世界のすみっこにふたりぼっち   作:逢坂 要

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世界のすみっこにふたりぼっち 04

4.「邂逅」

 

(1)

 無事、レイシフトを完了した私が目を開くと、目の前には穏やかな丘が広がっていた。 青い空に丘の緑がまぶしい。なんとも平和な光景だった。レイシフトしてきた世界でなければ、ここでのんびりとピクニックでもしたいくらいのシチュエーションだ。

 

「ピクニックでもしたいシチュエーションですね、先輩」

 

 後ろから聞こえた声に振り返ると、フォウを肩に乗せたマシュが立っていた。

 

「無事に転移できたようですね。前回は事故による転移でしたが、今回は正常な転移です。身体状況も問題なさそうです」

 

「そうだね、体に変な感じもないし、装備も大丈夫だよ」

 

 身体を軽く動かし、装備を確認しながら、私はマシュに答える。旅立つ直前に渡されたブレスレットが軽やかな音を立てた。師匠からお守りとして渡されたブレスレットだ。出発前に私のコフィンに投げ込まれたそれは、気がつくと私の左手に優しく巻き付けられていた。石と木で編み込まれた精緻なブレスレットは、見ていると不思議と落ち着いた気持ちになれる。六つの石にはそれぞれルーン文字が刻み込まれていた。未熟な私にはまだ読み取れないが、師匠が渡してくれたものだ、役立つものなのだろう。私は空に手を翳し、ブレスレットを眺める。同じような石だが、それぞれが鈍く虹色に光っている。常に同じ色の石はないようだった。

 

 ふと、視線を空に移す。突き抜けるような青空というのは、このような空を指すのだろうというくらい雲ひとつない素晴らしい青空が広がっていた――その空の真ん中に、異様な穴が空いてさえいなければ。穴の外側は綺麗な青空、その内側は黒に近い青色。内と外は白い光の線によって境界となっていた。何らかの魔術式だと思われるが、私にはどんなものなのか見当もつかない。

 

「マシュ……空を見て」

 

「何が……え?」

 

 私の声につられて、空を見上げたマシュも動きが止まる。マシュも魔術的な知識はあるが、やはり私と同様に目の前のものが何かわからないのだ。その時、私のデバイスが振るえ、通信が来たことを私に告げる。カルデアで開発された、デバイスはレイシフトしても連絡を可能としてくれる。起動すると立体映像が表示され、ロマンの姿が現れた。「よし、回線が繋がった!」と興奮気味な声が聞こえる。

 

「って、どうしたんだい?空なんて見上げちゃったりして。」

 

 空を見上げたまま、マシュは

 

「ドクター、映像を送ります。あれは何ですか?」

 

 そう返事を返し、私が空の映像を送る。

 

「これは――」

 

 慌てた様子でカタカタとキーボードを叩く音が鳴る。

 

「光の輪……いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……? なんにせよとんでもない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズか……?」

 

 情報が正しいとするなら、北米大陸と同サイズの魔術式など化け物に過ぎる。明らかに異常な事態だ。

 

「キミたちがいるのは時間軸にして一四三一年。百年戦争の真っ只中だ。しかし、その時期にこんな現象が起きたという記録はない。間違いなく未来消失の理由の一端だろう。アレはこちらで解析するしかないな……」

 

 ロマンは唸りながら、後ろに控えていた職員たちに指示を飛ばす。

 

「キミたちは現地の調査に専念してくれていい。まずは霊脈を探してくれ」

 

 そう言って、ロマンは通信を終了した。

 

「ドクターの言う通りです。周囲の探索、この時代の人間との接触、召喚サークルの設置……やることは山ほどあります。」

 

 マシュの言葉に私も頷く。まずは霊脈の確保が最優先だろう。

 

 霊脈はその地にながれる魔力の流れが現れやすい場所である。召喚サークルの設置やサーヴァントの召喚などは膨大な魔力量を必要とする。私がカルデアでの召喚の際にも祭儀場を用い、召喚石でサポートして、やっと師匠を呼び出せたように、一個人の魔力量では限界がある。そこで、霊脈から魔力を引き出し、魔力量を補うことで通常以上の簡易さで召喚を可能とするのだ。また、召喚サークルを設置できればカルデアとパスが繋げられる。そうすればカルデアから物資の支援や逆に物資を送ることが出来る。なにより、カルデアから師匠を呼び出すことができれば、これ以上ないほど心強い。通せる魔力量はその霊脈の大きさに比例するため、強力なサーヴァントを召喚するには、それ相応の霊脈を確保する必要がある。

 

「まずはこの時代の霊地の情報を集める必要があります。街へ向かいましょう」

 

 マシュは意気揚々と道を進み始めた。

 

 

(2)

 時間軸一四三一年。後の時代に百年戦争と呼ばれた時代の休戦期にあたる。しかし、この世界では戦乱が吹き荒れている。私たちは道すがらに発見した砦に立ち寄っていた。休戦期のはずの砦は、まるで絨毯爆撃でも受けたかのようにボロボロだ。なんとか砦の体は保っているが、砦のあちこちに負傷兵が寝かせられており、食糧もほぼなし。今にも崩壊寸前の砦だった。砦の兵士曰く、「竜の魔女」の災厄だと言う。各地に人ならざるものが跋扈し、空を竜が飛び回り、人々を虐殺しているらしい。しかも、その首領はかの救国の乙女、ジャンヌ・ダルクだという。本来の時間軸であれば、数日前に処刑が行われたはずだ。

 

 ジャンヌ・ダルク。フランスに未だ語り継がれる、救国の乙女。滅亡に瀕したフランスを救うため立ち上がった十七歳の少女。神の声を聞いたとされ、現在ではフランスの守護聖人の一角に名を連ねている、まさにフランスの英雄である。そんな彼女が虐殺などするとは到底考えられない。

 

「一体どういうことでしょうか。ジャンヌ・ダルクといえば、この国にとって救国の英雄です。虐殺行為などとは程遠い人物のはずですが」

 

「そうだよね。全く意味がわからない。確か、一四三一年にはすでに処刑されているはずだし……」

 

 突然、砦に警鐘が響き渡る。

 

「て、敵襲! 敵襲だー!」

 

 突然の出来事に周囲には混乱。一般市民は慌てながら屋内へ走っていく。その間を兵士たちが一団となって走る。砦の上にあがり弓を構える。門は閉じられ、臨戦態勢へ移行。兵士たちに動きは素早く、戦い慣れている様子が見てとれる。しかし、数が圧倒的に不足しているのだろう。使用者のいない兵器も目立つ。負傷している兵士も多く、十分な戦力とは言えない様子だった。

 

 私たちも壁に上がる。砦は四方を壁で囲った一般的なもの。壁は一辺一キロ程度。門上中央部は一部高くなっており、前線司令部としての物見台の役割を果たす。各壁の左右に一つづつ階段、中央部には門がある。私たちがいるのは東門上部の左端だ。

 

砦の数百メートル先に黒い靄のようなものがかかっている。靄の幅はほぼ壁と同程度。靄は深く、その奥は見えない。

 

「なに……あれ……?」

 

「わかりません。しかし、魔力を発しています。十分警戒してください」

 

 靄から手が出てくる。五指そろったその手は人間のもののように見える。しかし、その手には肉がなく、骨だ。靄から出てくる手はどんどんと増えていく。無数の手はまるで何かを探しているかのように虚空を彷徨う。私たちはただそれを見つめているだけだ。瞬く間に彷徨う手が百を超える。さらに増える。私たちの前には千に迫るほどの手が出現していた。

 

 唐突に虚空に手を伸ばしていた手が一斉に止まった。異様な光景に兵士も私たちも動けない。一時の静寂。私たちが見つめるなか、骨たちが靄を掴む。縁に手をかけ体を持ち上げるように骨の手たちは身体を靄から引き上げてきた。骨の手の先に肉体があるはずもなく、靄から出てきたのは骸骨の群れ。眼窩に爛々と青い炎を灯した骨の兵士。腰に欠けた粗雑な剣をさげ、朽ちかけた鎧を羽織った数百の骸骨の軍勢が砦の前に布陣した。

 

「ば、化け物だ……」「落ち着け、ただの骨どもだ、前も戦っただろう」「もうおしまいだ……」

 

 あたりからは動揺。

 

「マシュ、あれは……」

 

「はい、骸骨兵ですね。骨に魔力を込めて使い魔とする魔術です。比較的簡易なものとされていますが、この数を同時に展開するとなるとかなりの使い手と思われます」

 

魔術に対しての知識がある私たちは冷静を保っていられた。

 

 攻城戦に千程度の戦力で臨むのは、通常であればただの下策だ。しかし、相対するのは魔術で組まれた骸骨兵。一般の武器では効果が薄い。また、この時代の戦場において遠距離戦闘の基本となる弓も骸骨兵相手には不利。大砲も設置されているが、砲兵が足りていない。

 

 骸骨兵たちがカタカタと音を立てながらゆっくりと前進してくる。対する砦上は混乱の極み。司令官がいないために指示系統が混乱しているのだ。骸骨兵たちは目前まで来ている、弓はすでに射程圏内だ。しかし、訓練された兵士故に、指示がなければ行動に躊躇が出てしまう。

 

「お、おい! どうするんだ、撃つのか。誰か、指示系統はどうなっ――」

 

 叫んだ砲兵の胸に剣が突き刺さる。男は吐血。鮮血を吹き出しながら倒れる。投擲した先頭の骸骨がアゴを鳴らして笑っていた。

 

 それを皮切りに、骸骨兵たちが手に持っていた武器を投擲。マシュが盾を展開し、周囲を守るが、不意を衝かれた兵士が倒れていく。

 

「フォウさんは隠れていてくださいっ」

 

 マシュがフォウを逃し、周りの援護に回る。

 

 恐怖が蔓延し、混乱のまま各々が弓や大砲で反撃を開始する。矢が骨や鎧に当たり、削っていく。砲弾が炸裂し、骸骨兵を爆風で吹き飛ばす。しかし、吹き飛ばした骨たちは磁石のように引き合い、元の骸骨の姿に戻ってしまう。魔術で作られた骸骨は魔術的に破壊するしか方法がないのか。

 

「先輩、このままでは……」

 

 骸骨兵たちはゆっくりと前進し、門の前で止まる。封鎖された門をあけられないのだ。

 

「へへ、なんだあいつら。今のうちに砲撃で潰せ!」

 

 兵士が叫ぶ。

 

 骸骨兵たちが顔を上げる。見下げた私たちと目があった。

 

 数百の骸骨兵たちが一斉にアゴを鳴らして笑いはじめる。砲兵たちが門前の敵に砲撃。爆音とともに土煙をあげる。その土煙のなかをゆらりと青い光が揺れる。追撃の砲火と弓の雨の間から、骸骨兵たちが壁に爪を突き立て登ってきていた。壁の高さは目測で、二十メートル程度。数秒で上がってきそうな速さ。砲火は射角が届かず壁面に対応できない。弓兵が迎撃するが、落とした先から次の骸骨兵が上がってくる。対応が追いつかない。

 

 最初の骸骨兵が壁の縁へ手をかけ、壁上に降り立つ。手近の兵士へ骸骨兵が腕を振り上げる。マシュと私が迎撃に走る。ダメだ、間に合わない。

 

 腕が振り下ろされるより早く、骸骨兵の首から上が消失。眼窩の炎が消え、身体がくずれおれる前に黒い霧となって空中へ消えていった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 兵士が見上げた先にあるのは旗。オルレアンの紋章が描かれた荘厳たる御旗であった。

 

旗の持ち主はそのまま、旗を壁面にあてがい、疾走。しがみついていた骸骨兵たちをことごとく叩きおとす。それでも骸骨兵たちは上がってくるが、少しの時間は稼げた。

 

「白兵戦用意!」

 

 有無を言わさぬ指示。凛とした少女の声が響く。程よく通るソプラノは戦場であっても兵士に届いた。

 

 声の先には、すらりとした体躯に蒼を基調とした鎧を纏う少女。正体は不明だが、幾千の戦闘をこえた将軍の如き説得力をその少女が放っていた。

 

「はっ!」

 

 兵士たちが一斉に動く。

 

「各自、手近なものと四人一組になって敵一体の相手を。敵は強いですが、少数です。数で勝るこちらは量で押し切れます」

 

 兵士たちの目に光。絶望の中で一縷の望みを見つけたような表情をしていた。

 

 指示を飛ばす少女の背後から、壁を登りきった骸骨兵が飛びかかる。少女は振り向きもせず、腰に帯びた剣で骸骨兵を一閃。骸骨兵を腰から両断。切断面から炎が上がり、地面にくずれおれる前に塵となる。

 

「相手は炎に弱い。手すきのものは松明の用意を。魔の者を聖なる神の炎で浄化してやりなさい!」

 

 各所から返答の雄叫びがあがり、各兵士が剣を手に上がってきた骸骨兵に突貫していく。質で大きく上回っていようが、数は圧倒的にこちらが上だ。冷静に対応すれば応戦は可能。一人が吹き飛ばされようが、残りの兵士が骸骨兵を削っていく。動きが鈍ってきたところに炎を着火。骸骨兵がくずおれていく。壁上は乱戦へと移行していた。

 

「すごい……」

 

 つぶやく私の方へ、少女が走ってくる。

 

 身構えるマシュに、彼女は笑顔で声をかけた。

 

「こんにちは。旅の方ですか?」

 

 ここが戦場でなければ、たわいもない会話の導入だろう。しかし、今は戦闘の真っ只中だ。気軽に挨拶などできるはずもない。声をかけながら、横槍を入れてきた骸骨兵を両断し、旗で吹き飛ばしながら、彼女は続ける。

 

「魔力を感じますね。魔術師の方でしょうか。」

 

 華やかな笑顔は変わらず私たちに向いていた。すらりと伸びた肢体は均整のとれたモデルのように美しい。長くきらめく金髪を三つ編みのようにまとめ後ろに流している。髪をほどけば相当な長さだろう。手入れが大変そうだな、などと場違いな思考が脳裏をかすめた。

 

「先輩は私のマスターで、魔術師です。私はマシュ。貴方はサーヴァントですね?」

 

 同じく近寄ってきた骸骨兵を盾で吹き飛ばしながらマシュが答える。盾を前に、私を背後に庇うようにして立つ。マシュの武装は身体以上の大きさの大盾だ。中心の盾から四方に盾が延長しており、さながら十字架のようなシルエットとなっている。盾で殴るほか、振り回して使用したり、召喚の際の媒体となるなど、盾以上の活躍をする攻防一体のマシュの相棒だ。かつては盾にパイルバンカーを仕込んだアンカーがいたそうだが、マシュの武装にはついていない。

 

「その通りです。しかし、敵対の意思はありません。この戦闘を収めるために力を貸してくださいませんか。」

 

 笑顔のまま、彼女は私を見る。

 

「怪しいですね。見ず知らずのサーヴァントについて行ってはいけないとダ・ヴィンチちゃんも言っていましたし、何より先輩を狙っているような節があります。許せません」

 

 マシュが意味のわからないことを言い始めた。しかし、確かに聖杯戦争において正体不明のサーヴァントとの接触は危険を伴う。基本的にサーヴァントとマスターは一対で、他は倒すべき敵と認識される。仲間と見せかけて不意打ちするということも考えられる。だが、この目の前の少女からはそんな悪意は感じられない。そもそも、これは聖杯戦争ではないし、今も戦場の人々を助けたいという焦りのようなものが見られる。盛り返したといっても、数百の骸骨兵すべてに上がられてしまえば、サーヴァントはともかく、一般兵たちは生き残れないだろう。私も彼らを見捨てることは出来ない。もし裏切られたならば、私の見る目がなかったということだ。

 

「いいんじゃない、マシュ? 私たちを狙うにしたって、わざわざ大掛かりな手を使う必要もないと思うし……ね?」

 

「共同戦線ということですね。いいでしょう」

 

 コロリとマシュが意見を変える。臨機応変さもマシュの良いところだ。

 

「それで、私たちは何をすれば良いですか? 魔術師と言っても、即席では大規模なものは使えないですよ?」

 

「構いません。弱くとも魔術的な攻撃であれば、やつらを操る魔術と相殺され、無力化出来るはずです」

 

「そう上手くいきますか?」

 

 マシュが心配そうに聞く。

 

「この時代に魔術師はいませんでしたから、術者も魔術対策を施すよりも数を優先させたのでしょう。証拠に私たちの武器に宿った少ない魔力でも簡単に倒せているでしょう?」

 

 確かに、大した力を込めずともマシュの大盾や彼女の剣は敵を屠っていた。

 

「なるほど、では……」

 

「ええ、私たちは上が保っている間に下の本隊を壊滅させます。これ以上数が増えてはさすがに保ちません」

 

 私は壁際から下を覗き込む。下にはまだ大多数の骸骨兵が残っていた。壁に上がってきているのは百体程度で、本隊は依然として砦前に残存している。あれらを二人で倒すとか、どこかの無双ゲームのようだなぁ、などと無駄な考えが浮かぶ。

 

「じゃあ、私は上から広範囲に何かやってみ……いぃっ!?」

 

 言い切らないうちに、私は彼女に手を引かれる。膝下に手を入れられ、抱きかかえられるような格好となる。いわゆるお姫様抱っこだ。

 

「では、行きましょう!」

 

 目の前の少女は私にまぶしいまでの笑顔を向け、壁際から跳躍。壁を登ってきている骸骨兵を蹴り落としながら壁を降りていく。私の口からは声にならない悲鳴が上がる。壁の下に行くのはマシュと彼女だと思っていたため、不意打ちにすぎる。器用に骸骨兵の頭を踏み落としながら、大した衝撃もなく地面に着地。私たちはちょうど門前に立っていた。

 

 数百の骸骨兵のど真ん中に着地したため、ぐるりと敵に囲まれている状態だ。あれ、これって結構まずいんじゃ……?

 左側から爆音と煙。振り向くと煙を破って、マシュが歩んでくるのが見えた。マシュが上から勢いも殺さず落ちてきたのだ。盾を地面に叩きつけたせいで下にいた骸骨兵たちが壊滅していた。瞳が青く光っているような気がする。さながら手負いの猛獣の様相だ。近づく敵を盾で吹き飛ばしながら歩んでくる。

 

 ……初めて見たけど、怒っている?

「私ですらまだしたことがないのに……。先輩の初お姫様抱っこを奪うとは、やはり許せません」

 

 よくわからないことを呟きながら、マシュが彼女の前に立つ。

 

「あぁ、ごめんなさい。つい!」

 

 慌てて彼女は私を地面に降ろした。なぜマシュがそこまで怒っているのかわからないが、どうやら私を抱きかかえたことに怒っているらしい。

 

「つい? 確かに私の先輩は可愛らしく、つい抱きかかえたくなる気持ちもわかります。しかし、そのような蛮行、お天道様が許しても、この私が許しませんよ! 」

 

 マシュが謎の威厳をみせる。

 

「まぁまぁ、マシュ……」

 

 私が取り持つが、

 

「全く、先輩も先輩です。 きゃっ、などと可愛い悲鳴をあげて……。可愛らしいにもほどがあります!」

 

 よくわからない怒りが私にまで飛んできた。それに、そんな可愛らしい悲鳴をあげた覚えもない。怒っているのか悶えているのか曖昧な表情でマシュが続けた。

 

 そんな私達へ骸骨兵達が襲いかかってくる。敵のど真ん中に落ちてきたのに、出来損ないの漫才のようなことを始めたため、罠か何かかと警戒していたらしい。どうやら無策だと踏んで攻撃が始まったわけだ。

 

 骸骨兵が差し込んできた剣をマシュが受け、少女が切り伏せる。少女が右手で抱えた旗で周囲の敵を吹き飛ばし、一旦距離をあける。

 

「私としたことが、周りを見失ってしまうとは。このマシュ、戦いの中で戦いを忘れました……」

 

 マシュががくりと肩を落とす。

 

「まずは敵を倒すのが先かな。話はその後ってことで」

 

 私の意見に同意し、マシュが動く。左にマシュ、右に少女が立つ。中心に私。二人から庇われる立ち位置だ。

 

「ところで、先輩って戦えましたっけ?」

 

 いまさらなことマシュが聞いてくる。

 

「何を言うかと思ったら失礼な。私は師匠と修行したんだからね、ちゃんと戦えるよ」

 

 胸を張って答える。とは言え、正直サーヴァント並みに戦えるとは思っていない。師匠からも護身術程度と言われていたからだ。

 

「心配です。先輩は私にまで心配かけまいと強がりを言うタイプですから」

 

 さすがマシュ、私の思考をよくわかっている。

 

「 ルーンだけだけど、ちゃんと使えるから大丈夫だよ」

 

「ルーンだけ? マスターちゃんは他にもたくさんの魔術を使えるはずだよ……?」

 

 突然の通信に私はびっくりして声を上げてしまった。

 

 ダ・ヴィンチが不思議そうな声を私にかける。私より私のことがわかるとはどういうことだろうか。

 

「マスターちゃんは複数のスキルを身につけているとこちらのモニターに表示されているよ」

 

「どういうことです?」

 

「こちらでは常に君たちの状態をモニタしている。付随して、術者の使用可能なスキルを見ることができるのさ。マスターちゃんは、ルーン文字はもちろん、時計塔からアトラス院まで、あらゆる魔術的スキルを使用可能と表示されているよ」

 

 時計塔とアトラス院は、それぞれが魔術師協会の三大部門の一角だ。魔術師協会という、世界最大の魔術師の集まりがあり、その中で様々な国籍の者達が魔術を学ぶ場所が時計塔。錬金術的な要素が強いのがアトラス院であるという知識はある。しかし、どういうことだろう。私は基本的な魔術以外はレイシフト適性があったくらいで、特別なものは習得していない。ルーン文字をカルデアで学び、ある程度使えるようになった程度だ。時計塔やアトラス院の術式まで使いこなすような上級魔術師からは程遠い。

 

「先輩は万能の魔術師で、隠された才能を持つ天才だったということですか?」

 

 隣のマシュが頭の悪そうなことをさらりと言う。

 

「では、とりあえず使ってみるというのはどうかな。使い慣れていないといざという時使えないし、身体的負担を強いるような強力なスキルはなさそうだから。まずはガンドとかいいんじゃないかな」

 

「的はたくさんありますしね!」などとマシュが物騒なことを言い始める。

 

「これなどどうでしょうか」

 

 と、少女は羽交い締めにした骸骨兵を指差す。いまさら気づいたが、このサーヴァントたち、しゃべりながら襲いかかってくる骸骨兵を相手にしていたのだ。「無理無理!」と慌てて返す。目の前に骸骨兵の顔があるのが怖い。

 

 後手に腰から骸骨兵を両断しポイと捨てて残念そうな顔。結構大雑把な性格をしているのだろうか。

 

「では、まず指鉄砲のような形を作ってみようか。」

 

 ロマンではなく、ダ・ヴィンチ声が聞こえる。

 

「レイガンですよ、レイガン!」

 

 マシュが謎用語を使ってくる。

 

 ガンドは確か、北欧のルーン魔術の一系統で、呪いの一種だ。指差すことで相手の体調を崩すという。本来は物理的な破壊力は持たないが、強力なものは物理破壊力を伴い、フィンの一撃と呼ばれる。概念は知っているが使ったことはないもの。ダ・ヴィンチの声がまるで私に染み入るように響く。

 

「目を閉じ、イメージするんだ。イメージは弾丸。相手を貫く魔術の弾丸。魔力を人差し指の先に集中して、撃ち出す」

 

 魔力が指先に集まってくるような感覚。

 

「その弾丸は誰にも阻まれることはない。君が貫きたいものを穿つ、至高の弾丸さ。目を開き、狙いを定めて」

 

 瞳を開く。数メートル前には骸骨兵がひしめいている。私は一番近くにいる骸骨兵に狙いを定めた。ピントが標的に合う感覚。

 

「引き金を引く」

 

 心の中で引き金を絞る。撃鉄が起き、火薬が炸裂し、弾丸を撃ち出す。右手のブレスレットが一瞬光ったように見えた。音もなく、サッカーボール大の黒っぽい靄の塊が私の指先から撃ち出される。それは弾丸よりも速く、先頭の骸骨兵に着弾。そのまま貫通し、後ろの骸骨兵数体を巻き込み、吹き飛ばす。

 

「すごい……」

 

 知らず、私に口から嘆息が漏れた。うんうん、とモニター越しのダ・ヴィンチが満足そうに頷いている。

 

「先輩すごいです! いつの間にそのような魔術を?」

 

 マシュが興奮した声を上げる。過去、あかいあくまと言われた五大元素使いが得意としたのが、このガンドであったらしい。その火力は一撃ではなく、さながらフィンのガトリングガンだったそうだが。私の一撃はそれに匹敵しうるとマシュが続ける。

 

 原因はわからないが、私はどうやらガンドが使えるらしい。ならば、他のスキルも同様かもしれない。試してみる価値はある。

 

「私も戦えるから、二人は敵の殲滅に集中して。瞬間強化を使うよ」

 

 瞬間強化、魔術礼装に編み込んだスキルの一種で、サーヴァントの能力を短時間だが大幅に強化することが出来る。

 

「でも、二人にかけることはできないはずです」

 

 マシュの言葉は真実だ。魔術礼装のスキルは取扱いが難しく、再使用に時間がかかる。つまり連続しての使用が出来ない。強力な効果故の対価だ。しかし、今この場、原因は分からないが、私の考えが正しいならば、

 

「可能なはず!スキルを選択。瞬間強化、対象はマシュと――」

 

 いまさら気づいた。私はこの少女の名前を聞いていなかった。

 

「ジャンヌ。私の名前はジャンヌ・ダルクです」

 

 振り返った彼女が笑顔で答える。

 

「はぁ!?」

 

 マシュも振り返って固まっていた。人々が噂する、人々を虐殺して回っているのが、この少女?

 ありえない。想像がつかない。私の手には迷い。

 

「貴方がたが思っていることは間違いです。今は私を信じてください」

 

「先輩!」

 

 マシュが心配そうに声をかけてくる。

 

「大丈夫。話はあとで聞く。私はジャンヌを信じるよ!」

 

 ジャンヌの顔には安堵。マシュも頷く。

 

「スキル選択。瞬間強化、対象はマシュ、ジャンヌ――実行!」

 

 右手のブレスレットが一瞬光った。予想通りの現象を見て、私はにやりと笑う。眼前では二対のサーヴァントが前進。歩みを徐々に加速させ、敵と衝突する前には疾走へと変わる。疾走はそのまま、敵と衝突。骸骨兵たちが宙に舞う。サーヴァントが腕を振るえば、その衝撃で数十の骸骨兵が吹き飛び、粉々になっていく。まるで骸骨兵が紙で出来ているかのように、いとも容易く引きちぎられ、砕かれる。結局、数百の骸骨兵はマシュ達の前になす術もなく瓦解した。

 

 

(3)

「お疲れ様でした。先輩」

 

 武器を収納し、マシュが近づいてくる。ジャンヌも同様に武器をおさめる。

 

「お疲れ様、二人とも。砦の方も無事だったみたいだし。とりあえず、戻ろっか」

 

 三人で砦の前まで戻る。門は骸骨兵を防ぐために固く閉ざされたままだ。門の上には人々が集まっていた。

 

「すみません、門を開けていただけませんか」

 

 私は門の上の人たちに声をかける。人々が怯えたような表情を浮かべる。何かおかしい。大砲がこちらを狙っていることに私は気づいた。どういうことだろうか。私はさらに続ける。私たちは貴方がたに危害を加えるようなことはしません。中に入れていただけないでしょうかと。しかし、返答は怒号。

 

「竜に魔女め。人の皮を被った悪魔め。我々は騙されないぞ」

 

 先ほどまで味方だったはずの兵士達は、冷静さを取り戻し、ジャンヌの姿に気付いてしまったらしい。竜の魔女と恐れているジャンヌが目の前にいれば、このような反応になるだろう。でも、この彼女は命をかけてこの砦を守ったのに……。私はジャンヌの方を振り返る。彼女は俯いていた。ここからでもその表情はわからない。

 

 彼女はただ、砦の前に立っている。

 

 救国の乙女と謳われた英雄は、また救った者達から裏切られた。それが彼女の運命なのだろうかと、そんなことを考えてしまう。

 

「行きましょうか」

 

 ふいに、俯いていた彼女が顔を上げ、私たちに声をかける。声は、平常時と変わらず、凛とした声だ。砦を背に、彼女は歩き出す。

 

 

 

(4)

 砦を去るジャンヌについていくかどうか、迷うこともなく、私は彼女の後ろを追うことにした。マシュも分かっていたのだろう、何も言わずについてきてくれる。

 

 黙々と歩くジャンヌに続いて、丘を幾つか越え、静かな森に到達する。ジャンヌは慣れた足取りで森に分け入っていく。数刻もしないうちに開けた場所に着いた。小さな公園程度の広さに、中央に焚き火の跡がある。数人が野営するには十分な場所だろう。隅には倒木で出来たベンチのようなものもあった。ジャンヌはそこに座り、トントンと隣を示す。座れということらしい。ジャンヌの左隣に腰を下ろす。マシュは私の後ろに立っている。森では何が起こるかわからないため、警戒しているのだろう。

 

「ここは、私が初陣の時の拠点なのです」

 

 ジャンヌが独り言のように呟く。

 

「私は神の言葉により戦いを始めました。国を救いたいという願いを持ち、ただ、神の言葉を聞いたというだけの少女でした。しかし、その言葉を信じてくれた騎士達が共にいました」

 

 彼女は語る。

 

 救国の乙女、ジャンヌ・ダルク。彼女は農村に住む少女だったという。そんな少女を支えた数多くの騎士達。彼らと共に、ジャンヌは様々な戦闘に貢献したと言われている。

 

 遠くをみるように森の奥を見つめる瞳は、何物も見てはいない。きっと過去を思い出しているのだろう。ふいに、その瞳が私を見つめた。先ほどまで耳に心地良かった木々のさざめく音が消える。射抜くような強い眼差し。真たる意志を内に秘めた瞳だった。彼女はどれほどの経験を積んだのだろう。私とそう変わらない年齢のはずなのに、その表情は大人びていて、魅入られそうだ。「魅了」というスキルを持つサーヴァントもいるというが、彼女もそんなスキルを持っているのだろうか。

 

「今の私には、何もありません。騎士達も仲間も……。ですが、この国を救うという意思は未だにこの胸に灯っています。」

 

 その言葉に、私は驚いた。自分を裏切った国を未だに救おうとしているのだ。捕虜となったジャンヌを見捨てた国を、彼女は見捨てる気がない。それは愛国心とは違う、何か執念にも似た――

「ですが、私一人では勝てないでしょう……。私はあまりにも無力です。だからこそ、どうか、私に力を貸していただけないでしょうか」

 

 ジャンヌが私の手を握る。ジャンヌの瞳がより一層の強さを持って、私を見つめる。

 

それは、まるで絵画に描かれた聖女のように美しい。私は彼女に魅入られている。そんな自覚はあるのに、彼女から目を離せない。

 

「はーい、そこまでです! 離れてください」

 

 マシュの声と共に目に前にマシュの手が差し込まれ、ジャンヌとの視線が遮られる。現実に戻ってきたような感覚。

 

「ジャンヌさん、私のマスターを誘惑しないでください。先輩は誘惑にあっさりひっかるタイプですので!」

 

「いえ、私はそのようなつもりは……」

 

「シャーラップ! 事実、先輩は完全に落ちかけていました。貴女の圧倒的なカリスマは、魅了の域に入るということを少しは自覚してくださいね!」

 

 腰に手をあてたマシュがジャンヌに抗議をしている。マシュにしては珍しい。

 

 その前でシュンとなっているジャンヌは年齢相応に見える。

 

「まーまー、いいじゃない」

 

 そう言って、二人の間に入る。

 

「先輩は甘いですよ。そんなチョロい行動をしていたらいくつ貞操があっても足りませんからね!」

 

「なっ!? 私はそんなに軽い女じゃないからね!?」

 

「いいえ、先輩は案外あっさり落ちるタイプです。私が見守っていないと心配です!」

 

 後輩から心配されてしまう威厳のなさに膝が折れる。そんな風に思われていたなんて……。

 

「お話のところお邪魔するけれど、そろそろ野営の準備をした方がいいんじゃないかな」

 

 デバイスが起動し、ロマンが声をかける。

 

「暗くなってから準備を始めても遅い。暗くなれば、野獣や霊体が動き出すからね、早めに準備しておかないと面倒なことになるかもだ」

 

 気がつけば、太陽は徐々に傾き、夕日が稜線を美しく照らしていた。

 

「まずは、焚き火とテントを……」

 

 慣れない土地とはいえ、カルデアでの修行で野営を経験していたのが役に立ち、辺りが暗くなる前に野営の準備は整った。師匠に感謝だ。

 

 ジャンヌも慣れたもので、火起こしをはじめ、大体のことをこなしていた。一番苦戦していたのがマシュだが、ジャンヌが手ほどきをして、随分と打ち解けたように見える。

 

火を囲んで、簡単な食事を取る。

 

「さて、これからのことだけど……」

 

 ロマンの提案で、私たちはこれからの方針を話し合うことにした。

 

「さっきジャンヌが言ってくれていたけれど、私はジャンヌと一緒に行こうかと思う」

 

「うん、僕もそれがいいと思うね。」

 

 ロマンが同意。マシュも渋々といった感じだが、同意してくれているようだった。一緒に行けば危険な道のりになるからだろうか。でも、ジャンヌから話を聞く限り、私たちの目的地は同じように感じた。

 

 数時間前に現界したばかりのジャンヌは、この世界にもう一人のジャンヌがいることを知ったらしい。そのもう一人のジャンヌ、通称黒ジャンヌは竜を従え、虐殺の限りを尽くしている。もちろん、この時代において野生の竜は存在していない。幻想種である竜の召喚は、召喚術においては一つの到達点と言われるほどの大魔術だ。当然、生前騎士として生きていたジャンヌには召喚は不可能。つまり、本来の能力以上の機能を可能とする何かが裏にあるのではないか。私たちはそんなことで、黒ジャンヌを追うことにしたのだ。

 

「ありがとうございます。お二人が同行してくださるのはとても心強い」

 

 こちらまで嬉しくなるような笑顔で、ジャンヌが答える。戦場では凛々しく誇り高い騎士だが、こうして戦場を離れれば、一人の少女だ。表情も豊かで、親しみやすい。彼女を慕い、共に戦いたいと多くの騎士が彼女の元に集ったのも頷ける。マシュが後ろで「っく、あざといですね」などと呟きながらメモを取っている。

 

「当面を共に過ごす仲間として、一つの伝えておかないといけないことがあるのですが……」

 

 ふと、ジャンヌの表情に陰が差す。曰く、召喚されたジャンヌにはかなり能力に制限がかかっているらしい。ルーラーというクラスは、聖杯戦争におけるイレギュラーなクラスだ。聖杯戦争という概念自体を守るために召喚される、聖杯戦争の管理者として現界する「裁定者」というクラス。そのため、本来はマスターも持たずに参戦し、規則に反するサーヴァントに対する絶対的なスキルを有している。ルーラーとして召喚された英霊固有スキルの他に、クラス特性として、相手の真名を知ることができる「真名看破」、聖杯戦争参加サーヴァントに対する絶対命令権「神明裁決」、数十キロの範囲でサーヴァントを認識できる知覚能力が与えられる。その能力が全て失われている。また、基本能力も数クラス落ちているということだった。

 

「共に戦いたいと言っておきながら、私が足手まといになるのではないか……、そう思ってしまって……」

 

 そう言うと、ジャンヌは顔を伏せる。ジャンヌは歴史書通りの誠実な人だったらしい。 どこかの万能ちゃんとは違う。

 

「力が落ちているとか関係ないよ。この国を守りたいって、その気持ちが素敵だと思う。それに、さっきの戦いでも十分強かった。私の方こそ、足手まといにならないように頑張らないとだね」

 

 いつの間にか焚き火の日も随分と落ち着いて、あたりを柔らかな赤が照らしていた。

 

「さぁ、夜も遅い。マスターちゃんはそろそろ寝て、明日に備えた方がいいんじゃないかい?」

 

 カルデアも食事時だったのだろうか、緑茶とお茶請けの饅頭を頬張りながらロマンが声をかけてくれる。時間はすでに十時を過ぎていた。

 

「先輩は先に休んでください。テントには簡単ですが、魔除けを施してありますから安心です」

 

 道具を片付けていたマシュが私をテントへと促す。初めての大規模戦闘で体力を使ってしまったらしい。気付けば、私は睡魔でフラフラだった。マシュとジャンヌにお礼を言い、先にテントへと向かう。テントは二つ建っていた。私とマシュが少し大きめのテント。小さいものは予備にと持ってきたものでジャンヌ用としていた。

 

「ごめん、先に休むね」

 

 私は寝袋に入ると、そにまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

「――寝ましたか?」

 

 ジャンヌが少し声を潜めてマシュに問いかける。

 

「ええ、随分と疲れていたようですから、あっさりと」

 

 マシュが答え、二人で随分と小さくなった焚き火の元に戻る。焚き火のそばでは、いつの間にかフォウが小さく丸くなって寝転んでいた。

 

「もしかすると、ですが、まだ何かわたしたちに行っていないことがあるのでは?」

 

 マシュはすんなりとジャンヌが切り出しにくいことに踏み込んでいく。

 

 ジャンヌは数秒、逡巡した後、口を開いた。

 

 

 

(5)

 朝起きると、ジャンヌとマシュがすでに出発の準備を済ませていた。私は寝袋から慌てて飛び出し、準備を整える。寝巻きを脱ぎ、いつものカルデア制服へ。制服を手に取り、私は動きを止める。昨日寝るときに着替えた覚えがない。寝る間際の記憶が曖昧だ。

 

「先輩、もう出発しますよ」

 

 マシュが声をかけてくる。考えている場合ではなかった。私はそそくさと着替える。装備を整え、テントの外へ出る。心地よい陽射しが木々の間から差し込み、新緑のそよ風が寝起きの私には気持ち良い。日差しを遮る左手には師匠からもらったブレスレットがいつも通り、虹色の輝きを放っている。早く師匠をこちら側に召喚したい。師匠ならばジャンヌの弱体化の謎もわかるかもしれない。できるだけ霊脈の確保を急ぎたいところだ。個人的にも早く会いたい。

 

 テント前で待っていたマシュがテントの中に誰もいないことを確認。テキパキとした手順で片していく。カルデアの技術があればテントもバックに入る程度の大きさにまでコンパクト収納できる。通販で売れば大儲けできると言ったが、ダ・ヴィンチ曰く、魔術を使っているので、一般化は難しいのだそうだ。そもそも魔術師はあまりお金稼ぎの方に熱心ではない。何にでも値段が付く時代だからこそ、自身の血脈が築いてきた魔術に値段が付くことが許せないということだろう。世の中には魔術的要素を用いて企業のコンサルティングを行ったり、傭兵として生活する魔術師もいるが、そちらの方が、むしろ魔術師としてはマイノリティなのだった。

 

 焚き火跡には火がくすぶっていた。緩やかに煙が上がっている。どうやら、あの二人は私が眠ってしまった後も夜通し語り合ったようだ。サーヴァントに睡眠は必要ない。食事も休息もなく、戦い続けるために召喚される戦闘単位としての使い魔。魔力の限り戦い、魔力が尽きれば消えていく。虚ろなる存在。英霊には過去も未来もない。莫大な記録を持っているようなものだ。だからこそ、二人が語り合った内容はジャンヌが消えてしまえば思い出されることは少ない。再度召喚しようと今のジャンヌが、もう一度現れることはない。師匠を召喚した時点で、その事実を私は体験していた。もし、ジャンヌを召喚しなおしたら、「竜の魔女」と呼ばれるジャンヌが現界することもあり得るのだろうか。

 

「こちらにいましたか。おはようございます、マスター」

 

 そんなことを考えているとジャンヌが後ろから声をかける。考え事をしながら、すでに森の端まで来ていたらしい。

 

「おはよう、ジャンヌ。あれ……マスター?」

 

 私はジャンヌと契約した覚えがない。マスターと呼ばれる覚えがなかった。

 

「ええ、契約はすでに済んでいますから。マスターと呼んでも差し支えないでしょう?」

 

「う、うそぉ!? いつ契約したの、覚えがないけど!」

 

 詐欺にあった被害者のような心境。

 

「砦から降りるときに」

 

 さらりとジャンヌが悪びれもなく言う。どうやら、現界して数時間、弱っていたジャンヌは魔力切れ寸前だったらしい。魔力を辿って行くと、私たちが骸骨兵に襲われていた。困っている人々を見捨てられないジャンヌはそのまま参戦し、どうやらイイ人らしいと感じたので、そのまま勝手にマスター契約を結んで、魔力切れを防いだということだった。

 

「そんなあっさり契約ってできるの……?」

 

「マスターとの契約はなんだかすんなりいきましたね。先に印鑑が押してあった、みたいな感覚でしょうか」

 

 あっけらかんと言われると、もう何も言えない。

 

「それにほら、マスタースキルは契約したサーヴァントにしか使えませんから。マスターも承認しているものとばかり」

 

 確かに言われてみればそうだった。サーヴァントがマスターと契約して行動するメリット。マスタースキルによるサポートと、マスター補正だ。マスタースキルは、先の戦闘時に私が使ったようなサーヴァント用の強化スキルだ。攻撃力強化や、一時的な防御サポートなどがある。個々人が持つ魔術とは別に、マスターになると使用が可能となる。  カルデアの技術の結晶らしい。マスター補正は、契約したマスターの魔力量や魔術的な適性に従い、サーヴァントのステータスに補正がかかるというもの。純粋な聖杯戦争においては有効なシステムだったが、カルデアでの英霊召喚において機能しているのかは謎だ。つまり、現状で契約を結ぶことのメリットは魔力の供給とスキルによるサポートということになる。

 

「お待たせしました。出発準備できました」

 

 道具をまとめたマシュが合流し、出発の準備が整う。肩にはフォウが乗っていた。

 

私はマシュにお礼を言い、

 

「さて、じゃあこれからどうしようか」

 

 向かう先に迷った。

 

 そういえば、昨日はジャンヌに協力すると言っただけで、具体的にどう行動するか決めないうちに寝てしまったのだった。

 

「まずは、オルレアンの方向に向かいましょう、マスター」

 

 どうやらジャンヌは昨日の段階で、すでに行動を決めていたらしい。マシュも同意しているところを見ると、私が眠ってしまった後に決めたようだ。

 

「竜の魔女――黒ジャンヌはオルレアンを占拠していると砦の方々も言っていました。まずは、黒ジャンヌの真意を見極めましょう。自分を打ち倒すというのも気が引けますが、必要であれば倒すしかありません。」

 

「まずは、敵の戦力を確認するというのが一つ目の仕事さ」

 

 デバイスが起動し、ロマンが顔を出す。隣から、

 

「どうやら霊脈もオルレアンの方にあるようだから、偵察ついでに拠点も設置してしまおうというわけだよ。」

 

 声と共にダ・ヴィンチも出てきた。こちらも饅頭をくわえている。カルデアでは和菓子が流行っているのだろうか。

 

「もちろん、直接オルレアンに乗り込むのは難しいでしょう。周囲の街や砦から情報を収集します。目的はシンプルですが、敵の戦力がわからないのでは達成は困難ですからね」

 

 敵の能力次第では、拠点を設置しても無効化されてしまうことも考えられる。対策のためにも、まずは情報集取という訳だ。こちらに来た時から目的は変わっていない。探索のためには、情報が全てなのだ。

 

「では、出発しましょうか。ここからならば、数時間で到着できるはずですよ」

 

 

 まず目についたのは死体だ。幾重にも重なって倒れている死体が、その街には溢れていた。

 

 建物は崩れ、火の手が未だに上がっている場所もある。形を保っている建物を探す方が難しいというほどに、この街は壊滅していて、男も女も、老人も子供も、皆が一様に死体となっていた。

 

「生体反応は皆無だ。全滅している」

 

 入り口で立ち尽くしている私たちにロマンが告げた。

 

「そんな……。こんなひどいこと……」

 

 ジャンヌがうわの空で呟いている。愛した者たちが虐殺されたのだ、当然の反応だった。マシュも冷静になろうとしているようだが、顔は青ざめ、四肢が震えている。自覚はないが、たぶん私も同じような状態だろう。

 

私たちの先、数百メートル前を、小さな影が横切る。火の粉を遮るためだろうか、頭からローブを被っている。広めの道から狭い路地裏へと入っていく。よろめくように歩く姿は、行く先を求めて彷徨う子供のように見える。もしくは……。

 

「あれは!」

 

 ジャンヌが叫び、止める間もなく疾走。私たちも慌てて後を追う。たぶん、あれはジャンヌが求めているものではない。ジャンヌが路地裏に飛び込む。追いつけない。英霊と常人では身体能力に大きな差があるのだ。身体強化の魔術を用いれば、一時的には英霊に迫る身体能力を得ることも可能だが、私はそのスキルを有していない。

 

 一足遅れで路地裏へと入り、直進。進んだ先は広場だった。

 

 広場の中央にはジャンヌが立っていた。首を横に振り、後ずさる。まるでイヤイヤと駄々をこねる子供のようだ。ジャンヌの先には先ほど見えた人影。身の丈はジャンヌの半分ほどの子供だ。左から振り返る。ローブで覆われた顔がこちらを見る。少女が振り返った顔は右半分が消失していた。よく見れば足元には血が滴り落ち、血溜まりを作っていた。

 

 ウォーキングデッド。死者を蘇らせる禁呪。当然、生き返ったものが生前のように振る舞えることはなく、本能につき従う、ただのゾンビとなり果てる。骸骨兵が死者の骨を魔術の対象とするならば、このゾンビたちは死者の肉という物体を対象とされ、操られている。

 

「――――――」

 

 まるで風船から空気が抜けるような声を出し、ゾンビがジャンヌの方に歩み寄る。歩調に合わせて、ジャンヌは一歩下がる。

 

 迎撃することも、避けることもなく、ただ下がる。表情は悲痛に歪んでいた。

 

「先輩!」

 

 マシュが盾を構える。迎撃に出ていいのか、とその目は語っていた。私は逡巡する。ジャンヌの前で、あの子を倒していいのか、私にはわからない。

 

「サーヴァント反応だ!」

 

 ロマンの声が響く。

 

「数は五騎。急速接近」

 

 逃げろ、とロマンが続ける。

 

「数が同数なら戦っても構わない。でも、数も上だ。逃げるしかない」

 

 声は聞こえていただろう、ジャンヌがこちらを見る。その目は、撤退を拒否していた。

 

唐突に、広場に影がさす。まるでヘリが上空に現れたかのように、風が吹き荒れる。仰ぎ見ると、上空には巨大な竜が降臨していた。

 

 竜の体躯は十メートルほど、爬虫類のような光沢をもった鱗が鈍く光る。腕のかわりに翼が生えた巨大なトカゲのような姿。伝説上の生物、幻想種と呼ばれるものたちの中で最良種と呼ばれる「幻想種の頂点」。世界の裏側に隠れたはずの存在。それが、私たちの目の前で翼を羽ばたかせている。

 

「龍!?」

 

「いえ、あれは飛竜と呼ばれる、龍の亜種です。間違っても、この時代にいていいものでは……」

 

 私たちの声に反応したように、飛竜がこちらを見下げる。ぐるる、と肉食獣のような唸り声をあげ、広場の中央、ジャンヌの前に着地する。――ジャンヌの前にいた子供の上に。

 

 あと一歩、手を伸ばせば届く距離、子供は手を伸ばしていた。聖女に救いを求めていた訳ではないだろう。少女もまた、ウォーキングデッドとしての根源的欲求、食欲を満たすために、ジャンヌに手を伸ばしていたはずだ。

 

 ぐちゃ、とナマモノを落とした時のような粘着質な音をたて、動く死体は、死体となった。血飛沫が弾け、飛竜の足を真っ赤に染める。近くにいたジャンヌの顔にも無数の赤点がかかっていた。

 

 ジャンヌは血飛沫を拭うこともせず、ただ眼前の少女だった死体を見据えている。

 

 飛竜はジャンヌのことなど気にもせず、足元に顔を向ける。ジャンヌの目の前を飛竜の顔が通る。それでも、ジャンヌは動かない。飛竜は両足で死体を押さえ、顔を近づける。そのまま、肉を貪る。肉を割き、骨を砕き、丸呑みとする。

 

「なぜ……」

 

 その呟きは、誰に向けたものだろう。目の前の飛竜か、竜の魔女か。

 

「なぜ、このようなことをするのです!」

 

 裂帛の叫びとともにジャンヌが武装を展開。光の粒子が右手に収束し、オルレアンの美旗を形作る。ジャンヌの服と顔についた血飛沫は浄化され、消失。旗を回転させ、流れるように突きへと移行。穂先には魔力。飛竜の胸に穂先が突き刺さる。刺さった部分から魔力が放出し、飛竜の背面まで貫通。胸から翼までが千切れ、胴体が捻じれ飛ぶ。

 

飛竜の背後から一つの影が飛び出す。数メートル先に音もなく着地。影の姿形はジャンヌと似通っていた。ジャンヌと比べれば、髪は色が薄くなり、銀色に近い。鎧や服は黒を基調として端々には裂けてしまっている部分もみられる。表情は暗く、見下げるような視線をこちらに向けていた。美しい金色の瞳が辺りを睥睨する。私と、かばうように立つマシュは無視。長槍とした旗を構えるジャンヌを見据え、その顔が突如歪む。

 

「なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて。ねえ、お願い、誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいも。本気でおかしくなりそうなの。だってそれぐらいしないと、あまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」

 

 ケタケタと一人笑う。彼女が竜の魔女。もう一人のジャンヌ・ダルク。

 

 マシュが私に視線を向ける。アイコンタクトで、戦闘開始の算段を立てる。ジャンヌはいまにも飛びかからんばかりの形相だ。ジャンヌもマシュもサーヴァントとして成立し、人間離れした力を行使することが可能だ。しかし、目の前のサーヴァントは格が違う。身に纏っている魔力の桁が違う。ジャンヌはそれをわかっているだろう。それでも、彼女は挑む。ならばこそ、私もできることをするだけだ。

 

 竜の魔女が笑い疲れたように空を仰ぎ、息を吸う。ジャンヌが突進するために脚に力を入れた瞬間。竜の魔女を囲むように四騎のサーヴァントが現界した。長身を黒い貴族服に包んだ男、ドレスに身を包み、仮面をかけた女、修道服に十字の槍を構えた女、羽帽子に細剣を帯刀した剣士。剣士は男にも男装の女性にも見え、性別は不明。

 

「あぁ、本当――こんな小娘にすがるしかなかった国とか、ネズミの国にも劣っていたのね」

 

 魔女を守るように四騎が前に立つ。さすがのジャンヌでも、この四騎を抜いて竜の魔女へは到達できない。

 

「なぜこのようなことをするのかわからないという顔ですね。属性が変転しているとここまで鈍いのでしょうか」

 

 魔女はイタズラを笑う少女のようにクスクスと笑う。

 

「単にフランスを滅ぼすためですよ。徹底的に、ぜんぶ潰す。私、サーヴァントですもの」

 

「バカなことを……!」

 

「バカなこと? 愚かなのは私たちでしょう、ジャンヌ・ダルク。何故、こんな国を救おうと思ったのです? 何故、こんな愚者たちを救おうと思ったのです? 裏切り、唾を吐いた人間たちだと知りながら」

 

 竜の魔女の独白は徐々に激情の色を濃くしていく。

 

「私はもう騙されない。もう裏切りを許さない。そもそも、主の声も聞こえない。主の 声が聞こえないということは、主はこの国に愛想を尽かしたということです。だから滅ぼします。主の嘆きを私が代行します。すべての悪しき種を根元から刈り取ります。人類種が存続するかぎり、この憎悪は収まらない。このフランスを沈黙する死者の国に作り替える。それが私。それが死を迎えて成長し、新しい私になったジャンヌ・ダルクの救国方法です」

 

 竜の魔女はこう言っているのだ、人類は主から見捨てられた。故に死者として生きろと。裏切り、奪い、殺しあう原因となった自意識を無くし、生存という本能のみに身を落とす。そうすれば、人類種から抜け出せば、争いはなくなるのだと。

 

「……貴女は、本当に私なのですか……?」

 

 ジャンヌが信じられないと首を振りながら問う。ジャンヌの希望は故郷の救済だ。救済するという一点において、彼女たちは同じだ。しかし、救済の意味がまるで違った。

 

「呆れた。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、まだそんな疑問を持つなんて。なんて醜い正義でしょう。この憤怒を理解できないのではなく、理解する気さえない。ですが、私は理解しました。今の貴方の姿で、私という英霊のすべてを思い知った。貴方はルーラーでもなければジャンヌ・ダルクでもない。私が捨てた、ただの残り滓にすぎません。貴方には何の価値もない。成長もなく、ただ過ちを犯すために歴史を再現しようとする、亡霊に他ならない」

 

 竜の魔女は始末しろ、と一言告げる。もう話すことはないとでも言うように。

 

「では、私がやらせていただこう」

 

 魔女の声に、貴族服を着た男が答える。

 

「いけませんわ王様。私は彼女の肉と血、そしてはらわたを戴きたいのだもの。」

 

 仮面をかけた女が進み出る。私たちはジャンヌの元へ走る。

 

「強欲だな。では魂は? 魂はどちらが戴く?」

 

「魂なんて何の益にもなりません。名誉や誇りで、この美貌を保てると思っていて?」

 

 女はウェーブのかかった銀髪を撫でる。

 

「よろしい、では魂は私が戴こう!」

 

 男女が揃って前へ出る。私たちはジャンヌと合流。ジャンヌは長槍を、マシュは盾を構える。

 

「先輩、きます! 指示を!」

 

 ここに、第一特異点オルレアンにおける、初のサーヴァント戦の幕が上がる。

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