アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第8話 《無制限中立フィールド》

 マサトの作戦はこうだ。

 まずカンナとタッグを組む。そしてカンナが《世田谷区第三エリア》以外の場所で他のBBプレイヤーにタッグバトルを挑むのだ。

 するとマサトは病院内にいながら他の地区で戦うことが出来るのではないか、そう考えた。

 

 結果から言えばマサトのたくらみは成功。

 カンナに病院へのお見舞いに来る回数を減らしてもらい、その分他地区(遠征)に出てもらうことで再び《ブレイン・バースト》の世界へ行くことが出来るようになったのである。

 

 当然、この件でカンナとひと悶着はあった。毎日母親のもとへお見舞いに来たいカンナ。彼女にとってこの作戦は気持ちよく了承できるものではない。

 しかし、この話にGOサインを出したのもまたカンナの母親であった。カンナが何か悩みを抱ええていることを敏感に察知した彼女の母は言葉巧みにその悩みをカンナから聞き出していく。

 毎日お見舞いに来たいけど友達の願いも聞いてあげたい、というカンナの話(もちろん《ブレイン・バースト》のことは詳しく話していない)に自分のせいで友人関係が疎かになっていないか心配していたカンナの母はもろ手を挙げて賛成した。

 むしろ病院に来なくなることでマサトと会えなくなるから寂しくないかと(おど)けたくらいだ。カンナは顔を真っ赤にして否定していたが……

 

 

 とにかく、マサトはカンナと共に再び《ブレイン・バースト》の世界に舞い戻ったのである。

 

 

 

 

 

 

「このままじゃ(らち)が明かない……マサト! “あれ”やるわよ!」

「“あれ”? ……わかった! 行くよ……せーっの!」

 

 今、2人が戦っているのは不気味な雰囲気が漂う《魔都》ステージ。

 このステージの特徴は建物等が石で作られた禍々しい形に変わり、全体的に暗い色合いと化すこと。さらにステージ全体に漂う深い霧のせいで数十メートル先さえうまく見通せなくなることである。

 

 そのステージ効果をうまく使って、攻撃しては霧にまぎれ、姿をくらます相手チームのヒット&アウェイ作戦に《フレイム・ゲイレルル》は戦闘開始から徐々に苛立ちを募らせ始めていた。

 相手の1人が放つ動きを阻害してくる粘着質のジェルのせいで相方(ドラゴ)の身動きがとれなくなり、まったく役に立たなくなっているということもその怒りを助長していた。

 

 炎の体を持ったルルにジェルがかかったとしても、自らの体から噴き出る炎で燃やしてしまえばジェルは蒸発させることが出来たので問題なかった。

 しかし、ドラゴニュートはそうは行かない。素早く動けないドラゴニュートは次々降り注いでくるジェルを上手くかわすことが出来ず、現状、地面と足を縫い付けられその場から動けず、ただの大きくて目立つ的になってしまっていた。

 

 幸いなのは相手の遠距離攻撃手段をそれしか使わず、ジェルそのものには攻撃判定が無いことだろうか……。だが、その決定力のなさを補うように相手は素早い動きで相手を翻弄するタイプの青型アバターと組んでいた。その速さは身軽でトリッキーな動きが出来るルルでもその攻撃をかわしきれないほどである。

 それに加え、炎で煌くルルの体、その光を反射するドラゴニュートの白金の装甲……両者の体はステージの濃い霧を持ってしても遠目から目立つほど輝いていた。つまり相手からこちらの位置が丸見えだったのだ。

 

 相手は自分たちの位置がわかり、こちらはわからない。

 徐々にルルのHPを削っていく敵の攻撃、ルルがこの場を離れ、身を隠したとしても攻撃の標的がドラゴニュートに変わるだけだろう。動けないドラゴニュートがその攻撃に対処できるはずも無く一方的に攻撃されて負けてしまう。

 ルルひとりでもどこから来るかもわからない攻撃をかわし続ける事が出来ず負けてしまう。

 このままではジリ貧、それを危惧したルルは現状打破のため、ドラゴニュートに協力要請を出したのだ。

 

 

 ドラゴニュートはジャンプしながら近づいてきたルルをそのまま担ぎ出し、気合の声と共にルルを腕の力だけで空高く投げ飛ばす。

 体が実態を持たないからこそ軽いルルと、動きは遅いが力のあるドラゴニュートだからこそ出来る芸当。彼らの戦いを見ている《ギャラリー》達からも感嘆の声があふれ出る。

 

「敵が見えなきゃ見えるようにすればいいのよ!

 

 《フレイム・ランス》!」

 

 ルルの手から次々と投擲される炎の槍によって地面は燃え上がり、ステージを覆っていた霧がどんどん晴れていく。

 《フレイム・ランス》は彼女がレベル2に上がった時に手に入れた必殺技で、彼女の体から取り出される強化外装の槍をただ投げつけるだけよりも、威力、持続性、スピード、全てを強化してくれる技である。

 

 炎で自分の姿が目立つなら、逆にそれを利用すればいい。ルルの取った起死回生の手は思惑通りに効果を発揮した。

 そしてその途中、《自由落下(フリーフォール)》のアビリティを使い、落下速度を極限まで遅くすることで空中に浮かんでいたルルの目に慌てて大通りから細い路地に逃げ込んでいく対戦相手たちの姿を発見した。

 そのことをドラゴニュートに伝え、自分はこのまま浮かんだまま上からドラゴに指示をだしつつ援護射撃をすれば……。ルルは今までのイライラした戦闘がウソのように自分たちのペースで進んでいってることに気分が晴れ、勝てるかもしれない! そう思っていたが――

 

「ドラゴ、このまま北上して4つ目の路地よ! 追いかけて!」

「そんな事いっても、これじゃあ……!」

 

 ルルは忘れていたのだ……。

 

 ドラゴニュートが情けない声と共に足を上げると、ネチャっと音と共に足にくっ付いているジェルが地面との間に糸を引く。これじゃあ追いかけるどころか動くこともままならない。

 

 ドラゴニュートが今どのような状況に陥っていたのかを……。

 

 ダメでしょ? そう問いかけるドラゴニュートの視線を受けたルルは――

 

「…………《フレイム・ランス》!」

 

 うつむき、なにも言わずにドラゴニュートへ向かって自分の炎の槍を投げつけた……

 

「うわっ! なにすんの、ルル!?」

 

 相方からの無言の攻撃に驚いたドラゴニュートは宙に浮かぶルルを睨みながら抗議する。

 

「いくらFF(フレンドリーファイヤ)がないといっても、その突っ込みはひどく……な、い? あれ?」

 

 一歩二歩とルルに詰め寄りながら文句を口に出すドラゴニュート。その途中でようやく自分が動けるようになっていることに気が付いた。

 ルルの投げた炎の槍が、ドラゴニュートにくっ付いていたジェルを焼き尽くしたのだ。決して怒ったルルがドラゴニュートに八つ当たりしたわけじゃあない。そして偶然の結果でジェルが焼けたわけでもない。

 

「はぁ、もういいわ。敵も見失っちゃったし……。

 今日でレベル4に上がる予定なんでしょ、しっかりしてよねドラゴ!

 わたしがバンバン槍投げて相手の逃げ道ふさぐから、ちゃんとあなたが倒すのよ?」

 

 ドラゴニュートがまだどこかにジェルが残っていないか確認しているうちにルルはドラゴニュートの隣へ降りる。そしてドラゴニュートの背中に残っていたジェルの残りカスをサッと撫でながら焼き落とすと、ルルはそのまま背中を叩いて激励を送った。

 ドラゴニュートはわかってるよ、と言いたげに視線をルルに送るが、ルルのとがめるような目を正面から受け止めてしまいとっさに目を逸らしてしまうのであった。

 

 あと一歩で目標を達成する、その先にある感動に目が眩み、すこし浮かれているようだ。

 今回の戦いも相手の能力を確かめもせずに突っ込んでしまったから陥ってしまったピンチであったし、そのせいで無様な格好を晒してしまっている……。

 ルルはその緩んでいた気持ちを締め直してもらうためにもう一回背中をバシンと叩く。ドラゴニュートにもその気持ちが伝わったのだろうか、緩んでいた気持ちがグッと引き締まった気配がする。

 

「よし! 頑張ろう!」

「……うん、いいヤル気ね。

 今度はわたしが先頭になっていくわよ。そうしたら恐らくジェルを使わずに青いほうが突っ込んでくるはずだから、わたしはそれを避けない。その代わりに相手の攻撃の隙にドラゴが青いのをコテンパンにするのよ……出来る?」

「大丈夫、それでいこう」

 

 2人は同時に一歩踏み出した。勝利へ向かって、そしてその先にある“噂のフィールド”へと向かって…………

 

 

 

 

 

 

「ふー、辛勝ってとこかしらね?」

 

 残り2割まで削られたHPゲージを眺めながらルルはそう呟いた。

 あれからルルの作戦は見事に当たり、飛び込んでくる青型アバターの攻撃を避けずに無抵抗で受け止めた。しかし、ルルの実態を持たないアバターに相手はそのままルルの体を通り抜け、ルルの後ろから来ていたドラゴニュートと鉢合わせ。背面からUターンしてくるルルと挟み撃ちの格好へ持っていった。

 2対1の状態で青型アバターを素早く倒せたのはよかったが、そのあとの戦闘が泥沼だった。

 もうひとりの粘着液を発射する敵がルルの弱点に気が付き、実態弾に攻撃を切り替えてきたせいだ。

 

 《フレイム・ゲイレルル》のアバターは軽量の体を生かした素早い動きと浮遊移動によるトリッキーな動き、そしてかなり燃費のいい必殺技《フレイム・ランス》による連続攻撃が特徴だ。アビリティ《自由落下(フリー・フォール)》とのあわせ技、先ほど行なった“空中爆撃”を使えば遮蔽物の無いフィールドなら一方的に攻撃を続けられる脅威の性能である……。

 しかし、その炎の体の防御力はとても弱い。“紙レベル”である。相手のパンチやキックは愚か、その辺の石ころを投げつけられた程度で簡単に体を貫通させてしまう。

 そしてルルの持つもうひとつのアビリティ《物理一定(セイム・ダメージ)》によって10回攻撃を受けてしまえばHPはゼロになってしまうオマケ付き。

 

 そう、たとえ相手がレベル1のときから威力を上げていないようなへなちょこ弾でも、10回もらってしまえば負けてしまうのである。

 相手の攻撃を“壁”で防ぎつつ炎の槍を投げつけ反撃する。相手も負けじと銃弾で応戦する。

 まるでハリウッド映画のごとく銃撃戦がこの場で繰り広げられたのだ……。

 

「ルル~、そろそろ“コレ”溶かしてくれない?」

 

 そこに居たのは粘着ジェルがコレでもかと体中に張り付き、団子状になってしまったドラゴニュート。

 そう、かの銃撃戦は再びジェルによって動けなくなっていた《プラチナム・ドラゴニュート》の硬い体を“壁”にして行なわれていたのであった……。

 

 

「よう、ドラゴン。なかなか面白いバトルだったな」

 

 団子状に固まったジェルをルルが炎で焼いている途中、ドラゴニュートの背後から気安く声を掛ける人物がいた。

 ドラゴニュートが動ける範囲で必死にそちらへ顔を向けるとそこに居たのは見事なまでの“青い騎士”。

 重そうな鎧を着込みながらもそれを感じさせない軽快な動き、その騎士と同じ色のマントをはためかせながら堂々とした歩みでドラゴニュートたちに近づいてきた彼の名前は《ブルー・ナイト》。

 ドラゴニュートと同じ《第一世代》のBBプレイヤー、そして周りからは《純枠色(ピュア・カラーズ)》と呼ばれ恐れられている者のうちのひとりだった。

 

「やあ、ナイト。珍しいねキミから話しかけてくるなんて」

 

 ドラゴニュートとナイトの関係はかつて彼らと切磋琢磨した友人《ラピスラズリ・スラッシャー》をまたいでのものでしかなかった。

 ほぼ同じ色、同じ武器、しかし異なる戦い方。スラッシャーとナイトがお互いを意識するのにそう時間はかからず、お互いが自分のほうが強いといつも自己主張し、ひどい時にはその判定を第三者から無理やり聞き出そうとするほどだった。

 それに巻き込まれた形でナイトとは一言二言話した程度。2人の関係は精々顔見知り、ドラゴニュートはそう思っていた。

 

「まずは、祝いの言葉を遅らせてもらうぜ。オメデトさん。

 急に話し掛けて驚かせちまったか? まあ、オレの目標だったドラゴンがようやくレベル4になるって言うんだから、祝いの言葉でも一つくらいかけようとするのが礼儀ってもんだろ」

「目標? ボクが?」

「そうさ、俺たち《第一世代》でいち早くレベル2へと上り詰めた強者。

 そのあとも次々襲い掛かる挑戦者たちに一歩も引かず退けて、瞬く間にレベル3へとなっちまったBBプレイヤー。目標の一つもなるだろ」

 

 思っていた以上に思われていたらしい。ドラゴニュートはナイトの思いがけない告白にビックリする。

 もともと人見知りの気が強いドラゴニュートはスラッシャーと最後の対戦をしてから今までどのBBプレイヤーとも深い関係になろうとしていなかった。だから自分のことは周りからよく思われていないんじゃないかと、ずっとそう思っていたのだ。

 

「でも、そのあとが……な。ドラゴンならその勢いのままにレベル4にもなっちまうと思ってたけど……」

「それは……」

 

 マッチングのアップデートのせいで無理だった。ドラゴニュートはアバターの下で唇を噛む……。

 対戦相手は全て退けた。深い関係を作ってこなかった。そのせいであの状況におちいってしまったのだが、そのお蔭でルルと出会え、仲良くなれたとも考えられる。ドラゴニュートはそのことに関して後悔はなかった。

 でもぶっちぎりで先頭を走っていたのに、後から来た人たちに次々と抜かされていってしまったことは少し悔しいと感じていた。もし自分の体が自由に動かせたなら……時折そう考えてしまうドラゴニュートだった。

 

「悪い、リアルの話はタブーだよな。あー、オレが言いたいのは目標にしていた奴と肩を並べられるようになって嬉しいって話だ。……本当はスラッシャーもいたらもっと嬉しかったんだが……。

 …………と、とにかく! 待ってるぜ、“上”でな!」

 

 ナイトは伝えたかったことは全部言ったのか、ドラゴニュートの肩を叩いて去っていった。

 “上”、つまり《噂のフィールド》のことだ。レベル4に上がると行けるといわれている新しいフィールド。ようやく自分もそこへいける。そのことを思い出したドラゴニュートは暗くなった気持ちを振り払い、早速レベルを上げようとするが……

 

「待ちなさい」

「へ……?」

 

 レベルアップボタンを押そうとした腕をルルによって防がれてしまった。

 どうしたの? そう問いかけるドラゴニュートにルルは――

 

「あと一週間……いえ、あと3日待ちなさい。そうすればわたしも一緒にレベル4になれるわ」

「…………えぇ!? どういうこと? だって、ルルのレベルは……あれ? この前レベル3になったんだっけ?」

「そうよ、それに今のポイントは一週間前のあなたのポイントとそう変わらないくらい持ってるわよ?」

 

 《ブレイン・バースト》を始めてから半年、コツコツと貯めてきたポイントがゲームをインストールして数ヶ月しか経っていないルルに追いつかれていたという事実にドラゴニュートは再び驚きの声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 《ブレイン・バースト》の世界から抜け出し、病院に戻ったマサトにカンナは、マサトとタッグを組んでから2対2でバトルを繰り返すのはもちろん、そのあとも“ソロ”でマッチングを続けていたという。特に土日はミッチリバトルをこなしたわよ。と満面の笑みで語っていた。

 

 なぜそんなことをしたのか、マサトがそう問うと、マサトよりレベルが低いなんて自分が許せなかったのよ。などとカンナの気持ちもわかるようなわからないような答えを返されマサトは混乱した。

 

「それに……」

「それに?」

「あなた、例の“上”に行ったらずっとそこで遊ぶつもりなんでしょ! ならわたしは誰とタッグを組めばいいっていうの!? それとも自分の用事が済んだらわたしはポイ捨て? わたしはそんなに安い女じゃないわよ!」

「え、えぇ~?」

 

 腕を組み、マサトを睨みつけながら語るその理由が一番わからなかったマサトだった。

 

 

 

 

 そして(きた)る3日後、カンナは約束どおりレベルアップに必要なポイント、それに加え何回か負けてもポイント全損しない程度のマージン(余裕)をもったポイントを貯めてマサトの病室へと訪れた。

 これから2人同時にレベル4になるためである。

 

「それじゃあいくわよ?」

「いいよ、じゃあ せーの で」

 

 2人仲良く言葉をそろえ、同時にレベルアップするためのボタンを押す。

 するといつも通りのレベルアップボーナスを選ぶ画面が出現。

 その内容を確認している途中でポーンと、どこにでもあるようなビープ音が聞こえ、視界に新しいウィンドウが現れる。

 しかし、これもいつも通りというか表示された文字は全て英文だった。

 

「んー、んん? うん……なんて書いてあるの?」

「マサト……あなたあとで英語のドリル10ページ追加だから。

 えーっと……《INVITATION》? 招待状、かしら……ふーんなるほど」

 

 カンナがいうに、やはりこれは《噂のフィールド》への招待状。そして、その場所へ行くための“魔法の言葉”が書かれていた。

 久しぶりの高揚感、新しい場所へ飛び込んでいく緊張、『現実の世界』では味わえない興奮に身をゆだねながらマサトはカンナと口をそろえて魔法の呪文を唱えた。

 

 

 

 

   『アンリミデット・バースト』と。

 

 

 

 

 

 

「すごい……」

「すごい、ね……」

 

 《噂のフィールド》へと降り立ったドラゴニュートとルルは無人の病院を駆け上り、屋上へと飛び出した。

 そしてそこで見た風景はまさに絶景、その一言であった。

 機械然(きかいぜん)とした黒鉄の町並み、主要の建物はライトアップされ悠然と輝いている。いつも見ている病院の外の光景、しかしこんな姿は見たことない。

 どこまでも、文字通り世界の果てまでも続くその光景に2人はしばしその光景を目に焼き付けていた。

 

 

「ねぇ、見て。時間表示が出てない」

 

 ルルの声を聞き、ドラゴニュートが目を上へ向けると、確かに通常対戦時1800秒の時間を刻むカウントダウン表示がどこにも無かった。

 あるのは自分のHPバーと必殺技ゲージ、そして近くにいるルルのゲージだけ。

 噂のとおりここにはなんの制限も無いのだ。

 

 

  《無制限中立フィールド》

 

 

 それが今ドラゴニュート達が立っている場所の名前。

 境界線、無し。

 制限時間、無し。

 戦闘制限人数、無し。

 

 ありとあらゆる制約は取り払われ、あるのは無限に広がる世界と、彼らBBプレイヤーのみ。それがマサトに与えられた『新しい世界』だった。

 

 

 

 

「じゃあ、探検しましょ!」

 

 ルルの提案に二つ返事で了承し、ドラゴニュートは病院の外へと駆け出した。

 まずはどこへ行こうか、マサトはここの噂を聞いた時絶対にやろうとしていたことがあった。

 この強靭な体を使い、思いっきり体を動かすのだ! そのために相応しい場所をマサトは決めていた。

 

 

「それで、そこがここなのね?」

「そう! ここで思いっきり運動するのがボクの夢だったんだよ!」

 

 フィールド属性のせいで少しメカメカしく(・・・・・・)なっているが、広い空間に敷かれた楕円を描く8本のライン、その場所をよく見えるように設置された観客席……ここは陸上競技場。

 世田谷区にあるオリンピック公園の中にある施設のひとつだった。マサトは息が切れるまで思いっきり走り回るという夢を叶えるためにここへ来た。

 

「ふーん。それはいいんだけど、“アレ”なんだと思う?」

 

 ルルが指さしたのは運動場の中心にいる、たくさんの小さなモノ達。よく見てみると運動場の芝生、もとい金属で出来た草をかじっているようだった。

 

「なんだろうたまに対戦でも見かける《大型生物オブジェクト》みたいなものだとは思うんだけど……。対戦フィールドに現れているのと違って結構自由に動いてる。

 たぶん、対戦フィールドみたいにちょっかいを出すと暴れだす地形効果みたいな感じじゃなくて、こっちを見た途端襲い掛かってくる……MMORPG的な《エネミー》みたいなものじゃないかな。そうすると、アレを倒すと経験値が貰える……ことになるのかな……?」

「経験地って……じゃあ、アレを倒せば《バースト・ポイント》が増えるかもって言うの?

 どう見たってもらえる経験値は1、精々2くらいしかなさそうな外見だけど……」

「そう、かもね。それにアレだけいるんだし1匹のポイントが少なくても全部倒せば結構もらえるよ」

 

 運動場の真ん中で平和そうに過ごしている小動物はざっと数えても30匹はいた。

 1匹1ポイントとしても2人で15ポイントは獲られる計算になる。普通に対戦するよりも効率がいいかもしれないと、ルルとドラゴニュートは運動場まで降りるのだった。

 

 

「近くで見てみるとハリネズミみたいだね」

「でも体は機械でできてるみたい。変わった生き物?ね」

 

 運動場入り口付近で過ごしてる生き物を観察しながら群れからはぐれている1匹に2人は近づいていく。

 いくら弱そうな外見とはいえ、もし30匹全てが一斉に襲い掛かってきたらドラゴニュートはまだしもルルは一溜まりもない。なので確実に1匹ずつ狩っていく作戦にした。

 

「よく見ると結構カワイイかも、この子を攻撃するのちょっとかわいそうじゃない?」

「えー、そうかしら。あ、気付かれた……」

 

 精密な機械でできたハリネズミ、2人の外敵が近づいてきたことを察知したその固体は背中から生えている金属でできた無数の針を逆立ててルルとドラゴニュートを威嚇しはじめる。

 そして2人がそれでも逃げ出さないことを感知するとその逆立てていた針を一斉にドラゴニュートたちに射出するのだった。

 

「きゃ…………」

「あいた! ってルル!?」

 

 予想外の攻撃をまともに喰らってしまったドラゴニュート、そして無数の針による連続攻撃であっさり許容範囲を超えHPを全損してしまったルル。

 ルルのHPが無くなってしまった事でルルのいた場所から赤い光の柱が立ち上がる。光の柱が消えたあとには60分をカウントダウンする浮遊物が残されていた。

 

 どうやらこの《無制限中立フィールド》でHPをゼロにされ、負けてしまった場合『現実の世界』に帰ることなく負けた場所で復活を待たなくてはならない仕様らしい。

 そう判断したドラゴニュートは続けて攻撃を仕掛けて来そうなハリネズミに注意を向けることにした。

 針がなくなったハリネズミは愚直にドラゴニュートへ体当たりを仕掛ける。

 ドラゴニュートはその攻撃を受け止めた後、反撃を仕掛けようとするが……

 

 ――HPの消失が止まらない!? というかさっきの針攻撃で4割も喰らってたなんて!

 

 針の攻撃の大半はルルへと飛んでいった。なのでドラゴニュートに当たったのはほんの数発、それも腕や足に掠った程度。それなのにHPバーの減りは凄まじく、それに加えハリネズミの体当たりで残りのHPも削れ、あっというまに1割まで減ってしまった。

 

 それを見た瞬間ドラゴニュートは外見が弱そうだからと目の前のモンスターにケンカを売ったことに後悔した。

 

 RPG序盤でレベル上げと資金稼ぎのために延々と狩られ続けるだけのようなモンスターがこの《ブレイン・バースト》ではこんなに強いだなんて……しかも同じ個体が回りにも沢山いる。

 ようやくこの世界の理不尽さに気が付いたが、しかしもう遅い。ハリネズミはもうすでに次の攻撃態勢を取っている…………

 

「う、うわぁぁーーー!! 助けてぇーー!」

 

 さすがにこの場で2人そろって負けてしまうことはまずい、とドラゴニュートはハリネズミから逃げ出すが、自分たちの縄張りに土足で踏み込んできたものたちに怒り心頭のハリネズミは猛然とドラゴニュートを追いかける。

 

 結局は追いつかれ、HPを全損させてしまうドラゴニュート。しかし、息が切れるまで走り回りたいという当初の夢は図らずも叶えられたのだった。

 

 

 

 


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