翌日。
いつものようにほたると一緒に登校した俺が教室に入ると、俺の席に毛玉が座っていた。
俺はその毛玉を確認すると、近付いていき、頭をペしっと軽く叩いてやった。
「んにゃっ! な、なにすんのさ!」
するとその毛玉が飛び退いて、威嚇のポーズをした。
こいつは笹目雪姫。
毛玉と表現するのが一番似合っているような、全体的にもしゃもしゃした女子生徒。
百五十センチに達しないその身長と、肩を越すくらいの長さの癖っ毛がそんな印象を付けるんだろう。
それに、大きな黒縁の眼鏡をかけているため、なんか全体的に黒くて小さくてもしゃっとしている。
だから、毛玉と表現するのが一番似合うやつだった。
「私にこういうことすると後が酷いんだからねっ! 夜道に気を付けるんだな!」
しゃあああと、威嚇を続ける雪姫。
そんな雪姫の頭をもう一度もしゃっと叩くと、雪姫はさらに激昂した。
「なんで叩くのさっ! 私、大輔に何もしてないじゃんっ!」
「いや、俺の席で何やってんだ」
「……え? 粘土細工だけど」
「いやほんとに何やってんだ!」
そうなのだ。
この毛玉、俺の席に座って俺の机を使って、なぜか紙粘土をこねこねしていたのだ。
「い、いやぁ……」
と、バツが悪そうに目を逸らす雪姫。
「あのね、美術の春休みの宿題で、粘土細工があったじゃん」
「ああ、あったな。確か今日提出だったはずだが……」
「それでね、私やってなくて。今やらなきゃいけなくて……」
「それはそうだ。急いでやらないと成績がかなり下がっちゃうしな」
「で……」
居心地悪そうに両手をもじもじさせて、雪姫は宣った。
「自分の席だと汚れちゃうから、大輔の席でやろうと思って!」
てへぺろ。と、かわいらしく舌を出して決める雪姫。
そんな雪姫に、俺は本日三度目の攻撃、強めのげんこつを食らわせたのだった。
そして、始まる授業。
この学校は総合学科という特別な学科で、普通科とは別の形態をとっている。
国立斜文織の主な専攻は4つに別れていて、それぞれ「農業」「工業」「家庭」「国際」。
二年次から、この四つの専攻からひとつを選び、専門的な知識をつけていく。
……今日は、俺たち23期生の初めての専門授業であった。
俺は国際科を選択したため、メインの教室はセミナー室という、通常の教室三つ分くらいの大きさの部屋。
そこに足を踏み入れると、既に見知った顔があった。
……ほたるである。
「兄さーん、こっちこっち」
ゆらゆらと手を振って、ほたるが俺を呼ぶ。
そう、この学校は専門科目の授業を受けるときに、クラスは関係ない。
そのため、俺はほたると一緒に授業を受けることができるわけだ。
そうすれば、教科書とか見せてもらえるしな!
「兄さん、隣においで。ほら、カバン置いて」
「お、おう。どうした? 今日はなんか……お母さんみたいに世話してくるけど」
「もうっ。お母さんみたいとか言わないの〜。兄さんがだらしがないから、私が世話してあげてるんだよー」
なんか、妹のテンションがいつもと違う!
いつもは静かに俺の話を聞いてて、たまに相槌をうったり話をしたりするのに……今日は、すごい積極的だ。
まわりの生徒たちも「蛍原さんの……。くっ、羨ましい」「俺たちの蛍原さんにぃ……っ!」「爆発爆発ゥ!」などと、奇異の視線を向けてきて……あれ、全部嫉妬だったのは気のせいか?
ともかく、ほたるのせいでみんなに注目されてる!
「おい、ほたる。注目されてるからもうちょっとスキンシップを控えてくれ」
「えー、せっかく兄さんに変な虫がたからないように他の女子を牽制してたのに〜」
「確信犯じゃねーか!」
こいつわざと周りに聴こえるようにやってやがった!
俺が驚愕していると。
「兄さん、確信犯っていうのは、それが正義であることを確信して行なう犯罪のことを言うんだよ? まったく〜、兄さんには私がついてないと駄目なんだから〜」
俺よりも頭のいい故意犯に、餌を与えてしまっていたようだ。
「あの二人、まさか禁断の関係なんじゃ……?」「まさか、家でもあんな感じで仲睦まじく……?」「爆発爆発ゥ!」と、周囲の疑念の声もより一層高まっていく。
まずい、俺はなんと言われようと構わないが、ほたるだけは……!
そこで、機転を利かす俺。
みんなが俺たちに注目していて、この二人の間で行われていて不自然じゃないやりとり。
そして、ほたるが変態扱いされない方法は……!
と、そこまで考えて俺は、ほたるの艶やかな長い黒髪に手を据える。
周りが一気に静かになる。
みんな、俺の行動の異常さに息を飲んで、そのまま次の行動を観察している。
それを確認すると、俺は静寂を壊さぬように、ボソリと呟いた。
「……よし、お兄ちゃんが教えた通りよく言えたな。あとで大好きないちごのチョコを奢ってやろう」
「「「……、…………」」」
ーー時が、止まった。
直後、悲鳴とともにぶわっと巻き起こる嵐のような喧騒!
「あれって、蛍原くんがほたるに言わせてたの……!」「へ、変態……」「つ、通報通報ゥ!」そして、ガタ落ちする俺の株!
俺はほたるの頭をくしゃっと一回撫でたのち、ほたるに向き直って言う。
「へへん、お前の思惑に打ち勝ってやったぜ!」
これで、ほたると俺がラブラブだって噂が流れて俺に女子が寄ってこないなんてことはないはずだ!
なんて、ドヤ顔を決め込む俺。
そんな俺にほたるはニッコリと笑顔を向けると。
「うふふ、兄さんって本当に面白いよね。これじゃ、兄さんが変態だって噂が広まって、女子が寄ってこなくなっちゃうよ……?」
やったね! と、ほたるが楽しそうに笑う。
…………あっ、本当だ。
く、くそう。心理戦でほたるに負けてしまった!
しかし、そんな彼女の笑顔を見て俺は、(ま、ほたるを守れたからよしとするか……)なんて、思いっきりマヌケで負けたとは思えないような、お兄ちゃんっぽい考えを抱いてしまうのだった。
続く。