日常部へ、ようこそっ!   作:雨宮照

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そうして二人は帰り道、少しずつ歩幅を小さくしながら英雄について語り合った。

自分がどんな英雄になりたいか。

英雄になったら何を救いたいか。

そんな他愛もない会話を、のんびりと紡いでいく。

そんな今日が、二人にとって宝物だった。

 

……だが、そんな尊い時間は突然終焉を迎えることとなる。ふいに一つの大きな影が、仲良く話す二人の影に被さったのだ。

その影は、二人に絶望と戸惑いを残す、邪悪なる影。

諦めざるを得ない、底なしの影。

薫が振り向いた先に立っていたのは、氷のような表情を浮かべた彼女の母親であった。

 

母親は容赦なく薫を抱え上げると、タクシーへと放り込み、運転手に目的地を伝える。

呆気に取られていた大輔が慌てて手を伸ばすも、彼にはどうすることも出来ない。

ここには、子供という立場上解決することの出来ない大きな断絶が存在するのだから。

……この日、大輔は自分の無力さを知るとともに、薫のことを知らなすぎる自分に嫌気が差したのだった。

 

薫を乗せたタクシーは、現在薫が住んでいる祖母の家の前で足を止めた。

彼女は、引き続き英雄について考える。

考えているうちに、一つ。

彼女の中で揺るぎないものを、彼女自身知ることが出来た。

それは、彼女が守りたいもの。

……命に変えても守りたいものは弟の明である、という真実だった。

そして、彼女は母親のストレスをその身に受けながらも考え続ける。

(私はこれまで、自分が生き続けることによって、お母さんの暴力の矛先が明に向かわないようにしてきた。……でも、それって実は間違ってたんじゃ……?)

彼女はこの一年間、大輔と共に膨大な量の知識を詰め込んできた。

その中で収集した知識を結集させ、弟を守る術について考える。

方向感覚も、視線も、何もかもがグアングアンと振り乱される中、彼女が辿り着いた答えは、小学生の少女が考え至るには到底推奨出来るものではなかった。

彼女が辿り着いた答えはーー自己犠牲。

これまでの彼女の考えとは、全くの逆をついた答えこそが、明を守るための最善の策であったのだ。

(そうだ……! 私が死ねば、お母さんは逮捕されて、明を助けることが出来る……! お母さんにとっても、改心してもらうには素晴らしい手かもしれない……! そうだ、私が死ねばみんなのためになる! ……なんで、早く気づかなかったんだろう!)

……薫は、母親に殴られながら笑っていた。

 

翌日、学校に薫の姿は無かった。

大輔は昨日のことを思い出す。

(…………嫌な予感がする……)

昨日あんな出来事が目の前で起こってからの、突然の休み。

窓からこっちを一瞥したときの、哀しそうな薫の眼。

……間違いない、薫は家を出ている。

理論的にとか、心理的にとか、分析された行動に基づいての推測なんかでは決して無い。

しかし、彼には確信があった。

……それは、どんなものよりも不確かで、故にどんなものよりも正確な、直感。

それが、彼を突き動かしたのである。

 

……まず、彼は人を頼ろうとした。

しかし多くの人間はおろか、クラスメイトにも、たったの一人さえ大輔に友達はいない。

(……くそっ、こんな時に……っ!)

彼は苦悩した。

初めて、人間関係で苦悩した。

そして、彼が悩んでどうしようもなくなったそのとき……。

彼は、諦めた。

といっても、薫を探すことを……ではない。

彼が諦めたのは、妹との関わりを断つことであった。

大輔は、自分と一緒にいると冷やかされて迷惑だろうと、妹のほたるのことを思って彼女と距離をとっていた。

しかし……、ここで彼女の手を借りないほど、大輔は馬鹿ではなかった。

別に、今回妹とコンタクトを取るのは恥ずかしいことじゃないし、冷やかされるようなことでもない。

そうと決まると大輔はすぐ様ほたるの教室へ行き、事情を説明。

二人で学校を抜け出して、薫の捜索へと向かった。

「……というわけなんだ。ほたる……協力してくれるか?」

「……別の女のことだと、お兄ちゃんはわたしにも話しかけてくれるんだね〜」

……小学生ながらに黒い笑顔を浮かべるほたる。

ちなみにこの頃のほたるは大輔のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。かわいい。

 

「……で、お兄ちゃん。探すっていっても、場所の見当がつかないんじゃ探しようがないよね?」

「んー、そこなんだが、多分わかるんだよなぁ」

「……へ? その女とはそんなに仲がいいの? お兄ちゃんと仲良くなって一年足らずの癖に? 私は生まれた時から一緒にいても気持ちを理解して貰えないのに? え?」

「……ちょっと黙れ」

「……はい」

ここで大輔が薫の居場所を分かると答えたが、これはあながちデタラメなことを言っているわけでもなかった。

例えば、初めて彼らが出会ったときに、同じ場所に身を隠していたように。

例えば、同じような本を好み、同じような感想を抱いていたように。

つまり、自分が辛いときに行きそうなところをしらみつぶしに探せば薫が見つかるという寸法だった。

また、彼が昨日の薫に危機感を覚えていたのも、自分に置き換えてのこと。

よって彼は、失踪したかすらも分からないクラスメイトを捜索するという途方もない行動に出ることが出来たのだった。

 

相談した結果、ほたるは街中を、大輔は山の方を捜索することに決まった。

そして、午後二時に再び同じ場所に集合することを決め、散り散りになった。

……しかし、午後二時。

大輔に思いつく限りの逃避スポットは全て探し尽くしたが、ついに薫が見つかることは無かった。

 

続く

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