日常部へ、ようこそっ!   作:雨宮照

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始業式とギャルとロリ。

四月八日、新学期。

春休みを挟んで久々の登校に気怠そうな生徒や久々に友達に会えて興奮している生徒。

また、まだ見ぬ後輩の姿を思い浮かべて自分の成長を実感する生徒など高校二年生になった今日を皆思い思いに過ごしている。

……が、しかしこの俺は多少違った。

朝から一人で机に向かい、スマートフォンを操作しながら気怠そうにしているように見えなくもないという点では最初に挙げたような生徒と似ているのかも知れない。

しかし、俺の心情を知っているこの俺、蛍原大輔だけはこの俺がいかに他の学生たちと違った感情をこの新学期に抱いているかを把握していた。

いやまあ、自分の心情を自分が知ってるのは当たり前のことなんだが。

それはさておくとして、俺がなぜ他の生徒と違った心持ちでこの春の暖かな日を迎えているかというと。

……クラス替えで、好きな女の子と同じクラスになれるかもしれないと思うと興奮が止まらないからであった。

先日、俺は人生初の恋を経験した。

恋に落ちた相手は当時隣のクラスにいた女の子で特に面識はなかったが、全校集会のときに彼女の魅力に気付いた。

確かあの時は、教育実習生が全校に向けて最後の挨拶をしていて、途中で冗談を言ったときだったか。

彼女ーー樫宮糸は、目を細めて静かに笑ったんだ。

……それを見た瞬間、俺は呼吸が止まったかのように胸が苦しくなって、その日から何をしていても彼女のことを思い浮かべるようになっていた。……これは、紛れもなく恋である。

でも結局仲良くなりたいとは思いつつも、隣のクラスだった糸ちゃんとはなかなか話すきっかけを作ることが出来ず、数ヶ月経って現在に至るという訳だ。

しかし、さっきなんでクラスメイト一覧の表を自分の名前しか見ずに教室まで上ってきてしまったんだろう、と今更ながらに後悔する。

俺の通う国立斜文織高校では毎年昇降口に新しいクラスの名簿が貼り出されるのだが、糸ちゃんと同じクラスかどうか確認するはずが、緊張し過ぎて自分の名前だけをさっと確認して、すぐに教室に向かって来てしまったのだ。

(さてと、糸ちゃんがこのクラスに入って来ないかな〜っと)

口には出さないがそんなことを考えながらソシャゲの雑魚を一掃しているとーー。

 

「ねぇねぇ、なんのゲームしてるん?」

 

不意に、声をかけられた。

反射的に声のあった左の方を向くと、隣の席に座った女子生徒が俺のスマートフォンを覗き込んでいるではないか。

(ーーって、近っ!)

俺から彼女までの距離は、わずか数センチ。

彼女のまつ毛の長さとか、色付きリップが潤う唇とか、ふんわりと香るやわらかい髪の匂いとか……そういうものを意識しちゃうくらいの距離だ。

それに、もう見えちゃうんじゃないかってくらいに短いスカートからスラッと伸びた、それでいて肉付きもきちんとある、ハリのある太もも。

もう大人に近い日焼けした肌に、華奢な肩なんかは既にぶつかってしまっている。

クラスメイトなわけだし、同じソシャゲをやっているとかで話しかけてくるなら分かるんだが、一つ俺が気になったのはーー彼女が、ギャルだってことだ。

俺のスマートフォンを指す爪は色とりどりのビーズやマニキュアで彩られ、制服はカーディガンを着崩した校則すれすれのラフな格好。

そんなギャルが、俺になんの用だ!

「え、ええと……」

とりあえず、陰キャ感丸出しのキョドった反応を見せてみるも。

「あれ? 聞こえなかった? これ、なんのゲームしてるん?」

脅威のコミュ力で切り抜けられてしまった。

こういうやり取り、すげえ苦手なんだよなぁ。

だって、教室で本読んでたりスマホゲームやってたりすると、興味もないのに話しかけてくるやつってさ、絶対こっちが答えても「へー」とか「ふーん」とか興味無さそうな返事してくるんだぜ?

こっちは話しかけられたくないから作業みたいにソシャゲやってるだけなのにさ、どうして話しかけてくるかな!

お前ら友達いっぱいいるんだからそいつらとつるんでればいいじゃん!

「す、スーパーありんこ対戦デラックスだけど……」

まあ、口には出せないんだけどさ!

正直にやってたクソゲーの名前を教えてやったさ!

「へー、スーパーありんこ対戦デラックスねぇ……それって、どういうゲームなん?」

掘り下げて聞くんじゃないよ!

お前どうせ他人がやってるゲームなんか興味が無いギャルのくせにそうやって深く聞いてきて!

こんなの軽くいじめだぞ!

署名集めて教育委員会に「非リアの現実逃避中に現実逃避対象物について質問すること」をいじめとして定義付けるように文句言ってやろうかな!

「ありんこをストーリーとかガチャで仲間にして、コンピューターとか他のプレイヤーが育てたありんこと戦わせるゲームだけど……」

「へぇ〜、あんまり聞いたことないゲームだけど面白そうじゃん」

俺がアプリゲームの説明をすると、椅子に座ったまま自分の席にズズっと引っ込み、スマートフォンを操作し始めるギャル。

はぁ、やっといなくなってくれたか、非リアの平和を脅かす凶悪なギャルめ。

(でも今のギャル、いい匂いだったし、肩やわらかかったなぁ……貧乳だったけど)

心の中で悪態をつきつつもちょっと残念だったかもしれないと、そんな童貞感満載の感情を抱いてしまうのもまた陰キャの性なのであった。

 

……そんなこんなで迎えた一限目。

結局この教室に入ってくることのなかった糸ちゃんのことを考えて運命の女神とやらを呪っていると、スーツ姿の幼女が扉を開けて入室してきた。

……いや、なんで幼女!

談笑していたものも読書していたものも含めて、全クラスメイトがその幼女に一斉に注目する。

そして、水を打ったような静寂が訪れる。

ちょうど、騒いでいたときに先生が教室に入ってきたみたいな、そんな具合だ。

「えーっと……」

そんな沈黙の中、前に出る一人の勇者。

確か生徒会に所属している、丸刈り坊主で眼鏡の真面目そうな男子がその幼女に話しかけた。

さすが坊主である。

お坊さんみたいな人格者でも目指してるんじゃないだろうか。

そうでもなければあんな厄介そうな幼女、放っておくしか選択肢はないぞ。

「君、小学生でござるか? 駄目じゃないか、高校に入ってきちゃ。お父さんかお母さんはどこにいるんでござる?」

極めて紳士的な対応である。

さすが生徒会に所属しているような人格者。

普通のやつだったら生徒会なんて面倒くさそうな仕事引き受けないもんな。

でも、そんな紳士的な対応を受けた幼女の反応はといえば。

「……むっ! しっ、失礼な! お、お前らは新学期早々先生をいじめるのだな! 先生はいじめなんかに屈しないぞ! お前らみんな焼き鳥にしてやる!」

涙目で抗議するその姿はどう見ても駄々をこねる子供そのものだったが、なるほど。

やけに堂々と入って来たと思ったら、先生だったのか。

「ええっ! せ、先生でござったか! すっ、すいません!」

さっきの眼鏡坊主のやつが平謝りしている。

……やっちゃったな。

謝りすぎてヘッドバンキングみたいになってるけど、大丈夫かな……?

「き、君。そんなに気にしなくていいぞ。先生は寛大だからな」

ほら、若干謝られてる先生も引いてるし。

「えーっと、じゃあ。気を取り直して授業を始めるぞー」

授業というからどんな大層なものかと思ったが、最初の授業だからってことで自己紹介がメインだった。

自分の番もそつなくこなして何とかなったのだが、授業の中で気になることが一つ。

左からの視線をものすごく感じる……っ!

いや、もうなんとなくわかってたんだけどさ、視線感じて横向くと何故かさっきのギャルがこっち見て微笑むんだわ!

絶対あれじゃん。

とりあえず手頃な陰キャからオトして、自分の言うことを聞く駒にしようっていう魂胆?

ほら、左側向いたらニコってされた!

ギャルなのに薄いメイクで目鼻立ちが整ってるからって、俺は騙されないぞ!

でも、もし本当に俺に好意を持ってくれてるんだとしたら……。

いやいや! 騙されるな俺!

ってなわけで、今学期初の授業はギャルに心をかき乱されて集中できなかったのだった。

 

 

続く。


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