古き幻想の紅い雪   作:珀靈雪魄

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前後編に分ける(前後編に分けるとは言っていない)。

遅れた事については誠に申し訳なく思っております。これからも更新が遅くなる事が多々あると思われますが、どうか御容赦下さい。


番外編3:博麗の系譜・中

───季節も夏に差し掛かり、次第に寝苦しくなってきたこの神社で、私は寝惚けながらも殺気を感じ取った。

 

「んぅ……? …………えっ!?」

「…………シッ!」

 

薄目を開けて殺気のした方向を確認する。その瞬間に鈍く光る鋭い何かが、私の首を目掛けて突き出された。

すぐさま横に転がって回避する。

真後ろでドスっと何かが突き刺さる音が聴こえた。危なかった。死にはしないけれど。

 

さて。寝ている妖怪を刺しにくる凶悪な下手人は、いったい何処の誰だろうか。

 

「むー…………」

 

駄目だ。本来ならばもう少し寝ていられたのに中途半端な時間に起こされた所為で上手く頭が回らない。

……思い出した。後継者を見付けて、それで力を与える名目で少女を連れ込んだのだった。

そして最低限の知識や力を身に付けさせようとして……どれ程経っただろう。一年程だろうか。

 

思い出すと同時に、またか、という思考が頭に浮かんで、ついつい溜め息を吐きそうになる。

 

今度は眉間を狙って真っ直ぐに突き出される尖った得物。これは首を傾げて躱す。

取り敢えず自分の頬を張って視界と思考をはっきりとさせる。

案の定、飽きもせず執拗に私を狙う少女がいた。

何を持っているかと思えば、台所から持ってきたらしき出刃包丁を構えていた。

 

こんな事なら家中の全ての凶器になり得るものを仕舞っておけば良かった。

まあ後悔はしていないのだけれど。

それにしても、道具を持ち出してきたのは今日が初めてだなぁ……と過去を振り返る。今までは殆どが徒手空拳だった。だから撃退も容易いものだったのだが……。

 

さて。私は御主人様やあの二人と比べて、戦闘力はあまり無い。あくまで私個人の場合だけれども。

この能力を利用すれば大軍を揃える事が出来る……今の状況では役に立たない能力だ。

 

『誘い誑かす程度の能力』……そんな便利なものならそれを使って少女を止めればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、生憎と同性には効かない。

それに、もし使えたとしても使う意味が無い。

 

そも、この子を鍛える為には妖怪への復讐心と恐怖心を、少なくとも今のところは持っていてもらう必要がある。

褒めて伸ばしたりする手もあるけれど、ここまで敵意を持たれているとそれは困難となる。

 

〇〇相手になら少しは心を許しているのだが……まぁ心を許しているから何だという話に、今はなる。

 

考えている間にも、少女がじりじりと距離を詰めてくる。

手にした刃物を胸の前に構え、突進の姿勢を見せてくる。

 

体重を乗せた攻撃は、確かに有効だ。

ただ、それは当たってこそだ。何の対策も無い状態で闇雲に突っ込んでも、躱されるか受け流されるのが落ちである。

 

だから、勢い良く突き進んできた少女を、私は組み伏せた。

これぐらいなら、妖怪の地力で何とでもなる。

 

「っ……離……」

「離しませんよ? 抜け出してみてはどうでしょうか」

 

離したらまた襲ってきかねない。

最終的には、この状態から楽に持ち直す事が出来るようになってもらわなければ。

 

「……どう、しろと……っ!」

 

必死に拘束を解こうと腕だの腰だのを掴んで、押し返したり横に退かそうとする。勿論、無駄だ。

しかし、人間だから無理、という理屈は通らない。何処ぞの人間をやめた人間の例があるのだから。

 

流石に力押しでどうこうしろとは言わないけれど。アレは異常だ。

生身で鬼とやり合って、あまつさえ勝利を収める人間など聞いた事が無い。

 

「何をしているんだ……」

 

噂をすれば何とやら。騒ぎを聞きつけたのか、起き抜けの目を擦って〇〇が部屋に入ってきた。

藻掻く少女と押さえ付けている私を見て、呆れたような視線を向けてくる。

私はただ降り掛かる火の粉を払っただけなのだが……。

 

「マナと遊んでいるんですよ。ね?」

 

真下の少女──マナという名前は〇〇が付けた。漢字で書くと『愛』。単純だけれどいい名前ではないだろうか──にそう同意を求めるが、射殺すような視線で此方を見つめるのみ。

まったく。こんな早い時間から遊んで欲しいと包丁持って突っ込んできたのはこの子なのに。

 

「……とてもそうは見えんな」

 

そうだろうとも。自分でも言い訳を間違えたと思う。

いや、別に言い訳は必要無いか。正当防衛だから。

 

「では貴女ならそのまま刺し殺されていたとでも?」

「ん? それぐらい弾けるだろう」

 

そうでしょうね。そう答えるのは判りきっていましたとも。ええ。

でも私と比べないでもらいたいものです。黒百合さんならまだしも。

 

「私のようなか弱い妖怪は刺されたら痛いんですよ」

「私だって人間だ。妖怪よりはか弱い」

 

どの口がほざくか。

 

「ところで──そろそろ離してやれ」

「え? ……あっ」

 

〇〇の視線を辿り、真下へと目を向ける。

 

先程から妙に抵抗しなくなってきたな、と思っていたら、どうやら関節でも極めていたらしく気を失っていた。

少しやり過ぎたと思う。反省。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

「なぁ、誑子」

 

食事を摂り、縁側で涼んでいると、〇〇から声が掛かった。

 

「何でしょうか?」

 

正気に戻ったや否や朝食を掻っ込んで、また私に構ってくるマナを適当にあしらいつつ、振り向いて返事をする。

 

「───繕わなくてもいいぞ?」

「えっ?」

 

いきなりの発言。一瞬だけ止まった時間。流石に意味を理解する事が出来ず硬直してしまう。

何を言っているのか解らないが、〇〇の真剣な眼差しを受けて自然と言葉が出なくなる。

いや、解らない訳ではないのだが、認めたくはない。

 

「別に作らなくても、私は気にしないが……」

「……何の事でしょうか?」

 

いったい何処で襤褸(ぼろ)が出たというのだろうか。完璧に隠す事が出来ていたと思っていたのに。

 

(とぼ)けるな」

 

強い口調。有無を言わさぬ断定の言葉。目には炯々(けいけい)たる光を宿し、揺らぐ事無く私を射抜く。

その瞬間、得も言われぬ緊張に身体を縛られ、目を逸らす事すらも能わなくなっていた。

 

「私はな、お前の性格はどうでもいいんだ。どんな性格だろうと認め合った仲だろう?」

 

それは……確かにそうだ。

私は御主人様に対する時とは違った面。裏表を見て、そして料理対決で引き分けて。その時その瞬間にこの〇〇という人間を認めたのだ。

それは〇〇も似たようなものだろう。

 

「いやまぁ、繕うなってのは私の我が儘……そう、我が儘なんだがな……やっぱり、何と言うか」

「……寂しいんですか?」

「あー……そう、そうだ」

 

そう語る〇〇の視線は、先程のような強さはなく、微妙に私から逸らされていた。

まったく、変なところで不器用な人間だ。

それに、そこまで見抜いた〇〇に対する答えは、初めから決まっている。

 

「私は別にいいですよ? 貴女がそう言うなら。それに、少し窮屈でしたし」

「お、そうか? それならいいんだが……」

 

恍けるな、なんて身勝手にも思える強い口調で言い切ったのだから、そこで軟化せずに一気に引っ張っていくぐらいの気持ちでいて欲しいものだけれど。

 

いったい何処で看破されてしまったのだろうか……。

ふと、考えが止まる。

まさか、気付いたのはこいつじゃなくて……黒百合さんなのではないだろうか。

 

それは十二分にあり得る事だ。脳まで筋肉の〇〇よりも黒百合さんの方が色々とこういう事には気付きそうだ。

解ってそれを問い詰めたところで何の面白い反応も得られないだろうし、〇〇には黙っておこう。

黒百合さんには後で聞いてみようと思うけれど。

 

「それじゃ、マナと遊んでくる事にしましょうか」

「ああ。行ってこい」

 

マナを片手にぶら下げてそこらに遊びに行く事にした。

この辺りの森なんかを散策でもしようか。

マナに妖怪というものの真の恐ろしさを知らしめるには私では色々と不足している。森の異形の妖怪達にでも会わせてみる方がいいだろう。

 

 

 

 

 

「───こんにちは、黒百合さん」

「む? 誑子か。何か用かの」

「いえ、ただの世間話ですよ」

 

熱い陽射しから逃れるように、私は黒百合さんの住処である洞窟にお邪魔していた。

黒百合さんは何も知らないふりをしてその実、相手のかなり深いところまで観察している食えない鬼だ。

 

「ふむ……今日はマナは連れておらぬのか?」

 

マナから嫌われている私だけども、マナを外に連れ出すのはいつもいつも私の役目である。

だから連れてきていない事を不思議に思ったのだろう、問い掛けてくる。

 

「森に放ってきました。異形の妖怪にでも会わせてみようと思いまして」

「……ふむ。よいのか? 彼奴らは理性のある者ではなかろうに」

 

よいのか、というのはマナが喰われてしまうのではないかという意味が含まれている。

勿論心配する事はない。

 

「大丈夫ですよ。あれでも結構強くなってきてますし。それに……いざとなったら私の第六感でも働きますよ、多分」

「随分といい加減じゃのう。お主らしくもない」

 

私らしくない。その言葉にだけはすっとぼけた調子が感じ取れた。

 

「私の内面まで見抜いておいて、よく言いますよ」

「ふむ。何の事かの?」

 

やはり、とことん知らんふりを通すつもりのようだ。

 

「貴女でしょう、〇〇に私が性格を作っている事を話したのは?」

「さて何の事かのう……あやつはあれでいて結構鋭いと思うのじゃが」

 

確かに、〇〇はあれでよく気が利くし色んな事に気が回ったりするけれど……他者の心に関してはとことん鈍い奴なのだ。

だから、腹に一物抱えているような奴の言葉を額面通りに受け取ったりする事もままあるから、それが不安のタネだったりもするのだが……あいつならどんな不利な状況でも力尽くで何とかしてのけそうだから恐ろしい。

 

「……まぁ、そういう事にしておいてあげますよ」

「そうかの」

 

と、いったところで。不意に何となく嫌な予感がしたので、マナを拾いに戻ろうと黒百合さんに挨拶をしたところ……。

 

「わざとマナを放り出して危機に陥ったところに颯爽と駆け付けて助け出す。そしてマナに懐かれたい、と。まったくお主も素直ではないのぉ……」

「なっ……!?」

 

驚いた。突拍子もないその物言いもそうだが、何よりも、心に薄ら寒いものを感ずる程に正確に内心を見抜いてくるこの洞察力。

心でも読めるのではなかろうか、この鬼は。

 

やっと理解が追い付いたところで時既に遅し。

面白いものを見るような目付きで、此方を舐めるように見つめる黒百合さん……いや、駄鬼さん。

 

「な、何の事だか解りかねますが」

「───顔、朱いぞ? 誑子よ」

「……えっ?」

 

嘘だ。そんな事はない筈。

そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせようとするも、この駄鬼さん……腐れ外道が懐から鏡を取り出して私の眼前に掲げた瞬間、それは全くの無意味な行為と化した。

 

「…………」

 

どちらかと言えば幼さの浮かぶあどけない顔付き。

色白な肌に差す朱色を視認した途端、嫌に気恥ずかしい思いに囚われ、半ば逃げ去るように鬼畜外道の住処たる洞窟を後にした。

 

その時に後ろから聞こえてきた揶揄い混じりの高笑いが、マナの許に着くまでの間、ずっと耳の奥底にこびり付いていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

誑子が慌ただしく逃げ去っていった後に、黒百合は洞窟の出入り口に向けて呟いた。

 

「短命の存在にあまり入れ込み過ぎると──解っておるのか? 割り切れるか? 誑子よ」

 

この場にいない誑子は、当然の事ながら最後の台詞まで聞き取る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

───果たしてマナは、隠しきれぬ恐怖を顔に張り付けて、怯えを露わにしていた。

例えどれ程他の人間より強くなろうとも、妖怪に対して強い復讐心や憎悪の気持ちを持っていても、やはり怖いものは怖い。

 

それと言うのも、今までマナが会った事のある妖怪は、総じて人の姿をしていたのだ。

マナの家族を殺した者も、無論、人間に近しい容姿をしていた。この世界では人型の妖怪の方が力を持っている。

 

そんな中に、異形の存在。

単眼の者や、どちらかと言えば獣に分類されるような怪物ども。醜悪なその塊風情がわらわらと、無力な小娘でしかないマナ一人を取り囲んでいる。

いくら人型よりも弱かろうと、非力な人間にはどちらも等しく感じるもの。寧ろ生理的な恐怖を味わう事になる分、異形の方が質が悪いと言える。

 

一方に目を向ければ、値踏みするように厭らしい目付きをした者が映り。

また一方に目を向ければ、馳走を目前にした野獣の如く涎を滴らせる者が映り。

耳を澄ませば、うら若き少女の肉体をどのように喰らうかの低俗なる議論に興じている者の存在を感じ。

瞑目して何も視なければ、無数の悪意が障気となって心身を刺し貫く。

 

「俺……我慢出来ナい……こイつ……喰いタイ……」

「アノ女に……止メラれテ……イるガ、限界、ダ……」

 

おおよそ知性の欠片も感じられない醜い家畜共の声音で言葉を交わす人ならぬ者共に、マナの精神は限界に達しようとしていた。

 

「────っ」

 

声にならない、恨み節と助けを求める声が混じったかのような声質の悲鳴を上げかけるマナ。

 

それを視界に捉えて、流石に自らの行いが行き過ぎていた事を悟った。

何せ、最早この下等生物どもが己が身を制御しきれずにマナに襲いかかる、その寸前だったのだから。

 

やはり、こうなったか。

言葉で止めたところで、この能無し共を抑制し得る楔になる筈もなかったのだ。

そして、ここまでマナが弱かった事については計算外だったと言うより他に無い。この子なら囲まれる前に逃げるくらいは出来ると思っていたのだが……いいや、寧ろ以前よりも弱くなっている?

畏怖によって支配し憎悪によって増幅する力と、勇気や絆といった力と、果たしてどちらが強いのか。

今の私にはにわかに判断が付かなかった。

 

解らない。解らないからこそ考えたくなってしまうが……今この時は思考を余所に背けるな。

あの鋭利な牙や爪がマナの身体に突き立てられでもしたら、それだけでいとも容易く、幽かな命の灯火は掻き消えてしまうだろう。

 

斯くなる上は、御主人様より教わった技を使うしかない。

あれは私が扱う事の出来る戦闘用の術の中で一番使い勝手がよい技である。そして威力も高い。

 

「───マナっ!」

 

声を張り上げ、跳躍する。

マナの横に降り立つと、掌に妖力を収束させて紅の刃を想像し創造する。

御主人様の教えたかったものとは少し違ってしまったようだが、そこからまたわざわざ別の技へと調えて下さった。そんな経緯で生み出された、私の唯一とも言える近接戦闘用の技。紅刃の長剣。

 

それが顕現すると同時に、今まさにマナに飛び掛かっていた妖怪を斬り伏せる。

数瞬の後、他の小妖怪どもの瞳に恐怖と驚愕の色が浮かぶ。

 

「あ、あア……お前──」

 

何やら喋り出しそうなゴミクズを黙らせる為、その首と胴体を泣き別れさせる。

少しの間宙空を舞っていた生首が地面にどさりと音を立てて落ち、ごろりと転がってその歪んだ面を空に向けた。

暫く己が身に何が起きたのか解らないように目を瞬かせていたが、自身の身体を見たと同時に白目を剥いて事切れた。

 

あまりにも軽々と同胞の命が失われた事に恐怖したか。その恐慌は瞬く間に他の小妖怪にも伝播していき、一人がその場から逃げ出すと、残りも一斉に押し合い圧し合いバラバラに散っていった。

 

「……マナ、無事ですか?」

 

それを確認して、マナの方に目を向けて安心させる為になるべく優しく声を掛けようとしたのだが……。

 

「…………っ」

「え……マナ?」

 

今、この瞬間、確かに私の思考は停止していた。

何故ならば、マナが私に抱き着いてきたのだ。あのマナが。私をあれだけ目の敵にしているあのマナが。

腰に手を回してきゅっと力を込めて。心做しか少しだけ震えながら。

 

「……………………」

 

まさか、この作戦などとはとても思えないようなただの願望が実現するとは夢にも思わなかった。

少しだけでもマナの態度がよくなるといいな、と思って行動に移しただけなのに、ここまで効果があったとは。

神様……諏訪子様や神奈子様、そして御主人様に有らん限りの感謝を捧げ、満を持して結論付けよう。

 

───マナは可愛い。これが真理。自然の摂理。

 

今にも踊り出しそうになる程に浮かれきった心を鎮めつつ、表情は平静を装って、労るように優しくマナの頭を撫でてやる。

ここまで頼りにされるのは嬉しい。嬉しいのだが……結局利己心でマナを弄んだ訳だから罪悪感のようなものを覚えてしまう。

 

窮地を救うというのは、思った以上に効果があったようだ。

然し、もうマナにこんな思いはさせるまい。これからは普通に接していくとしよう。

 

 

 

 

 

「ん……誑子か。お帰り」

 

陽も落ちてきた頃。博麗神社へと帰ってきた私達は、丁度夕餉の用意をしている〇〇に出迎えられた。

 

「ええ、ただいま戻りました」

 

いつもなら私から逃げるように〇〇の所に向かっていくマナだったが、今回は私の隣から離れようとしない。

それを見た〇〇が不思議そうな声音で問うてくる。

 

「あれ……何だか今日は仲が良いな。どうしたんだ?」

 

〇〇にとってはいきなりマナが私に懐いたように見えるだろうから。さて、散歩の間に何があったと考えるだろうか。

何と言うか、少しだけ良い気分なので声もほんの少し弾んでしまう。

 

「色々とありまして。マナが離れてくれないんですよ」

「……嬉しそうだな、お前」

「……ふぇ?」

 

いきなり何を言い出すのだろうか。この脳まで筋肉で埋め尽くされている初代巫女は。

確かに本心を語るならば嬉しい。可愛い。抱き締めて眠りに就きたい。でも御主人様も可愛らしい。どっちも抱きたい。

 

欲望垂れ流しなのは百も承知。それが妖怪なのだから。それでも心の裡にのみ留めているというのに。

他人の心の機微に疎い〇〇に見抜かれる謂れは無い。そうしないと、そう考えないとやってられない。

 

何だか、負けたような感じがして嫌なのだ。

〇〇の事は友としても相手としても認めているけれども、それでもそう簡単に本心を悟られるというのは許せない。許されない。

やはり根底には、人間如きに、という思いが残っているのだろう。下らない事に。

それを否定してしまっては妖怪そのものを否定する事にもなりかねない。人間と妖怪は見えない壁で隔絶されているようなものだから。

 

「いや、心底不思議そうな顔をされても……。お前、結構顔に出るから判り易いんだよ」

 

……は? 今何と?

判り易い? よりにもよってこの私が?

 

「不満そうな顔するのはやめてくれ……お前も、自分でも気付かない内に丸くなったんじゃないのか?」

「…………」

 

そうなのだろうか。それとも私の思い違いで、実は〇〇は他者の心に関しても鋭かったりするのだろうか?

……もう、いいか。今日くらいは考え込んだり下らない意地を張ったりせずに、認めよう。〇〇は案外鋭いと。

しかしあの時のあれは間違いなく黒百合さんの仕業だろう。困った腐れ外道である。

 

「今日は抱いて寝たらどうだ?」

 

〇〇がニヤつきながら囃してくるものだから、先程までの黒い思考が薄れていく。

 

「勿論ですよ。マナは可愛いですから」

 

こちらも、心の底からの笑顔を浮かべて、マナを抱き上げた。

 

 

 




次で博麗の系譜は終わり。

……また何ヶ月もかかるのかなぁ(遠い目)。
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