アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第4話 25勝25敗

 

「なんて……いったんだ?」

 

 プラチナム・ドラゴニュートは剣を地面に刺し無防備に両手を広げてくるラピスラズリ・スラッシャーに震える声で問いかけた。冗談だと言ってくれと。

 しかし、ドラゴニュートの心情をよそにスラッシャーはなお落ち着き払った声で再び彼に現実を突きつけた。

 

 「もう一度言う、オレを全損させてくれ。プラチナム・ドラゴニュート……」

 

 聞きたくなかった。そんな言葉、目の前の親友から絶対に聞きたくなかった。

 

 コルク・スプラッシュの全損から始まったこの騒動で多くのBBプレイヤーが選択を突きつけられた。

 苛烈に戦い勝ち残るのか、大人しく負け、全損の時を待つのか……。

 ある者は見っとも無くあがき、ある者はありのままを受け止めた。

 

 ドラゴニュートはどちらかというと後者だった。

 全損するときは仕方がない。しかし、最後の最後までこのゲームを楽しもう。

 そう考え、みんなにもそう考えて欲しいと、多くの挑戦者たちと戦ってきた。

 その中にも全損者はいた。負けてくれと泣き叫ぶものも……。

 しかしドラゴニュートは手加減しなかった。でも相手にも悔いの残らないような戦いをさせたはずだ。

 

 でもこの戦い方が出来たのはドラゴニュートの心に余裕があったからに違いない。

 ポイントの余裕か? 違う!

 強者の余裕か? 違う!

 …………では?

 

 ドラゴニュートは無意識の内に考えていたのだ。

 ゲームを楽しんだものに対価として記憶を要求してくる最悪のゲーム、そしてそれを後押しするのが自分の選んだ修羅の道。

 その修羅の道を目の前の親友だけは、今までと同じように笑いあいながら共に歩んでくれるに違いないと、そう楽観的に考えていたのだ。

 そしてその精神的な余裕が彼に今の道を歩ませた!

 

 だけどスラッシャー自身の考えは違かったらしい。その気持ちのすれ違いがドラゴニュートの心を蝕んでゆく。

 

「なんでっ! どうしてっ! キミはまだポイントに余裕があるはずだし、大抵の挑戦者に負けないはずだ……それなのに!」

 

 このゲームをやめる理由なんてない筈だ!

 一緒に強くなっていこうって言ったのはウソだったの?

 今までやってきたゲームの中でコレが一番面白いというのも?

 ボクとずっと友達でいてくれるっていうのも嘘だったのかっ!!

 ドラゴニュートはありったけの憎悪を込めて目の前の“敵アバター”を睨みつける。

 

 スラッシャーはドラゴニュートの憎しみを精一杯その身で受け止めながら、ゆっくりと静かに自分の考えを語っていく。

 

「怖く、なったんだ……」

「えっ?」

 

 ドラゴニュートは予想していなかったスラッシャーのその理由に自身の怒りも忘れスラッシャーの言葉に耳を傾けていく。

 

「コルクを……記憶を失った現実世界のアイツを見てそう思った。

 今はまだいい、いまこの瞬間に全損しても消える記憶はたった一月分だけだ……

 でも、このブレインバーストから何を学んで、現実世界では何を学んできた? もうその記憶さえ曖昧になってきてる。

 

 それが5年後、10年後の話だったら? オレは一体何を学んできて、何を考えて、何を感じて生きてきたのか、全部……とは言わないが最低でも半分はゴッソリ抜け落ちるんだ。

 それが……怖い。

 

 お前は、お前はそう思わなかったのか?」

 

 ……思わなかった。ドラゴニュート――マサトにとって明日は昨日と同じだし、一年後も今日と同じだ。ずっと同じ、朝起きて、ご飯を食べ、夜に寝る。『向こうの世界』ではずっとそうやって過ごしてきた。変化があるのは全部『こっちの世界』だけだった。

 

 でも、スラッシャーの考えもわかる。わかってしまった。

 

 スラッシャーは『向こうの世界』に“も”未来はあると信じていて、

 マサトは『こちらの世界』に“しか”未来がないと感じているのだ。

 

 向こうが間違っているとか、こちらがおかしいという話ではない。

 考え方……いや、環境の違いだった。決して交わることのない『2つの世界』その違い。

 多分全てのBBプレイヤーはその境界線に立っているのだ。一歩踏み違えれば2度とあがってこれないその場所に……。

 

 そして彼は一歩踏み出してしまった。ただそれだけだった。

 

 でも――

 

「できないよぉ……」

 

 情けない。いまならそう罵られてもよかった。それでこの状況が流れるのならば、初めての友達を失わなくて済むのならば甘んじてその言葉を受けとめただろう。

 いままでどおり一緒にこのゲームをやっていこうよスラッシャー……。

 しかし、マサトのそんな甘い考えは氷のように冷たい言葉によって破壊されてしまった。

 

「そうか……なら、まずお前を全損させる。そのあと他のやつに頼むだけだ」

 

 スラッシャーは地面に突き刺していた剣を引き抜き、蹲るドラゴニュートに向かってゆっくりと近づいてくる。

 ドラゴニュートはその言葉に驚き顔を上げる。しかし目に映るのは剣を構え、ユラリと闘気を全身からあふれ出させているスラッシャーの姿だった。

 

 ――本気だ……。

 

 本気でスラッシャーはボクを全損させる気なんだ! ドラゴニュートはスラッシャーの考えを疑う余地もなくそう信じることが出来た。

 

「今ならまだ引き返せる。やり直せるんだ。オレも! お前も!」

 

 とうとうスラッシャーはドラゴニュートの目の前へとたどり着き、その自慢の剣を振り上げた。

 対してドラゴニュートはひたすら小さく丸く、頭を腕で庇うポーズしか取ることができなかった。

 

「いやぁぁーーっっ!!」

 

 それはドラゴニュートの悲鳴だったか、スラッシャーの気合の雄たけびだったのか、とにかくその声が消えた後は一方がひたすら攻撃する場面でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――どうして……どうすれば!

 ドラゴニュートの心の中は答えのない疑問で溢れていた。

 

 ――このままではスラッシャーの手でボクは全損してしまう。

 ならどうする、反撃するのか。

 

 ――そんなことしたら結局スラッシャーを倒してしまうことになる。

 では、このままの時間が過ぎるのを待つのか。

 

 ぐるりぐるりと同じ場所を回り続けるドラゴニュート。

 そして時折響き渡る綺麗な音色の金属音。

 ラピスラズリ・スラッシャーの剣がプラチナム・ドラゴニュートの体に傷をつける音だった。

 

 始めはその体を欠けさせる事すら出来なかったというのに何度も戦っていくうちにスラッシャーはドラゴニュートの硬い体を切り裂けるようになったのだ。

 そのときの出来事は昨日のことのように思い出せる。いや、その思い出だけじゃない。ドラゴニュートにとってこの世界での出来事は全部大切で、宝石のように煌く宝物なのだ。

 

 こんな時だというのにその情景がまぶたの裏に浮かんでくる。

 でも、ドラゴニュートはこんな時だからこそ過去の情景を思い浮かべながら果てるのもいいかもしれない。……そう思い、月浮かぶ夜空に吸い込まれていく金属の音色とともに大事な思い出を思い出すのであった――

 

 

 

 

 

 

「《フォース・スラッシュ》!」

 

 ドラゴニュートの攻撃の隙を付きスラッシャーが自慢の必殺技を放ってくる。

 ドラゴニュートは避けきれずその流れるような4連撃をまともに喰らってしまって近くの建物ごと吹き飛んでしまう。

 すぐにドラゴニュートがこなくそ! っと立ち上がり残り時間を確認しようとすると、思っていた以上に残り少なくなったHPバーがそこに浮かんでいるではないか。

 なぜ!? と彼が自分の体を見下ろすとクッキリ残る4本の傷跡、そう切断攻撃にはほぼ無敵だったその体がスラッシャーの必殺技によって傷がついてしまったのである。

 

 驚きもそのままにドラゴニュートが顔を上げるとそこには余裕をもった体勢でドラゴニュートに向かってブイサインを送るスラッシャーの姿があるのだった。

 

 

 ――結局、この勝負には負けちゃったんだっけ……。

 

 

 リィィーーーン……

 

 

「だから、青が近接型で赤が遠距離型なんだよ!」

 

 これはアバターの色がそのアバターの得意攻撃を表していると考察しあってたときの思い出だ。

 この頃にはコルク・スプラッシュも参加していおり、3人で車座になってそれぞれの考えを楽しそうに話している。

 緑型は防御力が高く黄色は搦め手が多いってことはすぐにわかったのだがこの後が大変だった……スラッシャーは自らが持つ剣を根拠に青が近接系だとそう主張していたのだけれども……

 

「でも赤が近距離のイメージない?」「リーダーの色だもんな!」

「そんな考えはもう古いの! これからは青がリーダーの時代なんだよ!」

 

 喧々囂々、どちらも譲らない言い合いの果て、最後はスラッシャーが切れて剣を振り回し2人を追いかけ始めていた。

 

 ――周りのプレイヤーを見るにスラッシャーの考えが当たってたんだけど、あの時は2人で大ブーイングだったな……

 

 

 リィィーーーン……

    リィィーーーン……

 

 

「うおぉぉ!!」

 

 最後の最後、ドラゴニュートは一か八かのタックルを決めスラッシャーとの戦いを辛くも勝利で治めるのだった。

 白熱の戦いに周りの観戦者たちも盛り上がっている。なかでも一番はしゃいでいるのがコルク・スプラッシュだ、はしゃぎすぎて観戦席と化していた建物から落ちそうになり周りのみんなに助けられている。

 

 

「くそ! これで25勝24敗か……」

「誤魔化さないでよ、今回で25勝25敗、同率になったでしょ」

 

 その後の反省会においてスラッシャーが勝率を誤魔化そうとするがドラゴニュートがすかさず突っ込む。

 

「ちくしょー! お前以外のやつには大抵勝てるのによ!」

「まあそのうちボクが勝ち越して差が広まる一方になるんだけどね」

 

 ドラゴニュートのおどけた発言に「なんだとー!」と怒りながらじゃれ付くスラッシャー。

 

「おいおいケンカすんなよ、そんなこといったら俺はどうなんだ、最近負けてばっかなんだぞ!」

 

 コルクの諌める声に2人は少しの間顔を見合わせ……

 

「だってコルク飛ばすだけだもんなー」「だってコルク飛ばすだけだからね」

 

 同時に同じ考えを笑いながら口に出すのであった。

 次の瞬間、じゃれ合いにもうひとり参加者が増え、止める者のいない果てしない戦いが始まってしまうのであった。

 

 ――あの後、最後には誰ともなく笑い出してそのまま解散したんだっけ……

 

 

 リィィーーーン……

   リィィーーーン……

 

 

 

 

 

 

 次々に思い浮かぶ過去の思い出、しかしこの場にあの笑い合った3人はもういない。

 コルクはこの世界から消え去り、残る2人はこの思い出のステージで争っている。

 

 こんな事になるなんてあの頃は考えもしなかった。僅か数日でこのようなことになるなんて誰が想像できたであろうか……

 ドラゴニュートは静かなこの『月光ステージ』でそう考えていた。聴こえるのはスラッシャーの奏でる剣の旋律だけ……

 

 ――いや! 違う!?

 

 ドラゴニュートはその甲高い音の中からもうひとつ、交じり合う音を聞いた。

 それはスラッシャーがすすり泣く声だった。

 

 ドラゴニュートは驚き顔を上げる。そこにはもう剣を力なくぶら下げ悲しみの涙を流すラピスラズリ・スラッシャーがいるではないか!

 彼も3人で過ごした楽しい時間を思い出していたのだ。そして心のそこから湧き上がる感情が兜の奥の素顔から涙として溢れ出ているのだ。

 

 

 ――どうして……。

 

 

 ドラゴニュートはその涙を見てそう思った。

 どうしてこんな事になってしまったんだろうか。ボクたちは笑いながらゲームを遊びたかっただけなのに……。

 どうしてこのゲームの開発者はこの仮想現実でこんなに美しい涙を再現させるほどこのゲームを愛しているのにこんな悲しい仕様にするのだろうか……。

 

 ――どうして、どうしてどうしてどうして!

 

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 普段なら絶対に当たることのないドラゴニュートのガムシャラに放った大降りのアッパー。

 その攻撃を喰らい吹っ飛んでいくスラッシャー、彼が攻撃の当たった場所をさすりながらゆっくり立ち上がる姿を見ながら笑って……頬を伝わる雫も気にせずに笑ってドラゴニュートはこう言った。

 

 

「これで26勝25敗だ……」

 

 

 呆けるスラッシャーに対してドラゴニュートは油断なく構えをとる。

 左足を引き、半身の構え、右腕を全面に押し出し脇は締める。右の拳は顎の高さに、左の拳は腰に軽く当てるにとどめる。

 もう癖になってしまった、あの最初の日と同じ構えだった。

 

 

「そして、これからはその差は広がる一方になるんだ!」

 

 

 スラッシャーが笑った……そんな気がした。

 そうだ、楽しむんだ。どっちが勝っても、どっちが負けても、それが全力を出し切った勝負ならそれでいいじゃないか。

 これはゲームだ。ゲームに悲しみの涙は似合わない。だから笑え! 涙を流す機能は笑いすぎたときのためにあるんだ!

 

 

「そうだ、お前が一番このゲームを楽しんでいた。だからオレはお前に頼んだんだ。

 ドラゴ、強くなれ、誰もが羨むほどに、高く高く天辺を取るんだ。

 オレはそのための踏み台に過ぎない……」

 

 そう言ってスラッシャーも隙のない構えをとる。

 

 その姿を見てドラゴニュートは、なんだよそれ……と思った。

 踏み台だ、なんて。簡単に踏ませる気は更々ないくせに。でもそれでいい、どうせやるならとことんやってやる、とって見せるよ天辺を……。

 そして、そこに行くにはラピスラズリ・スラッシャーなんて奴に負けるようじゃやっていけないんだ!

 

 ジリ ジリと2人の距離が縮まってゆく。それに合わせて場の緊張も際限なく高まっていく。

 『月光ステージ』に珍しく冷たい風が吹き、両者の体に打ち付ける。

 

 その瞬間、ラピスラズリ・スラッシャーは上段に剣を構え、プラチナム・ドラゴニュートへと果敢に攻め込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、一晩中スラッシャーと連戦を続けたマサトは精神的負担によって夕方になるまで病室で呆然とし続けていた。

戦闘による疲れか、親友を失ったことに対する悲しみか、その心の内は本人にしかわからなかった……。しかし、そのどちらの気持ちも全く無いというのは考えられない。これからもマサトはこの日を忘れることは無いだろう。

 

 

 その後、安全マージンを十分にとりつつレベルを2へと上げたプラチナム・ドラゴニュート。

 レベル2の彼と戦い、負けたとしてもバーストポイントの変化が少なく、勝つ事ができればなんと、普段の倍のポイントを手に入れられることがわかったBBプレイヤーたちは、ローリスクで多くのバーストポイントを獲得できる、と数多くのプレイヤーが彼に挑戦していった。

 

 果たしてその結果は、彼が数年後《純色の王》と呼ばれる絶対強者の彼らと並び立つ《白金の竜王》と呼ばれるレベル9erとなることから、推して知るべし、ということになるだろう。

 

 

 

 




 作者設定(と言い訳)
 ・最初に出てきた英文の要約
  “あの”ブレインバーストがここまで教えてくれるなんて!

 ・紫型アバターの特徴
  いまだ戦うシーンが出てこない紫系アバター(出てないよね?)
  近接と遠距離の中間なんだから中距離ていうのは思いつくのだが、それだけじゃいまいちなんでデバフ効果も使えるアバターにしてみました。
  紫王は雷使いだし、副長は鞭使いだから相手の動きを封じたりするキャラのはず。

 ・フィジカルバーストの噂
  恐らくBB作成者がGMとして存在していて噂を流しているに違いない。

 ・全損時の噂の始まり
  おそらくBBのとんでも機能の重大さがいまいちわかっておらず、個人情報保護意識が薄いこの黎明期に全損時のペナルティがわかったに違いない、と思い、主人公グループに噂の根っこになってもらいました。
  
 ・相手に挑戦できるのは1日1回まででは?
  最初はその制限がなかったが、主人公のようにレベルを上げる人たちが増えたのでアップデートされ同じ相手には1日1回しか挑戦できなくなった。という設定。

 誤字、脱字、気になる点があれば報告お願いします。

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