アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第18話 燃えよドラゴニュート!

 

「やだぁフーコったら!」

「先に手を出してきたのはカンナちゃんですからね!」

 

 夜も更け、カンナの家で晩御飯を食べ、お風呂に入ったマサトは就寝を取るだけだったのだが、マサトの布団が用意された客間にはすでにカンナと楓子の姿があった。ついでに言うと布団も3組用意されている。

 つまり今日カンナの家にはマサトのほかに楓子まで泊まる事になっていたのだ。

 

 

 何も知らなかったマサトは晩御飯はともかく、お風呂にまで入ってパジャマ姿で出てくる楓子に一体いつ帰るのか問いかけてしまった。

 返ってきたのは顰蹙(ひんしゅく)の嵐。そこでようやくマサトは楓子も一晩一緒だということに気がついたのだった。

 

 マサトがお風呂から上がって案内されていた客間に行くと、すでに敷かれている3組の布団と、はしゃいでいる女の子たち。それ見たマサトが同じ部屋で寝ることに対してを文句を言う気力も無くしてしまったことは言うまでもない。

 

「あら、ようやく出てきたの? 待ちくたびれちゃったわ」

 

 入室してきたマサトを一目見るとカンナは楓子と遊ぶのを止め、両者とも大人しく布団に入り込んだ。初めての外泊と遊びで疲れてしまったマサトを気遣ってくれたのだろう。マサトを真ん中の布団に配置したのはご愛嬌だ。

 

 ここで3人で寝ることに対して文句をつけてもただ体力が削られるだけなのでマサトも大人しく布団に入り込む。お客様用に出された真新しい布団は病院のベットとはまた違う優しい香りがした。なんとなく優しい気持ちになりながらマサトはゆっくりと夢の世界に……。

 

「はい、コレ。マサトの分」

 

 ……行く前にカンナから1本のケーブルを突き出された。

 つい反射的に受け取ると今度は反対側の楓子からも声が掛かる。

 

「マサトさん、こちらもお願いします」

 

 振り向くと楓子も同じくケーブルをマサトに手渡してきた。

 ここまで来たら両名が何をやりたいのか推理することは容易い。マサトは黙って2本のケーブルをニューロリンカーに差し込んだ。

 水族館の帰りにお願いされた楓子の修行の件だろう。加速世界では肉体的疲れは発生しないので疲れている体でもなんら支障はない。

 

「じゃあ設定は30分で切断するようにしたから。向こうで20日もあれば十分でしょ」

 

 カンナの言葉に無言で肯定の意を示す。

 それじゃあ行くよ、とカンナが音頭を取るとニューロリンカー越しに遠隔操作でもしたのか部屋の明かりが暗くなる。傍目から見れば3人は大人しく眠ってしまったようにしか見えないだろう。

 

「3、2、1……」

 

 3人は夢の世界ではなく加速世界に飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 《無制限中立フィールド》に降り立つとドラゴニュートは2人を先導して歩き出す。早速《スカイ・レイカー》の修行をつけるべく、それに適した場所へ移動しようというのだ。

 

「あ、少しお待ちいただけますか?」

 

 しかし、それを止めるレイカー。なぜ? というドラゴニュートの顔にひと言謝罪を入れ、アイテムストレージから1丁の拳銃を取り出し、空に向かって打ち出した。

 強化外装……ではない。それは単発式の照明弾である。大抵のショップで販売されているが使い捨ての割りに値段(ショップの売買はバーストポイントをもって行なわれる)が高く実用性も低い。

 《領土戦》でも1エリア内なら伝令を出したほうが早く、正確に情報を伝えられるわけで、結局そちらの方がタイムロスが少なくなるので人気はない。

 あとは(はぐ)れてしまった仲間と合流するための合図程度にしか……。

 

 とその時、2体のアバターがドラゴニュートたちに近づいてくるのを視線の端に捕らえた。

 こちらのバーストポイントを狙った対戦者か、と身構えるドラゴニュートだったが、それを抑えるかのようにレイカーが前に出て、近づいてくるBBプレイヤーに手を振り出した。どうやら敵ではないらしい。

 

 

「随分遅かったな、待ちくたびれたぞ」

「……その通りなの」

 

 3人の目の前に姿を現したのはレイカーが所属するレギオン《ネガ・ネビュラス》の団長《ブラック・ロータス》とその幹部《アクア・カレント》の2名だった。

 久しぶりに見たロータス。その姿には特に変化は無いが、レギオンの団長となり様々な修羅場を潜って来たためか身に纏う空気に自信と誇りが溢れているのを感じる。おそらく1対1で戦えば初戦のように圧倒することは出来なくなってしまったであろう。

 新しい好敵手の誕生に喜べば良いのか嘆けば良いのか、複雑な心境になるドラゴニュートだった。

 

 もう一方の《アクア・カレント》は近くで見るのは初めてだ。

 “(アクア)”という特殊な装甲色を持ち、その風貌はレイカーの青とも水色とも違う、決められた色の無い川の流れのような不思議な色の持ち主だ。

 特徴としても水の装甲で攻撃を受け止めたり、かわしたり、水を使っての攻撃など応用性は高い。だが、その水の装甲の下にはきちんと人型のアバターが存在しており、完全に炎で出来ている《フレイム・ゲイレルル》とは似ているようで異なる存在である。

 

「あー、なんか蒸し暑くなってきたわね。近くに加湿器でも置いてあるのかしら!」

「確かに誰かさんのせいでとても熱いの。多分その人が消えればこの暑さも、地球温暖化も解決するに違いないの……」

「…………」

「…………」

 

「だーれが米国の牛のゲップよりも酷い存在ですって!」

「わたしはストーブの上のヤカンじゃないの!」

 

 《アクア・カレント》と《フレイム・ゲイレルル》は似て異なる存在。その違いは両者に埋めることの出来ない大きな溝を作り出していた。

 何があったかは知らないがルルとカレントの仲はすこぶる悪い。話を聞いていたドラゴニュートはルルが一方的に意識しているだけだと思っていたのだが、この様子だとカレントもルルを敵対視しているらしい。

 目を覆いたくなるほどの舌戦がドラゴニュートたちの目の前で繰り広げられてしまう。

 

 2人の間に入ってもただ話が(こじ)れるだけな気がする。いったん2人は置いておいて、ドラゴニュートはもう片方の存在と話を進めることにした。

 

「ロータス。なぜキミがここに?」

「なぜ、とは? あなたこそレイカーに話を聞いていないのか?」

 

 なんの話を? ドラゴニュートは事情の知っているらしいレイカーに顔を向ける。

 

「すいませんドラゴさん。つい先ほどロータスからエネミー狩りに参加しないかとのお誘いがあったのですが、わたしはドラゴさんに修行をつけて頂く用があると返事をしたところロータスが一緒に行くと言い出してしまいして……」

「私のレギオンのメンバーが、リーダーの私ではなく他のレギオンに教えを請う。しかも、それが かの有名な《プラチナム・ドラゴニュート》だというのだから興味がわかない方が失礼だろう」

 

 なるほど。ドラゴニュートは話の大筋を理解した。

 エネミー狩りに行くはずだったロータスがその予定を白紙にしてまでこの場に現れた理由は……。

 

「つまり、ロータスも修行を受けたいと……」

「その通りだ!」

「でもロータスは《グラファイト・エッジ》に師事しているんじゃなかったの? というかそのエッジさんは居ないみたいだけど?」

 

 ドラゴニュートは《ネガ・ネビュラス》に存在するもう1人の主要人物の姿を探し始める。

 《グラファイト・エッジ》は数多くのBBプレイヤーの中でも屈指の剣術使いだ。2本の剣を用いた息もつかせぬ連撃は一瞬で十数発放てることが出来るとか。

 全身が剣のように薄く尖っているロータスにとってそれ以上の師は居まい。

 

「あー、いや。アイツは今日誘ってない」

「え?」

「いいんだ! そもそもアイツが言ったんだ。

 もう教えられるものは全部教えた。あとは繰り返し技を洗練させるしかない。それより俺より強くなりたいなら、俺から教わった技だけじゃなく他の……自分だけの技を手に入れないと無理だぞ。

 ……なんてな! それを嫌味じゃなくて真剣に言い放つのだからタチが悪い。そんな訳で何か光明でも見えないかとあなたに教えを請いに来たのだ」

 

 どうやらネガビュラスはネガビュラスで色々あるようだ。レイカーに確認の視線を向けると、お2人はいつもこんな感じです。と返ってきた。

 

 ロータスも修行に連れて行く……。レイカーにつけるはずだった心意の修行は本来他言無用、秘密裏に行なわねばならない。しかしドラゴニュートはこれから向かう修行先を思い浮かべると、どうにかなるかなと楽観視する。

 

「解った。じゃあレイカーとは違うけど、ロータスも強くなれるように修行しに行こうか」

「おお! 感謝する。最古参であるドラゴニュート自らが教えてくれる修行法。なんてワクワクするんだ!」

 

 シャープな体からは似合わない無邪気さを醸しだすロータスを微笑ましく見ながら、ドラゴニュートは未だ睨み合いを続けている2名に声をかける。

 

「ルル! そっちはどうする? ボクたちについてくるの?」

「ごめんなさい。私ちょっと実験をしなくっちゃ……。水は何度で蒸発してしまうか理科の実験をねぇ!」

「ロータス。わたしも用事を思い出したの。火事が心配だから火種は消しておかないと……なの!」

 

 ルルとカレントはそう言い残してどこかへと駆け出してしまった。どこか邪魔の付かないところで決着を付けるつもりなのだろう。……20日で決着が付けばいいのだけれど。ドラゴニュートは切にそう願った。

 

「じゃあ、この3人で行こうか」

「はい、それはいいのですけど……ドラゴさん、一体どちらへ?」

 

 行く先のわからない旅は不安なのだろうか、レイカーは心配そうにドラゴニュートに尋ねてくる。逆にロータスは早く行こうと言わんばかりの態度で急かしてきた。両者の普段の関係が透けて見えるようだ。

 だが、別に隠すつもりも無かったドラゴニュートは移動するための駅に向かいながらレイカーに行き先を告げる。

 

「修行といったら拳法。拳法といったら……中華街さ!」

 

 

 

 

 

 

 思考、精神で体を操る《ブレイン・バースト》のアバターだが加速世界で疲労が無いかというと実はそうでもない。HPの続く限り全力で動き続けることは出来るが、腰を落ち着ければホッとするし、お腹は空かないが食事を取れば満足することができる。

 何が言いたいのかといえばつまり、東京から横浜まで徒歩で移動するのは思いのほかしんどい(・・・・)ということである。

 

 そのためなのかどうなのかは知らないが、どこまでも続くバトルフィールドの中に電車という乗り物がある。現実世界とも変わらない四角く動く鉄の箱だ。もちろん運賃は発生するし、支払いはバーストポイントだ。しかし東京内を移動するならともかく他県まで出張る時にこれほど役に立つものはない。ドラゴニュートたち一向も横浜にある中華街近くまで電車で移動した。

 

 1時間弱電車に揺られたどり着く中華街の入り口。しかし現実世界では5秒も経っていないのだからモノレールも真っ青の速さである。

 

 

「ほう、ここが中華街か……。始めてきたが、なんと言うか想像と少し違うな」

 

 中華街とは玄武門、朝陽門、朱雀門、延平門に囲まれた一大繁華街だ。

 本来、所狭しと並び立つ飲食店――つまり中華街における観光のメインはもう少し内側にあるのだが、ここは加速世界。その様子は一片の欠片も無くロータスが狼狽するのは無理もなかった。

 

 朱と金がふんだんに使われた左右対称の建物が並び立ち、所々に平地が存在している。その平地にはエネミーだろう人型のナニカが何十人と並び立ち、一斉に同じ動作を繰り返していた。

 突き、払い、蹴り。一糸乱れぬ拳法の型はまるで芸術のように美しく、自然のような力強さを感じさせたる。

 加速世界の中華街とは食事処が集まる娯楽街なんかではなく、拳法映画に出てくるような拳法道場郡ひしめく、武道家の街として作り上げられていたのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ行こうか」

 

 何度か訪れているのだろうドラゴニュートは慣れた様子で目の前の玄武門を潜っていく。それを見て慌てるように付いていくレイカーとロータス。

 

 門を潜り、数メートルも歩くと目の前に巨大な壁が立ちふさがった。

 行く道を遮り、見たところ奥にも分厚いであろうその壁にドラゴニュートはどんどんと近づいていく。もし中華街の中心に行きたいのならば他の道を探さねばならないのに、とレイカーは疑問に思うが、ドラゴニュートの目的はまさにこの壁にあるのだった。

 

「レイカー、この壁を壊してみろ……」

 

 壁を背中にドラゴニュートがレイカーに指示を出す。もう修行は始まっている? とレイカーは言われるがまま得意の蹴りを目の前の壁に叩き込んだ。

 しかし、見た目同様、強固な壁はヒビも入らず、逆にレイカー自身にダメージが返って来てしまった。まるで地面のような硬さである。もしかして『破壊不能オブジェクト』なのではないか……。

 

「それで全力か?」

「え、ええ……」

 

 しかしドラゴニュートの言い様はレイカーの実力を疑うかのようなものだった。根が真面目なレイカーは意図を説明しないドラゴニュートの指示にも全力で取り組んだ。しかし破壊できなかったことに失望されてしまっただろうか。

 もしかして初手から躓いてしまったためこれ以上の修行は行なわれないのか、なんてレイカーは落ち込みそうになる。

 

「よし、オーケー!」

 

 だが1つ頷いたドラゴニュートが合図を出すと、目の前の壁からもまるで電子掲示板のようにOK! のサインが返ってきたではないか。中華街なのに英文字。一体何が始まるのか解らなかったレイカーだったが、ドラゴニュートの次の言葉が答えを示す。

 

「じゃあもう一回同じ強さで蹴ってみて」

 

 と再び言われたので恐る恐る、しかし全力で再び壁に蹴りを放つ。

 するとどうだろうか、先ほどは傷ひとつ付かなかった壁に亀裂が広がり、パラパラと壁の欠片が辺りを舞う。

 破壊不能だと思っていた壁に傷が付く。レイカーは蹴り足も戻さず唖然としてしまうのだった。

 

「どうして……」

「おお、一回で成功するとは凄いな。……これは最初に放った攻撃と同じ威力で攻撃しないとダメージが通らない仕様の壁なんだ。絶対同じ攻撃力じゃなきゃダメ。攻撃方法はなんでもいいけど高すぎても低すぎても壁は壊せない」

 

 玄武の門の試練、通称《千枚通し》をドラゴニュートはそう説明した。

 ドラゴニュートが試しに殴ってみるがまるでコンニャクでも殴ったかのように同心円が広がり、反射し合ううちに元の頑丈な壁へと戻ってしまうのだった。

 

「それじゃあコレと同じ壁があと15枚あるから。レイカーはこの道を通って町の中心まで来てよ。じゃあロータスはこっち……」

 

 たったそれだけの説明でドラゴニュートはロータスをつれて玄武門を立ち去ってしまう。1人残されてしまったレイカーだったが、しかし文句も言わず再び壁と向き合うことにした。

 師の教えに疑問を持ってはいけない。そして考えるよりも感じるべきだ。この修行の意味を……。

 

 中華街に訪れてからなぜかそのような考え方が頭によぎってしまう《スカイ・レイカー》であった。

 

 

 

 

 

 

「おいおいドラゴニュート。私もアレをやりたいぞ」

 

 ちらちらと後ろを名残惜しそうに振り向きながらロータスが抗議の声を上げる。

 しかし、ドラゴニュートは意に返すことは無く、中華街の外周をぐるりと回って玄武門と同じような朝陽門へとその足を進めた。

 

「アレはいまレイカーが必要な修行法なんだ。ロータスが必要なのはこっちの修行」

 

 ドラゴニュートはそういって朝陽門をくぐって行く。ロータスも後に続き、そこで見たのは巨大なステージだった。

 

 石畳が何百枚と隙間無く正方形に敷かれ、1つのステージを作っている。

 そこでは銀色に輝く人型エネミーが2人、拳を繰り出しあっていた。他にも同じような姿のエネミーたちがステージの脇で対面を向いて座っている。だが奥に行くにつれてその体が大きく、逞しくなっているのはなぜだろうか……。

 

「闘技場……か?」

「正解。ここの試練の名前は《百人抜き》。実際、戦うのはここにいるだけだからその半分程度なんだけどね。強さは最高でも野獣(ワイルド)級。だけどココの1番の特徴は……」

 

 ドラゴニュートの言葉の途中で戦っていたエネミーの片方が場外へと弾き飛ばされてしまう。ステージに残っていたエネミーが1つお辞儀をすると、今度はロータスたちの方にその体を向けてきた。

 太陽の光を浴びて光るその銀色の装甲の輝きはまさに隣に居る《メタルカラー》と同じ輝きを放っていて……。

 

「特徴は“最後に試練をクリアしたアバターの色をその身に纏う”ってところかな。もちろんその特色も受け継がれていて青色なら近接に強くなるし、黄色ならフェイクを多用してくる。つまりメタルカラーなら……」

「切断攻撃に強くなる。それも貴金属である《プラチナ》であるなら特に……!」

「その通り、最後にこの試練を受けたのはボクさ。まだ色が変わってなくてよかったよ。

 ……さあ、キミの天敵であるメタルカラー。一体何人まで抜けるかな?」

 

 ドラゴニュートの挑発的な物言いにロータスは思わず喉を鳴らす。

 おそらく目の前のエネミーは最弱の小獣(レッサー)級。しかしそれでも1対1で勝利するのは至難の技である。それも刃の通らないメタルカラー。確かに今までの戦い方では全く通用しないだろう。

 

 それでも――

 

「もちろん、全勝だ」

 

 ロータスは自信満々に言い切った。

 この戦いの最中で今までとは違う全く新しい戦闘方を編み出し、勝利を収める。なんとも燃えるシチュエーションだろうか。ロータスは武者震いを抑えることもしなかった。

 

「ちなみに、ここのエネミーはクリアしたBBプレイヤーの技をある程度学習し、次の戦いで使ってくる。《スーパー・ヴォイド(うち)》だけでもクリアした人数は13人。一戦で負けていい数は2回だ」

 

 痺れを切らしたのだろうかステージ上のエネミーがロータスに手の甲を向け、クイクイと手首を曲げてくる。早くかかって来いということだろう。やけに人間臭い挑発にロータスは素直に乗りかかることにした。

 

 ジャンプ1つでステージへと降り立ち、構えてくるエネミーから目を逸らさずにロータスはドラゴニュートに話しかける。

 

「感謝するドラゴニュート。こんなにも熱くなれる修行場所を紹介してくれるとはな!」

 

 言うや否やロータスは一足で相手の懐へと入り込み、紫電の速さで腕を振るう。

 今まで数々のアバターを難なく屠ってきた一撃を難なく受け止められてしまい、ロータスは口元を歪ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――いつからあの青い空に憧れを持つようになったのだろうか。

 

 

 物心付いた頃に見た夏の澄み渡る空を見たとき?

 梅雨明けに見た虹かかる青空を傘の隙間から見上げたとき?

 空を近く感じる秋の空? しんしんと空気も凍る冬空だったかしら。

 

 それとも、あの図書室で見た――

 

 しかし今は関係ない。《スカイ・レイカー》はただ目の前の壁を壊すことに躍起になっていた。

 レイカーは1枚、また1枚と壁を壊すたびに気がついたことがある。この一本道が少しづつ斜傾を取っているということ。そして地面に垂直に生えている壁もまた傾いていっていることに。

 

 何度も、何度も繰り返した痛みのせいで、足が震え、手がしびれる頃になると壁はより厚く、より威圧感を増し、大好きな空を隠してしまっていることにだって……。

 

 邪魔なものを取り払うために手を突き出す。壁に円が広がる。失敗。

 今度は足を振りかぶった。失敗。円の大きさが小さくなった気がする。

 

 ――無心で空を求めた。

 

 ――無心で手を突き出した。

 

 ――足りない分はブーストで補った。

 

 ブースターのゲージが切れる頃にようやく目の前の壁を壊すことが出来た。期待して顔を上げるが、そこには灰色の壁が目に映るだけ。失望も感じることなく再び手を突き出した。

 

 壁を壊してもゲージは回復しなかった。どうやらこの壁は特殊な設定がされているらしい。レイカーは“再び”そう思った。

 

 ――太陽を目に焼き付けたかった。

 

 ――無心で足を振り上げた。

 

 

 ――足りない分はブーストで補った。

 

 

 ブースターのガス欠を感じると共にようやく目の前の物を壊すことが出来た。

 レイカーは再び壁を見ようと顔を上げると……。

 

 

 そこには何度も憧れた青い空が無限に広がっているのだった。

 

 

 ――今ならこの空を自由に飛びまわれる気がする。

 

 レイカーは背中の強化外装に火を入れようとその名前を呼ぶ……。

 

 

「遅いぞ、レイカー。いつまで待たせるつもりだ」

 

 しかしその名前は途中で遮られてしまった。顔を向けるとそこにはロータスの姿があった。しかし片足が途中でへし折られ、黒曜石のような澄んだ黒の鎧も無残にヒビ割れている。バランスの取れていない足でヒョコヒョコとこちらに近づいてくる姿は笑いを誘っているのだろうか。そんなボロボロの有様の中なぜだか両手両足の刃先には一片の刃こぼれも無かったのは不思議だったが……。

 

「満身創痍ですねロータス」

「人のことが言えるのかレイカー?」

 

 ロータスの言葉に自分の姿を確かめるレイカーだったが否定はせず笑って誤魔化すだけだった。

 笑って気が抜けると張り詰めていたものが緩んだのだろう、レイカーの頭がふらふらと左右に揺れ始める。その様子を見てロータスが手を伸ばそうとするが不揃いな足では素早く前に進めない。

 四苦八苦しているうちに今まで口を挟むことのしなかったドラゴニュートがレイカーの体を受け止めてしまう。

 

「何か切っ掛けはつかめた?」

 

 レイカーの体をゆっくりと横に倒しながらドラゴニュートは静かに問う。

 暗転しそうな意識を何とか保ちながらレイカーは笑ってそれに答えるのだった。

 雰囲気で伝わったのだろう、よかった、とドラゴニュートはレイカーの頭を自分のモモの上に乗せ、優しく手を握る。ロータスだけがいやに狼狽していたがそれは端に置いておく。

 

 レイカーは再び空へと手を伸ばし、今度は確かに何かを掴み取るのだった。

 

 

 

 


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