古き幻想の紅い雪   作:珀靈雪魄

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早速、筆者の頭の悪さが露呈致しまして。はい。
八意永琳と八意思兼神は何の関係も無い事に書いてから気付くという間の抜けた人間です。

私って、ほんと馬鹿……。



気を取り直して。
今回は番外編という事で、書き方を変えてみました。
結果、殆ど変わっていないという。


番外編1:迷いの森と、その主

「来いよツルッパゲ! 鬘なんか捨ててかかってこい!」

「野郎、ぶっ殺してやらぁぁぁぁあ!!」

 

挑発された妖怪が、お天道様の光を反射して輝く丸い頭を晒した状態で、挑発をした相手に猛然と向かっていく様を、白けた目で眺めているのは。

 

日焼けというものを知らないかのような真っ白できめ細やかな肌に、腿にまで届く流れる様なこれまた綺麗な白銀の長髪。そして、白無地に紅い帯という、髪や肌と合わせて紅がよく映える着物を着ている幼……少女であった。

名前は、雪という。彼女の美しい御髪と肌を体現したかのような名前だ(安直とも言う)。

 

「……鋼楔」

「何だ?」

「何これ」

「特訓だ」

「それは知ってる」

 

雪の言葉を聞いて、何を言っているのか解らない、といった表情で答えたのは。

 

雪とは対照的に真っ黒な荒々しい(ボサボサ)短髪の、頭頂部に立派な一本角を生やした、厳ついが立派な顔付きの、袴を羽織っている男性だ。

名前は、鋼楔という。

これは、鋼を操るという彼の能力に因んだ──相手に「鋼」の塊を纏わり付かせて動きを封じる事から「楔」等と楔の意味を間違えて覚えている人間によって付けられた──名前であり、安直な名前である。

 

因みに、雪はその人間と同じく、楔を封じるものという意味として覚えており、本当の(~を打ち込む、といったものの)意味を知らず、鋼楔は「楔」というものを知らないので、両者共に間違っている事に気付いていない。いとあはれなり。

 

そんな可哀想な名前の鋼楔は、2メートルという長身でガチムチな、ガタイの良すぎる「偉丈夫」だ。

 

色々と対照的な二人が眺めているのは、鋼楔が率いる妖怪達の特訓である。

 

数日前より、この妖怪軍団の副大将として活動する事になった雪は、この妖怪の群れの実力を把握する為に、鋼楔を連れてこの訓練場に通っているのだ。

朝と夜とに分けて行われる鍛錬で、今は朝の部だ。

 

暫く通ってみた雪の評価は、「いまいち」だった。

 

あくまで彼女基準の評価なのだが、それを間に受けた妖怪達は憤慨し、より一層訓練に励む様になった。

鋼楔からは感謝されていた。

 

彼女自身も、狙ってそんな評価を下した節があり、鋼楔に感謝された際には得意気な顔をしていたという。

 

それはさておき。

いつものように怒号や罵声が飛び交う訓練場に、雪の鈴を転がす様な声が響く。

 

「はい、そこまで!」

 

さほど大きな声ではないのだが、こういう澄んだ音というのはよく響くものだ。

 

妖怪達は一斉に手を止めると、各々雪と鋼楔に挨拶をして、汗を拭いながら訓練場から出て行こうとする。

それを、雪の声が止める。

 

「今夜は私が相手になるから、各自身体を休めておくように」

 

雪がニィ、と可愛い笑み(本人は鋼楔の真似をしているつもり)を浮かべると、妖怪達は一様に振り返り、そして声を上げて沸き立つ。

 

ただし、それは目の前の幼女が可愛いからではない。

そう思っている者もいるかも知れないが。

 

この化生共は、あの時に──雪が副大将に就任した時に──皆揃って雪の一撃の元に倒れ伏しているのだ。

彼らは雪辱の機会が欲しかった。その為、これだけ盛り上がっているという訳だ。

 

意気軒昂たる妖怪の軍勢は、それぞれ雪に挑戦的な言葉を投げ掛けると、笑いながら帰っていった。

 

それを見送ってから、雪はやれやれとばかりに肩を竦めると、こう言い捨てた。

 

「本当に勝てると思ってんのかねぇ?」

 

それを聞いた鋼楔が、雪の頭に手を置いて──何となく心地が良いらしい。雪は嫌そうにしているが──実に楽しそうに言った。

 

「勝てんだろうな。だが、あいつらの力を引き出すには都合が良い」

「それはいいけど、手を離せ」

 

全く聞いていない鋼楔を見て、溜め息を吐く雪。

 

鋼楔は頭が悪い。だが、それは知識としての事であって、本能としての頭は寧ろ良い方と言える。

故に、力押しの戦いでも一度も敗北した事が無い。

 

権謀術数を巡らすのはとことん苦手でも、その場その場での機転は効く。

 

雪とはまるで反対だ。

 

雪の場合は、頭を使って(少なくとも、この山の誰よりも頭は良い)策を練って、仲間一人一人の能力や力を把握してそれぞれ適当な場所に配置するという、軍略に優れたタイプだ。柄じゃないらしいが。

だから妖怪達の力を知る為に訓練を見に来ている。

 

予め用意しておいた策で対応しきれる事態なら大体の苦境からでも勝ちに持っていける反面、想定外の事にはあまりにも弱い。

 

それはつまり、互いに補えるという事。

 

鋼楔が雪に目を付けたのは、自身に知識が足りないが為の本能的なものだったのかもしれない。

 

そんな二人は、今夜の訓練までの時間、暇を潰す目的で山を見て回る事にした(雪には地理の把握という目的もある)。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

「───で、さ。結局この森は何なの?」

「行った事がないから知らん」

 

この山に来た当時から気になっていたのだと、雪は言う。

 

それに対する鋼楔の答えは、自分が行った事は無いから知らない、という、鋼楔らしいものだった。

 

「いや、それでも配下の妖怪なり何なりが立ち入ったりしてるかも知れないでしょ。……まさか、聞いてないとか言わないよね?」

「聞いていない」

「…………うん、判ってた」

 

間髪入れずに答えた鋼楔の言葉に、脱力したかの様に肩を落とすしかない雪であった。

 

 

 

それから妖怪達の屯していた場所に行って聞いた話によると、この森は「立ち入った者は例外無く迷う、不可思議な森」だそうだ。

 

それを聞いた雪が、「迷いの竹林?」などと言っていたが、特に誰も反応しなかったのは余談。

 

「例外無く迷うってのは、やっぱり怪しい話だよねぇ」

 

再び迷いの森に戻ってきた真っ白な吸血鬼が、隣で突っ立っている鬼に意見を求める様に呟いた。

 

「何かの能力ではないのか?」

「あー……確かに、それはあるかもねぇ」

「取り敢えず入ってみるか」

 

ふむ、と雪は考え込む。

 

「……迷わせるんだから……そのまま『迷わせる程度の能力』か? いやいや、そんな単純な……」

 

などと考え込んで、時々、むーだのあーだのうーだの唸っている。

そんな雪に声を掛けるでもなく、すたすたと先に森に歩いていってしまう鋼楔。

 

「あ、ちょ! 待ってよ!」

 

慌てて鋼楔の背中を追っている姿は、見た目相応の、とてとてと走っている幼児のそれだった。

 

 

 

「鋼楔? こーうせーつ?」

 

声ははぐれてしまった子供を捜すかのような声音。

しかし、誰かを呼びながらうろうろ歩き回っていると、その身体の所為で、迷子が親を捜している姿にしか見えなくなるのだ。不思議。

いや、強ち間違いでもあるまい。

 

そう、入って早々に鋼楔と離れ離れになってしまったのである。

 

と、言っても、彼女は飛べば脱出出来ると思っているので、自分の事に関しては何にも心配していないし、憂いてもいない。

 

雪が問題だと思っているのは、鋼楔の事である。

あの鬼は空を飛ぶ術を持っていない為、このままだと抜け出せないのではないか、と考えているのだ。

 

だからこうして探し回っているのだが……。

 

かなりの時間が経った為、一旦捜索は断念する事にした雪。

 

この不気味な森を探索してみる事にしたのだ。

そのうち途中で合流出来るだろう、との楽観的な考え。

 

「…………んー……」

 

この森は、ぱっと見は特に普通の森林と変わりないものだ。

 

やたらデカいキノコが生えていたり木々が蠢いていたり、とそんな魔境ではない。

 

だが、他の森には無いもの。

妖力というか、妖気を雪は感じた。

 

(やっぱり、何かの能力か……)

 

あっちへうろうろこっちへうろうろしながら、思惟に耽り、結論を導き出す。

 

さて。鋼楔捜しに戻りますか、と翼をはためかせて上空に舞い上がる。

ひとまずこの森から出て、鋼楔が外にいないかを確認する。

 

確認しようと思っていたのだが……。

 

「あれ?」

 

即刻迷ってしまった雪。

 

何を馬鹿な事を、と思うなかれ。

途中までは何も変わらなかったのだが、あるところから飛んでも飛んでもそれ以上飛べなくなったのだ。

 

そして、進めなくなった代わりに、真下に鬱蒼と茂っていた筈の森が、無くなった。

 

無くなったというのは過剰な表現だが、かなり開けた広場のような地形になっているのは確かだ。

場所自体が変わった、と言うよりは転移。ワープといった言葉が、この状況を表すのに最も適しているだろう。

 

空は変わっていない(高度が変わらない)のに、眼下の景色だけが移り変わる、といった、よく解らない摩訶不思議な現象が雪の目の前で起きているのである。

 

(……あ、ありのまま今起こった事を……って、落ち着け、私!)

 

錯乱しかけていた雪は、ぶんぶんと強く首を振って現実に戻る。

こんな風に雑に扱っても、全く傷まないのが雪の髪の便利な点。

 

落ち着いてはいないが、この極めて不味い状況を打開する為に、頭を働かせる。

 

(えーと……一定の地点まで到達するとワープする、って事だよね?)

 

先程起こった事象を、なるべく冷静に分析する。

そして、思い付いた事は、大将が言った「何らかの能力によるもの」と同じであった。

 

それが、森に入った個人に作用するものか、それとも森全体を覆っているものか。そこまでは判らない。

 

(……取り敢えず、降りようかな)

 

思考を中断して、脳内に浮かんだ、この行き詰まった現状を打開する為の画期的な方法を選択する。

 

名付けて、「散策」。

 

それは、空を飛ぶのが駄目なら降りて適当にふらふら歩こうという、完全無欠の素晴らしい作戦である。

 

そんな投げ遣りにも思える作戦の下、雪は妖気漂う森を歩き回った。

 

途中、何だか同じ所を延々と回っているような気がしたので、樹木を薙ぎ倒しながら道を外れて歩いてみたりもしたが、結局同じ様な道に戻ってきてしまう。

 

何だか段々と不安になってきて、歩く気力も無くなり、次第に足取りが重くなっていく。

 

そんな雪だったが、ふと目を向けた先の木々の陰に人影らしきものを見付けて、歩みを止めて問い掛ける。

 

「誰?」

 

疲れた一言に、木陰にいた何者かが反応する。

 

「貴女は……迷子ですか?」

「……まあ、そんなとこ。で? あんたは誰なのさ」

 

木陰に隠れている者の声から、女性だと察せた。

それに、放たれている濃密な気配。妖気だ。

これで、妖怪という事は確定した。

 

そして、この森にいてこんな態度を取れるという事は、雪かこの森に能力を掛けた者であると推測出来る。

 

そこまでを考え、その女の方まで歩いていこうと思い向き直って一歩目を踏み出したが、そこで止まってしまう。

 

自分は力を持っている。だから怪しい者に近寄っても大丈夫だろう。ならば行ってみよう。

そんな何でもない動作、何でもない思考なのだが、今の雪はそこに「迷い」が生じたかのような挙動をしていた。

 

自分が不自然に迷った事に気付き、自身に能力が掛けられたのだと思って睨み付ける雪。

 

その視線を受けた何者かは、軽く息を漏らした。

 

「……私は、牡丹と申します。貴女と同じく妖怪です」

 

牡丹と名乗った女性らしき者は、木陰から雪の許へと歩み寄っていく。

 

立ち止まった際に揺れた蓬色の長髪は、背中の辺りで括った、少し妙な型をしていた。

服装は、和服の様なものの上から肩や胴、腰を守る為の軽鎧を身に着けている。

そして、人型の妖怪としては定番と言える顔のよさ。

煌めく碧眼が、その凛とした風貌を際立たせている。

 

雪が「可愛い」顔立ちなのに対して、牡丹は「凛々しい」顔立ちだ。

 

「私は雪。ただの吸血鬼だよ」

 

貴女と同じく妖怪です。の部分は、雪自身も相手が妖だと判断出来た為、そういうものなのだろうと流している。

そして、別段おかしい訳でもない。

 

「吸血鬼……?」

 

だが、西洋の妖怪である吸血鬼の名は、此方の……東洋の世界では馴染みの無いものなのだろう。

雪の言った「吸血鬼」というものが判らず、首を傾げる牡丹。

 

「あー……まあ、何処にでもいる一妖怪だと思ってくれたらいいよ」

「そうですか……判りました」

 

釈然としない様子の牡丹だったが、いちいち訊いて話をややこしくする気は無いので頷いてその場を進める。

実は自身がどんな妖怪なのかが判らない為、「一妖怪」で区切る事には何の抵抗もないのだ。

 

中には広義での妖怪といった分け方をされるのを嫌っている種族もいるが、少なくとも牡丹はそうではない。

 

「じゃあ、単刀直入に訊くけど……能力を掛けたのはあんただよね?」

「はい。そうです」

 

これに関しては特に誤魔化す必要も無い。能力持ちの妖怪は、少し妖力の純度が高いというか、能力を持っていない者の放つ妖気とは異質だ。

 

しかし、雪にはその見分けが付かない事を牡丹は知らない。ましてや元人間だなんて本人が語らない限り解らないだろう。

 

「……それで、初対面でこんな事を訊くのもあれなんだけどさ」

 

素直に認めた牡丹に対して拍子抜けした様になりながらも、そう付け加えてから次の問いを口にする。

 

「何だってこんなとこに住んでんの?」

 

初対面なれど、純粋に気になったから訊いた事であって、貶めたりとか嘲ったりとかそういう意図が無い事くらいは判る。

 

恐らく、目の前の童女──妖力を抑えた雪は、牡丹の目には生まれて間も無い妖怪に映った──は、どうして外と関わりを持たず独りでいるのか、と。そう訊いているのだろう。

 

森の外、山ではやけに力の強い妖を頂点に、妖怪の社会が築かれている事は知っている。

──そもそも、あの男が来るまでは自分が妖怪達を率いていたのだ。知らない筈が無い。

 

能力の暴走を機にあの鬼に妖怪達の統率を任せたのだが、少女の言葉から察するに、存外上手く纏めてくれているようだ。

 

と、過去を思い返していた牡丹だったが、雪に問われている事を思い出して答えようとする。しかし、どう答えたものか。それを考える。

 

そのままを答えてしまえばいい。特に困る事は無いのだから。

能力が暴走してしまい、仲間であった妖怪の大半を自滅(牡丹の能力の特質上)させてしまった事も、話せばいいのだ。

 

だが、牡丹は迷ってしまう。

 

全てを話してしまったら、目の前で答えを待っている少女に、雪と名乗った少女に嫌われてしまうのではないか。

 

久方ぶりに誰かと会話する事が出来たのだ。折角だから親交を深めてみたい。

仮令(たとえ)、また能力の制御が利かなくなりあの時の悲劇が再び起こるのだとしても。

そしてその被害を受けるのがすぐ傍にいる白髪の幼女だとしても。

 

妖怪にしては自制心のある方の牡丹でさえこんな事を考えてしまう程には、長い間誰とも接する事が出来ない生活というのは、鬱屈したものだった。

 

「……私の、この『迷わせる程度の能力』の制御が利かなくなった時に、ですね」

 

それでも、真実を語る事にした牡丹。

 

「あー……成る程。聞いちゃ駄目な事だったか、ごめん」

 

そして、その牡丹の雰囲気から哀しげなものを察して、無理して語らなくてもいい。と言うつもりだった雪だが、牡丹から気にしなくてもいいと返ってきたので、黙って先を促した。

 

「……その時に、私が統率していた妖怪達の大半が、殺し合ったり自殺したり、と。私の能力の所為で『迷って』しまったんです」

 

それは、忌まわしい過去。

自身の力不足が故に起きた悲惨な出来事。

もっと自分に力があれば。能力をコントロール出来たならば。後になって悔やまれる。

 

その言葉を聞いて眉を顰めた雪を見て、やっぱりか、といった気持ちになる牡丹。

ああ、これは嫌われたかな。そう思いながらも、口は昔の出来事を正確に語っていく。

 

『迷わせる程度の能力』の制御不能による大多数の妖怪の自滅による組織──牡丹の率いていた軍勢は、組織と呼べるものだった──の自壊。

それを悔いて、妖怪達の制止も振り切って贖罪の名目でこの森に自ら閉じ篭った事。

死んでいった妖怪達に謝罪をして、能力の暴走を防ぐ為に努力もしてきた事。

 

それら全てを包み隠さず語り、話し終わった牡丹の目を、雪が半目でじっと見つめていた。

 

牡丹は、呆れられているのだろうか、とかそんな悲観的な想像をしていたのだが。

雪の思っている事は、牡丹の考えている事とは全く違った。

 

(『迷わせる程度の能力』で合ってやがったし……)

 

こんな悲惨な話を聞いておきながら、最初に思った事がこれだった。

 

「……嫌になったでしょう?嫌いになったでしょう? さぁ、出口まで案内しますから、着いて来て下さい」

 

いつまで経っても口を開かない雪に、一方的に捲し立てた牡丹。

その何だか自棄になったような目を見て、雪が首を傾げる。

 

「何で?」

「……は?」

 

予想だにしていなかったその反応に、間の抜けた声が漏れた。

それからすぐに、頭に浮かんできた疑問をぶつけてみる。

 

「……怖いと、思わないのですか?」

 

信じられない、といった調子で目を見開いている牡丹を見て、不思議そうな視線を送る雪。

 

「それこそ何でさ。ちゃんと謝って反省もして、能力を制御しようと努力もしたんでしょ? 凄いとは思うけど、嫌いになったり怖がったりする理由は無いさね」

「…………」

 

全く気にしていない様子の雪の言葉を受けて、絶句した。

程無くして、自分が怖がり過ぎていたのだという結論に辿り着いた。

 

───ああ。自分は、麻痺していたのか。

逃げて、誰とも会わない内に、ここまで弱く臆病になっていたのか。

 

「それより、もし良ければ戦線復帰して貰えないかな? 昔は妖怪を纏めてたって言うなら、ブレインとして来て欲しいんだよ」

 

頭脳戦なんて私の柄じゃないしね、と笑っている雪。

確かに、牡丹の戦闘法はどちらかと言えば雪寄りである。

 

理解は出来たが、それでもまだ昔のしがらみを捨てる踏ん切りはつかない。

 

「……それは」

 

言いにくそうに口篭る牡丹。

 

「あ、やっぱ無理? だよねぇー……はぁ」

「いえ、別に無理という訳では……」

 

大きく溜め息を吐き、あからさまに落ち込む様子を見せた雪に、すぐさま否定の言葉を発する。

 

「いや、いい……って、あっ! 不味い!」

 

空を見上げた雪が、急に慌て始めた。

つられて牡丹も天を仰いだ。空が次第に暗くなってきている。

 

「あいつらと戦うんだった! はよ外まで連れてって!」

「は、はいっ!」

 

そして二人は、仄暗い森を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

「……ふぅ。ありがと、牡丹」

 

外まで休み無しに突っ走ってきた雪が、さほど乱れていない息を整えながら礼を言った。

 

「じゃね!」

 

そのまま羽根を広げて、月が昇り始めた空に飛翔する。

すぐにその姿は見えなくなった。

 

そして、残された牡丹は、

 

「…………」

 

暫く呆けた様に、白雪の様な吸血鬼が飛び去っていった空を眺めていた。

 

 

 

「やっべぇ! ただでさえあいつらの忠誠度低いのに、また下がる!」

 

風を切りながら全速力で訓練場へ向かう雪。

 

軈て、明かりが見えてきた。

さほど時間は掛からなかったが、盛大に遅刻してしまった。

 

「ごめん! 遅れた!」

 

訓練場(と言う名の岩窟)に滑り込んだ雪を出迎えてくれたのは、敵意が行き過ぎてもはや殺意と化した視線を向ける配下の妖怪達と、「遅いぞ」と言いたげな雰囲気の鋼楔だった。

 

「遅いぞ」

 

見事なまでにそのままを口にした鋼楔を見て、謝ろうとした雪だが、

 

「戻ってたのかよ」

 

取り敢えず突っ込む事にした。

 

「ああ、暫く待っていたんだがな。お前が戻ってくる様子が無かったから戻った」

「……はいはい、ごめんごめん」

 

適当に謝っておいて、魑魅魍魎の殺意渦巻くフィールドに目を向ける、そして逸らす。

 

「何か怖いんだけど」

 

化生共の血走った眼から全力で目を逸らし続けている雪に、鋼楔が説明する。

 

「一時間ほど前から待っていたからな。戦意は充分だろう。やれ」

「へいへい……やりますよ、っと」

 

わざとらしく肩を竦めて息を浅く吐き、軽く準備体操をした後に、化け物の待ち受けているステージに上がる。

 

「んじゃ……来なよ」

 

舞台の真ん中にわざわざ移動して、四方八方を囲む妖怪達に向けて挑発をする雪。

 

その態度に、苛立ちを隠せずに獣の様な咆哮を上げる。

次の瞬間には。

一斉に、それこそ雪崩の如く中央の雪に殺到する。

 

しかし、

 

「その程度?」

 

ズドン、と、おおよそ肉を打つ音ではない打撃音が、一匹の妖怪の腹から聞こえた。

開幕早々重い一撃を喰らった者が、後ろにいた同族達を巻き込んで吹っ飛ぶ。

 

だが、修行を積んだ妖怪達は、こうなる事は判っていたかの様に勢いを殺す事無く、眼前の小柄な体躯の少女にその凶拳を振るう。

 

当たれば無事では済まないであろうその拳は、しかし衝撃を緩和する動作もしていない小さな掌に受け止められる。

 

そのまま殴ってきた妖怪の腕を掴むと、その場で回転して周りの妖を蹴散らしていく。

凄まじい速度で仲間の身体に何度も打ち据えられた妖怪は言わずもがな、周囲を取り囲む妖怪も、大回転をしている凶悪な風車の衝撃を受け止めきれずに、それぞれ打ち倒されていく。

 

「まだまだ……甘いっ!」

 

掴んでいた腕を離し、包囲網の一角を切り崩して飛んでいく妖怪を尻目に、更に煽る様に吼える小さな戦姫。

 

だが、ここまで劣勢なままの軍勢は、もはやその言葉を受けても奮い立つ事が出来ない。

 

動きが次第に鈍っていく妖怪達に呆気無さを感じながらも、喝を入れる為に叫ぶ。

 

「お前らに足りないもの! それは!」

 

だんっ、と地面を踏み、毅然とした瞳を向け、

 

「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして、何よりも……速さが足りないッ!!」

 

最後の一言と共に、言葉に恥じない圧倒的な速度を以て戦意喪失した妖怪を一気に殲滅した。

 

 

 

「なってないね! 何の為の訓練なのさ」

 

自分が規格外だという事は棚に上げて、傷だらけの部下一同に酷評を下す。

 

そこに、薄笑いを浮かべている鋼楔が寄ってきて、

 

「ほう? では、次は俺とやらないか?」

「……やめてくださいしんでしまいます」

 

この戦闘狂の鬼が何を言ってくるか薄々感づいていた雪は、間髪入れずに拒否をした。

 

しかし、その後の鋼楔の一言を聞いて態度が変わる。

 

「お前があの時に力を隠していた事は判っている」

「…………」

 

へぇ? と、意外そうに片眉を上げる。

 

しかしその内心は、

 

(まぁ、バレるわな。……やっべー、目ぇ付けられたし)

 

どうやって韜晦(とうかい)したものか、と考えを巡らすが、すぐに己で否定した。

鬼は、こういった戦いに関する事には人一倍敏感だから、誤魔化し様が無いと思い至ったのだ。

それに、嘘が通じ難い。

 

「それは事実だけど、相性の問題として私はあんたには勝てないよ」

 

だから、嘘は言わない。

絶対に勝てないという事は無いのだが、あまりにも勝算が無さすぎる為、まず負ける。

 

「……そうか。仕方無い」

 

暫く雪の目をじっと見ていた鋼楔だったが、意外にもあっさりと諦めた。

 

肩透かしを喰らった気分だが、まあいいか、と下っ端妖怪の指導に入る雪。

 

「まずは、死ぬ程鍛錬を積め。文字通りにね」

 

先程ボコボコにされて自身の力不足は判っているのか、大人しく雪の声に耳を傾けている妖怪共。

 

「以上」

 

締め括った言葉に合わせて、一様にズッコケる愉快な物の怪達。

「それだけかよ」と聞こえてきそうな反応(実際に口に出した者もいた)だったが、事実それだけだから仕方が無い。

 

現時点で、雪は誰かを指導出来る様なスキルなど、持っていない。

そして、雪の体術は専らゴリ押しで体術とは呼べないものである為、そもそも教える技が無いのだ。

 

「以上だって言ったじゃん」

 

レベルを上げて物理で殴れを地で行っている雪の有り難いお言葉に、妖怪達は感涙に咽ぶ──現に、身体を小刻みに震わせている──事だろう。

 

 

 

 

 

☆○☆☆○☆☆○☆☆○☆

 

 

 

 

 

色々と終わって開放感溢れる空洞に帰宅した雪は、ふと今日の夕方辺りの事を思い返していた。

 

「牡丹……ねぇ」

 

原作知識しか無い雪にとって、こういった原作に出てこない太古の時代での日々は、悲しい事もあるが退屈しない充実したものなのだ。

 

それでも、早く永琳以外の原作キャラにも会いたいと思ってはいるのだが。

思考を切り替えて、明日に思いを馳せる。

 

「取り敢えず、明日はあのベ〇ット(仮)を鍛えようかな」

 

ぶつぶつと独りごちる。

ベネ〇ト(仮)とは、あの鬘を投げ捨てていた妖怪の事である。

元ネタが何なのかは、言うまでもないだろう。

 

「……ん?」

 

ふと目を向けた街。そこで、何かが光った様に見えた。

だが、特に気にする事も無く、寝室という名の洞窟に向かっていった。




楔の意味を間違えて覚えている人間=筆者。
……ああ、やっぱり私は馬鹿だったよ。





・キャラの特徴・

・名前:牡丹
・性別:女
・種族:妖怪(広義での)
・性格:大人しめで落ち着いた性格

和服っぽいものの上に軽鎧を装着している女妖怪。この時代の妖怪にしては珍しく、武器を手に戦う。
主に弓矢を扱うが、刀剣類も多少は扱える。
雪や鋼楔よりも長く生きている。
蓬色の長い髪を、背中の辺りで括っている。碧眼。
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