世界のすみっこにふたりぼっち   作:逢坂 要

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※この小説は、実際のキャラの口調や性格と違う点がある場合がございます。ご注意下さい。


世界のすみっこにふたりぼっち 02

2.「目覚め」

 

(1)

 

 ――ここにはなにもない。触れた感覚も。上も下も。自分が今立っているのか、寝転んでいるのか。まるで水の中に浮かんでいるような感覚。しかし、そこには水の感覚などありはしない。そう、ここは何もかもが不明瞭だ。

 

 英雄として世界へと召し上げられ、人間の極致に至った末路がこんな辺鄙な場所とは。

 

確かにここで知り得ないことはないだろう。望みさえすれば、過去から未来、すべての知識がここにはある。しかし、他者に与えられた知識に何の意味があるというのか。そもそも他者に頼るようなやつはこんな辺鄙な場所には来ないだろう。きっとここに来るようなヤツは皆、そこに何の意味も見出さない種の者たちなのだろうなとぼんやり考える。

 

誰だって人間として死ぬに越したことはない。わざわざ世界へと召し上げられ、英雄なんぞと祭り上げる。偶像崇拝にも似た信仰の対象となり、時に闘争を煽る文句に使われるなど、普通の人間には御免だろう。

 

 暇を持て余す俺は、またまどろみへと落ちていく。ここにはなにもない。だからこそ、ここには何でもあるのだろう。過去と未来すべての記憶がここにある。つまりは自分が出会うであろう、または出会ったであろうと言い換えてもいい記憶が。ここには時間という概念がない。過去も未来もすべて均等だ。過去あった闘争も、未来に起こるであろう戦争もすべて知識としてここにある。実感としては全くないが。まるで途方もなく分厚い自分の記録を持たされているようなものだ。しかし、運命はうつろいやすい。内容は常に変化していく。そんなものに思いを巡らすのも時間の無駄だ。

 

 結局、確実なのは自分の過去の記憶。自分がここに至ることとなった長い道のりの記憶だけだ。まどろみの中、自分の過去を思い出す。出会った友、亡くした人たち、自らが殺めた者たちを、守れなかった者たちのことを。

 

 ちくりと、胸が痛んだ。いつか自分を慕ってくれた誰かの面影が、微かに脳裏を掠める。思い出そうとすればするほど、その面影はぼんやりと消えていく。いつかの夢の内容を思い出そうとするような感覚。俺はイライラしながらその記憶を呼び起そうと記憶の海を潜っていく。

 

 ――その時、僅かばかり、ほんの僅かだが、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 

 召喚の呼びかけ。まぁ、こんなところで暇してるよりマシか。

 

 俺に縁のある触媒などは使っていないのだろう、ほんのささやかな呼びかけ。拒否することも可能なほどの弱い縁だった。しかし、なんとなく、この呼びかけに応えれば、先ほどの記憶の誰かを思い出せるような、そんな気がした。

 

「そんじゃま、行きますかね。」

 

 オレはまどろみからの覚醒を決めた。

 

 

(2)

 

 目をあける。

 

 現状を確認。今回はキャスターとしての呼ばれたようだ。いつもと変わらないドルイドの杖が手に馴染んでいた。出来ればランサーが良かったがな……。

 

 ルーンは正直分が悪いのだ、この手の闘いには。まぁ、嘆いても仕方ないが。

 

 視線を周囲へと向ける。どうやら狭い個室のようだ。四辺に蝋燭、床には薄緑の明滅する魔方陣。砕けた宝石が光を反射してまるでイルミネーションの如く部屋をほのかに照らしていた。オレは心中で感嘆する。思いの外、簡素な祭壇だ。自分で言うのもなんだが、人類の極致に至った英雄を召喚するのにはそれなりの準備というものが必要になる。特別なパスがあるか、才能がない限り、こんな何もない祭壇で英霊召喚など常識はずれもいいところだ。しかし、現に俺はここに召喚された。魔方陣と宝石の補助も計算し尽くされ、マスターの召喚を徹底的にサポートするよう作りこまれているようだ。

 

 オレを召喚したマスターは余程の手練れか。狂人か。こいつは面白くなりそうだ。心中で笑みを浮かべながら、俺は魔力の流れを確認する。

 

パスは通じているようだ、随分と薄い魔力の流れ。魔力は、目の前で床に這いつくばるようにして動かない影に繋がっていた。他にも数人、近くにいるようだ。サーヴァントらしき気配もあるが、襲ってくる様子はない。

 

 召喚で疲弊したのだろう、動きが鈍い。まぁ、よくある事だ。こんな祭壇で召喚に成功しただけでも見る目はある。こちらから近づこうと思っていると、影はズリズリと地面を這って近づいてくる。

 

 ――おいおい、気合い入ってんな・・・。まぁ、確かにここで舐められるとマスターとして示しがつかないか。

 

 思案し、オレは影が近くまで待つ事にした。それほど長い時間もかかるまい。しかし、数メートルとない距離を、影は随分と時間をかけて這ってくる。気が短いオレは、数歩自分から近くことにした。そして、その影の正体を見て驚愕する。

 

少女だ。どうみても二十歳にはいっていないだろう、オレンジ色の髪が目をひく。疲弊した姿は痛々しい。

 

 前言撤回、こいつは厄介なやつに召喚されたようだ。契約を破棄して帰るか。その方がいいだろう。面倒くさいことに巻き込まれる気がする。無理難題は大歓迎だが、面倒くさいのはご勘弁だ。そう思案していると、彼女が手を伸ばしてきた。顔を上げる。その顔を見た時、召喚前に感じていた胸の痛みを数倍にしたような感覚がオレを襲った。

 

 見知らぬ顔。会った事はないはずだ。他人の空似というやつか?

 顔を近くで見るため、オレは彼女の襟首を掴んで持ち上げた。しげしげと顔を見ても何も思い出せない。身体のどこを見ても脳裏に何も出てこない。なんだ、この感覚……。

 

まるで小動物のように、なすがままにされていた彼女が暴れ始めたので、オレは彼女を床に降ろすことにした。間違いなく目の前の彼女がマスターだろう。魔力のつながりが感知できる。それ以外には感知できない。特別な魔力や呪詛の類は彼女には皆無だ。しかし、それでは先ほどの感覚が説明できない。

 

 特別な能力もいまのところ感じない。天才的だったのはサポート側か。オレはカマをかけることにした。ボロが出ればそれでいい。敵対するならそれも良い。

 

「まぁ、どうでもいい。魔力供給原はお嬢ちゃんになってるのはわかってるからな。とりあえず、 確認しとくぜ。お嬢ちゃん、あんたがオレのマスターか?」

 

 過去に対した戦士や魔物もビビったくらいの圧力だ。相手は年端もいかない女。立っているのもやっとだろう。サーヴァントが反逆するとなれば使うとすれば令呪。令呪を温存する必要がある序盤では奥の手を使ってくれる可能性もある。

 

 ――来い!

 そう凄んだオレの思惑は、あっさりと瓦解することとなる。

 

「そうです。私があなたのマスター。サーヴァント、クラスキャスター:クー・フーリン。ようこそ、人理継続保障機関フィニス・カルデアへ。私はずっとあなたを探していました。」

 

 なぜならば、相対した彼女の笑顔がそれそれはもうどうしようもなく、幸せそうだったのだから……。

 

 

 

 

(3)

 

 彼女の笑顔に負けて契約をしてしまってから数日が経ち、オレは早くも契約してしまったことを後悔していた。

 

 原因としてはわかりきったことだが、マスターである件の少女がしつこく付きまとってくるのだ。曰く、マスターと俺は会ったことがあるらしい。しかもかなり親密な関係だったそうだ。あついよるを過ごしましたねなどと言っていたが、どんな場面に陥ったとしてもオレの趣味ではない。彼女に手を出すことはしていないだろう。そもそも全くもって彼女の記憶が出てこない。もともと過去の自分の記憶以外には確かなものなどないと切って捨てていた身だ。ちゃんと過去以外にも目をめけておけばなどと、今さら後悔することになるとは……。

 

 そんなマスターだが、随分と厄介な状況にいるらしい。

 

 曰く、このカルデア以外の人類は滅んでしまった。その運命を変えるため、永きに渡る人類史を遡り、運命と戦うのだという。

 

 まったく、聖杯戦争のノリで出てきたこっちがバカを見たようなデカイ事件だ。無理難題に心躍るのがオレの性分だが、かなりいかれた状況だ。守護者たちは何をしていたのだろうか。まぁ、守護者や抑止力といったやつらの目を欺く方法を見つけたやつがいたということなのだろうが。

 

思案することに飽き、オレはベッドから起き上がる。一人に一部屋が用意されているこのカルデアのワンフロアは現在は閑散としていた。というのも、かなりの部屋数が用意されているにもかかわらず、使っているのはマスターとマシュとかいうデミサーヴァント、Dr.ロマンとその他、生き残った数人の職員だけだからだ。

 

 自称天才のダ・ヴィンチとかいうサーヴァントは、違う区画に自身の工房をこしらえているらしい。オレもそのうち工房を構えさせてもらおうか。幸い、キャスターのクラスには陣地作成にクラス補正がかかるのだ。などと考えていると、壁越しにドンドンと音がする。

 

工事や引越しという話は聞いていなかったが。そもそも部屋は余っているのだ、わざわざ隣接させなくてもよいものを。

 

 ドンドンドン。

 

 まったく、この音はなんだ。

 

 ドンドンドンドン。

 

 ……う、うるせぇ。何事にも寛容を自負するオレだが、ここまで煩いとさすがにイライラが募る。

 

 ドンドンドンドンドンドン!というか、この壁はそれなりに厚いのだ。プレハブ小屋じゃあるまいに、それを貫通させて聞こえるということは、もうこれはわざとなのではないだろうかと訝しみたくもなる。

 

 重ねて言うが、何事にも寛容なオレはーードンドンドンドンドンドンドンドン!早々にプッツンし、諸悪の根源である隣の部屋に乗り込むべく、部屋を飛び出した。

 

 近未来的な白を基調とした扉の前に立つ。扉は認証式で、家主が近づくと勝手に開くが、他者が入るには内側からの解鍵が必要だ。「システムを弄れば侵入など容易いから気をつけたまえよ。秘密を探られる可能性もあるからね」と自称天才は言っていたが、オレはその手のスキルを持っていない。ルーンは先端技術と相性が悪いのだ。

 

 インターフォンを押そうとドアに近づくと、なぜか扉は軽い音を立てて開いた。

 

「どういうことだ?」

 

 訝しみながら中へと入ると、げんなりするような現実がそこにいた。

 

「師匠。やっと気づいてくれたんですね!」

 

 天真爛漫な笑顔をたたえたマスターがそこにいた。実に満足そうな顔だ。長く英雄というものやってきたが、こんな顔をしている奴は見たことがないくらいだ。知らず溢れたため息を、オレは隠さなかった。

 

「マスター……、一体どういうつもりだ?」

 

「引っ越してきました!」

 

 これ以上ないくらいの断言だ。自分のマスターながら、頭の心配をしたくなるくらいに。

 

「いや、会話になってねぇぞ。どういうことなのか説明しろ」

 

「私たちの愛を物理的に近くした方がいいかとおも……あべべべ!?」

 

 とりあえず口を潰す必要がありそうだ。と思うより早く、オレはマスターの頬をアイアンクローのように両側から潰していた。タコのようにとがった口先で未だ何か言っているが全く聞き取れない。聞き取る必要もないだろう。

 

「マジメにこたえろ」

 

 語気をするどく、マスターを問いただす。

 

「だって、私の部屋と師匠の部屋遠いんですよ。わざとなんじゃないかってくらい。」

 

 確か部屋に案内してくれたのは、マシュとかいう嬢ちゃんだった。意味深な笑みをたたえていたのをオレは見逃さなかったが、まぁ、マスターの被害妄想だろう。常識的に考えて男女の部屋を近くに設置するのは健全ではない。

 

「だから、こうやって愛の出張所をですね……いやー!? アイアンクローはやめてくださいー!!」

 

 頬を摩りながら語るマスターに、再度拳を向けると怯えた表情で後ずさっていった。それほど力は入れていないつもりだったのだが中々効果があったようだ。

 

「なので、この部屋の認証は師匠と私の2人分登録しておきました」

 

 ブイッとドヤ顔しているのが非常に頭にくる。にじり寄るオレに対し後退するマスター。

 

 すでに壁際まで後退して退路のないマスターに、オレは問答無用のアイアンクローをかます。

 

 静かなカルデアにマスターの絶叫が響き渡った。

 

 

(4)

 

 よよよ、と泣きながらマスターが言うには、新たなレイシフト先が見つかったらしい。出発前に修行をつけてほしい。近い方が修行が捗るのではないかということだった。

 

一理あると思うが、こちらの方が後付けの理由に思えるのは気のせいだろうか。しかし、レイシフト先で何が起こるかは未知数だ。まずは実力を見ておく必要もあるだろう。

 

「いいぜ、修行とはいかねぇが、実力はみてやる。」

 

 やったぁ!と喜んでいるマスタの首根っこを捕まえて、オレは部屋を出る。

 

 途中で捕まえたマシュも引きつれ、向かう先はシュミレータールーム。室内に魔力を通すと望む世界観が投影され、一時的に異世界や異なる環境を体感できるのだ。室内競技が可能なほど広く、魔力防壁も備えている施設だ。閉鎖された施設にはこのような娯楽が用意される傾向にある。人間というのは閉鎖された空間にながくいられない生き物なのだ。

 

今回はデフォルトで開始する。投影されるのは時計塔の練習場だそうだ。古めかしい石畳に石の柱。時代錯誤もいいところだが、歴史を重んじる魔術師らしいと言えなくもない。

 

 ロマンとダ・ヴィンチが制御室からこちらを見ている。

 

「それじゃ、準備はいいかな? まぁ、そう大きな魔術でなければ、私が作りこんだこの部屋は簡単には壊れないよ。安心して使ってくれたまえ!」

 

 相対するのは、マシュとマスター。表情には緊張がありありと見て取れる。対してオレは自然体。構えなどせず、ぶらりと杖を片手に立っているだけ。

 

「いつでもいいぜ。殺すつもりでかかってきな!」

 

 突然の模擬戦に戸惑う2人。無理もないか。

 

「来ないならこっちからいくぜ」

 

 オレは右手の杖を横に振る。杖が描くは古代ルーン文字。文字の一つ一つが意味を持ち魔力の込められた文字だ。文字たちは空中に漂い、数秒の後、発火。拳ひとつほどの大きさの火球が9つ、眼前の少女2人へ殺到する。彼女たちは慌てた様子で回避行動。遅い!とオレは苛立つ。戦場では一瞬の逡巡が命取りだ。行動の遅れは死に直結する。爆音。慌てる彼女たちを巻き込み、 爆炎があがる。壊れにくいという文言が冗談のように、立派な石畳は砕け、黒煙が上がる。ぎゃぁぁああ、私の自信作がぁぁああ!と何処かから絶叫が聞こえたが、知らん。立ち上る黒煙を破り、飛び出てくる少女2人。

 

 どうしたどうした、と同じ火球を連続射出。逃げ惑う少女ら。

 

 全くもってなってない。特にマスターの動きは最悪だ。マシュは必死に防いでいるが、マスターの迷いがマシュの動きを阻害している。マスターを庇うばかりでは反撃も出来ない。

 

彼女らに指導を施したやつは随分と甘っちょい奴だったのだろう。不機嫌なままオレは火球を射出し続ける。

 

 英雄とうたわれたオレがこうやって逃げ惑う少女に火球を放つだけとはなんと情けない。師匠が見たら嘆くだろう。か弱きものを嬲るために修行をつけたわけではないと。オレだって強敵と相見え、心躍る闘争を期待している。しかし、そのマスターがどうだ。逃げるばかりで戦わない。

 

 いや、戦うことを拒絶しているように見える。

 

 彼女の躊躇い、その根源は何か。オレは彼女の胸中をみる。恐怖、畏れ、それがマスターから感じる感情。しかし、逃避ではない。失うことへの恐怖。そう、マスターの胸中は喪失感への恐怖で渦巻いていた。それは味方の死、サーヴァントが消えてしまう事への恐怖。突如、オレの脳裏に微かなイメージが浮かんだ。

 

 俯き泣きじゃくるマスターに伸ばした手。優しい声色。暖かな気持ち。それは誰の視点なのかその後、押し寄せるのは後悔。いつまでも拭い去れない後悔の念だ。立派な魔術師になるとそう言いたかったのに……。

 

 突然のイメージにオレの攻撃の手は止まる。

 

 ――なんだ、今のイメージは?

 マスターたちも突然の静寂にこちらの様子を伺っている。

 

 戦闘中に白昼夢など、あり得ない。しかし、先ほど見たイメージが、もしマスターの思いならば。胸中を覗き込み、彼女に引き込まれたか。実際、強く結びついたマスターとサーヴァントが過去の経験を追体験するということはよくあることだ。

 

そうか、とオレは不機嫌さを露わにする。つまりは、戦わなければ守れない。しかし、戦えば仲間を失うかもしれないという恐怖が彼女の手を止めていたのだ。マスターは、自分を、そして俺たちを信用していないのだ。いつか敵に負けてしまうのではないかと。強大な敵に負けてしまうのではと。

 

 恐怖は戦闘において大切な感情だ、恐怖とは人間が生き残るために磨き上げてきた大切なセンサーだからだ。戦士が失いやすく、そして何よりも失ってはいけないもの、それを彼女は持ち続けている。

 

 こんなことで悩んでいやがったとは。あとはアイアンクローでもお見舞いしてやろう。

 

 苛立ちを隠さず、オレはマスターに語る。

 

「これから世界を救いに行くんだろうが。ビビってて救えるくらいしょぼい世界かここは?」

 

 オレの怒鳴り声に、マスターはビクッと身をすくめた。

 

「大層に、師匠、師匠と言いながら内面じゃ、オレが負けるのを心配してやがるとはな」

 

「ち、ちが……!」

 

「オレは、俺たちは、誰にも負けねぇ。オレを誰だと思っていやがる。ケルト神話最強の英雄、クー・フーリンだぞ!その攻撃を防ぎきった隣のマシュだってな、立派なサーヴァントじゃねぇか。」

 

 少しは信頼しやがれと、そうガラにもなく怒鳴った。素直なマスターの内面に触れすぎたかと反省しつつ、オレは構える。

 

 驚きの顔をそのままに、マスターはぼんやりと立ち尽くしている。

 

「来ねぇなら、こっちから行くぜ? 生き残れよ」

 

 そう言って、オレはルーンを刻む。刻む文字はF。発火を司るルーン。基本的な攻撃魔術だが、 直接刻まれるルーンは、仕込みのものとは桁が違う。描かれたルーンから現れるのは、濁流の如く荒れ狂う炎。触れるものは炭などを遥かに超え、チリも残さぬ必殺のルーン。

 

「ちょ、バカなんですかぁぁぁあああ!?」

 

 絶叫は相対するマシュからか、ダ・ヴィンチからか。

 

 慌てるマシュが振り返るのはマスター。彼女を守る自信がマシュにはないのか。立派な盾は飾りかよと、胸中でぼやきつつ、オレは確信していた。

 

 ――マスターならば、と。

 

 マスターが顔を上げる。眼前の炎など目もくれず、その瞳はこちらを見つめていた。マスターの口が動く。声は聞こえないが、ありがとう、そう動いた気がした。

 

 轟音。立派な石畳を、石柱を崩壊させ、オレのルーンが壮絶な爆炎と煙をあげた。

 

 爆炎とほぼ同時、オレは笑みをこぼす。

 

 煙のはれた先に立つのは2人の少女。伸ばした手はマシュの肩に。魔力供給を施したマシュの盾は傷一つつかず、一歩も後退することなく、そこに佇んでいた。

 

 確固たる意志をたたえた瞳をこちらに向け、マスターはオレに微笑んだ。

 

 周りを見渡し、自分が成したことに感動したマシュに押し倒される姿を後ろに、オレは部屋を後にする。

 

 途中通った制御室で、床に手をついたダ・ヴィンチの絶叫が、耳に響いた。

 

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