古き幻想の紅い雪   作:珀靈雪魄

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今回は無駄に長い回です。

最後の方は、何故かシリアスになってしまいました。


第2話:出会いと別れ

───あれから大分経ったなぁ、と。現実逃避気味にそう考えていたのは。

腰まで届く、いや、それ以上に長い綺麗な白髪の、白無地に紅い帯の着物を纏った、羽根の生えた普通の美少女だった。

 

…………自分で言ってて寒くなった。やめよう。

 

さて、状況を整理しよう。

まず、私は食糧を集める為にそこら中を飛び回っていた。そのお陰かこの辺り一帯の地理は大体だが把握出来た。

 

それから。そう、それからあまり経っていない筈なのだ。

食糧を集める為にちょっとあの里から離れただけ。

…………だと言うのに。

 

───だってさ。いくらこの世界が常識に囚われていないとは言ってもさ。これは酷いんじゃない?

 

私が現実逃避をしたくなる程の、その出来事とは。

 

あの時私が見たのは縄文時代風の、古い古い、里だった。そこまではいいな?

そして、私が離れた期間は一ヶ月にも満たない。ここまでは判る。

 

私が見たものは、前に見た里よりも遥かに大きい、街、いや、都市と呼べる程に超大なものだった。

あまりに常識外れで信じ難い、しかし現実として私の目の前に広がる街並み。ふざけんな。

 

 

 

そして、そこに降り立った私は、羽根を隠して適当にぶらついてみた。

 

どいつもこいつも生前の私が着ていた様な、現代風の服装をしてやがる。

しかも、あれってテレビだよね?

……あれ?あいつが持っているのって、スマホ?

 

その中での私の服装は、髪は、浮きすぎていた。

その上見てくれだけはいいものだから、此方に視線を寄越す者(主に青年~中年の男性)が後を絶たなかった。

 

───成る程。ロリコンに見られている幼女って、こんな気持ちなのかな。

……貴様! 見ているなッ!

 

と、奇異と情欲の混じった視線の真っ只中を、ものともせずに練り歩く。

 

……それにしても、未だに信じられないや。

何だよこの世界!? 常識外れにも程があるよ!

 

と、突っ込んでみても、此処では私の方が異端な訳だ。

何という理不尽。これは、訴訟も辞さない。

 

そんな取り留めの無い事を考えながら、何かこの世界についての手掛かりは無いか、と、大幅に進歩した……しすぎてしまった街を進む。進む。

あー何も無いなー無駄だったかなー、などと思っている内に、奇妙な建物が目に付いた。

……一つだけ明らかに近未来的な、周りの建造物とはかけ離れたものが、其処には建っていたのだ。

 

「……おろ? これは何か有益な情報を得られそうな予感」

 

思わず呟きながら、その周囲から浮いている建物に、浮いた格好をした私は入った。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

中に入った私を待ち受けていたのは、乾いた音と銀色の弾丸だった。

入ると同時に飛来した銃弾は、私の頬を掠めてそのまま背後の硝子を突き破っていった。

 

……危なっ!? 顔逸らしてなかったら直撃してたって、あれは!

 

銃声が聞こえたと同時に顔を逸らしたのだが、無防備な状態でいきなり銃声が聞こえても直ぐ様反応出来る辺り、やはり化け物なんだなぁ、と実感する。

 

「……なかなか手荒な歓迎だねぇ」

 

気を引き締めて、次に何が来ても対応出来る様に構えを取っておく。

 

……あぁ、きたきた。

 

奥で、銀色の光が煌めいた。

そこで身を捻って、飛び出てきた何かを回避する。

それから、身体の近くに残っているそれを見た。

 

んー……これ、銀……だよねぇ?

 

未だ飛び出したままの銀製の杭らしき物をじっくりと観察してみる。

 

…………わざわざ罠として使うのに、銀なんか使う訳無いし……そう言えば、確か吸血鬼って銀に弱かったような……。

此処に来る何者かを想定した上で、こんな的確な罠を設置した、って? ……確かに、吸血鬼に見えるしなぁ。私って。

……まさか。そんなに頭が切れる奴なんて居る訳が無いって。

 

そんな、不安になりかけた私の背後から、またもや銃声が聞こえた。

それも、身体をずらして躱す。

すると、その瞬間、両脇腹に違和感を覚えた。

恐る恐る、違和を感じた所に目を向けると……。

 

───私の脇腹から、さっき見た杭が生えていた。

 

「……あ……え?」

 

自分でも驚く程、間抜けな声が出た。

そして、気付いた事で後からじわじわと痺れる様な耐え難い痛みが襲ってくる。

 

「ぐっ……ぁあ、が、ッあぁぁあ!」

 

意識を掻き混ぜられる程の激痛。

その所為で、考える事も侭ならなくなった頭で、必死に考える。

あれ以来、痛みに耐えられる様にする為に、不死性を持っているのをいい事に身体中を刃物で刺してみたり鈍器で思い切り殴打してみたり、首を刎ねてみたりした。

だと言うのに、そのどれよりも痛い。

 

…………まさか、銀!?

 

思い当たるのは、銀製である事。

まさかそんな事は無いだろう、と思っていたのだが、これで確信せざるを得なくなった。

 

……どうやら、私ってば吸血鬼みたい。

 

意識を保っていられたのは、そこまでだった。

気を失う前に私の目に映ったのは、連続して閃く銀光。

 

そして、身体中に銀の杭が刺さったところで、今度こそ明滅していた意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

★●★★●★★●★★●★

 

 

 

 

 

苦しげな声が聞こえた。

と、言う事は、あの罠に件の吸血鬼が引っ掛かったのだろうか。

 

ここ数日、この街の住民にこの施設に入らぬ様に指令を出しておいたのだが、住民が引っ掛かったという可能性もある。

自ら赴いて確認するしかない様だ。

 

様々な資料が置いてある研究机から離れ、声のした方へと台車を引いて歩いてゆく。

 

そこには、やはり例の吸血鬼が串刺しになって気絶していた。羽根が無くなっているのが不思議だが。

いや、それ以上に、日光を遮る物を持っていないようだが、一体どうやって此処まで来たのだろうか。

それも研究してみよう。

辺りに、明らかに致死量だと言える程の血が飛び散っている。

だが、脈はある。生きているらしい。

これは、興味深い。研究材料には持って来いだ。

 

銃瘡が無いところを見ると……いや、よく見ると頬に掠り傷があった。

最初の銃弾を躱そうとして受けた傷か。

 

取り敢えず、このままでは何も進まない為、罠を解除する。

すると、杭に支えられる形でその場に立っていた吸血鬼が、音を立てて頽れる。

 

その髪を掴んで台車まで引っ張っていき、その驚くほど軽い小柄な身体を持ち上げて台車に乗せる。

 

そこで、杭が刺さっていた箇所を見ると、何と少しずつ傷が塞がっていくではないか。

この不可思議なモノをどう調べるか、どんな結果が出るか。今から楽しみで仕方が無い。

 

そして、吸血鬼を乗せた台車を実験室へと運ぶ。

 

 

 

まず、目を覚ます前にしておかねばならぬ事がある。

身体を固定して、身動きを取れなくする。

 

それから───

 

 

 

 

 

★●★★●★★●★★●★

 

 

 

 

 

「う……ん……?」

 

目を覚ます。それから、目を擦る為に手を動かそうとしたが、動かない。

 

……どーなってんだ?

確か、私は、太くて硬いモノに貫かれて……。

 

と、聞く人によっては曲解されそうな事を考えながら、次第にはっきり見える様になった目で、辺りを見渡す。

 

そこに居たのは、何か刃物らしきものを持って此方を見ている、赤色と青色の奇抜な服を身に着けている、銀髪の女性……。

 

「え、えぇぇぇえええぇぇぇぇえっ!?」

 

此処に来て、いや、生前も含めて今までで一番の叫び声を上げたであろう私。

無理もない。だって、それは―――

 

八意永琳、その人だったからだ。

 

……いやいや、ちょっと待て! え? マジ? マジで?

やべぇ、すっげー! 私ってば幻想入りしたの!?

 

急に奇声を上げて妙なテンションになった私を、怪訝そうな表情を浮かべて見ている永琳。

だが、実験を止めるつもりは無いらしく、私の腕は中程から切断された。

それでもニマニマと笑っている私を、遂に不気味に思ったのか、刃物を脇に置いて手袋を外した。

拘束具も外してくれた。

 

…………あー、確かに不気味だろーね。今の私。

腕を切断されても嬉しそうに笑っているとか……やべぇ、これこそやべぇ。

 

そこで、今まで黙っていた永琳が口を開く。

 

「……はぁ。止めよ、止め。気味が悪いわ」

「そりゃごめんね。そういうあんたはひょっとして、八意永琳?」

「ええ、そうよ。……尤も、それは偽名だけれど」

 

うん。知ってる。

……確か、八意オモヒカネなんちゃらとかいう、人には発音出来ない名前だったような。

私は吸血鬼だから人じゃないけど、やっぱり発音出来そうにない。

 

「まあ、永琳って呼ぶ事にするよ」

「そう。……ところで、どうして笑っていたのか聞きたいのだけど」

「……私にも色々とあるのですよ。はい」

「……?」

 

曖昧に笑って誤魔化す。絶対に誤魔化せないだろうが。

すると案の定、訝しげな目で此方を探るように見てきたが、暫くすると溜め息を一つ。

どうやら追及はしないでいてくれる様だ。助かった。

正直、永琳相手だとほぼ確実に情報を聞き出されそうなのだ。月の頭脳恐るべし。

 

紫ぐらいなら、ちょっと厳しいけど何とか煙に巻けそうな気がする。多分。……いや、ゆかりんを馬鹿にしてる訳じゃないよ? 決して。

 

「そんな事より、入り口にあった罠だけど、あれってまさか……」

「ええ。一ヶ月程前に、この辺りで羽根の生えた化け物が飛んでいた、と聞いてね。特徴を詳しく訊いてから資料を漁ってみたところ、それが吸血鬼だと判明したのよ」

「あー……あの時の」

 

そう言えば、私がこの着物を借りていく時に羽根を見せたっけなぁ、と今更ながらに思い出す。

というか、すっかり忘れていた。

 

…………ああ、そうだ。序でにこの急激な科学技術の発達についても訊いてみようかな。

 

「そういやさ、一ヶ月前はここもただの里だったのに、何でこんな事になってんの?」

「私が発展させたもの」

「やっぱり?」

「あら、驚かないのね」

「何となくね、永琳なら何をしてもおかしくはないかなって」

「それは、買い被り過ぎよ」

「そうかねぇ?」

 

買い被りでも何でもない。手放しで褒めるしか無いのだ。この掛け値なしの天才は。

もはや嫉妬や羨望も馬鹿らしくなる程に。

永琳だけは絶対に敵に回したくない。少なくとも私はそう思っている。

というか、ただの里だったものを一ヶ月でここまで発展させるという事自体、異例……いや、異常なのだ。

と、そこで、永琳からも質問があった。

 

「ところで、気になっていたのだけれど。羽根はどうしたのかしら?」

「ああ、羽根?出し入れ自由だよ。ほら」

 

そう言って、羽根を出したり消したりしてみる。

不思議な事に着物には穴が空いていなかったりする。

 

……今はもうどうでもいいけど、本当に色々とおかしい世界だよね。

 

 

 

そうして、一頻り言葉を交わした後、私はこの研究施設を後にした。

外に出て、改めてこの大都市を眺めてみる。

行き交う人々は皆一様に、着物を着た白髪の私をちらちらと見てくる。

 

……そこまで珍しいものかねぇ?

 

それを周りの皆に問えば、誰もが口を揃えてこう言うであろう。

珍しい……というか変わってる、と。

着物は、珍しくはあってもそこまで変わってはいない。

ただ、この年齢で(見た目だけ)この髪の色というのは、些か目立つ、変わったものであった。

 

……はっ、まさか、この髪!?

いやいや、別に若白髪って訳じゃないよ?

 

周りの目が自分の頭に向かっているのを見て、やっと気付いた。

そして、これ以上ここで突っ立っているといつまで見られるか判ったものではないので、さっさと帰る事にした。

 

 

 

道中、ふらふらと寄ってきた何だか危ない雰囲気のオッサンが、私を路地裏に連れ込もうとしてきたので、思いっ切り手首を捻ってやった。

 

……あれは関節外れてたな。ざまぁ。

と言うより、こういう世界にもこんな下らない事をする奴がいたとはねぇ。

 

ま、特に気にする程の事でもないか。と、思考を切り替えて、住処へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

それからも、永琳との交流は続き、気兼ねなくあれこれ言い合える程度の仲にはなった。

 

そして私は、やはりいつもの様に永琳の研究所に向かう為、夕日に染まった大都市の中(人通りの少なめの道)を歩いていた。

 

いくら私が細かい事を気にしない性格(正しくは、気にしなくなった)とはいえ、何度も同じ様な目を向けてくるのは、正直勘弁して欲しかった。

 

そんな事から、今日はいつもより人目を避けて、こそこそと研究施設に向かっていた。

 

だから、なのだろうか。

そこで起きている事件に、遭遇する事が出来たのは。

 

「……んー?」

 

近くに人集りが出来ているのを見かけて、興味を持ったので近付いて眺めてみる。

 

すると、そこには。

何やら怯えた様な表情をしている少女(歳は12~14ぐらい?)と、それを囲っている、気味の悪い笑みを浮かべた男達の姿が。

 

それを見て、大体の事情は把握出来た。

大方、いたいけな少女を手籠めにしようとしていたのだろう。それか、誘拐して親に身代金を要求しようとしているか。

 

……まあ、グルになった少女と男達が、助けにきた人から金品を奪い取っていく類の輩、という可能性もあるにはあるのだが……。

 

あの少女の顔を見る限り、その心配は無さそうだ。

あの表情は、演技では出来よう筈も無い、心からの恐怖。

 

それが判ればもう充分。

 

本来、何処で誰がどうなろうとそれが他人ならば知った事では無いのだが、目の前で危険に曝されている奴を見捨てる程、薄情ではない。

 

さあ、悪い大人を蹴散らそうか。

 

「アンタらは、何をやっているのかなぁ?」

 

眼前の少女の怯懦を吹き飛ばすべく、男達を威圧するべく、努めて頼もしそうな声を出したつもりだったのだが……。

 

「…………」

 

誰かが助けに来てくれた! と、闇の中に一筋の光明が差したかの様な表情を浮かべた少女は、その助けに来た者の姿を見て、落胆と絶望が入り交じった顔に早変わり。

 

……あっるぇー? おっかしいなぁ。

 

そして、いきなり声を掛けられたものだから吃驚して此方を見てきた男達もまた、安堵の表情。

それから、少し間を置いて、安心した顔に再び下卑た笑みを浮かべている。

 

その中の一人。長身痩躯のひ弱そうな男が、少女の正面に立っていた大柄な男(恐らくは、首魁だと思われる)に耳打ちをし始めた。

 

「……アニキ、こいつも上玉ですぜ。ヤっちまいやすか?」

「……おう。こいつは俺が貰う。もう一人はお前達の好きにしろ」

「……へへへ。判りやした」

 

……どうでもいいけど。私って、妖怪になった所為か聴力も格段に上がってるんだよねぇ。

それと、上玉ってのは見た目の事だけには使わないって判ってんのかねぇ?

 

目の前の痩せぎすとゴツい奴とその他(三人程)の不愉快な仲間達を見て、呆れ顔で浅く息を吐く。

 

話が纏まったのか、此方に寄ってくるゴツい男(痩せた男曰くアニキ)。

何も喋らないところを見ると、基本無口なのだろうか。

その後ろでは、少女に残りの四人が群がっている。

 

───さてさて、まずは雑魚からぶっ潰しますか。

 

「このロリコンどもめ!」

 

 

 

 

 

★●★★●★★●★★●★

 

 

 

 

 

───今日は、少し帰りが遅くなってしまった。

友達とばったり会ってしまった為だ。

悪く言うつもりは無いが、流石にあれだけ喋られると、うんざりする。

 

私の事を解っているのなら、なるべく早く帰して欲しかったのだが……。

 

文句を言っても仕方が無い。急いで家に帰ろう。

 

 

 

いつも通っているこの路地裏。

それでも、暗いと雰囲気がかなり変わる。

怖いが、家に帰るには此処を通り抜けなくてはならない。

 

此処は、夜になると危ない人達が彷徨く危険な場所になる。

この夕方にもそれらしき人はちらほら居る。

だから、早く帰りたかったのだ。

 

目を付けられませんように……!

と、心の中で強く願う。

 

だが、得てしてこんな時にこそ、最悪の事態に陥ったりするものだ。

 

早歩きに歩いていたところ、何人かの男が囲む様に近付いてきた。

 

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 

───最悪だ。絡まれた。

思いっ切りそれを顔に出して、声を掛けてきた男を見る。そこには、ニヤニヤと吐き気を催す程に気持ち悪い顔をした醜い糞豚野郎(以後、ブタと表記)がいた。

 

「俺達と遊んでかない?」

 

その隣には、痩せ細った細長い男(以後、ヒモと表記)の姿が。

 

「……急いでいるんです。通して下さい」

 

男達の間を強引に通り抜けようとするが、誰かが肩を掴んでくる。

汚らしい手で触ってきたのは、スキンヘッドにサングラスの気色悪い男(以後、ハゲ)だった。

 

「まあ待てよ。ちょっとだけだから」

 

ハゲが私の肩を掴んだまま耳障りな声を出してくる。

気持ち悪い。怖い。

 

「おい。ヤったついでによ、拉致して親から金を搾り取ってやろうぜ」

「いいな、それ」

「その間に色々と開発してやろうぜ」

 

ちょっと目がイってる中肉中背の男(以後、ギョロ目)とブタとヒモが気持ち悪い笑い声を上げて物騒な会話を交わしている。

その中に、聞き捨てならない言葉があった。

 

お母さんにまで……!? 赦せない……。

 

ハゲの手を振り払って、ギョロ目を睨み付ける。

だがそれは、逆効果だった。

 

「お? いい目だ。それがいつまで続くかな?」

「すぐに堕としてやるよ」

 

顔に卑しい笑みを張り付けたまま、じわじわと躙り寄ってきた。

 

「犯るぞ、お前ら」

 

後ろから重い声がする。

振り向くと、ハゲの奥の大柄な厳つい男(ボスっぽい)が此方を見つめていた。

睨み付けている、と言った方がしっくりくるような顔だが。

 

気持ち悪いよりも、恐ろしい。

 

そして、五人が一斉に動き、退路を完全に閉ざそうと私を囲んでいる輪を狭めてくる。

 

 

───誰か、助けて……っ!

 

 

その願いが届いたのかは判らないが、男の包囲の奥から声が聞こえた。

 

「アンタらは、何をやっているのかなぁ?」

 

男達が慌てた様に一斉にそちらを向く。私も男達に倣って、その誰かの姿を確認しようとそちらを見る。

 

そこには、腰まで届く長い白髪の、白い着物を纏った。

 

私より一回り二回り小さいくらいの女の子がいた。

 

「…………」

 

え?

 

希望が一気に絶望に変わった。

そして、すぐにボスらしき男がその女の子に近付いていく。

逃げて、と言おうとしたが、怖くて声が出ない。

 

残りの四人が更に私に迫ってくる。

もう駄目だ。

そう思った瞬間。よく判らない事が起きた。

 

何と、ボスの前にいた女の子が私の目の前にいて、その真横にヒモが倒れ伏していたのだ。

 

「なっ……!?」

 

ハゲが、驚愕に目を見開く。

無理も無い。私も驚いた。

 

そして、また次の瞬間。

先程声を上げたハゲが、腹を押さえて蹲っていた。

 

その傍には、腕を突き出したままの白い少女。

 

そして、私の背後に回ると、残ったブタとギョロ目を蹴っ飛ばした。

そして、ギョロ目を蹴った衝撃を利用して回転し、私の前に着地する。

 

凄い。そんな言葉しか浮かばなかった。

 

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

余裕、といった様子で此方に振り返り、そう言った少女。

その顔を見て、同性なのに素直に綺麗だな、と、そう思った。

 

宝石の様な紅い瞳に、化粧なんて必要無いくらいの白磁の肌。

美しいのだが、どちらかと言えば可愛い感じの顔。

 

そんな場合ではないと判っているのに、ついつい見入ってしまう。

 

「おーい?」

「えっ!? あ……大丈夫です」

「そう? それならいいや」

 

反応しなかった私の顔を覗き込む様にしてその顔を近付けてきた少女に、上擦った声で何とかそれだけを返す。

 

そんな不自然な返答だったものだから、小首を傾げている少女。

可愛い……はっ!? 何を考えているのだろう。

 

そこで、少女の後ろにいたボスが拳を振りかぶるのが視界に映った。

少女が気付いた様子は無い。

 

「危ない!」

 

思わず叫び声を上げ、反射的にきゅっと目を瞑る。

 

だが、聞こえてきたのは重い音ではなく、ぱしっ、という軽い音だった。

恐る恐る、薄目を開けると……。

 

男の振るった右拳を肩越しに左手で、振り向きもせずに軽く受け止めている少女がいた。

その表情は、少女が余裕そうで、男が驚きと苦痛に歪んでいた。何かがおかしい。

 

何だか、男の手からミシミシという音がするのだが、気の所為だろうか。

 

あっ、今バキッていった! バキッて!

わわっ、ボキボキいってるって! ちょっと、えぇっ!?

 

ボスの手の骨を粉々に砕きながら、此方を見てウィンクをしてくる白い白い女の子。

 

ああ、駄目だ。可愛い……。

こんな私は、病気なのかな?

 

足許に転がっている気持ち悪い男達は、一様に恐怖の面持ちで少女を見ていたので、蹴っておく。

 

 

 

 

 

★●★★●★★●★★●★

 

 

 

 

 

そして、脱兎の如く逃げていった五人を無視して、二人で語り合っていた。

一頻り感謝して落ち着いたのか、普通に喋ってくれる様になった。

 

「え、名前が無いの?」

「うーん……そうなんだよねぇ」

 

名前を聞かれたので、咄嗟に答えそうになった名前は男名だった。

生前は男子高校生だったから、仕方が無い事なのかもしれないが……。

危ういところで何とか名前が無い事に出来た。

 

少女の名前は、九重(ここのえ)深香(みか)らしい。

 

名前が無い事を告げてから、何やら難しい顔で唸っている深香。

 

「……どったの?」

「…………雪。雪って、どうかな?」

「雪? 何ぞそれ」

「名前よ。白いから雪。安直だけどね」

 

ははっ。確かに安直だねぇ。

でも、雪、か……うん。結構いいんじゃない?

これから先名前が無いのは困るし、何より個人的に気に入った。

 

「……んじゃ、それにしようか」

「ふふっ、決まりね。よろしく、雪」

「はいはい。よろしく、深香」

 

笑顔で握手をする。

 

───ああ、何かこいつ可愛いな。

 

溢れんばかりの笑顔で此方を見つめる深香を見て、ふとそう思った(向こうもそう思っているが、雪には知る由も無い)。

 

「そうだ。雪さえ良ければ家に寄っていかない?」

「いや、それは悪いって」

「お礼もしたいし、お母さんにも紹介したいのよ」

 

まあ、そこまで言うのなら断る理由も無いだろう。

永琳の所に寄るのは、明日でもいいや。

 

その事を告げ、嬉しそうな深香に着いて行く事にした。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

「───本当に、有り難う御座います」

「あ、いえ……どういたしまして?」

 

……や、やり辛ぇぇぇぇぇえええ!?

 

心の中で絶叫しているのは、つい先程深香という少女に雪という名前を付けて貰った吸血鬼(勿論、吸血鬼という事は伏せてある)である。

 

「私からもお礼を言わせてもらうわ。本当に有り難う。雪」

「あ、うん。……どういたしまして……」

 

ぐわぁぁぁぁぁぁぁあああ!! 死ぬぅぅぅぅぅうう!!

 

母親の丁寧な感謝の言葉で精神的にダメージを受けた後、深香からも改めて礼を言われて死んだ。

 

あまりにも恥ずかしいのとこそばゆいので、今にも血を吐きそうな顔で固まっている私。

それを見た深香が、やっと感謝地獄から抜け出させてくれた。

 

 

 

はー……二回死んだ。

 

あれから、夕食や風呂といった手厚い持て成しを受けて、満身創痍で深香の寝室に転がり込んだ私。

 

……いや、有り難いんだけどね? 私としては凄く居心地が悪いのですよ。

 

そして、ベッドが一つしか無かった為に一緒に寝る事になった私と深香。

 

何と、ベッドに入る間際、いきなり服を脱ぎ始めた。

 

「うぉい! 何してんの!?」

「何って……眠る準備だけど」

 

何変な事言ってんの?みたいな目を向けてくる深香。

 

お前は変な事している自覚がちゃんとあんのか!?

 

更に疲れた私に追い討ちを掛ける様に、下着姿になった深香が私の着物を脱がしに掛かってきた。

 

「ちょ!? ホントに何してんの!?」

「え? まさかそんな格好で眠る訳じゃないでしょ? ……ほら、早く脱いじゃいなさい」

 

知るか! 裸族の常識押し付けんな!

しかも何で聞き分けの悪い子供に接する時みたいな口調になってんの!?

 

「やめ……待っ、下着着けてないから待って!」

 

すると、深香は目を白黒させながらも、やっと着物から手を離してくれた。

そして、次に深香の口から放たれた言葉を聞いて、私は今までで一番の突っ込みをする羽目になった。

 

「…………構わないわ!」

「構えよ!?」

 

 

 

斯くして、隣で眠るほぼ全裸の深香に背を向けて、睡魔に身を委ねる事にした(着物は着たままで)私。

 

……まさか、そっち系の女の子だったとはねぇ。

 

そう言いながらも自分の顔が嬉しそうだった事は、私には気付けなかった。

 

───おやすみ。深香。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

朝早くから叩き起された私は、支度を終えて尚眠そうな目を擦りながら深香と共に街に繰り出した。

 

何故か、街を案内する、みたいな事を言った深香が私を無理矢理連れてきた形なのだが。

 

そして、食べ歩きをしたりウィンドウショッピングをしたり、ブティックで試着したりもした。

 

その昼までの時間は、非常に充実したものだったと思っている。

 

 

 

───と、永琳の研究所にて今朝の出来事を語っているのだが……。

深香とは昼前に別れた。

 

「……随分と楽しそうね。雪」

「んー? ……そうだねぇ。楽しい、のかも」

 

永琳が出してくれたお茶を啜りつつ、この胸の(うち)を素直に語る。

 

……これがずっと続けばいいのに。と、そんな柄にもない事を考えてしまう程には、楽しかったのだろうか。

 

「…………うん、楽しかったよ」

「……そう。貴女がそこまで想っているのなら、これを飲ませてあげるといいわ」

 

そう言って手渡してきたのは、小さな瓶に入った得体の知れない液体二つ。

 

───蓬莱の薬、だろうねぇ。

って事は、輝夜はもう生まれているのかな。

 

……深香、か。

 

永琳の考えている事など、私には到底判らない。

だが、相手の気持ちも考えずに不老不死にしようとする。……そんな事を考えてしまうとは、私もだいぶ弱っていたのだろう。盲目になっていたのかもしれない。

 

 

───だから、この結末は認められなかった。

 

 

 

次の朝。蓬莱の薬を持った私が深香の家に行くと、母親が出迎えてくれた。

酷く悲しそうな、辛そうな。そんな顔をしていたので、不思議に思った私が何があったのかを訊くと、こんな答えが返ってきた。

 

───深香が、死んでしまったのだ、と。

 

頭が真っ白になった。

耳が、脳が、おかしくなってしまったのかと。そう思った。

だからこれは、私の頭がおかしかった所為でそう聞こえたのだと。

……ベッドに横たわる、冷たくなってしまった深香を見るまでは、信じられない事だった。

 

「…………深香?」

 

返事は無い。反応もしない。そもそも身体が動いていない。

 

嘘……だよね? ……え? は? ……何で!?

ちょっと前まで、一緒に笑ってたのに……こんな。

 

人が死ぬところなど見た事が無い私にとって、少しの間とは言え親しくしていた相手が死ぬという事は、耐え難いものだった。

 

目の前で眠った様に死んでいる深香を呆然と見ていると、隣から声が掛かった。深香の母親だ。

九重母が、深香が書いたという手紙を手渡してくれた。

 

紙を広げ、ゆっくりと読んでいく。

 

 

『雪。雪がこれを見ているって事は、私はもう死んでいるんだろうね。

 

私は、病気に罹っててね。あなたと会った時には、もう時間が残されてなかったの。

 

だから、あなたに心配されたままじゃ、最後の楽しい思い出は作れないかな……って。

 

嘘吐いちゃった事は、悪いと思ってるんだよ? ……黙っていて、勝手な事をして、ごめんね?

 

ほら、私の首を見て? あの時あなたが選んでくれたネックレスが着けてあるでしょ?

 

これと、あなたとの楽しかった思い出は、向こうまで持っていくから……。

 

最後に。

 

───有り難う。そして、ごめんなさいてください大好きだよ。雪』

 

 

「…………っ」

 

何故だろうか。視界がぼやけている。

深香が綴った手紙を、ちゃんと読まなければならないのに、これでは文字が読めない。

 

拭えど拭えど、目はぼやけたままでしっかりと機能してくれない。

 

───ああ、そうか。私は泣いているのか。

 

「…………ふざけんな」

 

声が震えているのが、自分でも判る。

 

「……判っていたら、永琳にも相談したのに」

 

深香が遺した手紙を折り畳み、懐に忍ばせる。

 

「勝手な事を……」

 

深香の亡骸に近寄り、服の袖を握り締める。

 

「…………」

 

限界だった。

袖を掴んだまま、その場に崩れ落ちるかの様に膝を付いてしまう。

足に力が入らない。涙が止めど無く溢れ出してくる。

 

そのまま泣き崩れてしまった私を、深香はどう思っているのだろうか。

 

───さようなら。ごめん、深香。

 

そして私は、蓬莱の薬を飲み干し、余ったもう一つの蓬莱の薬を深香の手に握らせてから母親に一礼して、九重家から逃げる様に出ていった。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

───妖怪は。仲間や家族、友人の死に強いと云う。

 

その例に漏れず、一日経っただけで深香の死を受け入れる事が出来てしまった私は、二週間もの間自己嫌悪に陥っていた。

 

「……はぁ」

「あら。また溜め息?」

「……だってさぁ」

 

その間に永琳の研究所に入り浸る様になってしまい、また、その永琳相手に愚痴っていた。

 

「自分は化け物だ、って割り切ったのではなかったのかしら?」

「それはそうなんだけど……はぁ」

 

いつまでもウジウジしている私相手に、嫌な顔一つせずにこうやって励ましてくれる永琳。有り難い事だ。

 

「でも、そろそろ立ち直ってくれなきゃ困るわよ」

「……何で?」

「近い内に月に行く事になったからよ」

「月? ……って、あの月?」

「そう、その月よ。……月夜見、って知っているかしら」

「まあ、知ってるけど……」

 

月夜見ってーと……確か、月面移住計画を立てた張本人だっけか。

ってか、よく考えたら八意オモヒカネって……まさか、八意思兼神!? いや、それはないか?

 

「その月夜見が親族を連れて月に移住すると言い出してきたのよね……」

「それはまた……」

「それで……私も連れて行く事になったから、と。どうやら、私の知識と科学技術が目当てのようね」

「……あぁ、確かに凄いしねぇ」

「だから、よ。早く立ち直りなさい」

「うーん……努力はするよ」

 

確かに、いつまでもこうしている訳にはいかないからなぁ……。

よし、止めるか。

と、そんな簡単に吹っ切れたら苦労しないんだけどねぇ……まったく、困りものだよ。私って奴は。

 

そんな事を考えながら、茶を啜る。

ああ、このお茶も飲めなくなるのか。と、こうやって違う事を考えられる程度には精神的な余裕が出来てきたのだろう。

こういうものは、時間が解決してくれると言う。

確かに、そうなのかもしれない。

 

 

 

それから一週間もしない内に、永琳達が月に行く時がやってきた。

 

その頃には、だいぶ余裕が出てきた。

 

別れ際に交わした会話は何気無いものだったけれど、そんな変わらない遣り取りも私の心を癒してくれた。

 

次に会うのは何万年後か。何億年後か……。

 

気の遠くなる時間だが、私はどうなっているのだろうか。原作知識しかない私にはそんな事は解らない。

今よりももっと、まともになれていると良いが……。




最後の方が、やはりグダグダになってしまいました。

深香さんはほぼモブキャラに近い役回りなので、今後出てくるかは微妙です。多分出ません。



・キャラの特徴・

・名前:九重深香
・性別:女
・種族:人間
・性格:大人しい。百合思考

雪の半分程の長さの黒髪に、青い瞳。
服は暗い色合いの服を好んで着る。
身長は雪より少し上。
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