アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

30 / 33
第29話 沖縄!

 

「にしても、聞いていた以上に暑いな沖縄は……」

 

 

 2047年4月16日。

 梅郷中3年生の黒雪姫は午後を過ぎた時間のサンサンと輝く沖縄の太陽を仰ぎながら忌々しげに呟いた。

 今、黒雪姫は6泊7日で行なわれる梅郷中の修学旅行の真っ最中である。

 昨日、一昨日は那覇にいたのだが、3日目の今日は沖縄本島中部南側にある辺野古へとやって来ていた。

 

 まだ3日目、されど3日目である。

 黒雪姫は沖縄に来た早々に1600km先にある東京の、同じ中学に所属している後輩(ハルユキ)に会いたいとホームシックにも似た感情を胸に抱いていた。

 さきほど少しの気晴らしにでもなればいいと、その後輩に全感覚ダイブコールを要求したのだが、それも今では裏目に出てしまっている。直接会いたいという気持ちがより大きくなってしまったのだ。

 とりあえずホテル内にこもっていても仕方が無いと、同じ部屋の友人――生徒会の書記をしている若宮恵とともにホテル近くのショッピングゾーンへと足を運んでいるのだが……。

 

「もう、姫。また“彼”の事考えてるでしょ!」

 

 その恵に注意され黒雪姫は我に返った。

 先程もハルユキと通話した辺野古ビーチで同じようなことを注意されたばかりだ、これではいけないなと小さく頭を振って黒雪姫は恵に答えた。

 

「ダメだな。このまま沖縄を楽しめなかったらそれこそハルユキ君に怒られてしまう。

 それに、隣にいる恵に対しても失礼だからな」

「そうですとも。沖縄にいるときくらい私だけを見ていてくれてもいいじゃありませんか」

 

 冗談めかして拗ねた声をだす恵にようやく肩の力が抜けた黒雪姫は何か面白いものは無いか、と周りにある色とりどりのショップへと目を向ける。

 できることなら直径30cmのサーターアンダギーが売られているといい。そう考えながら。

 

 それは東京で待つハルユキから頼まれたお土産候補の1つなのだが、実在するのかも怪しい代物である。

 恵と共にキョロキョロと観察していると、黒雪姫は自分達の(かよ)う梅郷中とは違う制服をちらほらと見かけるのに気が付いた。始めは地元の学校の生徒かとも思ったが、珍しそうに土産物を手に取る姿に自分たちと同じ旅行者だと理解する。

 

「どうやら沖縄へ旅行に来ているのは私たちだけじゃないみたいだな」

「そのようね。4月に修学旅行なんてうちの学校だけだと思っていましたけど、昨日も他の学校の方を見かけましたわ」

 

 ――全部が全部東京の学校では無いだろうが、今一度、近くにバーストリンカーがいないか確かめたほうがいいかもしれん……

 

 恵の言葉を聞いて黒雪姫はそう考えた。

 バーストリンカーの人口は99%が東京23区に集中している。

 他の県にいたとしても神奈川や千葉、埼玉といった東京と隣接している関東圏にしかその存在は確認されていない。

 

 そもそもバーストポイントの供給元のほとんどが対戦で培われているブレインバーストでは対戦相手の数が多くいないと継続してプレイすること事態難しいのだ。

 なので東京から遠く離れた地、この沖縄で“かつて東京に在住し、なおかつブレインバーストをインストールしていて、高レベル帯でポイントに余裕があり、沖縄でブレインバーストをインストールすることができる《子》を見つけ出し、対戦することなく《無制限中立フィールド》のエネミーを2人で狩り、ポイントを貯めながら次の《子》を見つけていく”という奇跡のような確立を持つバーストリンカーなど黒雪姫はいないと考えていた。

 そんな理由から那覇空港に降り立った時一度だけ加速し、マッチングリストに誰もいないことを確認しただけで、それ以降今まで確認はしていなかったのだ。

 

 だが、先程見かけたとおり、今の時期でも黒雪姫同様に他県からこの沖縄に来ている学生が多くいる。

 万が一、その学校が東京の学校で、しかもその中にレベル9が居た場合……せっかくの旅行が台無しになるかもしれない。

 

 今一度 確認のため、加速世界に行こうとした黒雪姫は息を吸ったところで隣の恵に気が付いた。

 

 ――危ない。今のは無用心すぎるぞ!

 

 ブレインバーストの存在は完全極秘。

 隣にいる恵がバーストリンカーではないことは百も承知だが、情報とはどこから漏れ、どこに繋がるかわからない。

 黒雪姫が呟いた言葉に疑問を持った恵が他の人にその意味を尋ねたり、ましてやその人物がバーストリンカーだった、などという可能性もありえるのだ。

 

 ――それに、恵は《こっちの世界》とは無縁でいて欲しい

 

 黒雪姫にとって恵はブレインバーストと関係無しに中学で初めて友達になった存在だ。

 ブレインバーストを長くプレイしていると、ふとした時にどちらが現実でどちらが仮想世界なのか酷く戸惑う時がある。そんな時、黒雪姫自身を現実世界にしっかりと繋ぎとめてくれる存在がいて欲しかった。それは同じブレインバーストをプレイしているハルユキたちでは難しい。

 加速世界とはまったく関係の無い、現実世界の象徴。

 黒雪姫にとって今の恵はそんな得難い存在なのだ。

 

 身勝手な理由だが、そんな稀有な存在を手放したくないと考えた黒雪姫は加速するために吸った息をまったく違う意図の言葉にして吐き出した。

 

「恵はお土産とか買わなくていいのか?」

 

 とっさに考え出した言葉にしては十分。それに、これほど並び立つお土産やにまったく関心を示さない恵に疑問を感じたこともあるって自然と言葉に出すことができた。

 恵も何の違和感も感じずに、黒雪姫の問いに答えた。

 

「いいえ。姫みたいに私の帰りを待ってくれる殿方は居りませんもの」

「そうか……」

 

 そして黒雪姫はピンと来た。

 適当にトイレに行くとでも言って一旦恵から離れようと考えていた黒雪姫だったが、よりいい案を……いや、そんな口実なんてどこかへ吹っ飛んでしまうような素敵な案を思いついたのだ。

 

「だったら、お互いに贈るためのお土産を買っていかないか。そしてそれを学校に帰ってから披露しあうんだ」

 

 黒雪姫自身、お土産を送る相手がハルユキと、精々同じレギオンに所属する黛タクムだけでは寂しいと思っていたところだ。

 恵もお土産は精々家族に送るだけといっていたが、黒雪姫と同じような気持ちだったらしい、黒雪姫の提案に笑顔だった顔をより一層輝かせ、頷いた。

 

「それはとってもいい案だわ!」

 

 この場で踊りだしそうなほど上機嫌になった恵は黒雪姫の前に回り込んで手を握る。

 

「それじゃあ姫、ここで一旦別れてお土産を探しにいきましょう。こういうのはお互い内緒にしていた方がきっと面白いわ!」

 

 最初から別行動を取ろうとしていた黒雪姫は一にも二にもなく頷いた。

 「では4時にホテル前で!」と言葉を残した恵の姿が見えなくなったことを確認すると、黒雪姫はさっさとバーストリンカーの有無を確認して、恵へのお土産をじっくり選ぶための時間を確保しようと再び息を吸う。

 

 しかし、次の瞬間、黒雪姫の息が吐き出される前に世界は青く染まり、そして再構成されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――なっ、対戦!? しかも挑まれた!

 

 黒雪姫の驚きを余所に黒雪姫の生身の体は姿を変え、加速世界でたった8人しかいないレベル9、その攻撃性能から《絶対切断(ワールド・エンド)》と恐れられた《ブラック・ロータス》の形をとっていた。

 

 まさか先程の予想(レベル9が沖縄にいる)が当たったわけではあるまいなと、普段なら一笑に付す考えを黒雪姫は真剣に考えてしまう。

 

 ――もしも相手が本当にレベル9であった場合、私は戦えるか!?

 

 すでに世界は変わり、対戦は開始されようとしている。しかし、今の黒雪姫はバーストリンカーとして対戦に挑む心構えを整えているが、レベル9と全損をかけて戦えるような覚悟を持ち合わせていなかった。

 

 旅行の地で完全に油断していたこともある。

 もしも対戦相手が先陣速攻戦が可能である《ブルー・ナイト》であったり、ブラック・ロータスにどれほど恨みを抱えているかわからない《パープル・ソーン》からの奇襲であった場合、戦闘の主導権を持っていかれ、後々不利になってしまうのはロータスである。

 

 《HERE A NEW CHALLENGER》の文字が消え、相手の名前とレベルを確認した時、ロータスは緊張からの落差でその場にへたり込みそうになってしまった。さすがにバーストリンカーの矜持でそれは耐えたが……。

 

Lagoon・Dolphin(ラグーン・ドルフィン)

 レベル5

 

 それは純粋にロータスへと対戦を挑んできた中堅レベルのバーストリンカーであった。

 

 そこまで確認し、ロータスは対戦相手の姿を探そうと、フィールドの様子を眺めながらガイドカーソルの指し示す方向へと目を向ける。

 

「どうやら《古城》ステージのようだな」

 

 建てられた当時は白塗りだっただろうレンガの壁が時を()て崩れ去り、ほとんどの建物には屋根すらなくなっている。当然窓ガラスなどがはまっているはずもなく、長いこと風にさらされた建物内部も外壁と同様所々剥げていた。

 道も先程までいたショッピングゾーンとはかけ離れていて、綺麗にそろえられたタイルは見るも無残に土さらしで、ところどころから雑草が伸びている始末だ。

 

 《風化》ステージと(おもむき)は似ているが、《風化》ステージは近代的な建物が荒廃しているのに対し、《古城》ステージはその名のとおり昔の城がそのまま時間を経てしまった感じがする。

 

 しかし、東京での《古城》ステージは城といっても和風ではなく欧風の石造りの城が風化している光景なのだが、この沖縄の風貌はまたどこか違う趣があるようにも見えた。

 そのことにロータスが疑問を持っていると。

 

「《古城》じゃない(でやねーらん)! ここは《城址(グスク)》ステージやっさー!」

 

 快活な、甲高い女の子の声がロータスの耳に入ってきた。

 どうやら先程の独り言を聞かれてしまったらしい。

 

 声が聞こえた方向――かろうじで残っていた建物の屋根の上にロータスが顔を向けると、そこには2人のアバターの姿が見えた。

 1人は沖縄の綺麗な海のような、緑がかった青の装甲を身にまとい、屋根から身を乗り出しているアバター。

 もう1人がその彼女の後ろに立ち、鮮やかな珊瑚の色をもつピンク色のアバターだった。

 

 両者とも女性型アバターであったが、先の発言はどうやら屋根から身を乗り出している海色のアバターからのようだった。

 先程確認した体力ゲージ下に出ている名前の色からして、対戦相手は彼女に違いない。

 

 身にまとうその雰囲気からして恐れを知らず、楽観的で、物事を何でもプラスの方向に解釈しそうな外向的な性格のようだった。

 

「ルカちゃーん、あの人もなんだか強そうだよー。今回は話だけにしよ?」

「そんなこと言ったって、本当に強いかや戦ってみねーとわからんサー!」

 

 そのことが珊瑚色のアバターとの受け答えでもわかる。

 しばらく珊瑚色のアバターと言い合っていたのだが、ドルフィンは問答無用とでも思ったのか、一息で屋根から飛び降りるとロータスの前に何事もなく着地した。

 

 ――ほう、体力ゲージに変化はなしか……

 

 屋根と地面までの距離はおおよそ5メートル。その高さから無防備に飛び降りた場合、いくらレベルが高く、基本性能が高くとも少なからずダメージを受けてしまうだろう。

 それでもなお飛び降りるということはよほど頑丈さに自信があるのか……。

 

 ――あるいは“飛び降り方”を知っているかだ。

 

 それは普段から体を動かし、訓練を行なわなければ出来ない動作。

 目の前のドルフィンは装甲が分厚いようには見えないのでおそらくは運動能力の高い近接格闘型のデュエルアバターなのだろう。鮮やかな青の装甲を身にまとい、武器を持っていないことからロータスは相手の能力を予測した。

 

「お前もあのホテルに泊まっている修学旅行生だな!」

 

 ドルフィンの言葉にどこか引っ掛かったロータスであったが、ドルフィンの指差す方向、それがロータスの止まっているホテルの風化した姿だったので素直に頷いた。

 

「それならワン()と勝負しろ!」

「それはいいのだが……」

 

 言いながら、見たことの無い独特の構えを始めるドルフィンにロータスは先程から気になっていたことを質問してみた。

 

「所々に出てくる訛り、お前たちは東京からの旅行者ではなくこの地のバーストリンカーなのか?」

「そうです、さっきの方もそう聞いてきましたが私たちがそんなに珍しいので……」

うるさい(カシマシ)! いいからお前(ヤー)はワンと戦えばいいんだ!」

「ムッ……」

「ルカちゃーん……!」

 

 珊瑚色のアバターの声を遮って1歩踏み出してきたドルフィンの姿にロータスはバーストリンカーとしての心をくすぐられた。

 確かにドルフィンはすでに戦う姿勢が整っており、ヤル気も十分高まっている。そんなときに対戦者がのんきに話などしていれば、まるで相手にされて無いのかとカチンと来てしまうだろう。

 

 話ならば戦った後でも出来る。そう考えたロータスはドルフィンの前に立ち、闘気をその身に張り巡らせるのであった。

 ちなみに話した後でも戦いは出来ると(逆の事)は微塵も考えなかった。

 

「よかろう。私もこちら(沖縄)のバーストリンカーがどのようなものか興味がある。さあ、かかって来い!」

「言ったなぁー! 沖縄(ウチナー)武士(ブサー)本土(ヤマト)(サムレー)とは一味違うことを思い知らしてやる!」

 

 言うと同時に5メートルはあった距離を一息でかけてくるドルフィン。

 まるで地面が縮小してしまったのではないかと疑ってしまうほど一足飛びでロータスに接近し、淀みない動作で拳を突きたててくる。

 

 接近した速度が嘘のようにピタリと静止。その慣性、自らの体重を、足、腰、肩へと伝わらせ、全ての力を十全に乗せた拳は同レベル帯でトップレベルのスピードと破壊力を誇ることだろう。

 しかし、空気の層ごと突き破ってきそうなその拳も、幾つもの修練、戦闘を何万回繰り返してきたロータスにとってはすでに見慣れたものの範疇でしかなかった。

 

「……ふっ!」

 

 拳の進む軌道に刃を立ててドルフィンの拳を切り裂いてしまうことは容易い。

 しかし、これはレベル9とレベル5の戦いであり、いってみればロータスの指導試合である。なのでロータスはドルフィンの拳を剣の腹でやわらかく受け止め 同時に相手の捻りこみすら取り込む込む勢いでドルフィンの右腕を巻き上げた。

 かつて自分の剣筋が相手に届かなかったとき用に中華街で開発した《柔法》と呼んでいるカウンター技である。

 

 次の瞬間ドルフィンは車に衝突されたかのように宙を舞い、そして地面に叩きつけられてしまった。叩きつけられる際、無意識にだろうが受身を取っていたことからドルフィンの格闘技に対する習熟度がよくわかる。

 

「……つ、つえぇ」

 

 しかしそのせいか、ドルフィンはたった一合で彼我の差をはっきりと思い知らされてしまった。

 地面に叩きつけられたままこちらを仰ぎ見て動かない相手に、ロータスは発破をかけるように挑発してみせた。

 

「どうした、もう終わりか?」

「……っ、まだまだぁ!」

 

 自分が知っている高レベルのバーストリンカー、それを軽く上回る強さを誇るレベル9。

 しかし、それがわかったからといって引き下がれる性分ではない。

 むしろ相手が強ければ強いほど燃え上がるドルフィンであった。

 

 地面に倒れた姿勢から軽快に立ち上がると、再びドルフィンは猛烈な突進(チャージ)を敢行、もう一度速度の乗った豪腕をロータスに向かって繰り出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

「ま、参ったぁ……」

 

 その後、ドルフィンはフェイントを織り交ぜた攻撃でロータスを驚かせ、必殺技まで放ち、敢闘するのだが、返し技として放ったロータスのレベル4必殺技《デス・バイ・バラージング(宣告・連撃による死)》によってHPもろ共完膚なきまでに吹き飛ばされてしまうのであった。

 

「うむ、なかなかいい戦いだった。東京のバーストリンカーと比べてもなんら遜色なかったぞ」

「うす。ありがとうございます!」

 

 負けを認めてからロータスの事をやけに敬うような態度をとるドルフィンに()みを返したロータスは、戦闘前の話し合いの続きを持ち出すことにした。

 

「さて、お前たちはどうやってこの沖縄でバーストリンカーになったのだ?

 それと、東京からバーストリンカーが来るたびにこのように対戦を?」

「あー……」

「それなんですけど……」

 

 どこから話せばいいのだろうか。そう迷っていたドルフィンの代わりに珊瑚色のアバターの子がロータスに色々説明してくれた。

 

 ブレインバーストは昔東京から引っ越してきた親戚の男からコピーさせてもらっていたこと。

 昔は東京からのバーストリンカーが来てもたまにしか挑まず、ポイントは主に《上のフィールド》でエネミーを狩って稼いでいたこと。

 しかし、ここ数ヶ月で困った問題が起こり始め、下手をすればポイント枯渇の恐れがあったので問題を解決してくれるような強いバーストリンカーを探して“辻デュエル”を何回かしていたこと。

 

 以上を珊瑚の子から聞いたときロータスは疑問を口にした。

 

「困った問題?」

「そうなんです……」

「《マジムン》が出たーって、師匠が……」

「ま、まじむん?」

 

 沖縄の方言なのだろうがその意味が理解できないロータス。

 混乱している頭に追い討ちをかけるように2人のバーストリンカーはさらにまくしたててきた。

 

「そうなんです! 《マジムン》を追い払わないといけないのに師匠は「敵わない」ってすっかり諦めてしまって!」

「だからワンたち、師匠より強いバーストリンカーをつれてきて師匠に喝を入れてもらおうって思って……」

「だからお願いです、私たちの師匠に会ってください!」

「この先にある喫茶店《サバニ》にいますから!」

「お、おい……ちょっと待て……」

 

 ロータスが止める間もなく言いたいことを言った2人は深々と頭を下げて加速世界からログアウトしてしまった。

 残ったのは瓦礫の山と白い砂、そして2人を止めようと手を伸ばしたまま固まるブラック・ロータス。

 

 数秒間固まっていたロータスであったが、宙をつかむように延ばしていた腕を静かに組むと……。 

 

「これは……その“師匠”とやらにガツンと言ってやらないといけないようだな」

 

 ポツリとひと言そう漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――そもそもバーストリンカーが現実世界で会おうなんて誘うことは御法度(ごはっと)中の御法度!

  そんなことも教えずになにが師匠か。さらに《子》にまで心配をかけさせるなんてけしからん!

 

 怒り心頭、若干冷静さを欠いたまま黒雪姫は件の喫茶店《サバニ》を発見した。

 観光客で賑わっている通りから若干離れた場所にあるその喫茶店は遠くの喧騒を残しつつ、穏やかな空気をまとって営業していた。

 サバニ――沖縄の言葉で《小さな船》という言葉の通りボート型の看板を上げたオープンカフェに客は一組しかおらず、黒雪姫はその一団が先程のバーストリンカー達だと推測する。

 

 女の子2人と男1人の組み合わせだ。

 女の子は黒雪姫に背を向けて顔が見えないが、ショートカットの少女とセミロングの髪を大きなリボンで結んでショートポニーにしている少女。

 そして彼女たちとテーブルを挟んで、なにやら気だるげな雰囲気を醸しだしている男。

 おそらくはその男が彼女たちの師匠なのだろう。

 確かに何かを諦めているようにも見える。どうやら少女たちの言う《問題》とやらに関係ありそうだ。

 

 しかし、今の黒雪姫にとってそれは関係ない。

 少女たちへの指導不足を含め、やる気の無い根性を叩きなおしてやるのが今回の目的なのである。

 

 ワザとらしくヒールのかかとを鳴らしながら黒雪姫が近づいていくと、その接近に彼らが気が付いた。

 少女たちは顔を明るめ、男は椅子から立ち上がって黒雪姫を睨みつける。

 そしてそのまま黒雪姫まで一直線に近づいてくるではないか。

 

 確かに、いきなり部外者が立ち入ってきて、さらに己に喝を入れようとしてくるなんて、当事者としては(たま)ったものではないだろう。

 だが、黒雪姫もここまで来て引けるような性質(たち)ではなく、お互いにらみ合いながらその距離を近づけていった。

 

 カカッ! と両者がかかとを鳴らして対峙する。

 こういう場合、第一声が肝心であり、決して負けてはならない。黒雪姫はそう思ってなるべく威圧的になるように声を張り上げた。

 

「お前が!」

「キミが!」

 

「「あの子達の《師匠》か!」」

 

 両者が少女たちを指差したまま固まった。

 

「ん?」

「え?」

 

 

 おかしい。

 どこかが決定的に間違っている。

 その間違いに気が付いた時、黒雪姫は思わず相手の顔を見た。

 どうか私の考えが間違っていますように、と。

 

 しかし現実は無情。

 

 血の気が引いているとはこのことか、男の顔面は青を通り越して真っ白となっている。

 おそらく自分の顔も同じ様に真っ白になっているだろう。黒雪姫はいとも簡単に想像することができた。

 

 そして両者は再び同時に声を張り上げるのだ。

 

「「バ、バーストリンク!」」

 

 《初期加速世界(ブルーワールド)》へと降り立ち、黒雪姫はブレインバーストのマッチングリストを最速で立ち上げた。

 レベル順に並んだリストの中には3人の名前が表示されている。

 

 レベル4《コーラル・メロウ》

 サンゴ礁(コーラル)人魚(メロウ)ということは先程の戦いを観戦していたピンクのバーストリンカーだろう。それはいい。

 

 レベル5《ラグーン・ドルフィン》

 これも確認するまでもなく、先程戦った相手である。これもいい。

 

 そして問題が……。

 

 レベル9《プラチナム・ドラゴニュート》

 

 この瞬間、黒雪姫は《8王》の1人、かつて肩を並べあった友、そして今は加速世界最大のライバルであるドラゴニュートと現実(リアル)で出会ってしまったことを絶望の中、悟るのであった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。