲った。

 

 「っつ……これは」

 

 彼女は地面に倒れ込んだのではない。

 地面に敷き詰められるように死んでいる蝗の上に倒れ込んだのだ。

 暗闇の中足元の注意を怠ったために、あたり一帯の状況を失念していたのだ。

 

 (箒は……あと少し……)

 

 不注意を悔いる暇はない、ただただ考えることなく周囲の状況を確認しなおす。

 しかし、そのつかの間の過ちさえすでに取り返しのつかない事態へと発展してしまっていた。

 化け物は確実に少女の元へと迫っていたのだ。

 背中から感じる不快感と心の奥底から湧き上がる畏れが彼女を襲っていた。

 

 (これじゃもう間に合わないか……なら)

 

 「小手先の技でってな!」

 

 倒れた体を翻し、とっさに六角形の小箱を取り出す。

 先程全力を出し切ってしまったが気休め程度にはなる。

 相手はとてつもない早さでこちらに向かっている、ならその直線上に攻撃をぶつける。

 残った力を全て注ぎ小箱から光が放たれる。

 真っ直ぐ化け物に光が駆け直撃する、はずだった。

 

 「何!?」

 

 咄嗟に少女の口から驚きの声が漏れた。

 こちらに向かっているスピードに加え、こちらの攻撃の速さからなる相対速度はとてつもないものだったはずだ。

 少なくとも少女自身は避けるとこはできない攻撃であり、相手を動揺させる間もなく確実に直撃させるつもりだった。

 だがその攻撃は相手の体の正面を掠めるように通り過ぎてしまったのだ。

 

 (こりゃ今回は相当マズイ……何?)

 

 そのまま突進するなりされると思っていた少女を尻目に、化け物は少女の頭上を通り過ぎた。

 一瞬茫然としたがつかの間、少女は相手の考えを察した。

 

 「やってくれるじゃないか、蝗のお化け」

 

 化け物は少女から少し離れた場所 ―――― 箒の傍らに着地し、そのまま箒を片手で拾い上げるとバキリと乾いた音とともに箒を中心から握り砕き破片が軽い音を立てて地面に落ちる。

 そのまま化け物はゆっくりと少女への振り返り、顎から乾いた唸り声を上げた。

 

 「正面きってのタイマンか……いつもはそんなキャラじゃないが、結構嫌いじゃないぜ、そういうのは!」

 

 少女も化け物へと向かい立ち上がり、目の前の化け物を睨む。

 その瞳には一切の揺らぎはなく、ある種の気高さすら持っていた。

 大きな黒の帽子の縁を掴み、今度こそ大地を踏み絞め威勢よく声を張る。

 

 「知謀百出に無理無体! 全て押し通してこその私、霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)だ! 覚えとけ!」

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