あの衝撃の体験から数週間、戦うことに少しずつ慣れてきたBBプレイヤーたち(ブレインバーストプレイヤーの略称だ)はこの不親切極まりないゲームの仕様を解き明かそうとみんなで必死になってた。
どれだけこのゲームが不親切なのか。最初に出てきたゲームの概要が書かれている英文が羅列されていたあのウインドウ、あの文を全て要約すると――
・このブレインバーストは対戦格闘ゲームです。
・マッチング機能を使い戦う相手を探しましょう。
・武器や必殺技を使って相手のHPをゼロにしましょう。
・勝ったら相手からバーストポイントがもらえます。ポイントを貯めてレベルアップを目指しましょう。
・逆にポイントがゼロになったらゲームオーバーです。
・さあ、実際にゲームをプレイしてみましょう。
“バースト・リンク”と唱えてください。
コレだけしか書かれていなかった事からそれがよくわかる。運営から出された情報がこれだけということは昨今発売されている丁寧なチュートリアルから始まり、よく使うアイテムの場所、初心者救済のためのイベント豊富etc.という親切設計ゲームに真正面からケンカを売るような姿勢である。
しかし逆に少なすぎる説明が小学生たちの心の奥底で燻っていたゲーマー魂を燃え上がらせたのか、次々と新事実が彼らの手によって明らかになっていったのも事実だ。
例えばフィールドによって建物が壊せたり壊せなったりすること。
建物を壊すと必殺技ゲージが溜まること。
フィールドによっては超強力な《大型生物オブジェクト》が登場し、一発逆転、あるいは両者同時KOの引き分けになってしまう場合もあること。
などのフィールドに関することだけではなく、他にも自身が操るアバターのことも段々とわかり始めていた。
アバターの色によってその性能が大きく変わることが……、例えば――
「《フォース・スラッシュ》!」
プラチナム・ドラゴニュートがいるビルの下で2人のアバターがその強さの
その片方である近接攻撃が得意な青型アバター ラピスラズリ・スラッシャーの必殺技が相手方に全て決まり、一瞬にして紫型アバターのHPをゼロにしてしまう。
本来、あの紫型アバターは得意な中距離攻撃とその追加で発生する《阻害効果》、デバフによって相手の動きを止めたり、攻撃力を弱めたりしながら戦えば、青型は近接攻撃しか強力な攻撃を持っていないという弱点を利用して試合を有利に持っていけるのだが……スラッシャーはその攻撃を受ける前に素早い動きで相手に近づきその連続攻撃によって相手のHPを削ってしまったのである。
紫型は防御力が低いのが弱点なので、青系屈指の攻撃力を誇るラピスラズリ・スラッシャーの連続攻撃はさすがに耐え切れなかったようだ。
「いいぞー! スラりん! よくやった!」
ドラゴニュートの隣でスラッシャーに応援を送っているが赤寄りの茶色型アバター《コルク・スプラッシュ》だ。赤系は遠距離攻撃が強力で近接技が苦手、コルクも他の赤系アバターと同じく指先から強力な指弾を飛ばす遠距離必殺技を持っている。
しかし、飛ばすものの形や色がそのアバターの名前の通りまんま“コルク栓”なので使うといつも周りの笑いを誘ってしまう。そのことが彼は大層気に入らないようで、本当にここぞという時にしかその技を使わなくなってしまった。
コルクの声援が聞こえたからか、スラッシャーは剣を持っていない左手をこちらに向かって降ってくる。それに対してコルクは全身を使って大げさに、ドラゴニュートは簡単に、しかし相手に見える大きさで手を振り返答するのであった。
今、スラッシャーは勝ち抜き戦を行っていて今の勝負で5連勝目だ。
彼はこの戦いを始める前に目標は10連勝といっていたのでまだまだやる気なのだろう。次の対戦者も現れていないのに自慢の片手剣をブンブン振り回している。
ドラゴニュートもコルクもこの場にいるがスラッシャーの対戦相手ではない。これはあらかじめ設定していた《自動観戦モード》の機能によって2人は対戦者としてではなく観戦者《ギャラリー》としてこの場にいるためだ。《自動観戦モード》とは気に入ったアバターを事前に登録しておくことで、そのアバターが《対戦フィールド》へ降り立った際にこちらも自動的に《ギャラリー》として《対戦フィールド》に入り、他人のアバターが対戦している光景を見学できるようになる機能だ。
これもまた最近発見された機能の一つである。
その機能が発見されたあとドラゴニュートはいの一番にスラッシャーのことを登録したのは言うまでもない。
最初の対戦のあとも何度も何度もお互いに挑戦しあい、お互いの実力を高めあってきたラピスラズリ・スラッシャーの対戦は全部見てきているし、スラッシャーもドラゴニュートの対戦を毎回見てくれている。
そしてお互いによかったところ、ダメだったところを伝え合いながらより高みを目指していく。
もはや2人の間柄は親友といってもいい関係になっていた。
そうやって仲良くなっていく途中でスラッシャーと同じ学校に通っていることがお互いにわかってしまったコルクとも(共通の話題が多すぎたらしい)一緒にこのブレインバーストの世界を楽しんでいる。
ドラゴニュート ――マサトにとってブレインバーストを遊ぶ時間は他の何よりも優先するべき時間となってた。
「そういえば知ってるか?」
それはスラッシャーの連戦記録が6に増えた時だった。
コルクがひとつの噂話をドラゴニュートに伝えてくる。その内容はとんでもない内容で、実際に出来たのならば数多くの人に注目されるだろう、とドラゴニュートでもわかってしまうようなものだった。
「ふーん。現実で《フィジカル・バースト》と唱えると加速した世界で通常の10倍早く動ける……」
「そうなんだ! でも、大体3秒くらいしか動けないし、その代わりにバーストポイントを5ポイント使っちまうんだけどな」
「なんか詳しいね……もしかして!」
コルクは恥ずかしい秘密を知られた時の様な照れた笑いを出しながら、体育の授業中にちょっとね。とそのコマンドを実際に使ってみてしまったことを白状した。
「でもスッゲーよ。まるでテレビの中のヒーローみたいに動けるし、周りのみんなからスゲースゲーって言われるんだ。病み付きになっちまうよ」
アバターの目をキラキラさせてフィジカル・バーストの凄さを語るコルクだったが、ドラゴニュートはあんまり関心を抱かなかった。
そもそも“魔法の呪文”を唱えると現実世界で大体2秒、それが青い世界ではおおよそ30分程度の時間、自分のアバターを動かせるようになる、ということは今ブレインバーストを使っている奴らにとって当たり前のこととなっている。
頭のいい奴はそれができるのが自分の頭で考える速さがとんでもなく速くなっているからだといっていて最近はブレインバーストの世界のことを『加速世界』とも言うようになってきた。
その加速世界に行けるだけでも、なんか凄い技術を使っているんだな程度の感想しか思い浮かばないマサトにとってそれ以上の機能を持ってこられても……より凄いことはわかるのだけれど……といったところだ。
それにマサトがいつもの10倍速く動けたとしてもそれはベッドの上だけだし、それにもうそろそろバーストポイントが溜まってレベルアップできるようになるため、そんなところで無駄なポイントは使いたくないというのが内心だったのだ。
ドラゴニュートが一番最後の部分だけコルクに伝えると、彼はスラッシャーも同じようなこと言ってたな、と苦笑いを浮かべていた。
そういえばどちらが早くレベル2になるか競争してるんだった。そう考えると同時にいまスラッシャーのポイントはいくつなのかマサトは気になった。もしかして10連勝が目標といったのはコレのせいか?
「いいよなお前らは、アバターも強いし。勝率だって90パーセントくらいだろ? もうお前らから挑戦しないと誰も闘おうとしてくれないじゃん?」
確かにそうだった。ドラゴニュートは始め自らの体の重さに足を引っ張られラピスラズリ・スラッシャーに負けそうになったが、いざ他のアバターと対戦してみるとスラッシャーほど早く動ける奴は稀だし、打撃攻撃に弱いことがわかった《メタルカラー》に接近戦を挑むような猛者たち相手でもドラゴニュートの技の中で唯一素早く動ける必殺技《テールアタック》を使えば最低でも場の仕切り直しまで持っていくことが出来るのだから。
全ての性能が他のアバターに勝っているとは言わないが、扱いやすい技を持っているアバターであることは間違いなかった。
全BBプレイヤーの中でも確実に勝てないと思えるのは、いま下で戦っている素早い攻撃でヒット&アウェイを繰り返す《ラピスラズリ・スラッシャー》。無口ながらもこのゲームを楽しんでいるらしい、テールアタックでも吹き飛ばない重量アバターの《グリーン・グランデ》。スラッシャーと同じ青型でキャラが被ってるとお互いに思っている、スラッシャーよりも動きは遅いが重い攻撃を繰り出す《ブルー・ナイト》。後は超強力な遠距離攻撃を持つ輩くらいだろうか……。
彼らもまた何かしらの強みを持っていて全員が自分の戦いやすい土俵に相手を持ってくるのが得意な者たちだった。
「それに比べて俺のアバターは……勝つか負けるか五分五分がいいところだもんなー」
そう、ぼやいてコルクはビルの上に寝転がってしまった。
「でもボクはコルクの必殺技強いと思うけどな……放った直後から色んなところに分散して跳んでいくけど、アレをもっと至近距離で使って全弾命中させることが出来ればボクの体でも結構HPを持ってかれると思う……」
「えー、そのカッタイ尻尾をブンブン振り回すお前の懐に飛び込むなんてコエーよ。それに俺赤系だぞ、近距離戦なんて出来るか。赤系はキックやパンチはヨエーの! 知ってるだろ?」
そう、今までのBBプレイヤーが試行錯誤を行なった結果、アバターの色によって利点もあれば弱点もあるということがわかったのだ。
先ほど紫型は防御力が低いといったが、逆に中距離戦はお手の物。
紫型とは逆に緑型はみんな防御力が高い。しかし、緑型は近距離攻撃も遠距離攻撃も苦手で、最終的には体全体を使ってぶちかますような攻撃を行なう、どちらかと言うと近接攻撃が得意な連中が多い。
同じように近距離攻撃が得意な青型とは逆に赤型は近距離系の技が弱いというわけなのだ。その代わり、青型に遠距離攻撃を持っている奴は少ないし、赤型は強力な遠距離攻撃を有しているというわけだ。
ドラゴニュート、いやマサトはコルクに何もいえなかった。
最初は遠距離で闘って、必殺技を打つときだけ近づけばいい、とかそういうことではないのだ。
ここ数日付き合ってわかったことは《コルク・スプラッシュ》の中の人はとても頑固だということ。
一度決めたら進路を変えず真っ直ぐ突き進むだけ、赤系が遠距離専門と聞いたらきっとそれしか考えられないのだ。
その信念は選択に迷った場合のここぞという決断の時とても役に立つものなのだろう……。
でも……きっと普段過ごす現実世界でもその生き方を選ぶコルクはとても息苦しい思いをしているに違いない。そう、まるで栓をされたビンの中のように――
「…………」
「いいよ、別に慰めてもらおうって訳じゃないし。それにフィジカル・バーストを使えばリアルのほうで活躍できる。一回“こっち”で勝てば“向こう”で2回も使えるんだからお得だよな!」
なにかを誤魔化すように笑っていたコルク・スプラッシュとの会話はここで終わってしまった。
スラッシャーの7戦目の相手にブルー・ナイトが出てきてスラッシャーは惜しくも負けてしまったからだ。そのせいでスラッシャーの対戦が終わり、それに伴い彼らも現実に戻ってしまう。
そして、これがコルクと交わした最後の会話でもあった。
数日後、ドラゴニュートはスラッシャーからコルクが全損、つまりバーストポイントをゼロにされゲームオーバーになってしまったことを聞いてしまうのだから。
◇
「コルクが全損した!?」
それはドラゴニュートと同じ《メタルカラー》の対戦を見ているときに出会ったスラッシャーから聞かされた言葉だった。
このブレインバーストの世界で《メタルカラー》はとても珍しく、ドラゴニュートを含めても4、5人しか確認されていない。メタリックに輝く体の見た目のかっこよさと全体数が少ないという珍しさが重なり《メタルカラー》の対戦は多くの人に注目されている。 ――はずなんだけど、今日の観戦者は心なしか少ないな……と、ドラゴニュートの脳裏にそんな考えが浮かんだが、今はそんなことどうでもいい。今はコルク・スプラッシュのことだ。
ドラゴニュートの驚きの声に重々しくスラッシャーが頷く。どうやら冗談ではないらしい。
ドラゴニュートは存在しない唾を飲み込みスラッシャーの次の言葉を待った。
「オレとアイツが同じ学校だって言うことは知ってるよな? 一昨日のことだ、青ざめた顔をしてるアイツを学校で見つけたのは。話を聞いてみると体育の授業やテストの時に調子に乗ってバーストポイントを使いまくってしまったらしい。
残高は8、あと一回勝負に負けたら全損になってしまうっていうのにアイツはへらへら笑いながら勝てばいいんだよ勝てば、っていってふらりと帰っていっちまったんだ……そこでアイツが勝負に勝てばただの笑い話で済んだ。
だけど話の本題はここからだ。
その次の日、オレはアイツが負けたって言う話を聞いて慌ててアイツのクラスに駆け込んだ。そして肩を掴んで詰め寄ったオレに向かってアイツは……アイツはキョトンとした顔でこう言ったんだ……。
おまえ、誰だよ……ってな。
オレは混乱した。混乱しながらアイツに同じゲームで遊んだだろ!? ってそれまで以上に詰め寄ったんだ。そしたら、そういえばそんなゲームもやってたかもな。って、さらに、でももう飽きちゃったからもうやらないよ。……だってさ。
意味がわからなくてボーっとしてるオレを置いてアイツはクラスのやつと校庭にサッカーをしに行っちまった……。なあ、どういうことだ? このブレインバーストはただのゲームじゃないのか? どこかの悪い大人が作った、子供たちだけで遊べる、ただの格闘ゲームじゃないのか? なあっ!!」
ドラゴニュートはスラッシャーに肩を掴まれ揺さぶられても何も答えられなかった。
なんだよそれ……、ドラゴニュートは混乱する頭の中で次々に浮かぶ思考の渦に飲み込まれてしまう。
ゲームオーバーって最初からってことじゃないのか?
コルクの奴が冗談を言った?
そういえばマッチングリストに載っていなかった気がする。
最初に比べれば人数が減ってきていたな。
みんな全損していたってこと?
記憶を失う? どうやって?
加速ってどういう原理でやってるんだ?
なんでみんな疑問に思わないんだ?
ブレインバーストっていったいなんなんだ!?
「おい! それ本当の話かよ!」
ドラゴニュートが正気に戻ったのは第三者が自分たちの話に突っ込んできたからだった。
コイツは……? たしか最近自分のアバターの弱点を発見されて負け越している奴だったような。ドラゴニュートのぼんやりした今の頭ではその程度の情報しか思い浮かばなかった。
「どうした?」
「さっきこいつらが話してたんだけどよ……」
「マジかよ!?」
「ウソだろ……おれ、もう少しで全損なんだぞ!」
「いやぁぁーーー!」
もう観戦者たちの混乱は止まらなかった。
対戦者たちですらこの騒動のせいで両者とも手が止まってしまったくらいだ。
そしてみんなの絶望の声は対戦がタイムアップとなり強制的にログアウトになるまでずっと続いていたのだった。
◇
全損すると記憶を失ってしまうという話はすぐさま全BBプレイヤーの耳に伝わった。
その話を聞いたものの反応は様々だった。
ポイントに余裕がある物はこのまま勝ち続ければいいと楽観的に。
あるものは自分が持っている力の特別性に気付き、弱いものを狩り始めた。
ポイントに余裕のないものはガムシャラに戦い次々に全損していった。
他にも話を信じていないもの、受け入れつつ今までどおり戦うもの。グローバルネットを切断するものもいた。
そして、プラチナム・ドラゴニュートこと花沢 マサトの反応は――
「《テール・アタック》!」
「ぐわぁっ!」
いつも通り対戦にいそしんでいるのだった。
「キミは黄色型なんだから戦いを始める前に必殺技ゲージを貯めないと。
黄色型の真骨頂は間接系の必殺技を初めとする搦め手の攻撃でしょ?」
いや、いつも以上に戦いを楽しむために敵の技を受けてみたり、相手の未熟なところを言葉で伝えたりして相手が実力の全てを出すのを待っていた。
そして、相手の全力と相対しつつ、それを上回る自分の実力を発揮させ相手から勝利を勝ち取る。
最近のマサトはそういう戦い方をしていた。
「舐めやがって! オレはどうしても勝たねぇといけないんだ! 今日負けちまうともうリーチがかかっちまう。お前みたいに余裕かましてる暇はねえんだ!」
黄色型アバターはつい先ほどと同じように何の策もなくただ愚直にドラゴニュートに突っ込んでいくだけだった。
マサトは相手を見下したり余裕があるからアドバイスをしているわけじゃない。ただ相手にもゲームを楽しんで欲しいだけだった。
それにマサトにだってみんなみたいに全損をしたくない気持ちはある。いや、他のみんなよりもその気持ちは大きいと自負している。
このゲームをインストールする前の自分、朝起きてご飯を食べ、ゲームをして、時間になったら寝る。その繰り返し、たまに『外の世界』を眺めながら楽しそうな人達の声を聞く。
あの生活を惰性で過ごすマサトは生きていなかった。変化のないあの生活にはもう戻りたくなかったのだ。
それでも、それだからこそ、色んな人たちと遊んで、笑いあって、いがみあいながらも最後には手を取り合えるこのゲームがとても好きだった。この気持ちをみんなにも感じて欲しかった。
このゲームを一ヶ月もプレイしていないけどわかる。みんな現実世界のどこかで絶望しているのだ。ボクと同じように、もしかしたらそれ以上に……。
だから、もし全損してしまっても後悔しないように!
記憶が消されてしまってもとても楽しい時間を過ごしたということが少しでも頭の片隅に残るように!
その記憶が現実世界の絶望に立ち向かえる希望となるように!
ボクは精一杯このゲームを楽しむんだ――
マサトはそんな気持ちを精一杯込めながら、真っ直ぐこちらに向かってくる黄色型アバターにカウンターを叩き込むのだった。
そんなある日のこと、病院は消灯時間を過ぎ建物全体が暗くなっているなか。若さのせいか、まだまだ眠くならないマサトがニューロリンカーに初期インストールされている一人用2Dゲームをやってる時だった。
マサトは――もう慣れてしまったが――突然甲高い音とともに一瞬でブレインバーストの世界へ連れて行かれてしまった。
――こんな時間に対戦を申し込まれるのは珍しいな。
食事中だろうがお風呂に入っていようが寝ていようが対戦の申し込みがあれば問答無用で対戦フィールドに連れてこられるブレインバースト。
その機能に不満を抱く大抵のBBプレイヤーは上記の時間帯はネット回線を切ったりニューロリンカーを外すのが常識になっていた。
なのでこの時間帯にブレインバーストをやっている子供は少ないし、マッチングリストもすかすかになる。
マサトは、もうよい子は寝る時間だろ。などと自分のことは棚に上げつつ対戦者の姿を探し始めた。
遠く離れた対戦者の方向だけを示すガイドカーソルによると挑戦者は目の前から近づいていることを教えてくれる。
じっと目を凝らしてみると確かに近づいてくる人影ひとつ。だんだんとその輪郭が大きくなっていき、現れたのはなんとドラゴニュートのライバル兼親友のラピスラズリ・スラッシャーだった。
スラッシャーはゆっくりドラゴニュートに近づいてくると周りをぐるりと見回しながら落ち着いた声で話しかけてきた。
「懐かしいな、このステージ……」
スラッシャーに言われドラゴニュートもステージを見回してみる。
広く、大きな夜空にはポツンと大きなお月様が優しい光を放っていて、ドラゴニュートたちの周りに浮かぶ何らかの粒子はその光を反射し、キラリキラリと幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そう、ここは両者が始めて対戦したステージ。今は『月光ステージ』と呼ばれるドラゴニュートが一番好きなステージだった。
「そうだね。あの日から一月も経ってないなんて信じられないよ」
ドラゴニュートもスラッシャーの落ち着いた雰囲気に当てられ、のんびりとした気分で返事をする。
スラッシャーは笑ったのだろう。息を吐き出す音と同時により柔らかい気配を纏うようになった。
「ドラゴ、この時間に観戦者はこないと思うけど一応《クローズド・モード》にしてくれ」
「うん?? いいけど……」
《クローズド・モード》は《自動観戦モード》と同じ時期に発見されたモードで、対戦する両者の合意があったときに限り行なえる観戦者たちをフィールドから締め出し、誰にも見られない状態で戦いを続けるモードだ。
スラッシャーの穏やかながらも拒否できない圧力をその言葉から感じ取り、ドラゴニュートは戸惑いながらスラッシャーから出された《クローズド・モード》申請にOKの返事を送りつけた。
「それで? 《クローズド・モード》にしたってことは今日は対戦じゃなくて何か話しがあってきたの?」
そう、対戦を誰にも見られないで行なうことに特にメリットは発生しないこのモード。
大抵は他の人に聞かれたくない類の話をするために使われるのだ。なのでドラゴニュートもスラッシャーが何か聞かれたくない話を自分に持ってきたと思い込んでいた。
「ああ、今日はお願いがあってきたんだ」
「どうしたの? そんなにかしこまって、そんなに大事な話なの?」
全然らしくないよスラッシャー、ドラゴニュートはそう言葉を続けようとした――
「オレを全損させてくれ」
――絶対に聞きたくない言葉を絶対に言わないと考えていた人物が口にするまでは……。