アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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前回までのあらすじ。
 ハルユキのリアルを割った赤の王が求めてきたのは復活した災禍の鎧の討伐。その手助けだった。
 その依頼を承諾した黒雪姫一行は無制限中立フィールドへと降り立つが、そこにはすでに黄色の王が罠を張り巡らせて待ってるところであった。
 ピンチに陥るも、かつての戦友ドラゴニュートに依頼していた助っ人が現れ、クロウたちはなんとか起死回生の一手を打とうとする。


第27話 未来の自分

 

 

 

 

 《ブラック・ロータス》が目覚めてからというもの、彼女の活躍には目を見張るものがあった。

 レインを囲む多数の近接型を一閃の下に切り伏せ、危険を払拭すると、今度は黄色の道化と1対1で相対していた。

 

「なぜ……。なぜ今となって現れる!? どうして私の準備したカーニバルを邪魔するのです! なにがしたいんですかあなたは! 2年間も姿を消しておきながら、今更なんですよ!」

「…………」

 

 自分の目標が後1歩で達成できるという所で計画を滅茶苦茶にされたレディオは原因となったロータスに詰め寄った。

 しかし、ロータスは言葉を返さない。

 

「そうですか、……やはりそうですか! あなたは酷い御方だぁ。いつもあなたは我々の希望を壊していく。《レッド・ライダー》の時もそうでしたねぇ……」

 

 ロータスの沈黙に我が意を得たとばかりにレディオは言葉を重ねていく。

 

「《竜王》を説き伏せて、和平がなったと安心させたところであなたは唐突にライダーを裏切った! あの時ライダーは何を思ったでしょうか? 彼は一体今何をしているのでしょうか!? ああ、さぞかし無念でしょう。憎いでしょう。彼の負った心の傷は一生消えない。それをあなたが作ったんだ!」

「…………」

 

 ここまで言っても反論1つしないロータス。先程と同じ展開にレディオは自分が相手の心の傷を抉っているとことを確信。身に感じる快楽で身震いを起こしていた。

 

「そしてあなたはまた同じ事を繰り返そうとしている! ……どうですかぁ? 今からでも遅くありません。もう一度その身を隠し、ひっそりと1人で生きていきなさい!」

 

 「さあっ!」彼方を指差し、責めるレディオにロータスは仕方が無いと、まるで言い聞かせるようにゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「……いいかレディオ。私は退かん。私には目的もあるし、託された思いもある。それに……」

「それに……?」

 

 ロータスから感じる覇気に後ずさるレディオ。その合い間を断ち切ってロータスは自らの切っ先を突きつける。レディオは自分の首が切り取られてしまったのではないかと錯覚し、思わず首に手を当ててしまう。

 

「私はお前に始めて会ったときから大嫌いだった! そんなお前から恨まれてもなんとも思わん!」

 

 体からあふれ出す闘志。切っ先に込められた決意。

 ロータスは何も言えなかったわけでは無い。すでに言うべき言葉が無かっただけ。

 彼女の意思はすでに全身からありありと語られているのだった。

 

 まさかの言い分にレディオの手は震え、その怒りが爆発した。

 

「ロォータスゥゥーー!!」

 

 半身引いた状態からレディオは長大なバトンをストレージより召喚、雷光めいた突きをロータスに放つ。ここに来て下手な小細工や揺さぶりは自らの隙を作り出すだけ。レディオは王の威厳を持ってロータスを地に叩き伏せることにしたのだった。

 

 ロータスはレディオの攻撃を切っ先で受け流しつつそのまま反撃に入る。攻防一体で動けるロータスの技巧、鋭い一閃にさすがのレディオも防戦に移るしかなかった。回転させればさせるほど強固さを増していくバトンでロータスの腕を絡めとリ、火花を散らす。この一瞬でバトンはすでにロータスですら簡単に切り裂けない強度へと持ち上げられていた。

 

 瞬時に入れ替わる攻と防のやり取りに、その場にいる全員が固唾を呑んで見惚れるしかなかった。

 弾ける衝撃、光る閃光。

 目で追いかけるだけで精一杯の戦いを一瞬たりとも見逃したくはないと思うのは敵味方共通の思いだった。

 

「これが、レベル9同士の戦い……」

 

 ジャミングしていたデュエルアバターを見つけ出し、その護衛についていた射撃型アバターの攻撃を火事場の馬鹿力でかわしつつジャミングを断ち切ったクロウはレインとパイルの近くに降り立ちながら呟いた。

 

 すでに黒と黄の王以外の戦いは止まっており、誰もが手に汗握って勝敗の行方を見守っている。両名の攻撃は直撃さえしないものの、僅かずつだが確実にHPを削りあっているのがわかる。

 このままいけばモノの数分もすればどちらかの王がこの世界から消え去るのだ。肌をチリチリと焼くような重圧感がこの場に満ち始めた。

 

 

 この場にいる全ての者、当事者であるレディオでさえ、今の現状は初めての体験なのだろう。レベル9同士の戦いを見ることも、レベル9同士で戦うことも……。

 だが、黒雪姫だけは違う。かつてクロウは黒雪姫が《竜王》と戦ったことを本人から聞いていた。しかし、それは観客のいないたった2人の演武だったということも。だからこの場で彼女だけが知っている。この狩るか狩られるかの緊迫した体験をもう経験済みなのだ。

 

 だからだろうか、傍目から見て、レディオよりも毛先一つ分、ロータスに余裕が感じられるのは。そしてその余裕がロータスに初めてのクリーンヒットをもたらした。

 当人同士にしかわからない小さな隙、そこを狙ってロータスはレディオの頭に生えている角を1つ切断することに成功する。

 

「ちぃぃ!」

 

 小さく無い痛みがレディオの焦りを大きくさせた。

 焦りは隙を生み、その隙を逃すほどロータスは甘くない。

 形勢が徐々に決まっていく中、その場に居る者全てが次の選択肢を突きつけられた。

 すなわち、このまま決着がつくまで見守るか、王を守るために間に入るか……。

 

 

 僅かな迷いが場の空気を揺らがせた。

 その揺らぎを突いて“悪魔”が来る。

 

 

 クロウの上空を影が横切った。だからクロウだけがいち早く悪魔の侵入に気付く。

 

 ――鳥……?

 

 深く考えればあり得ない想像を抱きながらクロウは空を仰ぐ。

 上空ではゲイレルルも手綱を強く握り締めながら王の戦いを見守っていた。

 その後ろ。クロウの想像よりもはるかに大きい影が一直線にゲイレルルへと向かっていく。

 

「ゲイレルルさん! 後ろです!」

 

 その影を見たときに感じた嫌な予感にしたがってクロウは大声で叫ぶ。

 クロウの警告、それで我に返ったゲイレルルは超絶といっていいほどの反応速度で手綱を引き絞った。人竜一体となった赤竜も殆んどタイムロス無しで身を捻る。 

 それでも影の攻撃速度は凄まじく、赤竜の羽ごとゲイレルルの体を切断してしまった。

 

「きゃああ!!」

 

 文字通り身を裂かれる痛みでゲイレルルは悲鳴を上げ、竜はその巨体を地面に叩きつけられる。

 地響きによって異常がその場の全員に伝わり、王も戦いの手を止めてしまう。

 

「今度はなんですか!?」

 

 レディオは目の前に現れたロータス以上の殺気に身を竦ませる。

 視線を彷徨わせると、居た。殺意の元凶が盆地の底でゲイレルルと対峙しているではないか。

 

 ゲイレルルが落ちた先、近くに居た《シアン・パイル》も《スカーレット・レイン》も、クロウだって誰も動けなかった。

 

「ははっ、ポカしちゃったわね。“こいつ”を抑えるために来たって言うのに逆に抑えつけられるなんて……」

 

 ゲイレルルは目の前のバケモノを睨みつけながら悪態をつく、だがそれが彼女の精一杯の強がりだとわかるのは震える声を聞けば一目瞭然であった。

 直接目を合わせて無いクロウですら感じる狂気に、彼は身を竦めてしまって動けない。

 おそらくパイルも、一度対峙しているはずのレインだってそうだ。

 そんな中でも悪態つけるゲイレルルの度胸にクロウは称賛すらしたい心境だった。

 

 

 黒銀の騎士鎧に身を包み、身の丈以上の巨大な剣を片手で持ち上げている悪魔。

 その出で立ちは物語が物語ならダークヒーローと持て囃されるほど洗練された体だった。しかし、纏う気配が全てを否定する。

 

 怒気。殺気。狂気。

 

 全てに怒り、全てを壊し、嬉々とする。

 人知を超えた行動原理は人に恐怖を感じさせ、その恐怖ごと喰らおうというのか、兜の奥には空虚といえる闇が広がっていた。

 

 まさにバケモノ。

 

 このバケモノを一瞬でも押さえつけられると考えていた数分前の自分を思いっきり罵りたくなったクロウだった。

 

 バケモノ――《クロム・ディザスター》は最初の獲物としてまず手負いの巨竜へと目を向ける。

 重量感を感じさせる大剣を軽々しく持ち上げると、一振り。

 それで鉄塔ほどもある竜の尻尾を両断してしまう。

 

「GYAAAA!!」

 

 竜の口から絶叫が迸り、恐怖で体を固めていた全員を動かした。

 

「ちいっ! ここまできたらもうカーニバルは台無しです! 皆さん、撤退しますよ!」

 

 まずレディオの号令によって黄のレギオンは最寄のポータルである池袋駅へと逃げ出していく。さすがにこの大混戦のなか他の王と事を構えるようなことはしないようだ。

 そしてレディオとほぼ同時に動き出したのが自身の相棒である赤竜を傷付けられたことに怒ったゲイレルルであった。

 

「ウチの子に何するのよ! 《フレイム・ランス》!」

 

 凝縮された炎の塊がディザスターを襲うが、鎧の材料として使われているクロムは炎に耐性があり、ゲイレルルの攻撃に対して動じることは無かった。

 

「離れなさいって、言ってんのよ! このぉっ!」

 

 しかし、何度も攻撃を浴びせかけられ、煩わしく思ったのかディザスターは体の向きを竜からゲイレルルへと変え、剣を振り上げる。

 してやったりとゲイレルルは後退を始めるがディザスターの突進は凄まじく、あっという間にゲイレルルへと肉薄してしまう。

 だが……。

 

「援護、よろしく!」

「無論だ……!」

 

 まるで後ろが見えていたかのようにゲイレルルが身を(ひるがえ)すと、現れたのはブラック・ロータス。彼女はディザスターの剛剣を流水のように受け流すと、返す手で敵の胸鎧を切りつけた。

 だが、それで怯むディザスターではない。鎧の持つ自己修復機能で切り傷を癒しつつ、もう一度振り上げた大剣をロータスに向かって振り下ろす。

 しかし、その瞬間ディザスターの視界が灼熱によって赤く染まり、獲物を逃がしてしまう。視界が戻り、元凶を確かめるとロータスの後ろに再び槍を取り出すゲイレルルの姿があった。

 

「次! ロータス、右側から!」

「言われずとも……!」

 

 言うやいなや、ロータスとゲイレルルは二手に分かれる。ロータスが攻撃する時はディザスターの体勢を崩させ、ディザスターからの攻撃あれば再び目を潰す。

 初めてタッグを組んだというのにまるで違和感の無い連携に、2人は目を交わし、笑いあうのだった。

 

 

 ――どうして……どうしてあんなに楽しそうなんだ!?

 

 ディザスターと戦う2人の女性を見て、ハルユキは大声で問いかけたい気分だった。

 両名の与えるダメージリソースはディザスターの自動回復値を上回ってはいない。それは次々に傷を修復していくディザスターの姿から見ても明らかだった。

 だとすればこのまま戦闘を続ければやがて2人が負けてしまうのは確実だ。それなのに……そんなこと気がついていないはずが無いのに2人はいまだ戦っている。それも何故か笑いながら。

 

 息の合った戦いができるから?

 2人はまだ勝てる手を隠している?

 それとも、もう自棄になって?

 

 クロウは次々に浮かんできた予想を全て否定した。今もなお苦戦しながらも楽しんでいる様子に当てはまらないと思ったからだ。

 クロウには解らない“何か”があそこにある。

 彼女たちにあって自分に無いもの。それは“強さ”だ。無残にも負けることが解っているのに、なお戦える秘訣があそこにはある。

 クロウは自分の持っていないものを求め、2人の戦闘を最後まで目に焼き付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ブラック・ロータスがディザスターを吹き飛ばす。これまで何回も行なってきた行為だが、ディザスターも今まで通り何事もなかったかのように立ち上がるだろう。それも傷ひとつなく。

 今の隙にロータスは隣に立つゲイレルルへと話しかけた。

 

「あとどの位耐えられる?」

「そうね、あと2発が限度ってところ……」

 

 チラリと自分のHPを確認したゲイレルルの返答にロータスは敗北の2文字がすぐ近くまで迫ってきていることがわかった。

 しかし……。

 

「でも……」

「でも?」

「勝てるわ。楽勝ね」

 

 半ば本気の発言にロータスは思わず笑ってしまった。

 なるほど、このくらいの気概が無ければあの団の副団長は務まらないらしい。

 それに比べて、とロータスは自分の行いを振り返る。

 

 ――少しはハルユキ君に私の意地を見せられただろうか……。

 

 ロータスの視界の端、真剣にこちらを見ているクロウを見てそう思った。

 始めは領土戦での負け越しを気にしているハルユキに、ブレインバーストの戦いに於いて勝ち負けが全てではないと伝えるためにロータスは赤の王の依頼を受け、この無制限中立フィールドまで赴いたのだ。そのことを伝える前に色々とケチがついてしまったが。

 

 しかし、この勝負で見っともなく負けるロータスに、クロウは何を思うだろうか。

 失望するだろうか、見損なうだろうか、尊敬の目を向けてくれなくなるだろうか。

 

 ――いや、ハルユキ君はそんなことを思わないだろう。

 

 ロータスは2人を繋ぐ絆がそんな安っぽいものでは無いとこの半年間で学んでいた。

 

 ――ならばこちらも言おう。いくら負け越したとしても私たちの絆は揺らがない。だから負けを恐れるな。と

 

 あとはその心意気を自分の身を持ってして体現せしめるだけ。

 そのためにロータスは土煙のなかで立ち上がるディザスターの影を睨みつけた。

 

 土煙に穴が開き、目を見張るスピードでディザスターが姿を現す。

 その速さが合わさった巨体が繰り出す素早い攻撃をなんとか受け流しながらカウンターで体を切りつける。

 かわされた剣が地面に刺さるディザスターと、全集中力を賭した一瞬の攻防を行なったため体が硬直するロータス。

 

 そのため、その攻撃に反応できたのは常に戦場全体を俯瞰するように見ているゲイレルルだけだった。

 

 突如ロータスの足元に現れたゲイレルルの槍が爆発。完全に不意を突かれた形となったロータスは爆風によって彼方へと吹き飛ばされてしまう。

 そしてその直後、ゲイレルルの槍とは比べ物にならない熱量を持つ巨大なビームが3人を襲うのであった。

 

 

 

 

 

 

「な、な、何をするんだ。ニコ!」

「うるせぇっ! 計画通りじゃねえか、お前らが足止めして、あたしが止めを刺す。ちょっと巻き込んじまったが必要な犠牲だった、そうだろう?」

 

 クロウは砲身の熱で歪む空間の先、黒雪姫たちの戦いの邪魔をした人物を睨みつけた。

 ロータス、ゲイレルル、ディザスターを襲ったビームを放った人物、《スカーレット・レイン》を責めると本人から信じられないような答えが返ってくる。

 

 ――必要な犠牲だって!?

 

 それが答えなのだろうか。

 目的を達成するために最も効率のいい方法をとる。それが“強さ”なのか。

 そこには無駄というものが無いのだろう。

 迷いも、回り道も、ためらいも。

 信頼や仲間、温かみさえも。

 それがレインの強さか? そして自分が目指すべき強さで合っているのか……。

 クロウは悩む。

 

 始めて会ったときクッキーを焼いてくれたニコ。

 黒雪姫先輩と抱き合って眠るニコ。

 変わってしまった友人に涙を流し、自分にお礼を言うために顔を赤く染めるニコ。

 

 レインの強さは“本物”だろうか?

 

 

「あんたはこのゲームをクリアした方がいいって言ってたな。だったら教えてやる。この世界で信じられるのは自分だけだ。仲間も、友達も、レギオン、《親子》の絆ですら確かなものじゃねぇんだ……。

 それがわかったらさっさとポータルから逃げ出しな。“アレ”を倒した後、まだここら辺でうろついてたなら今度こそテメェらを全損に追い込むぞ」

 

 いまだ残る爆煙のなか、ほうほうの体で逃げ出し始めているディザスターを見ながらレインは言い捨てる。なんとディザスターはあれだけの砲撃を受けながらもまだ生き延びていたのだ。

 

 要塞のような強化外装を脱ぎ、あれほど激しい戦いだったというのに傷ひとつ無い体をあらわにしたレインは腰にぶら下げた小銃を手に取り、ゆっくりとディザスターを追いかけ始めた。

 

 今にも消えそうなディザスターと5体満足のレイン。

 レインがディザスターに止めを刺し、こちらに戻ってくるまでの時間はそうかからないだろう。

 だとしたら、一刻も早くここから離れなければいけない。しかし、クロウの体は決してそれを是としなかった。

 何故か。

 それはクロウ自身にもわからず、ただ、その場に佇み、ディザスターに銃口を突きつけるレインの姿を遠くに見つめるだけであった。

 

 

「まったく……これだから子供は……。

 というかもっとまともな回避方法は無かったのか?」

「せ、先輩……!」

 

 クロウを動かしたのはロータスの言葉だった。思っていた以上に近くに吹き飛ばされていたようだ。レインの行動に気を取られすぎて気付かなかった。

 ロータスは欠けた足のせいで思うように立てないことに文句を言っている。しかし、レインの強力な攻撃を受けたというのに思っていた以上に元気そうだ。とりあえずロータスが生きていてくれたことにクロウは安堵のため息を吐く。

 

 しかし、ロータスの足はレインの攻撃で失ったのか? それにしては熱によって溶けた、というよりも砕けた、といった方が適切な感じがするが……。

 

「乙女の足をそんなにまじまじと見るものじゃ無いわよクロウ君? 手入れが済んで準備バッチリというわけではない場合は特にね」

「は、はひっ! す、すみません! そんなつもりじゃなくてですね!?」

 

 からかいの含みを持たせた台詞はゲイレルルのものだった。

 どうやら彼女も生き延びていたらしい。ロータスとは違い5体満足なところを見て、彼女のアビリティ《物理一定(セイム・ダメージ)》の強さの一端を垣間見た。

 

「冗談よ。でもさすがにあの砲撃の直撃をもらったらやばそうだったから形振り構ってられなかったのよ」

 

 ゲイレルルの最後の言葉はロータスへと向けてのものだった。

 ロータスも状況がわかっていたのだろう、仕方ないと頷くだけでそれ以上の追及を行いはしなかった。

 

「マスター、それより今はこの場を離れましょう。赤の王がディザスターを討伐したら今度はこちらを標的にするといっていました」

「そ、そうだ! ニコが来る前に逃げないと!」

 

 今まで冷静に戦闘を見ていたパイルが進言するとクロウも慌ててロータスに先程のレインの言葉を告げる。

 さっきまではディザスターに銃を突きつけ撃とうとする寸前だった。ならばすでにディザスターは断罪され、レインはこちらに向かって来ている可能性が高い。

 

「……どうかしらね」

 

 しかし、クロウの言葉に否をつげたのはレインがディザスターを追いかけた方向に顔を向けたゲイレルルだった。

 疑問に思い、クロウもその方向に視線を向けると目に映ったのは仰向けに倒れるレインの姿と、重力を無視するかのようなジャンプ力で遠ざかっていくディザスターの姿だった。

 

「どうして!」

 

 クロウが見た最後の姿では後は引き金を引くだけだったのに。

 その疑問に答えたのもまたゲイレルルだった。

 

「ディザスターが……いえ、《チェリー・ルーク》が赤の王の《親》だからよ」

「えっ……!?」

 

 新たに現れた《クロム・ディザスター》

 その調査を行なった《スーパー・ヴォイド》が得られた情報のなかにはそのことが含まれていたのだ。

 

 話を聞いたクロウは今まで納得行かなかったレインの行動を思い出す。

 ディザスターがいつどこで加速するのか、わかったのはリアルを知っていたから。

 ニコがディザスターの誕生に責任と後悔を感じていたのは身近にいたのにチェリーの変化に気がつかなかったから。

 仲間も、友達も、レギオン、《親子》の絆ですら確かなものじゃないと言ったのはその全てに裏切られたから。

 そして、最後の最後まで引き金を引かなかったのは……。

 

「なんて天邪鬼な奴なんだ!」

 

 クロウはニコの思いに、そして気付かなかった自分の不甲斐なさに拳を握り締める。

 やはりニコも“強い”

 何度も傷つけられながら、それでも信じる気持ちを捨ててなかった。

 一瞬でもニコの事を疑ってしまったクロウは心の中で謝罪する。

 

「クロウ。こうなっては両者にとってすでにブレインバーストは呪いだ。キミが断ち切ってやれ」

「ハイ!」

 

 ロータスの言葉にクロウは胸の内が熱くなったように感じた。

 ニコの手助けをするために背中のウイングに力を込める。

 

「おそらくディザスターはサンシャインシティに向かっている!」

「わかりました!」

「とべっ!」

「うおおぉぉぉっ!!」

 

 クロウは力強い羽ばたきで空を駆け抜ける。

 レインとルークを悲しみから解放させる。その一心で。

 

 

 

 

 

 

「見えた!」

 

 クロウの眼下にまるで飛行しているかのように宙を移動しているディザスターの姿が目に入った。

 まるで空中に壁があるかのように自在に進行方向を変えるディザスター。なぜそんなことが可能なのか、クロウはジッとディザスターの動きを観察する。

 あの行動原理がわからなければ再び同じ手で逃げられてしまうからだ。

 

「あれは……!」

 

 するとディザスターが方向転換をするとき、必ず腕を伸ばした方向に進んでいることが分かる。同時に、何か光るものが手の先から出ていることも。

 

「ワイヤー……! そうかあれで!」

 

 ディザスターの右手の先から射出される極細のワイヤーを建物に引っ掛け、自在に方向転換を行なっている。それがわかったクロウは一計を思いつく。

 

「うおおおおぉぉ!!」

 

 背中のハネを限界まで動かして加速する。視界が狭まり、通り過ぎるビル郡の残像さえ確認できなくなった頃、ようやくディザスターの前に躍り出た。

 突然現れた敵影にディザスターは進行方向を変えようと右腕を持ち上げる。

 

「いまだ!」

 

 すかさずクロウはハネを僅かに動かして自身の体をディザスターの突き出した右腕の前へと動かした。

 ほんの僅かな誤動作が体をバラバラにしそうな重圧のなか、カチンと背中になにかが食いついたのをクロウは知覚する。

 

「かかった!」

 

 自分の作戦が上手くいったことを確認するとクロウはさらに加速。背中に感じる重みが増したかと思うとクロウの後ろからディザスターがついてくるのを確認した。

 

 加速、加速。

 

 息をするのも困難なほど加速した両者の体。

 おそらくディザスターは右腕からしかワイヤーを射出することが出来ない。そして今からワイヤーを切り離しても再びワイヤーを出す前に地面に激突してしまうだろう。すでに満身創痍であるディザスターにとってその選択肢はとりたくない。ならば……。

 

 クロウはギシギシと背中のワイヤーが軋む音と共に後ろにあるディザスターの影が大きくなったことに気がついた。奴はワイヤーを巻き戻してクロウに肉薄しようとしているのだ。

 

「くっ! 予想以上にディザスターの動きが早い。このままじゃ!」

 

 当初の予定ではクロウはビルにぶつかる前に上昇して回避。余裕を持ってディザスターのみをビルの壁面にぶつける作戦だったのだが。このスピードでは急上昇を行なうことができない。かと言ってスピードを緩めればたちまちディザスターがクロウに取り付いてしまう。そうなれば力で勝てないクロウはディザスターの盾とされ、壁に叩きつけられた衝撃を全てクロウが背負うこととなる。

 

「どうすればっ!」

「信じろ!」

 

 まるで天からの言葉のようにクロウの頭上から声が掛かる。

 見上げてみれば、一際輝く赤い星。

 その手前のサンシャインビル屋上に、より煌いている銀の輝きをクロウは見た。

 

「この加速世界、信じることが力となる。

 だから信じろ! 自分と、己のポテンシャルの全てをつぎ込んだそのツバサを!」

 

 逆光でその人物の顔まではわからなかったが、クロウは彼の力強い言葉を信じることにした。

 信じることが力になる。クロウは心の中でもう一度その言葉を繰り返した。

 

 ――そうだ。ゲイレルルさんも、先輩も、ニコだって。彼女たちはいつでも何かを信じていた。

 

 勝利を、誇りを、絆を。

 だから彼女いたちは強いのだ。信じているものを裏切らないように強くあろうとしているんだ。

 

 ――ならば僕も信じよう。自分の力を……可能性を!

 

「負けるかぁぁーー!」

 

 クロウは加速に加速を重ねたまま目前に迫ったビルの壁に沿うように急上昇した。空気摩擦のせいだろうか、クロウのツバサが青白く輝く。

 天まで延びるようなその輝跡は、遠くでクロウの無事を祈っていたロータスたちの目にも映る程であった。

 

 次の瞬間、クロウの急上昇についていけないディザスターの巨体がビルの壁面に突き刺さり、爆音と共に瓦礫のなかへと消えていく。

 

「やったぁ!」

 

 これではディザスターといえどもひとたまりも無いだろう。

 クロウは安堵のため息を吐くと先程の声の主を見ようとビルの屋上を目指そうとした。

 

 だが……。

 

「ルヲォォ……!!」

 

 地の底から響く怨嗟の声と共にクロウの体は地面へ向かって引きずり込まれそうになった。

 驚くクロウの視線の先、そこには左手が欠け、自慢の鎧もすでにボロボロとなってしまったディザスターの姿があった。下半身がまだ瓦礫に埋もれているというのにディザスターは最後の力を振り絞り、クロウを《餌》としてその身を貪ろうとしているのだ。

 

 クロウも力を振り絞ってディザスターに対抗しているが、先程の急上昇で体はボロボロ、必殺技ゲージも残り少ない。

 ならばと、ワイヤーを切ろうとするがこのワイヤーは巨体のディザスターを十分に支えることが出来るほど強固なもの、クロウの力ではどうすることも出来なかった。

 

 ズルリ ズルリと徐々にクロウの体は引きずり落とされていく。最早ディザスターの砕けた兜から深淵の闇が覗きこめるほどの距離となってしまった。

 底知れぬ濁った暗闇。そこに取り込まれてしまえば二度と浮き上がることは出来ないだろう。クロウは恐怖に身を固めてしまう。

 

 すると暗闇から人を象った顔のようなものがズルリと現れた。

 顔のようなものは段々と形を整え、明るいピンク色の、少年のアバターとなった。

 それを見たクロウの頭に《チェリー・ルーク》の名が浮かぶ。

 

『僕は、強く、強くなりたかっただけなんだ。そして手に入れた。キミもそうだろう。強くなりたいなら1つになろう。そうすれば誰にも負けない強さを…………』

「違う!」

 

 無垢な少年の声をしているというのに背筋を震わすような恐ろしい声を、クロウは最後まで聞かずに遮った。

 

「キミは強くなんて無い! だってキミは信じられなかった。《子》であるニコのことを! そして裏切ったんだ! その行為がどれだけニコを悲しませるか考えなかったのかよ! そんな奴が強いなんて、あるわけ無いじゃないかぁ!」

 

 慟哭にも似たクロウの叫び。その叫びを聞いてワイヤーが一瞬緩んだのは気のせいだっただろうか。クロウはその一瞬でディザスターを瓦礫から引っこ抜き、再び天へと舞い上がった。

 

 ――ちくしょう! ちくしょうっ!!

 

 クロウの慟哭は止まらなかった。なぜならほんの少し前まで自分もチェリー・ルークと同じような考えを持っていたからだ。

 貪欲に“強さ”を求め、その代償は考えてすらいなかった。もしかしたら代償にブラック・ロータスを差し出すことになっていたかもしれないのに。

 もし、ルークの前に自分の目の前に災禍の鎧が現れていたとしたら……。クロウは誰にも相談することなく災禍の鎧を身に着けていたかもしれない。

 

 ――だとすればルークは僕だ! 最後の最後、誰にも相談せずに戻れない道に入ってしまった未来の僕なんだ!

 

 そんな彼をこれから倒す。

 クロウの心は深い悲しみに満たされていた。

 

 それでも、それでも誰かが裁かなければいけなかった。間違えた道を進んでしまったルークを正さねばならなかった。

 

 ――ならば僕がやろう。この役目は他の誰にも譲れない!

 

 クロウは目をつむり、呼吸を落ち着ける。

 そして目を見開くとビルの途中から突き出ている突起物に目をつけた。

 上昇する勢いをそのままに急速反転。

 突起物に足をかけ、慣性に反発するように先程とは逆ベクトルに加速した。

 

 

 再び《クロム・ディザスター》と相対する。

 兜の奥にはもう少年の顔は見えない。そこには底知れぬ闇が広がっているだけ。

 闇が歪み、一瞬、必死に力を求めてさまようリアルの自分の姿がクロウの目に映る。

 

 

「うああぁぁぁぁ!!」

 

 そんな自分と決別するようにクロウはディザスターの頭に踵をたたきつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 電子のリボンが解け、空へと消えていく。

 最終消失現象の儚い輝きをクロウはしっかりと目に焼き付けた。

 

 

 クロウがディザスターに最後の一撃を加えた後、静かに動かなくなったディザスターの体を見ていると、後ろからすっかりボロボロになってしまったスカーレット・レインがやってきて無言でディザスターに《断罪の一撃》をかけたのだ。

 

 電子のリボンをクロウが目で追って空を見上げていると、近くまでやってきていたレインがポツポツと自分とルークの出会いを話してくれた。

 

 自分もルークも孤児だったこと。

 周りとなじめなかった自分をブレインバーストの世界に誘ってくれたこと。

 いつの間にか《子》のほうがレベルを上回ったことで焦ったルークの変化に気付けなかった後悔を。

 

 レインが語っている間、クロウは黙って聞いているだけだった。

 レインもそれで何も言わなかったし、それでいいのだろう。

 

 レインが十分に思い出を語った後、ちょうどロータスたちもクロウに合流することが出来た。

 そこでわざとロータスたちを巻き込んで砲撃を行なったレインに対して罰としてロータスから剣の腹で拳骨を一発。ゲイレルルからは「私は一割しかダメージ食らっていないから別にいいわ」とそれでチャラになった。

 

 ちょうどよく訪れた《変遷》に心落ち着けた一行はサンシャインシティのポータルでフィールドから出ようとする。

 

「ルル、キミはどうするんだ?」

「私は羽田の方で切断を待つわ。ポータルで脱出しちゃうといちいちあそこに戻るの大変だから」

 

 ロータスたちの会話の後ろでヴォイドの拠点についてパイルから説明を受け、「スゲースゲー」言っているクロウは置いておいて、ゲイレルルはレインへと話しかけた。

 

 

「赤の王。このたびの騒動の一端はウチの団が絡んでいます。そのことに団長は大変心痛めており、何か償いを、と言っていました。あなたの気が済むのなら自分の首を差し出してもいいとも……」

 

 

 ゲイレルルの真剣さに騒いでいたクロウたちも気を引き締めた。

 ロータスはドラゴニュートの首を差し出していいという発言に悔しそうに顔を背ける。

 後はレインの采配を待つだけなのだが、レイン本人は苛立たしげに舌を打つと。

 

「やっぱりお前らも一枚噛んでやがったのか。チッ、だが終わっちまったことをうだうだ言ってもしかたねえ。だから……」

 

 ゴクリ、と誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。

 

「だから、お前のところの団長に言っておけ。お前らの領土とウチの領土の間で領土戦は禁止するってな」

「それって……」

「これ以上領土を広げるなってことだ。どうだ? 厳しい罰だろ?」

 

 「じゃーな」これ以上話すつもりも無いのか、そういってポータルに向かっていくレイン。

 赤の王が支配する練馬区と、竜の王が支配する世田谷区の間には杉並区がある。そこを支配している黒の王も「これだから天邪鬼は」と首を竦めながらレインの後を追い、クロウもパイルも笑いながら続くのであった。

 ゲイレルルは彼らの姿が消えるまで礼の姿勢を崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「だ、そうよ。よかったわね首が繋がって」

 

 クロウたちがポータルの光に包まれて姿を消した後、ゲイレルルは誰もいない空間に向かって声をかけた。

 

「ああ、今代の赤の王も平和主義で助かったよ」

 

 しかし、ゲイレルルが声をかけた先、物陰から1人の男性が姿を現す。

 クロウたちの戦いを影から見ていた《スーパー・ヴォイド》の団長プラチナム・ドラゴニュートである。

 

「まあ、団長の首が取られたとなったらウチの団は赤のレギオンと全面戦争に陥るからデメリットを考えると当たり前なんだけどね」

「いやいや、そこはあらかじめ団員に言い聞かせておくからそうは……」

「ならない?」

「……なるかも」

「でしょ、だからあれが普通なの」

 

 血気盛んな団員の事を思い出しているドラゴニュートの脇を呆れた様子で通り過ぎ、出口に向かうゲイレルル。

 外に出て、器用に指笛を吹くと空から1匹の赤いドラゴンが羽ばたきながら降りてきた。

 

「あれ? その子、災禍の鎧にハネを切られてなかった?」

「テイムモンスターは変遷さえ来れば欠損を含め全回復するのよ。それが待てないときはショップで売られてるアイテムを使うしかないけど」

 

 ヒョイっと軽く赤竜に跨ったゲイレルルは労わるように竜の首筋を撫でる。

 赤竜もその手に甘えるように喉を鳴らす。

 

「じゃ、そろそろ行こっか?」

「きゅるるー!」

「ちょ、ちょっと待って。俺はまだ乗ってないぞ」

 

 ゲイレルルの言葉に嬉しそうにハネを広げる赤竜にドラゴニュートは待ったをかけた。

 しかし、1人と1匹は目を合わせ。

 

「ごめんね。このドラゴン1人乗りなの」

「きゅっきゅきゅー!」

 

 ドラゴニュートをおいて大空へと飛び立ってしまう。

 

「ちょっと、来た時は2人だったでしょ! おーーい!」

 

 ドラゴニュートの訴えも虚しく、なんとかドラゴニュートが拠点に戻ることが出来た時間と設定された強制切断が行なわれる時間はほぼ同時になってしまうのだった。

 

 

 

 




更新がものすごく遅れてしまい申し訳ありませんでした。



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