……正直に言うと、橋から飛び降りた高校生のあのとき、俺には死ぬ気など一寸たりとも存在しなかった。
だってあの橋の高さを冷静に見ると、飛び降りてもまず死なないくらいの高さだったし。……まあ、小学生が飛び降りたら流石に無事ではいられなかったかもしれないが。
だから、こうして今生きていることなんて、俺にとっては想定内のことである。
……二十八歳になった現在の俺がいることなんて、当たり前のような事なのだ。
ただ、人生を振り返ってみると高校時代、橋から飛んだあのときから、本当に色々なことがあった。
まず、部活動はあの後、雪姫も加えた五人で再稼働し、卒業まで後輩は入れずに走り切った。俺の学生時代を語るうえで、日常部の存在は欠かせないだろう。
そうして俺は高校時代を日常部とともに過ごして行ったのだが、あれは卒業式の日。
……ついに、俺の想いを糸ちゃんに伝える時が来たんだ。
卒業式が終わったあと、俺は二人の思い出がいっぱい詰まった日常部の部室に、糸ちゃんを呼び出した。
「……糸ちゃん」
「……なあに、大輔くん?」
「あ、あのさ……俺、一年生のときから、糸ちゃんのことが好きでした……! 離れ離れになっちゃうし、今さら遅いかもしれないけど……、好きです! 付き合ってください!」
……まあ結論から言うと、俺は振られた。
糸ちゃんも、戸惑ってたよ。
好きな人がいるから……って、戸惑いながら言われた。
俺だって、高校時代ずっと心にあり続けた恋も、その場では諦めざるを得なかったさ。
……でも、大学生になっても、俺は心のどこかに糸ちゃんを追い求めていた。
進路はバラバラになってしまった日常部だったが、心だけは繋がっていたかったんだ。
……次第に連絡も途絶えて、お互いが何してるかなんて分からなくなって、大人になるってそういう事なのかなって半ば諦めながら、繋がりを求め続けて。
そんな俺は、大学在学中に小説家としてデビューを果たした。
そして、それなりのファンがついて、それなりに世間にも認められて。
……でも、俺は満足出来なかった。
何故かって?
俺は、心のどこかでずっと、糸ちゃんとの恋を引きずっていたからだ。
どんなに成功したって、どんなに名誉のある賞を貰ったって、糸ちゃんと結ばれなかった事実は変わらない。
……そのことが、ずっと心の奥底で燻っていた。
そして今、俺は筆を折る。
理由は、遺作を書き上げたから。
タイトルは「日常部へ、ようこそっ!」。
……俺の高校時代の経験を綴った、ライトノベルだった。
窓を閉め切って、煙を炊いた書斎に一人。
担当宛てのメールは、既に送信した。
薄れて行く意識とともに、俺は嗤う。
「……これで、糸ちゃんに想いを伝える……」
自分を包む炎は、俺を祝福しているようで。
それは、最期の「生」を照らす、スポットライトのようだった。
続く。