アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第25話 裏切り

 

 

「なぜだ! チェリー!」

 

 無言。

 

「どうしてそんなものに手を出した!」

 

 無言。

 

「そんな姿に変わっちまってよぉ……」

 

 無言。振り向く。

 

「なにがしたかったんだチェリー! 答えろ!」

 

 無言。ジッと見つめられる。

 

「答えろよぉ……!」

 

 手をのばす。一握りの希望に賭けて。

 

 

 

 

「GYAAAA!!!!」

 

 

 

 

 真紅の腕が宙に舞う。

 少女の記憶はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

「災禍の鎧が甦っただと! バカな、ありえん!」

 

 年も明け2047年。ハルユキが世田谷区の公園でお節介さんに出会ってから一月は経とうとしていた頃、ハルユキの敬愛する黒雪姫先輩の声が彼の自宅に響き渡っていた。

 

 

 つい先日、バーストポイントの貯蓄量を気にしないレベル9ならではの力技によって《シルバー・クロウ》、つまり有田ハルユキのリアルを割った2代目赤の王《スカーレット・レイン》は自身の身分を偽ってハルユキ宅に侵入、レインはハルユキのリアルを盾にして彼に黒の王《ブラック・ロータス》の呼び出しを要求してくる。

 翌日、ハルユキが学校にてその旨を黒雪姫先輩に報告すると、黒雪姫は赤の王の突然の来訪に首を傾げるが、その要求を承諾し、会合の場所をハルユキ宅に設定するのであった。

 

 

 そして現在。赤の王がお互いにリアルを晒すという、後には引けない状況を作り出してまで《ネガ・ネビュラス》の前に姿を現した訳を黒雪姫に話し終えたところである。

 

 災禍の鎧

 

 加速世界の黎明期から語り継がれる恐怖の象徴が今再び現れたというのだ。

 もちろん黒雪姫はその事実を否定した。なぜなら2年半前に現れた、《クロム・ディザスター》を葬り去ったのは自分を含めた8人の王。そして全員のアイテムストレージに災禍の鎧が移りこんでいないと確認しあったのだから。

 

「だからありえない、災禍の鎧はあの時に加速世界から消滅したのだ!」

「……あのー、先程から会話に上がる災禍の鎧って一体なんなんですか?」

 

 怒り心頭に赤の王――上月 由仁子(こうづき ゆにこ)を睨みつける黒雪姫にハルユキはあえて質問した。このまま話についていけないのも困るし、なによりこの場の空気が重い。この質問は少しでも黒雪姫の気を紛らわそうとしたものでもあった。

 

 ハルユキの言葉に自身が冷静を欠いていたことに気付いたのだろう、黒雪姫は仕切り直しに軽い咳を行い、ハルユキに説明を始める。

 

「ハルユキ君は《強化外装》というものを知っているか?」

「は、はい。タクのパイルバンカーとかを始めとした剣や銃に部類される武器類、それとユニコちゃん――」

「ニコでいい」

「――ニコちゃんが持っているようなアバターが着込む鎧なんかの事を《強化外装》って言うんですよね?」

 

 その説明に黒雪姫は満足気に頷く。まるで宿題で100点を取った子供を見るかのような顔だった。

 

「へぇ、初心者のクセによく勉強してるじゃねぇか。それと“ちゃん”はいらない、気持ち悪い。ニコ、だけでいいからな」

 

 《ブレイン・バースト》のトッププレイヤー2人に褒められ、ハルユキは鼻の下を伸ばしつつ隣に座っている幼馴染 兼 教師に感謝の念を送る。タクはその視線を受け、メガネを光らせながら笑うのであった。

 

「それで、強化外装の話がどう関係するんですか? もしかして災禍の鎧って言うのは……」

「そのまさかだ。災禍の鎧は強化外装……そしてその鎧を装備したものは《クロム・ディザスター》という怪物となる。この加速世界で最悪の災厄だ」

 

 そこまで話して黒雪姫はハルユキに直結用のケーブルを持ってくるようにお願いする。その目的はとあるリプレイ動画をこの場の全員に見せるためであった。

 

 

 

 

 

 

 岩肌だらけの荒野にひとり佇む黒の睡蓮。

 ハルユキは一目でそれが自分の《親》である《ブラック・ロータス》だと理解する。

 

「先輩……」

「ん、聞こえているぞハルユキ君。他の者はどうだ?」

 

 ハルユキの呟きに答えたのは目の前に映るロータス……ではなく、同じ動画を見ている現在の黒雪姫だった。全感覚ダイブによる映像再生なのでお互いの姿は見えないが、確かに黒雪姫はハルユキの近くに存在している。黒雪姫の問いに答える他の2人も同様であった。

 

「で、これが2年半前のディザスター討伐の映像だって言うのか? その割にはあんたしか姿が見えないが……」

「その通り。そして私1人なのはこの場で“奴”を待ち伏せしていたからだが……」

「あ、動いた!」

 

 映像のロータスが動き出すのを見てハルユキは声を上げる。黒雪姫の説明では他の場所で待ち伏せしていた仲間のところで戦闘音が聞こえてきたので移動を始めたということらしい。

 

 ロータスがそり立つ岩の上から下を覗き見るとそこに居たのは、エメラルドグリーンに輝く《緑の王》と――

 

「あれが……」

「そうだ、あれが加速世界の虐殺者《クロム・ディザスター》だ!」

 

 巨大な蜥蜴人間のようなアバターを見てハルユキは体の震えを抑える事ができなかった。

 だらんと伸びた長い手に持つ精肉屋が使うような肉厚の刃。蛇腹上の金属装甲にブラブラと揺れる長い首。その頭部に光る濁った赤の点滅が瞬きだとは気がつか無いほうがよかったか、目と目が合った瞬間に自分へと突き刺さる殺気に一瞬これが録画映像だということを忘れて身の気がよだつ恐怖に襲われてしまう。

 

 あれが、あれが自分と同じバーストリンカーだって!?

 狂気という目に見えないものが形を取ったといわれたほうがまだ信憑性がある。

 ここまで来るのにも相当な戦闘を重ねたのだろう、深い傷を負いながらも盾をかざす緑の王へ執拗に攻撃を繰り返すその姿にハルユキはそう思った。

 

 一向に攻撃の通らない相手に苛立ったのか、ディザスターが緑の王の隙を付いて口からドレイン能力を持つ触手を放つ。だが、そこで今まで戦闘を見守っていたロータスが助けに入り、ディザスターの顔を真っ二つにする。よろめくディザスターにようやく奴の息の根が止まったのだと、この動画を見ている黒雪姫以外の者は考えたのだが……。

 

「なっ! マスター危ない!」

 

 ロータスの一撃で終わったと安堵していたハルユキの気持ちを引き締めたのは幼馴染の叫び声だった。

 その声に驚いて再びディザスターを見ると、なんと顔を真っ二つに裂かれているというのにディザスターは未だ動いており、緑の王に放った触手の数を倍に増やして今度は背を向けているロータスへと襲い掛からせたのである。

 

 後ろです先輩!

 ハルユキも思わず声無き叫びをあげてしまうがこれは動画。心の底から叫んだとしてもロータスに声が届くはずも無い。

 もしも僕があの場にいたのなら……! 背中に生えるウィングを限界まで動かし、駆けつけるのに! 仮想の手を突き出しても彼我の距離は変わらない。だがそれでも動かずにはいられなかった。

 

 数十本の触手がついにロータスへと襲い掛かろうとしたその時。

 ハルユキは一瞬、本当に自分が過去にタイムスリップし、その身を挺してロータスを庇ったと錯覚してしまう。

 

 突如として画面に現れ、ロータスへの攻撃をその身で遮った輝くシルバーのボディ。しかし、それはハルユキの持つそれよりも幾分か白く輝いていた。よくよく見てみると似ているのは体の色だけで、他の部分で似ている場所は1つもないと気付く。

 全身に輝く白金の装甲、触手を1つも通さない逞しい手足、力強く天に向かう4本の(つの)

 巨体のディザスターと比べても尚大きいそのデュエルアバターはハルユキの見えない速さで回転し、滑らかに動く尾によって相手を遠く離れた岸壁へと吹き飛ばした。

 

「あ、あれが……」

「そうだ、ハルユキ君。よく見ておきたまえ、あれが《メタルカラー》の頂点にして8王の1人、《白銀の竜王――プラチナム・ドラゴニュート》だ」

 

 レベル9となった先輩と戦っていまなお、加速世界に存在し、あのゲイレルルさんのリーダーで、僕と同じメタルカラーの……。

 

「2代目のディザスターは奴が単独で撃破したって話だ。聞いた当時は聞き流していたが、あれから1度ディザスターと対面したいまとなってはマジで尊敬に値するぜ」

「あ、あれを単独で!? どれだけ強いんですか彼は!」

 

 その竜王は吹き飛ばしたディザスターを一顧だにせず、まるで助けに来たのが当たり前といわんばかりの態度を取るロータスと笑いながら拳と刃を合わせていた。

 入リこむ場所の無い信頼を見せ付けられ、ハルユキはドラゴニュートに嫉妬と、……そして羨望を抱いてしまう。

 

 ――僕もあんな風に強くなりたい! 黒雪姫先輩の信頼を得て、その隣に立ちたい!

 

 ハルユキが目標となる人物を睨みつけると同時、動画の再生時間は終わりを告げ、ハルユキたちを現実世界に戻してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「あの後、まだ闘争心を保つディザスターは2分にも渡り戦い続け、ようやく果てた。

 そして、8王は再び合流し、全員が自分のストレージに災禍の鎧が無いことを宣言したのだ!」

「……だったらどうして今になってまた災禍の鎧が現れた! 本当に全員が持っていないなんてあんたは証明できるのかよ!」

「それは……! だが、そんなはずは無いんだ…………」

 

 災禍の鎧が倒した相手に移る可能性は100%

 そんなのは事実無根の噂話だと黒雪姫は思っていた。たまたま、偶然に偶然が重なり災禍の鎧が受け継がれていると……。しかし、その話が本当だったとしたならば、あの場で誰かが嘘をついていた事になる。レベル9になるまで信頼と友情で結ばれていたはずの7人の内の誰かが……。

 黒雪姫はその考えにいたった時、目の前が暗くなっていくのを感じた。

 

「……ぱい! 黒雪姫先輩!」

 

 その呼びかけに気がついたとき目の前にハルユキの顔がアップで現れ、黒雪姫は混乱し、さらに顔を赤くしてしまった。

 

「な、なんだい? ハルユキ君」

「どうしたんですか、ボーっとして……もしかして体調が優れないんですか? それなら一旦休憩に……いえ、今日はもう解散しましょう!」

 

 あわあわと大げさに自分の体調を心配してくれるハルユキを見て黒雪姫は笑みを浮かべる。そして平常を装って「大丈夫だ」とハルユキの提案を断わった。

 ハルユキの前ではなるべく見っとも無い姿を見せたくないという黒雪姫の乙女心から出た意地である。

 

「話を戻すが、今再び災禍の鎧が出てきたということは確かにあの場に居た誰かが災禍の鎧を隠し持ち、何らかの機会を窺っていたのだろう。加速世界に混乱をもたらすための機会をな……。可能性があるとすれば、からめ手を好む黄色か……」

「騒動の中心には必ずいるといわれている《竜王》のどちらかだな」

 

 黒雪姫が濁した言葉をニコが引き継いだ。

 しかし、黄色はまだしも、あの動画で笑いあっていたはずのドラゴニュートがそんな汚いことをするはずが無いと信じたい。ニコの知らないであろうドラゴニュートの人柄を黒雪姫が語ろうとした時。

 

「いや……もしかしてあの時の言葉は……、だがそんなはずは……」

「どうかしたんですか?」

「ん? ……なんでもない、些細なことを思い出しただけだ」

 

 ハルユキの心配を笑って誤魔化し、黒雪姫は話を進めていく。

 

「この話はひとまず頭の片隅に置いておこう。今は災禍の鎧をどうするのかを話し合うことが先決だ」

 

 黒雪姫が確認していくとディザスターは主に“上”――《無制限中立フィールド》で暴れまわっており、その捕捉はニコが可能だということ。すでに他レギオンからも永久退場者を出しており時間的猶予は無く、もし協力してくれるのなら毎週土曜日の《領土戦》で《プロミネンス》は杉並区を襲わないという約束を、口頭でだがもらうことも出来た。

 

 そこまで確認し、時計を見るともう夜も更けている。思った以上に話し合いが長引いたようだ。ハルユキと同じマンション内に住んでいるタクムはハルユキに別れを告げて立ち去った。

 

 黒雪姫もそれに続こうとしたが、ニコが昨日に引き続き今日もこのままハルユキ宅に止まるという恐るべき事実を目の当たりにし、ハルユキの制止も振り切って自分もこのままお泊りをすると決める。

 ニコと一緒に風呂へ入り、ハルユキ秘蔵のZ指定がかかっているホラーゲームを3人で楽しみ、そろそろ寝ようかというときに黒雪姫は1人席を立つ。

 

「どうしたんですか先輩?」

 

 廊下で仮想ウィンドウを操作していると心配になって見に来たハルユキに話しかけられた。トロンとしたまぶたを手の甲で“くしくし”と擦る姿はなんとも愛らしく感じてしまう。

 

「いや、なに。急に止まることになっただろう? だから遠隔操作で自宅のセキュリティをオンにしたのだ。明日家に帰ったら泥棒に荒らされていた、なんてことになったら目も当てられないからな」

 

 先程行なった行動の1つをハルユキに話し、黒雪姫は「もう寝よう」とハルユキを居間まで引っ張った。居間の地べたにはすでにニコが気持ち良さそうに寝息を立てている。寝ているときだけは年相応なんだな、とニコのむずがる姿を見て黒雪姫はそう思った。そのまま黒雪姫は隣にクッションを並べ、ハルユキが持ってきてくれたブランケットをニコと自分の体に被せる。

 

 明日は忙しい日になりそうだ。そのための英気を養うために黒雪姫はゆっくりとまぶたを閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、まだまだ寝たりなさそうなニコに見送られ、マンションのエレベーターでハルユキの幼馴染、倉崎 チユリとひと悶着し、学校の中休みでハルユキと《親子》の絆と呪いの話をしたこと以外はこれといった出来事はまだ起きていない。

 

「そうだ、ハルユキ君。今日の昼休み、私は生徒会の仕事がある。だからすまないが昼食は別々に取ろう」

 

 中休み、ハルユキと分かれる前に黒雪姫はそう言った。ハルユキも一瞬残念そうな顔を出したが「生徒会頑張ってくださいね」と言い残し黒雪姫の前から立ち去っていく。だからハルユキには見られなかっただろう。彼を見送る黒雪姫の顔に、決意の表情が浮かべられていたということを……。

 

 

 

 

 昼休み、購買でサンドイッチを購入し、黒雪姫は生徒会室の扉を開けた。

 部屋の中には誰もいない。それはそうだ。生徒会の仕事なんてただの出任せだったのだから。

 黒雪姫は部屋の鍵を閉めたことを確認すると、副会長権限で生徒会室のルーターからグローバルネットを使用できるように申請を出す。生徒会活動のためと理由を書いたが特に質問も無く先生側からの許可が降りる。これを怠慢というのか信頼の表れというのか迷いながらも黒雪姫は直結用ケーブルでルーターと自分のニューロリンカーを接続した。

 

「時間は……移動も考えて3時間も取れば十分だろう」

 

 ルーターの自動切断機能を確かめながら黒雪姫は壁に掛けられた時計を眺める。

 秒針がじわりじわりと天頂を目指していく。そして長針と秒針がちょうど天を指した時、黒雪姫は呪文を唱えた。

 

「《アンリミデット・バースト》!」

 

 

 

 

 この世界に来たのは久方振りだろうか……。

 《ブラック・ロータス》となった黒雪姫は元生徒会室から無限に広がる世界を見渡した。さっきまで太陽が空を支配していたというのに、いま上空に浮かぶのは真円を描く満月である。雲ひとつ無い、いい天気でよかった。へたな天候だったならば移動するのに幾分か足を取られてしまう。

 

 しばしの間この美しい世界を眺めていたロータスだったが、このままだと待ち合わせに遅れてしまうことに気付く。目の前の壁を一刃の元に切り伏せてロータスは月明かり照らす輝く世界に身を投げ出すのであった。

 

 

 エネミーにもバーストリンカーにも出会わずにロータスは杉並区を南下していく。

 もうすぐ目的地である羽田に到着するだろう。このまま何事も無くたどり着けばいいのだが……。

 しかし、ロータスの願いはその羽田空港で粉々に打ち砕かれることとなる。

 

『小さき者よ、この地にいかな用があって足を踏み入れた……』

「神獣級エネミー……《ティアマト》!」

 

 羽ばたく度に荒れ狂う風を浴び、顔を(しか)めながらロータスは目の前の巨大な竜に構えをとった。

 

『ほう……我の名を知りながらもその気概、心地よし! 今すぐ引き返すというのならその命だけは獲らずにおいてやろう。我とて無駄な殺生は行わぬ、さあその無粋な刃を収めこの地より去れ!』

「いや、その必要は無い……」

 

 並みのバーストリンカーでは聞くだけで怖気づきそうな深みのある声を聞いて尚、ロータスは一歩も引かなかった。

 それどころかますます闘気を張り巡らせるロータスにティアマトも口端を歪ませる。

 

『面白い! ならば見せてみよ、その身に宿す信念と練磨された技の数々を! その自信、矜持、悉く捻り潰して見せようぞ!』

「……いや、その必要も無い」

 

 ヤル気となったティアマトの気を受け流しロータスが取り出したのは銀色に輝く円形のエンブレムだった。

 

「私が見せるのはコレだからな」

『ほう……。ふむ、ふむふむ……』

 

 羽ばたくのを止め、地響きを起こしながら地面に降り立つティアマトは首を伸ばしてそのエンブレムを覗き込む。

 エンブレムには縁を辿(たど)るように伸びる竜の首と、その竜に守られるように眠る女性の姿が描かれていた。

 

「コレを見せればこの先に通してくれると聞いていたが?」

『確かにこれは我が盟友の印。だがそんな約束事あっただろうか?』

「おいおい、ちょっと待て。話が違うぞ!」

『…………遠い遠い昔、その様な約束を交わしたかも知れん。それに今日は客人を招くと言っていたな。それが貴様か?』

「あ、ああ……」

 

 まさかこんなところで躓くとは思っていなかったロータスは目の前のどこか抜けているエネミーにくたびれてしまう。一応先へと通してはくれたが、なんとなく納得がいかないロータスであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は知っていたが中まで入った事の無かったロータスは神殿内の洗練され気品漂うその装いにしばし目を奪われる。

 こんな場所で会議をするのもいいかもしれないな、とハルユキが顔を輝かせる様を想像しながらロータスは自動的に開かれた目の前の扉へと足を進めて行く。

 

 扉を潜った先も質素ながら威厳のある、赤絨毯が敷かれた廊下だったが、その様子をじっくりと観察している暇はなかった。

 

「よくおめおめとこの場に姿を現せたわね。《ブラック・ロータス》」

 

 三角帽を持ち上げながら殺気を孕んだ視線を向けてきたのは《スーパー・ヴォイド》幹部の1人、《ウイスタリア・ソーサー》。その脇には同じく幹部の《カナリヤ・ムーン》、《モスグレイ・アンポリッシュ》も居る。もちろんどちらの視線も好意的なものは一切含まれていない。

 

「ほう……随分なお出迎えだな。歓迎会でも開いてくれるのか?」

「何をバカなこといってんスか! オイラたち(ヴォイド)のプライベートネットに侵入し、あまつさえ団長を呼び出す書き込みを残すとは盗人猛々しいッスよ!」

「これからはもう少しまともなファイヤーウォールを構築するべきだな」

 

 しかし黒雪姫は一歩も引かない。それどころか挑発さえして見せた。

 ヴォイドの幹部は全員がレベル8、それが3人いても負ける気はしない。その程度の気概が無ければこの先に待つ人物と会うなんて夢のまた夢だ。むしろロータスの放つ気迫に彼らが気圧されることとなる。

 

「それで……、用がないのなら通してくれないか。そろそろ待ち合わせの時間になるのでな……!」

「くっ!」

「……通りな。だが、お前が立ち去るまで俺たちはここに居るぜ。もし暴れる音が聞こえてきたらすぐに乱入させてもらうがな。そんときは覚悟しろよテメェ……!」

 

 アンポリッシュが道をあけると他の2人もしぶしぶといった体で後に続く。

 張り詰めた空気に晒される中、それでもロータスは威風堂々とさらに先へと進むのであった。

 

 

 おそらくこの先に待ち人が居る。目の前の重厚な扉を隔てても感じるプレッシャーにロータスは覚悟を決める。閉じられた扉は自動で開くことは無く、自慢の刃で切り開いた。

 

 まるで御伽噺に登場するお城のようなホールの真ん中によく使い込まれた円卓が置かれている。しかし、目当ての人物はそこに座っていなかった。

 もしかしてまだ来ていないのだろうか……、いや、先の3人の口ぶりではすでに到着しているようだったが。

 

「こっちだ……」

 

 その声は円卓の向こうから聞こえてきた。

 ロータスは円卓を迂回し部屋の奥へと向かう。

 奥の壁は全てガラス張りでその先には美しく煌く夜の海が映っている。

 その手前、ロータスがいる場所より数段高い場所に置かれている輝く玉座に、より気高く光る《王》が座っていた。

 

 《竜王――プラチナム・ドラゴニュート》が肩肘付いてロータスを見つめているのであった。

 

 両者の位置によりロータスは必然的に見下ろされることとなる。2年前とは異なる立ち位置に自分の立場をまざまざと見せ付けられた気分になった。だが、そのうら寂しさに囚われることなく今回の目的を果たすこととする。

 

「久しぶり、といって言おうか」

「そうだな、2年と……何ヶ月だ? まあいい。そのくらいになる」

 

 まるで興味もなさそうに語るドラゴニュート。

 やはり前のように仲良く会話することも出来ないか……。

 

「それで、どうやってウチのレギオンが使ってるプライベートネットのIPアドレスを割り出したんだ? あれは幹部の連中とその《親子》にしか話していないはず。まあそこから考えればおのずと分ってしまうんだが……」

「これからはアドレスをこまめに変えることをお勧めするよ」

 

 場を暖めるのもここまで。ロータスは早速本題に入ることにした。

 

「最近、5代目の《クロム・ディザスター》が現れたことを知っているか?」

「もちろんだ。俺はこっち()を主な活動場所にしているからな」

 

 その答えを聞いてロータスは1つ深呼吸をする。そして睨みつけるようにドラゴニュートと視線を合わせた。もし、自分の考えが当たっていたのならばこの加速世界に大波乱をもたらしてしまうだろう、その覚悟を持って目の前の《王》を問い詰める。

 

「以前、2人で話したことがあったな。他の王たちが次々に七星外装を手に入れていく中、それに匹敵する装備を持たない私達が遅れを取らないためにどうするか」

「そんなこともあったな。七星外装は最強であっても無敵ではない。それを越える技術と意気込みを持てば勝てる。なんてお前は言ってたな確か……」

「そうだ。そして貴様はこう言った。災禍の鎧を自由に操れたのなら七星外装に匹敵する装備を手に入れたことになるんじゃないか、とな。

 その言葉が気になって私は尋ねた。まさか災禍の鎧を持っているのかと」

「かもしれないな……」

 

 「俺はそう答えた」、ドラゴニュートの言葉に自分の記憶が間違っていないことを確信した。だったら、と……。

 

「あの時は冗談だと笑って流したが、本当に持っていたのか? 災禍の鎧を……、あの時、あの場所にいた王全員に嘘をついて隠し持っていたというのか!?」

 

 

「そうだ」

 

 

 ドラゴニュートはロータスの疑問にあっさりと肯定した。

 その清々しさにロータスは一瞬自分が聞き間違えてしまったと思ったほどだ。だが間違えるはずが無い。ドラゴニュートはハッキリと自分が災禍の鎧を隠し持っていたことを宣言したのだ。

 ロータスはふさがらない口を動かし、震える声で続きを問う。

 

「あ、赤のレギオンに災禍の鎧を流したのも貴様なのか……」

「結果的にはそうなるな、そのことに対しては申し訳ないと思っている」

 

 まるで悪びれない言い方にロータスは頭に血が上るのを抑えきれなかった。

 血が沸騰しそうに熱い。2代目のディザスターはヴォイドの初代団長から出たという噂を思い出す。同時にディザスターの力を使って加速世界を支配しようとしていたのではないか、という噂があったことも。

 

「その過ちを繰り返そうというのか……!」

 

 今度は他のレギオンを巻き込んで! 廊下で待機している3人の存在も忘れ、目の前の怨敵に襲い掛かろうとした時だった。ドラゴニュートが唐突に……ロータスが息を吸い込む絶妙なタイミングで話しかけてくる。

 

「お前と同じカラーを持つリンカーを知っているか?」

「な、なに……!?」

 

 出足を(くじ)かれ、つんのめるロータスにドラゴニュートは感情の無い視線を向け続ける。その視線に吸い込まれそうになりながらもロータスは冷静さを取り戻すのだった。

 

「バカなことを言うな、加速世界が生まれてから1度たりとも色かぶりは存在していない。それはお前の方がよく知っていることじゃないのか《最古の竜》よ」

 

 睨み返すロータスをジッと観察してからようやくドラゴニュートが視線を外した。

 その質問の意味を聞いてみたが、「なんでもない」と素気無くあしらわれてしまう。

 気になる所だったが、今はそれよりも重要なことがある。

 

「話をそらすなドラゴニュート! なぜ災禍の鎧を表に出した。再び王を一堂に集め、その隙を突いてレベル10になるための条件を満たそうというのか! 他のレギオンを利用してまで強さを求めるなんて間違っているぞ!」

 

「ライダーを不意打ちで殺したお前がそれを言うか……!」

 

 深い怒りの篭ったその言葉にロータスは胸が抉られたように錯覚した。自分の体を見下ろしても損傷は1つも見当たらない。しかし胸の痛みはジクジクと消えることが無い。

 

「それは……」

「まあ、それはいい。お前を取り巻く今の状況を見ればなんとなく想像がつく……」

「なに?」

 

 ポツリと呟かれた言葉に顔を上げるがドラゴニュートは顔を背けたままだった。

 

「ライダーを倒した後、何故か崩壊した《ネガ・ネビュラス》。復活したお前が拠点としているのは以前の新宿ではなく杉並区。そしてライダーに向けた最後の言葉……つまりあれはお前の本意ではなかったということだろう?」

「なぜそれを!?」

「偶然だ。……そして、当時お前に意見できたのはレギオンの連中か。《親》である……」

「やめろ!!」

 

 堪らず叫ぶ。それ以上話させたくない、彼女の名前を聞きたくない! ロータスは自分の体を抱きしめる。

 

「……その態度は答えを言っているようなもんだぞ」

「違う! あれは私の意思でやったことなんだ!」

「そして、後悔している……」

「…………」

「……その気持ちはよくわかる」

 

 消えるような言葉で紡がれた言葉に再びドラゴニュートの顔を仰ぎ見る。しかし、先程と変わらない様子が見えるだけだった。

 気のせいか? だがしかし……。ロータスの疑問が解ける前にドラゴニュートの言葉が割り込んできた。

 

「すまなかったな、嫌な事を思い出させて。しかし、こっちとしてもいくつか疑問が解けた」

「なに、何のことだ?」

「災禍の鎧を利用して加速世界に混乱をもたらそうって連中の事だよ」

「それは貴様じゃないのか!?」

「俺が災禍の鎧を持っているということを臭わせたのはお前だけじゃない。ってことさ」

「なぜそんなことをする必要がある?」

 

 突然の告白にロータスは混乱する。しかし、どうにかその意図を読もうとするが、デュエルアバターの表情は読めない。

 

「お前は知らないかもしれないが2代目ディザスターを倒したのは正確に言うなら俺じゃない。最後の最後で横槍を入れられたんだ」

「なんだと?」

「最後に止めを刺したものに強化外装の移譲が行なわれる。案の定横槍を入れた奴が3代目となった。そして……、その3代目を《青の王》が切り伏せている」

 

 それはつまり……。ロータスの疑問に答えるようにドラゴニュートは話を続けていく。

 

「つまり、その時災禍の鎧を受け継いだのは青の王だ」

「だ、だが《ブルー・ナイト》はいまだ加速世界に存在している!」

「そうだな。3代目が倒された後、当然俺はナイトに尋ねた。災禍の鎧をどう処分したのかをな。おそらくアイテムストレージから鎧は消去できない。そんなことが出来たら初代の時点でとっくにディザスターはいなくなっていたはずだからな」

 

 2代目を倒す前にドラゴニュートは災禍の鎧をどう始末するのかを聞かれたことがある。その時は帝城の堀にアイテムカードを投げ捨てると答えた。

 

「そしてナイトの奴もそう言ったよ。堀の底に投げ捨てたってな、だがそんなことは不可能だったんだ。リポップするんだよ。捨てた瞬間自分の足元に……。これは適当なアイテムで確かめた、確実なことだ。だから……」

「青の王は嘘を付き、今回のように災禍の鎧を誰かに流したというのか!」

「全ては憶測でしか無いけどな。憶測だけなら好きに言える。部下に任せたがちょろまかされたとか、災禍の鎧は足元じゃなく他の遠い場所に転移したとか。なんにせよ疑わしいことには変わりなかったからな」

 

 そして、もう1人話した人物は……。

 ドラゴニュートの言葉にロータスは今度こそ黄の王が絡んでると考えた。しかし彼の口から出てきたのは考えてもなかった、いや考えたくも無い人物であった。

 

「もう1人カマをかけた人物は《白の王》さ……」

「…………」

 

 頭が真っ白になる。

 まさか、という感情と、ありえる、という感情がせめぎ合う。

 しかし、ロータスはそれ以上の事を考えられなかった。

 

「2代目を倒すその前に白の王が不自然に話しかけてきたことがあった。そのときはさほど気にならなかったが、よく考えるとあれは3代目の奴を煽っていたように思えたんだ。当時、双璧をなす剣士といわれてはいたが、3代目はナイトに1歩及ばなかった。その焦りを点かれたんだろう、あの時心意の力と災禍の鎧が譲渡される確率に1番反応していたのは3代目だったからな」

 

 だから……。

 いまだ立ち直れていないロータスを無視するかのようにドラゴニュートは語る。

 

「だから青と白。そしてつながりのあるお前()に囁いたんだ。俺は災禍の鎧を持ってるぞと。まあ、お前は気付いていなかったみたいだが。

 とにかく、その一週間後だ。この神殿に侵入者が現れたのは」

「侵入者?」

「ああ、ティアマトにも、神殿のセキュリティにも引っ掛からず、影のように侵入し、災禍の鎧を封印した金庫を掠め取っていった者がな」

「影だと……?」

「ああ、出会ったのは一瞬だったから会話もしなかったがそいつはつや消しブラックの板を何枚も重ねたような姿をしていてな。影から影へ移動するアビリティを持っていた。だから仮名として《シャドウ()》と命名している」

「それで……? 貴様の油断のせいで災禍の鎧がこの世にばら撒かれたと?」

 

 腕を組み、無言で頷くドラゴニュート。そのふてぶてしい態度に今度は怒りで視界が真っ白となった。

 

「貴様ぁ! なんて無責任な!」

「叱りは受ける。まさかあんなアビリティがあったなんて……なんていうのはこの世界じゃ無意味な言い訳だからな。……それで、事実を知ったお前はどうする? ここで俺を叩くか? 悪いがまだやすやすと死ぬわけにも行かない、来るならば抵抗させてもらうが……」

 

 ロータスの怒気に呼応するようにドラゴニュートも闘気を練り上げていく。空間の圧力が増していき、柱がひび割れ、絨毯の毛が逆立つ。

 

 一触即発。

 

 その空気を先に緩めたのはロータスの方だった。

 

「……こんなアウェイでそんな短慮なことをするほど私は馬鹿じゃない。

 

 

 それにお前とはしかるべき時と場所で再戦すると約束したはずだ」

 

 

「……そうだったね、悪かったよ」

 

 先程までの傲岸不遜はどうしたのか、柔らかくなったその言葉にロータスはまるで2年前にタイムスリップしてしまったように感じてしまった。だからだろうか、昔のような信頼を持ってドラゴニュートにその提案してしまう。

 

「ではお前の罪滅ぼしのために1つ私が協力してやろう。

 

 

 今回のディザスター退治、お前のレギオンからは《竜騎士《ドラグーン》》を出せ」

 

 

 

 


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