アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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前回までのあらすじ

 『加速世界』でたった8人しかいないレベル9。その内の1人となり、順風満帆で上を目指していたドラゴニュート。

 しかし、次のレベルに上がるためには同レベルのプレイヤーを5人、特殊サドンデスルールに則って加速世界から追い出さなければいけないことを知る。

 8人の内の1人、レッド・ライダーはそのルールを否定し、和平を提案するのだが、ブラック・ロータスの凶刃によって強制的に加速世界から退場させられてしまうのだった。



第21話 時は流れ……

『そ、それでどうなったんですか!?』

 

 有田 ハルユキは梅郷中学の近くにあるコーヒーショップで《ブラック・ロータス》――黒雪姫の話を聞いて、テーブルから身を乗り上げる勢いで黒雪姫に詰め寄ってしまう。

 しかし、他の客はチラリとハルユキを見るだけですぐに興味を失ったように視線を逸らしていく。

 

 ニューロリンカーを直結させることで可能になる『思考発声』。言葉ではなく、思考そのものを相手に伝えるその伝達方法により、ハルユキたちは周りに居る他の客に聞かれたく無い……秘密の会話を行なっているからだ。

 他人からすれば仲睦まじいカップルが2人だけの世界を作っているようにしか見えないだろう。

 

 だが、ハルユキたちはまだそのような関係にはなっていない。

 ならばなぜ、周りに誤解を与えるような、リスクを伴った方法(直 結)で2人は話し合っているのか。それは迂闊に聞かれたくない類いの……『加速世界』の話をしているからだった。

 

 

 『加速世界』において黒雪姫はハルユキの《親》である。

 

 丸く太った体系と、嫌と言えない内気な性格から同級生に苛められていたハルユキだったが、ある日《ブレイン・バースト》という超ハイテク技術を利用しての格闘ゲームを黒雪姫から紹介され、間接的に手に入れた加速能力によってその問題を解決することができた。

 

 しかし、梅郷中学の副会長でもある、学生みんなの憧れの的“黒雪姫”がただ一介の生徒であるハルユキの問題解決のためだけに秘匿性の高い《ブレイン・バースト》を渡すわけが無い。

 

 さる事情から共に戦う仲間を探していた黒雪姫は、狭い箱庭でもがいていた少年に希望を見出していたのだ。

 

 現実世界では運動神経がゼロどころかマイナスの値をとるハルユキだったが、仮想世界における反応スピードは他の誰よりも優れていた。

 スカッシュと言う、あまりにもマイナーな……だが、反射神経と反応速度がものを言うゲームで、おそらく同年代の誰にも敗れないだろう記録を作る程度には。

 

 それを偶然見てしまった黒雪姫は『加速』というズルを使い、ハルユキの超絶的な記録を塗り替えることで彼の興味を引き、条件の厳しい、そしてたった1回のチャンスしかない《ブレイン・バースト》のコピーをハルユキに行なったのだった。

 

 結果は成功。

 そして今、ハルユキは黒雪姫とテーブルを挟んで向き合いながら、なぜ自分を加速世界に誘ったのか、その理由と、加速世界の現状を聞いている途中であった。

 

 

『どうもこうも無いさ。その後制限時間いっぱいまで戦い抜いたが他の王を討ち取る事は出来ず、私は加速世界のお尋ね者。この2年間ずっと敵の影に怯えながら生きてきたよ』

 

 自分を仲間に引き込まなければいけないと言うのに、全ての出来事を正直に話してくれる黒雪姫にハルユキは内心、瞠目していた。

 もしもハルユキが裏切りを行ない、彼女を狙うプレイヤーに告げ口を図ったならば、今まで潜伏してきた2年間が水泡に帰すと言うのに。

 

 それほどまでに自分を信じてくれているのか、それとも元からこういう性格なのか……。

 どちらにせよ、ハルユキにとって自分を苛めの手から解放してくれた目の前の先輩を裏切るだなんて行為は考える余地も無く、逆に、この人のためならばどんな命令だって受け付けようと覚悟を決めているのだった。

 

 

『そういえば……あの後、1回《竜王》と戦う機会もあったか……』

 

 と、考えているところでポツリと重要なことを呟く黒雪姫にハルユキは今までの思考を放棄してその話に食いついた。

 

『えぇ!? じゃ、じゃあ先輩の目的である次のレベルへの到達に必要な人数はあと3人、って事なんですか?』

 

 1人数が違うだけでこの後の展開は大きく異なることになる。

 今度こそテーブルに手をついて立ち上がるハルユキに、黒雪姫は体を反らしながら否定した。

 興奮しながらもしかし、思考発生を忘れないハルユキを落ち着かせ、席に戻した黒雪姫は残っていたコーヒーをゆっくりと(すす)り、カップを置くと昔を懐かしむように窓の外を眺めるのだった。

 

「いや。奴との戦いは途中で邪魔が入ってしまってな。

 アイツは今でも加速世界に存在しているよ。今頃も多分、碌でもないことを考えているんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

「ハッッックション!」

 

 加速世界、羽田空港のヴォイドのアジトにて《プラチナム・ドラゴニュート》は盛大なくしゃみを放ってしまう。

 定期的に行なわれている巨獣級エネミーを狩るための作戦会議を行っているというのに、その話に水を差したドラゴニュートに《スーパー・ヴォイド》の幹部連中は非難の目を向けた。

 

「風邪? 体調には気をつけてよね」

「仮想世界に風邪なんておかしくない? きっと埃でも鼻に入ったんじゃないかな?」

「ええっ!? そんな事言ったらアバターに鼻の穴なんて無いじゃない!」

 

 非難もそこそこに、くしゃみ1つで話題をコロコロと変える団員2人。その火種はあちこちに飛び火し、周りの連中も「ウィルスがあるんだから風邪もひくかもしれないな」「臭いを嗅ぐ事が出来るんだから鼻はあるんじゃないか?」などと騒ぎ出してしまう。

 際限の無い言い争いにドラゴニュートはため息1つ、早々に話を終わらせることにした。

 

「いや、多分他のBBプレイヤーが噂してるんだろう。俺だって大レギオンの団長なんだ、噂には事欠かないはずだからね」

 

 この2年で穏やかな話し方こそ変わってないが、使う言葉に変化が現れた……よく言えば貫禄が出てきたドラゴニュートの言葉に、今まで取り留めの無い話をしていた団員たちは一斉に否定し始める。

 

「なにそのオカルト。私、そういうの信じてないのよね」

「今時プレイヤーの事は《バーストリンカー》って言うのよ。BBプレイヤーなんて呼んでるのは古臭い団長くらいしか居ないわ」

 

 特に女性陣の辛辣な言葉に大層心傷ついたドラゴニュートだったが、素知(そし)らぬ顔で会議の報告を続けていく。しかし、無意識か、露骨に肩を落とした団長に団員たちは何も語らず、団長と同じく何事もなかったかのように会議を聞き始めるのだった。

 《スーパー・ヴォイド》にとってこのような騒ぎは日常茶飯事なのである。

 

 

 

 

「それにしても、効率のいい狩り方は殆んどゲームのアップデートによって出来なくなったな」

「そうね、今となってはもう地道に一体ずつ確実に倒していくしかないもの」

「しかし、週一くらいの頻度で狩りを開催しないとレベルアップどころか《ブレイン・バースト》を続けていくのも難しいぞ」

 

 会議の場でボソボソと語られる話の内容を聞いてドラゴニュートはひっそりと目を閉じる。

 

 

 《レッド・ライダー》亡き後、加速世界は様々なことが変わってしまった。

 

 まず上がるのは、毎週土曜日の《領土戦》が行なわれなくなったことだろうか。

 《領土戦》というシステムそのものは残っているのだが、あの後決定された《領土不可侵条約》によって各レギオンのメンバーは他のレギオンの領土に攻め込むことを罪としたのだ。

 

 その条約に反対したものは多かったが各王たちは決して顔を縦に振らなかった。そのため離反者は数多く出たが、逆に不満を残しつつレギオンに残った者もまた、それ以上の数がいた。

 なぜなら領土支配下における戦闘拒否権があまりにも惜しかったからだ。

 

 もし、大レギオンの支配地に住んでいるバーストリンカーがどこにも所属していない“野良”だったとしよう。

 その場合、そのリンカーはどんな時間にもかかわらず対戦を挑まれるが、拒否権は無い。だというのにこちらからの挑戦は弾かれるという最悪な環境に陥ってしまうのだ。

 いつ来るかわからない挑戦者に怯え、自分と相性のいいプレイヤーとは対戦できない。そのストレスは確実にその者の精神状態を蝕んでいくことだろう。

 

 離反したものはそのプレッシャーを跳ね除けることが出来るような豪胆な者や、大レギオンの支配地に住んでいないもの。そしてニューロリンカーの電源を常時切っておく事が出来るような特殊な環境にいる者しかいなかった。

 

 

 では《領土戦》が無くなり、効率よくポイントを手に入れられなくなったリンカーたちは一体どのようにポイントを集めているのか。

 

 それもまた加速世界の変化の1つとして上げられる。

 

 闘技場だ。

 代表的なのはその昔から秋葉原にある《アキハバラ・バトル・グランド》。《黄の王》の領土内にあるはずの秋葉原で唯一絶対中立地域として定められた秋葉原にあるその場所は、バーストリンカーから《聖域》とも呼び声が高く、所属レギオン関係なく数多くの挑戦者が引っ切り無しに現れる特殊な場所である。

 

 そこを初めとする新しく作り出された大小様々な闘技場で彼らは多くの対戦を繰り返すのだった。

 

 

 他にはヴォイドのように大規模なエネミー狩りを定期的に行なったり、或いは小獣級エネミーの狙い(タゲ)高レベル(ベテラン)に絞らせつつ、多くの初心者(ニュービー)で袋叩きにしつつ、最終的にはベテランにエネミーを倒させる《養殖》なる方法を取るレギオンもあった。

 ある程度のダメージをエネミーに与えることが出来たのならバーストポイントを受け取る事ができるこの方法は、新興レギオンや小規模レギオンには大変助かる方法だった。

 

 ひと昔前では主流ではなかった方法だが、もうそこまでしなければこの加速世界は成り立たなくなってしまったのだ。

 どこの連中も脱落者は出したくない。しかし、ポイントは欲しい、対戦だって楽しみたい。でも、その機会が無くなってしまった。

 その結果が今の停滞した加速世界だった。

 

 

 なら、加速世界のクリアを……最強を目指すと決めたドラゴニュートは今まで何をやってきたのか。

 もはや王は自分の領土の外には出てこない。《無制限中立フィールド》で会おうにも現実で30分時間がずれるだけで20日も過ぎてしまう場所でそれは難しい。

 

 だとしたら残りは《戦争》をするしかない。それも東京中を巻き込む全面戦争だ。毎週土曜の《領土戦》において条約無視の侵略を行い、ヴォイドの領地を広げていく。ともすれば各レギオンの王達は前線に出てくるほかなく、そこをドラゴニュートが討ち取るしかない。

 

 そのためには《兵隊》が必要だった。数が常に一定に保たれているこの《ブレイン・バースト》で重要なのは各個人の“質”にある。

 ヴォイドは常に全体のレベルアップを行なってきたが、それでも2年でレベルを8まで上げられた者は5人しか現れなかった。それほど今の《ブレイン・バースト》でポイントを稼ぐのは大変なのだ。

 

 しかし、ドラゴニュートは慌てていない。急いては事を仕損じるとも言うし、決して失敗の出来ないこの作戦は入念な準備を必要とするからだ。それに、その“時”さえくれば炎もかくやといった勢いで侵略を始めるつもりなのだから……。

 

 

 

 

 

「知ってる? 団長。杉並区に新しい《メタル・カラー》が現れたんだけど。何とその子、加速世界初の完全飛行アビリティを持ってるんだって!」

 

 先日の作戦会議から幾日か経った頃、“自称”情報通のメンバーがドラゴニュートに話しかけてきた。

 

「今までのパチモノみたいに、高いところから風に乗って滑空するのとか、数回空中ジャンプが出来るような連中とは違うのよ。

 背中の羽がバサァーッって広がって空を飛ぶの! 私、ナマ(・・)でみちゃった。……いやー凄かったなぁ。あれが本物なのよ。昔《ICBM》とかいう奴もいたらしいけど、きっと比べ物にならない……」

「おいっ!」

 

 直接その目で見れたその興奮からか、比較的新人であるそのバーストリンカーの声を、古くからヴォイドに所属していた者が(さえぎ)った。

 話を遮られたことで気分を悪くした情報通気取りの者は()だるそうに振り向き、古参の者に目を向けた。

 

「なにぃ? いま私団長に話してんだけど……。まあ、このレギオンに居る位なんだからあんたもお祭り好き……つまり新しい話題が気になるんでしょ、こっちに来れば教えてあげるよ。それともあんたが教えてくれるの? 空色の……」

 

 そこまで言ったところで今度こそ彼女は他のプレイヤーに口を塞がれて余所に連れてかれてしまう。

 突然の暴行に暴れだすが、事情を知っている者はすべて古参。力で勝てるはずも無く、結局どこか隅っこの方にその姿を消してしまうのだった。

 

 今まで黙っていたドラゴニュートはさり気なく《フレイム・ゲイレルル》がその場にいないことを確認し、ゆっくりと息を吐き出した。

 もう2年は経つのにルルの前で未だ“彼女”の話題はタブー(危険)だ。

 

 ロータスの起こしたゴタゴタのせいで両者の橋渡しをすっかり蔑ろにしてしまったドラゴニュートを待っていたのは、もう梃子(てこ)でも動かない思考を持ってしまったルルと……そして、レイカーだった。

 

 ルルは向こうが謝るまで許さないと言うし、レイカーはルルに合わせる顔が無いと再会を断わってしまう。

 

 ドラゴニュートは時々、さり気なさを装って両者にお互いの現状を話しているのだが、これがまた爆発物を解体するような慎重さを要するのだから毎回ドラゴニュートの胃がキリキリと軋んでしまう。

 1回盛大に爆発させてしまったほうが、上手くいくんじゃないか。なんて投げやりな考えも浮かぶが、結局は及び腰となってしまうドラゴニュート。いっそ関係の無い第三者が引っ掻き回してくれないか、とも願ってしまうのだった。

 

 

 ――それにしても、飛行アビリティをもつメタルカラーか……

 

 実はその話、すでにドラゴニュートの耳にも入ってきていた。

 そしてその彼が所属するレギオンの事も……。

 

 ――復活した《ネガ・ネビュラス》……そして再び姿を現した《ブラック・ロータス》。

   いまさら何をしに来たのか……。もう影のような暗闇の中で姿を隠しておくのが億劫になったのか? それとも空を飛ぶ(カラス)に無理やり(さら)われてしまったのか。

 

 どちらにしても……。

 

「興味あるな……《シルバー・クロウ》」

 

 ポツリと溢したドラゴニュートの言葉に、近くにいた連中はまた団長が何かをやらかすつもりかと、大きく期待を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ハルユキが《ブレイン・バースト》をインストールしてから2週間。

 ハルユキにとってその期間は止まることの無い、激動の時間だった。

 

 加速世界で7大レギオンである《グレート・ウォール》に所属する奇抜なバイク乗り《アッシュ・ローラー》との熱戦を繰り広げ、勝ち星を上げる事ができ、喜ぶのもつかの間。

 その翌日にはハルユキを苛めていた証拠を掴まれ、学校を退学することになった荒谷という男が逆上して車でハルユキに突っ込んでくるし。一緒に居た黒雪姫が庇ってくれたおかげでハルユキはすり傷程度で済んだが、その代わり黒雪姫は意識不明の重体に陥ってしまう事件もあった。

 

 そして、黒雪姫がハルユキのような仲間を探していた最大の理由……《ブラック・ロータス》を幾度も襲撃した犯人、《シアン・パイル》の正体が昔ハルユキと仲違(なかたが)いしていた幼馴染黛 拓武(マユズミ タクム)で、意識不明となった黒雪姫の隙を狙って襲撃しに来たのを、たったレベル1のハルユキが撃退するなんて事もした。

 

 最終的にタクムも反省し、ハルユキ同様復活した《ブラック・ロータス》の元、新生《ネガ・ネビュラス》に加入してくれたし、未だ集中治療室を出れない黒雪姫に変わってまだまだ新人であるハルユキのアバター《シルバー・クロウ》のレベリングや、《ブレイン・バースト》のノウハウを教えてもらうなど、昔と同じような……いや、それ以上の深い仲になる事が出来たのは不幸中の幸いといった所だろうか。

 

 そんな訳で今は動けない黒雪姫のためにハルユキは、タクムとたった2人だけでレギオンの領土を増やしている途中なのだった。

 

 

 

 

 しかし、この嬉しいことや驚いたことなどの喜怒哀楽が駆け抜けていった2週間だったが、今ほど絶望した瞬間は無かっただろう。

 

 なぜなら今《シルバー・クロウ》の残りバーストポイントが“8”になってしまったのだから。

 

 

 初心者が陥り易いこのゲームの注意点の1つとしてレベルアップ時のポイント残量に注意しなければいけない、というものがある。

 経験値が溜まれば自動的にレベルアップするゲームや、手動でレベルアップする方式のゲームでも普通、消費した後の経験値残量なんて気にはしない。無くなっても困らないからだ。

 

 だが、ゲームをプレイするにも、レベルアップするのにも、物資をやり取りするのも……そしてゲームオーバーの判断も全てバーストポイントを使う《ブレイン・バースト》でポイント残量は何よりも気を使わなければいけないものである。

 特に、消費する前よりも消費した後をよく考えなければ、首を絞めたのは自分自身、となってしまう場合もあるのだ。

 

 今ハルユキの元に訪れた《ブレイン・バースト》を失ってしまう可能性も、今までのゲームの感覚でレベルアップしてしまったハルユキの責任でもあった。

 

 

「ど、どうしよう……タク……」

 

 先ほどまで一緒に戦っていた戦友――タクムに戸惑いの視線を向けるが、タクム自身もこの状況に陥ってしまった原因が自分にもあると責任を感じているところだった。

 

「クソッ! ……ボクは、バカだ! レベルアップするときは安全値(マージン)を取らないといけないなんて最初の最初に教えるべきことだったのに!」

 

 ハルユキの自宅にて椅子に座っていたタクムは自傷するように拳を自分の太ももに叩き付けた。

 バシンッ! と肉と骨のぶつかる音が部屋に響き、ハルユキは思わず首をすくめてしまう。つい最近までその音を自分の体で聞いていたハルユキにとってそれは未だ慣れることの無い不快な音だったのである。

 

 その様子に我に返ったタクムは思わず謝ってしまう。決して幼馴染兼親友のハルユキを怖がらせるつもりではなかったのだ。

 

「ご、ごめんハル。そんなつもりはなかった……」

「いいんだよタク。それよりもこれからのことを考えよう。さっき図書館でリカバリーする方法があるってタクは言ったけど……。

 あっ! タクのポイントをわざと負けることで譲り渡そうって言うことならオレは承諾しないぞ!」

 

 ハルユキとタクムはつい先刻までバーストリンカー賑わう新宿区でタッグ戦を繰り返していた。

 そこで次のレベルにあげられる程度のポイント、308ポイントを手に入れたハルユキはその場で300ポイントを消費してレベルを上げてしまったのだ。

 

 その危険性を素早く理解したタクムは万が一にもグローバルネットに接続しないようにハルユキの首からニューロリンカーを奪い取り。続いてその行動の理由を察知し、青い顔になったハルユキを連れ、自宅のある杉並まで戻ってきたのである。

 その途中、ハルユキに希望をもたらす言葉を告げて……。

 

 しかし、その内容はハルユキ自身が言った八百長によるポイント譲渡、話をする前に断わられてしまったタクムは動揺を隠せなかった。

 

「で、でもこれ以上安全な方法は無いんだよ!?

……それとも、ハルはぼくを信じきれない? そうだよね、いくらポイントが枯渇寸前だったせいで錯乱していたからといって、キミの《親》である黒雪姫先輩を追まわし、さらにはハルにも、チーちゃんにも酷いことをしたぼくの事なんて……」

 

 タクムはハルユキたちの仲間になる前に過ちを1つ犯していた。

 他人のニューロリンカーを遠隔操作できる様になるウィルスを、もう1人の幼馴染である倉嶋 千百合(クラシマ チユリ)に仕掛け、プライベートを破壊し、チユリのニューロリンカーから加速世界に入ることで姿無き襲撃者として黒雪姫――《ブラック・ロータス》を襲い続けていたのだ。

 ハルユキの説得によってその行いを深く反省したタクムだったが、その心の傷は自己犠牲を苦と思わなくなるほど深くなっているのだった。

 

「ち、違う! そんな理由じゃないんだ! オレは友達であるタクを一方的に殴り続けることに納得することが出来ないんだよ」

「そんなこと言ってる場合じゃない! ポイントが枯渇寸前となったプレイヤーがまともな精神でいられるわけが無いんだ! 焦り、恐怖、視野狭窄に陥りバトルでも十全に実力を発揮できない。そのことはハルもよく知ってるだろう!」

 

 目の前の人物がそうだったんだから。タクムの言葉に出さない言葉はハルユキに十分伝わった。

 そして、その状態から引き上げてくれたハルユキ自身がその状況に陥ってしまうことに耐えられないのだろう。タクムはハルユキに無理やりにでも対戦を行なってもらうつもりだった。

 

「でも! それでもオレはいやだ!」

 

 上手く言葉に言い表せていないが、ハルユキの信念のこもった台詞にタクムは目の前の人物が一度言ったら聞かない性格の持ち主だということを思い出す。

 その真っ直ぐさのお蔭で自分が地獄から抜け出すことが出来たという事も……。

 

 タクムは未だ自分を涙目で睨みつける幼馴染を見て、呆れたようにため息をつくと、もう1つの案を提案するのだった。

 

「なら、残る方法はひとつしかない。

 

 『用心棒(バウンサー)』を雇うんだ」

 

 

 

 




作者言い訳

 大変遅れてしまいました。すいません仕様……いえ、私用です。

 多分これから今回の話のようにマサト側の話とハルユキ側の話を交互に出しながら物語を進展させていくと思います。
 何事も始めての経験ですから拙い点が多々あると思いますが。そのときはご指摘まってます。

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