アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第5話 《親》と《子》

 

 

 開発者不明、発信元不明、開発意図不明、わからないことだらけのVR型対戦格闘ゲーム《ブレイン・バースト》通称『B・B』。

 2039年に東京都の小学1年生を対象に配布されたそれは普段彼らが体験できない刺激と興奮を与え、少年少女たちは嬉々としてゲームを楽しんだ。

 

 しかし、彼らが無邪気に楽しんだ期間は極々僅かな時間でしかなかった。

 

 全世界のありとあらゆる場所に仕掛けられた『ソーシャル・セキュリティ・サーベイランス・カメラ』、一般的には短く訳され『ソーシャルカメラ』と呼ばれている治安維持を目的にした監視カメラの映像を『加速世界』ではアバターを使用し、覗き見ることが出来るということ。

 

 《フィジカル・バースト》という『現実世界』でわずか3秒ほどだが、体の感覚を残しつつ自分だけが普段の10倍の速さで動けることが可能となる現実に多大な恩恵をもたらす機能も発見された。

 

 それらの機能を使いすぎたために対戦でバーストポイントがゼロになってしまった場合、ブレインバーストを強制的にアンインストールされ、ゲームのことに関して何もかも忘れてしまう『記憶消去』が起きるという不確かな怖い噂話。

 

 彼らはみんなそれらのことに対し何らかの思いを胸の内に秘めながら、混沌の世界となってしまったブレインバーストをプレイしていった――

 

 

 最初にプレイヤーに与えられる初期ポイントは一律で100ポイント。

 『加速世界』に行くために消費されるポイントは1(他のプレイヤーに挑戦され加速した場合ポイント消費はない)、《フィジカル・バースト》を行なうのに必要なポイントは5。

 そんなポイントを湯水のように消費するなか、勝負の結果移動するポイントは同レベル同士の戦いでたったの10。

 そしてレベル1からレベル2に上がるためにはなんとポイントを300も消費しなければいけない。

 

 当初BBプレイヤーの総人口が100人程度しかいなかった最初期のプレイヤーたちの中では4、5人のうち1人しかレベル2に上がれない計算となる。

 そんな高い競争率を勝ち残った猛者(レベル2)たちに与えられた権利は《ブレイン・バースト》の無制限コピー。つまりBBプレイヤーを際限なく増やすことができる機能だった。

 

 こうしてレベル2の彼らによってゲームをコピーされ、増えていったBBプレイヤーたちを最初期から遊んでいた者たちは《第二世代》と、そして自分たちのことを《第一世代》と呼ぶようになった。 

 もしくは、ブレインバーストのコピーを提供するものが《親》、提供されるものが《子》と呼ばれることもある。多くのプレイヤーが生まれては消えていくこの《ブレイン・バースト》の世界で何を思ってその名前をつけたのか。名付けた者が誰かわからなくなってしまった今となっては知る由はない。

 

 そして、そんな《第二世代》のメンバーの中でも《第一世代》の連中すら圧倒する実力を持つ者達が何人か現れてくる。

 

 カウボーイハットと二挺拳銃が特徴の遠距離特化型アバター《レッド・ライダー》

 《回復アビリティ》を持ち、相手の心を読んだかのように多彩な動きで相手を翻弄する《ホワイト・コスモス》

 

 彼らをはじめ《第一世代》屈指の実力者、《ブルー・ナイト》《グリーン・グランデ》を含む、何らかのアバター属性に特化した彼らをBBプレイヤーたちは尊敬と憧憬をもって《純枠色(ピュア・カラーズ)》とそう呼んでいた。

 

 

 そんななか、最初期のBBプレイヤーの中で最も早くレベル2となり、数多の挑戦者たちを退けて、すぐさまレベル3へと上り詰めた――まさにトッププレイヤーともいえる《プラチナム・ドラゴニュート》はというと……。

 

 

 

 

 

 

「レベルが、上がらない!」

 

 マサトは自分が入院している病室のベッドの上で頭を抱えながら盛大にうなっていた。

 レベル3へと上がった直後くらいだろうか、《ブレイン・バースト》がひとつのアップデートをおこなったせいである。

 

 BBプレイヤーの総人口が増えたことによるマッチングの区画分け。

 これにより、今までは自分と相手がどこにいようとグローバルネットに接続していたのならばいつでも誰でも挑戦することができていたものが、区ごとに分けられてしまったのだ。特に土地面積の大きな区ならばそこから2つ3つの細かいエリアに分割されてしまった。

 

 なんの因果かマサトのいる病院がある《世田谷区第三エリア》(世田谷の下のほう、目黒区と隣接している辺りに当たる)はBBプレイヤーの数が常時少ないエリア――つまり過疎っている地域だった。

 しかもプラチナム・ドラゴニュートが世田谷区第三エリア以外の地域に出没しないということがわかるや否や大抵のBBプレイヤーがそのエリアに入ったとたんグローバル接続を切りマサトからの挑戦をシャットダウンするという徹底っぷり。

 数多くの腕試し(チャレンジャー)をなぎ倒していった結果、有名になりすぎてしまったのが原因だった。

 

 こうしている間にも他のプレイヤーはどんどんレベルアップしまう……そんな不安と、このままずっとブレインバーストを遊ぶことができなくなるかもしれない、という恐怖に頭を悩ませのだが、しかし現状打開の画期的な方法は全く頭に思い浮かばなかった。

 悩みを抱えたままイタズラに時間が過ぎる。マサトは今日もベッドの上を転がるだけだった。

 

 

 

 

 どれほどの時間がたっただろうか……窓から見える日の光が赤く色付き始めているようだった。

 1日中グローバルネットへ接続していたが、こんな時間帯になるまで一回も戦いを挑まれなかった。最近ではもうそんなことも珍しくはない。

 《自動観戦モード》の機能も切っている。自分が出来ないものを他の人がやっているのを見ると嫌な感情がわき上がってくるからだ。

 

 

 マサトが失意に暮れていると病室のドアからコンコンと軽いノック音が聴こえてきた、それと同時に視界の中心に現れる入室許可ダイアログ。

 

 誰だろうか? この病院に勤める看護婦ならば患者の許可をいちいち取るまでもなく入室することができるし、両親が来る予定の日はまだ先のはず……それともその予定が狂ったことでも伝えに両親のどちらかがやってきたのだろうか?

 マサトはとりあえず視界の中で点滅する許可ボタンをタップする。これを押さなければ廊下にいる人物がいつまでたっても部屋に入れない。

 

 

 入室許可されたことが相手にも伝わったのだろう、病室のドアが静かなローラー音と共に開かれた。

 しかし、ドアの先にいたのはマサトが考えていた両親のうちどちらでもなかった。そこには窓の外に映る真っ赤な太陽にも負けないくらい華やかな赤毛の少女が立っていたのだ。

 背中にも髪の色と同じような色合いのランドセルを背負っているので相手は小学生だとわかった。

 

 少女はいまだポカンとした顔でマサトのことを見つめている。このままお見合いしていてもしかたない。

 

 ――キミは、誰?

 

 マサトがそう口に出すよりも早く、少女が先に口を開いた。

 

「あなた……だれ?」

 

 その言葉はまさにマサトが言おうとした言葉と完全に一致していたのだった。

 ――こっちのセリフだよ。

 彼女との奇妙な偶然、思考の一致にマサトの口から思わず笑いが噴き出してしまう。

 

 突然見知らぬ相手に訳もわからないまま笑われてしまった少女はそのことが癪に触ったのだろう、ズンズンと怒り心頭でマサトの病室へ入ってきた。

 

「一体なにが可笑しいっていうの!?」

 

 どうやら彼女は勝気な性格のようでつり上がった瞳がその性格をよく表していた。

 逆に気弱なマサトは彼女の怒気を当てられたせいで愉快だった気分は彼方に吹っ飛び、たじたじになってしまうのだった。

 

「ゴ、ゴメンッ! ボクが言おうとした事をキミが先に言っちゃったから……」

 

 普段あまり人と話さないマサトはこの場を治めるためのいい言葉が頭に出てこない。とっさに思っていたことをそのまま口に出していた。

 しかしそのお蔭でマサトがなぜ笑ってしまったかの理由はなんとなく伝わったのだろう、少女はとりあえず怒りの矛先を治めてくれたようだった。

 

「それで、あなたは一体誰なの? それにここお母さんが居る部屋だって聞いたんだけど……」

 

 いまだ吊り上がった瞳をマサトに向けながら、しかしどこか不安そうな言葉でマサトを問い詰める少女。

 手を腰に当てながら踏ん反り返る堂々としたその態度は年齢に似合わぬ貫禄がにじみ出ていた。少なくとも自分には真似できないものだろうとマサトは思った。

 しかし、彼女のお母さんのことはよくわからないけど、とりあえず自己紹介は大切だろう。マサトは少女の最初の質問に答えることにした。

 

「ボクは、ボクの名前は花沢 マサト。ここはずっと前からボクが入院している部屋だよ。他には誰もいない。えーっと……キミは……、キミの名前はなんていうの?」

「……カンナ、わたしの名前は木戸 カンナよ」

 

 木戸 カンナ、そう名乗った彼女はこの近くの小学校に通っている2年生でマサトよりもひとつ年上だということを次々に話してくれた。

 ならこちらも、と自己紹介を始めると、その途中マサトが年下だと知ったカンナはなぜか勝ち誇った顔でフフンッ、と鼻を鳴らしていた。どうやら完璧に上下関係が出来上がってしまったようだ。マサトはなんとなく背筋が寒くなった気がした。

 

 お互い自己紹介が終わったので、なぜカンナがこの病院を訪れたのかを効いてみた。

 するとカンナは今日、最近この病院に転院したはずのお母さんのお見舞いをしにきたのらしのだが……教えられた病室に来てみれば母親の姿はなく、代わりにそこにはマサトがベットの上に佇んでいただけ。それだけならまだしも初対面の男の子に(しかも年下!)突然笑われて気分は不安と怒りで最悪だったと、その笑った本人に直接愚痴を言い始めた。

 女性の愚痴は止まらない。長い入院生活でそのことを知っていたマサトは速やかに話を逸らそうと、カンナがなぜこの部屋に来てしまったかその理由を聞くことにした。

 

「えーっと、お母さんが入院している部屋の番号はいくつだって言われてきたの?」

「うんっと……506号室だって……」

 

 メモダイアログでも見ているのだろうか、視線を斜め上に向けているカンナの様子を見ながらマサトはその番号を聞いてなぜ彼女がこの病室に間違って入ってきてしまったのか、その謎が解かってしまった。

 そしてその単純明快な答えに再び笑いがこみ上げそうになるが、その気配を察したカンナの目じりが再び上がってきたので慌てて彼女の勘違いを正すことにした。

 

「この部屋の番号は505号室。カンナちゃんのお母さんがいる部屋はここの向かい側だよ」

 

 この505号室はいわゆる角部屋で501号室、502号室と続いてきた病室の番号はここで折り返しとなる。そして正面の部屋が506号室でその隣が507号室と番号が増えていくようになっているのだ。

 恐らく一番端にある病室だと教えられたカンナがここまで来て右の病室と左の病室を間違えてしまったのだろう。ただそれだけの間違えだ。

 

 その勘違いを指摘されたカンナは先ほどまでの勝気はどこにいったのか、顔を真っ赤にしながら勢いよくこの病室から立ち去ろうとしてしまう。とても単純な間違えをおかしてしまった自分が恥ずかしくなってしまったようだ。

 

「あっ……」

 

 カンナはこの病室に用があって来たわけじゃない。それをわかっているのに離れていくカンナの背中を見て思わず縋るような声が漏れてしまった。

 カンナが行ってしまう。しかし、これから続く言葉をマサトは持っていなかった。

 

 ――またね、っていえばまた来てくれるかな……

 

 マサトにとって初めてこの病室に訪れてきてくれた歳の近い女の子、ほんの数分会話しただけなのにここでお別れになるのはとても惜しいと、もっと2人でお喋りしたいと思ってしまうのだった。

 

 カンナはもうすでに病室のドアに手をかけている。

 はやく、はやく何か言わないと。マサトは何度も彼女にかける言葉を考えるが結局何も思い浮かばない。

 カンナがこの部屋のドアを閉じた時、再び退屈な時間が始まってしまうのか。勇気を出せなかったマサトがそう考えた時――

 

「今日はもう遅いから無理だけど……明日もお母さんのお見舞いに来るから、そのときまたあなたに会いに来てあげるわ」

 

 カンナはなんでもないように、しかし決してマサトの顔を見ないように顔を背けながらもそう言ってくれた。

 

 カンナ自身もこんなことを言うのはとても勇気のいることだったのだろう。顔を逸らした彼女の耳の色が自分の髪の色と同じくらい真っ赤になっていたのは隠せていなかった。

 

 マサトはカンナの言葉に感動し、その赤くなった耳の意味することまで気が回らなかったが、精一杯の感謝を込めて「またね!」とカンナと再会を約束するのだった。

 

 

 

 

 

 

 しかしマサトはこの約束をすぐに後悔するようになる。なぜならカンナがマサトの病室に来るといちいちお姉さん風を吹かせるからだ。

 やれご飯を残すなだとか、勉強をしっかりしろだとか、夜遅くまで起きてちゃだめとかいろんな小言を言うものだから内心もううんざりしていた。

 一応、病気のことを考えてか運動をしろと言ってこないのが唯一の救い、と言ったところか。

 

 

「ほら! ここの問題、間違ってるわよ。さっき教えたばかりでしょ」

 

 そして今日もマサトの通っている通信制の学校からでた宿題を手伝うためにカンナは色々横から口を出してきた。

 ニューロリンカーに送られてきたその宿題データはそのままだとカンナには見えないので2人はいま病院内のローカルネットワークに《フルダイブ》(VR空間に体の全感覚を移す行為だ)をしてVR空間内で勉強をしていた。

 

 マサトはVR空間でデフォルメしたペンギンのアバターを使っている。デザインが上手い子はもっとカッコイイアバターを数多く用意された細かいパーツを使って自分で作成できるのだが、芸術のセンスがほとほと無いマサトはこのまん丸ボディで我慢するしかなかった。と、最初は思っていたのだが、使い続けていると不思議と愛着が湧いてくるもので、他のアバターを羨ましく思うことはもうなくなってしまった。

 

 そしてマサトをガミガミと叱るカンナはというと、なんとフリフリのドレスを着込んだお姫様のアバターを使用していたのだ! 3段に分かれたフリルのスカートや胸元に光るブローチ、夕焼けのようなオレンジ色のドレスは彼女の真っ赤な髪をうまく引き立てている。

 他にもいろんな細かい装飾が施されていて、決してニューロリンカーにプリインストールされている初期アバターなんかではない。自分で1からパーツを組み合わせて作った手の込んだもだとマサトでも一目でわかるものだった。

 

 

 この年頃の女の子がお姫様の格好をするのは珍しいことではない。しかし、いつも強気でハキハキしているカンナがそんなアバターを使っているなんて、と驚いたマサトが怒ったお姫様に頭をグニグニと揉みくちゃにされてしまう話は隅の方に置いておく。

 

 

 

 

「ねえねえ、もうそろそろ休憩しない?」

「なによ、さっき始めたばかりじゃない」

 

 頭のすわり(・・・)がどうにも悪いマサトはカンナの優しさを期待して休憩を提案、しかし素気無く却下されてしまう。

 

「これからボク検査があって……」

「今日の検査はもう終わったって看護婦さんが言ってたわ」

 

 頭を捻って搾り出したウソも先回りですでに調べられてしまっていた。なぜならこのウソを使うのは今日で3回目だからである。マサトの嘘つきスキルは限りなく低かった。

 

「ねえねえ、この前話してくれた学校で飼っているウサギの話なんだけど……」

「気になるならここまで宿題を終わらせれば教えてあ・げ・る」

 

 他の何かに気を逸らそうとしてもあえなく轟沈。もうマサトが勉強を回避する案は思い浮かばなかった。

 渋々宿題を再会するが、チラリとカンナを盗み見るとカンナの自分を優しく見守っている視線とかち合ってしまうのだから、なんともいえない気持ちになってしまうマサトだった。

 

 

 カンナの小言はうるさかったが、カンナが持ってきてくれる『外の世界』の話は毎回マサトの胸を躍らせるものばかりなのは確かだった。

 

 学校で飼っているウサギの話。柔らかくてあったかくて、餌をあげた時の気持ちをジェスチャーと共に伝えてくれるカンナを見てマサトの心は暖かくなる。

 

 同じクラスの女の子を泣かせた悪ガキをカンナがケチョンケチョンにしたときの話なんてハラハラしっぱなしで、気が付いたら手汗がビッショリになっていた。

 

 他にも学校の帰りに友達と寄るお菓子屋の話や、クラスのみんなとキャンプをした校外学習の話。

 どれもこれもマサトにとって縁のない話だったが、カンナの臨場感たっぷりに語る話のテクを前にまるでカンナと一緒にその場にいたかのような気持ちになるのマサトだった。

 

 そんな、『外の世界』の話をしている時のキラキラしたカンナの瞳が好きだったし、自分を心配して色々注意しているというカンナの優しさはしっかり伝わってきた。

 結局日が沈む頃に帰っていくカンナの後姿を見るたびに毎回慣れない寂しさを感じてしまうのを止められなかった。

 

 

 そんな風に今の現状を考えながらカンナのお姫様の格好を見ていると、いつだったかこんな物語をどこかで読んだ気がしてきたのをマサトは感じた。

 

“――姫よ、私は明日から森の奥深くへ食べ物を取りにいく。明日からは来なくていい。

 

 ――あら、竜はこの森の空気さえあれば十分だと昨日おっしゃっていましたわ。

 

 ――ヌゥ……”

 

“――そのとき丘の上から見た沈んでいく太陽は今もわたくしの心の中に残っていますわ。

 

 ――我の集めた金銀財宝、どれをとってもそのように綺麗なものは見たことがない。

 

 ――よければ今度2人でその丘へ行きましょう。2人で見ればその輝きもよりいっそう眩しく見えることでしょう。”

 

 ……そうだ、あの《絵本》だ。どうしてあの大事なことを忘れてしまっていたのか、薄情な自分を恥じるマサト。

 あの時、看護婦から貰った絵本、あとで読もうとベッドの脇にある戸棚の奥に隠したままだったことを思い出したのだ。

 

 

 思い出してしまったからにはこんなこと(宿題)をしている場合ではない。マサトは目の前にある宿題を素早く保存、ウインドウを消去するとカンナの静止の声も振り切ってVR空間から退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

「もう! なんで急に居なくなるの!?」

 

 マサトを追ってログアウトしてきたカンナの怒った声も無視してマサトはお目当てのものを戸棚から掘り出した。

 それは可愛いお姫様と大きな竜が表紙に描かれている一冊の絵本だった。

 

 満面の笑みを浮かべながら絵本を取り出したマサトにカンナはその本は何なのか聞いてくるが、けれどもマサトはいいから、いいからと絵本を一緒に読もうとカンナを誘うだけにとどめた。

 

 こんなののために勉強を途中でやめたの? あとでピーマン全部食べさせてやるんだから。などと言っていたカンナも絵本が1ページ、また1ページと進むたびに口数が少なくなっていき、最終的には早くページを捲って! とマサトを急かすくらい夢中になって読み込んでいた。

 

「あー、面白かった! マサト面白い本持ってるのね。一体どうしたのこれ?」

「これはここに勤めている看護婦さんから貰ったんだ。ボクの宝物……あっ! この本を持ってることは内緒だよ。誰かに知られたら取り上げられちゃう……」

「大丈夫、絶対に他の誰にも言わないから。お母さんにだって言わないんだから! でも……どうして突然この本を読もうと思ったの?」

 

 カンナのその質問に、マサトはこの物語の登場人物が自分たちとよく似ていたからだと打ち明ける。するとカンナは、ふーん、となにやら意地悪な顔を浮かべて――

 

「わたしがこのお姫様だとすると、マサトはこの大きくてつよーいドラゴンだってこと?

 じゃあ、もしわたしがピンチになったらマサトはわたしを助けてくれるのかしら。好き嫌いが多いマサトにはまだちょっと早いんじゃない?」

 

 そうからかってきた。

 マサトは図星をつかれウムムっと、うなってしまう。確かにこの体じゃあカンナのピンチを救うには力不足だと思う、けどVR空間――あの《ブレイン・バースト》ならば負け知らずなんだぞ……とそこまで考えた時だった。

 

 ――もしもカンナが協力してくれたらボクはもう一度あの『加速世界』へ行けるかもしれない。

 

 そうすればカンナにもいいとこ見せられるし一石二鳥じゃないか! マサトは自分の考えがどれだけ素晴らしいものかなどと想像を広げていく。

 

「コラ、無視しないでよ。それに急にニヤニヤしちゃって、そういう自分だけで楽しむの止めなさいよ」

 

 カンナが体を小突いてくれた事でようやく我に返るマサト。

 我に返ったマサトはカンナにひとつ提案をするのだった。

 

 新しいゲームをインストールしないか、と――

 

 

 

 


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