アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第14話 ポイント・オブ・ノーリターン

 

 

 《マグネシウム・ドレイク》の言った“一週間”、ドラゴニュートがその意味に気が付いたのはいつだっただろうか。

 

 

 2代目《クロム・ディザスター》と化してしまったドレイクは恐怖により身動きできない《スーパー・ヴォイド》の連中を無視し、移動を開始。

 東京23区ではなく多摩川を渡り、隣の神奈川県で破壊の限りを尽くしているという。

 その対象は建築物を始め、エネミー、好奇心によって近寄ってしまったBBプレイヤー……そこにある全てを無に返しているのだった。

 

 その凶暴さ、徹底的な破壊衝動は初代の《クロム・ディザスター》と通じるものがあったが、時折逃げるBBプレイヤーの追撃を止めたりと初代とどこか違う点もあったらしい。

 

 その話を聞いたドラゴニュートは今までの知識から全ての話を線に繋げていく。

 《クロム・ファルコン》の強大な狂気を心意によって宿した災禍の鎧(ディザスター)

 ディザスターを退治したとき止めを刺したのはドレイクだった。強化外装の所有権移行には、所有者のポイントが無くなったとき僅かな確立で止めを刺した相手に強化外装の所有権が移動する、というものがある。

 そのせいでドレイクのアイテムストレージの中に災禍の鎧が移り渡ってしまった。

 そのことにドレイクは気付いていたが鎧を装備することはせず、ショップに売り払ったりもしなかった。そうすれば他者がそれを買ってしまう恐れがあるからだ。

 

 だが、災禍の鎧の執念がそれを良しとするはずがない。

 強すぎる心意は世界だけじゃなく、他者の心も上書きしてしまう。鎧を持っているだけで徐々に心が蝕まれてしまったドレイクはついに先日災禍の鎧を装備してしまい、《クロム・ディザスター》となってしまった。

 しかし、災禍の鎧の執念が心意の力だと悟ったドレイクも同じく心意を習得し、今までその執念を抑え、いまなお災禍の鎧に抗っている。東京で暴れているのではなく隣の県に行ったのはドレイクの最後の抵抗だろう。

 だが強力すぎる災禍の鎧の心意はドレイクの心意で塞ぎきれるものではなく、今の状況を維持できる限度があと1週間だとドレイクはそう判断したのだ。

 

 

 それに気付いたドラゴニュートは心意を習得しようと、『加速世界』に籠もりはじめる。

 現実よりも1000倍時間の流れが速い『加速世界』。

 そこに長い時間滞在するのという事は『現実世界』と異なる時間を生きることになるとも知らずに――

 

 

 

 

 

 

「……トッ! マサト!?」

 

 深い、深い海の底から浮かび上がってきたかのようにゆっくりとマサトの目が開かれる。

 マサトの目の前には心配そうに顔を覗き込んでくるカンナの姿があった。手にはマサトのニューロリンカーに繋がれていた有線ケーブルが握られている。

 

「マサト! 貴方、ここ2日間ご飯を食べる以外ずっと完全(フル)ダイブしてるんですってね。それってずっと《ブレイン・バースト》をやってるってこと? 貴方一体なにをやってるの!?」

 

 マサトは普通の小学生よりも遥かに空いている時間が多かった。しかし、《ブレイン・バースト》のプレイ時間としては他のプレイヤーよりも逸脱しているようなことは決してなかった。

 それなのにカンナが病院へ来ると懇意にしている看護師に呼び止められ、ここ最近のマサトのネットへのダイブ時間が異様に長いことを教えられる。

 マサトが長時間ダイブする行き先は1つしかない。だが、そこは普通のVR空間とは違う世界だった。

 

「一昨日から変な噂は聞くわ、それを確かめに色んなプレイヤーから対戦を挑まれるわで大変だったのよ? それにマサトは《世田谷第三エリア(ここ)》にきてもマッチングリストに載らないって聞くし……。私、だ、団長がああ(・・)なっちゃって、もしかしたらマサトが……って心配したんだから!」

 

 ここ最近の噂のせいでカンナの休まる時はなかった。

 始めに噂の真偽を確かめ、それが真実だとわかると今度は浮き足立つレギオンメンバーを落ち着かせることに奔走した。

 本来レギオンメンバーの統率をしていたのは団長とマサトで、カンナは領土争奪戦においての特攻隊長である役割が強かったのだが今回両名は不在、慣れない仕事によってカンナの心身は大いに疲労してしまう。

 ようやくレギオンメンバーに軽率な行動は控えるよう言い聞かせ、一息つけるようになると今度は姿を見せないマサトが気にかかってくる。

 

 もしもマサトが《ブレイン・バースト》の世界から永久退場してしまっていたら。

 そう考えることすら泣きそうになるくらいの恐怖だった。

 居ても立っても居られずに訪れた病院で看護師から聞かされるマサトの状況にカンナはひとまず安堵するが、同時に言いようの無い不安に駆られてしまう。

 

 マサトのニューロリンカーに繋がれていた有線ケーブルはおそらくグローバルネットとの強制切断のためのものだろう。

 接続先のルーターに“一定の時間がくればネット接続を切る”というタイマーのようなものを設定しておけば、病院の食事時間に丁度よく『現実世界』に戻ってくることが出来る。

 

 逆に言えばマサトは現実世界の時間が判らなくなるほど『加速世界』に居続けているということ。

 しかし、カンナは『加速世界』でマサトの姿を一切見なかった。他のプレイヤーからも居場所を聞かれたし、見ていないとも言われ続けていた。

 ならマサトは一体どこで何をしていたのか、カンナはそれが気になって仕方なかった。

 

 

 マサトは何度も問いかけるカンナの声に何一つ反応しなかった。

 それどころか未だ寝起きのように呆けている。その視線はカンナどころかどの場所にも合っていないようだ。

 

 ずっと心配していたカンナは何度もマサトを呼びかける。団長のことを知っているのか、加速世界で何をしているのか、もしかして動けない状況に陥っているのか、と。

 

 すると、ようやく呆けていた視線をカンナに合わせ、そして――

 

「…………。……ああ、カンナか……久しぶり(・・・・)

 

 そう、言ったのだ。

 

 その言葉に込められた思いはここ2、3日会っていなかった友人に対する気安いものではなく、長いこと……それも年単位で会っていない人に対する感慨深い気持ちが乗せられていた。

 

「久しぶり……って」

 

 その言葉の意味に気が付いたカンナは何も言えなくなってしまう。

 両者の間に決して埋められない溝が出来てしまった。そう感じてしまうほど衝撃的だった。

 

 その隙にマサトはカンナの手から有線ケーブルを取り上げ、自分のニューロリンカーに接続してしまう。

 再び向こう(加速世界)に行くつもりなのだ。

 

「ま、待って……!」

 

 カンナはどうにか制止の言葉を唱える。が……

 

「カンナ…………邪魔、しないで…………」

 

 強く、マサトはカンナを拒絶した。

 マサトの目はどこも見ていなかった。病院のベッドも、白い壁も、カンナですら。

 今のマサトにとってもう『向こうの世界』が『現実の世界』になってしまったのだ。

 

 《アンリミテッド・バースト》

 

 そう唱えたマサトの意思はもうここから消えてしまった。

 この狭い病室の中で生きているのはカンナ1人だけ。

 

 

「マサト……帰ってきて……かえってきてよぅ……」

 

 カンナは自分の顔をベッドの上に押し付け、肩を震わせる。

 

 

 病院の外はいつの間にか雨が降リだしていた……。

 

 

 

 

 

 

 突然、再び現れた“敵”の姿に翼竜たちは有らん限りの声を張り上げ仲間に警戒を促す。

 たちどころに外敵を囲んでいく無数の竜。

 ここは『現実世界』で言うところの羽田空港、『加速世界』では翼竜集まる通称“竜の巣”と呼ばれる場所。

 

 ドラゴニュートが心意の修行の第二段階として訪れているのがこの場所だった。

 ひしめく竜の攻撃を避けつつ、その数を減らそうとドラゴニュートは集中しだす。

 

 

 心意はイメージ力。今から行なう攻撃を想像し、想像を相手に押し付け、効果を発揮する。

 

 ドラゴニュートの必殺技《エクステンドファング》は自分の指を大きく薄く延ばし、相手を切断する技だ。しかし、その距離は最大でも5メートル、厚さも薄い硬貨程度にしかならなかった。それは《ブレイン・バースト》のシステムがこれ以上ドラゴニュートの指を伸ばすのが危険だと判断したからである。

 だが本来のプラチナは0.2マイクロメートルまで延ばすことが出来る。ドラゴニュートのイメージ力でそこまで薄くすることは不可能だったが、それに近いことを会得した。

 

 細く、長く、決して切れない強靭な糸。ドラゴニュートの心意によって無数に分けられたその指先は光の反射でしか認識することができなくなってしまう。

 キラキラと心意の力によって自ら輝く糸はお互いに光を反射し合い……やがて見るもの全てを貫く光となる。

 

 

  《一条の光(Thread of light)

 

 

 そう名付けられたドラゴニュートの心意攻撃は竜たちの堅い鱗をいとも容易く切断し、貫通し、それでもなおその輝きを曇らせずに揺らめいていた。

 

 ドラゴニュートに襲い掛かっていた3匹の翼竜は断末魔の叫びを上げる前にバラバラに切断され加速世界から消え去ってしまう。

 なにをされたかわからないが同胞が敵によって殺されたことだけは知ることができる。

 慟哭か、憤怒か、巨大な口から雄たけびを上げ、彼らは次々にドラゴニュートへと襲い掛かった。

 すでにドラゴンの攻撃動作を見切っているドラゴニュートは慣れきった動作でその攻撃をいなしていくが、それでもかわしきれない攻撃はある。鋭いつめに体は(えぐ)られ、頭の角は欠け、自慢の尻尾は千切れてしまう。

 

 しかし、それでも死なないドラゴニュートは口元を歪ませた。

 この傷が、痛みが、いまこの世界で生きていると感じさせてくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

「よう、酷い有様だなこりゃぁ……」

 

 瓦礫と化してしまった羽田第一ターミナルを蹴り上げながら《レッド・ライダー》はドラゴニュートに話しかける。

 その言葉が跡形も無く壊れてしまったターミナルに対して言ったのか、それともボロボロになっているドラゴニュートを指して言ったのか、それは本人しかわからなかった。

 

「ライダー……どうしてここに?」

「そりゃあこっちの台詞だ。お前さん、いまこの世界の状況を知らないってことはあるまい」

 

 しかしライダーの問いにドラゴニュートは答えない。

 すでにライダーへの興味を失ったかのように遠くを見つめ始めている。その方向には心意の光におびき寄せられたエネミーの大群がゆっくりと近づいてくる様子があった。

 

「チッ……! 悠長に話してる暇はなさそうだな。

 今この世界で起きている状況について俺たち大レギオンを含め、全てのプレイヤーがお前たち《スーパー・ヴォイド》の釈明を求めている。

 なんでもいいから言っておかないとお前たちのレギオンは全てのプレイヤーを敵に回してしまうことになるぞ!」

 

 《スーパー・ヴォイド》が災禍の鎧を使って加速世界を支配しようとしている、みんなにそう疑われているとライダーは言った。

 それが本当のことにしろ嘘にしろ、団長の独断にしろレギオンの総意にしろ、何らかの意志を伝えなければ関係ない奴まで巻き込んでしまう恐れがあるから早く弁明した方がいいとも。

 

「まだドレイクの奴は大人しくしているみたいだから、こっちも様子見してるが……。すでに色んな奴らから監視されているみたいだ。アイツが少しでも県境を跨ごうとしたなら、そのときはみんな黙っちゃいないぞ! 下手したら全面戦争になっちまう!

 ……とにかくみんなの前で話をしなくちゃなにも始まらないな。みんなもう集まってる。ほら、行くぞ!」

 

 ライダーの必死の訴え……しかし――

 

「今は……無理だ。そんなことをしている時間は無い」

「なっ!?」

「それと《クロム・ディザスター》の問題はこっちで解決する。そっちは何もしないでいい」

「おいおい、何言って……」

 

 弁明はしない、問題の解決はするから手を出すな。ドラゴニュートの勝手な言い分にライダーは肩を震わせる。これは悲しみの感情からではない。

 

「それに、レギオンにはルルがいる。そっちの連中は彼女に任せればいい……」

「てめぇ!」

 

 ライダーが怒りを我慢できたのはそこまでだった。

 レッドの名前の通りライダーは格闘戦が不得手、しかしそれでも構わずドラゴニュートの顔面を殴りぬく。

 

「あのお嬢ちゃんはいまなぁ!! …………クソッ! もうお前に何を話しても無駄か。

 とにかく! それはお嬢ちゃんの分……いや、お嬢ちゃんの一発分を借りただけだ、残りの分はお嬢ちゃんにしこたま殴ってもらえ」

 

 憤ったままのライダーは倒れこんでいるドラゴニュートを無視してそのまま背中を見せる。

 一歩二歩、この場から立ち去ろうとするが最後の最後にドラゴニュートへ顔だけ向け……。

 

「お前さんの考えはよくわかった。そっちが勝手にやるって言うならコッチも勝手にやらせてもらうからな!

 …………俺が抑えられるのは精々3日程度だ、それ以上はどうなるかわかんねぇぞ。なにかするなら早くしろ……」

 

 今度こそドラゴニュートの元を立ち去るのだった。

 

 ありがとう、ドラゴニュートは心中でそう呟き立ち上がる。

 時間が無い、ドラゴニュートは再び自分の意志を世界に溶かし始めていく――

 

 もうエネミーとの距離は目と鼻の先となっていた。

 

 

 

 

「それにしても……」

 

 ライダーは羽田空港から立ち去る前にもう一度ドラゴニュートの方を振り返った。

 歩いてきた道なりに延々転がる瓦礫の山、ドラゴニュートとエネミーの大群はすでに米粒ほど小さくなっている。

 

「いまここのフィールド属性は《鋼鉄》だったよな……。あの野郎、一体何をしてるんだ……?」

 

 自慢のリボルバーから放たれる弾丸でも傷ひとつ付かないその材質。それで出来た建築物ををまるでパズルのようにバラバラにしてしまったドラゴニュートの力にライダーは背筋を震わせてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはとても澄んだ場所だった。どこまでもどこまでも見渡せるほど透明な空間。

 しかし、遮るものが何もないその無限に続く空間は結局、何も見えない暗闇と同義だった。

 

 そんな何も無い空間にただひとり。膝を抱え、小さく丸まっているドラゴニュートの姿が。

 

 

 

 

 どれだけの時間が過ぎただろうか、この変化の無い空間では時間の流れがわからない。

 ふと気配を感じたドラゴニュートが顔を上げるとそこにカンナの姿があった。

 ひとり長い時間そこに居て寂しかったドラゴニュートは喜び、声をかけようとするがどうしても口が開かない。

 

 

『マサト、私ブレインバーストやめるから。もう飽きちゃった』

 

 何も言えず焦るドラゴニュートを余所にカンナは立ち去ってしまう。

 

 ――待って。

 

 

 次に現れたのは楓子だった。

 ドラゴニュートは今度こそと頑張るがやはり口が開くことは無かった。

 

『マサトさん。わたしももう加速世界に行くことはありません。あしからず……』

 

 ――待ってよ。

 

『ドラゴニュート、まだこんなゲームやってるのか? もういい加減卒業しろよ』

 

 ――ドレイク!

 

『ゲームばっかりじゃなくてちゃんと勉強もしてればね……。バイバイ』

『さよなら、副団長』

『じゃあな……』

 

 ――待ってったら! みんなっ! どこに行くの!?

 

 

 ドレイクを始め懇意にしていた仲間たちも次々と現れては消えてゆく。

 言葉の出せないドラゴニュート、最後の足掻きと懸命にみんなの後を追うが……。

 重たい金属の体では追いつくどころか引き離され、ついには姿を見失ってしまうのだった。

 

 ――はぁ……はぁ……くそっ! なんでこの体はこんなに重たいんだ!

   ボクは、本当は……!

 

『それが、オマエが望んだ体だからろう?』

 

 ――《ラピスラズリ・スラッシャー》!? どうしてキミがここに!

 

 突然現れたかつての親友はドラゴニュートに無情な言葉を告げていく。

 

『オマエは本当は『外』になんか出たくなかった』

 ――違う! ボクは『外の世界』に憧れてた!

『しかし、オマエはずっと病室に籠もっていたじゃないか。

 ずっと……ずっとだ。傷つきたくないから、触られたくないから。そんな“堅い殻”を用意してまで自分を守っていた』

 ――仕方ないじゃないか! ボクは、ずっと病気で……

 

 

『本当か?』

 ――えっ? 

 

『確かにオマエの体は弱い。しかし、歩けないほどじゃないだろう? 病院を一歩出ればそこはもうお前の望む『外の世界』だ。なのにオマエは歩き出さない』

 ――だって、だってそれは……

『オマエは怖いんだ。傷つけられるのが。だから安全な病室に籠もり、外に出ず……。

 

 だからみんなに置いていかれる……。

 

 結局オマエは一人ぼっちだ、昔から……これからも』

 

 

 ―― ……! うるさい! うるさい うるさい うるさい!!

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁあああっ!!」

 

 ドラゴニュートが飛び上がるほどの勢いで体を起こすがそこはまだ『加速世界』だった。

 モノクロの世界に半透明な体、視界中央のもうそろそろゼロになるカウントダウン。

 それはドラゴニュートのHPが無くなり死亡していたことを表している。

 

 復活するまでの僅かな時間、その間にどうやら寝てしまっていたらしい。

 

 『加速世界』において通常のグローバルネットのような“寝落ち”によるネットの自動切断というものはない。寝てしまえば現実のようにただ無防備に横たわってしまうだけで、エネミーや敵意のあるBBプレイヤーが近づいてきても防衛や警報してくれるようなシステムアシスト的なものは無い。

 しかし、『加速世界』で8時間ぐっすりと寝たとしても現実ではたったの30秒しか経たず、目覚めもスッキリするので現実で時間の無いBBプレイヤーによく重宝されている。

 

 だがドラゴニュートの目覚めは最悪といってよかった。

 この感覚に覚えはある。

 ブレイン・バーストを初めてプレイするまでよく見ていた悪夢から覚めた時に感じていたものと同じだった。

 

 この悪夢は心意システムの修行を行い始めてからずっと続いている。

 それがなんらかの関係があるということもわかっている。

 しかし、止めない、止める気もない。

 

 ドラゴニュートはカウントダウンがゼロになると同時に飛び出した。

 向かう先は自分を倒したエネミーたち。彼らもドラゴニュートを万全の体制で待ち構えている。

 

 響き渡る咆哮。

 (ほとばし)る過剰光。

 

 その過剰光がどす黒く変化していることに気付くものは誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴニュートは再び何も無い空間に訪れていた。

 光は無く、ただ無限に広いだけの空間。そこは宇宙と言い換えてもよかった。

 

 どれだけ真っ直ぐ走っても壁にはぶつからない。壁すら見えない。

 突然友人がドラゴニュートの前に現れ、消えてゆく。

 どれだけ頑張っても繋ぎとめるのは不可能だった。

 

 塞ぎこむドラゴニュートの前に再びスラシャーが現れる。

 

『暇そうだな?』

 ――ほっといてよ……

『そう邪険にするな。今日は面白い話をしてやろうと思ってな』

 

 黙りこむドラゴニュートの隣に座り込み、スラッシャーは勝手に語っていく。

 

『心意の話さ。

 知ってるか? 心意って言うのはそれを使う人物によって大きく異なる形態をとる。

 そうだよな、だって“心”って言うのは人それぞれ違うもんな……。

 足が速くなりたい。空を自由に飛んでみたい。誰かを守りたい。そんな気持ちが心意の力を引き出していく。

 

 ……それで? オマエの心意はどういうものだ?』

 

 返事は無い。しかし、ドラゴニュートはスラッシャーの言葉に自分の心意を思い描いた。

 《スレッド オブ ライト》は自分の手を細い糸にして相手をバラバラに……。

 

『どうだ? オマエの心は見えたか?』

 

 まるでタイミングを計ったかのようなスラッシャーの言葉にドラゴニュートは意識を取り戻す。

 

 ――うるさい! もうどこか行ってくれ!

 

 ドラゴニュートの態度にスラッシャーは首をすくめ消え去っていく。

 ドラゴニュートは再び宇宙にひとり取り残される。

 

 

 

 

 

 

「マサトくん。お昼ごはん持ってきたわよ」

 

 看護師がマサトのベッドに設置された台の上に食器を載せた盆を置く。

 しかし、マサトの反応は無く、ただ俯いているだけだった。

 

「マサトくんまたずっとネットにダイブしてたんでしょ。そんなことしてると体に悪いわよ。

 ほら、今日なんかいい天気なんだから屋上で日向ぼっこでもして見れば?」

 

 それでもマサトの反応は無い。その態度に看護師も諦め、無言で病室を立ち去っていく。

 

 

 看護師が立ち去り、少し経った。

 マサトは台の上に置かれているお昼も無視してベッドから足を出す。

 1歩1歩、しっかりと確かめるように病室のドアまで足を進めて行くマサト。

 ドアの前に立ち、ドアノブに手をかける。

 

 ――大丈夫、病院内なら大丈夫。

   ジュースを買いに行ったり、トイレに行ったりもしたじゃないか。大丈夫。

 

 マサトは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 ――また、この夢……

 

 何度も繰り返し見る悪夢にドラゴニュートはもう驚きもしない。

 再び現れる友人たち。何の反応も返さないドラゴニュートに彼女たちはもう何も言わない。

 冷たい目でドラゴニュートを見つめ、去っていくだけ。

 

 そして最後に現れるのは決まってあの男だった。

 

 ――スラッシャー

『どうだ、認める気になったか? オマエは外になんか出たくなかった……』

 ―― …………。

『だんまりか。でもよかったじゃないか。 お前にはここ(・・)がある。どれだけみんなが居なくなってもオマエはずっとここに……』

 

 ――認めるよ……

『ん? なんだって?』

 

 ――認めるって言ったんだ。ボクは確かに外の世界が怖かった。いや……今でも怖い。

『ほう……』

 ――昔、ひとりで病院を探検したことがある。

   ちょうどエントランスに出て、そのときに外に出てみようと思ったんだ。

   でも、無理だった。自動ドアの、ガラス1枚先に『外の世界』があったのにボクはどうしてもその先に行けなかった。

   結局ボクは倒れ、それ以降外に出ようとはしなかった。病室の窓から見る外に憧れるだけで……

 

 昔の記憶。“故意に忘れ去った”過去の出来事。

 通り過ぎてゆく大きな人の足。忙しそうに歩く看護師たち。具合の悪そうな老人。

 慣れ親しんだ消毒液の臭いは薄く、埃っぽい。

 ガラス1枚向こう側は眩しく、楽しそうで……

 

 でも、みんなひとりじゃなかった。

 ボールを追いかける子供たち、ニューロリンカーで会話している青年、家族に寄り添われているお爺ちゃん。

 

 ――ボクは、ボクは怖かった。

   入れて、って言えなかった。

   断られるのが怖かった。言えば何かが変わったかもしれないのに。

   1歩踏み出す勇気が無かったんだ!

 

 

   ……でも、でもね? そんな弱虫なボクと一緒に遊んでくれる友達が出来たんだ。

   また遊びに来てくれるって言ってくれた女の子が。

   真っ赤に燃える赤い髪と、勝気(かちき)な瞳が綺麗な女の子。

 

 

   ボクは……その女の子と離れたくない!

   彼女がこっちに来るのを待つんじゃなくて……

   カンナのいる『外の世界』にボクは行きたいんだ!

 

『だけど、オマエはその子に酷いことを言ったじゃないか』

 ――そうだね。……そうだ。

   ドレイクのことで余裕が無かった、ていうのは言い訳だね。

   ちゃんと謝るよ、許してくれなくてもずっと謝る。

『それでもダメだったら?』

 ――そしたら……そのとき考えるよ!

 

 マサトは立ち上がる。

 ずっと、ずっと先にいる彼女に追いつくために。

 

『行くのか?』

 ――うん、もう会えなくなるのかな?

『オレと? そんなことは無い。オレはずっとここにいるからな』

 

 スラッシャーはマサトに笑いかけた。

 マサトもスラッシャーに笑いかける。

 

「またね」

『ああ、また……』

 

 

 

 

 マサトは走った。心臓の鼓動が高まってゆく。

 鋼の体とは違う、この貧弱な体はすぐに悲鳴を上げたがそれでも止まることはしなかった。

 ふと、昔、この加速世界と心臓の鼓動の関係を聞いたことを思い出す。

 

 心臓が1つ鼓動を打つと脳に発生する量子パルス信号。思考に必要なその信号をブレインバーストはニューロリンカーを経由して増幅。一千倍にして思考を加速させる。

 

 子供の平均脈拍は70回、1秒に約1回心臓は鼓動していることとなる。

 これを意図的に増やすことが出来れば?

 

 マサトはどんどん加速する、視線の先にカンナの背中が見えた。

 

 ――もっとだ! もっと早く!

 

 心臓が鼓動する。足を踏み出す。

 カンナが1歩足を進ませる。

 その間マサトは2歩進んだ。

 それでも足りない。

 

 イメージ。

 鼓動が増え、思考が加速する。

 この世界ではそれが速さに直結し、彼我の距離は縮まっていく。

 

 ――まだだ! もっと加速しろ!

 

 心臓が爆発しそうになる。しかし、余裕を持った思考速度はさらに心臓を加速させてゆく。

 

 《無限加速(アンプリファイヤー)》 

 

 心意の力によってマサトの体が輝きだす。

 その光は純粋な銀白光、“プラチナ”の輝きだった。

 

 

「カンナァ!」

 

 必死に延ばす手の先は細いプラチナの糸となり。

 

 

 振り返るカンナの指先に――

 

 

 

 

 

 

「……っ! ここは……?」

 

 我に返ったマサトが周りを見回すとそこは加速世界。

 再びドラゴニュートとなったマサトは羽田空港に戻ってきたのだった。

 死亡によるリスポーン(復活必要)時間はとっくに過ぎ去り、ドラゴニュートはしっかり地面に立っている。

 

 しかし、様子がおかしい。

 今までドラゴニュートが復活すると同時に襲い掛かってきたエネミーたちが一定の距離を保ち、こちらの様子を伺っている。

 

 ドラゴニュートを中心に広がる台風の目、翼竜たちは空に向かって一斉に声を上げ始めた。

 一体何が……? 混乱するドラゴニュート。

 すると突然ドラゴニュートの周りに影が落ち、視線を空へと投げると――

 

『我が名は“ティアマト”彼らが母。

 わが子たちに害を為すに飽き足らず、世界の理に干渉し暴れまわる姿はまこと騒々しい。

 万死に値します。小さき者よ、死になさい』

 

 巨獣(ビースト)級エネミーですら比べ物にならないくらい巨大なドラゴン。

 七つの角と美しい尾を持つ神獣(レジェンド)級エネミーだった。

 

 チラリと今の時間を確認する。今日はレッド・ライダーの言ったタイムリミットの日にちだった。

 

「最後の最後にとんでもないものが出てきたもんだ……」

 

 あまりにも理不尽な状況に思わず苦笑いがもれる。

 しかし生まれ変わったかのように清々しい気分のドラゴニュートは目の前のエネミーに対しても決して負ける気はしなかった。

 

 

 

 

 




 すこし詰め込みすぎ駆け足気味だったかもしれない。
 けどウジウジする話は短い方がいいよね。

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