魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部) 作:マンボウ次郎
たったひとつの奇跡の代償に、魔法少女となる運命を課したのは、他でもないインキュベーター。
あかねは、インキュベーターを呪い、インキュベーターを滅ぼす悪魔を産み出す、と言う。
『自らが作り出した魔法少女に復讐されると知ったら、どんな気持ちになるだろうね』
「あなたの復讐に、すべての魔法少女を巻き込もうと言うのね」
『ワタシだってその気になれば、星のひとつふたつを滅ぼす力があるの。でもね、ワタシがやるだけじゃ面白くないでしょ? それにあなただって、魔法少女になったからこんな目に遭ってるんだよ。ワタシたちを悪魔の子にしたあいつらを、憎いと思わない? あのウジムシみたいな連中に、抗うことができない絶望を与えてやりたいと思わない?』
「あなたも、狂ってるわ」
『だから言ったでしょ、同じ匂いがするんだよ』
ほむらが持つ鹿目まどかへの想いは、誰にも止められない歪んだ愛情。
そしてあかねが持つインキュベーターへの復讐心も、誰にも止められない澱んだ憎悪。
互いが求める結末は、それぞれの正義であり、ベクトルの違う狂気だった。
『時の魔法少女さん、そして赤い魔法少女さん、それと……無花果(イチジク)の魔法少女さん。あなたたち3人が、この世で最後の魔法少女。3つのソウルジェムを彼岸の光に加えたら、ワタシはすべての魔力を解き放つ。そして物語は始まりを迎えるの』
あかねは閃光と共に真っ白なシルエットとなった。
無限に染まる、無限の白。
それは魔法少女としての、あかねの姿。
「いいえ、始まりはないわ。これが物語の終わり」
ほむらは漆黒の弓を手に取り、淡くピンク色に発光する矢を掲げた。
すべての魔力を集約し、すべてを滅する弓矢。
ほむらの最大にして最後の魔法。
「螺良あかね、あなたの気持ちはわかるわ。私たち魔法少女は、奇跡の代わりに大事なものをたくさん失ってしまった」
『そう。大切な思い出も、生きる素晴らしさも、希望の未来も』
あかねの身体に、白い稲妻が巻き始めた。
胎動するように魔力の鼓動を鳴らし、空間が揺れる。
すると、背中に繊細な羽根が1枚1枚伸びてゆき、神々しくも禍々しい翼を広げた。
「叶えた願いの代償は、あまりに大きい。呪われた魔法少女の因果は、抗うことができない絶望の歯車かもしれない」
『だからワタシは、絶望のサイクルを終わらせるの』
ほむらは漆黒の弓に矢を番え、ゆっくりと弦を引き、キリキリと引き絞った。
ピンク色の光が、魔法の矢を染めている。
「いいえ、それは間違ってる。絶望のサイクルを終わらせるのではなく、また始めようとしているだけよ」
『いいえ、正しいのはワタシ。因果は応報するんだよ』
「相容れないわね、私たち。同じ魔法少女だというのに」
『仕方ないよ、ワタシとあなたは目に映るものが違うから』
「そうね。ふたりとも、未来が見えていない」
『始まらない未来と、終わらない未来?』
「幸せな未来が、よ」
『……』
「……」
ふたりの会話は、ここで途切れた。
あとは、沈黙だった。
数多の星が輝く空間で、ほんの刹那、ほんの数秒、指折るほども数えない、時間とも呼べない時間が流れる。
ほむらは、まどかを救うため。
あかねは、インキュベーターへの復讐のため。
互いの正義と思想は決して交わらない。
もはや勝ち負けもない、生死もない、未来もない戦い。
その瞬間は、決して相容れないふたりの、寸分の狂いもないタイミングで始まった。
ほむらが矢を番えた右手を離す。
矢は弓弦を従え、弓のしなりで加速する。
淡い発光を引きながら、中仕掛(矢を番える部分)を弾いて押し出された。
あかねは表情(かお)もないまま白い翼をうしろにはためかせ、頭からほむらに向かって飛んだ。
小さな右手を振りかぶり、その手で矢を弾き返そうとでもするように前に突き出す。
まばたきする間も無いまま、魔法の矢とあかねの右手が衝突した。
矢は螺旋に巻きながら、あかねの右手の前に一瞬止まったかに見えた。
が、渦巻くような美しい軌道に、あかねの右半身をえぐり取るように飲み込み、その無垢な身体を貫いた。
矢はピンク色の尾を引きながら、星屑の空間を越えていった。
「その弓……」
あかねの右半身が、身体の3分の1ほど消し飛ばされている。
千切れるというよりも、剥ぎ取るというよりも、矢の軌道に巻き取られたように失われていた。
「それは、終局(アルティメット)の弓……鹿目まどかの物、だね」
「そう。あらゆる魔力を消滅させる、まどかと私の魔法よ」
「あなたの魔力でそんなことができるなんて」
「相手の魔力が強ければ強いほど、この矢は威力を発揮するみたいね」
身体の損壊が激しいあかねは、フラフラと下りてきた。
消し飛んだ右半身を庇いながら、力なくほむらの前に足をつけた。
真っ白なシルエットの魔法少女は解け、幼い少女の姿に戻る。
もともとの小さな身体が、より小さく感じられた。
「身体が、再生されない」
あかねは、消し飛んだ半身の修復ができないようだった。
赤くえぐれた傷口からは血液が流れることなく、今まであったものがただ無くなっている……そんな自分を不思議そうに眺めていた。
それから、片方だけ残った翼を、ゆったりと足元に垂らした。
「痛い」
顔を伏せ、かすれる声を漏らした。
「痛いよ」
もう一度、呟いた。
「ワタシ、死ぬの?」
「ソウルジェムがある限り、死ぬことはないわ。でも、その身体はもう修復されない。苦痛の生よりも、安息の導きを選びなさい」
痛みを忘れ、絶望を忘れ、穢れを忘れる力を断ち切れば、ソウルジェムはたちまち黒く染まる。
穢れの解放が始まれば、円環の理によって安息の世界へ導かれる。
あかねが救われる道は、ただひとつ。
「嫌だよ。ワタシ、死にたくないよ」
「破壊と復讐を望んだあなたが言うべきセリフではないわ」
「ワタシはただ、忘れたかっただけなのに。辛い事も、悲しい事も、全部忘れたかっただけなのに……」
あかねはガクっと膝をつき、戦う気も失くしたように、無防備な姿をさらした。
そして残った左手に、真っ白なソウルジェムを取り出すと
「ああ……何もかも忘れてしまいたい。この痛みも、運命も、自分自身でさえも……」
自らの魂の宝珠に、そう告げた。
ソウルジェムは深い白色に輝き、あかねの瞳を照らした。
「何もかも忘れて、何もかも壊してしまいたい。この世界も、あなたの希望も、ワタシの未来も……」
「ま、待ちなさい!」
ほむらは慌てて声を出した。
今ここで、初めてあかねの性質に気付いた。
あかねは自分の意思で、自分の魂をコントロールしている。
自分の言葉で、すべての不可能を可能にしている。
悲しみの忘却も、呪いの吐出も、魔女の創造も、時間の制約も。
ソウルジェム、それは魔法少女の魂であり、魔力の源。
その魂に意思を添え、己の魔力に転換する。
ということは、
その意思
その願い
何もかもを忘れて、何もかもを壊したいという言葉
「あなた……自我を捨てる気ね」
あかねの白いソウルジェムが、パキンという音を立ててひび割れた。
続く