1.「出会い」
薄暗い。周りには何もなく、ひとりのヒトが私の前に立っている。
足元からのぼんやりとしたアカリを頼りに、私はそのヒトを見つめる。
目を凝らしても、性別や容姿は把握できない。
手を伸ばせば届く距離なのに……。
あぁ、またこの夢か。
――こんにちは。君をずっと探していたんだ。
そう言って、見知らぬそのヒトは笑った。
(1)
私がカルデアに来て、暫くたったある日から、そんな奇妙な夢をみるようになった。
その夢を見たとき、大抵私の頬は涙に濡れている。
きっととても大切な何かなのだろうが、私には全く記憶にない場面なのだ。
「ほんと、変な夢……」
毎日見るわけでもなく、不定期に起こるその現象について、カルデアの英霊たちに聞いてもわかるものはおらず・・・。
ロマ二医師もお手上げだったし、現状維持のまま、おかしな夢の問題は放置されていた。
いつか精神に詳しい英霊が召喚された時にでも見てもらおう。特に困っているわけでもないし。その程度の認識だったのだ。
(2)
「やぁやぁ、マスター君。調子はどうかね?」
部屋を出た私に背後から声がかかった。
振りかえると、ド派手な衣服にスラリとした体躯を誇る美女が立っている。
「げっ、ダ・ヴィンチさん……!」
満面の笑みを浮かべながら近ずいてくるのは、カルデア技術局名誉顧問にして稀代の天才ダ・ヴィンチその人であった。
現在は、英霊として現世に止まり、カルデアを支える一角を担ってくれている。
英霊とは、人智を超え、その存在が信仰となり、世界に召し上げられた存在だ。
本来であれば、人間でありながら精霊の域まで至った人類の到達点とでもいうべきなのだが……。
「ノンノン、私のことはダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえよ」
そんな稀代の天才は、なぜかあっけらかんと、満面の笑みを崩さずにずんずんと近づいてくる。
い、嫌な予感がする……。
「なんだいマスター君。なにかお困りのご様子ではないか!」
話が唐突すぎる。私は明らかに危険な香りを感じた。
「いえ、別に困ってないです。問題ないです。はい!」
そう言いながら、私は振り返ってダッシュを決め込む。
それよりも早く、ダ・ヴィンチの手が私の肩をおさえていた。
「いやいや、なんだか同じ様な夢を定期的に繰り返し見ているような。でも、実害はないし、そのうち精神に詳しい英霊が召喚できた時にでも聞いてみようかなー。みたいな顔をしているじゃないか!」
振りかえると満面の笑みどころか、すごく欲しかったオモチャを目の前にした子供のように、目をキラキラさせたダ・ヴィンチがいた。
そう、この稀代の天才には一つ大きな難点があるのだ。
自分の知的好奇心を刺激する事象が起こった場合、その関係者がどんなに泣こうが喚こうが自分が満足するまで研究し尽くすという悪癖が。
故に、積極的にダ・ヴィンチに関わっていくようなカルデア関係者は皆無であり、私もこの好奇心モードのダ・ヴィンチを苦手としていた。
「先ほどロマン君から君の夢見の話を聞いてね! 今日は大切な英霊召喚の日だ、何か君に大事があったら大変だと不肖ながら私がこうして駆けつけたというわけさ。ささ、急ぎ原因の解明をしようではないか」
そう言って、私の首根っこを掴み自分の工房の方へ引きずっていこうとする。
「待ってください。あと1時間くらいしたら召喚の儀式が始まっちゃいます。ダ・ヴィンチさんに付き合ってる時間はないんです!いーやー!」
「そんなに暴れなくたって、別に解体しようってんじゃないさ。……お姉さんとイイコトしましょ?」
「いやー!そもそもダ・ヴィンチさん男じゃない!?きゃー、人さらいー!」
じたばたともがく私を、しかし、平然と引きずっていく。
人智を超え、世界と契約した英霊にとって私のような訓練を積んだわけでもない人間一人を運ぶことなど造作もないことなのだろう。
無人の廊下に私の悲鳴だけが響く。
「先輩!?」
いや、無人ではなかった。私たちめがけて走りよる姿が、そこにはあった。
ダ・ヴィンチと比べると若干小柄だが、幼い顔立ちを薄桃色の髪で隠した白衣姿の少女。
私を先輩と呼び慕ってくれる後輩。デミ・サーヴァントにしてシールダーのクラスを持つ、マシュ・キリエライト。
「わー、マシュー!」
すでに若干涙目だった私は、頼れる後輩に威厳もなにもかなぐり捨てて助けを求める。
「全く……。お二人は何を遊んでいるんですか?そろそろ召喚の時間ですよ。準備もあるんですから、早く部屋に来てください」
「うむ、マシュ。その件なのだけれどね。すこし、マスター君は調子が悪いようなのだよ。私が精密検査をして、安全が確認出来次第、召喚の儀式を始めよう。少し儀式は遅れるとロマ二君に伝えておいてはくれないかな?」
呆れるマシュにダ・ヴィンチはさらりと嘯く。
「それは出来ません。儀式の時間は正確に指定されていますし、第一、先輩に体調不良はありません。外的要素から発熱等の所見は見受けませんし、先輩の体調管理は私がしっかりやっています。食事の栄養バランスから睡眠時間までしっかり!昨日も定時には寝かしつけが完了しています」
「……マスター君。君は後輩にそんなことまで任せているのかい?」
とても冷たい目線が私に降り注ぐ。
「ち、違います!昨日はマシュと二人で部屋でお話ししてて、気がついたら寝ちゃってたんです!……身の回りのことくらい自分で出来ます!」
弁解するが、信用されていない様子。
「そうです。先輩はしっかりしてます。うっかりなところが出てしまう時もありますが、そこが先輩の可愛いところなんです!」
「いや、それ援護になってないよ!?それに話が凄い勢いで別方向に入ってるからね!?」
恥ずかしさのあまり顔を隠すが、耳まで真っ赤でバレバレである。
「そうでした。今日は先輩にとってとても大切な人の召喚に臨む日。急がないといけません」
「おっと、そうはいかないよ、マシュ君。マスター君はこれから我が工房へ行くもだからね」
思い出したようにマシュが落ち着き払って言う。私の手を取り、祭儀場へと向かおうとする。
それに対して、ダ・ヴィンチも負けじと首根っこを引っ張る。
結果、どんどんと服が首を締め付ける状態になるが、二人は興奮しているのか気付かない。
――あ、ちょ、これまずいんですけど……。
そんな声は、ついに現界することなく、私はあっさりと自分の意識を手放すことになった。
(3)
特異点F AD:2004 炎上汚染都市 冬木
聖杯戦争の舞台となった街。落ち着いた雰囲気だった街並みは消え失せ、全てが赤く燃えさかる世界。
そこで、私は彼と出会った。
魔術師として未熟な私と、デミ・サーヴァントとして成立したばかりのマシュ。
未熟なサーヴァントと無力なマスター。現れた敵が使い魔ではなくサーヴァントであったならば、あの時点で私たちは二人ともこの世から消えていただろう。そんな私たち二人を導いてくれたのが彼だった。
「仮契約だが、これで君はオレのマスターだ。よろしく頼むよ。」
そう言って、彼は優しく私の頭を撫でてくれた。
短い間だけれど、私は彼の元で魔術を学んだ。
「マスター、ルーンなんて古い魔術はやめておきたまえ、現代魔術の方が利便性も威力も上だ。わざわざ茨の道を歩む必要もないだろう」
そうあやす彼に
「でも、私、キャスターと同じ魔術が使いたい」
そう言って、私は彼を困らせた。
結局根負けした彼は、しかし、親身になってルーンを教えてくれた
激動の戦場において、私は彼の横顔を見ているだけで安らかな気持ちになれた。
マシュの訓練も進み、数日のうちに聖杯の守護者は打倒された。
私たちを導き、そして狂った聖杯戦争に幕を引き、それに満足して消えていった。
キャスター:クー・フーリン
聖杯戦争の終結によって訪れた別れ。
泣きじゃくる私の頭を撫でながら、彼は言った。
「マスターはまだ未熟かもしれないが、才能がある。いつか立派な魔術師となって、オレを呼び出してくれ。そうすればまた会える。暫しの別れだ。楽しかったよ。私の……」
その時、私は「待って」と、それしか言えなかった。「いつか必ず」そう、言いたかった。
「立派な魔術師になります」と、そう言いたかった。
――あなたにもう一度会えるように、と。
(4)
「……ぱい!……んぱい!!」
唐突に呼ばれるような感覚に襲われる。
意識が急速に浮上する感覚。
目を開ける。見覚えのある天井と、私を覗き込む面々たち。
「先輩!よかった……。あの騒動の中、気を失われしまって」
「いやはや、魔力強化のない人間の耐久性を失念していたよ。すまないね」
すまなそうな顔のマシュとあっけらかんとしたダ・ヴィンチ。
そこに温厚さがカタチになったような声が聞こえてきた。
私は笑顔で二人に答えながら、悟られないように目元を拭う。幸い、涙の跡はなかった。
「二人とも、はしゃぐのはかまわないけど、マスターちゃんのことも気にしてあげてくれよ。彼女は現状、世界を救うことができる唯一の存在なんだからね」
そう会話に入ってきたのは、ロマ二・アーキマン。歳は三十歳だが、実年齢よりずいぶんと幼く見える。髪を後ろ手に縛り、温厚そうな笑顔をみせるカルデア所属の医師。長いので、周りからはDr.ロマンと呼ばれていた。
「私は大丈夫ですよ。ご心配をおかけしてごめんなさい」
そう言って、私は立ち上がる。
薄暗い部屋の四角には蝋燭。魔力的な補佐を行う宝石も散りばめられていた。
数歩前には特殊な触媒で描かれた魔法陣が薄緑に明滅していた。
祭儀場。様々な功績をあげ、その存在が信仰となり、世界と契約するまでに至った英雄たち。彼ら英霊を召喚するための特殊な部屋である。
「準備は整っているよ。マスターちゃんが問題なければ、いつでも召喚の儀は行える」
頷き、私は時計を覗き見る。08:50。
部屋を出たのが8:00過ぎだから、数十分は昏睡していたことになる。
外世界が実質的に滅んだとされているため、時間という概念も曖昧だが。しかし、ロマ二曰く、時間とは人間の意識の産物であり、共有する人がいなくなればカレンダーや時計など意味を持たないという考え方もあるが、世界そのものも時間という概念を保有しているという。英霊や守護者という抑止力を相手にする場合、時間の正確さは大切な要素なのだそうだ。
この時計も時間という概念を抽出した概念武装で、時計の針が狂うことはないらしい。眼鏡の人形師が作ってくれたと言っていたが、カルデアにそんな人はいなかった気がする。
「9:00に召喚の儀を行います。狙うは英霊、キャスター:クー・フーリン。サポート、よろしくお願いします」
召喚には、特殊な石と魔術を用いる。特定のサーヴァントを呼び出したいならばその英雄に所縁のある触媒を用いると召喚しやすい。しかし、触媒がない場合は召喚師に性格や属性に共鳴するサーヴァントが召喚される。過去の召喚には、特定の祈りを捧げるものやケータイの待ち受けを特定の人物にする。時間を固定するなど、様々な方法が検討されたようだ。私は、決まった時間に召喚を行っている。なんとなくなのだが、そのしっくりくるのだ。ロマ二も感覚が大切だと言ってくれている。
冬木のあとから、私は英霊召喚が出来なくなっていた。儀式中に意識を失うこともあり、毎回召喚に失敗してしまうのだ。
失敗するとサーヴァントは呼び出しに応じず、貴重な契約の石を失う。現在、外世界が滅んだ状態で無駄な消費を避けたい私たちは、一か八かではなく、私とマシュの師匠であったキャスター:クー・フーリンを狙う作戦を立てたのである。
実際に彼と会ったことのあるマシュと私。会話したことのあるロマンの3人のイメージを一体化させて彼に直接呼びかけ、召喚しようというのだ。名付けて、サーヴァント一本釣り作戦!とロマ二は言っていたが、ブーイングの嵐だった。
どんな方法でも私は構わなかった。彼にまた会えるなら、また、修行の日々が再開できるなら。
「時間です。始めます!」
魔法陣の中心で、詠唱を開始する。
「――――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
私を中心に颶風が巻き起こる。
四角の蝋燭の炎が強くなる。明滅は激しさを増し、魔力を使い果たした石が割れていく。
私は彼を思い出す。
初めてルーン魔術が使えた時、褒めてくれた。ともに戦場を駆け抜けた。笑いあい、悲しんだ。別れ際の手のひらの温もり。
――また会おうと、そう笑った彼を。
颶風は激しさの頂点に達し、息を吸うのも困難なほどに部屋を駆け抜ける。
蝋燭の炎は雷へと性質を変え、部屋の四角をガリガリと削っていた。
残っていた魔石が一斉に割れ、一瞬の静寂。
突然、部屋の中心に煌々と光を放つ光球が生じた。
生じた光球は 1人でに弾け、部屋中を衝撃が襲う。
光球があった場所には人影が1人。
「サーヴァント反応確認。成功のようだね!」
遠くからダ・ヴィンチちゃんの声がする。
――あぁ、やった……。そんなことを私はぼんやりと思った。
数日連続して徹夜したような疲労感が体を包んでいた。
毎回、魔力石の補助があるとはいえ、英霊召喚は非常に体力を使う。召喚後は立つのも困難になる事も多い。意識を失った際には一週間ほど意識が戻らないこともあったそうだ。
今回は成功。久しく成功しなかった英霊召喚。目の前には人影。足元しかみえない。随分と背が高いと思ったが、知らぬ間に私は床に倒れ込んでいたらしい。
私はうまく動かない体を引きずって、その人影に近ずいていく。
あと少し、数歩の距離が遠い。人影もこちらに気付き、軽い足取りで近付いてくる。
彼へと、必死に手を伸ばす。あの温もりを求めるように。彼の手が伸びてくる。
優しく私を撫でてくれたぬくもりを私は思い出す。――がっ、とおもむろに襟首をつかまれ、私の体は宙に浮いた。
「え……!?」
「なんだぁ?随分とちんまい嬢ちゃんに召喚にされちまったなぁ」
スラリと伸びた体にゆるめのローブを纏い、空いた手にはドルイドの杖。杖の先端には宝石。専用のルーンが刻まれ、轟々たる魔力の片鱗を見せつけるが如く、七色に輝いている。
服装は全く一緒だ。しかし、この違和感はなんだろう。
男は私を持ち上げたまま、覗き込むように顔を近づけてくる。
あの瞳だ。顔も同じ。ただ、慈愛に満ちていた優しい瞳は曇り、目つきは人睨みしただけで一般人を殺せそうなほどするどい。微笑みを絶やさなかった表情はガラの悪さを強調するかのように不機嫌極まりないといった様子に歪んでいた。
彼とまるきり同じ顔だが、端的に言ってガラの悪いヤクザのような様相の男がそこにいた。
「おいおい、ちゃんと食ってんのかよ。ガリガリのヨボヨボで魔力なんてカケラも残ってねぇじゃねーか」
ひょいひょいと体の隅々を見定めるように私を振りまわす。さながら幼児に振り回される人形の如く。
「ちょ、ちょっと、なんですか!? 降ろしてください!!」
「おっと、悪りぃな」
大して悪いとも思っていなそうな詫びを入れ、彼は私を地面に下ろした。
身なりを整えてから目の前のサーヴァントに目を向ける。
私よりも頭二つ分以上は高いだろうか、相対すると見上げる形になった。
確かに顔の作りは彼と瓜二つだ。服装や装備からしてキャスタークラスであると思われる。しかし、この纏う雰囲気の違いは何なのだろう。
同一個体でありながら、年齢や思想の異なるサーヴァントが召喚されたこともあると聞いたことがある。もしかして、目の前の彼もまたそのようなサーヴァントなのだろうか。
「さっきからジロジロとなんだよ。お嬢ちゃんが俺を呼んだんじゃねぇのか?」
彼は背の低い私を見下ろしながら不機嫌そうな様子で声をかけてきた。
気づかぬまま、わたしは暫くの間、ジロジロと彼をねめつけていたらしい。
「ごめんなさい、そういうわけじゃなくて……」
そう答える私を遮り彼は続けた。
「まぁ、どうでもいい。魔力供給源はお嬢ちゃんになってるのはわかってるからな。とりあえず、確認しとくぜ。お嬢ちゃん、あんたが俺のマスターか?」
先ほどまでの不機嫌そうな目つきではなく、鋭くまるで研ぎ澄まされた刀のような視線。
どんな風態だろうと相手は人々の信仰となるほどの人類の極致。その圧力に圧倒される。
私はその目線に、気付かず一歩下がっていた。カツン、と響いた自分の足音で自分が一歩引いていたことを自覚する。
――ダメだ。下がっちゃ……。
ここで契約を成立を成立させなければ私たちに次はないのだから。
佇まいを直す。気付かれぬように心を落ち着けてから、私は何度も練習したセリフを口にした。
「そうです。私があなたのマスター。サーヴァント、クラスキャスター:クー・フーリン。ようこそ、人理継続保障機関フィニス・カルデアへ。私はずっとあなたを探していました。」
これが、私と彼との二度目の出会いだった。