日常部へ、ようこそっ!   作:雨宮照

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美容師って髪触るから心理学的にモテるらしいよ。

保育園実習の前日のことだった。

母親にそろそろ髪を切ってきなさいと言われ、俺は近くの新しく出来た美容院に行くことになった。

結構高級な美容院らしいが、開店の広告についてきた割引券でかなりお安くなるらしい。

ほたるも誘ってみたが行きつけの美容院しか行かないらしく、やんわりと断られてしまって悲しい。

まあ、女子っていうのは同じ美容院にずっと通いたいものなんだとか。

……妹を通して女子を学んでいく自分が、なんとなく情けなくなってくる。

でも、妹がいることだって恋愛においてアドバンテージになるのなら、活用しない手はない。

ほんの前までなら絶対にそんなことは考えなかったが、糸ちゃんを好きになってからというもの、どうも色惚けているというか、なんというか。

しかし百冊の本を読むより一回の恋愛とはよく言ったもので、糸ちゃんのことを考えると、自然と優しくなれるし、自分をもっと磨きたいと思える。

……本居宣長も恋愛についてそのようなことを言っていたが、本当、恋愛ってやつの力は魔法みたいだ。

そんな魔法を俺にかけてくれた糸ちゃんは魔法少女ってことかなぁ。

…………いかんいかん、魔法少女コスの糸ちゃんを思い浮かべていたら顔が赤くなってきてしまった。

せっかくオシャレな美容院に着いたところなのに、顔が真っ赤では格好がつかない。

俺は持っていたペットボトルの水を一気に飲み干すと、涼しげなウィンドチャイムの音とともにドアを潜った。

内装は、赤を基調とした高級な作りだった。

とはいっても目がチカチカするような鬱陶しい配色ではなく、上手く考えられた、すんなりと目に馴染む色だ。

感心して店内を見回していると、目の前の受付にいたお姉さんが、声をかけてくれた。

「お客様、今日はどうなさいますか?」

「…………えーっと」

どうなさるとは、なんのことだろう。

まさか、受付の段階でカットする髪型を決めるんだろうか。

……おお、そういうことか。

注文した髪型に合わせて、その髪型のカットが得意なスタッフを当ててくれるんだろう。

素晴らしいシステムである。

じゃあ、早速……。

「だいぶ髪のボリュームが出てきてしまったので、薄く梳いて欲しいです」

「……あっ、お客様……」

「え、なんですか……?」

「すみません……ふふっ。今お聞きしたのは、カットとかカラーとかパーマとか、そういうやつです……ふふっ」

うわっ! 恥ずかし!

完全にオシャレな美容院に行き慣れてないのが一発でバレてしまった。

いや、千円の床屋にはそういうオシャレなのないんだって!

基本カットしかないから!

 

恥ずかしかったので、お姉さんにおすすめされたカットとシャンプーを選んで椅子に座る。

……さっき水を飲んで顔の赤さを誤魔化したばっかりなのに、また顔が真っ赤になってしまった。

そこのウォーターサーバーの水でも貰いに行こう。

俺と同じように広告を見て来店した客が多いらしく、店内は混雑している。

その中に、俺は一つの見知った顔を見つけた。

……俺と同じくこの雰囲気に居心地の悪さを感じているのか、前髪で表情を隠して座っている。

俺は勇気を出してその方向に足を進めると、震える声でなるべくさり気ないように話しかけた。

「あれ、糸ちゃん。奇遇だね、こんなところで」

「っ!?」

びっくぅぅぅぅ。

亀みたいに首を引っ込めて飛び上がる糸ちゃん。

しかし、その反応は以前先生が初めて部室に顔を出したときと似て非なるものになっていた。

糸ちゃんは、俺を認知するや否や安堵の表情をしたのだ。

人とのコミュニケーションが苦手な糸ちゃんが自分にだけは微笑んでくれる、特別でいてくれる。

そのことが、たまらなく嬉しかった。

「ほ、蛍原くん……びっくりしたよぉ」

「驚かせちゃって、ごめん」

「う、ううん……いいの」

どちらともなく、顔が赤くなる。

……いや、糸ちゃんはコミュニケーションに緊張してるだけだと思うけど。

「糸ちゃんもチラシ見てきたの?」

「う、うん。……私、いつも行ってる美容院があるんだけどね、こっちも気になって……」

「糸ちゃん、髪きれいだよね……」

「……え。ありがと」

「ほんと、つやつやしてて触りたくなっちゃうくらいだよ……あはは」

冗談めかして、普段考えていることを口にする。

俯瞰するとちょっと気持ち悪いかも知れないけど、俺たちのここ数日の絆からすればこのくらいはアリだろう。

でも、ちょっと言い過ぎたかな……。

なんて、俺が発言を省みているときだった。

「さ、触って……みる?」

「……うん…………えっ?」

今、なんて?

糸ちゃん、俺に髪の毛触ってみないかって言わなかった……?

「……えっと、聞き違えてなければだけど……。俺、糸ちゃんの頭撫でていいの?」

「……う、うん。いい……よ」

反射的に右の頬をつねる。

いや、もちろん糸ちゃんのじゃないよ?

自分のだけどさ。

……痛い。夢じゃない。

「ほ、本当にいいんだよね……?」

「う、うん……恥ずかしいから、はやく……」

心臓の鼓動が痛いほどはやくビートを刻む。

ホースを上に向けて水を放ったかのように、血液が首から上に集中する。

そして、俺は糸ちゃんの髪に手を伸ばして……。

 

「樫宮さーん、次ご案内しますね……あっ」

「「あっ」」

……俺たちはお互いに、髪を撫でるよりも数倍恥ずかしい時間を共有する羽目になるのだった。

 

続く

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