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地味に初めてのオリジナル
僕の彼女は空気だ。
「……起きて……起きて
「……
夏の朝。夏特有のちょっとした寝苦しさと、彼女──
最初に目に入ったのは、ほぼ全裸で部屋着のパーカーを羽織っただけの姿でこちらを覗き込む唯居の柔肌だった。
「おはよう、唯居」
「おはよう、識」
挨拶を交わすや否や、いきなり彼女の胸に顔を
「……どう?」
「うん。ありがとう、唯居」
「良かった……ん」
「どうも」
いつも通り、唯居は白いカップを差し出してくる。中にはまだ白い湯気を放つ温かいコーヒーが入っていた。色からしてコーヒーフレッシュが入っている。因みに僕はブラックもいけるクチだが、普段はそこそこコーヒーフレッシュと砂糖を入れるタイプだ。
「ところで……その格好で台所までコーヒーを淹れに行ったのかい?」
「うん……ダメ?」
「ダメというか……気にならない?」
指さした先には、先程も述べたように、パーカー以外生まれたままの姿と言って差し支えない唯居の姿がある。まあかく言う僕もパンイチなのだが、そのまま部屋の外をほっつき歩くほど図太くはない。
「あぁ……」
「母さんに見つからなかったのか?」
今僕らがいる家は、夏休みの里帰りで来ている僕の実家だ。おじいちゃんが建てた家なので結構昭和感が強い。因みにそこそこ広く、僕の部屋と他の家族の部屋だけでなく少し広い客間が二つもある。
そして今回の帰省で、僕は普段使いのバリスタを台所に持ってきた。つまりコーヒーを淹れるなら台所に行く必要があるのだが、当然家族がいても不思議じゃない。ほぼ全裸の姿、いくら僕の家族といえども他人に見られるのは少しムッと来る。
「平気……気付かれてない。コーヒーの香りでやっとこっちを向いた感じ」
「……来た時と同じか」
僕の彼女は空気だ。
「それより……」
「うん、いただきます」
コーヒー、というか最早カフェオレ並にマイルドになったそれは、僕の身体を程よくまた起こす。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
「よし、行こうか」
「ん」
もうすぐご飯時。お互いに着替え始める。因みにその後、ショーツを上げる彼女のその仕草に、彼女と一緒に二度寝したくなったのはまた別の話だ。
〇◎〇◎〇
「識、今日も私と地獄に付き合ってもらう」
「どっちかといえば天国だけど、分かった」
ご飯を食べ終え部屋に戻ると、一足先に戻った唯居がいつもの誘い文句と共に手を伸ばしてきた。
いつも通り冗談で返すと、僕の手に使い慣れた黒いコントローラーが手渡される。持って帰ってきたゲーム──この感じだと格ゲーか。
「ん」
「よし」
僕が
確認した僕は、コントローラーの真ん中のボタンを押して本体を起動させ、操作して件のゲームを選択して開始させる。
「どっち?」
「こっち」
「ん」
この格闘ゲーム、2on2が原則ルールであるが、オフラインの2P入りプレイならば1on1も出来る。NPCをオフにしないとではあるが。
ともかく今日の唯居の気分は1on1らしい。1Pで入力している僕はさっさとバトルモードに入り、NPCをオフにする。
「今日はこれ」
「なら僕はこれ」
唯居は赤い翼の機体──言い忘れてたがこの格ゲーは有名ロボットアニメの機体の格ゲーだ──を選び、僕はそのキャラのライバルに該当する赤色の機体を選ぶ。
「またそいつ……」
「原作再現しようかなと」
「原作はブレイクするためにある……!」
ステージは例の場面を模したステージ。対角線上に二つの機体が並ぶ。
『過去に縛られたまま戦うのはやめるんだ!!』
『それが間違いかどうかは、勝ってから言え!!』
「ん!」
セリフが飛び交い、ゲームが始まる。唯居は開幕でこっちに加速して来ながらビームを撃ってきた。
もちろん当たることは無いよう横に動いてかわし、こっちも撃つ。いつも通りのプレイング。
『やめろ!こんな事をしても……』
『うるさい!!』
画面内のキャラは原作でライバル関係か、掛け合いが絶えない。たまにうるさい時があるが、気分が上がるのでこういうのは好きだ。
「当たらない……」
「ほら、行くよー」
隙を見せたので近接モーションで攻撃する。
『とぉぅ!!へぃゃー!!』
ところでこのモーション、物凄くうるさい。ネットでネタにされるレベルだ。
「今度は……こっちが……!」
『あんたって人はー!!』
キャラ共々ブチギレた唯居が猛攻を仕掛けてきた。しかし。
「ん!ん!」
「おっと」
ガードと回避を上手いこと使い分けてかわす僕にまるで当てられないでいた。
「はい」
「あ」
そうしてそんなプレイを繰り返す内、唯居は僕を倒せずに負けてしまった。
『うわぁぁぁぁぁぁ!!!!』
機体が爆散し、キャラクターの悲鳴のような叫びが響く。原作でもゲームでも一方的に負けたこともあって結構悲惨だ。
「また……」
「うん、やりすぎた」
「次は……あっち」
「ん」
今度は2on2のようだ。因みに
「スキあり」
「あ」
何故か彼女の使うキャラは、他のキャラと一緒だと驚くほど見つからない。最早暗殺者とそういうレベルである。
僕の彼女は空気だ。……いや、こんなとこが空気なのは特に問題ないか。
「……よし」
「一方的にやられた……」
唯居はすっかり機嫌を直した。僕は少し落ち込んだ。が、また胸に顔を埋めさせられた。気持ちよかったから気分は良くなった。僕は単純だ。
〇◎〇◎〇
僕の彼女は空気だ。
「……暑いね」
「うん。しかもくっついてるからね」
昼下がり。僕らは縁側でのんびりしていた。僕は胡座をかいて手を後ろに着き、唯居はまた僕の胡座の上に乗っている。因みに僕の部屋から扇風機を出して風を浴びている。我が家は何故かクーラーを止める時間があるからだ。しかもぶっちぎりで暑い時間にだ。そんな状態でくっついてるため、より暑い。
「……イヤ?」
「まさか。でも凄く蒸れてくるね……」
「……前みたいに、する?」
「流石に家族がいるから遠慮する……真昼間から二人してお風呂は怪しまれるよ……」
反り返るように振り向く唯居。髪を振ったからシャンプーの香りが少し漂ってきたし、なんならシャツの中が見えそうで凄くグッときた。ぶっちゃけさっきの返答はよく理性がもったと思う。褒められていいはずだ。
「……じゃあ、何する……?」
「このままのんびりしようか……」
「識ー、どこー?」
このままいようと思ったそんな時、母さんの声が聴こえてきた。
「こっちだよ。何かあった?」
「あぁ、いたいた。唯居ちゃんは……あ、そこにいたのね」
「……」
コクリ、と頷く唯居。数瞬遅れて母さんは唯居に気付いた。……僕にくっ付いてたから気づけた、って風に感じた。
相変わらず、僕の彼女は空気だ。
「そうそう、スイカ切ったから二人で食べなさい。ほら、お塩も」
「ありがとう」
「……いただきます」
僕が取ったスイカに唯居がかぶりつく。しかも止める間もなく食い尽くされた。既にマシンガンのごとく種を更に向かって吹いている。ポ〇モンか。
「ところで二人ともずっと家にいるけど……縁日には行かないの?今日よ?」
「……唯居」
そういえばこの日だった。膝上の恋人はどうだろうか。
「……行きたい?」
「僕は浴衣が見たい」
「……あの、お義母さん」
「えぇ、任せなさい。確かお姉ちゃんが昔使ってたのが……」
浴衣を探しに戻っていってしまった。そういや姉さんは昔、浴衣でないと祭りに行きたくないとか言ってたか。今は知らないが。
そういえば帰省してから姉さんを見てない。まだ帰ってきてないんだな。まあいいか。
「……」
「……ねえ唯居、僕の分は?」
「お塩、良いね」
スイカを食べようと皿に目を向けると、そこには無があった。
確認も兼ねて唯居に再び視線を戻すと、親指で口元を拭った唯居がいた。そして見間違いでなければ、拭う前の口元は少し赤いのがあった気がする。もしやと思いもう一度皿を見ると、
「……まだお口の中?」
「うん」
「よし」
「え、ちょ、さと……!」
こちらに向き直させ、舌を口の中に入れる。なんか言おうとしてたが無視して中のスイカをすくい取る。凄く甘い。
「……」
「んんッ……!んあ……んふっ、んっ、んーっ!!」
押さえてた唯居の顔の震えが強まってきた。ここまでだ。
「ぷはっ」
「はぁ……はぁ……さ、識の変態アリクイ怪人……!」
互いに息を荒らげながら見つめ合う。唯居はむしろ睨んで来たが。
「舐めながら自分でも思ってた……んで……とても甘かったです」
「スイカ、だし」
「違う違う。唯居のお口の中が」
「識!!」
普段のんびり静かな唯居が珍しく声を荒らげて突っかかってきた。普段は白い柔肌が特徴な彼女も、今は顔が真っ赤だ。というわけで今からほっぺを思いっきり抓られます。
「いたたたたたたたたぁっ!?」
この後、サイズ合わせで唯居が呼ばれるまで罰ゲームは続いた。
〇◎〇◎〇
「……人、多いね」
「今もまだまだ盛り上がってるんだね」
浴衣のサイズ合わせから一時間くらい。実家近くの縁日。的屋がたくさん並び、お客さんもたくさん来ている。昔と変わらず的屋をやってる見慣れたおっちゃんもいれば、初めて見る物もある。
「さて、何から回る?」
「……
「なら……おっちゃん、焼き鳥ももを四本、全部塩で」
「あいよ!」
見慣れたおっちゃんのいる的屋に注文する。幸いすぐ出来そうだ。
「……あっちで」
「そうだね」
流石に人が多いので、一旦この人混みを抜けようとすることを選んだ。しかし──
「……すごい」
「大変だな……逸れるかもしれないし、手を……唯居?」
手を伸ばしたが、空ぶった。まさかと思って振り返ったがそこに彼女はいなかった。
……僕の彼女は、空気だ。
◎〇◎〇◎
「……どうしよ」
人波に揉まれて識とはぐれてしまった。しかも場所がわからないからどうにも出来ない。
「識……電話……」
でも出ない。必死すぎて携帯のバイブに気付いてないのかもしれない。
なんにしてもこれじゃ何も出来ない。せめてさっきの焼き鳥屋に戻ろうにも、結局場所がわからないからどっち側に行けばいいかも分からない。下手に動いて変なのに絡まれても厄介だし。
「……まあ、私を見つけるような人なんていないか」
私は空気だ。もちろん比喩なのだけど、たまに本気でそうなんじゃないかと思う時がある。それくらい、私の存在感は薄かった。
触れなければ私に気付く人はほとんどおらず、触れたら触れたで幽霊に触れられたみたいに驚く。驚くだけで腫れ物のような扱いはされてないだけ良いのだが。
とにかく、誰の目にも留まらない私は、まさしく空気だった。そこにいるのに捉えられず、認識されないそんな人間。このまま一生、そうなのかなと思っていた。
識と出会うまでは。
「唯居!!」
「……識……!」
「やっと見つけた……ほら」
私の手を引っ張って強引にこの場を抜けようとする識。私の手を掴むその手の力は、少し痛いくらいだったけども、それが私という空気を掴んでくれたことの証左だと思うと、むしろ安心が増す。
だって、あの時もしっかり見つけて掴んだもの。
訂正しないと。私を見つけるような人はいる。確かに、今ここに。
でも……そういえばなんで識は私を見つけられるんだろ。
◎〇◎〇◎
「ふぅ……なんとかここなら……」
必死こいて唯居を見つけ、ようやく離れまで逃げ込めた。
「……識、ごめん」
「唯居が謝ることじゃないよ」
謝罪こそして来たが、唯居の表情は決して暗くない。……見つけられて良かった。
「それより……」
「そうだね」
唯居が持っていた焼き鳥の入った袋を差し出してくる。とにかく今は休もう。ちょうど良く、花壇の縁に座れる。
「美味しい?」
「ん」
返事は相変わらず少ないが、その顔と声色から満足を感じ取れる。僕も一本いただこう。と、思った矢先。唯居が僕のシャツの裾を摘んだ。親の気を引く子どものように。どうやら焼き鳥の追加というわけじゃないらしい。
「……どうかした?」
「ずっと気になってた……識。識にとって私は?」
突拍子もなく、しかし大抵のカップルは経験したであろう問答が始まった気がする。
しかし焦る必要はない。何故なら答えはずっと同じだ。
「空気、かな」
「……そっか」
僕の返答に、露骨にどこか落ち込む唯居。まあそりゃそうか。でも、ここで何が出来るかが、僕の甲斐性なのかもね。
「そう、空気。そこにいないととても困るよ」
「あ……」
「それだけじゃない。一緒にいてくれないと辛いし、苦しい。でも、いつもそばにいてくれて、いて欲しい時にいつの間にかそこにいる。それが、唯居。それが、僕の空気なんだ」
「……そっか」
一通り言いたいことを並べ立てると、唯居は満足した表情でまた焼き鳥を頬張る。どうやら、伝わったらしい。安心して僕も焼き鳥を食べよう。
「……唯居、確か僕は焼き鳥を四本買ったはずで……なんで一本しかないの?」
「識、半分はタレの方が良かったかも。あともう飲み込んだ」
「唯居」
なんかもう、呆れて手を広げて唯居に向き直る。
「ん」
察したのか、抱き着いてきた。そしていつも通り僕に背を向け、僕の足の間に入るように座り込み、僕に背を預ける。
「そういえば、もうすぐ花火が上がるみたいだね」
「ん」
「分かった。このまま待とうか」
他に食べたい物もあるだろうに、それらすら差し置いて僕と花火を待とうとする唯居は、健気で可愛らしいものだ。
「やっと……」
「ん?」
「やっと、知れた……識が私を見つけられた理由……ありがとう、識」
「……そっか。どういたしまして」
『お待たせしました。それでは、今年最初の花火と行きましょう!!』
アナウンスが入った。少し老けてる気がするが、昔から変わらない花火アナウンスのようだ。
『それではカウント行きますよー?せーの!』
「ねえ、識」
「ん?なに唯居」
『3!2!』
「言いたいことがあるの」
「実は僕も」
『1!』
「
「
『発射!』
「「──」」
花火の轟音に、互いの声が掻き消される。けれども僕らの声は間違いなく届いた。その証拠に、過去最高級の微笑みと赤面を浮かべた唯居がいる。きっと僕も同じなのだろう。
僕の彼女は空気だ。そしてそんな彼女に寄り添う僕もきっと。
僕達は空気だ。決して離れず、消えることの無い『大好き』がずっとここにある限り。
とあるエロゲのとあるヒロインのルートで、『朝一緒にコーヒーを飲む』ってのが凄く素敵だったんで使いました
ありがとうYソフト