魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部) 作:マンボウ次郎
螺良あかねは、部屋の中にある半円形のソファの周りを歩き始めた。
ゆっくりと、時計回りに。
そして四角いソファの上にピョンと飛び乗ると、映像を映し出しているディスプレイモニタの1枚を見た。
そこには、ワルプルギスの夜がモノクロに映っている。
「ワルプルギスの夜……ねえ、史上最強の魔女に挑んだ時、どんな気持ちだった?」
「くだらない質問ね」
「恐ろしかった? 怯えた? 身がすくむ思いだった?」
「時間の無駄だわ」
「うふふ、クールなんだよね。じゃあ、ここからが本題」
あかねの魔力に反応し、ディスプレイモニタの映像が切り替わった。
映し出されたのは、漆黒のドレスを纏い、天を仰ぐ黒い少女。
あれは、無花果(イチジク)の魔女を消し去り、天生目涼子を救済し、巴マミを天(そら)へと導いた、円環の……
「これは、円環の理じゃないよね」
あかねは半身だけほむらに向き、モニタを指さして言った。
「え?」
「正確には、これは鹿目まどかであって、円環の理ではない」
「何を言っているの? まどかはまどかよ。彼女は私を救うために契約をして……」
「やっぱりね。時の魔法少女さん、あなた勘違いしてるの」
わけがわからなかった。
ほむらには、あかねの言っている意味が理解できなかった。
鹿目まどかであって、円環の理ではない。
鹿目まどかは魔法少女の契約を交わし、ワルプルギスの夜を浄化し、宇宙法則の概念となった。
その概念、つまり円環の理が、魔法少女を魔女化する前に救済する。
これが、ほむらの認識。
ほむらが見てきた世界。
ほむらの中にいる、円環の理。
すなわち、鹿目まどかの存在。
「あなたは何を知っているの?」
鹿目まどかの願いとその存在の終焉を見守り、魔法少女たちの中で唯一、すべての記憶を持って生きているのはほむらだけのはず。
「ワタシはすべてを知っているんだよ」
「私の記憶をのぞき見したのでしょ」
「あなたの記憶はあなたの物。ワタシの記憶とは別物」
あかねはディスプレイモニタをぐるりと眺めた。
ほとんどがワルプルギスの夜に関わる映像なのは、ほむらが当時の戦いに備えた記憶の欠片。
そのひとつひとつを見終わると、最後に漆黒のドレスを纏い、天を仰ぐ黒い少女の姿に向かって言った。
「こいつは円環の理ではなく、鹿目まどかの意識が具現化した姿。それも正真正銘、本物の魔女だよ。魔法少女の絶望の因果を解き放つ、救済の魔女」
「まどかが魔女? バカを言わないで」
「ほらね。だから感情に負けているあなたには、本当の彼女が見えていないの。だいたい、円環の理は、概念であって存在ではない」
ほむらの方を振り向き、ソファの上からピョンと飛び降りた。
「簡単に言うとね、円環の理というのは、魔法少女を導く考え方そのもの。そして救済の魔女は、数多の魔法少女たちの呪いを受け止めた、絶望の集合体」
救済の魔女と呼ぶのは、救われる側に都合の良い呼び方。
あの魔女を正しく呼ぶなら、絶望の魔女。
「現在、過去、未来……すべての世界、すべての宇宙、すべての時間軸で絶望を受け止めた彼女が抱える呪いは、どれだけの規模だかわかる?」
――史上最強の魔女と言われた、ワルプルギスの夜?
「いいえ、あんなのは小物。せいぜい、街をひとつふたつ壊す程度の力」
――じゃあ、無限の絶望を抱え続け、巴マミと共に救済された、螺良くるみという少女?
「いいえ、あの子は特別だったけど、彼女が抱えた呪いは魔法少女数百人分。せいぜい、国をひとつふたつ壊す程度の力」
あかねは、ひとり問答してみせた。
「絶望の魔女が抱える呪いの規模は、宇宙そのもの。この宇宙すべてを消滅させてしまうほどのエネルギーを抱えている。そんな存在を……あなたは解き放とうとしている」
その言葉を聞いて、ほむらは咄嗟に返した。
「嘘……」
「だと思う?」
あかねの視線に、ほむらは目を逸らした。
ほむらの認識、ほむらが見てきた世界、ほむらの中にいる鹿目まどかの姿が、崩されていた。
「うふふ、わかるでしょ? 絶望の魔女を開放するということは、彼女の抱えるすべての呪いを開放するということ。そんなことをしたらどうなるか……想像できるでしょ?」
すべての呪いが解放され、世界を覆いつくす。
すべての絶望が希望を飲み込み、この世は暗く閉ざされる。
それはきっと、終末を意味する。
「ワタシの言った意味ががわかるでしょ? 魔法少女は、この世に終末を告げる悪魔の子。これまで幾人もの魔法少女が辿ってきた運命。あの魔女は、絶望の到達点なんだよ」
救いようがない現実を突きつけられ、ほむらは蒼白になった。
絶望の魔女に対して、ほむらはあまりに無力だった。
――まどかを救う。それが、たった一つだけ最後に残った道しるべ。
ただそれだけの為に、ここまで歩んできた。
運命に抗い、絶望に負けず、希望を力に変えてきた。
しかし、鹿目まどかを救うことは、世界の終わりに繋がる。
「まどか……」
ほむらはうつむいてしまった。
身体の力が抜けたように、その場で立ち尽くしてしまった。
「ねえ、鹿目まどかを救えないってわかった今、どんな気持ち?」
「……」
「悲しい? 苦しい? それとも絶望?」
「……よ」
「え? 何? よく聞こえないよ」
「望むところよ」
ほむらは、冷たく刺すような目で、あかねを見据えた。
「このニセモノの世界は、誰のもの? この狂った運命は、何のため?」
突然、自分に問いかけるように呟くと、魔力を開放し、全身に紫色の光を纏った。
「悲しみと絶望ばかりを繰り返す救いようのない世界でも、まどかへの想いで希望に変えられた」
「ふうん……」
「まどかを救うためなら、私はどんな過ちも厭わない」
「世界を滅ぼすことになるよ」
「ええ、構わないわ」
八咫の盾に右手を当て、その縁をツツっと撫でた。
「あなた、狂ってる」
「そうね、私は狂ってる」
盾から自動拳銃のグロック17を取り出すと、カチリと音をたててセーフティレバー(安全装置)を外した。
「あなたのグリーフシード、私にもらえるかしら」
「うふふ。時の魔法少女さん、凌霄(りょうしょう)の魔女と同じ顔になってるよ」
あかねが産み出し、ほむらが殺した魔女。
執着心を現す、ノウゼンカズラの花。
まどかへの強い執着は、ほむらの心に凌霄の花を息吹かせた。
「たとえ世界が滅んでも、まどかだけは救ってみせる。彼女が抱えたすべての呪いは、私が受け取ってみせる」
「無理だよ」
「私は、このソウルジェムを懸けてあなたを殺し、グリーフシードを頂くわ」
「それも無理だよ」
「やってみなければ、わからないわ」
そう言ってほむらは、八咫の盾を廻した。
「さあ、終末へのカウントダウンを始めましょう」
続く