日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園。
長ったらしい正式名称をもつこの学園は日本で唯一、トゥインクルシリーズに出走するウマ娘専門の学校だ。
トゥインクルシリーズは全ウマ娘達の夢の舞台、レース後のウイニングライブでスポットライトを浴びることはウマ娘に産まれた者なら誰もが憧れ、目標とする場所。そのトゥインクルシリーズに出走するにはトレセン学園に在籍することが絶対条件だ。
学園は主にウマ娘に小中高程度の学問と、走る為に必要な身体能力を重点的に鍛えることを目的で、今や世界で脚光を浴びるトゥインクルシリーズに出場するため、多くのウマ娘達が勉学に励んでいた。
といってもこの学園が作られたのはほんの数年くらい前で、日本のトゥインクルシリーズも比較的日が浅く、ようやっと注目されはじめたに過ぎない。
世界から見ても、日本のトゥインクルシリーズはまたまだ発展途上国である。
「フフ~ん、今日は何を食べようかな」
ビュッフェに並んだ色とり取りの料理を前に舌鼓を打つ。
日本国内、津々浦々を探してもこんなに豪華なハイキングはお目にかからないだろう、しかも学園の食堂に限れば絶対に無いはずだ。
「今日はニンジンステーキにしようかな、勿論御飯は大盛りで」
一通りお昼御飯をお盆に乗せて、私は丸型の自由席に座る。
ふと、食堂に集まったウマ娘達から小さからぬ歓声が上がった。
(今日はやけに騒がしいな、何かあったっけ……)
妙に落ち着きない周囲のウマ娘達は、一同同じ場所を凝視していた。
(あ、そいや今日はあの日か)
皆の視線の先には壁に設置された大画面テレビ、映像には東京レース場の
そう、ウマ娘達の夢の舞台・トゥインクルシリーズでも特に格式高い大レース。一生に一度しか出場出来ないクラシック三冠レースで最も権威のあるレースが今日、東京レース場で行われていた。
『第三十回、東京優駿日本ダービー! 最後のコーナーに入って参りました!!』
テレビのスピーカーからも、食堂のあちこちからも大声援がこだまする。
ダービーは云わば最強ウマ娘決定戦。
まだメイクデビューも済ませてない私の同期や後輩も、既にダービー出走権を失った先輩方も、料理を作ってるおばちゃんや用務員さんでさえ、学園関係者全員が食い入るように画面を見詰めていた。
『二番人気のグレートヨルカはインコースの七、八番手を追走しております!! 一番人気のメイズイが先頭!! 最後の直線に入りました!!!』
「「「おぉぉぉおおおおおッッッ!!!」」」
ダービーもクライマックス、場内のボルテージは最高潮だ。
かくゆう私も初めは見る気もなかったレースなのに、気付けば食べるのを忘れてダービーに魅せられていた。
『メイズイ先頭! 後続をグーンと突き放しております!! 二番手ようやくグレートヨルカですが、この差は縮まりそうにありません!!』
ゴール前、食堂内は割れんばかりの声援から何とも言えぬどよめきに変わった。
『メイズイ一着でゴールイン!! 圧勝です!! 二着はグレートヨルカが入選! 第三十代日本ダービーウマ娘はメイズイです!!』
栄光のゴール。
第三十回日本ダービーは、メイズイ先輩の見事な逃げ切りで幕を閉じた。そして、その走りに食堂が騒然となる。
「なに、あの着差……っ!?」
「ハイペースで走ってたのに、グレート先輩が差を詰めれないなんて……」
「ちょっとメイズイ先輩……強すぎない……?」
レース後、メイズイ先輩が集まった観客に笑顔で大手を振る最中、学園は異様な空気に包まれていた。
メイズイ先輩はハイペースで逃げてダービーレコードを一秒近く更新、二着に入ったライバルのグレートヨルカ先輩を七馬身も置き去りにしてしまったのだ。
なにより、メイズイ先輩はダービーと同じくクラシックレースの皐月賞を勝っており、この勝利でクラシック二冠目、秋の菊花賞を制すれば史上二頭目となる三冠ウマ娘の誕生だ。
「強いな、メイズイ先輩」
新緑のターフの上に立ち艶やかな黄金の髪を靡かせ、ウイニングランを行うメイズイ先輩はまさしくトゥインクルシリーズのトップに君臨する名選手。
冷めきった性格の私でさえ、画面に映るメイズイ先輩の姿は心に来るものがあった。
「ま、来年はあの場所に私がいるんだけどね」
メイズイ先輩の華々しい走りを見終えた私はテレビから眼を反らし、料理に視線を移した。すると──
「あら、今の台詞は聞き間違いでしょうか、シンザン??」
「……うっ、その声は」
ステーキにナイフを入れた瞬間、背後からイヤな声が聞こえた。
声の主に振り向けば案の定というか、梅花のかんざしを髪に差したウマ娘が私を見下していた。
「ワタクシを差し置いてダービーを勝つだなんて、随分と自信過剰でありませんこと?」
「なんだよウメ、人の食事中に、しかも人の呟きを盗み聞きなんて性格悪いぞ」
「なっっ!? 誰が性悪女ですか!!」
「いや、そこまで言ってないから……」
無駄に声高くキーキー喚く彼女の名はウメノチカラ。私の同級生でなにかと食って掛かるめんどくさい女だ。
「たく、今度は何の用だよ」
「特に用はありませんわ。ただ、通りすがりに貴方の戯れ言が聞こえたもので」
「戯れ言って、事実を言っちゃダメなのか?」
「事実? ふふふ、相変わらず冗談がお上手ですね、シンザン」
ウメノチカラ(長いから次から『ウメ』って呼ぶ)は断りもなく私の隣に座る。
「聞きましたわよ、今日も模擬レースでまた最下位だったようですね? そんな体たらくでダービーを、模擬レース三勝のワタクシに勝てるだなんて、本気で思ってますの??」
「私は練習で本気出さない主義なの、大体練習とかダルいだけだし」
「と言いつつ、本当は追い付けないだけでは? 貴方が勝ったシーンを今まで見たことないですから」
ウメが高飛車なお嬢様みたく口許を掌で覆って嘲笑する。
「ハイハイ、私の勝つところなんてデビュー戦が始まったら嫌と言うほどに見せつけてやるよーだ」
「それはそれは、楽しみにしてますわよ」
ウメの嘲りを軽くあしらうと、彼女は座ったばかりの席を立って何処かに行ってしまった。私に嫌味を言うためだけにわざわざ座ったのかよ、変な奴だな。
「それはそうと邪魔物も居なくなったことだし、頂きまぁ……!」
「ここに居たのか! やっと見つけたぞシンザンッ!!」
「むぐぅ……っ! と、トレーナー!?」
ウメが居なくなった途端、今度はしかめっ面のトレーナーが現れた。
次から次へと、いい加減昼飯を食べさせてくれってんだよぉ!!
「話の途中でいなくなりやがって、今度こそ真面目に聞いてもらうからな」
「な、なんだよもー! 話なら放課後のミーティングで良いじゃんかよ。今は大事な昼飯だってのにさー!」
「…………あのな、シンザン。これはガチで大事な話なんだ、食べながらでも良いから聞いてくれないか?」
真剣な面持ちで向かい側の席に腰掛けるトレーナー、この顔は希に見るガチでマジな顔だ。
「お、おう……は、話ってなんだよ」
「実は、最近になって俺にもモテ期が来たみたいでよく生徒達に告白されるんだ、どうしたらいい?」
「知るかっっっ! 消え失せろ不純異性交遊!!」
少しでも話を聞こうとした私がバカだった、
「まー待て待て、今のは軽い冗談なんだ、本題は別にある」
「たくっ、次ふざけたこと言ったら蹄鉄付き顔面後ろ蹴りだからな」
「ぜ、善処しよう……」
トレーナーが最もらしく「ゴホン」と咳払いをして指を組んだ。
「お前さっきの模擬レースで最下位だったろ、しかも、六日間の模擬レース中五回連続で最下位のおまけ付きで」
「またその事か、何度も言うけど私は練習は嫌いなの、本番になったら本気出すからさ」
「いや、このままだとお前に本番は無いんだよ」
「………………え? それってどういう──」
「はいここでシンザン君に問題だ! 日本トゥインクルシリーズ施行規定・第七章『出走ウマ娘』の項目から出題しまーす!!」
「は、はい……?」
唐突に始まった謎クイズ、ポカンとする私に構うことなくトレーナーが続ける。
「この項目の第八十一条には何と書かれているでしょうか? 回答者のシンザンさん! お答えください」
「えーと……八十一条は確か『トレーナーは勝つ気のないウマ娘をレースに出走させてはいけない』だったよな…………」
「ピンポーン!! 流石筆記テストは優秀なシンザン君! まぁ正確には『競争に勝利を得る意思のないウマ娘は出走してはいけない』だけどな」
う、トレーナーの言おうとしてること何となく察してしまった……。
「わ、私はレースに出たら勝つつもりだからギリギリセーフだって──」
「いーやアウト。例え本人がやる気でも周りが真面目に走ってるように見えてないんじゃ、トレーナーとしてレースに出せません」
「……冗談、だよな?」
「俺は至って真面目だぞ、真面目に走らないウマ娘をデビューさせるほど、俺は甘くないからな」
「そ、そんな……」
まさに青天の霹靂。
トゥインクルシリーズに出場するにはウマ娘を監督するトレーナーのゴーサインが必要で、ウマ娘だけでは出走登録が受理されない。
ダービーを勝つどころかデビュー戦すら出れないなんて、それだけは絶対に駄目だ!
「と、トレーナー様、そこを何とかお願いします、私、どうしてもレースに出走したいんです」
私は身を乗りだしてすがるように頭を下げる、トレーナーに頭を垂れるなんて屈辱だが、今は形振り構ってられない。
テーブルに頭を擦り付ける私を見て、トレーナーが不敵に笑った。
「フッフッフ、やっと素直になったか。幸い、模擬レースは最終日が残ってるんだ、そのレースで結果を出したら出走を考えても良い」
「ほ、本当に!?」
「あぁ『ちゃんと結果を出したら』だけどな」
「出す出す! 結果出すから! 任せてくれよトレーナー!!」
こうなりゃあ明日の模擬レース、絶対に一着で勝ってやる! 絶対にだよっ!!
「お前の本気、今のアイツにどれだけ迫れるのか楽しみにしてるぞ、シンザン」
「ん、何か言った? トレーナー??」
「いんや、なんでもないよ」
トレーナーは不安やら期待やらが入り交じった表情を浮かべて、私に優しく微笑んだ。