誠に申し訳ございません。
これからは少しは早くなるかもしれません故、恐縮ですがこの小説の更新は気長にお待ちください。
「───では、次はこれを撃ち落としてみてください」
言葉と合わせるように、両手いっぱいに抱えた木材を妖怪の力で空中に放り投げる。
思った以上に飛距離も出たし、空中でそれぞれが離れて疎らになった。いい感じだ。
視線だけで頷いてみせたマナは、小さく幾つかの言葉を紡いだ後、大量のお札を宙にばら撒く。
夥しい数の文字が書き込まれたお札は、紙吹雪のように散らばり、それぞれ木材に別れて飛んでいく。
自動誘導が良好に機能しているところを見ると、知識に対して実力が追い付いてきたのだと判る。
符術などは苦手である〇〇でも、その道の知識はちゃんとあったんだな、と少し見直した。
専ら、原理やお札の作り方などは〇〇が教えている。
私の仕事と言えば、こうしてマナがどれだけ力を付けたのかを定期的に試す事ぐらいである。
たまに黒百合さんが訪れた時などは、黒百合さんにも見せたりしている。
「はい、よく出来ました。今の時点では充分な程です」
木っ端微塵に切り刻まれた木材の成れの果てを見て、賞賛の言葉とともにマナの頭を撫でてやる。
つやつやさらさらと触っていて心地の良い髪だ。
「……あ、有り難う」
「…………」
さっきよりもやや強く、わしわしと髪を乱すように乱暴に撫でる。
少しだけ抗議の念が篭った目で見られた。可愛いのが悪い。というかその仕草も可愛い。
これが、いつか御主人様が仰っていた『ぞっこん』というものだろうか。
……どうしてだろう。人間との別れなんてすぐに迎えるものだというのに、ここまで一人の人間にのめり込むなんて……あいつの場合は人間でありながら人間じゃないからいいのだけど。
しかし、何故だろうか。決して。決して悪い事のようには思えない。寧ろ、好ましい事に感じられる。
仮面を張り付けていなくても、私の事を……あの当時は弱くて、己を偽らなければ生き抜く事すら能わなかった。
今でもそうだ。所詮私一人では、そこそこ力のある妖に集団で襲いかかられれば、分が悪くなる程の力しか持ち合わせていない。
そんな私でも、偽らなくても、心を落ち着けて過ごせる場所があるというのは、素直に嬉しい。
あいつも、黒百合さんも、マナも。ありのままの私を受け容れてくれている。
こんな
───御主人様、貴女は、こんな私でも受け容れて下さるのでしょうか。
最初は力の強い者に取り入ろうと近付いただけ。たまたまその時に目を付けた神に過ぎない。だけれども、この状況に至る切っ掛けを作ってくれた神様。
今となっては、心の底から感謝している。
また御主人様と出会う時が来たら、場が整ったのなら、しっかりと謝ろう。そして、式神として一生を御主人様に捧げよう。あの方が望むのならば。
それがあの方への償いであり、他ならぬ私自身の、偽らざる本心である。
こんな事を考えるなんて……やはり、妖怪らしくない。
「……誑子さん?」
長い時間考え込んでいたのか、マナが不安げにこちらを見上げてくる。
「───ああ。少し、考え事をしていました……さあ、今日はもう帰りましょう」
いつか訪れる別れの時まで、ずっと一緒に暮らそう。そう決意を固めたところでマナを促して帰路へと着いた。
☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆
「───只今戻りました」
神社でもあり住居でもある建造物の裏手より、ガラリと引き戸の音を立てて帰宅した旨を告げる。
「戻ったか。丁度今あいつが来たところだ」
「あいつ……あぁ。黒百合さん、今日はこちらに来ていたんですか」
黒百合さんがマナと私の場所へ来るか、それともこちらに来るかは本人の気分次第。
居間に向かうと、酒を手に持った黒百合さんが私の方を振り返った。
いつでも酒を飲んでいるな、この鬼は。
「『おかえり』。マナの様子はどうかの。進展はあったか?」
この鬼や御主人様の言うところによると、「未来では『おかえり』と『ただいま』という略した言語が広まる。間違いない」らしい。
「……『ただいま』。ええ、順調ですよ。じきに二代目を任せられそうです」
現に、もう基本的な技術は全て完璧。応用もかなり利いている。
後は、実戦にて経験を積ませる、という段階にまで来ていた。本当に、後少しであいつとも別れるのか。
夕餉の支度をしている〇〇を見て、うっすらと寂しい気分になる。
「……ああ、そうじゃ。誑子よ。夜、時間はあるかの。少し、話がある」
いつものふざけた様子ではなく、何か真剣な話なのだろうかとこちらも顔を引き締めて返事をした。
「わかりました。伺います」
食事の後、黒百合さんに着いて、博麗神社から少し離れた静かな沢へと向かった。
「……それで。話とは?」
別に急いでいる訳でもなかったが、この黒百合さんが真剣になる話とはいったい何だろうかと気になったもので、単刀直入に本題に入るよう促す。
「前に妾の住処でお主を揶揄った時には、すぐに逃げたものだから話せなんだが……」
「……その話を蒸し返さないでください」
いつになく真面目だったから着いてきたというのに、いくら前置きとはいえ何であれを蒸し返してくるのか。
「まぁそう膨れるな。して、本題じゃが……お主は、マナをどう想っておる?」
「マナを……ですか?」
いきなり、マナについてどう思っているかなんて訊かれても……どう答えればよいものか。
勿論、大事に思っているし可愛いし……それは、黒百合さんも知るところの筈。
改まって訊くという事は、それに連なる話か。
「どうもこうも、大事に思っていますが。何ですか?」
「ふむ。お主ならそう答えるであろうとは判っておったよ。……なればこそ、マナが人間だと判っておろう」
「ああ……その話ですか」
理解した。この話は……マナとの別れについての話だ。
「丁度、自問していたところですよ。……妖怪らしくないな、と。それで? 入れ込むのはやめろとでも仰るんですか?」
無意識の内に、言葉に険しさが混じる。
「拗ねたと思えば怒る。ほんに忙しい女子よ。誰もやめよとは言っておらぬ」
「…………」
「知っておるかは判らぬが、妾も紅雪と同じく転生した身。年月こそ違えど、元々は人間じゃ。されば、妾も紅雪も、血は繋がっておらずとも家族を大事にする気持ちは解る」
それは、知っている。まだ御主人様が何処かへ行ってしまう前に、御主人様その人から教えてもらった。
「妾は妖怪でありながら、人の子よ。なれどお主は種としては純粋な妖怪。故にこれは妾の物差しでの言葉。……お主は、マナとの別れの際に、割り切れるか?」
……ああ、そういう事だったのか。黒百合さんの真意を聞かされてやっと理解が出来た。
つまりは、黒百合さんは元は人間だったから純粋な妖怪である私の気持ちが判らない。だから、いつか訪れる別れの時に、マナに固執せずに割り切れるかを聞きたい。そういう話だったのか。
「……割り切れずに人間みたいに執着したい、という気持ちもありますが、恐らく割り切らざるを得ないでしょう。……妖怪ですから」
「そんな顔をするお主が、ちゃんとした妖怪とは思えぬがのう」
今、私がどんな顔をしているか。……寂しい顔でもしているのだろうか。
「妖怪ですよ。恐らく、とても執着しているマナが死んでも、泣けはしないのでしょう」
それでも、悲しい……それぐらいの感情は、私の心に浮かんでくれるのだろうか。
それすらも無いのなら、そんなに寂しい事は無い。
「そうか……話はこれで終わりじゃ。わざわざ来てもらって済まなんだの」
「いえ。こちらこそ。自答する機会を与えてもらい、有り難う御座います。それでは」
……私は、どこまでも冷静で、愚かしい。
もはや拘わっていた『プライド』など何処にもない。
──私は。マナも、あいつも、黒百合さんも……御主人様も、皆の事が好きだ。
馬鹿じゃないのかと嗤わば嗤え。妖怪らしくないと貶さば貶せ。
私は、こういう妖怪だ。
「くぅ……っ!」
朝。疲労を露わにしたマナが、私に向けて御札を飛ばす。
「ほら、もっと集中して。そんな速度では当たりませんよ」
何でまたこうなっているのか、それは。早朝の、まだ私も起きたばかりの時間まで遡る。
相手をして欲しい、というマナの願いを聞いて、寝起きで頭が回っていなかった私が聞き返すと、何と実戦形式で稽古を付けてほしいと言うのだ。
私としては、別に断るつもりもないのだが……どうして急にそれを言い出したのかが気になった。
なので質問をしてみた……すると、どうやら色々と複雑な事情があるらしい。あいつの人間離れした強さとか、私達妖怪の存在をより深く認識したからとか。
あいつを人間という尺度で測ってはいけないと突っ込みたくなったが、揺るぎのない目をしていたので、茶化す気にもならなかった。
そして今に至る。
既に幾許かの時が経過しており、その長さは普段の稽古を優に上回るほどだ。その上、いつもと違い私の攻撃を避ける為に動き回って札を射出している。肉体的なものと精神的なもので、マナにとっては疲労が洒落にならない段階まできている筈だが……まだいけそうか。
頑張るのはいい事だが、それで身体を壊してしまっては元も子もない。
……もう少しだけ加減してやるか? いや、それでは何の為に実戦をしているのかわからなくなってしまう。私に勝つ事は出来ないまでも、手傷を負わせられるようになれば、実際に外に出て妖怪退治をさせても特に問題はないだろう。私とてこの辺りでは有数の大妖だ。黒百合さんと、他にも何人かいる大妖とはまた力が違ってくるが。
それでも、この辺りの小~中妖怪に負けてやるほどではない。
一つ、勘違いしないで欲しいのだが。寄って集って攻撃されれば分が悪くなると言ったけれども、それは黒百合さん以外の大妖怪達の事で、中小妖怪が群がってきたところで何の障害にもなり得ない。それ程に大妖怪と中小妖怪とでは大きな差があるのだ。
因みに、黒百合さんには逆立ちしても勝てない。あの方は強過ぎる。それと、あいつは化物だから論外。
考えている間にマナの手から放たれる札の群れ。しかし、この程度では思考を中断するには至らない。
掌に妖力を集め、球状の弾にして全ての札を悉く撃ち落とす。
「……これならっ!」
またもや、札をばら撒くだけの力技。元の霊力が弱いのだから、もっと技術を磨くべきだと思うのだが……と、先程と同じように妖力弾で迎撃する。
───ふと、嫌な予感が脳裏を掠めた。
「────っと!?」
慌てて飛び退く。
すると、さっきまで私のいた場所を、退魔針が鋭い軌道を描いて通り過ぎていったのが見えた。
そう、こういう風に小手先の技術でもいい。兎に角、力が駄目なのだから技で相手に迫るべきなのだ。
しかし。これはなかなか上手い攻撃だと思う。
私が油断していたのもあるかもしれないが、相手の油断を利用して攻めるというのは定石だ。これは油断していた私が悪い。
マナを見る。普通ならば、ここまで仕込んだ一連の攻撃を軽い調子で躱された事に悔しいという表情でも浮かべているのだろうが……マナは得意気な顔をしていた。
それに疑問を抱くよりも早く、私の目の前に札が現れ、構える前に爆発した。爆発といっても、ぽん、という可愛らしい擬音が似合うものだったが。
これには傷付ける為の術式が組み込まれていない。
「……参りました。降参です」
元々、攻撃を当てたらマナの勝ちという決まりの下に行われた特訓だ。
素直に負けを認めて軽く両手を挙げると、マナの口から「やった!」という言葉が発せられた。
こんな可愛らしい仕草を見せる子が、一度目の不意打ちを躱していい気になっている私の更にその隙を突いて敢えて殺傷力のない札を当ててきた……とは考えられない。というか考えたくない。もしそうなのだとしたら、予想以上に侮れない者に育つと思う。
ううん……これは予定を早めるか?
「見事なものだ」
声が聞こえたので振り返ると、巫女装束というよりは武道着寄りな衣服に身を包んだ〇〇が立っていた。
いつから見ていたのやら。まったく気配がしなかった。
「あっ、初代様!」
それに気付いたマナが、嬉しそうに駆け寄っていく。少し嫉妬。
最初はマナもこいつの事を名前で呼んでいたのだが、もう初代巫女の跡を継ぐ二代目の博麗の巫女になるのだから、と初代と呼ばせる事にしたのだ。
「どうします? 少し、予定を早めますか?」
兼ねてより計画していた、マナの博麗の巫女としての試験。
それは、実際に人々に害を与えている妖怪と生命の遣り取りをするというもの。平たく言えば実戦だ。
「そうだな……念の為、私達もこっそり後を着いていく形での試験とするか」
「まあ、それが妥当ですよねぇ」
話が纏まったところで、計画を実行に移す為の作戦を練る為に、三人揃って博麗神社へと帰るのだった。
☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆
早朝。私は、マナの試験に打って付けの妖怪を探す為に、少し遠くの森を彷徨いていた。
辺りを見渡すも、碌な気配を感じない。どいつもこいつも弱小な力の波動だ。
こんな小妖怪どもを蹴散らしたところで、博麗の巫女としてやっていける程度には至らない。
せめて、もう少しでも強い妖怪達を探さねば。
そして、動き回る事数刻。
見付けた。そこそこの力を持った小~中の妖怪群を。
これぐらいの量ならば、多過ぎるという事も少ないという事も無いだろう。ここにするしかない。
位置的には、博麗神社と黒百合さんの住んでいる山を直線で繋いだ、更にその直線上にある。
早速身を翻して二人の許へと戻る。
思ったより時間が経っていた。もう昼前だったのか。
「見付けましたよ」
「そうか。お疲れ様」
試験にぴったりの妖怪を見付けた旨を、試験の計画者である初代に伝える。
さて、と前置きをしてマナを呼ぶ。
「マナ。今から大事な話をします」
真剣な空気が伝わったのか、マナの身に緊張が走る。
「昼餉が終わったら、マナ。貴女の博麗の巫女になる為の試験をします」
驚きというよりは、遂に来たかといったような面持ちで私の言葉を呑み込んだマナ。
覚悟が出来ているのだとしたら、話が早くて助かる。それに、もう実力面でもそこらの妖怪など歯牙にも掛けない程の力を身に着けている。流石に大妖怪達には手も足も出ないだろうが。
それは追々強くなっていけば済む話だ。今は、マナが無事に試験をこなす事を祈っておこう。
そして、大幣や退魔針や札といった妖怪退治の武器に、霊力を纏った巫女装束。武装を整えたマナが山を越えてその向こうを歩いていく。
私達保護者は後ろからこっそり着いていく形でマナの試験を見守ると同時に、想定外の出来事に備えていた。
今のところ特に不都合はない。マナの快進撃を見物して着いていくだけだ。
まあ私達は元よりこの環境下でマナが負ける訳が無いと思っているのだが。
大妖怪などがしゃしゃり出てきたりしたらその限りではないけれども。
まずはマナという丁度いい獲物を見付けた弱小妖怪が、その命を狩らんと目を光らせる。
狩られるのは自分だという事に気付く様子は、まったく無い。
鉤爪を振り翳し、振り回すだけの単調な攻撃。そもそも目測を誤っているのか届いていない。
マナが攻撃に合わせて後ろに少しずつ下がっていたのだが……その場で止まって連撃を虚しく空振りさせている愚妖にはわかっていないのだろう。
こんな雑魚に時間をかけるのは勿体無いとばかりに、マナの反撃が始まる。
懐から札を取り出し、短い詠唱を間に挟む事で刻まれた術式を発動させ、指の先から鋭く射出する。
散々振り回して少し動きが鈍った妖怪の腹に、剃刀のような切れ味を誇る札が突き刺さる……いや、貫通した。更に纏う霊力の余波により腹に空いた穴が拡大していく。
なかなか霊力を練る事が上手くなっている。これなら特に心配は無いだろうか。
だが敵は腐っても妖怪。腹を突き破られたくらいでは死なない。
みっともない叫び声を上げ、半狂乱になってマナに猛然と向かう。が、マナは焦らず直線的な突進を躱し、素早く手に持った退魔針を後頭部に飛ばす。
退魔の力が篭った針は、妖怪にとっては劇薬にも等しい。患部からじわりじわりと浸透していく霊力という名の毒が、妖怪の全身を覆った時、操りの糸が途切れたかのように前のめりに倒れ臥した。
「……なかなかどうして、やるものだな」
弱小妖怪一体如きが相手とはいえ、そうそう初めての実戦でここまで上手く立ち回れるものではない。横から感嘆の呟きが聞こえてきた。私も同感である。
それからは特に何事もなく、道を阻む妖怪を片っ端から捩じ伏せながらの道中となった。
一対多の状況ではどうなるかとも思ったが、多少危ないところもあったものの何とか討伐に成功した。やはり私と模擬戦闘をしていた時よりも動きが機敏になっている。
もともと妖怪に恨みを持っている事も大きく影響しているのだろう、会った当初の頃と似た雰囲気を醸しながら、笑顔で並み居る敵をばっさばっさと薙ぎ倒していくマナ。
狂戦士という言葉が頭を過ぎった。
そうこうしている内に、この辺りで最も力を持っているのであろう大将格の妖怪に、マナは出会した。
これの討伐を以て試験を終了する事になっている。だが、流石に力の強めの妖怪だけあってか油断が無い。隙も少ない。
いざという時の為にいつでも飛び出せる準備をして、二人の対峙を見守る。
人の形をとった妖怪の方が基本的には獣のような見た目の妖怪よりも格が上だが、時には例外もいる。その例外に当てはまったら目も当てられない。
妖力の質や量だけが妖怪の強さを決める訳ではない。少量の妖力でとんでもなく厄介な術を行使する妖怪もいるからだ。今までの雑魚ならばその心配も要らなかったが、今回は万が一という事がある。注視しておかなければ。
妖怪が突進を繰り出す。マナは一歩後ろに下がりこれを躱し、そのまま反撃へと移る。
先程までは、これで終わっていた。しかし、当然の事ながらそう簡単にはいかない。
反撃を躱した妖怪が、爪を真横から薙ぐように振る。
当たる──! と思えば、マナが手に持った大幣で受け流す。流石に受けるという真似はしなかった。
静と動。距離を詰めながら我武者羅に爪を振り回す妖怪と、少しずつ退りながら受け流し続けるマナ。一見押されているようにも見えるが、決してそんな事はない。
小さな動きだから攻防に隠れてあまり見えないが、先程からマナはその間の小さな隙に相手の身体に気付かれぬように札を貼っていっている。
私もついさっきまでは気付かなかったが、札は次第に増えていっているので遅かれ早かれ気付いていただろう。あれで何をするつもりなのかはわからないが、きっと面白いものを見せてくれるだろう。期待が高まる。
「──グルアァッ!」
なかなか攻撃が当たらない事を焦れったく思ったか、妖怪は防御を捨てて大振りの構えを取る。
苛立ちと焦りから余裕を無くし、隙を自ら生み出す。そこそこの力があっても所詮は中小妖怪。
思い切り腕を振り上げ、轟音と土砂を撒き上げながら地面に叩き付ける。その間に、マナは妖怪の背後に回っていた。
突然視界から消えた獲物に戸惑う妖怪の後ろ。マナは大幣を手に何事か小声で詠唱していた。
次の瞬間には、妖怪に張り付いていた札がそれぞれ内側に向けて動き出していた。
内側に動くということはつまり、妖怪の表皮をも喰い破って突き進むという事である。
──結果。どうなるか。
単純明快だ。一つ一つが必殺の兵器と化した何枚もの札が妖怪の体内を蹂躙する。
身体中に風穴を開けた妖怪は、声にならない呻きとも叫びともとれない声で唸り、堪らず地面に頽れた。
正直、あの特訓の際にこれをされていたら私も危なかったかもしれない。
見事な腕前だ。隣の初代を見ると、こいつも同じことを思っているようで頻りに頷いていた。
「マナ。お前は今から二代目の博麗の巫女だ」
そのまま茂みから出ていったので、私も着いていく。
「初代様!? 誑子さんも!」
気付かなかったのだろう、目をまん丸に見開いて驚きを身体全体で示すマナ。ああ可愛い。
「これからは博麗の巫女という自覚を持って事に当たって欲しい」
「妖怪退治だけでなく、人里の揉め事なども取り持ってあげないといけませんからね」
「はい! これからも頑張りますので、宜しくお願いします!」
──嗚呼。
この楽しかった日々はいつのことだったか。
二代目博麗の巫女として、マナはその手腕を遺憾無く発揮して民の支持も得た。妖怪退治の腕も次第に上がってきて私もこれなら大丈夫だと思っていた。ただ、私に対しても敬語で喋るのはやめてほしかった。
マナが博麗の巫女を継いだのと時を同じくして博麗神社を離れたあいつも、マナの事をそう思っただろう。
そう。マナが生きてさえいたならば。
私は、別れの時までにはもう少し余裕があると思っていた。
だがそれは突如として裏切られる事となった。
この辺りの妖怪に負ける事など無いだろう。そう思い込んでいたのだ。
あの時私が博麗神社を離れてさえいなければ、こんな事にはならなかった筈。
「──マナ、いますか?」
少し荒れた博麗神社を見て、帰った私は不安に駆られて神社内に入り込む。
──声はしない。音もしない。
何かがおかしい。
ざわつく心を何とか鎮め、居間を確認する。
出しっぱなしの妖怪退治道具などが散乱していた。
朝に聞いた話では、やたら力の強い妖怪が近辺に出没していたという事。
私はそれを調査する為に出ていたのだ。
嫌な予感がする。
博麗神社を飛び出して、マナを捜し回った。
人里で聞き込みをして、黒百合さんにも話をして、あちらこちらを虱潰しに捜した。
そして、見付けた。
──虫の息、といった様子のマナを。
「……マナ?」
「あ……誑子、さん……」
呼び掛けに応え、虚ろな瞳を向けて力なく笑いかけるマナ。
「何が……何があったんですか!?」
「朝の……妖怪、が」
想像していた最悪の事態が、まさに起きていたのだ。
「まさか……!」
「……はい。人里の近くまで……来ていたので、私が出向く事に、なって……」
何故だ。何故私はその妖怪の妖力を感知出来なかった。
力の強い妖怪ならば、どれだけ放出する妖力を小さく抑えても独特の気配が漏れるものだ。妖力を完全に隠すなんて御主人様ぐらいしか出来ない事なのだ。
しかし、御主人様ではない。ならば……。
「……ごめん、なさい……勝てませんでした」
「謝るのは私の方です。どうして、妖力が……」
それならば、と何かを思い出した様子のマナが答えた。
「……不気味な、相手でした。妖力も、霊力も……何の力も一切感じられない……っ」
「……わかりました。もう、わかりましたから……ごめんなさい」
血を吐いたマナにこれ以上喋らせるまいと、掌を向けて制す。
「……どうして、謝るんですか?」
「それは……私の都合で勝手に博麗の巫女にして、それでこんな結末に……」
「……ああ。そんな事ですか」
ふっ、と薄く口許を笑みの形にしたマナが、諭すように続ける。
「……私は、感謝してますよ? 身寄りのない私を引き取ってくれましたし、優しく接してくれました」
「しかし、それでも──」
「──もう、最後まで喋らせてくださいよ。っ、はぁ……」
もう碌に力も入らないのだろう、震える手で私の手を握り、囁くように呟いた。
「……今まで、ほんとうに、有り難う……御座いました」
「…………」
最期に、今の状況となっては痛々しく感じるほどの、花咲くような笑顔で。
「……どうして、ですか。何故、ありがとうなんて……」
「……誑子よ」
振り返る。
そこには、憐れみを湛えた面持ちの黒百合さんが佇んでいた。
「……黒百合、さん……」
「泣けないのではなかったかの?」
「え……?」
何処からともなく取り出した鏡で、私の顔を映して見せる黒百合さん。
そこに映っていたのは、涙を流す私の顔だった。
「──認めよ。意地を張らずに、心の裡を吐き出すと良い」
「…………あ……」
何で、何故。どうして、こんな。
認められるのに慣れていなかった。感謝される事に慣れていなかった。親しい者との別れに、慣れていなかった。
人間だという事は知っている。命が短い事も知っている。でも、こんなにも早く別れが訪れるだなんて、知らなかった。
「……すみません、黒百合さん。少し」
「ふむ……よかろう。存分に使うがよい」
少し、だけで意図を感じ取ってくれた黒百合さんが、私の許まで歩み寄る。
私は、そんな黒百合さんの優しさに甘え、抱き着いて声を抑えて泣いた。泣くのも初めてだった。
幼子をあやすように、ゆっくりと、弱く背中を叩いてくれていた事が、やたら印象に残った。
☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆
「──さん、誑子さん!」
「え? ……あ」
今は十何代目だったか。
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
今回の代の博麗の巫女に呼びかけられ、意識を取り戻す。
「あれ、誰でしょう。凄く強い力を感じますが……」
「はい? ……って」
それと同時に消えたが、しっかりとこの目で見た。
白銀に輝く長く流麗な髪。白無垢のような着物に映える血のように紅い帯。
そして、出会った当時引き込まれた、あの蠱惑的な深紅の双眸。
御主人様に間違いない。傍らにいるのは誰かわからなかったが。
──御主人様も見守ってくださっている。
だからなのか、これからも頑張っていけるような気がした。
初代様は何処かに隠居してます。
紅雪は二代目だとか言ってたけど、実際には十六代目くらいまでいってます。
本人はここまで上手くサイクルするとは思ってなかったようだから仕方ないね。