アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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今日見てみたら評価バーが赤く染まっててテンション上がったので投稿。
皆さん評価ありがとうです!


第13話 予兆

 

 

「さあ! レイカー、私を持ち上げて空を飛ぶのよ! そうすればあの連中は私達に手も足も出ないんだから」

「嫌ですよ! いくらダメージを喰らわないといってもルルの体はとっても熱いんです。その体を持ち上げるわたしの気持ちも考えてください」

「そんな!? ドラゴはそんなこと言わなかったわよ?」

「あの金属の体で出来てるドラコさんのカッチカチの体と一緒にしないで下さい。わたしはか弱い乙女なんですから!」

 

 ドラゴニュートのいるビルの下。今、そこでは《フレイム・ゲイレルル》と《スカイ・レイカー》の親子タッグが《グリーン・グランデ》率いるレギオン《グレート・ウォール》、通称《緑のレギオン》からの挑戦者チームと戦っている。

 しかし、もう目の前まで接近している相手を無視してまで言い争うルルたちはちゃんと戦う気があるのだろうか。このままではなす術もなく負けてしまうかもしれない。

 

 

 それにしてもここ《世田谷区第三エリア》も賑やかになった。ドラゴニュートは笑いながら4人の戦いに野次を飛ばす《ギャラリー》の多さにシミジミそう思う。

 もともと大田区を拠点として支配していた《スーパー・ヴォイド》だったが最南のエリアも支配下に置き、大田区全土を占領したため今度はそのエリアを北に延ばし始めたのだ。

 当然、団長の《マグネシウム・ドレイク》は品川区や目黒区も視野に入れていたのだが副団長であるドラゴニュートやルルの本拠地が世田谷だったのでまずそちらから、ということになった。

 もともと世田谷区はBBプレイヤーの少ない過疎地域だ。とくに障害もなく世田谷の半分を《スーパー・ヴォイド》の支配下に置いてしまう。

 

 それに伴い1日中マッチングリストに名前を入れてても対戦を挑まれることが(まれ)だった《世田谷区第三エリア》に《スーパー・ヴォイド》のレギオンメンバーが集まるようになり、レギオンメンバーが集まれば他所からの挑戦者も増える。特に《スーパー・ヴォイド》と支配区が隣接している緑のレギオンの挑戦者が多く訪れるようになったのだ。

 

 

「うわぁ! あいつら連射式の銃持ってきてる! レイカー、私ダメだ。貴方がひとりで突っ込んで!」

「バカなこと言ってないで早く応戦してください! あぁ、イタッ、イタタッ!」

 

 ふと2人の騒ぎを見てみると相手は両者ともルルの対処法をしっかり練って来ていたらしい、激しい弾幕を前にルルたちは建物の陰に隠れながらどっちが囮になるか言い争っていた。

 あれじゃあダメかもしれない。ドラゴニュートがそう呆れていると……

 

「ぶははは! やっぱ面白いなあいつらは!」

 

 ドラゴニュートの後ろから声をかけてきたのはドラゴニュートたちの団長《マグネシウム・ドレイク》その人だった。

 ドレイクはドラゴニュートの隣に並び、ビルのふちから身を乗り出して戦いを覗きだす。

 

「団長、落っこちても知りませんよ」

「確かにここから落っこちたらひとたまりもないな……ってそんなわけあるか! 《ギャラリー》がビルの上から故意に出れるわけないだろ」

 

 ドラゴニュートのボケにドレイクはツッコミを返す。両者の会話には傍から見てもわかる程度の気安さがあった。

 2人が知り合ってからもう半年は経つ、それに『加速世界』で乗り越えてきた試練は数え切れない程多い、もうお互い遠慮すること自体が馬鹿馬鹿しくなってしまう、そんな関係になっているのだ。

 

「なぁ……ドラゴニュート」

「なんですか、団長?」

 

 ジッと、下で繰り広げられている笑劇のようなバトルを見ながらドレイクは何となしにドラゴニュートの名前を呼んだ。

 

「“賭け”をしないか? あいつ等のどっちが勝つか、バーストポイントをかけて、さ」

「賭け? 珍しいですね、エネミーに突っ込んだりダンジョンで2択になった時なんかは「これは賭けだ!」「勘でこっちだ!」なんて言うわりにバーストポイントを賭けることなんて今までしなかったじゃないですか?」

「たまにはいいだろ。ちょっとした気分転換だよ。ほら、どっちが勝つかだ。早く選ばないと決着が付いちまうぞ」

 

 ドラゴニュートは突然の申し出に若干の違和感を感じたが、本人が気分だというのならそれ以上尋ねることは出来ない。

 その小さな違和感はやけに急かすドレイクの声によってかき消されてしまった。

 

「そんな急かさないで下さいよ。でも、賭ける対象はもう決まってます。もちろん我がレギオンの副団長《フレイム・ゲイレルル》がいる2人に賭けますよ」

「ヒュー! そっちは押されているって言うのにお暑いねぇ。よし! 成立だ。あとは黙って見守るだけだな」

「からかわないで下さい、そんなんじゃありませんよ。ちゃんと勝率があっての言葉なんですから。ほらそろそろルルたちが動きだします」

 

 ドラゴニュートが指差す先、ビルの陰でジャンケンをしていた2人の勝敗が決まったようだ。炎のアバターが喜んでいる。

 次に、空色のアバターが渋々といった感じに炎のアバターを抱え上げ一瞬の溜めのあと、あっという間に空へ飛び上がってしまった。

 ドラゴニュートたちに見えるのはブースターから真っ直ぐ引かれた2本の飛行機雲だけ。殆んどの《ギャラリー》も感嘆の息を漏らしながらその雲の行く先を辿っている。

 

「ひゃー、やっぱり凄いなぁ。ルルはあの子をうちのレギオンに入れるつもりなのか?」

「うーん、そんな話は聞いてませんね。どうやら変な団長がいるレギオンには入れたくないみたいです」

 

 よくいうぜ、とドラゴニュートの軽口に笑って返すドレイク。

 そうしている間にも現場(戦場)は動き出していた。

 

 天空から風を切り、滑空してくる《スカイ・レイカー》。その背中には《フレイム・ゲイレルル》が跨っている。

 両者の距離が近くなるとルルはその手に炎の槍を作り出しレイカーの飛行速度を超える勢いでその槍を相手に向かって無差別に投げつけていく。

 いくつもの降り注ぐ炎の雨。ルルの必殺技《フレイム・ランス》だ。

 レイカーによる高速移動(ブーストジャンプ)で相手の攻撃をかわしつつ、すれ違いざまにルルの必殺技を連続で叩き込む。その一方的な攻撃はかつてドラゴニュートとタッグを組んでいたときよりも酷い事になっており、《ラプター》《ハルトマン》なんて呼ばれ恐れられているらしい。

 

 しかしレイカーいわく、通常対戦フィールドでルルの体は自動販売機から出てきたばかりのホット缶コーヒー並に熱いのでレイカーはあまりこの攻撃を進んでやりたくないと聞く。

 

 炎の矢は地面に着弾すると同時に爆散。地上は火の海になり、地面に残されていた2人のアバター辺りは特に酷い事になっていた。

 

「えげつねぇ~。でもあれルルの必殺技だろ? よくあんなにゲージもつ(・・)な?」

「アレを見てください」

 

 ドラゴニュートが指差す方向をドレイクが見ると、対戦相手の頭上を飛び越えたルルたちは対戦とは全然関係なさそうな正面のビルに炎の槍を打ち込み始めていた。被害にあったビルはたちまち穴だらけになり今にも倒壊してしまいそうだ。

 そのビルの上から戦いを見ていた《ギャラリー》からのブーイングが酷い事になっている。

 

「ああやって必殺技を使わずにただの槍として投げ、建物を壊し、必殺技ゲージを稼いでいるんですよ。まさに永久機関です」

「おいおい、ズルくねぇ? それにレイカーの方は? アレ(ブースター)はそんなに長距離飛ばせないって聞いたことあるぞ」

 

 ドレイクの問いにドラゴニュートは黙って再びレイカーを指差す。

 レイカーはもうすぐビルにぶつかりそうだというのに減速どころか旋回すらする様子がなかった。

 ビルの上に立っていた《ギャラリー》たちはその意図にひとり、またひとりと気付き始め、いまやその場は阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。

 

 

 その様子を無視してレイカーの上に乗っているルルは行け行け!と言わんばかりに手を振り上げ、レイカーはせめて体にかかる衝撃を和らげようと顔の前に腕を交差させ防御体制に入ってしまう。

 どんッ! と鈍い音と共にレイカーはビルに体ごと突っ込み、数秒もしない内に反対側の壁から飛び出ていく。ルルの攻撃によってすでにボロボロになっていたビルはその衝撃に耐え切れるはずもなく、まるでジェンガの用に呆気なく崩れ落ちてしまうのだった。

 ビルの上にいた《ギャラリー》と共に……

 

 

「…………」

「ああやって大規模の建物破壊によってレイカーのブースターをリチャージしているんです。

 でもこの戦い方、フィールドによっては壊せないもの、壊しづらいものがありますし、ルルは《大嵐》のステージや《海原》ステージじゃ無力ですから。はまれば強い、といったところですね」

「うーむ……」

 

 もうこの光景に慣れてしまっているのだろう、まるで動じずに解説を続けるドラゴニュートの姿にドレイクは思わずうなってしまうのだった。

 

 崩壊したビルの上にいた《ギャラリー》たちが次々と無事な建物の上にリポップ(再登場)してくる。

 対戦場所が大きく移動したり、戦闘の衝撃で建物が壊れてしまったりするといった理由で自動的に《ギャラリー》の位置は変わるのは日常茶飯事だ(わざと建物が壊されることは極稀(ごくまれ)かもしれないが……)。みんな慣れた様子でひどい目にあったと言い合っている。

 

 そんな様子をドラゴニュートが眺めている頃にはもう下の戦いは決着が付いているようだった。

 幾度となく行なわれていた襲撃によって焼け焦げてしまった地面。その中心に緑のレギオンのプレイヤーは横たわり、悲惨な姿へ変わり果ててしまっている。

 

「ア~……負けだ負けだ。でもなかなか面白い戦いだったな。ドラゴニュート、勝ち分は正午に《上》に来てくれ、そのときに渡すからよ」

「いいんですか? まだ相手のHPは少し残ってますけど?」

 

 『加速世界』からバーストアウト(ログアウト)しようとしているドレイクにドラゴニュートはそう問いかけるが……

 

「じゃあな!」

 

 制止も虚しくドレイクはその場所から消え去ってしまうのだった。

 

 

「…………」

 

 ドレイクのいつもと違う様子に首をかしげるドラゴニュートだったが、《ギャラリー》の大きくなった歓声に気がそらされてしまう。どうやら緑のレギオンによる最後の抵抗が始まったらしい。

 ドラゴニュートはその作戦を一目見ようと《ギャラリー》の間に自分の体を挟みこむのだった。

 

 

 

 

 

 

「おい知ってるか? あの《ブラック・ロータス》が《グラファイト・エッジ》に師事して貰ってるって話」

「ああ、聞いた聞いた。まあアイツ剣を使った技なら《ブルー・ナイト》より上手いって話しだしな」

「そのおかげかロータスは最近いっそう強くなったよな。もうそろそろ《こっち》にも来れるらしいし、うかうかしてたら俺たちあっという間に追い抜かれちまうんじゃねぇの?」

「かもな?」

「はははは……!」

「はははは、ハァ……」

 

 

 ドラゴニュートがドレイクとの約束の時間に《無制限中立フィールド》に降り立ち、レギオンのたまり場へと向かうと、そこには十数人かの《スーパー・ヴォイド》のレギオンメンバーが車座になっておしゃべりをしていた。

 『現実世界』で1分進むだけで約17時間もずれてしまうこの『加速世界』において待ち合わせもせずに他のBBプレイヤーと鉢合わせるのは珍しい。

 おそらく彼らは大型エネミーを狩るために長い間この世界に留まっているのかもしれない。ドラゴニュートはそう思いながらみんなに声をかけることにした。

 

「やあ、奇遇だね。エネミー狩りかい? 団長見なかった?」

「ん? おお! 副団長、こっち来て下さいよ。ついさっき狩ったばかりのエネミーが落としたアイテム《デザートウルフの肉》っていうのがありましてね? 安直な名前ですけどこれがまたなかなかウマいんすよ」

「ドラゴさん、こんちわッス。団長は来てませんね、なにか約束でもしてたんですか?」

 

 団員の質問にドラゴニュートはそんなところだと答えながら勧められた、まさに“肉”としか言いようのない食べ物を口にしてみる。

 誰かの必殺技、またはアビリティで焼いたのだろうか、程よい加減に火の通った肉はドラゴニュートの味覚を十分に満足させるものであった。

 まだまだあると次々に差し出された肉にドラゴニュートが舌包みをうっていると、団員の1人が団長の話を持ち出してくる。

 

「そういえば団長といえば最近羽振りよくない? 俺、この前レベルアップしたお祝いだって結構多めのバーストポイント貰ったぜ?」

「それ、俺も思った!」

「だよな!? この前エネミーがドロップしたって言う強化外装、俺にピッタリだからって格安で譲ってくれた」

 

「ああ~、確かに……俺はこの前、銀座にあるショップでケーキ奢ってもらっちった。もちろんブレイン・バーストの中でだぞ?」

「プッ……ケーキって……お前、そのナリ(・・)でケーキって……」

 

 その話を聞いて最近の団長の話をしていた周りの連中も皆それぞれ笑い出してしまう。

 ケーキを奢ってもらったという団員の姿は、ひと昔前のいわゆる“番長”と呼ばれるような白い長ランを羽織ったアバターだったのだ。

 身長もあり、格闘能力に秀でているその大きな手を使って三角形にカットされたケーキを少しずつ食べている場面を想像すると、ドラゴニュートでも腹の中からこみ上げてくるものがあった。

 

「い、いいだろ別に! ケーキなんて滅多に食べられないんだから、このブレイン・バースト中で贅沢してもさっ!」

「ククク……いいっていいって、俺も今度ケーキ奢ってやるから。いっぱい食いに行こうな?」

 

 笑いながら隣の奴が番長の肩を叩く。番町はどうやら本当にケーキが大好物らしい、奢ってもらえるなら……とからかわれても本気で怒れないようだった。ギリギリのところで我慢して肩を震わせている。

 

 

「おう! どうしたどうした。なんか楽しそうだなぁ?」

 

 そこに現れたのがドラゴニュートと約束をしていた《マグネシウム・ドレイク》だった。

 《砂漠》ステージの砂を踏み鳴らしながらドラゴニュートたちの下にやってくる。

 

「団長! コイツにケーキ奢ったって本当ですか? なんでそんな面白そうな話、俺たちを誘ってくれなかったんですか!」

「なんだ、その話かぁ? たまたまケーキ食いたくなったとき近くにいたのがコイツしかいなかったんだからしかたねぇだろ……。文句言うなら自分の運の無さに文句言え。

 ほら、ドラゴニュート。待たせたな。ここじゃなんだしちょっと場所変えないか?」

 

 ちょいちょいと指を動かしこの場を離れようと持ちかけるドレイク。

 確かにここでバーストポイントを使っての賭け事をしたなんて話が広がればたちまち他のメンバーが俺も俺もと賭け事をし始めてしまうかもしれない。レギオン内で賭け事が(それもバーストポイントを使ったものが)広まるのを危惧したドラゴニュートは座っていた腰を上げ、ドレイクについていくことにした。

 

「なんすか、団長? 副団長を連れて……また面白いことをするなら俺たちも連れてってくださいよ!」

「そうだそうだ! この前みたく環七通り一周レースやりましょうよ! 妨害ありエネミーキルありのなんでもありルールで!」

「やだよ! あれやった後他の大レギオンの連中にスゲー怒られたのお前ら知ってるだろ!? くっそ~! どうして俺はあんなこと思いついちまったんだ……あの温厚そうなグランデすら30分間無言で睨み続けてきたんだぞ!

 とにかく、今回はそんなんじゃないから。ドラゴニュートとは2人っきりでデートだ、デート。言わせんな恥ずかしい」

 

 団長の素気無い返事にレギオンのみんなは、えー! ブーブー! あとでルルさんに言いつけてやる! などの罵声を浴びせかけるがドレイクはそんなこと全く気にしてない様子。背中越しに手を振るだけでその場を立ち去ってしまう。そしてドラゴニュートもその後を慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 《砂漠》のフィールドは砂に埋もれた岩と、極少数存在するオアシスを除いて後は砂しかない。

 噂では蜃気楼のように現れる幻のピラミッドダンジョンが存在するらしいのだが、ドラゴニュートはいまだそのダンジョンをお目にかかったことは無かった。

 

 そんな《砂漠》フィールドの砂山を1つ越え、2つ越え、自分のいる位置も進んでいる方角もわからなくなりそうになった頃。ようやく《マグネシウム・ドレイク》はその足を止め、後ろから付いてきていたドラゴニュートへと振り返った。

 

 砂漠に降り注ぐ太陽の光を遮るものは何一つ無い。じりじりと照りつける太陽光のせいで《メタル・カラー》である2人の体は尋常じゃない熱を放っている。卵を落とせばたちどころに目玉焼きが出来てしまうことだろう。

 そろそろドレイクに文句を言おうとしていたドラゴニュートはようやく話が始まるのかと安堵のため息を漏らすのだった。

 

 

「まずは、これな……」

「これは……バーストポイントを入れることが出来るカードですか。初めて見ますね」

「ああ、それをショップで買ってたらから少し遅くなった」

 

 ドラゴニュートはドレイクから投げ渡されたトランプ大の大きさのカードを意味も無くひっくり返したりして(もてあそ)ぶ。

 初めて手に持ったアイテムを一通り眺め終え、ドラゴニュートは中に入っているポイントがいくつなのか確認しようとするが……

 

「実はな、ドラゴニュート。お前をこんなところまで連れ出したのはそれだけが理由じゃないんだ……」

 

 ドレイクの突然の言葉にカードから目を離し、ドレイクを見るドラゴニュート。

 このプレイヤー同士が鉢合わせることが珍しいフィールドで、さらに人気の無い場所へ移動してきた。ドレイクのその意図が賭け事を行なったことを見つからないようにということ以外にあるのか、ドラゴニュートは(いぶか)しげな目でドレイクに尋ねかける。

 しかし、ドレイクはドラゴニュートと目を合わせる事はせず、淡々と言葉を続けるだけだった。

 

「始めは気のせいかとも思っていたんだ。だが、繰り返し試行錯誤していくうちにこの力の恐ろしさに気付いてしまって……」

 

 ドレイクらしくもない硬い話し方。全容のつかめないドラゴニュートは一体なんの話なのかわからずドレイクに詰め寄ろうと一歩前に進むが……突如激しく地面が揺れ、それ以上前にも後ろにも進めなくなってしまう。

 原因が何なのか探るドラゴニュートの目にドレイクの背後にある砂山が爆発直前の風船のように膨れ上がるが見えた。

 

 ――エネミー!? それも大きい(・・・)

 

「ドレイク! 危ない……!」

「…………」 

 

 おそらく出現しようとしているエネミーの大きさは《巨獣(ビースト)級》はある。それは先ほど出会ったレギオンメンバーのように数十人単位で戦わなければ勝てない相手だ。いくらレベル6の高レベルプレイヤーとはいえたった2人で戦うなんて話にもならない。

 

 ドラゴニュートは一刻も早くこの場から逃げるべくドレイクに注意を促す。だが、ドレイクは逃げるどころかエネミーと相対すべくドラゴニュートに背を向けてしまったではないか!

 

「……ッ! 一体なにを!」

「見てろ、ドラゴニュート……。これが、ブレインバーストという世界を根本から覆してしまうかもしれない脅威の力だ……」

 

 そう言うやいなや突如光りだすドレイクの体。その光はドレイクの体と同様の銀白色の激しい光。その光にドラゴニュートは見覚えがあった。いや、むしろ見飽きたほどであったと言っていい。それはドレイクが必殺技を使うたびに放つライト・エフェクトと同じものに見えるのだ。

 

 しかし、通常ならその光が体に現れるには必殺技のための準備動作、そして必殺技名の暗誦(あんしょう)が必要である。だというのにドレイクは構えるどころかなんの台詞もなく光りを放っているではないか。

 

 ――それに、ドレイクのライト・エフェクトの白い光の中心はあんなに黒いものだったか?

 

 ドラゴニュートの疑問も余所に突然襲撃してきたエネミーは被っていた砂の山を薙ぎ払い、その全容を現し始めていた。

 

 ぱらぱらと、砂の滑り落ちるその体は硬く殻に覆われ、胴体から伸びる長い尻尾は多くの()により曲線を描いて正面へと向けられている。

 4対の歩脚と、それとは比べ物にならないほど大きな触肢は鋼も切り裂きそうな鋏の形状をしており、ドラゴニュートたちに向けてまるで舌なめずりをするかのようにカチカチと音を鳴し始める。

 さんさんと輝いていた日光はその巨体の背後に隠され、ドラゴニュートたちの体は突然出来た影に覆いつくされてしまう。

 

 キング・スコーピオン

 

 BBプレイヤーのつけたその安直な名前はしかし、《砂漠》ステージに現れる恐怖の代名詞として多くのプレイヤーに恐れられているエネミーだった。

 

「無理だ! コイツは《巨獣(ビースト)級エネミー》のなかでもかなり上位の力を持ってます! いま全力で逃げなければ下手すれば《変遷》が来るまで繰り返しエネミーキルされますよ!」

 

 このエネミーが現れるのは《砂漠》のステージだけ。もしこのエネミーにハメ(・・)られてもその時間は限られている。

 しかし、《無制限中立フィールド》のフィールド属性が変わる《変遷》が起きるのは今から一時間後か、それとも最長の10時間後か……。

 そんなことになったら少なくないバーストポイントが削られることとなる。そうなる前に逃げ切るという僅かな希望にすがるためドラゴニュートは逃げ出そうとするのだが。

 

「落ち着け、ドラゴニュート……。今の俺にとってこんな奴、敵じゃあない(・・・・・)

「なにを…………っ!?」

 

 キング・スコーピオンから目を離し、ドラゴニュートは再びドレイクに目を向ける。

 《巨獣(ビースト)級エネミー》と一対一で相対しているというのに悠然と構え、威風堂々としたそのドレイクの姿が――突如ドラゴニュートの視界から消えさった。

 

 数瞬前までドレイクのいた場所の砂が突然放射線上に広がる。それはドレイクが跳んだことを意味している。

 くるくると前転を繰り返しながら空中の最高点に到達したドレイクはその場で静止。次の瞬間“空中を蹴って”一気にスコーピオンに向かって突進し、その背中に鋭い蹴りを叩き込んだ!

 『加速世界』のリアルすぎるロジック(論理)に反したその攻撃はスコーピオンの硬い外殻を突き破り、その口から悲鳴のような金切り声を上げさせる。

 

 以降、ドレイクの猛攻は止まらなかった。攻撃の反動で宙に飛んだと思ったら再び空を蹴り加速。再びスコーピオンに出来た隙へと攻撃を繰りだしていく。

 一方的、その要因はドレイクの変幻自在の動きに限らず、傍から見ているドラゴニュートにすら反応できない速さにあった。

 空中を蹴るたびに際限なく加速していくドレイクの姿はもう捉えきれず、目に焼きつくような一筋の過剰光がスコーピオンに纏わり付く光景しか目に映らない。

 

 銀白色のレーザーがスコーピオンの体を貫くたびに節から血飛沫が舞い、ついにスコーピオンはその体を地に伏せてしまうのだった。

 

「すごい……」

 

 ドラゴニュートの口からは感嘆の声がこぼれるだけだった。

 ドレイクはとどめと言わんばかりにキング・スコーピオンに《焔色吐息(フレイム・ブリーズ)》を浴びせかけ、やがてその巨体を消し炭に変えてしまった。あの必殺技はゲージを大幅に消費するはず……だというのにそれを使えるということは今までの攻撃は必殺技ゲージを消費しない攻撃だったということ。

 

 

 キング・スコーピオンの消失エフェクトも確認せずにドラゴニュートの元へ帰ってきたドレイクが静かに口を開く。

 

「これが、この世界を自分の心の意のままに操る力。

 

 

 《心意(インカーネイト)システム》だ」

 

 

 《心意》

 それはイメージの力とも言える。

 《ブレイン・バースト》において自分のアバターを動かす時、手や足、現実の自分の体と差異のない場所を動かすのならそれは《運動命令形》というシステムで動かしている。

 しかし、ドラゴニュートの尻尾や触椀、多重間接など本来人間では持ち得ない部位を動かす場合それは《運動命令形》とは別の、《イメージ制御系》とも言える《運動命令形》をサポートするシステムで動かすこととなる。

 

 さらに《イメージ制御系》は体を動かすものだけに使われるのではない。

 ドラゴニュートの必殺技《エクステンドファング》はなぜ細く長くなっても切れないのか。《草原》ステージの草に炎の体を持つルルが触っても燃えないのはなぜか。

 そういうものだから、とひと言で済ませるのは容易いが、それはこう言い変えることが出来ないか。

 

 “自分のイメージ力が世界の法則を上回ったと”

 

 ドラゴニュートはプラチナが強固だからと、ルルは自分の体は所詮アバターだから草は燃えないと無意識に思った結果そうなった。

 

 《心意(インカーネイト)システム》はそのイメージ力を故意に行い、世界の法則を、《事象の上書き(オーバーライド)》をする力なのだ。

 

 ドレイクはその力を使い宙を蹴り、エネミーの周りを際限なく加速して動いた。

 

 

「そんな力が……」

 

 心意の説明を受けたドラゴニュートは恐る恐る自分の腰から生える尻尾を動かす。

 1年以上《ブレイン・バースト》で操っていたそれはなんの違和感もなく動かすことが出来た。

 

 この何気ない動きがそんなにも恐ろしい力を秘めていたなんて……。

 心意の力を目の当たりにし、力の説明を受けたドラゴニュートは心意の力の恐ろしさを実感していた。

 《巨獣(ビースト)級エネミー》を単独で殺せる力をみんなが身につけ、それを戦闘に使ったのなら……。

 

 

「でも、団長はどうしてこの力に気が付いたんですか!? 《マグネシウム・ドレイク》はイメージ制御系とは無縁じゃ……」

「今思えば……いま思い出せば《クロム・ディザスター》も心意の力を使っていたのかも知れないな…………」

「……? なにを……?」

「お前は見たことなかったかもしれないが、ディザスターの強化外装()は元々あんなエッジの効いた禍々しいデザインじゃなかった。

 ……おそらくアイツの憎悪、執念が心意となって鎧の形を上書きした。より攻撃的に、ひとりでも多くのプレイヤーを倒しやすくするために……そしてその憎悪は今も……」

 

 一体何の話を!? 自分の問いをはぐらかされたと思ったドラゴニュートは声を荒げるがドレイクとそれ以上の会話を続けることが出来なかった。

 先ほどと同じような地鳴りが他方からいくつも伝わってきており、その震源がドラゴニュートたちの下に近づいてきていることがわかったからだ。

 

「マズイ、心意の光はエネミーを引き寄せる。この話はこれで終わりだドラゴニュート! 一番近いポータルは向こうだ、一気に駆け抜けるぞ!」

 

 ドレイクが大田区役所の方向を示し駆け出していく。《無制限中立フィールド》は所定のポータルからでしか『加速世界』を抜け出せない。ドラゴニュートも多数のエネミーを相手に奮闘する無謀は持ち合わせていないのでドレイクを追いかける。

 

 

「ドラゴニュート。お前、心意を今から一週間で会得しろ……」

 

 エネミーが現れそうな場所を避けながらポータルへ向かう途中、ドレイクはポツリとそう言った。

 

「一週間? なぜそんな期限を設けるんですか?」

「すぐわかる……」

 

 ドレイクはそれ以降ポータルに付くまで終始無言だった。

 その日ドラゴニュートはわけもわからず『加速世界』から離脱する。

 

 しかし、ドレイクの言うとおりその理由はすぐに……その翌日にはわかってしまった。

 

 

 

 

 その日、《無制限中立フィールド》にて《マグネシウム・ドレイク》は突如として苦しみだし、近くにいたレギオンメンバーに自分から離れろと叫びだしたという。

 そして……混乱しているメンバーを余所に《マグネシウム・ドレイク》の体は膨れ上がり、見る見るうちに異形へと変化してしまった。

 それまでの高潔で快活な姿(シルバー)とは程遠いメタリックグレーの厄災へと……

 

 

 その姿に見覚えの無いものはいなかった。

 細部の意匠は異なるがその狂気、禍々しさは見間違いようが無い。

 今なおBBプレイヤーたちの記憶に新しい、全プレイヤーを恐怖のどん底にたたきつけたバーサーカー

 

 《クロム・ディザスター》が再び現れたのだ。

 

 

 

 

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