アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第22話 《用心棒》

 

用心棒(バウンサー)

 

 それは2年ほど前から現れた新人救済を主な活動としているバーストリンカーの通り名である。

 レベル1、またはレベル2限定でポイント残高の(あや)うくなったプレイヤーとタッグを組み、安全圏まで護衛してくれる歴戦練磨の強者であり、その成功率は100パーセントとまで言われている。

 

 なら、その者は超高レベルのハイランカーであるかと問われればそれは違う。

 用心棒のもう1つの通り名《唯一の一(ザ・ワン)》の名が指すとおり彼女のレベルはなんと“1”。最弱とも言えるその状態で数々のアビリティを使いこなし、錯乱状態の初心者(ニュービー)たちを守り通す唯一の守護神であった。

 

 しかし、彼女を頼るのはそう簡単なことではない。

 依頼人の数が膨大で依頼をしても断られやすい、ということではなく、彼女を雇うための対価が甚大なのだ。

 その対価はバーストリンカー最大のタブー《リアル割れ》。つまり、自分自身を担保にすることでようやく用心棒を雇うことが出来るのである。

 

 《ブレイン・バースト》を失うか、それとも(のち)の禍根を残してしまうか、その二者択一の答えられる者はそう多くない。

 

 

 その選び難い選択を突きつける、冷徹かつ、味方につけたら心強いその用心棒。その名前は――

 

 

 

 

 

 

「あ、貴女が《アクア・カレント》さん……なんですか? 《用心棒(バウンサー)》の……?」

 

 ハルユキはテーブルの対面に居るメガネをかけた女性にオドオドと話しかけた。

 目の前の彼女はハルユキの様子など意にも返さず、注文していたダージリンで喉を潤している。

 

 今、ハルユキたちがいる場所は『本屋の町』神保町。そこにある一店のカフェテリアの中だった。先日、ハルユキはリアル割れをしてまでも、この先黒雪姫と共に《ブレイン・バースト》を続けていくという覚悟を宿し、《アクア・カレント》に用心棒をお願いする旨のメールを送った。すると相手は集合場所としてここを指定してきたのである。

 

 ハルユキが店に着き、通された席には最初、7インチほどの黒いタブレットが置かれているだけだった。

 ニューロリンカーが普及してからはお役御免となったこの類いの携帯端末はもう通常の店頭では販売されておらず、秋葉原にあるようなマニアックな電子端末専門店みたいな場所でしか御目にかかれないくらい“レア”な商品である。

 しかし、値段も手ごろで、ニューロリンカーから遠隔操作が出来てかつ、使い捨てにも出来るこの端末はこれから使う要素にはピッタリの物ではあった。

 

 そのタブレットに表示された指示に従い、自分の名前を入力し写真を撮ると、設定されていた自動シークエンスが働いたのか、その写真がどこぞへと送信されてしまう。変わりに対戦開始予定時間が送られてきた。

 

 これでもう後戻りが出来ない。ハルユキはその事をじんわりと心の中で自覚する。

 ……そう、自覚したまではよかったが、その緊張によりトイレに行きたくなってしまった。ハルユキはまだ対戦開始の時間まで猶予があることを確認すると席を立ち店内にある化粧室へと急ぎ早に駆け出すのだった。

 

 しかし、そのせいで実は同店内にいた現実(リアル)のカレント本人と偶然に接触してしまい、気まずい雰囲気で席を同じくするようになってしまうなんて……本人はもちろんカレントも予想だにしていないのであった。

 

 

 

 

 まるでハルユキの言葉が聞こえて無いかのように無視をするカレントから謎のプレッシャーをビシビシ感じながらハルユキ自身も注文していたオレンジジュースを一息に飲み込んだ。

 本来なら一方的にリアルを割ることが報酬なりえるというのに、双方にばれてしまったらただの痛み分けでしかない。もしかしたら用心棒の話は無効となり、自分はこのまま店を追い出されてしまうかもしれないとハルユキは考えた。

 

 そうなったらどうしよう……。不安や焦り、混乱のせいで空となったコップとカレントを交互に見比べながらしかし、ハルユキはカレントの言葉を待つしかないのだった。

 

「……これ」

「は、はいッ!?」

 

 長い間待たされた挙句、カレントの言葉はたったひと言。

 そして同時に出された長いケーブルにハルユキは完全にテンパってしまう。

 とりあえず差し出されたケーブルを慌てて掴むハルユキを見ると、カレントはケーブルの先端を自分のニューロリンカーにくっ付けた。もちろんケーブルが伸びる先、もう1つの先端はハルユキの丸まった手が握りこんでいる。

 

 もしかしなくても『直結』!?

 それが意味することを中学生のハルユキは知っているし、店内に居た他の中高生の客もハルユキたの様子を興味深そうに眺め始めていた。

 出会ったばかりの異性と何の(はばか)りも無く直結する事をハルユキができるわけも無く、ただただカレントの首につながったケーブルを右に左に揺らすだけしかできない。

 

「早くして……」

「…………はい」

 

 しかし、その動揺もカレントの情け容赦ない催促の言葉によって呆気なく吹き飛ばされてしまうのだった。

 カレントの言葉にこもった、有無を言わせない強制力はハルユキの《親》にして白黒ハッキリつけるタイプである黒雪姫が怒った時の……『極冷気クロユキスマイル』を浮かべたときの気配によく似ている。

 

 そこまで考えたところで目の前から発せられる怒りの気配がピーク値上昇を続けているのを肌で感じ、ハルユキは、えいっ! っと気合を入れて一気呵成にニューロリンカーにケーブルを接続するのだった。

 

『ようやく落ち着いて話すことが出来るの』

 

 直結するとほぼ同時、ハルユキの頭の中に声が響いてきた。

 その繊細で可愛らしい声はハルユキ自身が脳内で考えていることではない。目の前の人物から直接脳内に送られてきたものだ。

 『思考発声』、直結してまでカレントがしたい事とはそれだった。

 

『あの……どうして直結する必要があったんですか?』

 

 ハルユキは自分の思った疑問を素直に相手に送るが、返ってきたのは怒気とキラリと光が反射するメガネの輝きのみ。

 襲い掛かってきた恐怖に首を竦ませ謝るハルユキに、カレントは実際にため息をついてからハルユキにその理由を説明してきた。

 

『《ブレイン・バースト》のことを少しでも外部に知られたくはないの。それほどこのゲームは秘匿性が高いということなの』

 

 たしかに何も知らない一般人がこのゲームに興味を持たれても困るし、万が一この場に他のバーストリンカーがいるとも限らない。そしたらもっと困る。

 それならば直結した方が精神的にも安心できる……のか? などとハルユキが考えていると、カレントはふと体の力を抜いてハルユキに話しかけてきた。

 

『今までの様子を見る限り、わたしの正体を見破ったのはわざとではなく、本当に偶然……クロウは噂どおりただのおっちょこちょいだったの』

 

 その噂とやらを詳しく聞きたい衝動に駆られるが、今までの流れから碌な事を言われる訳が無いない。グッと我慢する。

 しかし、その噂のお蔭でカレントの警戒が薄れたのだから“良し”としようそうしよう。ハルユキはそう無理やり納得するのだった。

 

『では、予定より時間が過ぎてしまったけれど、仕事を開始するの。

 これからタッグ戦を繰り返しあなたのポイントが安全圏……50ポイント程度になるまであなたのことを護衛する。わかった?』

『はい! 大丈夫ですカレントさん!』

『これからは《カレン》でいいの。こちらも《クロウ》と呼ぶから』

 

 

 その後、ハルユキはカレントが冷静そうに見えて、高レベル者に迷いなく挑むような豪胆の持ち主だということに驚いたり(実際はレベル差によるポイント移動を冷静に考えた綿密なものだったが)、本当にカレントがレベル1で、それでもクロウを守りながらレベル3やレベル4を手玉に取れるほどの実力があるということに感動を覚えながらタッグ戦を続けていくのだった。

 

 

 

 

 挑戦すること1回、乱入されること1回の2戦を経てハルユキのポイントは約40ポイントまで回復する事に成功する。

 戦闘によって緊張した体を解しながらハルユキは目の前の彼女と少し会話しようと試みた。

 

『やっぱり凄いですねカレンさん。僕も何度かレベルが上のリンカーに勝ったことはありますが、それでもいっぱいいっぱいで偶然勝ち取れた、なんて戦いしかなかったのに……カレンさんはレベル1でも余裕で戦えるんですね』

 

 それは純粋な尊敬からの発言だった。いかに流水装甲という特殊な力の持ち主だといってもレベルキャップ(上限)が10と低いこの《ブレイン・バースト》で1つのレベルは大きな溝を生む事となる。

 それすら飛び越えてしまう実力を持つカレントは本当に何者なのか、ハルユキの興味は尽きなかった。

 

『わたしには経験という大きな武器があるの。こうやって用心棒をやっていると色んな能力を持つアバターと戦える機会に恵まれていくの。それで培われた臨機応変な心持ちが戦闘に余裕を持たせてくれる……なの』

『へぇー! やっぱりカレンさんは結構な古参のバーストリンカーなんですね。一体どの位続けてるんですか?』

『それは……』

 

 どこか言いにくそうに言葉を伝えるカレントの様子をハルユキはそれ以上見ていられなかった。

 なぜならば視界一面に

 

 【HERE COMES 

    A NEW CHALLENGER!!】

 

 という文字が現れてしまったのだから。

 つまりひと時の休憩は終わり、次の対戦の時間が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 次の対戦ステージはシトシトと粒の細かい雨が降り注ぐ《霧雨》ステージだった。

 このステージは視界があまり良くなく、レーザーを初めとする光学系攻撃はその威力を弱めるので赤系統のアバターからは特に嫌われているステージだ。

 それに限らず加速世界では傘もさせず、水がしっとり肌に張り付く不快感は、多くのプレイヤーがいい顔をしない。

 

「あっちゃー、やなステージに当たっちゃったわね」

 

 現に対戦者からも否定的な声が上がっていた。

 思っていたよりも近くから聞こえる声に《シルバー・クロウ》となったハルユキは警戒しつつ敵の方へと目を向ける。だが、その姿を目に入れた瞬間、クロウはバイザーの奥にある自分の目を擦りたくなる衝動に駆られてしまうのだった。

 

 なぜなら対戦者の体がすでに燃え始めていたからだ。

 開始早々、状態異常(デバフ)にかかってしまったのかとクロウは考えるが、ステージ特性からはもとより、クロウも、カレントも相手を火達磨にするような必殺技またはアビリティを持っていない。

 

 ならば、どういうことか? クロウが心を落ち着かせ、よく対戦者を観察してみると、体全体が炎で燃えているのはアバターそのものの特性だということがわかった。

 轟々と未だ消えることなく体が炎に包まれているのに、相手のHPゲージはこれっぽっちも減り始めていないのを確認したからである。

 

 クロウがそのゲージの下、アバターの名前を見てみるとそこには《フレイム・ゲイレルル》の文字が……つまり、彼女もまたカレントと同じく、定型色を持たない装甲を持つものなのだろう。ハルユキはそのことが解ると、相手は挑戦者だというのにホッと、安心してしまうのだった。

 

「あなた……どうして……」

 

 手のひらで天板を作りながら空を眺めているゲイレルルの姿を睨みつけながらクロウの隣にいたカレントは声を上げる。

 どうやらカレントは目の前の人物を知っているらしい。

 

「ああ、カレント。ちょっとあなたにお願いしたいことがあってね……」

「イヤ。それに見てわからない? いま“仕事中”なの」

「いいじゃない、ちょっと話を聞くだけでも……」

「イ・ヤ!」

 

 ……訂正。両者はお互いの事を知っているが、仲はすこぶる悪いらしい。

 その様子が今のやり取りで簡単にわかった。

 

 仕事中、と言われカレントから指差されたクロウは相手からも注目されたようだ。ゲイレルルから視線を向けられる。

 

「……って、あれ?」

 

 ……視線を(むけ)けられたはいいが、あちらにとっては自分と言う存在がここに居るということ自体が驚きだったようだ。目を2、3度瞬かせ、それからもう一度、まじまじとクロウの体を眺められてしまった。

 

 どうしたことか、ゲイレルルはうーんと、頭を捻ってから足元に居るもう1人の人物へと話しかける。その声は小さく、クロウたちの方までは聞こえないが、どうやら自分が居ることで何か計画が狂ってしまったのだろうか。

 

 それにしてもゲイレルルの隣にもう1人アバターが居たということをクロウは始めて気がついた。

 なぜだろうか……。《霧雨》ステージの視界が悪いという事もその原因ではあるが、何よりそのアバターの身長がとても低いせいかも知れない。

 女性型アバターの中でもゲイレルルは身長の高い方だが、それでもクロウと同程度でしかない。そのゲイレルルの腰まで届かない身長なのだから全長100センチも無いだろう。

 

 しかし、あんなアバターは初めて見る。ずんぐりむっくりの濃紺ボディ、パタパタと動く羽、黄色いくちばしは丸くて触ると気持ちよさそうだ。

 どう贔屓目に見ても戦闘には適していないだろうペンギン型のアバターにクロウは大いに戸惑った。

 

「あのー、カレンさん。あのゲイレルルさんの隣に居るアバターのことを知ってますか?」

 

 クロウは歴戦練磨のカレントならば何か知ってるかもしれない、そう思って聞いてみるがカレントの返答は“呆れ”だった。

 

「あんなデュエルアバターが居るわけないの。

 あれは観戦用“ダミーアバター”。挑戦者はルル1人だけ」

 

 その言葉を聞いてクロウはようやく引っかかっていた疑問に思い当たった。

 なにか違和感があると思ったが、あのペンギンアバターの分のHPバーが頭上に表示されていないのだ。タッグを組んでいるカレントの名前はクロウのHPバーの下に表示されていると言うのに。

 

 もっと注意深く観察していればゲイレルルの名前を見たときにそのことを見抜けたに違いない。カレントの呆れも尤もだ。

 そもそも“ダミーアバター”の存在も自分は知っていたではないか。普段VRで使っているアバターも、ブレインバーストのダミーアバターも同じ姿にしてしまっていたからこそ黒雪姫はタクムにその正体を見抜かれ、リアル割れをしてしまったのだから。

 

 しかし、それならそれでまた疑問に思い浮かぶことがある。クロウは後学のためにカレントに尋ねてみることにした。

 

「で、でも観戦用って事は《ギャラリー》なんですよね? じゃあどうして僕たちと同じ地面の上に立ってるんですか? 《ギャラリー》っていったら……ほら――」

 

 クロウの視線の先は上。建物の上に並んでいる対戦を見学している《ギャラリー》達だ。

 

「ああいう風にこちらには来れないんじゃ……

 それにあのペンギンが《ギャラリー》ならゲイレルルさんは1人で僕たちに挑んできたって事ですか?」

 

 このままじゃ2対1で戦うことになってしまうが、それって可能なのだろうか?

 初心者と組むことが多いからこの手の質問に答えることもお手の物なのだろう。クロウの疑問にカレントは嫌な顔をせず答えてくれた。

 

「確かに《ギャラリー》は故意に対戦者の居るフィールドに下りてくることは出来ない。でも例外はあるの。それは対戦者の《親》、または《子》であった場合。そのときは加速する時に近くに居れば対戦者の近くに現れることが出来るの。

 次の質問だけど、その通り。向こうの対戦者は1人。正確に言うならこの対戦は《タッグ戦》じゃなくて《チーム戦》、人数の少ない方の全員の許可さえ得れれば2対1でも5対4でも可能になるの。昔は色んなところで行なわれていたけど今は《領土不可侵条約》もあるから……」

 

 最後、カレントは言葉を濁したが、確かに他のレギオンの連中がチームを組んで5人も10人も一斉にやってきたらそれは侵略を疑ってしまう。

 お互いを不干渉にすることで微妙なバランスを取っているこの加速世界で疑惑をかけられた場合、残った他のレギオンから集中攻撃を受けてしまう可能性もあるんだ。

 数の暴力。その怖さを実際に知っているクロウは急に体が冷たくなりブルリと体を震わせてしまうのだった。

 

「それに、相手が1人でも油断しない方がいい。相手は7大レギオンの1つ《スーパー・ヴォイド》の幹部」

 

 《スーパー・ヴォイド》。クロウは幼馴染から聞いていた加速世界の知識を思い出す。アバターの色による特色の違い、フィールド特性の違い。そして各レギオンの特徴も習っていた。

 

「たしか、騒ぐことが好きで、団長主導で厄介事を持ってくるって言う……」

 

 荒谷達のような馬鹿騒ぎする不良集団を思い浮かべ、絶対に自分とは感性が合わないだろう想像上のヴォイド団長にクロウはうへぇ、と舌をだした。

 団長からしてそれなのだから目の前のゲイレルルも女番長――いわゆるスケ番のような人なのだろう。もしかして勝っちゃたりしたら後で1人の時にお礼参りとかされちゃうのだろうか。

 

「……まあ、おおむねその通りなの。でも相手が1人だと言って油断しない方がいい。だって、相手のレベルは8だから」

「“8”!? 事実上レベル9が最高レベルであるこの世界で8なんですか!?」

 

 嘘だ! とビックリするクロウにカレントは無情にも無言で肯定する。

 レベル8の相手に初心者である自分とレベル1であるカレンさんが挑むぅ!?

無謀ともいえるその挑戦にしかし、カレントは一筋の希望をクロウに与えてくれる。

 

「大丈夫。他のレベル8と違ってルルには弱点があるの……」

「こっちの話はまとまったわ! せっかくだからこのまま一戦やりましょう!」

 

 その弱点って何ですか! クロウがそう問いかける前にゲイレルルの言葉が遮ってしまう。

 向こうはもう用意万全のようでいつの間にか取り出したのか強化外装だろう炎の槍を轟々と振り回していた。回転が速すぎて大きな円盤を持っているようにも見える。

 

 クロウは今からでもその弱点とやらを聞き出そうとカレントに顔を向けるが――

 

「余所見は禁物……なの!」

 

 カレントに押され踏鞴(たたら)を踏むが、さっきまでクロウがいた場所に炎の槍が突き刺さる。

 あの一瞬でゲイレルルの攻撃がこちらを襲ったのだ。

 

「攻撃は全部わたしが捌く! クロウは攻撃に専念して!」

 

 カレントの指示が出ると同時にクロウはゲイレルルに向かって飛び出した。遠距離攻撃を持つ相手に距離を取るなんて事は考えてはいけない。

 カレントもクロウに追随してくれる。だが、敵であるゲイレルルが黙って見ているわけがなく……。

 

「来たわね! それじゃあこれはどうかしら? それっ! えいっ!」

 

 ゲイレルルは先ほど投擲した槍と同じものを両手から生やし、クロウとカレントに一本ずつ放ってきた。しかし、まだ距離がある今、投擲する瞬間さえ見ていれば回避することも可能。

 クロウは殆んど真横に飛ぶようにして攻撃を避けるが、それでも槍の持つ熱風が肌を舐める。

 

 しかし、そんなことに構っている場合ではない。再びのダッシュでクロウはゲイレルルとの距離をさらに詰める。これで槍を飛ばす時間は無いはず。

 

「ふんふん、スピードはなかなかのものね……」

 

 ゲイレルルの言葉と共に接近戦になることが解ったのだろうペンギンのアバターが、邪魔にならないように とてちてと建物の影に隠れていった。

 それを端目に確認しながらもクロウは決してゲイレルルから視線を外さない。

 ゲイレルルはまた1本の槍を生み出すと、体全体を使って槍を回転させ、遠心力を伴った一撃を振りかぶった。

 

「クロウ! 飛んで!」

 

 カレントの号令のままクロウはゲイレルルの頭上へと飛び上がる。ゲイレルルの槍が自分の足元を通過する様子を見ながらカレントへと注意を向けると、カレントは倒れこむかのように体と地面を接近させていた。

 しかし、カレントの前進は止まらない。体を覆う流水装甲を循環させて、まるで“コロ”の上を進む荷物のように自分の体を前へ進めているのだ。

 

 これでゲイレルルに上下から同時に攻撃できる! 両方の攻撃を裁くのはいかにレベル8といっても至難の業だろう。クロウはゲイレルルの隙だらけの頭上に蹴りを放つ。

 

「なかなか、やるわね!」

 

 ゲイレルルは切れ切れにそう言うと、なんと槍を振りかぶった姿勢のまま後ろにスウェーしていくではないか。まるで氷上をすべるスケート選手のような流れる動きにクロウは目を開いた。

 

「すいませんカレンさん。あんな絶好の機会を作ってもらったのに、足を掠らせるだけで精一杯でした」

「ううん、それでいいの。見て」

 

 カレントの指すゲイレルルのHPバーを見るとなんと先ほどの攻撃で相手のHPは1割も削られていた。クロウの攻撃は本当に足の先を当てた程度だ。同レベルだったとしてもこの半分も減ればいい方だ。

 なぜ……? そのクロウの疑問に答えたのはやはりカレントであった。

 

「これがルルの弱点。とあるアビリティによって彼女に10回攻撃を与えることが出来ればそれで勝てるの」

 

 そんな! ハルユキはゲイレルルのアビリティを理解するのと同時、驚愕と共に戦慄する。そんなハンデを背負って尚、彼女はレベル8という高みに上ったと言うのか! その数々の修羅場を想像しながらクロウは口に溜まった唾を飲み下した。

 

「でも、彼女の基本戦術は知っての通り遠距離からの集中砲火。さっきのは多分あなたのポテンシャルを計るために近づけさせた。これからはそう簡単に近づけないの。

 でも、今のわたしの遠距離攻撃(水 弾)じゃルルの装甲は貫けない。攻撃の要はクロウ……あなたなの」

 

 ゲイレルルを睨みつけながら小さな声で確認してくるカレントの言葉にクロウは覚悟を決める。先の2戦で自分はカレントに頼りっぱなしだった。ピンチに陥れば助けてくれたし、用心棒なのだからそれも当然だと無意識に思ってしまっていた自分を殴りつけたくなる。

 

 ――そんなんじゃダメだ! タッグって言うのはもっと頼ったり、頼られたり、相手の短所をカバーしあうような関係じゃないと!

 

 前を向いているカレントには見えていないだろうが、クロウはしっかりと頷き、自分がゲイレルルを倒すということを伝えた。

 気配だけは伝わったのだろう、カレントの口元が緩む。

 

「じゃあ、さっきのようにわたしは下から。クロウは上から攻める。いい?」

「大丈夫です!」

 

 レベル8のHPを1割も削ったのだ、クロウの必殺技ゲージは4分の1ほど溜まっていた。

 これなら“飛ぶ”のに十分!

 

「じゃあ、任せるの!」

 

 ゲイレルルが再び攻撃を開始するのと同時、カレントは地面を縫うように前進し、クロウは背中の装甲を展開、飛翔するために必要な輝く銀翼を大きく広げた。

 その翼はクロウの意思と同調し、2度3度羽ばたくと、クロウの体を空へと誘っていく。クロウは言葉に表せない開放感と共に宙へ飛び上がった。

 この瞬間だけは何度体験しても色あせない。この時のためだけに《ブレイン・バースト》をプレイしているといってもいい。

 

 未だ見慣れていない《ギャラリー》の感嘆の声をBGMにクロウは優雅に空を舞うのだった。

 

 

 

 




交互にやるといっておいて早速ハルユキオンリー視点に……これがダブル主人公の難しさか……。
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