アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第10話 災禍の鎧

 

 ――どうして! どうしてこんなことになったんだ!

 

 マサトは何度目かもわからない慟哭を心の中で吐き出した。

 そこは《荒野》、辺りは何もなく、吹き荒れる砂埃と岩山だけ……。

 その“(むな)しさ”がマサトの周りに広がる光景の悲惨さをより鮮明に表している。

 

 周りで倒れている者たちの立ち上がる気配はなく、ただうめき声が聞こえて来るだけ。

 地面に立っているのはマサトを含めてほんの数人。

 本来ならばここに居る者たちだけではなく、もっと多くの人たちがいたはずなのに……。

 マサトはもう一度心の中でどうしてこうなったんだ、と呟いた。

 

 

 

 

 ここは《無制限中立フィールド》の一角、《プラチナム・ドラゴニュート》となったマサトの周りには数多くのBBプレイヤーたちの姿がある。

 そのどれもが知らないものなどいないほどの有名人たち、トッププレイヤーとも呼ばれるBBプレイヤーたちだ。

 

 《ブルー・ナイト》

 《グリーン・グランデ》

 《レッド・ライダー》

 《ホワイト・コスモス》

 《イエロー・レディオ》

 

 《純枠色(ピュア・カラーズ)》と呼ばれる各大レギオンの団長だけでなく、ドラゴニュートの所属する《スーパー・ヴォイド》の団長《マグネシウム・ドレイク》を初めとした他のレギオンの団長達。そしてドラゴニュートを初めとした各レギオンの副団長のような立場のプレイヤー達……《フレイム・ゲイレルル》らの姿もそこにあった。

 

 総勢20人を越えるBBプレイヤーが集まった目的はただ一つ。

 最近になって『加速世界』に現れた“バケモノ”のためであった。

 だれぞに呼ばれた彼らは自然と車座になって、その会議を開催する。

 

「では先日より猛威を振るっているBBプレイヤーをどうやって討伐するかですが……」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 純粋無垢を表したかのような透き通った声で女性アバターが話を進めようとしたのだが、それに待ったをかけた人物が現れた。

 

「俺だって“そいつ”の噂話は確かに聞いたが、逆に言うとそれ()しか聞いてねぇ……。

 本当なのか、《クロム・ファルコン》が例の強化外装を使って無差別にBBプレイヤーを襲ってるってい話は! そして俺たち全員でそいつを“粛清”しに行くっていうのは!」

 

 その声を上げたのは《スーパー・ヴォイド》の団長、《マグネシウム・ドレイク》であった。その疑問の声を皮切りに他のプレイヤーたちからも次々に同様の声がのぼる。

 中にはこれはただのリンチなのではないか、といった声もあった。

 

 しかし、その言葉に答えたのは先ほどの女性アバターではなく、円の中に一歩足を踏み入れ皆の視線を集めた《ブルー・ナイト》だった。

 

「本当だ……」

 

 普段の軽快な声はすっかり鳴りを潜め、重く、深いその言葉はその場にいる全員に噂を信じさせ、静かにさせるに十分な一言だった。

 

 

 ことの始まりはつい先日のことだ。

 あらゆる攻撃耐性をもつ強力な強化外装を装備したBBプレイヤー《サフラン・ブロッサム》の噂だった。

 その戦いぶりを見に行った《スーパー・ヴォイド》を初めとした数多くのプレイヤーたち。

 そんな彼らの前で2対1とはいえ《純枠色(ピュア・カラーズ)》のひとりを打ち負かしたブロッサム、そしてそのタッグパートナー《クロム・ファルコン》。

 《第一世代》でもあり、当初からずっと組んでいたその2人組みはその勝利と共に新たなる《レギオン》の発足を発表した。

 

 彼らが掲げた理念は《相互扶助》、バーストポイント全損間近のプレイヤーに一定のポイントを貸し出し、安全圏に戻るまで《無制限中立フィールド》に生息するエネミーをレギオンメンバーで協力して狩る、というものであった。

 もし、この仕組みがうまく機能したのならばこれからの『加速世界』に全損者はいなくなり、全損による《ブレイン・バースト》の強制アンインストールへの恐怖もなくなるだろう。

 

 それを聞いた多くのBBプレイヤーたちは賛成し、詳しい話を聞くために《無制限中立フィールド》へと集まった…………

 

 しかし、発足者である《サフラン・ブロッサム》を始め、話を聞きに行ったBBプレイヤーたちが(くだん)の《クロム・ファルコン》の暴走により全損。生き残ったのはたった一人のプレイヤーだった。

 

 その後も《クロム・ファルコン》は暴虐を繰り返し、数多くのBBプレイヤーを全損に追いやっているという。

 

「オレも一度戦った。だけど負けちまったんだ。

 その後、噂のとおり“全損”させられそうになったが……、その前に俺と一緒にいたレギオンメンバーが、自分を囮にソイツを遠くに引っ張ってくれたから……、でも……アイツは……!」

 

 《純枠色(ピュア・カラーズ)》が負けた。ナイトが語る迫真の話はそれだけでもプレイヤーたちを驚かせた。……が、さらに続くナイトの話は彼らを更なる恐怖のどん底に叩き落した。

 

「《クロム・ファルコン》の戦い方は尋常じゃない! いや、アレは戦闘なんてものじゃなかった……! アイツは、プレイヤーの……アバターの腕を千切ったあと、その腕を“喰っちまった”んだっ!

 俺は目を疑った! アイツは、ファルコンはもうBBプレイヤーなんかじゃねぇ、俺たちとは違うもっと別の“ナニカ”になっちまったんだよ…………」

 

 

 沈黙が、場を支配した。

 

 ふさぎ込むナイトを隣にいた《レッド・ライダー》が肩へ手を置き、下がらせる。

 そしてナイトの代わりに前に出たライダーの快活な声は暗くなったプレイヤーたちの胸にすんなりと染み渡った。

 

「これから話し合うことは大勢でひとりのプレイヤーを囲んで倒そうって話だ! それが嫌だって奴はここから去ってくれても構わない。でも、俺はひとりでもやるぜ!

 ファルコンが何でこんなことをするのかは解らない……。だけど、アイツは“やり過ぎた”! BBプレイヤーとしての最低限守らなくてはならないルールを破ったんだ!

 

 アイツがこれ以上の犠牲者を出す前に止めたい……。頼む! みんな協力してくれ!」

 

 頭を下げるライダーを前に、席を外す者は誰一人いなかった。

 

 

「しょうがねぇ、ここまで言われて引き下がったら男が廃るぜ……、捻じ曲がったアイツの性根を叩きなおしてやろうじゃないか! なあ、みんな!」

 

 ライダーの顔を上げさせ、皆に発破をかけたのはドレイクであった。

 ドレイクの声に今まで黙っていたプレイヤーたちは雄たけびを上げてそのやる気を表す。

 

 戦いの途中でファルコンが反省すればそれでよし、それがダメなら全損もやむを得ないと彼らはクロムファルコン討伐作戦を決めていった。

 

 

「よし! 決行は3日後、現実世界の16時から始める。それまでファルコンを見かけてもバトルはせず、逃げ出すこと! 奴のホームは港区だ、みんななるべく近くでダイブしてくれ。詳しい作戦はファルコンの出現場所によって決めることとする!」

 

 いつの間にか議長のようになってしまったドレイクが今回の会議で決まったことをまとめる。

 その言葉をその場にいた全員が了承し、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

「なんか、大変なことになっちゃったね……」

 

 病院へ戻ってきたマサトにカンナはポツリと言葉を落とす。

 《サフラン・ブロッサム》の唱えた《相互扶助レギオン》にカンナは人一倍期待していたのだ。

 ずっとみんなで《ブレイン・バースト》をプレイできればそれに越したことは無い。ブロッサムの考えを聞いたカンナはマサトに報告した後そう言っていたし、マサトもその考えには賛成だった。

 

 ブロッサムの考えが実行されたらそうなるはずだったのに、いざ蓋を開けてみれば《クロム・ファルコン》の暴走。多くのBBプレイヤーが全損に追い込まれ間逆の結果となってしまう。しかし、マサトの考えは少し違った……。

 

「もしかしたら、ファルコンは嵌められたのかも知れない……」

「どういうこと?」

「《相互扶助レギオン》、そんなことを考える人が凶悪な性格の人とずっとパートナーを組むのかな?」

「確かに、そうね……それにブロッサムと一緒にいたファルコンを見たけれど、多くのプレイヤーを執拗に追いかけて全損させるような……そんな悪い人物にはとても見えなかったわね」

 

 カンナは勝負の後、多くのプレイヤーに囲まれ、様々な言葉を投げかけられているブロッサムを不機嫌そうに遠目から見守るファルコと、それに気付き、からかいの言葉を投げかけるブロッサム。そしてじゃれ合う仲睦まじい2人の姿を思い出す。

 その話を聞いたマサトは、より自分の考えが真実味を帯びたと感じた。

 

「話を聞きたいと集まったプレイヤーたちが一斉に彼らに襲い掛かり《無限プレイヤーキル》を行なった……」

「そんな……その場にいたのは30人近かったって聞いたわよ! たった2人を相手に普通そこまでする!?」

「普通じゃなかったんだよ、それくらいしない考えるくらい相手が怖かったんだ」

 

 あらゆる攻撃を弾く鎧を持ち《純枠色(ピュア・カラーズ)》に打ち勝った相手だ、そこまでしないと逃げられると思ったんだろう……。

 マサトは目を剥くカンナに続けて話し出す。

 

「彼らも最後まで抵抗したんだろう、でもダメだった……。ブロッサムは最後の最後でファルコンに“例の強化外装”を手渡し、その鎧の力を使ってプレイヤーたちを返り討ちにした」

「まって、強化外装の手渡しって……対戦フィールドなら有線直結するか、アイテムカード状じゃないと出来ないんじゃない? 鎧はもうオブジェクト化されてたのよ?」

 

 いや、もうひとつある。マサトが首を振るとカンナもその方法を思い出したのか驚きと悲しみに顔を歪ませる。

 

「そう、あとひとつ、対戦フィールド上で強化外装を渡せる方法は“所有者が全損したときに手に掛けた者が僅かな確立で手にすることが出来る”

 もしかしたら偶然だったのかもしれない、他の人に殺されるのなら近しい者の手で……、ブロッサムはそう思ってファルコンの手で……そうして鎧はブロッサムからファルコンの手に渡り、彼はそれを使ってここまで追い詰めた奴らに復讐した」

 

 ボクが同じ立場ならそうするだろう。マサトはそう思った。

 カンナと出会ったのは半年ほど前だ、しかし『加速世界』なら500年以上の月日が経っている。加速世界で生活をしているわけではないので実際はその100分の1にも満たない時間だろうが……、だがそれでも自分の両親よりもカンナと一緒にいた時間が長いのは事実だ。

 そのカンナが(『加速世界』でだが)殺される。考えただけでも心臓を鷲掴みされるような感覚が襲ってくる。

 もし、ファルコンにとってブロッサムが自分にとってのカンナなら……その内情は決して簡単に語れるようなものでは無いだろう。

 

 そう、その場にいたBBプレイヤーに飽き足らず他のプレイヤーを襲っても満ち足りないほどのその“憎悪”は……。

 

 

「でも、鎧の件はマサトの考えが当たってたとしても“剣”は?

 ファルコンは幅広の大剣で持ってあの《ブルー・ナイト》を切り伏せたって聞いたわよ?

 ファルコンもブロッサムもそんな武器を持っていなかったはず……」

「それは、もしもファルコンが《帝城》から持ち帰ってきたのが鎧だけじゃなかったら?

 ラストダンジョンに眠る最強の剣と鎧、ファルコンは両方とも手に入れていた。

 でもブロッサムの目指す《相互扶助》の世界に剣は相応しくないって考えて今まで使わなかった……ていうのは?」

「うーん、穴はあるけど一応スジは通るわね……」

「まあ、全部“もしかしたら”そうかもしれないっていうボクの想像なんだけどね。

 でも…………」

「ん? でも?」

「もし、ボクの想像が全部合っていたとしても……ファルコンは退治されなくちゃならない。

 復讐なら関係ない人まで手を出すのはやりすぎだし、噂どおりただ好き勝手暴れているだけならそれこそ止めなきゃいけないんだ……」

 

 

 どんな理由があろうとも結果は変わらない。そんな話にマサトとカンナは静かにうな垂れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「くっそーっ! 止められねぇ、《クロム・ディザスター》がそっち行ったぞ気をつけろ!」

 

 3日という月日はあっという間に過ぎ去った。

 その間にも《クロム・ファルコン》の手による全損者は相次ぎ、通常対戦でも挑んだものは彼の持つ大剣の人たちで敗れ去っていった。

 

 もはや話し合いで解決できる段階は通り過ぎ、BBプレイヤーですらなくなったファルコンをその名で呼ぶものはいなくなり、その代わり彼が装着した“最強最悪の鎧”を指してこう呼んだ。

 《クロム・ディザスター》と――

 

 

 

 

 先日の会議で集まったBBプレイヤーたちが集合してから一週間後、『現実世界』で換算するとわずか10分。運よく《クロム・ディザスター》が港区の一角に現れ、集まったBBプレイヤーたちに襲い掛かった。

 

 ディザスターの戦い方は噂どおりの無謀さで本能のままに襲い掛かるその姿はまさに野獣そのものだった。

 BBプレイヤーたちとディザスターの戦いは熾烈を極め、数時間たったいまでも決着は着かずにいる。

 いくら《ブレイン・バースト》内で精強の戦士たちの彼らでもディザスターの強さはそのどれを取っても彼らを上回っていた。

 

 その大剣の一振りで防御力に秀でた緑型アバターのHPを半分持っていき、赤型アバターの連携射撃もまるで予知しているかのごとく回避する。

 鎧の反則的な防御力は健在で、少しずつHPを削っていくも、ディザスターがBBプレイヤーを“捕食”するとたちまちHPが回復してしまう。

 

 それならHPを回復させる暇も無く攻撃を畳みかけようと、BBプレイヤーたちの最大の必殺技を続けざまに与え、やっとのことで倒したとしても――

 

「くそっ! まだ“残ってるのか”、どんだけポイント溜め込んでるんだコイツは!」

 

 《クロム・ディザスター》が倒され、光の柱が立ち上がるも60分をカウントダウンするオブジェクトが後に残った。このカウントダウンが終わったら再びHPが全回復したディザスターがそこから復活する。

 そう、いくら一時的に倒したとしても、今までディザスターが貯めてきた(全損させてきたプレイヤーから奪った)ポイントをゼロにしなければいくらでも復活してしまうのだ。

 いつ終わるか解らない戦いに戦意を喪失していくプレイヤーたち、最初はディザスターを倒すたびに盛り上がっていたのだが、今ではその多くが無言でその場を離れていく始末。

 

 ある者は減ったHPを《ホワイト・コスモス》の回復アビリティで補充してもらい、ある者は必殺技ゲージを貯めるためにオブジェクトを破壊しに、そしてある者は――

 

「ちっ! いまの戦いでポイントが50を切っちまった……。悪いがオレはここで抜けさせてもらうぜ!」

「ああ、お疲れさん…………。

 

 ……くそ、またひとり数が減っちまった」

 

 いくらディザスターが『加速世界』の脅威だとしても自分が全損者になってしまったら意味がない。ポイントが少なくなった者、ディザスターの強さを前に無理だと諦めた者、わずかだが少しずつ集まった者たちの数は減っていった……。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……どうしてこんな事に……」

「ドラゴニュート! 諦めるな! 相手ももう死に体だ、あと少し、あと少しでアイツは全損する!」

 

 ドラゴニュートの無意識に呟いてしまった言葉を耳に拾った《マグネシウム・ドレイク》はその弱音を叱咤した。

 《クロム・ディザスター》の姿を見てみると、クロムシルバーに輝いていた鎧はその面影が無く砂埃によってくすんでいて、エッジの効いた鎧は所々ひび割れ、ひどいところは完全に欠損していた。

 

 赤型アバターの射撃を回避していた精細な動きがウソのようにその足取りは重く、あと一歩前に進めば崩れ落ちてしまうのではないか、そう思ってしまうほどふらついている。

 しかし、それでもディザスターは前へ進んできた。憎いBBプレイヤーたちに近づくために、いまだ離さぬその大剣を敵に叩きつけるために……。

 

 ドラゴニュートは再び周囲に視線を巡らせる。相手も満身創痍だがこちらも負けず劣らずの有様だ。

 自分のほかに立っていられるのは《純枠色(ピュア・カラーズ)》と先ほど怒鳴り声を上げた《マグネシウム・ドレイク》の6人しかいない。《フレイム・ゲイレルル》もとっくにこの戦場を離れていた。

 全員が全員荒い息を吐き、力尽きようとしている。例外は回復アビリティを持つため後衛に勤めていた《ホワイト・コスモス》くらいだろうか……しかしもうどれほど戦い続けているか解らないほどの時間が経っている、疲労が無いわけじゃないだろう。

 とにかくドラゴニュートがわかったのは無事なものは誰一人この場にはいないということだった。

 

 まだまだ続くと思っていた戦いも、もうすぐ終わるだろうとはドラゴニュートも感じていた。

 なぜなら今までダメージを無視してまで相手に襲い掛かることを優先してきたディザスターの動きが変わり、こちらの攻撃の回避を優先し始めたのだ。おそらくドレイクの言うとおり全損が近いのだろう。

 もしかしたらこの戦いで全てが終わるかもしれない。

 張り詰めた空気の中、緊張した面持(おもも)ちでその最後のときが来るのをドラゴニュートは静かに待った。

 

 

 

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 最初に動いたのは《レッド・ライダー》だった。

 両手に構える二挺拳銃から絶え間なく銃弾を撃ち始め、回避する隙間も無い弾幕をディザスターにお見舞いし始める。

 ディザスターは両腕を上げて銃弾から顔を庇うが、それでもその攻撃が効いている様子は無かった。

 

 普通のアバターなら十分に決め手になるはずの銃弾の嵐でも今のディザスターにとってはただの目くらませでしかない。だが、その目くらましで十分な隙を見つけ出し、自慢の大剣をファルコンの脇腹に思いっきり叩きつけて襲い掛かったのは《ブルー・ナイト》である。

 さすがに近接戦闘、その一撃の攻撃力において右に出るもののいないナイトの攻撃はディザスターを怯ませるのに十分だったが、それも一瞬でしかなかった。

 

 ナイトの攻撃の隙を狙ってディザスターは振り上げていた腕をぶん回し、横殴りで拳をナイトに叩きつけようとするがそれを間一髪で防いだのは《グリーン・グランデ》の盾だった。いまだ突破されたことが無いと噂されるその堅固な守りはディザスターのガムシャラに放った攻撃ではビクともしなかった。

 

 硬直したその場を引っ掻き回すのは新たなる《純枠色(ピュア・カラーズ)》、《イエロー・レディオ》は黄色い爆煙と共にディザスターの後ろへと回り込み、手に持つバトンでディザスターの首を締め上げ苦しませる。

 

 3人の《純枠色(ピュア・カラーズ)》に囲まれたディザスターは右手に持っていた大剣を振りかぶり全員を一網打尽にしようと企てる。

 しかし、強烈な風切り音とともに振り下ろされた一閃を《プラチナム・ドラゴニュート》が交差した腕の装甲を使って食い止めた。

 切断攻撃に強く、その重い金属の体のお蔭で腕ごと吹き飛ばされることは無かったが、その一撃でかなりのHPを削られてしまう……。もうディザスターの攻撃を掠るだけでもHPは尽きてしまうだろう。

 

 ――けど、同時に大きな隙も出来たはず!

 

「みんな離れろぉ! 《焔色吐息(フレイム・ブリィーーズ)》!」

 

 ドラゴニュートの期待通り《マグネシウム・ドレイク》の必殺技が炸裂し隙だらけだった《クロム・ディザスター》の体に閃光にも似た焔が襲い掛かるのだった。

 ドレイクの必殺技《焔色吐息(フレイム・ブリーズ)》は体に引火したその炎が消え去るまで一定のダメージを与え続ける特徴がある。

 この岩だらけの《荒野ステージ》ではそう簡単に消えるものではない。

 

 

 

 

「ルヲォォ……!!」

 

 最初はもがき苦しんでいたディザスターだったが、その消えない炎が小さくなっていくのと同調するかのように口から出る雄たけびもか弱くなっていった。

 

 しかし、最後の悪あがきだとでも言うのか、ディザスターはその目を憎悪に染めながらドラゴニュートたちを見回し、そして――

 

「……俺は……、この世界を呪う。…………(けが)す! 俺は何度でも甦る!

 この世界が闘争と、拒絶で出来ている限り何度だって!!」

 

 地に這い蹲り、砂を握り締めながら、何度も……何度も、と繰り返した。

 

 一体、彼の何がそうさせるのか。ドラゴニュートは残酷な光景に目を逸らしたかったが、自分たちには彼の最後を見届ける義務がある、と考え直し、ディザスターの最後の姿をその目に焼き付けた。

 周りの者もそう思っているのだろうか、誰一人言葉を漏らさずディザスターが燃え尽きるその光景を見守っていった。

 

 やがて恨み言が哄笑に変わり、倒れたファルコンから炎が消え去ると同時、その体から何本もの美しい銀色のリボンが立ち上り天へ向かっていった。その途中リボンはデータの糸へと(ほど)かれて消えていく。

 

《最終消失現象》

 

 かつてドラゴニュートが《ラピスラズリ・スラッシャー》を全損させたときにも見た、BBプレイヤーの最後の姿である。

 

 『現実世界』では決して再現できない、儚く幻想的な風景であった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

 光の糸が消え去ってからどれほどの時間がたっただろうか……、ドラゴニュートたちは《ホワイト・コスモス》から放たれる回復アビリティを浴びてようやく我に返った。

 

「終わったな……」

「そうですね……」

「……」

 

 ここにいる全員に何かしら胸に来るものがあったのだろう、お調子者な性格の《イエロー・レディオ》でさえしんみりとしていた。

 

「じゃあ早速レギオンのみんなに報告しにいくか! あいつら首を長ーくして待ってるはずだからな! それとももう少しハラハラさせとくか?」

 

 《マグネシウム・ドレイク》のワザとらしい明るい声にようやく場の空気が動き出した気がした。

 レディオもさっきの様子はどこへ消えたか、それもいいですねぇ、なんておどけ、ライダー、ナイトはやれやれと首をすくめている。グランデはいつも通り無言だったが纏う雰囲気が柔らかかった。コスモスもクスクス上品に笑い出した。

 

「じゃあ団長はココにいていいですよ、副団長のボクが報告しますから。

 その後レギオンの皆で祝勝会をしますが、それも団長は欠席ですね!」

「おいおい、そりゃ無いぜドラゴニュートォ……。俺が悪かった! だから宴には参加させてくれ!」

 

 ドレイクは両手を合わせドラゴニュートに拝み倒した。その姿をチラッと横目で見たドラゴニュートは嫌らしい笑みを浮かべながら――

 

「じゃあ宴の食べ物代は全部団長の奢りになるなら参加させてあげてもいいですよ?」

「ええっ! 俺だってもうそんなにポイントあるわけじゃないんだぜ!? い、いまからポイント貯めるためにエネミー狩りに行くからお前も手伝ってくれよ! な?」

「嫌ですよ、ボクはもう疲れてるんですから一刻も早く休みたいくらいですよ……」

 

 目の前で繰り広げられるコントに周りの《純枠色(ピュア・カラーズ)》も目を細めて笑い出した。

 ドレイクはドラゴニュートの説得を諦めると今度は彼らに救援を願い出るが全員に素気(すげ)無く断られていった。

 

 もう心身共にヘトヘトで早く病院のベッドに戻って眠りたい。でもなぜだろうか、逆にずっとこの空間に留まりたいと思う気持ちもある。

 ドラゴニュートはその不思議な感覚を戸惑いながらも受け入れる。

 

 そして叶うのならばずっとずっと未来でもこうやって彼らと笑い会えればいい。

 そう、願っていた。

 

 

 

 

 この《ブレイン・バースト》の世界がそんな甘いものでは無いことを忘れて――

 

 

 

 


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