アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第23話 手加減

 ふわりと華麗に空を舞う《シルバー・クロウ》の姿に、ペンギンアバターの姿見学していたマサトは静かに感動していた。

 

 ――あれがレイカーの……楓子の目指した世界……

 

 確かにアレを見てしまえばレイカーの方法は飛翔ではなく、跳躍だと考えさせられてしまう。

 決して解りたくなかった。これでは空を目指し、しかし、届かなかった楓子にこれからなんと声をかければいいのか。

 貴女が足を切り落としてまでした行動は全て無駄でした? そんな言葉が浮かぶ自分の頭を思いっきり殴りつけたくなる。この世界に意味の無いアバターなんて存在しない。レイカーがあの形をとったのだって何らかの意味があるはずなんだ。それさえ解れば……。

 

 マサトがあれこれ考えているうちに目の前の戦闘はさらに激しさを増していた。

 《アクア・カレント》を牽制しつつ、空に向かって対空射撃を続けていく《フレイム・ゲイレルル》。相手のポテンシャルを見つつ、適当に終わらせる。始める前はそう言っていたはずなのに今の様子を見る限り、そんなことすっかり抜け落ちているようだ。

 

 そもそも、どうしてこんな事になったのか。それはマサトがクロウの噂を聞きつけたところから始まった。

 今話題の《シルバー・クロウ》は制空権を上手く使いつつ、相棒の《シアン・パイル》と連勝を続けているらしい。このまま一気にレベルを上げていくだろうクロウに偵察(ちょっかい)を出すその前に、真の情報通である《アクア・カレント》から彼の情報が無いか聞いてみようと、いくつかあるカレントのホームを回ったところ神保町にて発見したのだった。

 自分が表にに出てきたら酷く話題になってしまうだろう(レベル9が他地区に行くと色々うるさいのだ)と考えたマサトはダミーアバターを使い、交渉はカンナに任せることにした。

 意外にもカンナとカレントは仲が悪い割には何回か連絡を取り合っているという話だったからだ。会うたびにいがみ合う2人の会話内容は想像もつかないが、これがケンカするほど仲がいい、ということなのだろうか。

 

 

 しかし、カンナがカレントのタッグパートナーの名前も碌に注意を払わず対戦を挑めばなんと噂のご本人の登場。カンナと相談した結果、面倒だからここで相手を調べ上げればいい。という話に落ち着いた。

 

 しかし、マサトの目から見てクロウはなかなかのポテンシャルを秘めていると感じていた。両の翼を使った旋回能力は高く、クロウ本人の反応速度もいい。そして、風に乗ったときの最高速度には目を見張るものがある。

 あれでまだレベル2なのだから、これから先、その特性を伸ばしていけば上位リンカーに食い込んでくるのは目に見えていた。

 これから先、強いリンカーの数は多ければ多いほど良い。彼をこちらのレギオンに引きこめないだろうか。

 そう判断したマサトはルルに指笛でこちらに注目するように合図を出した(傍目から見ればハネを加えるペンギンという滑稽な姿だったが)。

 

 指笛の音を聞き、こちらに視線を向けるルルにマサトはボディランゲージで自分の意思を伝えていく。堂々と《ギャラリー》のいる前で勧誘しろと叫ぶのは些か気が引けたためだ。

 

 空を飛ぶクロウを指差し、

 

 ――あいつを、

 

 自分の体をギュッと抱きしめる。

 

 ――勧誘しろ(抱き込め)!

 

 マサトのジェスチャーにルルは大変気持ちのいいグッドサインを出し、カレントに牽制を出しつつ、クロウに向かって両手を広げた。

 それはもう、無防備に、完全に受け入れる体制だ。

 

 ――ちっがぁーーう! クロウを抱きしめてダメージを与えるんじゃない!

 

 マサトは必死にハネを動かすが、すでに背中を向けているルルはマサトの動きに気がつかない。

 否定の声は普通に出せばいいと、当たり前のことに気がついたときはすでに遅し、もうクロウはルルに向かって超スピードで突進を開始してしまった。こうなっては迂闊に声をかけた方が危険だ。

 

 しかし、体をピンと伸ばし、一直線に伸びる銀の軌跡は美しい。

 ここが《霧雨》ステージであることが悔やまれる。もっと晴天の空の下、《月光》や《黄昏》のステージで見ればより心に刻み付けられただろう。

 

 天から降り注いだ銀の流星がルルの体を貫き、地面に着地する。

 並みのアバターならばルルの体に触れるだけでHPが減少するというのに、《シルバー・クロウ》にその様子は無い。さすが《メタルカラー》ということはある。そして、ルルのHPは残り8割。その様子を見て、クロウ本人もこのまま接近戦を続けた方がいいと判断したのか、立ち上がると同時、ルルの首を刈り取るような後ろ回し蹴りを放った。

 

 しかし、ルルも並みのリンカーではない。半浮遊型の特性を使いつつ、すべるように後ろに下がり、攻撃をかわす。

 距離を取ろうとするルル、距離を詰めたいクロウ、その一進一退の攻防は目が離せない。

 

 そこで1歩引いた立場から見ていたマサトは気がついた。

 クロウに注目しつつ後ろに下がるルルの背後にカレントが忍び寄ってきていたのだ。ルルはまだその存在に気がついていていない。完璧な挟み撃ち。

 まさか、クロウはこれを狙ったのか、それとも偶然そうなったのか、それは解らないが、これでクロウ組は優位に立つ。

 

 カレントが背後に立ち、ようやくその存在に気がついたルルだったがもう遅い。2人の同時攻撃により攻勢を崩したルルは劣勢に陥った。

 

「ああ! もう、この手はあんまり使いたくなかったけど!」

 

 前後からの攻撃を同時に対処しきれないルルは奥の手とも言える手を繰り出した。

 

「プロ……じゃなかった。紅炎!」

 

 《ブレイン・バースト》に珍しく漢字名義の技名を叫ぶとルルの体――胴体から2本の槍が飛び出てくる。突然の奇襲に驚いたクロウとカレントは思わず飛びのき、ルルとの距離が離れてしまう。

 

 ルルの愛用する強化外装(フロッティ)はルルの体ならどこからでも生み出す事ができる特殊武装だ。

 しかし、ルルは普段から武器を手のひらから取り出している。それは取り出してから投げるまでのタイムロスを減らすためでもあるし、今のような囲まれた時の奇襲用として隠し通しているためだ。

 そもそも、遠距離攻撃特化型のルルがそこまで接近されることがまず稀であるし、この技を考え付いた時の技名が《赤のレギオン》にすこぶる不評だったことから意識的に封印されている面もあるのだが……。

 

 

 隙あり、とすぐさまクロウに接近し、近距離戦闘を仕掛け一点突破を図るルルであったがクロウも負けずと食いついていく。

 熱風吹き付けるルルの近くで格闘戦を行なうと、その熱さから集中力とHPが徐々に削られてしまうためルルも決して接近戦が不得手というわけではないのだが、メタルカラーであるクロウにはどちらの効果もいまいち発揮できないようだ。

 

 結局、純粋な格闘戦でも1歩及ばず、ルルはクロウに残りのHPを全て持っていかれてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

『やった! 勝ちました! 僕たちレベル8のゲイレルルさんに勝ちましたよ!』

 

 戦闘も終了し、現実世界に戻ったハルユキは飛び上がらんばかりの感動を目の前の少女に伝えるが、その当人はあまり喜んで無いようだった。

 その様子に、ハルユキのテンションも徐々に落ち着き、腰を落ち着ける。するとカレントからハルユキに少し嗜めるかのような小言をもらってしまうのだった。

 

『あまり浮かれるのは危険なの。あの戦闘、向こうは本気じゃなかったの』

『えっ!? 何でですか?』

『まず、ルルの戦法は槍投げによる遠距離攻撃。これはさっきの戦闘でも使ってたけど本来なら《フレイム・ランス》という必殺技による投擲を行なうはずなの。それはシステムアシストによって威力も、速度も段違いの攻撃。でも彼女は1回も使わなかった……なの』

 

 確かに、ハルユキは言われて先ほどの戦闘を思い出すが、相手が必殺技を使った様子はなかった。しかし、それはこちらも同じこと。しかし《シルバー・クロウ》の必殺技は《ヘッドバット》であり、カッコよさも使い勝手も悪いことからハルユキはこの技を封印しているという情け無い理由なわけなのだが。

 

『それに不自然にこちらの攻撃を受けるような場面も多くあったの……』

『そう言われれば両手を広げて隙だらけなポーズをとってましたね』

『それに最後は不利な接近戦を無駄に続けていた……。つまり、向こうは最初っから負けるつもりだった、ということなの』

『そ、そんな! 何でそんなことを!』

 

 舐められた……。ハルユキが唯一得意にしているゲームというジャンルで。

 いくらレベル差が大きく、相手も本気でやれば一方的にやられてしまうのかもしれない、だからといってこちらが全力で挑んだのに相手はお遊びだったなんて……。それだけでハルユキはお遊び好きのヴォイドの幹部だという《フレイム・ゲイレルル》を強く恨んでしまう。なけなしのプライドを馬鹿にされたと感じたからだ。

 

 膝の上でギリリ、と手を強く握るハルユキに申し訳なさそうな顔をしながら謝ったのは何故かカレントだった。

 

『多分、わたしに原因があるの。向こうの用事を今忙しいからと断わった。あなたを守るという使命があったから』

『それとこれと何の関係があるんですか!』

『チーム戦はタッグ戦と同じ、双方のレベル差によってポイント移動の値が変わる……つまり――』

 

 クロウとカレントのレベルは合わせて3。レベル8のゲイレルルとは5の差があるから……。

 

『あっ!』

 

 そこまで考えて、ハルユキは自分のバーストポイントの残高を確かめる。

 すると先ほどまで40だったポイントがいつの間にか90まで回復していたのだ。

 つまり、先ほどの戦闘で50ものポイントが手に入ったことになる。たった1回の戦闘でこれほどのポイントが移動するとは……。

 

『そう、仕事が終わればわたしも暇になる。だから彼女はわざと負けた……。

 あと、彼女はああ見えてお節介なところもあるから、ポイントの危ういあなたを心配したのかも』

『そう、ですか……』

 

 あの時、ハルユキのポイントはカレントのお蔭で少し余裕があった。でも、万が一、ゲイレルルとの戦闘が最初に来ていたら? そして相手が全力で挑んできて負けてしまったら? そのときハルユキのポイントは僅か“3”となり、成功率100パーセントと言われていたはずなのに失敗したカレンさんを信用できなくなり、次の戦闘で自暴自棄になっていたかもしれない。すると最悪は……。

 そう考えると顔が青く染まってしまうハルユキだった。

 

 先ほどとは違う感情で震える手を思いっきり握り締める。

 でも……、それを踏まえたうえでハルユキはもう一度言った。

 

『それでも、手加減されたことには怒りがわいてきます。どんな理由があろうとも僕は全力で相手をしてもらいたいって思ってますから!

 …………ですから! 今度はもっと強くなって、1対1で清々堂々、本気で戦って、そして勝ちます!』

 

 ハルユキの真っ直ぐな目にカレントは微笑んだ。馬鹿にするような嘲笑ではなく、慈しむような、大きく成長した子供を見るような、祝福の微笑だった。

 

『それがいいの。その時が来たらわたしも誘って欲しいの。ルルの悔しがる顔をじっくりと見るチャンスだから……。

 それに今日は彼女の奥の手……裏の手ともいえる技を見させてもらえたのは感謝してるの』

 

 一転して悪い笑顔を受けべるカレントにそういえば2人は仲が悪いんだったとハルユキは思い出すのだった。

 

 

 

 

『じゃあ、あなたのポイントも回復したし、今日はここまでなの』

『あっ! はい、今日はありがとうございましたカレンさん! とても助かりました』

 

 カレントの宣言にハルユキは深く頭を下げる。最初は不安だったが、こうしてタッグを組んでみるとどうしてカレントへの依頼がなくならないのかよく解る。

 始めて組む相手だというのに、カレントには絶対的な安心感があるのだ。この人なら安心して背中を任せられるというような……。これが本来のタッグのあり方なのだろうか、タクムと組んだときに実践してみよう。

 と、ようやくそこでこの神保町に一緒に来てくれた本来の相棒、黛 拓武のことをハルユキは思い出した。

 

『す、すいませんカレントさん。僕、近くに友人を任せているのでもう帰りますね……』

『少し待つの……』

 

 もう一度カレントに頭を下げつつ、ニューロリンカーに刺さったケーブルを抜こうとすると制止の声が掛かる。その声に疑問を持ちつつ顔を上げるとカレントの瞳と視線が合った。

 ゆらゆら揺れる水のように底に見えない不思議な瞳。

 ハルユキがその目に見惚れているとカレントの小さな唇がゆっくりと動いていく。

 

   《バーストリンク》

 

 意識が仮想世界に移って行くなか、ハルユキはハッキリとその声を聞く。

 

『後払いの報酬をまだ貰ってないの……』

 

 

 

 

「お客様? 大丈夫ですか?」

「は、はい!?」

 

 ハッ、とハルユキが目を覚ますとそこはカフェテリア。傍らにはこっちを心配そうに見ている店員の姿があった。

 

「お加減悪いようでしたら救急車を呼びますが……」

「だ、大丈夫です! お、お会計お願いします!」

 

 

 なぜこんな所に来てしまったのだろう? カフェテリアのあったビルを見上げながらハルユキは今日の出来事を1つずつ思い出す。

 確か昨日、バーストポイントの残高が危なくなって……タクの薦めにしたがって用心棒を雇い……。

 

「そうだ! ポイント!」

 

 ハルユキが急いでコンソールを動かし、《ブレイン・バースト》のインストを操作するとそこには90ポイントまで増えるポイントがあった。

 

「そうだ……確か用心棒の人に助けてもらって」

 

 それで戦いが終わった後、その人とは別れたんだ。その後どうやら居眠りしてしまったらしい。ブレインバーストを失うかどうかの瀬戸際だったせいで昨日は碌に眠れなかったし、緊張が解けたせいで疲れがドッときたのかもかも……。

 

 どの位眠っていたのだろうか、ニューロリンカーに表示される時間を確かめる。

 ハルユキはそこで近くにタクムを待たせていたことを“再び”思い出した。

 

「ヤバイ! 結構待たせちゃってるかも。タク怒ってないかなぁ……」

 

 急いでタクムが待つといっていた近くの店に走り出そうとした瞬間、注意力が散漫になっていたせいだろうか、ちょうど前から来ていた人と肩をぶつけてしまう。

 

「あ! すすす、すいません!」

「ふふ、やっぱりおっちょこちょいなの」

 

 ぶつかった、メガネをかけた中性的な印象のある女性は怒っていないようで、謝るハルユキに微笑みを向けるとすぐに町の人ごみの中へと消えて行ってしまう。

 彼女の言葉に少しの疑問を覚えるが、その疑問もすぐに抜け落ちてしまった。まるで手のひらで掬った水が流れ落ちるかのように。

 

「なんだったっけ……あ、タクム!」

 

 そして、ハルユキは再び待たせている友人に向かって駆け出すのであった。

 先ほどの女性とは背を向ける形で……。

 

 

 

 

 

 

 ハルユキの記憶を《ブレイン・バースト》内で《心意》を使い、自分のことに関する記憶を忘れさせたあと、ハルユキと別れた《アクア・カレント》――氷見(ひみ) あきらはまだ神保町にいた。

 時刻は3時過ぎ、ハルユキとタッグを組んでいた昼ごろと比べマッチングリストに表示されるバーストリンカーの数は如実に少なくなっている。これが本来の神保町……ひいては千代田区におけるバーストリンカーの賑わいなのだが、土曜のあの時間が特別なのだ。

 

 千代田区の半分以上を占める進入不可能の皇居、そこはソーシャルカメラの範囲外でもあり、加速世界でも立ち入れないことを表していた。《無制限中立フィールド》においても《四神》によって中に入れないという現状は現実と同じといえる。

 そのため、他の地域よりも戦闘フィールドは狭く戦い難い。大半のバーストリンカーに不人気なのも仕方が無い。しかし、それでも自分の“ホーム”で戦いたいという人も居るわけで、休日の昼間だけは近くの学校に通っている……近所のバーストリンカーが集まってくるわけだ。

 

 

 そんなことを考えながらあきらは少なくなったリストの中、いまだ存在するバーストリンカーの名前をタップした。

 初期加速世界(ブルーワールド)が壊され、新しい対戦フィールドが作られる。

 感情の無い歯車が休むことなく回転し、温もりの無い鋼材が町を覆う。自然……特に水が存在しないそのフィールドに目を通した後、目の前に現れた対戦者を睨みつけた。

 

「それで、用事ってなに? 《フレイム・ゲイレルル》。

 わたしの仕事の邪魔をしたからにはそれほどの用件があった。そうでしょう?」

 

 ルルの隣にいるペンギンの中身に予想がついているあきらは事の重大さを覚悟しながら積年の付き合いがある人物に話しかける。

 しかし、返ってきた答えはなんとも呆気ないものであった。

 

「いや、もう何も無いわよ」

「……いま、なんて言ったの?」

 

 聞き間違い、それを願って再び聞き返す。

 しかし、現実は非情で……いや、ルルが無神経だった。

 

「だから、もう用なんてなくなったって言ったの! 私達の目的はあなたに《シルバー・クロウ》の情報が無いか聞きにきただけ。でもクロウ本人に出会えたんだから、すでにあなたには用済みってこと。わかった?」

 

 なんてこと無いように言うルルの言葉に、残っていた数少ない《ギャラリー》達はコソコソとバーストアウトしていく。カレントの放つ気配に怯えたせいでもあるし、この後起きるであろう惨劇に自身が巻き込まれないようにするためである。

 そしてフィールドは1分も経たない内にまるで《クローズドモード》に入ってしまったかのようにがらんどうになってしまう。

 残っているのは対戦者である《アクア・カレント》と《フレイム・ゲイレルル》。そして、ルルの近くで慌てているペンギンアバターだけであった。

 

「ルル、そんな言い方無いよ。ほら、カレントさんに謝って……」

「なに? 本当の事なんだからいいじゃない。それにこの娘、用心棒なんてやるくらい暇人なんだからこの程度なんでもないわよ」

 

 普段からでは想像できないほど棘のある言葉でカレントを傷つけるルル。どこまでいっても相性が悪いのか、相対すると思わず挑発めいたことをしてしまうのだった。

 

「……ウニ坊主」

「…………何ですって?」

 

 ポツリと、カレントが口にしたその単語にルルは眉を顰めて聞き返す。

 しかし、カレントはルルを相手にせず、その場で三角座りをするように蹲ってしまう。そして……。

 

「紅葉(こうよう)」

 

 流水装甲のあちこちを尖らせ、丸まる姿はまるで栗。秋に色付く紅葉(もみじ)と秋が旬である栗をかけたのだろう。

 その様子と自身の技の名をもじった言葉にルルはカレントが何を言いたいのか解ってしまうのだった。

 

「あなたねぇ! ケンカ売ってんの!」

「別にそんなことないの……」

 

 棘を引っ込め、何事もなかった様に立ち上がり、そっぽを向くカレントに嫌な笑みが浮かんでいることに気がついたルルは「上等!」と腕を振り上げ、ズンズンとカレントに近づいていく。

 

「待った、待った!」

 

 しかし、再びカレントを止めたのは青いペンギン。その小さな体を精一杯飛び跳ねながら自分を制止する姿にさしのもルルもたじろいでしまう。

 ルルが立ち止まったことを確認すると今度はペンギンがカレントの方を向く。そして柔らかそうな体をペコリと折って謝った。

 

「ごめんなさい、カレントさん。不快な思いをさせてしまいましたね」

「……ドラゴニュート」

 

 カレントの言葉にペンギン――《プラチナム・ドラゴニュート》は驚いた顔でカレントを仰ぎ見た。

 

「解ってたの? オレがドラゴニュートだって……」

 

 《ギャラリー》の名前は対戦者でも解らない。そうしなければダミー用アバターなんて意味が無いからだ。

 加速するのだってカンナがする直前までグローバルネットを遮断していたのだからマッチングリストにだって載ってないはず。それなのになぜ? ドラゴニュートはカレントに尋ねていた。

 

「そんなの簡単なの。1つ、ルルの《親》または《子》であること。そしてわたしはそのどちらも誰なのか知っている。2つ、ダミーアバターを使わなければいけないような人物であること。ここまでくれば9割方解ったようなものだけど」

 

 「最後に1つ」。カレントはルルを指差しその理由を告げる。

 

「そのお転婆姫を止められるのは後にも先にもたったひとりしかいないの……」

 

 その言葉にルルは「うぐっ」と体を仰け反らせ、ドラゴニュートは照れ隠しに頬を掻いた。

 

 自分の正体がどうして見破られたのかは解ったが、そもそも今はルルとカレントの仲の悪さをどうにかしようとしている途中だ。ドラゴニュートはカレントに対して申し訳なさそうに話を続ける。

 

「カレント、ゴメン。ルルと仲が悪いのは本当はオレが原因なんだろう?」

「はぁ?」

「何言ってるの?」

 

 突然のドラゴニュートの台詞に残りの2人は怪訝な表情を浮けべてしまう。それもそうだろう、なぜ2人の相性の悪さがドラゴニュートのせいになるのか、その理由は思い浮かばない。

 訝しむ2人を無視してドラゴニュートはその理由を語っていく。

 

「だって、そもそもカレントが憎んでいる相手はオレじゃないか! 《マグネシウム・ドレイク》をこの世界から消してしまったオレのことが!」

「それはっ!」

「その話をどこで聞いたの、ドラゴ!」

 

「始めてカレントと出会ったとき疑問に思ったんだ。誰とでも仲良くなれるルルがあんなに牙をむき出しにする相手がいるなんて、って。そしてその相手がこっちに一度も視線を向けないんだから、逆にこっちを意識してるんだって思った。

 それから、カレントが拠点としていた地区に行ったのは1年後、だったかな。カレントの事を覚えているリンカーは少なかったけど、話を聞くことは出来たよ。

 

 カレント、キミはドレイクと仲がよかったそうだね。それも、《親》と《子》のように……」

 

 ドラゴニュートの言葉にカレントは唇を噛んで顔を(うつむ)けた。

 思い出したくない、忘れられない思い出を無理やり掘り起こされたからだろう。しかも、その思い出を奪った張本人から。

 

「……“ボクは”数多くのプレイヤーをこの世界から追い出してきた。そのことを後悔はして無いし、謝るつもりも無い。でも、ボクのせいでルルを責めるのは止めてくれないか」

「……違う」

「そうよ、ドラゴ。それは違うの!」

「違わないさ! 加速世界で《親子》の関係は何よりも重いものだ! 頼るべき存在を奪われた人が抱く感情も当然ね! でもそれは奪った張本人に向けるべきで、決して復讐の対象を違う人に向けちゃいけない!」

 

 復讐の方法というのは大きく分類すればそう多くない。

 本人に直接危害を与えるか、本人が大事にしているものに危害をあたえ、本人を後悔させるか、だ。

 今、この瞬間までドラゴニュートはカレントが後者の理由でルルを狙っていると思っていた。ドラゴニュート本人に対しては憎いという感情を通り越し、“存在すら許さない”と考えているのだと。

 

 しかし、それらはドラゴニュートの押し付けの感情でしかなかった。

 

 次の瞬間、ドラゴニュートは圧力の伴った水弾で吹き飛ばされ、ゴロゴロと短くない距離を転がることになってしまう。鋼で出来た床にしこたま体を打ちつけつつ、驚いて顔を上げると、そこには人差し指をこちらに向け、拳銃の形で狙っているカレントの姿があった。

 

 そして気がついたと同時、もう一発カレントの指先から先ほどと同様の水弾が放たれる。レベル1以下の性能しか持っていないダミー用アバターの姿をしていたドラゴニュートはその攻撃をかわす暇もなく、もう一度鋼の床を転げることになってしまうのだった。

 

「ちょっと! やりすぎじゃない!?」

 

 《ギャラリー》にはHPもなければ痛覚も無いのでいくら攻撃を仕掛けようとも意味はないのだが、自分の相方が無様に転がる様子は見ていて気持ちのいいものではない。ルルは強い口調でカレントを止める。

 

「悲劇を背負う自分に酔ってる馬鹿にはこのくらいがちょうどいいの」

 

 しかし、カレントはにべも無くそう言うと、天地が10回は移り変わったためいまだふらふらしているペンギンに言葉をかけるのであった。

 

「確かに、ドレイクを全損させたというあなたを恨んだときもあったの。

 そのあなたを庇ってわたしに会いに来たお転婆姫の事も……」

 

 チラリとルルに視線を投げるカレント。

 

「でも、《クロム・ディザスター》となってしまったドレイクは決して以前のドレイクではなかった。それは直接会いに行って、なんの躊躇もなく襲われたわたしがよく解ってる」

 

 自分の肩に手をかける。もしかして、そこをディザスターの剣が抉ったのだろうか。カレントは自分を慰めるかのようにその手を反対の腰まで撫で付けた。

 

「それに最後はあなたが止めを刺したわけじゃないのでしょう? それはルルから聞いたの」

「でも!」

 

 あの乱入がなくとも自分はドレイクに止めを打とうとしていた。そう伝えたかったドラゴニュートだったが、カレントはまだ話が終わってないと、ドラゴニュートの言葉を遮る。

 

「その行動に対しての怒りはさっきの攻撃でチャラにしてあげるの。これでもうわたしはあなたを恨む理由がなくなった。それでいいの」

 

 でも……、カレントは再びルルに視線を向け。

 

「やっぱりこの火達磨女を見てると胸がムカムカしてくるの。やっぱり彼女とは相性が悪いみたい」

 

 やれやれと、首を竦めるカレントの姿にルルもハンッ! と鼻を鳴らし。

 

「それはこっちの台詞よ。その水没姿を見てると息苦しくなっちゃうんだから」

 

 挑発的な両者の笑顔はやがて、どちらともなく穏やかな笑い声へと変わるのだった。

 

 その様子を見ていたドラゴニュートも自分はなんとも恥ずかしい勘違いをしていたのだろうかと顔を赤く染める。

 これは笑うしかない、とドラゴニュートも加わった笑いの三重奏はいつまでもフィールドを反射し、四方を満たすのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで? ヴォイドの2人は“彼”をどう思ったの?」

 

 残っている対戦時間はあと500秒。そんなときにカレントが尋ねてくる。

 彼、と言うのはクロウの事だ。クロウと直接戦ったルルはもちろん、戦いを間近で見たドラゴニュートの意見を聞きたいのだろう。

 

「そうね、スピードも、反応速度もレベル1にしては一級品だったわ。ただ、空中にいるときに弾幕を張るとこっちに近寄ってこなかった、っていうのが少し気になるけれど……。それさえなくなれば、これから強くなるでしょうね、彼……」

「そうだね。オレも同意見。だからこそルルにはクロウ君を勧誘して欲しかったのだけれど」

「あー! それは貴方が意味の伝わらないジェスチャーなんかするからでしょう!」

「だからって、なんであんな無防備に両手を広げるんだよ!」

「あのシルバーの装甲がどれほど炎熱耐性を持っているのか確かめろ、って事かと思ったのよ!」

 

 その言葉を聞いたカレントは思わずストップをかける。

 

「ちょっと待って欲しいの。つまり、あの隙だらけな行動は命令伝達のミスだったの?」

「そうよ! あの一撃がなければクロウのやつは仕留められたのかもしれないのに、ドラゴが無茶な命令を出すから!」

「じゃああなたは始めから彼に勝つつもりで対戦をしていた、ということなの?」

「え? 当然でしょ? まあ、確かにレベル1に合わせようと私もレベル2以上で覚えていた技を封印しながら戦ったけど、後は全力で戦ったわよ?」

「……彼はレベル2なの」

「ええ!? そうだったの? じゃあ《フレイム・ランス》は解禁できたじゃない! 惜しいことしたわね」

「…………彼は全損しそうだったからわたしに依頼を出したとは考えなかったの?」

「それが? ウチ(ヴォイド)は全損上等で戦ってるわ。この団長見れば解るでしょう」

「確かに、そうなの……」

 

 もしかして全て自分の考えすぎで、彼女たちはそんなこと全く考えてなかった。

 クロウに間違ったことを教えてしまったかもしれない。そして彼らとの仲直りも早まったことだったのか間知れないの……。

 そう頭を抱えるカレントに、ドラゴニュートの「対戦が終わった後、上手い事負けてあげられたかな? なんて言ってたくせに……」なんて言葉は聞こえていなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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