「お兄ちゃん……っ、見つからなかったよ」
「ああ……こっちもだ」
二人は、思いを巡らせる。
確かに自分たちは「薫が逃避しそうな場所」をくまなく捜索し尽くしたはず。
それでも薫がいないということは、そもそも薫が失踪していないか、もしくはーー。
「……橋だ」
「……え、橋? ……なんで……?」
「……俺が自殺するとすれば、ダムの近くにある、あの橋しかない」
大輔は、ついにその考えに至った。
薫の家庭環境について推測すれば、大輔に探してほしがっていることは容易にわかる。
なぜなら、彼女が虐待を受けていることは身体中の痣から分かり、自殺するとすれば虐待している対象を警察に突き出したいから。
そうなると、遺体を発見する人物がいなければこの計画は破綻してしまうのだ。
そして、彼女は大輔が探しに来ることまでも想定してこの計画を練っている。
つまり……、橋から飛び降りるとすれば、大輔が到着した直後だ。
……まあ、事の顛末を語ってしまうと、この時二人は薫の自殺を食い止めることが出来た。
二人がかりで羽交い締めにして、遺されたものの悲しみを説教して。
明は、薫がいなくなって母親まで逮捕されてしまったら一人になってしまうことを話し、なんとか食い止めた。
……そんな騒動から一ヶ月。
立花薫は、結婚した母親と共に、新しい父親の住む街の小学校へと転校したのだった。
「……兄さん、思い出した?」
「……ああ……」
……思い出したとも。
ってことは、まさか茨木って……。
「大輔くん……。ここからは私が、茨木さんのその後について説明するね」
「なんで、糸ちゃんが薫のその後を……?」
「あのね、あのとき茨木さんが転校してきたのって、私の小学校だったの」
……糸が初めて薫に出会ったとき、彼女の苗字は既に茨木になっていた。
小学校時代は虐められる事こそ無かったが、常に一人で過ごしていた糸と薫。
中学生になると、二人は同じクラスになり、少しだけ話すようになった。
特に放課後遊ぶようなことは無かったが、困ったことがあったときにはすぐに聞きに行くような、そんな友達関係になっていた。
「そのときにね、私は茨木さんに……大輔くんのことを聞いたの」
「……へっ、なんて……?」
「あたしにとっての、英雄だーって」
「……なんか、恥ずかしいな」
「……私ね、その話を聞いて、保育士を目指そうと思ったんだよ? 大輔くんみたいに、人に寄り添ってあげられるような職業に就きたいなぁって」
……しかし、二人が高校一年の時、悲劇は再び起こった。
薫の義父の、バイク事故による死である。
結婚前から走り屋だった彼は、結婚後もバイク趣味をやめることは無かった。
薫の母もバイクに乗る彼を肯定していたし、愛していた。
母親は、苦しんだ。
彼女の結婚生活はこれまで順風満帆であった。
ストレスは微量しか感じることは無く、子供たちに手を上げることは無かった。
しかし、ここに来て多大なストレスを感じてしまった彼女は、再び子供に手を上げる事となる。
それも、薫の弟の明に。
明は、男の子といえども、まだ中学生。
昔から暴力を振るうことに慣れていた母親の攻撃に耐えられるほどの力は無かった。
そして、母親の方も加減など知らない。
ただただストレスを解消するため、自分の弟を精一杯殴った。
これは、前の夫の呪いだ。
前の夫の血を引く子供たちは害悪だ。
……殺してしまえと。
薫が家に帰ると、部屋は惨憺たる有様だった。
手を紅に染めて啜り泣く母親と、赤黒い液体に覆われた、ピクリとも動かない最愛の弟。
薫は鞄を放り投げて部屋を飛び出すと、直ぐに近くの交番へと駆け込んだ。
身体は震え、動悸が収まらない。
薫が次に学校に訪れたのは、二ヶ月後のことであった。
噂というのは怖いもので、薫の身の上に起こったことについて、学校中で噂がされていた。
しかし、内容は薫を貶めるようなものではなく、同情だった。
……だが、彼女はそれが気に入らなかった。
「可哀想な子」ではなく「頑張っている子」「強い子」として見てもらいたかった。
……そして、彼女は服装を変えた。
虐待の痕がないことを周囲に気付かせるために極限まで露出をし、同情などされないようにギャルっぽい服装を心掛けた。
結果、彼女は思惑通りに同情されることなく、孤立することが出来た。
……しかし一人、彼女を気にかけている者がいた。
それは、中学時代からの友人であった、樫宮糸である。
糸は、豹変していく薫に戸惑うと共に、心の奥底では非常に心配していた。
そこで、彼女は姉の樫宮麻に助けを求めることになる。
相談を受けると、麻は早速薫に近付いた。
「……なんですか?」
「茨木薫ちゃん……ね。ちょっと、じっとしててくれるかな?」
「な、なにを……んんっ……!」
「あのね、それでお姉ちゃん、茨木さんにキスしたんだって」
「……そ、そうなのか」
「それで、ありのままでいられる場所を作ろうって、発足したのがこの日常部なの」
「でね、ここからは大輔くんが日常部に入ってからのお話……」
「……聞かせてくれ」
「……茨木さん、今ね、ずっと児童養護施設から学校に通ってるの。それでね、バイトしてお金貯めて、児童養護施設から自立したいって」
「……なんで自立したいと思ったんだ?」
「それも、可哀想な子じゃなくて、頑張っている子って思われたかったから。でも、無理だって思って続けなかったみたい……」
「……で、兄さん。ここまで話してきたけど、部費の話、出処についてなにか分かった?」
そういえば、部費の話をしていたんだった。
この話の中で、部費として使われた三万円が絡んできそうな場所なんて、一つしかないじゃないか。
「……茨木の、バイト代……だよな」
茨木は、自立を諦めてバイト代をパーティー代に全て費やした。
自分の好きなものに使ってもいいものを、全額パーティーに。
……そんなの、最後の晩餐みたいじゃないか。
絶対、あれを最後になんてさせない。
「……でね、兄さん。分かってるとは思うけど、今の状況って……あのときと同じだよね?」
「……ああ。分かってる」
「じゃあ、兄さん。今回は、あの子の命だけじゃなくて……心も、救ってあげてね」
「……おう、行ってくる!」
そうして、大輔は駆け出した。
「……じゃあ糸、教室戻ろっか」
ほたるが、抜け出してきた授業に糸を誘う。
が。
「……ごめん、ほたるちゃん。私、この時間、保健室に行く用事があって……」
……この時は、まだ誰も知らなかった。
この物語の、本当の結末を。
続く