アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第26話 戦う乙女達

 

 

 放課後、ハルユキ達はいったん解散してから再びハルユキ宅に集まることにした。

 そのためニコと2人っきりになるチャンスを得たハルユキは1つ、黒雪姫先輩の事をどう思っているのか聞いてみた。

 ニコは2代目赤の王で、初代は黒の王が倒してしまったのだから、なにか恨み言の1つでもあると思っていたからだ。もしかして自分のリアルを晒してまで黒の王を討ち取りたいと思っているのなら、これから移動するフィールドでハルユキ達諸共バーストポイントを全損させる事だって可能なのだから……。

 しかし、ハルユキの心配を余所にニコはまるで興味なさそうな態度で黒の王を憎んでいないと言う。

 

「あたしは別に先代と面識があるわけじゃねーし、赤のレギオンに所属してたのも偶々だからな。当時も他人事だったよ」

 

 だからあたしは特に黒の王を討とうとは思ってねーし。そう言ったニコはハルユキに背を向けて、再びハルユキ秘蔵の漫画本の世界へと戻ってしまう。

 ホッとしたハルユキは冷蔵庫の中から麦茶を取り出す。透明なコップが琥珀色に染まるのを見ていると小さな呟きを耳を打つ。

 

「恨むどころか…………スゲー奴だなって……思ってるよ」

「え……!?」

 

 驚き、振り向いたハルユキに、赤くなった耳を見られていることは気付かないままニコは漫画を読みながらポツポツと語り始める。

 

「他の腹に一物抱えている連中と違って1人だけレベル10を目指すって公言してるしさ。……昔は《竜王》も言ってたらしいけど今はただ暴れまわってるだけだし、あんなの口だけの不良と変わんねぇよ」

「…………」

「……あたしはそこまで気合入れたことできねぇ。誰かがレベル10になったらその時点で加速世界そのものが無くなっちまうかもしれない。そんな噂がある以上、あたしはつい二の足を踏んじまう。だって現実よりも長い時間過ごしてきた世界が急に無くなっちまったら、なんて考えたくもねぇもん……」

「ニコ……」

 

 ハルユキは目の前の小さな体が震えていることに気がついた。

 麦茶を注いだコップをテーブルに置き、そっと少女の隣に座る。ただそれだけ。それだけで安心できることを知っていたから。それだけしかできなかった。

 

「でも、あたしのそんな態度が《チェリー・ルーク》を《クロム・ディザスター》なんかにしちまった! 今の停滞した世界じゃレベルを1つ上げるにも相当な苦労が必用だ。7、や8なんかになるためにはどれほど時間がかかるかわからねぇ……。チェリーはそれでも必死にポイントを稼いでた! その焦りを突かれちまったんだよ! それはつまり、この停滞を許している王の1人であるあたしのせいなんだ!」

「違う! ニコのせいなんかじゃない!」

 

 嗚咽をあげるニコの手をハルユキは掴む。潤んだ赤い瞳が大きく開かれハルユキの視線を受け止める。

 精一杯自分の気持ちが伝わるように手を優しく包み込みながらハルユキはニコの心情を肯定した。

 

「《ブレイン・バースト》の世界を好きだっていうニコの気持ちは……なんとなくだけどわかる。だって僕も始めてからそれほど経ってないけど、このゲームが大好きだから。だからあの世界が無くなって欲しくないって気持ちも……。

 でも、それでも僕達はゲームクリアを目指さなきゃいけない! 僕はそう思う。

 停滞の先にあるのは衰退だよニコ、誰も居なくなったゲームほど悲しいものは無い。そんな世界になるのをただ黙って見ているのなら、みんなでエンディングを迎える方がよっぽど正しいことなんだ……」

 

 鼻先がぶつかりそうな距離でハルユキはニコの顔を見る。

 ニコは呆然とハルユキの顔を見ていたが、やがて俯き……ハルユキの手を振り払った。

 伝わらなかったか。振り払われた手を残念がる前にハルユキはニコに壁際まで蹴飛ばされる。突然の衝撃に混乱しながらもニコを見返すと、目じりを上げた顔が目に入った。

 

「ふざけんな! それじゃあやっぱりあたしが悪いって言ってるようなもんじゃねえか!」

 

 叱咤され、俯くハルユキ。けれど、その頭上から降りかかる霞みのような言葉は聞き逃さなかった。

 

「でも、慰めようとしてくれたんだろ…………ありがと……」

「ニコ……!」

 

 ハッと顔を上げてもすでにニコの視線は彼方へ向けられている。

 しかし、その後黒雪姫にからかわれるまで、真っ赤な顔が元に戻ることは無かったのであった。

 

 

 

 

「さて、今一度確認しておこうか。“赤い”の、ちゃんとディザスターの追跡はできているのか?」

 

 黒雪姫がニコの特徴をひと言で現した言葉で呼ぶと、その本人は納得していないような顔で肯定した。

 

「ああ、もちろんだ。時間帯的にもそろそろ動き出すはずだぜ」

 

 すでに放課後となってから時間も経っている。今の時間帯ならばどこの学校でも同じく放課後を迎えているはずだ。

 ニコは先程から小まめにニューロリンカーからの情報を確かめている。一体どうやって追跡を行なっているのか、ハルユキが聞こうとしたときだった。

 

「……動いた! 今日、チェリーはおそらくブクロに行く」

「池袋か。そうなると厄介だな……」

 

 池袋はどのレギオンにも支配されていないが、平日であってもリンカーの多く居る地域だ。杉並から移動した場合、ディザスターと出会う前に絡まれてしまう可能性がある。

 それに移動時間の事もあった。今からチェリーを追ったとしても向こうが先に目的地へたどり着くのは目に見えている。1分1秒が非常に貴重な加速世界においてその遅れは許容できない。

 だとしたら道は1つ……。

 

「《中》を突っ切るしかないな……」

 

 黒雪姫の提案にタクとニコが頷くなか、ハルユキだけが首をかしげる。

 昨日からの疑問だった。移動距離に制限がある対戦フィールドの中を突っ切るとか、はなから自分たち複数人との対戦をディザスター1人が承諾する、ということ前提で話されている作戦内容とか……。

 その疑問を打ち明けるハルユキに返ってきた視線は三者三様だった。

 

 そんなこと昨日のうちに聞いとけよ、とニコ。

 説明してなかったっけ? とタク。

 そして、仮想ウィンドウを操作していた黒雪姫は慈愛の視線でハルユキの質問に答えてくれた。

 

「これから行くのは通常対戦フィールドではなく、私たちが“上”と呼んでいる場所だ。そこでは移動距離も、対戦人数も、時間ですら制限という鎖から解き放たれる。まさしく我々バーストリンカーの真の戦場といえる場所となるだろう」

「し、真の戦場……そんな場所が……」

「そうだ。私の言うコマンドに続けて唱えろ。……準備は出来たか? さあ、行こう。

 

 《無制限中立フィールド》に!」

 

 凛とした黒雪姫のボイスコマンドがハルユキの耳にこだまする。

 ハルユキもその言葉に続いて《加速世界》へと飛び立つのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、池袋と一口に言っても範囲が広すぎる。どうやって“奴”を見つけるつもりだ?」

「おそらくサンシャインシティの周辺に出るはず。そこらへんを見渡せるビルの屋上にでも……」

 

 その位置取りにひと悶着を起こしつつ、両手に花、足に1人ぶら下げながら《シルバー・クロウ》は機械然とした世界を優雅に滑空していた。

 初めて訪れる制限の無い世界。その凄まじい姿に感動し、裏に隠れた恐ろしさを教わると色んな意味で身震いを起こしてしまったが。それでもクロウはどこまでも続く《加速世界》の美しさを再確認するのだった。

 

 

「ハル! 危ない!」

 

 その時、突然聞こえてきた《シアン・パイル》からの警告にクロウは間一髪、奇襲を回避することが出来た。ハネを掠ったオレンジ色の輝線(きせん)。その後に続くミサイル郡にさっきの攻撃が偶然ではなかったことをクロウは確信する。

 

 今、クロウ達が使える遠距離攻撃はニコ……《スカーレット・レイン》の腰にぶら下がっている単発式の小銃しかない。これでは雨あられのように襲い掛かる攻撃から身を守ることは到底不可能だ。地面に降り立ち、それぞれが身軽になるしかない。

 なるべく火線の薄い場所……。クロウが導かれるように目をつけたのは南池袋公園……加速世界では大きなクレーターのようになっている窪地であった。

 

「あそこの手前に降ります!」

 

 グングンと高度を下げるクロウに襲い掛かるミサイル。それをレインが驚くべき射撃制度で次々と撃墜していくが数が数だ、いくつかのミサイルが潜り抜けクロウの体に肉薄する。

 

「……ヤッ!」

 

 直撃するのはマズイとロータスがミサイルを一閃。一拍の間をおいて爆風がクロウ達に襲い掛かり、その爆風でクロウは目標としていた場所から大きく外れることとなってしまった。

 ハネを広げ、思いっきり制動をかけるが、それでも予想以上の速さで近づいてくる大地。まずパイルがクロウの足を離し、地面を削りながら着地。続いて2人の王も無理な体勢を感じさせないほど軽やかに地面へと降り立った。最後にクロウもたどたどしく地面へ足をつける。

 

 辺りを見渡すとそこは目標としていた盆地の中央付近であった。数々のフルダイブ型FPSなどを経験しているクロウにとってこの場所に降り立つということは非常にマズイ状況に陥ったとわかってしまう。急いでこの盆地から抜け出そうと注意を投げかけようとするが、その行動は少し遅きに過ぎたようだ。

 

 

 クロウたち一行はすでに罠に掛かっている。

 

 

「おやぁ……珍しいエネミーを見つけたと思ったら、これはこれは……まさか《赤の王》でしたとは、意外でしたねぇ」

「てめぇ……《イエロー・レディオ》!」

 

 窪地を囲む色とりどりのバーストリンカーたち。その中で1番大きな群衆の中から現れたのは泣いているような、笑っているようなピエロの仮面をつけた《黄の王》だった。

 

 しかし、なぜ、このタイミングで? クロウは先程ロータスから教わった無制限フィールドにおける他のバーストリンカーとのエンカウント率の低さを思い出す。このフィールドにダイブしている全リンカーを集めても100人に満たないだろうと言う話だ。しかし、この現状はなんだ、30人を超える集団が、それも上野から秋葉原にかけた領地を支配する《黄のレギオン》の連中がクロウたちを囲んでいるではないか。決して偶然ではありえない。

 

「……そうか、てめぇが全部仕組んだのか!? 災禍の鎧を隠匿したのも、それをチェリーに渡したのも、全部お前のせいか!」

「人聞きの悪い。私は神聖なる条約に従って私の可愛い配下の(かたき)を討とうと、自ら中野まで出向こうとしていただけですよ」

 

 条約……《領土不可侵条約》のことだ。決まりごとの1つにこの様なものがある。レギオンメンバーが襲撃によって全損に追い込まれ、強制アンインストールが行なわれてしまった場合、そのレギオンは襲撃者の所属するレギオンから1人、同じ運命を辿らせていい、と。

 

 しかし、それでもタイミングが良すぎる。ロータスの脳裏に1人、とある人物の姿がよぎったがすぐに頭を振った。

 

「なんとその相手が《王》の1人である貴方とは、さすがの私も驚きを隠せませんよっ……!」

「“いいやがる”!」

 

 睨み合う赤と黄色。しかし王とはいえこの人数相手ではさすがに厳しい。それに立地の問題もある。このままでは一方的にHPを削られ、最後の一撃を黄の王にもっていかれてしまうだろう。それだけでレインは特殊サドンデスルールに則って強制アンインストールを執行されてしまうのだ。

 今、このフィールドではポータルを使わなければ現実に戻ることは出来ない。条約には襲撃者をレギオンの王が責任を持って断罪すれば罪は許される、とあるが、ディザスターが現れる予定は今から2日後。王の首を狙っているレディオがその猶予を与えるはずも無い。

 絶体絶命、赤の王は追い込まれていた。

 

 だが……。

 

 だが、1つだけレディオには誤算があった。

 遠距離火力特化のレイン1人だったのならば隙はいくらでもある。しかし、この場にはレインを守ることが出来る超近距離特化の《ブラック・ロータス》が居るのだ。

 いくら30人を越える集団に囲まれたとしても押し返すことが出来る。

 

 たった1人加わるだけで戦況が覆る。

 それが《王》という存在なのだ。

 

「……《黒の王》あなたがこの場に現れるとは、さすがに予想できませんでしたが。まあ、突然の乱入も私は歓迎しますよ。かの《竜王》も言っていました。

 ハプニングは怖がるものじゃなく楽しむものだと……。

 しかし、許容できるのはそこまで。あなたはもちろん邪魔をせず、大人しく見物してくれますよねぇ? いや、むしろあなたはこちら側だ。

 ……そうだ、いいでしょう! スキあればあなたも赤の王を討てばいい! 簡単でしょう? “一度経験したことあるんですから”」

 

 大げさに、手振り足振りと責め立てるレディオの言葉にロータスは俯いて何も喋らなかった。むしろ彼らに囲まれてから今の今まで彼女はひと言も喋っていない。そのことに気がついたクロウはなぜ、という思いでその姿を見続ける。

 

 ロータスはようやく、といった時間をかけて顔を上げ。

 

「……勝手なことを言うな、レディオ。誰がこんな卑怯な手で…………」

 

 ポツリと、まるで覇気の篭っていない言葉は最後まで続かなかった。まるで何かを思い出したかのように再び俯いてしまう。

 しかし、その言葉尻は伝わったようだ。レディオはいっそう責め立てるべく、懐からとあるカードを取り出した。

 

「いいます。いいますねぇ!? ロータス! 卑怯だ!? あなたの口から聞けるとは思いませんでしたよ。まさかあなたは忘れてしまった? あの日の惨劇を? 私は今でも思い出しますよ。先代の《赤の王》の無念そうな顔が地面に落ちるその瞬間を!」

 

 レディオの投げるカードはクロウたちの目の前の地面に突き刺さる。

 カードの表面に浮かび上がっているのは再生とスキップのボタン。そこから考えられる予想の通り、カード上空に巨大な立体ホログラフィが浮かび上がった。これはリプレイファイルだ。それも先代《赤の王》がロータスの手によってこの世界から消え去ってしまう場面が映った……。

 

 その動画を見せられてからのロータスは酷いものだった。

 

 視線という視線が自らを責め立てていると錯覚し、錯乱。1番見られたくなかった相手……《シルバー・クロウ》と目が合った瞬間、ロータスのあらゆる意識がホワイトアウトし、その場に崩れ落ちてしまう。

 

 初めて見る現象(ゼロフィル)に困惑するクロウ。同じくそこまで罪の意識を感じているとは思っていなかったレイン。

 上手く行き過ぎたことに笑いが堪えられないレディオの哄笑がその場に響き渡り、それは再び傾いた形勢を如実に表していた。

 

 

 ――悔しい!

 

 あの煩わしい笑いを止められない自分が。

 ニコを守りきる事ができない自分が。

 先輩を支えてあげられない自分が!

 

 ハルユキは唇を噛んで目の前の敵を睨みつけることしかできなかった。それだけしかできない自分を心の中で思いっきり非難した。それでもこの状況は変わらない。この一ヶ月、何度も口にした言葉を再び叫ぶ。

 

 ――強く、なりたい!

 

 

「さあ! 邪魔者はいなくなりました。それでは我らがカーニバル、その最終演目を楽しみましょうか! 攻撃目標《スカーレット・レイン》! 攻撃――」

 

 それでも時間は容赦なく進んでいく。

 いくら祈っても強くはなれない。神秘のパワーは急には目覚めない。クロウに奇跡は起こらなかった。

 

 

 だからこれは必然である。

 ちゃんと計算された運命が訪れただけ。

 

 

 爆音。衝撃。

 そして悲鳴。

 それはクロウたちの付近で起きたものではなく、今まさに銃口を盆地の底に向けていた黄のレギオン連中の間で発生していた。

 

 暴発? クロウの考えはすぐに否定された。誰一人として例外なく見上げる視線の先、原因を作り上げた人物が予想だにもしない方法で現れたからだ。

 レディオの叫びがビルに反射する。

 

「なぜ……!? なぜ貴様がここに!」

 

 真っ赤に輝く鋼の鱗。雄々しいハネで空に浮かぶ巨大な竜。

 レディオはその巨獣型エネミーに文句を言った訳じゃなかった。

 竜に着けられている口輪から伸びる手綱。それを持つ人物をクロウは見たことがあった。

 

 かつて戦い、辛酸を舐めさせられた相手――

 

「《竜騎士(ドラグーン) フレイム・ゲイレルル》!」

 

 槍を持つ戦乙女。

 彼女が竜に跨ってこの場に現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

「《竜騎士《ドラグーン》》を出せ、だと?」

 

 竜騎士はヴォイドが手に入れたテイムアイテムによって手懐けられた竜と、その乗り手の俗称である。ロータスの言葉にドラゴニュートはいい顔をしなかった。

 それはそうだ。アイテムによって手懐け(テイム)られたエネミーはメタルカラーよりも貴重な存在。一度殺されたら同じ個体は二度と手に入らない、所有しているレギオンにとっては虎の子中の虎の子である。それをロータスは出せと言ったのだから。

 

「そうだ。今代のディザスターはまるで飛ぶかのような跳躍を見せるらしい。だから制空権の取れる存在が必要なのだ」

「それこそお前の団に……」

 

 そこまで言ってドラゴニュートは考え込む。そして結論が出ると呆れたような声で言った。

 

「なるほど、過保護だな……」

 

 ドラゴニュートが聞いている限り《シルバー・クロウ》は少し前にレベル4になったばかりの……まだ初心者に毛が生えた程度の実力だ。

 経験は積ませたい。しかし、万が一はあっては困る。と、いうことで“保険”が欲しいのだろう。

 気まずげに顔をそらすロータスを見ればそれは明らかである。

 

 ドラゴニュートはため息1つ……。

 

「それで、時間と場所は? ちゃんとわかっているんだろうな。まさかこれからずっとダイブしっ放しだなんていうなよ?」

「……!! ああ! それは赤の王が手を打っているみたいだ」

「そうか、じゃあ俺の連絡先はお前が侵入したプライベートネットの1番最初に書いてある。ハックして転送先を探そうとするなよ? アマゾン奥地にある秘境の村の名前がわかるだけだ」

「それは……なんだ? 冗談のつもりか?」

 

 ロータスの辛辣な言葉にドラゴニュートは黙って出口を指差した。

 

「2階にポータルがある。帰りはそこを使え」

 

 言い残したことはもう無いと無言を保つドラゴニュートにロータスは首をかしげながらその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 廊下に待機していた3人からの冷めた見送りを受けた後、ロータスは曲線を描く階段を一段一段と上っていった。

 視線の先、青々と優しく光り輝くポータルを見つけると同時、もう1つの存在が目に入る。

 ポータルの色とは間逆の苛烈なる赤。ドラゴニュートの片腕、《フレイム・ゲイレルル》の姿がそこにあった。

 

「下で見なかったからおかしいと思っていた。ここにいたのだな……」

 

 微かに緊張の含むロータスの言葉にルルは鼻を鳴らして返す。

 

「お前にも久しぶり、と言っておこうか。あの時は世話になった」

 

 “あの時”。無限に続くと思っていた時間に無粋にも割り込んできた目の前の人物にロータスは手を差し出す。もちろん刃の手を握ることができるはずも無い。ただの嫌がらせだ。

 

「貴女がこうして私達の前に現れることができるのも私があの戦いを止めたお蔭なんだから感謝しなさい」

 

 ロータスの手に視線すら向けることなくルルは言葉を返した。

 場の空気が2度、3度上がっていく。

 

「それはこちらの台詞だ。貴様の邪魔が無ければこのレギオンは再び代替わりを果たしていただろうな? そんなに3代目になるのが嫌だったのか?」

「そんなのはどうだっていい。貴女は2年間一体何をしてたの?」

「なに?」

「今更現れて、いつまでこんな所でのんびりしているのかって事。さっさとこのゲームをクリアしなさいよ」

「…………お前は何を言っている? それはお前の団長が目指しているものじゃないのか?」

 

 それなのになぜ敵に発破をかけるようなことを……。ロータスの困惑する態度にルルは何度か逡巡してからその胸の内を語る。

 

「私は、ドラゴにゲームをクリア……いえ、これ以上の全損者を出させたくないだけ。彼はもう2人分の気持ちを背負っている。もうそれで限界なの……」

「なんだとそれはどういう……?」

「その重みは貴女もよく知っていると思うけど?」

「ムっ……」

「彼がばぜレベル10を目指しているか知ってる? 約束なんですって。それも8年近くも前、ほんの数週間一緒に遊んだだけの友達との……。彼は優しい。けど優しいからこれ以上は無理なのよ……」

「するとなんだ? お前から見て私は優しく無いと……?」

「あら、優しいの?」

 

 ハッキリ言い返され、たじろぐロータスを見て微笑むルル。彼女の言葉に込められた感情の名前をロータスは知っていた。その気持ちゆえに制御できない身勝手さも……なんとなくわかってはいるつもりだ。

 圧し掛かる空気をロータスは深いため息と一緒に吹き飛ばし、目の前の乙女へ高らかに宣言する。

 

「言われなくても私はやるさ。この人の体という殻の……その外側にある何かを見つけるために」

 

 ロータスの決意を前にルルは安心したように笑う。

 

「そう……じゃあお願い。それができたら私の《子》を傷物にした事は水に流してあげるわ」

「……それは!?」

「さあ、行きなさい!」

 

 心に残る傷跡の1つに触れられたロータスは驚きに目を開く。

 しかし、それも一瞬。ロータスはしっかりと前を向いてルルの指差す方向へと歩き出す。

 ポータルではなく、その光の先にある“何か”に向かって……。

 

 

 

 

 

 

「もう……! 災禍の鎧を捕まえるだけの簡単な仕事だって聞いてたのになんなのよこの有様は!」

「なぜ、この場にヴォイドのドラグーンが現れる! なぜ彼らを助けるのです!」

 

 戦場に現れた乱入者にうろたえるレディオにルルは呆れたような声を出す。

 

「少しは落ち着きなさいよ。それでも王の1人なの? ウチの団長ならこう言うでしょうね。

 ハプニングは怖がるもんじゃない、楽しむもんだ! って」

 

 まさか自分が言った台詞がそのまま返ってくるとは思ってなかったレディオは歯を軋ませた。

 その様子を気にもせずルルは自前の槍でレインを指す。

 

「なぜ彼女たちを助けるか、だっけ? 今回私が頼まれたことは2つ。

 超長距離跳躍を行なう災禍の鎧の捕縛。

 そして多大な迷惑をかけた赤の王への借りを返す。ということ。

 彼女がいなくなったら私が困るって事よ」

「せ、先代からの恩を今更になって返すということですか……」

「……なに勘違いしてるのかわからないけど、貴方はそう思ってればいいわ。ともかく! 貴方達が大人しくこの場を去ればよし!」

 

 竜に跨っているという窮屈さを感じさせない槍捌きでルルは天を指す。

 灼光放つその槍は等しく見る者すべての目を焼いた。

 

「退かないのなら私の二つ名を思い出すハメになるわよ!」

 

 ルルが腕を振りかぶると同時、赤竜が前傾姿勢で滑降を始める。

 まるで墜落を恐れていないかのような突進にバーストリンカーたちは恐怖を叫ぶ。

 

「ラプタァァーーーー!!!!」

「《フレイム・ランス》!!」

 

 レディオの怨嗟の叫びは爆音によってかき消されてしまう。

 そこからは一方的な蹂躪だった。まるで自分の体のように大型翼竜の手綱を操るルルと、こうしちゃいられないとレベルアップボーナスの全てを注ぎ込んだ《強化外装》を着込み、暴れだす《スカーレット・レイン》。地上と空中からの挟撃に黄のレギオンは慌てふためくしかない。

 

 しかし彼らは退かない。ここまで仕組んでおいて逃げ出すなんて彼らの矜持が許さなかった。

 

「火線はゲイレルルに集中させなさい! 赤の王は私が隙を作ります。その間にジャミングと近接部隊の突撃を……!」

 

 レディオの指示は所々遮られながら、それでもレギオンメンバー全員に伝わった。

 大量の十字砲火にさらされて一時上空に退避するルル。

 一斉の突撃に照準を迷ってしまったレイン。

 ルルとレインの攻撃が同時に止む一瞬の間。そこに……。

 

「いきますよぉ! 《愚者の回転木馬(シリー・ゴー・ラウンド)》!」

 

 レディオの必殺技が響き渡りレインの周りに巨大な回転木馬が現れる。

 この場にそぐわない陽気な音と共に木馬が回転を始めると、突然レインの射撃がてんで見当違いの方向に逸れていった。

 レインの近くにいたクロウとパイルも必殺技の効果によって平衡感覚を失い、その場に膝を付いてしまう。

 その隙に何人もの近接型がレインに取り付いて、身に纏っている強化外装を少しづつ、ジワジワと剥がしていった。

 

「くっ、このままじゃジリ貧ね」

 

 次々に襲い掛かってくる弾幕に対して回避行動に集中するしかないルル。

 一度場を離れ、大きく旋回したルルはいまだ眠っているお姫様に顔を向けた。

 

「貴女はいつまで眠っているつもりなの! 私に言ったことはもう忘れた!? 1人の男にウジウジうじうじ! 情け無い、消えた男なんかよりも、今貴女のそばで心配そうな顔をしている男に笑顔の1つでも向けてあげたほうがよっぽど建設的だわ!」

 

 クロウに目を移すと戦闘中だということも忘れポカンとした表情で自分を指差していた。

 ルルはそれを見るとウインク1つ、クロウに眠り姫を起こす方法を教えてあげる。

 

「さあ、貴方も一発ブチかましちゃいなさい!」

「ええ~~っ!?」

 

 不自然にクロウとロータスの周りにだけは攻撃が放たれなくなった。バーストリンカーだって空気を読む。特に面白そうなことに関しては……。

 

「やれやれ、勝手に盛り上がらないでくれないか……」

 

 しかし、浮ついた空気も1人の女性が放つ凛とした言葉で引き締まる。

 今まで意識が無かったはずの《ブラック・ロータス》が起き上がり、その瞳には以前と変わらぬ熱意を宿していたのだった。

 

「倒れたものにまで働きを強要するとはやはり、恋する乙女の優しさはたった1人にしか向けられないらしい。私もこうはならないように気をつけよう。

 …… 一応言っておくが私と先代赤の王は男女の仲では決してなかった。そのような思いを抱く者は今も昔もたった1人しかいない。……お前と同じようにな」

 

 地上から見上げるロータスと空中から見下ろすルル。その視線には両者にしかわからない言葉が込められていた。

 同時に笑みを交わして目をそらす。

 

「お前1人か……?」

「悪いけどこの()、1人乗りなのよね」

「フフ、そうか……。ゲイレルル! お前はそのまま空中から我々を援護しろ! パイルはレインの上に乗っている連中を引き剥がしてくれ、レインは武装のリチャージを! ……ハルユキ君」

「は、ハイッ!」

 

 的確に行なわれるロータスの指令。

 しかし最後は近くにいるクロウにしか聞こえない程度の小声だった。

 

「……そ、“そういうこと”は誰にも見られていない場所で、な?」

「……は、ハイぃぃ!?」

 

 デュエルアバター越しに見える黒雪姫先輩の笑み。

 その意味することがわかったとき、クロウはVRだというのに顔が火照っているのを感じとる。

 

「ゴホンっ! では私はあの赤いのの援護に向かう。キミは妨害電波を発しているアバターをどうにかしてくれ」

「ちょ……!」

 

 背中を向け、レインのもとに向かってしまうロータスを見て、クロウは思わず手を伸ばすが黒のシルエットは止まらず行ってしまう。虚しく伸ばされたままの手を2度3度握りこむと、クロウは意識を切り替えて、今自分がやるべきことをこなすのであった。

 

 

 

 





すまん嘘付いた。
長くなったので分割したから後一話ある。

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