そうして記念すべき蛍原大輔参加の第一回日常部は終わりを迎え、それぞれが帰路につく。
しかし全員の方向が同じだったため別れることはなく、四人一緒に帰ることになった俺たちは人通りの多くない通りを四人まとまって歩いていた。
「……蛍原。今日一日、楽しかった?」
と、自転車を押しながら茨木が尋ねてくる。
楽しかったか……かぁ。
もちろん今日一日だけでこの部活の全てを知ることは叶わないが、このほんの数時間だけでも、俺は最高に楽しかったと声を大にして言える。
でも、ちょっぴり恥ずかしいから「……ああ」と、軽い対応で照れ隠しする。
すると、
「……私は、すごく楽しかった……」
と、糸ちゃんが面映ゆさに下を向き、ちょこちょことかわいらしく歩きながら呟いた。
「私も楽しかったよー」と、ほたるもいつもの明るい声で反応した。
それを確認すると、茨木が頷いて語り出す。
「……あたしたちにとって、この部活は、かけがえのない場所なんよ」
訥々と、ゆっくりではあるが、感情を絞り出すかのように大切に、言葉を紡いでいく。
「……実は日常部って、ほんとは部として作られたものじゃなかったんよ。……ほんとは、学校に馴染めなかった私のために先代の部長が作った、保健室登校みたいなもの」
だけど……と、続ける。
「そこに毎日ほたるが顔を出すようになって、偶然入ってきた糸もたまに来てくれるようになって…………。気がついたら、家族みたいな場所になってた。だからね、蛍原。あたしは、この部活が廃部になるなんて嫌なの。さっきは傲慢な言い方で誘っちゃったけどーーこの部活に、入部してくれるかな……?」
……全員が、俺の方に視線を向ける。
息を飲んで、俺の言葉を待っている。
「だめ……かな?」
茨木が、追い打ちをかけるように聞いてくる。
……俺は、この状況でノーを出せるほどの精神力を持ち合わせてはいなかった。
いや、別に楽しかったから全然入部したいし。
それに糸ちゃんやほたるもいるから願ったり叶ったりだし。
「喜んで、入部させていただく。これから、よろしくな」
俺は、みんなに手を差し出す。
すると、みんなが順番に握手をする。
女子にしては手の大きい、それでいて指の細い茨木。
繋ぎ慣れているせいか手に馴染む、線の細い指のほたる。
そして、小さくてぷにぷにの柔らかい掌さえ愛おしい、大好きな糸ちゃん。
俺は、ここならこれからの学校生活を楽しくやっていけそうだと心の中でワクワクした。
そしてまた四人でまとまって歩きながら、しばらくして。
「……あのさ、一個質問いいか?」
「どーしたん?」
「日常部の正式名称って、日常生活に彩りを! 天地に潤いを! ……部だろ?」
「そ、そうだけど……」
何やらギクッとする茨木に、部の核心を突くような質問を投げかける。
「ぶっちゃけ、天地に潤いをって要らなくね?」
「はいアウトー!!」
「ええっ!」
茨木が指をピストルみたいにして、俺を撃つ。
「兄さん、それはここでは禁句だよー」
ほたるもなんだか苦笑いしながら俺を咎めてくる。
ええー、だって正直要らないじゃん、天地のくだり。
俺が思いっきりぶっちゃけた思いを心の中で言葉にしながら横を向くと、何故か糸ちゃんが顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
「えーと……糸ちゃん?」
「ぴぅっ!……」
声をかけてみる。
すると、かわいらしい驚いたような声を上げながら、彼女はこっちを見上げてきた。
その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「ほら、糸。蛍原に説明してやんなさい」
含み笑いで茨木が言う。
すると、糸ちゃんは羞恥に悶えながらも勇気を振り絞って、がんばって説明してくれた。
「あのね、さっき茨木さんがいってた先代の部長っていうのが……私の、お姉ちゃんなの。……で、そのお姉ちゃんが…………」
声が尻すぼみになっていく糸ちゃんだったが、かぶりを振って意を決したかのように目を据わらせると、ぽつりと呟いた。
「……厨二病だったの」
場が、しーんとする。
茨木が押してる自転車の、からからとした車輪の音だけが辺りに響く。
……なんか、ごめんなさい。
言い終えた糸ちゃんが、空気の抜けた風船みたいにへたーっとしてしまう。
俺は今日この時、無闇に人に質問をしてはいけないということを学んだのだった。
そのあと、途中から方向の違う茨木と別れ、意外とお互いの家が近かった糸ちゃんを無事送り届けて。
俺は、妹のほたると二人で家路を辿る。
さっきまでの賑やかな雰囲気はそこにはなく、二人と別れた地点にそれぞれ少しずつ置いてきてしまったようだった。
……ゆっくりと、住宅街の無機質なアスファルトの上を歩く。
すると、しばらく歩いたところでふいに、ほたるが質問を投げかけてきた。
「……兄さん」
「……なんだ?」
「…………今日、何か不自然なこと、なかった?」
「……不自然なこと……?」
ええっと……茨木が妙に好意的だったとか、糸ちゃんがいきなり性癖を暴露したとか?
……いや、そんなちっぽけなことじゃない、もっと大きな違和感が……。
「……私、さ」
と、俺がその異様な不自然さの正体に思考を巡らせていると、呟くようにほたるが言った。
「……兄さんに、部活入ってること、内緒にしてたんだよね……」
「……あ」
そういえば、そうだった。
本来なら、隠し事なんかほとんどないはずの俺たち兄妹の関係。
なのに、今日までそんな重大なことを俺は知らずにいた。
……でも、なんで……?
「……兄さん、さ。糸のこと、好きでしょ?」
「…………え?」
震える声で、ほたるが言う。
それは、質問をしているんじゃなくて、既に確信を持った断定の意味がある疑問文だった。
「どうしてわかるんだって顔してるね。そりゃ、家族だったらわかるよ……」
「でも……それがどうして、俺に部活を黙ってる理由に?」
「…………、……兄さん。それ、本気で言ってる?」
「……えっ……」
突如、ほたるがこわい顔になる。
ぷくーっと膨れてかわいいとか、そういったレベルのそれじゃない。
きちんと、本気で怒った人間がする、うんざりとした表情で。
「私、兄さんに他の女の子と仲良くなって欲しくなかったから、部活のこと黙ってたんだよ……?」
そう、言ったのだった。
そして、「あーあ、かわいくない妹でごめんね」なんて呟きながら、また同じようにうんざりした表情で、俺を置いてすたすたと歩いていく。
……前を見れば、そこはもう自宅の前だった。
玄関の扉を開けると、既に妹は二階の部屋に閉じこもっていた。
俺は、嘆息しながら自室の勉強机につき、今日配られた新しい教科書たちを整理する。
すると、突然俺のスマホのバイブが鳴った。
開いてみると、新着メッセージが一件。
ほたる @ でも……今日は、楽しかったよ。
それを見て俺は安心して、画面を見ながら、少し頬を緩めるのだった。
続く。