放課後、急に部活がなくなって時間が出来た俺は、久しぶりに安息の地へと足を運んでいた。
その場所とは、近所の温泉施設。
といっても、ここはただの温泉施設じゃない。
駅に隣接している、観光客向けに鉄道会社が運営する温泉施設だ。
ここを売りにして都会にまで宣伝しているほどで、その知名度から多くの会社が提携を結んでいる。
そのため、シャンプーや化粧品などが有名ブランドのものであり、施設も充実している。
地元で行く人はあまりいないが、非常に優れた温泉施設なのだ。
一年生のときにはよく行ってたんだけど、観光客向けだからお金もかかるし、最近はあんまり訪れなくなっていた。
でも今日、久しぶりにここに来たくなって、足を運んだというわけだ。
……と、いうのにも理由があって。
俺は、ちょっと静かなところで一人になりたかったんだ。
実は、こんな俺にも悩みがある。
思春期なら誰でも持つような、バカバカしい悩みではあるんだけど、決して本人にとっては笑い事じゃない。
この悩みについて、俺は常に頭を悩ませていた。
いつだったか、教室で話しかけられたくないからソシャゲをやったり本を読んだりしてるって言ったことがあったと思う。
それは嘘偽りない事実だったんだが、それが高校に入ってから、変化したことに気がついた。
俺の通ってた中学校では電子機器の使用が禁止されていたため、教室では専ら読書をしていた俺だったが、最初は人を寄せつけないための、防虫剤のような見せかけの読書だった。
かといって読書が楽しくなかった訳ではないが、人を寄せつけないという目的の方が強かった。
でもそれは、次第に変わっていったんだ。
周りの雰囲気がいくら悪くても、自分の場所を崩さないでいてくれた本。
どんな辛いときにも、わくわくドキドキした気持ちを思い出させてくれた本。
俺はそんな本たちを読むうちに、自分もそうやって、人を救えるような本を書きたいと、そう思うようになった。
そしていつしか、作家になることを目指している自分がいたのだ。
そして、今抱えている問題っていうのは「自分は何者かになれるのか」という問題。
バカバカしいと思う人だっているだろう。
普通の人は作家になんかなれないって、食っていけないって、そんなことは百も承知だ。
承知の上で、本気で夢を抱いている。
恥ずかしいことだとは、これっぽっちも思っていない。
ただ、世間が俺に俺の夢を、恥ずかしいことだと思わせようとしてくるのだ。
だから俺は、夢に詰まったとき、アイデアが思い浮かばないとき、ここに来る。
そうして一人、じっくりと考え込むのだ。
答えが出るわけじゃないけど、答えに近いものは、いつも考え出せる。
ってな訳で俺は今、その温泉施設の前に辿り着いていた。
平日の夜ということもあって、利用客は少なそうだ。
考え事をするにはちょうどいい。
地元の祭りで使われる山車をモチーフにしている、若い木の色をした入口を抜けると、靴入れがずらっと並んでいる。
その中でも俺は、一番上の角をいつも使うんだ。
埋まってたことはないから、もしもここ以外を使ったら、きっとどこに入れたか忘れてしまうだろう。
そして、フロントで靴箱の鍵を預けて、バーコード付きのリストバンドを受け取る。
これに会計の情報が全部入っていて、入館料や施設内で買ったものの代金を、退館時にまとめて払うんだ。
バーコードをかざすだけでものが買えちゃうんだから、初めて見たときはすごく驚いた。
だって、お金払ってないのに買えちゃうんだぜ?
魔法の域じゃないか。
リストバンドを受け取ると、次は二階に案内された。
ゴムみたいにぷにぷにしたビニールの床を進むと、突き当たりに赤と青の暖簾がある。
その途中には、大量に並んだマッサージ機や、手もみのマッサージ屋が並んでいる。
観光客なんかは、羽を伸ばしに来ているわけだから、そういうのも需要のうちなのだろう。
でも、俺は地元の貧乏高校生。
そこは素通りさせてもらう。
それに美容院とかもそうだけど、店員さんとのコミュニケーションなんかが実はすごく苦手なのだ。
明るくこっちを持ち上げてくれるのはいいんだが、どうしても本音で話してる感じがしない。
心の奥底では罵倒されてるんじゃないかと思うと、気持ち悪くてしょうがない。
そこを通り抜けて突き当たりの青い暖簾をくぐると、ヒノキが素朴であたたかい脱衣場の空間が広がっている。
鏡やアメニティ、ドライヤーが自由に使えるスペースや、たくさん並んだロッカー。
そんなものが俺を包み込んでくれているような気がして、ここに来ると安心する。
俺がいつも使っている、部屋奥の十八番のロッカーに荷物を放り込む。
そして服を脱ぎ終えると、タオルを二枚持って浴場へと躍り出た。
ガラス製の厳重な扉を開けるやいなや鼻をくすぐる、温泉の匂い。
……中にある風呂は沸かし湯だから硫黄の匂いはしないんだけど、なんか気分が乗るじゃん。
浴場の手前側にはかけ湯があって、それを丁寧に全身に浴びたあと、隣接する洗い場に行く。
さっきも言った通り、平日の夜だから観光客がほとんどいなくて、落ち着いた雰囲気を楽しめる。
一度休日にも来たことがあるんだけど、休日料金で普段より高額な上に、観光客が騒がしくてあまり落ち着けなかった。
だから俺は、平日にここに来るのだ。
話は変わるが、俺はここに来ると毎回楽しみにしていることがある。
それは、シャンプーとリンスだ。
さっきも言ったけど、この施設には鉄道会社と提携した化粧品会社のシャンプーや化粧水なんかが置いてある。
俺はそれを、人が少ないときに限って、じゃぶじゃぶにして使うのだ。
五プッシュで、一回洗って。
そのあとは泡立ちがよくなるため、三プッシュずつ洗う。
それを何回も繰り返すと、次の日髪の毛がさらっさらになるんだ。
去年は頻繁にやってたから、ほたるがよく匂いを嗅ぎに来たっけな。
……そうだ、俺が温泉に来てた理由にはそんなのもあったっけな。
髪をじゃぶじゃぶに洗い終えると、きちんと泡を流して、浴槽に向かう。
室内にある浴槽は、主に四つ。
そのうち一つは水風呂だ。
……ある特定のおじさんしか入ってるのを見たことがないけどな。
そのおじさんは今日はいないが、俺が来るときにはほとんどいて、水風呂に浸かっていた。
……体のつくりが気になる限りである。
小動物かなんかだったら、そんなに長時間水につけたらどうにかなってしまうだろう。
そんなに気持ちがいいものなのか興味はあるが、残念ながら俺はそこまでマゾでもない。
厳しいことに耐えて快楽を得るより、普通に気持ちいいことをしたいと思う。
いや、あのおじさんが異常なんだけどさ。
ってわけで、まず一つ目の風呂に入ろう。
洗い場から向かって左にあるのが、シルク風呂と呼ばれる、真っ白なお湯が特徴的な風呂だ。
説明書きによるとこの白さは無数の気泡から出来ていて、その気泡が衝突、反発、浮遊を繰り返すため、美肌効果が見込めるのだとか。
それでは、心臓を守るようにきちんと足からゆっくりと浸かろうじゃないか。
っと、足を入れただけでも、既に気持ちがいい。
細かい粒子が肌をやわらかく包みこんで、からだが嘘みたいにあったかくなってくる。
少し浸かっていると、身体がなんだか気泡の衝突によってぽわぽわしてきた。
そのぽわぽわした気泡を手でさっとなぞると、一瞬にしてそれは上へ上へと昇ってくる。
それが弾けるのを見ていると、それだけで心が癒されていくような気がした。
しばらくすると、今度は室内向かい側の高濃度人工炭酸泉というやつに向かう。
これは読んで字のごとく人工の高濃度な炭酸泉で、自然治癒力の向上や免疫力をつけるなどの効果があるらしい。
俺が怪我をしにくいのも、この温泉のおかげかもしれない。
それにこの炭酸泉は、その効果が最もあらわれる状態にまで炭酸の度合いを強めているらしい。
一般の入浴剤の三倍の強さを保っているんだとか、説明書きに書いてある。
なるほど。
ゆっくりと浸かってみると、身体が燃えるようにみるみる熱くなってくるのがなんとも体に良さそうだ。
背中から噴射するジェットも、日頃の疲れを癒す魔法のようである。
このお湯は天然温泉じゃないからここに入らずに露天風呂にすぐ行ってしまう人も多いが、非常にもったいない。
人工の温泉は、人の手が加わってるだけに人間の気持ちいいことを知ってるんだ。
なんでもかんでも人工物に頼るのはよくないと思うが、やっぱり良いものは良いのだ。
さて、室内の風呂は充分楽しんだし、そろそろ露天風呂の方に行ってみようか。
室内と外をつなぐ分厚い二重の引き戸を開けると、四月のまだ肌寒い夕焼けが広がっていた。
ほとんど山の稜線に沈みかけた太陽は弱々しく、地元の祭りの山車を模した提灯の電灯がやけに映える。
ふと視線を下げると、水色に濁った不透明な湯に、灯りが揺らめいている。
その灯りに釣られるように、俺は若干急ぎ足でそれに浸かった。
この湯は屋外にある風呂の中では一番大きな面積を誇る湯で、薬用入浴剤が使用されている。
一週間ごとに全国各地の有名な温泉の素を使っていて、いつ来ても違う楽しみ方が出来るため地元の人にもおすすめだ。
今日は群馬県は草津の湯となっていて、硫黄の香りが強い。
なんだかこの匂いに満たされていると、温泉に来た! って感じがして最高の気分になれる。
……日も沈んで、だんだんと辺りが暗くなってくる。
すると、提灯の暖色の灯りに照らされたいっぱいの湯気が水面をさらっていって、絶景だった。
こんな場面は、平日の夜の空いている時間帯だからこそ楽しめる、知る人ぞ知るものだ。
さっきまでは数人いた利用客も、電車の時間が来たのかちらほらといなくなって。
ここは、俺の独壇場と化していた。
草津の湯をゆっくり堪能すると、次はこの温泉唯一の天然温泉へと歩を進める。
岩に囲まれたそれは、面積としては小さいものの、並外れた存在感を醸し出していた。
温泉発掘当初は、千メートル掘っても出なかった温泉。
でも、引っ込みがつかなくなった権利者がもう千メートル掘ってみたら、見事に天然温泉が吹き出したんだとか。
そのためか、この温泉がただの地下水なんじゃないかと噂されたこともあって、地下水にはみられない温泉の特徴がこれでもかという程に書き連ねられていて、非常に面白い。
人工のものに比べて色や匂い、気泡なんかは劣るが、天然温泉って肩書きがあるだけで何故かこっちのほうが貴重な気がする。
だから、他の風呂よりも長くここに浸かってしまうのだ。
その次にやって来たのは、つぼ湯。
露天風呂に来て最初にあった草津の湯と同じものが入っているが、湯船の形が一人用だってことが特徴の風呂だ。
そのため、潜ったりくつろいだりするのに適していて、考え事をするにはちょうどいい。
そんなわけで、小説を書きたくなると決まってここでアイデアを考えた。
つぼ湯の縁に手足、首を乗せて、暖色の灯りが照らす桜の木を見上げる。
すると、なんだか平安時代の貴族になったかのような優雅さで自然を楽しめている気がして。
……なんだか風流だと思いながら、自分のアイデアを研磨するのだった。
続く
今年もよろしくお願いします。
雨宮照です。
喪中の方に配慮して、敢えておめでとうとは言わないでみました(`・∀・´)エッヘン!!
えー、今回は温泉回ということでしたが、なんと大輔が気持ちよく温泉に浸かるだけという、誰得な回になりましたね!
それに、今回長いっ!
4000字を超えているっฅ(º ロ º ฅ)
そんなイチャモンは、コミケの企業ブースKADOKAWAの待機列でこれを書いてる頃の雨宮照に言ってあげてください笑
そんなことは置いておいて、今年の抱負を1つ。
『安全に暮らす』
これに尽きます。
4月からは一人暮らしが始まりますし、これから自動車教習所にも通います。
読んでくれている方が居るうちは、安全に怪我なく暮らしていこうと思います。
それでは、スマブラとポケモンレッツゴーイーブイにハマりまくっている雨宮照でした!(´°ω°)ノシ