アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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一応今月頑張ると言ったんでギリギリに更新。
来月も頑張っていきたいなぁ……。


第16話 変わったこと、変わらなかったこと

 

 2代目《クロム・ディザスター》討伐から約1年。

 あの壮絶なる戦いの折《心意》の過剰な使用のせいで現実の体にまで影響を及ぼしてしまった花沢 マサト。

 その後遺症によりマサトは《ブレイン・バースト》を長時間続けることは出来ない体になってしまった…………。

 

 

 

 

「ドラゴ団長、左の戦線でメタルカラーのボクサーが暴れており、押され気味です! 援軍を頼みます!」

「それって《アイアン・パウンド》の奴か! アイツ……うち(ヴォイド)の勧誘を断るばかりか《緑の王》に付くなんて……!

 ソーサー、バナナ。2人で向こうの加勢を頼む!」

 

 

 ……なんてことは一切無く、《プラチナム・ドラゴニュート》は《マグネシウム・ドレイク》から引き継いだ8大レギオンの1つ、《スーパー・ヴォイド》の団長として元気にレギオン団員を統率していた。

 

 今は毎週土曜に行なわれる《領土戦争》の真っ只中。

 《領土戦争》は自分のレギオンが持つ領土を守る防衛戦。

 相手の領土に攻め込み、領土を奪いに行く侵攻戦の2種類がある。

 

 基本的に戦闘可能人数は防衛を行なう側の人数に左右され、侵攻側は防衛側を超える数のプレイヤーを参戦させることは出来ない。

 制限時間は1試合30分で、勝敗は侵攻側が防衛拠点を占拠するか、相手チームを全滅させること。また、タイムアップ時で生き残っているプレイヤーが多い方が勝ちとなる。

 

 

 ドラゴニュートは《緑のレギオン》の領土である目黒区と品川区より襲い掛かってきたプレイヤーたちからレギオンの本拠地となった《世田谷第三エリア》を必死に防衛している途中だった。

 劣勢に立たされている味方の知らせにドラゴニュートは信頼できる2人に援軍を任せることにする。

 

 

「了解、ドラゴ団長。あたしの烈風が唸りをあげるわぁ!」

 

 先端が拳大のコブ(・・)になっている、仙人が持っていそうな杖(ただ、金属製だが……)を振り回しながらドラゴニュートに答えたのは《ウイスタリア・ソーサー》

 藤色のアバターで近接の青に近い紫色の彼女は風を操ることができる。先に挙げた杖の先端から風の塊を放つという攻撃方法を持ち、杖に近ければ近いほど攻撃の威力は高くなっていく。

 風貌は線の細い三角帽を被った魔女のようなアバターなのだが、戦術はバリバリの近接格闘系だというのだから初見の相手は大抵騙される。

 

「バナナじゃなくてオイラには《カナリヤ・ムーン》て言うカッチョイイ名前があるんスけど!」

 

 名前に関して抗議の声を上げるのは《カナリヤ・ムーン》。カナリヤ色という薄い黄色のアバター。名前の示すように顔が三日月の形をしていて、近しい者からは見た目どおりの名前で呼ばれてしまっている。その呼び名に対し事あるごとに不満を漏らすのはレギオンのお約束の一種となってしまっていた。

 しかし、アバターの特殊能力として、星の瞬きのようなキラキラと輝く霧を生み出し、相手の視界を塞ぐ幻術系の技は強力でよく重宝されている。

 

 敵の《アイアン・パウンド》はメタルカラーだがプラチナのような貴金属とは違い、特殊攻撃に対しての防御能力は低い。

 ムーンの幻術とソーサーの(一応)特殊攻撃のコンボはパウンドに大打撃を与えることだろう。

 ドラゴニュートは駆けて行く2人の背中を見送りながら、次々と入ってくる情報に対して上手く采配を取ることに専念するのだった。

 

 

 

 

 

 

「団長、《マグネシウム・ドレイク》はこの加速世界から永久退場してしまった……」

 

 1年前。

 ドレイクに自らの手で止めを刺すことができなかったドラゴニュートは悔しさと喪失感を抱えながらその翌日、全レギオンメンバーを集めて団長の最後を語った。

 もう殆んどの者が団長の噂を知っていたのだろう、大きな騒ぎは起こらず、ただこれからの不安を感じさせるどよめきだけが場を支配している。

 

「もうキミたちも知っての通り団長は《クロム・ディザスター》となり、暴挙を尽くしたため粛清された。

 これからもその噂はこのレギオン《スーパー・ヴォイド》にも付いて回り、所属している者たちにも心無い誹謗中傷を吐きかけてくるものが出てくるだろう……」

 

 ドラゴニュートの暗然(あんぜん)たる言葉に場の声が大きくなる。

 出来ることならこんな話はしたくない。しかし、この事実を蔑ろにしておくわけにもいかなかった。ドラゴニュートは憂鬱な心の内を隠しながら今後のことを話していく。

 

「それに耐えられないという者はレギオンを離れてくれて構わない。いや、みんなのためを考えるならこのレギオンは解散したほうがいいとも思ってる」

 

 その言葉を聞いた途端、レギオン全員の目が一斉にドラゴニュートへと向けられる。

 もう話をしている者は居なくなっていた。それどころか全員が息すら潜めているような静寂さが重圧となってドラゴニュートを攻め立てる。

 何を当然のことを……、みんなそう思っているに違いない。

 

 だが、ドラゴニュートには続けなければいけない言葉があった。

 どれだけ反対されても押し通す覚悟で言うべき言葉が……。

 

「でも……でもボクはこのレギオンを……団長の作った《スーパー・ヴォイド》を引き継いで行きたいと思ってる!

 これがどれほどのワガママなのかは十分に理解しているし、みんなに迷惑をかけるってこともわかってる!

 けど、これだけは譲れないんだ! お願いだ。1人か2人でいい! このレギオンを存続させるために誰か残ってくれないか!」

 

 深く頭を下げ、みんなの反応を待つドラゴニュート。みんな呆れて居なくなってしまうかもしれない、でもほんの僅かでも残ってくれる人がいるのなら……。

 

 ……誰も動かない。静かな時間が過ぎ去っていく。

 ドラゴニュートの隣に居る《フレイム・ゲイレルル》ですらなんの反応も見せない。

 

 

 その時、ひとりのプレイヤーがメンバーの代表として姿を現した。

 

「面を上げな。ドラゴニュート……」

 

 その言葉に従い、体を起こすと……そこに居たのは《モスグレイ・アンポリッシュ》。時代錯誤なリーゼントに白い長ラン。先日ドレイクにケーキを奢ってもらったことで笑いの種となったプレイヤーだ。その出で立ちから番長と呼ばれている。

 

 番長は本来明度の低い緑色のアバターだ。格闘能力も強く防御力も高い。レベルアップにより痛覚軽減の効果が有る長ラン型の強化外装を手に入れてから近接戦闘や乱戦ではもう誰も手を付けられなくなったほどだ。

 曲がったことが大嫌いだということでも団内でよく知られている。

 

 もしかすると、ふざけた事を言うなとブン殴られるかもしれない。それでも……とドラゴニュートは痛みを受け入れる覚悟を決めた。

 

「ちぃぃっとばかし聞きてぇ事があるんだけどよ? 俺たちが一体いつ、ヨソの連中の目を気にしたって言うんだ!?」

 

 ぶつかりそうになるほど顔を寄せ、番長は今まで起きたレギオンの出来事をまくし立てていく。

 

神獣(レジェンド)級エネミー三つ巴のときもよぉ、羽田のドラゴンに全滅した時も、環七爆走レースの時も……」

「あとケーキを食べた時もな」

「うるせぇよ! ……ゴホンっ! とにかく、いつだって俺たちは周りの連中の白い目を飽きるほどに浴びてきた。でも、ずっとこのレギオンに所属している……それはなぜか!

 おもしれぇからだろう? 現実じゃ味わえないような興奮をこのレギオンは、ドカンッ! っと持ってきてくれるからだ。

 

 俺たちは今まで通り、オマエに、それを期待していいのか“団長”?」

 

 その言葉の意味を理解した時、ドラゴニュートの視界が急に開いたような気がした。

 よく見れば周りの連中も番長と同じような顔つきをしている。誰一人この団から離れて行く人はいない。ルルも笑って頷いてくれた。

 レギオンを解散しなければならない、なんてドラゴニュートの杞憂でしかなかったのだ。

 

「みんな……ありがとう」

 

 ある筈の無い涙を拭ってドラゴニュートは声を高らかに張り上げる。

 

「お前たち! これから新生《スーパー・ヴォイド》の最初の催しを行なう!

 それは前団長の追悼式だ! だが物静かな会じゃ彼が満足するはずが無い。

 

 騒げ! 団長が秘密にしていた笑い話を暴露してやれ! 笑って彼を送ろうじゃないか!

 

 食べ物は団長の奢りだ。ショップの在庫を買い尽せ! さあ、お前ら行くぞぉ!」

「YaaaーーーーHaaaーーー!!」

 

 ドラゴニュートは1枚のカードをストレージから取り出し、ショップへと向かいだす。その場にいた団員全ても団長に続けと走り出していく。

 この騒ぎは加速世界の夜が更けるまで収まることはなかった。

 

 

 

 

「でも、結局ドレイクに最後の一撃を入れたのは誰だったの?」

 

 深夜。場も落ち着き、残っている団員たちが所々で纏まっている。

 そんな中、輪から少し離れた場所にドラゴニュートとルルの姿があった。

 

「わからない。でもドレイクを刺した剣に銀の糸……。あとであの時河川敷に居たみんなにも話してみようと思うけど……」

 

 その特徴を聞いて1人の人物像を浮かび上げるルルだったが、まだ断定できない事柄だったのでこの場では言わないことにした。

 いずれにせよ災禍の鎧の呪いがドラゴニュートに降りかかることはなかった。ドラゴニュートにとってはわだかまりがある様だが、ルルとしてはそれでよかったとも思っている。

 

「それにしてもあの時はみんな焦ったんだからね? 心意の光が見えなくなっちゃったと思ったら《最終消滅現象》が起こるし、その場に行っても誰も居ないから結果がわからなかったし……。結局その場は解散になったけど、とにかく配したんだから!」

「ご、ごめん……。でも、ルルには話したよね? こっちもこっちで大変だったんだ。検査に異常がなかったからよかったけど、下手したらニューロリンカーを取り上げられちゃうところだったんだよ?」

「それは聞いたけど……。

 あー! この話はお終い。ドラゴが無事でよかったわ、ってこと!」

 

 このまま続けても意味のない話を強引に打ち切ったルルは手に持っていたコップを口に付け、中身を飲み込んでいく。

 もちろんコップの中身はルルの口に当たった途端蒸発していくのだが、ちゃんと口の中に現実と変わらぬ味が広がっていくのだから不思議だ。

 

 空になったコップが粒子となって消えていくのを見ながらルルはポツリと呟いた。

 

「この炎の体がこうやってコップを持ててたのも《心意》の力が関係してたのかなぁ……」

「うーん、そのコップは用を終えるまで破壊不能オブジェクトとして設定されてるのかも知れないけど、今ルルが座っている岩が熱くなっていないのは《心意》の力だと思うよ」

「えっ!? 本当だ……。へぇー、そう言われるまで気付かなかったわね。こんなこと何回もあったのに。

 でも本当に《心意》ってズルイ! ねーねー、ドラゴ。私にも教えてよ」

 

 突然、肩を揺すりながら教えを請うて来るルルの口をドラゴニュートは慌ててふさぐ。

 

「ルル! 声が大きすぎるよ。……この力は秘密にしようって決まったんじゃなかったの?」

「んーんー! ……そうだけど、覚えちゃいけないっていう話じゃなかったわ。どうせ《黄色》も影で練習する気満々よ! 他のみんなもきっとそう思っていたわ。それなら万が一の時のために私が覚えておいてもいいじゃない?」

「あ~……、わかったよ。でもここじゃなくて、病室で2人っきりの時にね?」

 

 2人っきり。その言葉を聞いてルルはあの河川敷での出来事を思い出してしまった。精神的に不安定だったとはいえあんな大勢の目がある中でドラゴニュートに抱きついてしまったことを……。

 そして今の体勢もあの時のように体が密着しているということも。あの時とは違い、ドラゴニュートの体が赤くなっていないのは無意識の《心意》がドラゴニュートを受け入れたからか……。

 

 ルルは緊張と恥ずかしさのあまりドラゴニュートを突き飛ばし、俯いてしまう。

 突然の反応に困惑したドラゴニュートはルルの顔を覗き込んで声をかける。

 

「どうしたの?」

 

 しかし、顔を近づけ過ぎてしまった事により再びルルはドラゴニュートを意識してしまうことに。

 

 ――ふ、ふふ、2人っきり! わ、私とマサトが病室で! そ、それで手取り足取り……

 

「あーーー!! もう! なんであの時あんなことしたのよ! こんのっ、バカぁーーー!」

 

 恥ずかしさのあまりついに思考が暴走してしまったルルは強化外装である炎の槍を取り出してドラゴニュートをブン殴った。

 《無制限中立フィールド》でアバターの痛覚は通常対戦の2倍。当然ルルの攻撃はなんの覚悟も無しに受け止められるものではなかった。

 

「あっつい! 突然何するのさ!」

「う、ウルさーい!」

 

 槍を振り回しながらドラゴニュートを追いかけるルル。混乱しながらも逃げ惑うドラゴニュート。

 その騒ぎはすぐに団員たちに気付かれる。

 

「おお? 早速、副団長の革命……もとい下克上が始まったのか?」

「勝ったほうが次の団長になるってか!?」

「やったれやったれ! 俺はドラゴ団長を応援するぞ!」

「ならあたしはルル副団長に付くわ!」

 

 やんや、やんやと騒ぎ立て、止める者のいないこの騒ぎ。

 収まりが付くのは随分と先のことになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「マサトくん、そろそろお時間ですよ」

 

 病室の外から看護師に声をかけられ、ようやくマサトは我に返った。

 どうやら防衛に成功し、カンナから侵攻失敗という悔しさ溢れるメールを受け取ったあと。勝負の余韻に浸っていたらどうやら随分な時間が経っていたらしい。

 

「はーい。今行きます!」

 

 まだ外に居るであろう看護師に声をかけ、マサトはよいしょ、っとベッドから降り立った。

 昔ならこの動作だけでも相当の体力を消耗していたのだが、1年にわたるリハビリの成果がその動作に現れている。

 

 マサトの病気に快復は無い、しかし努力いかんによっては普通の人と同様の生活を送れるようになるということを最近になって知ることとなるマサト。マサトはこの1年、努力していた。

 

「お待たせしました」

「いいのよ、さあゆっくりと行きましょう」

 

 病室のドアを開け看護師の付き添いを受けながらマサトは病院内にあるリハビリ室へと向かっていく。

 

「マサトくんも最近はしっかり歩けるようになったわね。これならもしかすると一時退院の許可が出るかもしれないわよ?」

「えっ? ボク、退院できるんですか!?」

「そうね、まず1回外でお泊りして、問題なかったら出来ると思うわ」

「やったぁ!」

「こらこら、はしゃがないの。……でもそうよね、マサトくんももう小学3年生だもんね。カンナちゃんともお外でデートしたいお年頃よね?」

 

 看護師さんの言葉に顔を真っ赤に染めて否定するも、看護師さんは終始笑ってマサトの意見を受け入れてはくれなかった。

 

 

 

 

「へぇ! よかったじゃない。一時退院だなんて」

 

 昨日の一時退院が出来るかも知れないという話をカンナに話してみると思った以上に喜んでくれたようだった。

 

「私もお母さんが帰ってくるときは嬉しかったなぁ……。それでどれくらい家に帰れるの?」

「うーん……何事も無ければ2泊3日は出来るみたい」

 

 ちなみに、この1年の間にカンナの母親は無事退院している。今では家で元気に主婦をやっているそうだ。

 それでもカンナは週3回マサトのお見舞いに来てくれるのだからもう頭が上がらない。

 

 

「そうなの。じゃあ1日くらいは私と遊ぶ時間を作ってよ!」

「う、うん……もちろんボクもそうしたいんだけど……」

 

 一瞬、看護師との会話を思い出しそうになるのを必死に堪えてカンナの誘いに賛成する。

 マサトのどもり(・・・)に気が付くことのなかったカンナはその日の予定を思いめぐらせ、思いつくままに口にしていく。

 

「マサトはどこに行きたい? スカイツリー ……は、ちょっと遠いか。あんまり移動しない方がいいわよね。渋谷? でもやっぱり人の多いところより静かなところの方が……」

 

 色んな案を出してくれるカンナだったが外出そのものが始めてのマサトにとってどのプランも魅力的だし、行ってみたかった。

 しかし、自分の体力の問題もある。マサトとカンナが今一歩予定を決めあぐねいているとき。

 

「そうだ! フーコも呼びましょう!? 私はしょっちゅう連絡取ってるけどマサトは最近会ってないんじゃない?」

「楓子さん? そういえばそうかも……。向こうは向こうで大変なんだろうなぁ」

 

 カンナから出てきた名前にマサトは楓子が新鋭のレギオンのサブリーダーになっていた事を思い出す。

 《スーパー・ヴォイド》の新しい団長となるためにクエストをこなしたり、中小レギオンに取られていた領土を取り返したりと、色々なことでゴタゴタしているときに楓子さんはレベル4に上がっていた。

 《無制限中立フィールド》に来れるようになったらレギオンに誘おうとしていたマサトだったが、その前にとあるBBプレイヤーから新設レギオンのメンバーになって欲しいと熱烈な勧誘を受け、そちらに入ってしまったと言うのだ。

 

 一応カンナに相談はしていたらしいのだが、カンナ自身がゴーサインを出してしまったのだから楓子さんも決意してしまったらしい。

 なんて勿体無い事を……なんて思う気持ちが無かったわけじゃないが、確かにもう完成しているヴォイドに入るよりも新しいレギオンで色んなことを体験しながらレギオンを大きくしていった方がこのゲームをより楽しめるに決まってる。マサトも楓子の新しい門出に祝福を送るのだった。

 

「それにしても、楓子さんが所属したのがあのロータスのレギオンなのは驚いたなぁ……」

「そうね。それに彼女、激戦区の《渋谷第一エリア》に拠点のを構えちゃうし……。もしかしたら私たち以上にお祭り好きなのかもね」

 

 《ホワイト・コスモス》と親しい者だと思われる《ブラック・ロータス》はコスモスのレギオンに所属することは無く、自らを団長とする新しいレギオン《ネガ・ネビュラス》を《青》《緑》《白》のレギオンに囲まれた渋谷エリアに設立し、さらには《赤》のレギオンがある西の方に領土を広げていった。

 その快進撃は凄まじいもので今ではもう《純枠色(ピュア・カラーズ)》の名に恥じない実力を身につけているようだった。

 

「ま、そのお蔭でフーコもいい経験に恵まれたでしょ」

「カンナの特訓とどっちが辛かっただろうね?」

「なんですってぇ~……」

 

 あ、これは殴られるな。と長年の付き合いにより判断したマサトはとっさに両腕で顔を庇うが、いつまでたってもその衝撃は来なかった。

 恐る恐る手をどけてみると、カンナは椅子に座ったままで、変なポーズのまま固まっているマサトを「何やってんの」と穏やかに笑っているだけだった。

 

 最近、カンナが怒鳴り声や手を挙げることが少なくなった。身長も伸び始めているようだし、髪をかき上げる仕草やコップの持ち方なんかも女性らしさが増したように思える。

 これが母親と過ごす影響なのか、と考えた時、マサトは1つの懸念があることを思い出してしまった。

 

「そう言えば……やっぱり外で遊ぶ時間は無いかもしれない……」

「どういうこと?」

 

 突然の予定の変更にビックリするカンナにマサトはその理由をポツリポツリと話し出す。

 

「外出中……病院の外にいる間は誰かがボクのことを見てなきゃいけないんだって。でも……ほら、ウチって両親とも忙しいじゃない? だから多分、外泊は出来ても金曜の夕方に家に帰って土曜の朝には病院に戻ってくるような……外で遊ぶ時間は取れないスケジュールになちゃうと思う……」

 

 マサトの外出にはどこに行くのも保護者の同伴が必要となる。しかし、マサトの両親は3日間に渡って休みを取れるだろうか。それは今までの経験から無理だとマサトは思っていた。

 

 たった半日だけの一時退院。口に出してみると何とも寂しいスケジュールか……。だが、それでもマサトは一晩家族と過ごせること自体は楽しみにしていた。

 1年前なら考えられなかったこと。マサトの心もまた成長しているのだった。

 

 とにかく、今回はカンナと遊ぶことを諦め。また今度、マサトが1人で外出しても大丈夫だと判断されてからでも遅くは無い。そうマサトは思っていたのだが……。

 

「じゃあ、2日目は私の家に泊まればいいじゃない!」

 

 外見は大人っぽくなっても相変わらずカンナは途方も無いことを考え付くのだった。

 

 

 

 


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